いつか銀の翼が

(3) 名も無き施設へ/h2>

 小走りに駅まで向かう僕。幸い知っている人には会わなかった。目的の場所はとある県の山奥。一旦都心に出た後、JRに乗ってとある駅でローカル線に乗って、そしてそこからバス。バス停から歩いてすぐらしい。
 都心に向かって僕の乗っている電車はどんどん人が増えていく。心臓が張り裂けそうだったけど、僕は勇気を出してうつむかず、ツンとおすましのつもり。幸いまわりの人は新聞や雑誌読んだり、携帯見たり、i Phoneで音楽聴いたり。特に僕に気にしない様子。ちょっとほっとした僕だった。
 ターミナル駅についた僕は、早速AKIおばさんに貰ったメモの一つを実践。一人の制服姿の女の子の後ろについて、距離を縮めず、足音をあわせる。と、これが以外に大変。(女の子って、こんなに早足で速く歩くの?)
 ついていくのに疲れた僕は、別の女の子にターゲットを絞り、ストーカーを始める。でも結果は同じ。
(並んで歩く時はゆっくりなのに、一人の時ってこんなに速く歩いてるんだ)
 改めて発見した事にちょっと驚きながら僕はトイレを探し始めた。女子トイレは小学校の時に入ったし、自信有る。でも久しぶりだったので僕はちょっとためらいながらも、普段入らない赤いマークのトイレに入っていく。幸い並んでいる人はいなかった。僕はスカートをたくしあげ、ショーツを降ろし、水音の出るボタン「音姫」を押し、早歩きで速くも疲れた足のふくらはぎを手でマッサージしながら用を足した。
(女の子のトイレって、面倒くささで言うと男の買物クラスかも)
 個室から出た僕の目には、いつのまにか手洗い場の鏡の前でぺちゃくちゃ喋りながらタムロってる女の子の姿が有った。
(勇気出して、どうどうと)
 そう言い聞かせて僕は女の子達の横に空いたスペースに入り込み、ちょっと髪を直すふりをして、足早にトイレの出口へ。と背中ごしに一人の女の子の目線を感じた。
「ねえ、今の男じゃない?」
「え、うそ!」
「本当!?」
 一瞬どきっとしたけど、僕は何食わぬ顔でトイレを後にする。
「なんで!なんで!」
「だって、男の臭いだったもん!」
 小さく聞こえるその声に、僕は大慌てで駅のコンビニへ飛び込んで言った。
(えっと、何か、何かない?)
 コンビニで見つけたのは、女の子向けのガム、そして携帯用の芳香性のヘアスプレーだった。レジで無言でそれを買い求め、足早に出た僕は別の女子トイレへ行くと、鏡の前で髪にヘアスプレーを吹きかけ、ガムを一粒口に放り込んだ。
 と、鼻に少しツンと来る化粧品の様な香り。
(本当気をつけないと…)
 一息ついた僕はその足でJRの長距離列車に乗り込み、空いている座席に座った。

 まだ朝の通勤通学時間帯。都心から離れるにつれて僕の乗った電車はサラリーマンの姿は減り、逆に通学の生徒の姿で混み始める。空いていた僕の席の横にも、とある駅で乗り込んできた女子高校生が、喋るのが楽しくて仕方が無いって感じで座り、他愛も無い話を始める。そのあたりがむっとした女の匂いに包まれていく。僕はそれとなく話を聞きつつ、これから行く養護施設ってどんな所なんだろと思っていた。
 ふと女の子達の会話が途切れる。とうとう話題がなくなったのかなと思ったその時、
「あ、そうそう昨日さ、ブログ見てたらすごい事書いてた」
「え、何何?」
「都内の私立高校の男の子がいきなりスカート履いて登校してきたんだって」
「えー!ほんとに」
「うそー!」
「それでさ、意地悪してきた男の子にいきなりキスして撃退したんだって」
「えー!」
「すごーい」
「どこの高校?」
「わかんないけど、○○区の名門私立だって」
「え、だって、そこの名門私立ってさ、○○と○○学園しかないじゃん」
「あ、あと、○○付属がある」
「えー、でもさ○○って男子校じゃん?」
「男子校じゃ絶対無理だよね。入るときチェック入るしさ」
「そだっけ、じゃ残りのどっちか?」
「すっごい勇気有る!」
 うとうとしていた僕は横で聞いてて一気に眠気が吹っ飛び、顔をその娘達からそらした。あたってる。片方が僕の行ってる高校…。
(なんで、昨日の事なのに、もうこんな離れたところまで)
 足ががくがく震えるのをなんとか押さえ込み、冷や汗をかきながら僕は話の続きに耳を傾ける。
「キスって、ふざけてやったんでしょ?」
「密かに思ってたのかもしんないよ」
「やっぱ、男が好きなんでしょ、そういう子ってさ」
「どうなんだろ、やっぱりそうなのかなあ」
 聞いていた僕は、
(そうなんだ、クラスの女子からは男が好きなんだって、もう思われてるのかも)
 今の僕にはそういう気は全く無い。只、女の子でいる時の方、女の子に混じっている時の方が居心地がいい。そんな気分だけなんだもん。
「あ、でもあたしの知り合いにそういう人いるよ」
「えー!」
「どんな人?」
「友達の友達でさ、最初は普通の男だったけどさ、一年ぶりにみんなでプール行こうって会った時さ、そのこすっかり女になって来たの」
「えー!」
「着替えどうしたの?」
「女子の方入ってった」
「しんじらんない」
「一緒に着替えたの?」
「ううん、ちょっとね遠慮して、向こうの方から別で着替えるって言ったし。あ、声もハスキーだけど女になってた」
「えー、それで?」
「ていうか、普通にスカートビキニ着て一緒にプール入った。腰くびれてないし、お尻大きくなかったけど、そういう娘時々いるもんね」
「あたしの友達にもいる。本当くびれ無いけどちゃんとした女だし」
「それでさ、普通に女してたから、帰りは一緒に着替えた。前はテープで止めててさ、胸のトップスはもう女だったし、膨らんでたし、肌とかすっごい綺麗だった」
「薬やってんだ」
「えー、でも最近良く聞くよね、そういう人」
 人がそれなりにいる車内でそういう話を大声でする今の女子高校生ってすごい。話が自分からそれて行った事に少しほっとする僕。
「でもさ、男が好きなんでしょその子」
「だったら別に一緒にいても変な事されないから別にいいんじゃない」
「おかまってわかるなら嫌だけどさ、ばれなきゃいいんじゃない?」
「相手をキスで撃退したって、すごい子じゃん。顔見てみたい」
「友達にさ、そういう子いたら心強くていいよね」
「でも男取られたら殺す」
「それ男女関係ないしー」
 他の乗客の事なんて気にしないで喋り倒して笑う女子高校生達。そうなんだ、男女関係なく、女子高校生っていう生き物になればいいんだ。少し僕は自信を取り戻してきた感じ。今から行く所でたとえ強制的に男に戻す様な事されても、僕は絶対めげない。きっと、絶対女子高校生になって、母校にもどってやる。そう決心した僕だった。

 県境の駅に入り、あれからもいろいろ騒がしく喋っていた女の子達も電車を降りていく。僕もこの駅で乗り換えなんだ。改札に消えていく女の子達に僕は胸元で小さく手を振って別れの挨拶。と、いきなり一人の女の子がこちらを向き、何やら他の女の子に耳打ちしている様子。ううん、別にいい。僕が男だってばれたのか、それとも他の事なのか、今となってはどうでもいい。
 僕を乗せていた電車が駅のホームから消えると、静かな山の中の駅には、隣の一両編成のディーゼル車のモーター音だけが鳴り響いていた。乗り込んでみると乗客はおばあさんとおじいさんが一人ずつ。本当、一体どんな所に有るんだろ。
 しばらくたって、列車は出発。ガラガラと大きな音を立てて動く車内は車内アナウンスがやっと聞こえる程度。そこで僕は早速AKIおばさんのメモを思い出して早速訓練しはじめる。三十分間聞こえていたさっきの女の子達の話と口調を思い出し、声に出してみる。
「…んでさー、あたしもそう思ったんだけどぉ、口に出して言うのやだったしぃー」
「えー、うっそぉ、まじでぇー」
「やだ郁美マジでいってんのぉー」
 山の中の川沿いの目的の駅に着くまでの二十分間、僕にとっては初めて本気でやった女の子特訓だった。




 両側を山に挟まれた川沿いの少し開けた場所に立つ、少し肌寒い空気の漂う駅を降りると一台のバスが停まっていた。たった一人の乗客の僕を乗せ、間も無くバスは動き始める。
 目の前の小川沿いの道をゆっくりと走るバスの中、一番奥の席に座り、運転席のバックミラーが運転手を映さない事を確認してから、僕はさっきの特訓の続きを始めた。
 わかったのはあの女の子達の歌う様な喋り方ってすごくエネルギーがいるし、喋っていて頭が少しくらくらする。頭の中の使っていない所を刺激するって感じ。車窓に見える川は右へ左へ動きながらだんだん岩が覗きはじめ、所々プールみたいになった場所が見え始める。
「うわあ、泳いだらきもちよさそーう」
 そして両側の山もだんだん緑が深くなり、渓谷みたいになっていく。
「えー、なんかほんと隔離されるって感じ」
 独り言みたいに喋って、ふと僕はその口調が今までとは違い、ちょっとさっきの女の子っぽくなった事に気づく。なんかすごく効果有るかも。なんで今までこういう風にやんなかったんだろ。
 二十分程でバスは終点に到着。そこはバスの折り返し地点みたいなところで人家は見当たらない。バスの前の窓ガラスを見ると、
「あ、有った!あれだ」
 バス停から少し先に木々に埋もれた、木造の学校の校舎らしきものが見え隠れしていた。
「ありがとうございまーす」
 女の子の会話のイントネーションを少しでも覚えた事が嬉しかった僕は、女の子言葉で女声で挨拶してバスを降りる。別段不審な顔をしなかった運転手の顔色を見て、僕は嬉しくなり、目的の場所へ数歩スキップした後歩き出した。

「ここが、そうなの…」
 その場所は元学校と言っても、多分元は小学校の分校だと思われる所だった。小さな校舎が一つ、小さな体育館が一つ、そして付属する建物が一つの小さな学校。でも、木々は手入れされていて、小さな校庭にはゴミも落ちてなくて、ちゃんと整備された所みたい。 僕はなんだか懐かしい雰囲気のする校庭を歩き、二階建ての小さな建物に入った。
「こんにちわあ」
 挨拶をすると、声がして初老のおじさんが対応に出てきた。
「あの、今日からお世話になる風木ですけど」
「ああ、風木さんね。先生は渡り廊下渡って校舎の一階の部屋にいるよ。行けばわかるて」
 ちょっとなまりの有る言葉でそう応対され、お礼の言葉を言った後、僕は案内された部屋に行く。渡り廊下の先に有った校舎は思ったよりも大きい感じ。入ってすぐ校長室みたいな所があり、中で人の気配がする。
「こんにちわあ」
 しばしためらった後、僕はノックの後挨拶の声を投げかけた。
「風木さんですか、入りなさい」
「あ、はい」
 ドアの前のついたての奥をのぞくと、一人の長い髪の女性が眼鏡を外してデスクから立ち上がった。え、若い…、もっとおばさんかと思ってたのに。
 黒のスーツのその先生は、僕に部屋のソファーに座る様に指示。そして、
「霧島さん、ちょっと来て」
 隣の部屋に向かって声をかける。そして電話機を取り、電話をかけはじめた。
「室田さん、校長室まで来てください」
 そして、ソファーに腰掛けた僕の前に座り、再び眼鏡をかける。
「よく来ましたね。ここの校長の佐伯です」
「あ、あの風木です」
「風木さんね。まあ、事情はあなたの通ってる高校の春木校長から聞いてます」
「あ、はい」
 僕がそう答えた時、
「失礼しまーす」
 そう声がして、一人の若い女性が入ってきた。
「先生、書類これでいいですよね」
「そうだけど、ほら自己紹介しなさい」
「あ、はい。あ、あの霧島です」
「あ、あの風木といいます」
 思わず立って挨拶をする僕。
「霧島さんは私の勤めてる大学院の研究生。まあ、私も本当は○○大学の助教授なんだけどね」
 霧島さんが佐伯校長の横に座ったのを確認すると、佐伯校長の話が始まりました。
「じゃ早速。聞いてると思うけど、ここは何らかの事情で就学意欲は有るけど学校に行けなくなった人で、かつ特殊な事情が有る人を受け入れてます。いじめによる登校拒否、家庭内暴力、麻薬中毒、対人恐怖症とかね」
 僕の目にはふと部屋に飾ってある、とある有名プロボクサーの写真が入る。それを察した佐伯先生。
「ああ、プロボクサーの○○さんね。実は彼もここであたしが面倒見たの。実はひどいいじめられっ子で、ここ出た後ボクシング始めたのよ」
「そうなんですか…」
 佐伯先生が話を続ける。
「ここでは先生達は直接あなたたちにああしろこうしろとは言いません。課題とかは出す事は有りますが、基本的に自分で問題を見つけ、自分で解決するという方針です。でないといつまでたっても自立出来ないからね。その代わり、相談事が有れば可能な限り回答し、問題の実現に向けて全力をつくします」
 そこへ、さっきの初老の男性が入ってきた。
「ああ、さっきの。室田です」
「用務兼体育担当の室田さん。おっかないわよ、こう見えても柔道七段、空手五段の猛者なんだから。ここが現役の小学校から勤めてる人なのよ」
「いや、はは、やめてくださいよ先生」
 恥ずかしそうに頭をかく室田先生
 僕の挨拶の後、霧島先生の持ってきた書類を僕の手元に押し出す佐伯先生。
「まずそれを読んで、サインしてください」
 恐る恐るその書類を見ると、それは、当校の規則に従わぬ時は退学させます。という内容の簡単な誓約書だった。傍らに用意されたボールペンを手に取り、僕は住所、氏名、生年月日を書き込んで、佐伯先生に手渡す。それを見た佐伯先生がすかさず声を大きくして僕に問いかけた。
「風木さん。性別が抜けてますが」
 その声に僕は恥ずかしくなって、もそもそ答える。
「あ、あのそちらで決めてください」
 僕の声に今度は怒った様子で話す佐伯先生。
「風木さん!さっきも言った様に、ここは自分で決め自分で解決する所です。ここに何を書くかであなたに対する指導は百八十度変わります!」
 乱暴に付き返されたその書類を手に取る僕。三人の人に見つめられ、僕は恥ずかしさで顔を赤らめながら、性別欄に
「女」
 と書き込む。
 それを受け取った佐伯先生が今度は優しく僕に問いかけた。
「お名前は、かぜき、みわさんでいいのね」
 そう、僕の名前の美和は、「よしかず」とも読めるけど「みわ」とも読めるんだ。
「あ、はい、みわです…」
 恥ずかしそうに答える僕を気にせず、佐伯先生は霧島先生に話しかける。
「霧島さん、予定通りだから、みわさんにあれを持ってきて」
 早くも「みわ」と呼ばれた僕。席を立って校長室から出て行く霧島先生を見届けると、「室田さん、ご紹介も終わったし、ちょっと席外してもらえますか」
「あ、はいはい」
 室田さんが出て行くのを僕は不思議そうな目で眺めた。僕が女装した男の子だって事はみんなわかってるはずなのに、誰一人としてそれを気にしない事に少し驚いたけど、普段はもっとすごい生徒達を相手にしてるのかもしれない。
 室田さんが出て行くのを見届けた後、佐伯先生が再び話を始める。
「今ここにはもう一人女の子が入所しています。あなたより年上で高校二年生。クラスメートとしてコミュニケーションをとって下さい。どうしてここに来たのかはあえて言いません。それと、」
 佐伯先生は用意していた書類を手に眼鏡を手でかけ直しながら、僕に話を続ける。
「春木先生ととりあえず話をしました。今後どうするかの詳細はみわさんに心理テストをしてから決めますけど、とりあえず今高校生のみわさんには、過去に遡っての経験が必要です。ローティーンの時代を暫く経験して、そして高校生に再び戻ってみなさい」
 その時、霧島先生が校長室に戻って来る。
「佐伯先生、隣の部屋に用意出来ました」
 それを聞くと、背駅先生は席を立ち、ドアに歩み寄ると僕を手招きする。

 隣の部屋は小さいけど元は職員室らしい雰囲気だった。小さくてそしてがらんとしたその部屋の机の上に、ビニール袋に入った服らしきものがたくさんまとめて置かれていた。 それを見渡した後、ちょっと戸惑った表情をする僕。
「先生、あのひょっとしてこれ、僕が」
「僕って何?」
「あ、あの、あたし、が?」
 佐伯先生は、それらの一つ一つを確認する様に手に取りながら僕に話し始めた。
「これは以前自閉症の女の子がここに入所していた時に、ここの制服として着てもらってた服です。そのこもたまたま背丈があなたと同じ位だったので、丁度良かったわ」
 畳まれた面だけみてもはっきり派手だとわかる服、短いスカートとスパッツ、ラメとかスパンコールの一杯ついた服。多分ローティーン用でも結構派手な部類の服ばかりがそこに置かれていた。そして箱の中には、派手じゃないけどレースまみれや、可愛いデザインのブラ、ショーツ、ソックスが入っていた。
「丁度いいわ。ついでだからみわさんの荷物チェックもするから、バッグをここにおいてください」
 僕は縫いぐるみにかくしたホルモン剤がばれない様に祈りながら、持ってきたバッグを置く。
「あら、この人形は?」
「あ、あの、いつも寝る時に」
 佐伯先生は、僕が昨日の夜必死で細工した○ラックマの縫いぐるみを注意深く見る。
「このほころびは?自分で直したの」
「あ、はい、でもうまくいかなくて」
「そう…」
 そのほころびに指でも入れられたら中の薬の事がばれちゃう。どきどきしながら見守ったが、幸いにも、そのままその縫いぐるみは何事も無い様に机に置かれた。
「このブラは、地味ね。しかもサイズが会わない。下着類はあなたの高校からちゃんとデータもらってるからこちらで用意します。パンツもそうね。これから案内するみわさんの部屋にしまっておきなさい。化粧品とか、コスメは…」
 そう言って一つ一つマスカラ、ルージュ基礎化粧品とかを確認する佐伯先生。
「通販か何かで手に入れたみたいね。バランスがめちゃくちゃだし。必要ならこちらで用意します。とりあえずは、不要なのは有るけど、持込禁止で預かるのはなさそうね」
 隣の霧島先生がそれらを元通り僕のバッグに入れてくれる。ほっとする僕。
「それじゃ、みわさん。早速だから着替えてください」
「え、着替えって」
「今日の服は私が選びます」
 佐伯先生は、机の上から、ピンク色でラメ入りのロゴ、そして襟にチェックのフリンジの付いた服を手に取り、袋から出した。
「えーーー!」
 僕の驚きと抵抗の声。それには黒のティアードのミニスカートっぽい物まで付いていた。
 そして黒に金のラメ模様の入ったスパッツ、ちょっと僕そんなの恥ずかしくて…。
「はいみわさん、これ。隣の校長室で着替えてきなさい」
「ちょっと、派手すぎるんじゃないかと」
「みわさん、春木校長から聞いたけど、あなたからは女の子の恥じらいってものが全く感じられません。だから、恥じらいってのをもっと感じてください!」
 渋々下着とソックスも含めて手に持ち、校長先生の部屋へ行く僕。大急ぎで服を脱ぎ、ローティーン向けの可愛いキャラクターの模様のショーツを履き、そろいの柄でフリルのたっぷりついたAカップのブラを付け、胸元はやはり揃いのキャミソールで隠れていく。そして、いよいよ、
(うわーやだ、すっごいはずかしい)
 そう思いつつも、僕はミニスカ、チェックフリンジ付きのシャツを被って、そしてスパッツを身に着け、ピンクのソックスを身に着けた。怖くて鏡で自分を見る勇気が無い。でも…
 僕は校長室の姿見に恐る恐る自分を映した。でも、あれれ…
 服のコーディネートはすごく良かった。派手っぽいものもここまで合わせると、なんだか可愛いスタイルになった僕。さしてその時思ったのは、
「あ、顔、もっと可愛くならなきゃ」
 思わずそう口走ってしまう僕。僕の頭の中で何かがちょっと変わったみたい。

「先生、これでいいですか」
 僕は恐る恐る隣の職員室に、その格好で入る。
「可愛いじやないですか」
「いいよそれで」
 二人とも本当に僕が男だって事わかって言ってくれてるのだろうか。
「それじゃみわさん、今から二階へ言って、「可憐」ていう女の子の部屋に行って挨拶してきなさい。ちなみにその横の「美和」と書いてる部屋があなたの部屋だからね」
 その言葉に僕は恐る恐る職員室を出た。そして無意識のうちにスカート部分を引っ張り下げる自分にぎょっとしてしまう。絶対僕昨日から何かが変わってしまってる。

 校舎の階段を上がると、そこは表向きは多分生徒の教室だけど、ドアは新しいものと取り替えられてて、赤く「可憐」と書かれた名札が有った。教室は中で間仕切りされているらしく、奥の扉にはやはり赤く「美和」と書かれた名札が書かれていた。多分女の子が赤字なんだろうと思う。佐伯先生も、僕が絶対男で来ないって確信してたから、既に服が準備されてたり、赤い名札を準備してたんだと思う。
(今日から、僕は風木みわ。女の子なんだ)
 養護施設というから、もっと怖い所だと思ったけど、そうじやなくて良かった。心を落ち着けて僕は隣の部屋の「可憐」さんのドアをノックした。
「こんにちわ。今度新しくクラスメートになる、風木みわです」
 しばらくして、ドアが無言で開き、中から、え、ちょっと怖そうな女の子が…
「あ、あの隣に来た…」
 バタンと勢い良くドアは閉められた。

「とにかく、女性になる為には何をしたらいいか、出来るだけあの子に考えさせて下さい。そしてそれに対してのアドバイスは十分あの子が納得するまで」
「はい」
「それと、霧島さん」
 校長室で霧島さんといろいろ僕に対する事でいろいろ話していた佐伯校長先生は、部屋の外に人の気配が無い事をちょっと確認した後で小声で喋る。
「あの子の持ってきた縫いぐるみだけど、どうもおかしい…」
 その事で何やら話し終わり、霧島さんが部屋を出て行こうとする時、そんな会話が有ったなんて知る由も無かった僕が戻ってきた。
「あ、あの先生。可憐さんと何もお話できなかったです」
「そう。まあ後でもいいわ」
 そっけなくそう答えた佐伯先生は、霧島先生を追いやると僕を校長室のソファーに座らせ、ここでの生活の事を僕に話し始める。それを纏めてみると

 着るもの全ては当施設で用意した物を着用。
 女の子用品に関しては、コスメ、基礎化粧品等も当施設で用意した物を使用。
 食事は暫くの間はデリバリーの食事を室田さんが用意。
 飲み水は部屋のウォーターサーバを利用。
 朝八時から十六時までは学習で後は自由時間。
 土日は自由。外出は許可制。
 佐伯校長は平日十七時で不在となり、土日は基本的には不在。
 アシスタントの人は土日も関わらず毎日交代で来る。佐伯校長不在の時はアシスタントの人に相談する事。

 結構自由なんだけど、その反面自分でしっかり自分を管理しないと、ここでの生活は無駄になってしまう。逆に厳しい所の様に思えた。
「それと、風木さん。あなたのトレーニングの事だけど」
佐伯先生が一呼吸置いて僕に話し始める。
「とにかくあなたを預かっている時間が短いので、短期間であなたの基本行動を女性にする必要が有ります」
 そう言って僕の目をじっと見つめながら更に佐伯先生が続けた。
「自分を女にする為に、何と何を最初にすべきか、明日の朝までに考えて来て下さい。学校に女の子の服着て行く勇気が有るなら、そのくらいわかると思うし、成し遂げる気力も有ると思うけど」
 少し考える様にして、佐伯先生の目が鋭くなる。
「期間は、そうね。2週間」
「えー、たったの!?」
 淡々と話す佐伯先生の言葉に、僕はだんだんここに来て本当に良かったのか、少し恐怖も感じる様になっていく。
「2週間で少なくとも男を感じさせなくならなかったら、今後のトレーニングは無理と思うので帰ってもらいます」
「2週間…ですか…」
 口をぽかんと開け、目をあさっての方にむけて呟く様に喋る僕に向かって鋭い声がかかる。
「やれますか!?」
「は、はい…頑張ります…」
「頑張るじゃだめ!」
「は、はい。やります!」
 その気迫に負けまいと、僕の頭の中がそう元気良く言わせてしまった。
 佐伯先生の表情が穏やかになり、そしてにっこりと僕の微笑みかけた。
「はい、決まり。それじゃ部屋を案内するからいらっしゃい。それと訓練の邪魔なので携帯は二週間預かります。」
 そう言って手元の資料を纏め、席を立つ佐伯先生の後を、少し重い足取りでついていく僕だった。

 校舎の二階の教室を作り変えた生徒の部屋。そこに着くとまず佐伯先生は可憐ちゃんの部屋の戸を軽くノック。
「可憐ちゃん。今日から隣に風木さんという女の子が来たから、仲良くしてあげてね」
 女の子と言われてちょっと照れる僕。でも可憐ちゃんの部屋からは声も音もしなかった。いつもの事なんだろうか、佐伯先生はそれ以上喋ろうとせず、「美和」と書かれた名札の有る僕の部屋の前に立つ。
 というか、僕は自分の部屋の扉に吊り下げられた物に目が釘付けになっていた。それは僕が持ってきた、中に薬の仕込んであるリ○ックマの縫いぐるみ。
 慌ててそれを手にすると、後ろの綻びは綺麗に処理されて縫い目も目立たない。
「あ、それ?可愛そうだったから霧島さんにお願いして直してもらったの。後でちゃんとお礼を言っておきなさい」
 そう言って佐伯先生は僕の手からそれを取り上げると、元通り部屋の前に吊るす。
「さあ、ここで女の子になっていく風木さんを見守ってあげてね」
 そう話しかける佐伯先生を、僕はちょっと複雑な思いで見つめる。受け入れの為のクラスの女の子達の掲げた一つの条件、性的に男でなくなる事。それを成し遂げる手段がこれでなくなってしまう。それに、もしここでのトレーニングがうまくいかなかったら、その時はどうしたら…。
「風木さん、どうしたの?入ってらっしゃい」
 佐伯先生にせかされ、僕はこれからお世話になるであろう、美和の部屋に入った。
「わあ…」
 シンプルだけど、その部屋は確かに女の子の部屋だった。白に花柄の壁紙。木製のベッドに薄いピンクに動物柄の布団。窓にはピンクのカーテン。そして傍らには僕にとっては初体験の大きなドレッサーと大きな衣装かけとタンス。洗面台とウォーターサーバ、その横には白の学習机と椅子。そしてちゃんとパソコンが機能している様子。
 本棚にはジュニア小説とか、今月のレディースのファッション雑誌とかで半分位本が埋まっている。
「前使っていた子はリスカとか自殺未遂起こしたひどい自閉症の女の子だったけど、同じ様な子達と一緒に暮らすうちに良くなって、2週間前に退所したの。あの子がまさかファッション雑誌買うなんて、入所当時の事思うと考えられなかったわ」
 その女の子の使っていた部屋をそのまま引き継ぐのがこの僕。少なくともこの部屋に似合う女性になれるのか、期待半分不安半分の気持ちになりながら、僕は部屋の白い勉強机に座る。
「さあ、私は今日はこれで帰ります。食事は夜の6時に室田さんが用意してくれるので、食堂に行ってください。今日の課題忘れない様に」
 そう言って、佐伯先生が部屋から出ようとした時、
「風木さん。お昼食べてないよね?」
 ドアから顔を出した霧島さんの手には、1つのお弁当が有った。
「あ、ごめんね。こんなに早く来ると思わなかったからお昼用意してなかった」
 佐伯先生がちょっとバツ悪そうに頭に手をやる。手渡されたどこかのコンビニか何かで売っていたのだろうか、レディースランチと書かれたその弁当を手に、女性扱いされた事にちょっとうれしくなり、
「ありがとうございます」
 僕なりに可愛さを意識して、微笑みながらそう言って手に取った。

 昼下がり、僕のいる名も無き保養施設には静寂が漂う。隣の可憐ちゃんの部屋からは、眠っているのだろうか物音一つしない。僕をとりまく孤独感とこれからの期待感は、食事をして一息つくとだんだん期待感が強くなっていく。
 机に向かって、2週間で最低限自分を女の子に変える為に何をするかというのを、傍らのメモ用紙に書いていく僕。
「化粧、コスメ、声、仕草、歩き方、走り方、あと何があるっけ…。どうやってトレーニングしたらいいんだっけ…」
 ふと思い出した様に、ゲイバーのママさんに貰ったメモを参考にしつつ、いろいろ考えた事をメモしていくうちに、早い山村の日が暮れていく。

「あ、もう夜だ…」
 あまりの事に疲れてベッドでうとうとした僕の目は、柱の可愛いデザインの時計に行く。7時を少し過ぎた頃だった。
「あ、やっべぇ!」
 といきなり叫んだ僕だけど、
「あ、いけね、じゃなくて、えっとえっと、えー、うっそー、もうこんなじかーん??」 言い直した自分自身の言葉にちょっと恥ずかしくなる僕。でもこうしちゃいられない。僕は大急ぎで部屋を出ると、施設の食堂に向かった。
「はい風木さん。これね」
 おぼんに乗せて出されたメニューは、シーフードと野菜中心の見るからに油気の無い食事。
(そっか、こういう食事にも慣れていかないと)
「ありがとうございまーす」
 作り笑いを浮かべ、室田さんからそれを受け取ると、大きな食堂の片隅に持って言って、薄味のその食事を食べ始める僕。ふと調理室の方を見ると、僕に出されたのと同じ物を持って室田さんが部屋を出て行こうとしてる。
「ああ、可憐ちゃんのだよ。部屋に持っていかないと食べてくれないからね」
 僕はちょっと気になって可憐ちゃんの事を聞いてみた。
「可憐ちゃんね。気は強いけど、人間不信になっててね。妹がいるんだけど、かなりすごい娘らしくて、喧嘩ばかりしていたらしいんだけど、妹さんの方が喧嘩とかスポーツとか学校の成績とかが良くて、はりあううちにとうとう心と体壊しちゃってねえ…」
 気の毒になって僕はそれ以上聞くのを止めた。今はあまり関わらないでおこうっと。

「そっか、テレビが無いんだ」
 部屋に戻った僕は、部屋のパソコンを何気なしに電源入れて、ちょっとがっかりした様につぶやく。テレビ無しの生活って、考えられない。女の子の観る番組とか見て、いろいろ勉強しようと思ったんだけど…。
「僕、うまくやっていけるのかなあ」
 仕方なしにインターネットでいろいろサーフィンするけど、何やら怪しげなサイトは全て閲覧不可能になっていた。ため息をついて、そして与えられた課題をまとめ、そしてパジャマに着替える事も無く、早い時間に僕はベッドに入る。
「あ、そうだった、お祈りをって、これって意味あるのかなあ」
 ニューハーフスナックのママさんに教わった(女の子になりたい)のお祈りを口で100回唱えたら、流石に今日の疲れがまだ残っているのだろうか、たちまち僕の気が遠くなっていった。

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