15.歌と花

 小学生の頃、学校で童謡「みかんの花咲く丘」、「♪みかんの花が咲いている 思い出の道丘の道~」を歌った記憶がある。冒頭の「みかんの花が咲いている」の個所を除くと、季節を示す歌詞はない。しかし、みかんの開花は5月だから季節は初夏、青い空、青い海、そして周りにはみかんの花が咲き乱れる丘。明るく清楚で爽やかな雰囲気を出している。ところで、歌詞ではみかんの花の咲く様子は歌われていない。当時は何の疑問も持たなかったが、さて、みかんの花とはどんなものだろう。当時はみかんの花がどんなものか想像もせずに歌っていた。後年、みかんの花を初めて見たとき、やや厚めの白い5枚の花びら、直径は3cmほどと小さめで、派手さはないが、ちょっとボテッとしていて可愛らしい花だった。童謡「みかんの咲く丘」が歌われるに際しては面白い逸話が残っている。作曲家海沼(かいぬま)に、昭和21年(1946年)8月静岡県伊東市で当時12歳だった童謡歌手川田正子に歌わせるご当地ソングの作曲が依頼されたが、前日までに出来上がっていなかった。たまたま居合わせた作詞家加藤にいろいろ注文を付けたうえで作詞を依頼し、加藤は30分で歌詞を作った。海沼は伊東に向かう汽車の中で30分で曲を作り、その晩ピアノもないホテルで川田に練習させ、翌日川田はぶっつけ本番で歌ってこれが大ヒットした、というもの。まさに、ギリギリセーフ、その上大成功と言ったところだろうか。

 美空ひばりが歌った「リンゴの唄」(♪りんごの花びらが 風に散ったような~)、ロシア歌謡の「カチューシャ」(♪りんごの花ほころび 川面に霞たち~)も同じで、この歌を歌った日には、私はまだリンゴの花を見たことがなかった。そんなことも気にしなかった。リンゴはバラ科の樹木で、桜が終わった4-5月に咲く。白色に薄桃色を帯びた一重の5枚の花弁が可憐で清楚な感じがする。花を知っていれば歌ももっと歌にも情景が浮かんだかもしれない。

 平成17年(2005年)、千昌夫が「北国の春」を歌った。タイトルの通り、北国で春を待ちわびた喜びが歌われている。「♪コブシ咲くあの丘北国の~」という箇所がある。カラオケで歌いながら、「はて、コブシの花とはどんな花だろう?」と思う。今まで見たことがあったかもしれないが、意識したことがなかったから覚えていない。樹木に興味を持ってから、初めてコブシの花を見た。花期は3-4月、6枚の白い花弁で直径は4-5cm。懐かしい里山を思い起こさせるような、春の訪れを感じさせてくれる花である。鳥海山に登ったとき、前日泊った山荘に写真があった。「この辺ではこのコブシに似た花があってね」「タムシバですか?」「そう、そう」というような会話をした記憶がある。花を知ってカラオケをした方がイメージが湧きやすい。
 
 「♪アカシアの雨にうたれて~」(1999年リリース)、西田佐知子の「アカシアの雨がやむとき」を知っているだろうか。アカシアの花を初めて見たとき、一般的にアカシア(ギンヨウアカシア)は黄色い雪洞みたいな花で、ちょっとこの歌には合わないのではと思った。歌ビデオを見るとニセアカシア(ハリエンジュ)の花が映っている。どうやらニセアカシアをアカシアとして歌っている。ニセアカシアの花の花期は初夏の5-6月、白色の総状花序で10-15cmの房状の蝶形花が垂れ下がる。雨にもよく似合う。街路樹にもよく使われ、アカシア通りと言われているアカシアもこのニセアカシアだろう。むしろ一般的にもニセアカシアをアカシアと称することの方が多いのかもしれない。これは、石原裕次郎の「赤いハンカチ」に歌われたアカシア、北原白秋の「この道」で歌われたアカシアもニセアカシアという。まさか「♪ニセアカシアの雨にうたれて」では歌にならないだろう。

 歌に花が歌い込まれていることは多い。カラオケで歌うとき、フッと口遊むとき、この花は確かこんな花だったと思い浮かべるのもいいのかなと思う。歌ではないが、「北の国から'98時代」で、貧しい正吉は蛍にプロポーズして、加藤登紀子が歌う「百万本のバラ」を真似て、近くに生えるキクに似た花を蛍に贈り続けるシーンがある。これを見ていたある男が一度だけ「オオハンゴンソウ」と言う場面がある。オオハンゴンソウはキク科の植物で、道端、空地、原野などに生える北アメリカ原産の帰化植物。高さは100-250cmで直径10cmほどの黄色の頭花を1個つける。何の花か知ると。バラではなく群生する雑草のオオハンゴンソウの花を毎日送り続ける正吉の気持ちが、より切なくよく表れていると感じた。