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『快盗ルビイ』['88] 『Wの悲劇』['84] | |||||
監督・脚本 和田誠 監督 澤井信一郎 | |||||
今回の課題作は、ともに十代の時分に一世を風靡したレジェンドアイドルで今なお現役を続ける女優であり歌手である小泉今日子と薬師丸ひろ子の若き日の主演作をカップリングしたものだった。 目玉焼きの大写しから始まった『快盗ルビイ』は初見で、どこかヘプバーンを意識している感のある和田監督作の小泉今日子を観ながら、他愛なく、少々御粗末にすら感じる筋立てに、どんなオチを持って来るのかと些か懸念を抱きつつ楽しみにしていた。すると、余りにも変哲のない結末を迎えたことに唖然としながらも、ルビイこと加藤留美を演じた二十歳過ぎの小泉今日子と、マンションの階上に越してきた彼女に一目惚れした冴えないサラリーマンの林徹を演じたまだ二十代の真田広之による熱烈なキスシーンによって有無を言わせない力技を見せていて、目玉焼きほどに瞠目した。 さまざまな表情をキュートに見せる小泉今日子も悪くはなかったが、あまりに不思議ちゃんに寄った人物造形に難のあるルビイだったように思う。出色なのは、矢張り実におどおどした冴えない人好し青年を演じていた、当節アメリカで大成功を収めている真田広之だったように思う。真田なら乗れないはずもない自転車をぎごちなく不器用に乗って見せるボディコントロールの鮮やかさに感心し、折々に見せる表情のあどけなさに恐れ入った。『道頓堀川』['82]の邦彦から六年を経て尚の初々しさは見事という他ない。 そして、主演の二人もさることながら、顔見世的に居並んだ綺羅星の如き豪勢な脇役陣の四十年近く前の懐かしい姿が最も響いてくる作品だったような気がする。毒薬カンゲワーチの警察医を演じた名古屋章、盗んだ鞄の返却に訪れた徹に一個5,300円のキャビアの小さな缶詰を贈答していた食料品店の老主人を演じた天本英世、ゴージャスなマンションに暮らすゴージャスなカップルを演じた岡田真澄&木の実ナナほか、伊佐山ひろ子、吉田日出子、秋野太作、陣内孝則らの出し方も上手かったように思うが、『恋は緑の風の中』['74]から十四年、一人息子の歳も高校生から三十路前に変わった「お薬飲むかい」の母親を演じた水野久美が好かった。ルビイから貰ったルビーカラーのイアリングを付けた息子に掛けた絶妙の一声にしても、階上にいることを知りつつ夕食に戻る息子の帰宅を待つ風情にしても、実に味わい深かった。 むかし観た覚えのある『Wの悲劇』は公開時に観ているつもりだったが、記録を辿ると記載がなかった。テレビ視聴だったのかと意表を突かれたが、劇場観賞と錯覚するほどに印象深かったということなのだろう。数十年ぶりに観直してみて改めて名作だなと思ったのは、当時以上に演劇と親しむようになっているからかもしれない。 二十歳になったばかりの薬師丸ひろ子が劇団研究生の三田静香を演じて、二十歳になったところでのロストバージンをラブホテルで果たす場面から始まる作品だ。スタニスラフスキーの書いた『俳優修業』は勿論、読んだことがないけれど、経験主義というのは若い頃の僕のモットーでもあって、未経験のことは機会さえあれば、取りあえず試してみるということを心掛けていた覚えがある。オーディションに落ちた晩に憂さ晴らしの酒に誘ってくれた森口昭夫(世良公則)の部屋に行き、誘うようにして一夜を共にした場面では下着を付けない背中を見せていたが、静香が昭夫に向って行ったのは、自分を顧みてくれない五代(三田村邦彦)にはない温かみに惹かれたからなのだろう。 薬師丸ひろ子の若々しい熱演が眩しく魅力的な作品だったが、記憶のなかでも再見しても思ったことは、やはりWの悲劇たる“身代わり”を静香に求めるスター女優の羽鳥翔を演じた三田佳子の放っていた貫禄と靭さの迫力だった。翔のパトロンを長年務めてきた堂原(中谷昇)との関係に寄せる思いの複雑さの宿らせ方が見事で、まさにWの悲劇だったような気がした。役を演じる自分と自分自身のWについては、予め昭夫による代弁が設えられていたが、スター女優としての表と明かせぬ恋路の裏というWについては、今後、静香も迎えそうな悲劇であり、昭夫と生きる人生と女優道を歩む人生のWを併せて選ぶことはできない悲劇でもあるわけだ。とりわけWたる女性にとっては、そのことが悲劇的に伸し掛かってきやすいということなのだろう。 作中舞台劇のなかで言及されるヴァージニア・ウルフの『ダロウェイ夫人』['97]も例によって未読だけれども、映画化作品は四半世紀前に観た覚えがある。当時の日誌に「つい最近、友人が教えてくれた“チクチクと胸をさすリグレット”というフレーズがすっかり気に入っている最近の僕の心境には、案外ふさわしい作品だったのかもしれない」と記したことに繋がる女性像を羽鳥翔に宿らせていた気がする。二つのダブル、重ねのダブル、裏表のダブル、裏腹のダブル、実生活と舞台のダブル、複数愛のダブル、数々のダブルが提示されていた重層構造に観応えのある作品だった。 羽鳥翔が妬んでしまうような身代わり記者会見を果たした静香を演じた薬師丸ひろ子は、三田佳子にまでは及ばずとも後の女優業での成功を約束する熱演ぶりだったように思う。本作は、両者にとっても共に特別な位置を占める映画なのではなかろうか。昭夫にコミットして思わず拍手を送りたくなるような作品だった。 それにしても、静香に役を奪われ、刃物を握って刺しに来た菊池かおり(高木美保)は、翔の身代わりの顛末を如何にして知ったのだろうかと思うと、考えられるのは、五代しか浮かばない。いくら共演女優食いが趣味であったとしても、あの顛末を当事者にばらすのは慰めにも気休めにもならないと、改めて昭夫との差を思った。 合評会では、支持作が2対2で割れたのが意外だった。『Wの悲劇』の圧勝かと思いきや、作品的には後れを取るかもしれないが、和田監督の映画愛と薀蓄とウィットの詰まった本作をさて置くわけにはいかないという長年の和田誠ファンと、薬師丸ひろ子よりは小泉今日子でしょうとのkyon2ファンの票を獲得していた。相手役の真田広之と世良公則の演技巧者ぶりを比較しても明らかだという、今課題のカップリングテーマ「アイドルからアクトレスへ」【主宰者】からは外れた援護射撃も加わっていた。 アイドルというか歌手としては、小泉今日子より薬師丸ひろ子の歌声がその透明感において抜きん出ているとの反論が出て、意見交換がどんどん映画から外れていくのも、このカップリングならではの興趣で面白い。僕は小泉今日子の歌では、『ホノカアボーイ』['09]の主題歌♪虹が消えるまで♪が最も好きなのだが、これはアイドル時代のものではない。大瀧詠一による『快盗ルビイ』の主題歌も悪くはないが、やはり松任谷由実による♪Woman "Wの悲劇"より♪のほうに惹かれる。 面白かったのは、『Wの悲劇』に重層的に盛り込まれていた悲劇の一番は何と思うかとの僕の問い掛けに対して返ってきたのが、腹上死した裸の背中を見せるだけの出番しかなかった仲谷昇だと思うとの答えで、爆笑させられた。「演劇に嵌まり込んで愛する男からの求婚を選べなかった二人の女性の悲劇を以て一番の“ダブルの悲劇”だと思う」といったあたりの回答を想定していた僕は、足元から掬われてひっくり返ってしまった。 堂原はしかし、この物語においては昭夫張りに重要な男で、五代など足元にも及ばない存在だったように思う。確かに出番は少なく、しかも死体だったけれども、二十年以上も経てなお翔のほうから大阪公演のホテルに呼び寄せる男だった。それなのに、今回は折よく今期選出ベストテンの集計結果の発表&講評ともダブっていたものだから、『砂の上の植物群』の伊木一郎(仲谷昇)を持ち出され、あんなことばかりしているから腹上死などということになるんだよね、などと追い打ちを掛ける加勢があったので、さらに笑わせてもらった。すると、いやいや『Wの悲劇』はコメディやなくて悲劇なんよとの声が同作の支持者から出た。 また、『Wの悲劇』については、導入部がとてもよかったという意見が出たので、その朝帰りでの自室のベッドに倒れ込んで「こんなもんかなぁ」と呟く静香の台詞といった、いかにも荒井晴彦の脚本らしい感じがよかったよねと相槌を打つと「これ荒井晴彦だったの?『花腐し』とか、まるで駄目だったけど」と外されて苦笑しつつ、劇団研究生の女性が「処女に男を知ってる役は演じられないけど、逆は出来ると思うの。むしろ男を知った後でなきゃ知らなかった時のことがよく見えないのよ」という台詞を入れてあるところとか、いかにもな感じがしないかと投げ掛けると、そう言えば、ベストテン3位選出の『遠雷』['81]も確か荒井晴彦だった気がすると話が拡がり、『遠雷』の最後は♪わたしの青い鳥♪だったというところから桜田淳子の話になり、今課題のカップリングテーマ「アイドルからアクトレスへ」と帰っていった。これだから合評会への出席は欠かせないと改めて思った。 | |||||
by ヤマ '25. 4.28. BSプレミアムシネマ録画 '25. 4.29. DVD観賞 | |||||
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