華麗なる対決(前編)

月夜眠短編集 2

 昭和初期より名門女子高校として長い伝統と地位を保ってきた、名門女子高の私立桃華高校が、やはり伝統有る名門進学高校の私立光進高校と合併し、共学の私立桃光学院高校となったのは去年の事でした。まあ、理事長が夫婦という事と、昨今の少子化による学校経営の苦しさが原因なんですけど。
 合併そのものは成功でしたが、学校経営する花柳院夫妻は、夫憲一が妻桃子の養子だった事と、実際光進高校の方が経営が思わしくなく、叉、名門とはいえ、桃華高校の知名度とレベルの高さには及ばず、結局何が起きているかというと…、その、たった1年でこの高校は女子高校生の立場が向上し、学科試験の上位や生徒会は、殆ど女子で占められる事になってしまったんです。只、女子にはクラス単位に様々の派閥ができる傍ら、男子はクラスを越えたバラバラな付合いをしているのも事実。
 これはその高校で起きた、ちょっと不思議なお話。

(ナレーション 堀幸子)

 


「…去年の文化祭は今一つでしたわね。私の提案もあなたのおかげで見事却下して頂きましたわねぇ」
「あのさ、お前…」
「お前とはなんたる事!学院内では会長とおよびなさいと去年から言ってるでしょ!理事長!」
「はいはい、おおせの通りに理事長さん」
 5月のGW開けの2人だけの理事会。初老の理事長はこういい捨てで頭を掻き、湯のみの茶を一息で飲む。
「でもね、お前…、いや会長。只でさえ一部から女尊男卑といわれはじめた今時でこれを復活させるのは…」
「何をおっしゃいますの!永年のあなた側の伝統行事を去年中止にした事で、あれを楽しみにしていた私の知人は皆がっかりで、もう私も何度頭下げた事か…」
「お前なあ、学校を私物化していいのか悪い事くらい…」
「お前はおよしなさい!」
 再び初老の男性はすくんで顔を下げる。今日はまだティーカップが飛んでこないだけましかもしれない。
「もともとは光進高校の伝統行事だったんでしょ!古くはお寺のお稚児さんとか、戦国武将の側近もこういう文化が有ったと聞いてますわ。もともと光進も仏教系だったしね。いいわね!やりますわよ!今年は文化祭で女装コンテストを!早々週明けのホームルームで生徒に発表する事。よろしいですわね!?」

「…という訳で、ちょっと早い話だが、去年色々物議をかわした文化祭での女装コンテストを今年は決行する事となった…」
 2年A組の通称「けみ」先生は、招き猫柄のネクタイを触りながら皆に発表した。
「やったーーー!」
「当然じゃん!」
 と歓喜する女子生徒、ところが
「あんだよー!」
「気持悪いじゃんかよー!ざけんなよ!」
 男子生徒からはブーイングの荒。
「静かになさい!これは決定事項なんでしょ!」
 クラス委員長である「岡田瑞穂」が、強気に男子生徒に向って言い放つけど、ざわざわは収まらない。そんな中で担任のけみ先生は、ある一人の女子生徒の方をちらちらと見ている。去年の文化祭における女装コンテストの開催を最後まで叫び続け、あわや授業ボイコット寸前までされそうになったその生徒、会長理事長夫妻の一人娘、「花柳院鈴那」が顔一杯の微笑みを向け、担任のけみ先生を見ていた。
 あいかわらず男女暫く言い合ったりののしりあったりしているその時、

「おーーーっほほほほほほほほほほほ!」

 クラス中に響き渡る甲高い笑い声。
(ああ、なんて奴のいるクラスの担任になったんだ俺は…)
 そんな感じでけみ先生が頭を垂れる。声の主は、扇子を手に、足組で椅子に座っている、かの花柳院鈴那であった。
「まーぁ、当然の結果ですわねぇ。永年の旧光進の伝統を一部の男子生徒の反対で中止するなんて事、桃光学院創立以来の恥でしたわっ!おーっほほほほほほほほほ!」
「一部じゃねえよ!男子全部だよ!」
「女のおもちゃにされてたまるかよー!」
男子女子が去年と同じ様な意い争いをするのをけみ先生は顔をしかめながら聞いている。しかも今年は推進の親玉が自分のクラスにいるのでなおさら頭が痛い。
「静かにしなさーーーーーい!もう決まった事なんだから!男子もあきらめなさいよ!」
 クラス委員長の瑞穂の声で、喧嘩とも言える言い争いは少し収まった。その時
「おーっほほほほほほっ!」
 再び影のクラス委員長とも言うべき鈴那の笑い声に、クラス一同が静まり帰る。
「こういう事が必ず有り得ると思って、既に私の一存で候補者を選んでおきましたのよお」
 そういうと鈴那は手に持った高級感有る扇子をパチンと音を鳴らして手に納めた。
「おーーーーっほほほほほ!」
 一部には不気味に聞こえる笑い声と共に、鈴那はその扇子をある方向へ投げる。
「いてぇぇぇっ」
 後ろ頭に扇子が命中した男子生徒は、思わぬ攻撃に声を上げた。
「女装コンテスト2年A組候補者に、井上佑(ゆう)をご指名あそばしますことよ。異存はありませぬこと?」
「なんだああ!?」
 びっくりして後ろを振り返る佑にクラス中の視線が集る。
「今なんて言ったよ!お嬢!」
 お嬢とは、花柳院鈴那の男子が呼ぶ時のニックネームだ。
「流石は鈴那様、もう候補者を選んでいたんですね!」
「鈴那様の言われる事に異議なぞありませんわ」
 鈴那のとりまきの女子生徒達のわざとらしい発言。
「おい、ちょっと待てよ!おいお前ら!なんとか言えよ!」
 おもむろに立ち上がった佑が男子生徒をぐるっと見渡す。しかし、
「なんだ、もう決まってたのかよ」
「別に俺でなければ何の問題無いし」
 互いにうなずく男子生徒達、なんて冷たいやつらだ!
「まあ、井上君。クラスの女子が皆揃ってあなたのその美貌を認めたんでございますのよ。断わる理由がありまして?おーっほっほっほっほ!!」
 美貌と言われて佑は少し機嫌を良くした。事実深田○子似の彼は、何度か私服の時は女子に間違えられた事も有る。
「え?そう、そう言われると…て、おい!違うだろ!勝手にきめんなよ!」
 とその時、けみ先生が軽い咳払いの後、話し出した。
「ええ、今回、理事会長の特別なおはからいも有り、優勝クラス全員は文化祭終了後ハワイへの特別旅行ご招待との事だ。まあ、候補者も決まった事だし、皆協力する様に。以上」
 クラス中の大歓声に隠れる様に足早にけみ先生が教室を出て行く。
「こら!おい!猫先生!そりゃねーだろ!!」
「ま、まあ、いいじゃんかよ。別に命に関わる事でもないし、痛くも痒くもねえだろ!」
 けみ先生の跡を追おうとする佑の行く手を数人の男子生徒が拒んだ。

「おい!お嬢!あんまりじゃねえかよ!」
 ホームルームが終り、家路に向い廊下に出た鈴那の肩を佑が掴む。
「うるさいわねぇ、あたしの決定に何か文句でもあるのかしら?」
 肩に置かれた佑の手を強引にふりほどき、キッと佑を睨む鈴那。
「俺の意見全く聞かないで勝手にきめんなよ!」
「まーあ、クラスメート全員の幸せの為に一肌脱ごうという気があなたにはないのかしら」



「ねえよ!そんなの!」
 鈴那の目を佑がきっと睨み返したその時
「あ…」
 佑を睨んでいた鈴那の目がふと横にそれる。佑の肩ごしに何かを発見した様子。鈴那の目が更に鋭くなる。佑もそれに気付き後ろを振り返る。とそこには…。
「あーら鈴那様。もうお帰りどすか?お忙しい事でありんす。庭の豚のごはんのお時間かえ?」
 一瞬むっとした鈴那の顔が、今度は嫌味を帯びた冷たい笑顔に変わる。番傘を持たせた何か氷の様な美しさを備えた美少年を側にはべらせた、大正袴姿の美少女。隣のクラスのやはり旧華族の娘「持明院伊織」が、数人の女子生徒と共にこちらに歩いて来る。
 この二人の気高い娘達の親父さん達は友人で、伊織の桃光学園入学を鈴那の親父さんは快く引き受けたのだが、どうやら娘同士は何かと互いにライバル意識を持ち、私服OKではあるが、伊織の方は桃光学園の制服は一切着たがらず、入学当初より何故か大正袴を愛用している。
「あーら、持明院さん。そろそろ暑くなるのに、相変らず更に暑苦しい格好で、とりまきもたくさんお連れで。確かヤドカリかカニにいましたわねえ。何でもかんでも体にくっつけるという…」
「おだまりあそばせ!」
 引きつった笑顔だが、目だけは睨み合う2人。やがて伊織が口を開く。
「ところで鈴那様。女装コンテストが復活されるというお話し、おききになりましたかえ?」
「え、えーえ、うかがいましたとも。既に候補者も決定致しましたわ」
 細い腕を軽く胸元腕組しながら、鈴那が答える。
「伝統有る行事みたいやさかい、うちのクラスではこの「関本美幸」がお相手しますえ。そうそう、そういえば鈴那様のクラスに美幸に匹敵する人材おりましたかしらあ?」
 伊織の足元でひざまづいてる濃い紫の詰襟の学生服の美少年が黙って頭を下げた。持明院家の執事の息子で、将来伊織の執事になるべく、今の時分から教育されていると聞く。
「まあ、せいぜいおきばりやすぅ。では、ごめんあそばせ」
 少し笑みを浮かべたつんとした表情で横をぞろぞろと通りすぎる伊織一行を横目で睨みながら、唇を噛む鈴那。
「ふん!あんな時代錯誤連中に負ける訳にいきませんわっ!井上!後で私の屋敷にいらっしゃい!もし来なかったら明日からクラス全員からの総シカトですわよっ!」
「わ、わかったよぉ」


「へーえ!それ結構待遇いいじゃん!じゃ学園祭までの間の女性修行さえ我慢すれば、晩メシと家庭教師代タダなんだろ。しかも美人の」
「美人な事は美人だったよ。水瀬七月って人。お嬢の家庭教師を中学から引き受けてんだってよ。なんかただものじゃ無いって感じだぜ」
 翌朝の登校前のマックで、佑はマブ達の「眞城蛍太」に昨日の夜、花柳院の屋敷で無理矢理決められた事柄を話している。
「でも嫌なら親に言ってさ、やめさせれば?」
 コーラを飲みながら、どってことないんじゃないの?という感じで蛍太が話す。それを聞いた佑は、椅子にどっかと腰を預け足を組み直す。
「あのさあ、俺が花柳院の屋敷から帰ってくるとだなあ、家に大きな荷物が届いていてだなあ、親父とお袋がそれを見て狂喜乱舞してたわけよ。エルメスのバッグ3点セットと、超有名ゴルフメーカーのウッドとアイアンのフルセットがよ。ご丁寧に「女装大会の為に息子さんを4ヶ月お借りします」なんて手紙も添えられてたわけ!」
 ジンジャエールをぐぐっと飲み干した後、佑が続ける。
「親父に返してくれって言っても、全然だめ。お袋なんて、これで少しあんたもおとなしくなるでしょ。食費と塾代もタダなんて、こんないい話…なんてぬかしやがるし」
「ふーん…」
 残りのコーラを一息で飲み干し、半ば上の空で佑の話を聞く蛍太。
「まあ、俺には関係ないし。とにかく頑張ってくれよな。ハワイ旅行かかってるんだろ?」
「お前なあ!」
「おい、そろそろ急ごうぜ。遅れちまう」
「お前って奴は!」
 急いで席を立つ蛍太を追って、佑も学校へ急ぐ。

 2年A組の教室へ着いた2人の目に真っ先に入ったのは、隣の2年B組の前の異様な女子生徒の人だかりだった。
「関本君!かわいい!」
「こっちむいて!もう一度写真撮るからさ!」
 何やら女共が佑のライバル(になってしまった)美幸を囲んで何やら黄色い歓声を上げている。
「おい、ちょっと行って見ようぜ…」
 蛍太に促される様にその人だかりに近づく佑。とその時、
「お、おい関本…その格好…」
「あ、井上くんおはよー」
 昨日まで詰襟だった彼の今日の衣装は、赤のボウタイの付いた白のブラウス、大きなボタンのついたベージュのブレザー、赤と白とベージュのチェックのスカートに、紺のハイソックス。紛れも無い桃光学院の女子の制服。
「井上君。今日からライバルだよね。一緒に頑張ろう!」
 そう言いながら両手で佑の両手を握ってゆする美幸。長い髪の毛を女の子っぽく髪留めでまとめたその姿は、ちょっとボーイッシュな女の子という感じだった。
「お、お前、その格好、その胸…」
「胸?あ、うん詰め物だよ。でもちゃんとブラ付けてるし、下着も女の子のだよ。伊織さんから女装コンテストまでの間、訓練の為にこういう格好しろっていわれたの。あ、ごめんね、今女の子の声は練習中だから、おかま声みたいで」
 そう言ってにっこり微笑む彼。正直言って佑は美幸が嫌いではない。少女を思わせる美貌にスポーツ万能、成績優秀で、人当たりが良く、誰とでも友達になってしまうその人柄は佑も認める所。だが伊織の側では本当、彼女の家来同然になってしまう彼がすごく可愛そうに感じる。
「えー!A組の代表って、井上君なの?ふーん…」
「別に悪いとはいわないけどさー」
「関本クン相手じゃ、ねえー…」
「辞退したら?ぜったい無理だよー」
 佑と美幸を取り囲み、好き勝手な事を言うB組の女子生徒。その時、
「おだまり!散りなさい!みんな!」
 佑と蛍太は突然の背後からのキッとした女性の声に思わず背をすくめる。振り返ったそこには、口を真一文字に結んだ花柳院鈴那が少し体を振るわせ腕組みして立っていた。B組の女子はそそくさと出入り口から教室の中に姿を消す。と、
「ほほほほっ」
 クラスの前にはいつのまにかいつもながらの大正袴姿の持明院伊織がにこやかな笑みを浮かべたたずんでいた。
「皆の者、花柳院の言う通りじゃ。ここにいるとアホがうつりますさかい、教室に戻られよ。美幸、そなたもじゃ」
 相変らず調子の狂った言葉だ。
「関本クン…関本さん。こっちおいでよ。ねえ、宿題写させてよ」
「は、はい…」
 佑と伊織の顔を伺いながら、少女姿の美幸がクラスへ戻る。再び鈴那と伊織の目と目が火花を散らし始めた様。
「花柳院、この勝負はわらわの勝ちじゃぞ。無駄な抵抗あきらめて辞退なさられた方がよろしいんとちがいますやろか?ほなごめんあそばせ」
 勝誇った笑みを浮かべ、伊織が教室へ消えた。
「井上クン!」
 佑がその声に再び鈴那の方を振り向くと、鈴那が顎をしゃくりあげ、右手の手のひらを上に向け、指をくいっくいっと動かしえらそうに「カモーン!」のポーズ。
「お嬢!俺いつからおめーの家来になったんだよ!」
「クラスの村八分にされたいようね!?」
「あーったよ!!なんだっつーんだよ。お、おい、まさか…」



「だーかーら、俺関係ねーじゃん!」
「頼むよ!おれ今日あの屋敷に行くと何されるかわかんねーんだからさ」
 放課後、自分の家…の前に女としてのレクチャーを受ける為に今日から花柳院屋敷へ行く事になってしまったのだが、初日の今日はいつもより早く来いと言われている。絶対何か有ると思い、用心の為に佑は蛍太に同行を求めたのだった。
 程なく2人は、多分サッカーフィールドが2つ入るだろうと思われる敷地に、うっそうとはしているが個々の手入れき届いている木々に囲まれた洋館に到着。
「うわーすげーじゃん!毎日ここに通うのかよ」
 そんな言葉を無視して佑は立派な門構えに有るインターフォンを押す。
「どちらさまですかあ」
 なんかすごい可愛い声。お嬢でない事は間違いない。ほどなくして、2人の女性が屋敷から出て来て門の横の戸を開けてくれた。
「お待ちいたしておりました」
「さあ、どうぞー」
 多分この屋敷のお手伝いさんなのだろう。この屋敷のユニフォームなんだろうか、ウェイトレス風の衣装にエプロン姿の清楚な感じの2人は、声だけでなく容姿もなかなか可愛い。
「いいなあ、毎日会えるのかよ、あの2人にさあ」
 その2人の後につきながら蛍太が小声で話す。
「なんなら代わってやってもいいぜ」
 佑が蛍太の背中を肱でこづく。

 花柳院屋敷の一室ではちょっとどたばたが起きはじめていた。鍵のかかった部屋の中で逃げまわる佑、それを追うのは2人の可愛いお手伝いさんと、美人家庭教師の永瀬七月先生に蛍太。お手伝いさんの手には可愛い女の子用の下着、そして永瀬先生の手には今朝美幸の着ていた桃光学院の女子制服。そして部屋の中央でわめく鈴那、部屋の片隅ではその女子制服の納入業者がどうしていいかわからずあたふたしている。
「俺絶対嫌だよ!レクチャーだけの約束だろ!?」
「このままだと負けが見えておりますわ!井上クン!明日から、いや今日からあなたも女子制服を着ていただきますわ。それとコンテストまではここに寝泊りして頂きます。よろしいわねっ!」
「そんなの俺の親がゆるさねーよ!」
「あなたのご両親には、先程追加の贈り物をたっぷりしておきましたわ」
「このひとでなしーー!人を物でつりやがって!」
 壁際に追いつめられた井上が、回りを取り囲む皆にあらんかぎりの悪態をつきはじめた。
「こら!蛍太!お前連れてきた意味ねーじゃねーか!」
「仕方ねーだろ、お前押さえる手伝いしないとクラス全部で総シカトさせるぞなんてお嬢に言われたらさあ」
「お前、お嬢にいくらもらったんだよ!」
「いくらって…さあ、早く服あわせよーぜ!」
「この裏切者!」
 佑が蛍太につかみかかろうとしたその時、
「井上クンちょっとごめんね」
 電光石火、永瀬が手に持った化粧水の様なビンから佑の鼻に何かをふきつける。その途端蛍太に掴みかかろうとした佑の足がくずれ、その場にへたりこんでしまった。
「あんた、俺に何を…」
「あーらごめんなさいねぇ。軽いしびれ薬だから。ちょっと大人しくしてもらえますぅ?10分たてば動けるようになりますからあ」
 家庭教師の永瀬がそのビンを後ろ手にし、まるで子供に言い聞かせる様な仕草でウインクする。
「遊びはなしよ。早くやっておしまいっ!」
 悲鳴に似た佑の声も気にせず、2人のお手伝いさんと永瀬先生、そして蛍太までが佑の制服をひんむき始める。
「おめえら、男のナニとか見て恥ずかしくないのかよ!?」
「ぜんぜん?」
 永瀬先生が言い捨てると、佑のトランクスを力任せに足からもぎ取る。
「はーいこれ」
 お手伝いの一人が白のレースのたっぷり付いたショーツを佑の足に、もう一人が白のフリルのついたAAのブラの紐を佑の手に通し始める。
「蛍太、頼むからやめさせてくれー」
「いいじゃんか、別に死ぬ訳でもないしさ」
 ブラとショーツがぴちっと佑の体に付けられると、次はパンストと白のキャミソールが佑の体を覆っていく。
(あ、あれえ…)
 ブラで背中を締められ、ホックを掛けられるとなんだか束縛された変な感覚、短いショーツの不思議なつけごこち。それにストッキングのぞわっとした肌触りと、キャミソールのつるつるした感覚。それらが混じりあって不思議な感覚を佑に与えて行く。
(女って毎日こんなの付けてるんだ)
「あ、急におとなしくなったぜ」
 蛍太が佑に学院指定のブラウスを着せながら意地悪く言う。さっとお手伝いさんが柔らかい指でボタンを止めて行くと、今度はすべすべしたブラウスの感覚が佑を襲う。そし首に可愛いボウタイを付けられると、不思議ともう抵抗する力が無くなってしまった自分に気付く。
「はーい、次スカート。どうしたの井上クン?覚悟した?スカート?えっとサイズ69か」
 佑横に座り自分の目の前で両手でスカートを持ち、確認する様に見ながら喋る永瀬先生。
(うわ…遂にあれを履かせられるのかよ…)
 佑の目に映るその光景、未だ体験した事のない事を今からされるという恐怖に似た気持が一瞬佑の頭の中を走る。そしてそれはとうとう佑の足に通されてしまった。裏地がぞわぞわとストッキングに包まれた足をなぞる。
(え、なんだこの感覚…、今までこんな変な気分になったこと…)
 普段のスラックスより腰高の位置にしっかりそれはホックで止められてしまう。
(女の腰ってこんな位置にあるんだ…)
 そう思っている間に佑の足首は、紺色の靴下で覆われて行く。ストッキングの上から靴下を履かされるその感覚が…。
「ねえ、思ったより良く似合うじゃん。ねえ、お嬢様、化粧していいですか?」
 お手伝いの女の子の一人がちょっとびっくりした様に鈴那に尋ねた。とその時、
「おーーーーーっほっほっほっほっほっほ」
 甲高い声で笑う鈴那。この声が出る時は彼女がすこぶる上機嫌の時だ。
「まあ、ほんとですわねえ。よくってよ。眉もそっちゃいなさい。どうせ明日からこの格好で学校行くんだしぃ、おーーーーっほっほっほっほっほ…」
「お、お嬢!何を人事みたいに…」
 思い出した様に抵抗しようとした佑の顔をお手伝いの女の子がしつかり押さえる。
「あーっと、危ないわよぉ。カミソリ使うんだから」
「あ、あたしがやるわ。押さえててね」
「ちょっと、それだけは…」
 佑の祈る様な声も無視され、少し太めだった佑の眉に、永瀬先生の手に持つ小さなピンクのカミソリが入る。
(あ…あーあ)
 やっと薬が切れてきたのか、足をモソモソさせる佑。だが、スカートの中でストッキングで包まれた両足の太腿を擦り合わせる時の感覚は、新たに佑を未体験の気持へ誘うのに十分だった。やがて佑の眉は女の子らしい流れる様な細い眉に変わっていく。
「わっ、うそー!可愛い!」
 もう一人のお手伝いさんが持って来た化粧道具で、とうとう佑の顔は変えられていく。
(すごい化粧の臭い)
 パウダーがはたかれ、チークが入る。もともと長めだった佑の睫毛は、ビューラーでぱっちり。
「はーい、井上クン完成よ。立てる?こっち来て鏡みてごらんなさーい」
 佑はそれは絶対やりたくなかったが、ご丁寧に蛍太が腕を引っ張り肩を貸し、無理矢理鏡の前まで連れて行かれる。
「ほらあ、可愛いじゃん!」
 皆が鏡を覗き込む、目を瞑っていた佑も恐る恐る目を開けた。と、そこには、
「う…嘘…」
 決して美人ではないが、深田○子似の清楚な女子高校生がそこに立っている。
「こ…これが…お…」
「はいはい、そういうお決まりの言葉を言う前にこれ」
 永瀬先生が佑にベージュのブレザーを着せた。体をきゅっと締め付けられる不思議な感覚が、ボタンを留められている間続いた。
「あ…あ…」
 遂に佑は一人の桃光学院高校の女子生徒に変身したのだった。
「あ…あの…」
 佑に何が起きたのか誰もわからなかった。只、佑の足はひとりでに内股になり、手はスカートの前でいつのまにか組まれている。と、佑の男性自身が急に大きくなっていく。
「あ、ゆ、佑…」
「え、蛍太どうしたの?」
 ひとりでに出てしまった柔らかい口調に、佑自信が驚いてしまう。
「お、おれ、お前見て起っちまった…」
「もうやだー!」
 そう言った途端、また佑は自分の口から勝手に漏れてしまった言葉に真っ赤になった。
「あ、あの、私帰っても宜しいでしょうか?」
 さっきから部屋の隅にいた初老の制服の納入業者が、ハンカチで汗を拭い、鈴那に申し訳なさそうに言う。
「おーーーーーっほっほっほ。まあすっかり忘れていましたわ。しかし井上クンの男子制服作る時のデータ元にして、よくこんなにぴったりの女子制服が作れましたわね」
「はあ、き、恐縮でございます。お、嬢様」
 ちょつと異様な光景を見て、まだ驚きがおさまらないのだろうか。その業者さんがしきりにまだ汗を拭う。
「ではこれと同じ制服をもう1着、ブラウス5枚と靴下5足、うちに納入してくださいませ」
「は、ははあ、お嬢様、今後とも宜しく。理事長様に宜しくお伝え下さいませ」
 お手伝いさんが鍵を開けたドアから逃げる様に出て行く業者さんを見つめる佑。
(お、俺明日からどうなるんだろう…)

 翌日、登校していつも通りに男子側の自分の席に座る佑。だがものの数秒で彼のまわりには2年A組の男女クラスメートで黒山の人だかりができてしまった。
「うそー!井上クン?」
「可愛い!しんじらんない!」
「おめー、女だったのか?」
「普通にオンナで通るよ!」
「胸あるじゃん!何詰めたの?」
「ちょっと!ブラしてんじゃん!」
「ちゃんと化粧してんじやん。ねえ、眉剃ったでしょ?睫毛ビューラーかけた?」
 まつたく女性って本当良く観てる。そんな中で佑は一言も口をきけず、只うつむいたまま顔を真っ赤にしてじっと黙っていた。後ろの席では上機嫌で扇子をパタパタさせた鈴那がじっとこっちを見ている。
 ふと人だかりの隙間から外を覗くと、気になって様子を伺いに来たんだろう。クラスの出入り口付近でうろうろする伊織の姿が佑の目に映った。
「おめーさ、まさかパンツも女物?」
「マジ?ブラしてんの?」
 とたん男子クラスメートの一人が佑のスカートをばっとめくり、一人が後ろ手に佑の胸を掴む。多分数人に佑の履いてる可愛いピンクのショーツをみられただろう。それは今日花柳院屋敷でお手伝いさんからもらった物だった。
「や!やだ!」
 いきなりの事で佑は更に顔を真っ赤にして抵抗する。何故なのか、佑の口からは男の怒鳴り声が出ない。その時、佑には予想出来なかった事が起きた。数人の女子生徒が佑に飛び付き、男子生徒から守る様にガードしてくれたのだった。
「ちょっと何すんだよ!かわいそーじゃん!」
「バカ!すけべ!さっさとあっちいけ!」
 口々にスカートめくったり胸を触った男子生徒を罵りながら、守る様にぺたぺたと佑にくっついてくる。
「井上クン、今度こんな事されたらあたしに言いなよ、ぶっとばしてやっから」
 不思議とチャパツで普段ヤンキーっぽくしている女子生徒なんか、そう言って座っている佑の胸にヒップをくっつける様にして庇ってくれたのだった。
(なんか俺、おかしくなってきそう)
 早くもオンナ扱いされた佑。普通なら萎える所なのに、何故か佑の男性自身は、可愛いショーツの中で興奮し始めていた。

「はーい!みんなおはよう!こらー、ちゃんと席に座れー!」
 いつもの様に出席簿を見ながら入って来た「けみ」先生。
(や、やばい…どうしよう)
男子列の一番前に座ってうつむく女子制服姿の佑。顔はもう真っ赤だった。
「おーし、出席取るぞー、井上―!」
 名前順なので席も名簿も一番前。佑は返事が出来なかった。
「井上―、あれ?、おい、君誰だ?女子は窓側だろ?あれ、お、おい、お前!こら、井上!お前井上か!?」
 井上クンの席に座っている見知らぬ女生徒が、実は井上本人だと気付くのに時間がかからなかった。
「おい!井上、こりゃなんのマネだ?俺はここまでしろなんて言ってないだろ!?」
 あまりの事に興奮して、けみ先生が教壇から降りて席に向おうとした時、
「おーーーっほほほほほほほほほ」
 けみ先生の足がとまる。
(かーーっ、やはりこいつが首謀者だったか…そういえば昨日B組でも…)
 半分あきれた様子でけみ先生は鈴那の方へ向き直る。
「か、花柳院クン。まあ、た、多分君がやらせてると思うんだが、その風紀上…」
「あーら、せんせ、当校の規則では服装は男女関係無くフリーとなってるの御存知?」
 確かに生徒手帳にもそう書いてある、それはけみ先生も知っていた。
「あ、ああ。だがあれは女子生徒のスラックスを許可するという趣旨であって、その…」
「規則上は問題ありませんわね?それに隣のクラスでも認めてるみたいですし?」
「あれは認めた訳じゃない!許可保留だ保留!!」
「なんなら、わたくしが校長と直にかけあいますけどぉ?おーっほほほほほほ」
(くそーーーーっ、どっちが先生だどっちが!)
 真っ赤になったけみ先生の顔がだんだんあきらめの表情になっていく。
「花柳院クン、わーった。君の女装コンテストにかける意気込みに敬意を表して、この件は…」
「あと、今日から井上佑クンは井上佑子さんになりましたので、席替えを…」
 もう勝手にしろー!とけみ先生が怒鳴ろうとしたまさにその時、
「あー、関本クンだ。関本くーん!」
 一番窓側の女子クラスメートの一人がそう言って、外に向って手を振っている。
「B組代表は関本ってやろーだな。今体育か?変な感じだろ、男に混じって女みたいな髪した奴が走ってるのは?」
 怒鳴るのを止めたけみ先生が、今度はそういいつつ、やれやれという感じで教壇に手を付こうとする。
「ううん、そんなんじゃないの」
「何が違うんだ?」
 ちょっと可愛いその女子生徒が目をばちくりさせながら、けみ先生の顔を見た。

「関本クン、ブルマ履いて、女の子達と一緒に走ってるの」

  グワタアアアアアン!!!

 という音と共にけみ先生が教壇と一緒にひっくり返る。

「まーじーかーーーおい!!」

 窓の外を見ようと、窓側の女の子の列に男子生徒が殺到、しかし真っ先に窓に飛び付いたのは鈴那であった。佑もびっくりして慣れないスカートをひるがえし、窓枠にしがみつく。
 全員紺のブルマ姿の女の子達が、今教室の脇を通り過ぎようとしていた所だった。
「花柳院はーん、お元気どすかー。どうどすかー、伊織かわいおすやろー」
 ブルマ姿の伊織が走りながらにこやかに鈴那を挑発する。横に並んで走っている美幸も軽く会釈をして通りすぎていく彼。他の女子生徒と同じ紺のプルマ姿に、丸首の体操服にはブラが透けて見えていた。
(こ、これはやばいかも…)
 恐る恐る鈴那の顔を見る佑。その目には悔しそうに唇をかみ、手を握り、体を震わせている鈴那が映った。と鈴那は携帯でどこへやら電話し始める。
「あ、業者さん?花柳院だけど。…いや、その話じゃなくって、いいこと?午前中、大至急井上クン用の指定のブルマと体操服を持ってきなさい!」
(ほらあ!やっぱりぃ!)
 佑は半分ベソかきながら鈴那の携帯を取り上げようとする。
「御願いだからあ!それだけは勘弁してよぉ!」
 遅いかかる佑を軽く振りほどいて電話を続ける鈴那。今日A組の体育は、昼食後の4時限目!体育は当然男でやると思っていた佑が甘かった。着々と鈴那が話を進めて行く。
「あと、パットも必要なの。え?性転換パットていうの…。知らなきゃそれくらい自分で探しなさいよ!あと刺繍入れてよ!…違う!井上佑じゃない!井上佑子!今日からオンナになったんだからあの子は。わかった?大至急よ!」
 荒々しく携帯をスカートのポケツトに放り込んだ鈴那が、いきなり佑の胸ぐらを掴み、ドスンと教室の後ろの壁に押し付ける。
「わかんだろーぉ、ぜってーあいつには負けられねーんだよぉ。なあ、協力しろよなぁ、お前もよぉー」
 目をぎらぎらさせ、深く唸る様な声で迫る鈴那に、佑は一言も返せなかった。その後暫くして鈴那が携帯で別の所へ何やら相談をしていたのを誰も気付かなかった。


「井上さーん、いらっしゃいますか?」
 4時限目終了の昼休みすぐに、昨日佑が花柳院屋敷で会ったあの初老の男性が紙袋を抱えてやってきた。
「おい、きたぜきたぜブルマがよー」
 他の男子生徒のからかいの言葉に真っ赤になりながら、佑は紙袋を受け取る。
「ねえ、どれどれ、見せて見せて!」
 男子生徒とは反対に、クラス委員長の瑞穂他数人が佑の席に集る。既に佑の席は女性側の後部に移されていた。勝手に彼女達は紙袋を開け、ブルマと体操服を取り出す。
「あー、あたしと同じサイズじゃん」
 瑞穂が両手にブルマを持ち、胸元で広げると、そこに書かれている「井上佑子」の刺繍を見つけると集った全員でキャッキャッとはしゃいでいた。
「なんだよぉ、俺にも見せろよぉ」
 佑の席に男子生徒が集ってくる。が、
「うっせーなあ!あっちいけよ!」
「おめ、かんけーねーだろー」
「エッチ!すけべ!変態!」
 次々と彼らをはねつける女子生徒達。
「なんだよ!井上だけ特別扱いかよ」
「おかまー!」
「この場合、変態って井上の事なんじゃねーのか?」
 口々に言って去って行く男子クラスメート。佑はその時初めて自分がオンナの中に入ってしまったと強く感じた。その時つかつかと鈴那が佑の席にやってくる。
「あと、女子更衣室だけど、隅をカーテンで仕切った所作るから。宜しいですわね?いい?全員が着替えるまでそこから出ちゃだめよ!井上クンじゃない、井上さん。いいわね!」
「はい、その…好きにしてください」
 そう言うと、瑞穂達がやっている様に、ブルマをたたんで体操服の中にはさみ、佑は他の女の子達と教室を出た。ブルマの中には股間をカモフラージュする為のパットもはさみこまれている。とうとう佑は禁断の世界に足を踏み入れる事になってしまった。

「俺、じゃない私、やっばり男子側で着替える」
 女子更衣室を前にして、佑の体の震えは最高潮を示していた。
「何いってんのよ、そんな格好であんなとこ入れる訳ないでしょ?」
「襲われるよ絶対っ、スカートめくられたりさ」
「あたしたちだって、やっと気持の整理ついたんだし。男を女子更衣室にいれるという事に対してさ」
 そしてとうとう佑達は女子更衣室へ足を踏み入れた。むわっとする少女独特の臭いが佑の鼻をくすぐった。
「はーい、着替え中止!井上ク…さん通るから」
「あっ」
「いけねっ」
 とっさにさう叫んだ何人かは上半身ブラだけだったりしたので、見ようと思えばみれたのだが、佑はあえて目をふせ、更衣室の端へ向った。
「はい、井上さんはここ。出る時は絶対一声かけてよ」
 ロッカー2つ分がカーテンというか布みたいなので仕切られ、佑はそそくさとさの中に入った。
「じゃね。」
 胸元で小さく手を振ると、瑞穂はカーテンをさっと閉めた。
(俺、とうとうブルマはく事になっちまった)
 むっとくる女性の匂い。いくら女子の制服を着ているとはいえ、香水の香りのまじった女の子の匂いは、佑の男性自身をすこぶる元気にさせ、スカートの前に突起を作っていく。
(早くきがえなきゃ)
 上着を脱ぎ、ブラウスのボタンを外すと、キャミソールに覆われた胸元を包む可愛いレースのブラ。女の子だけに入るのを許された部屋で、女の子だけに許された下着を着けている自分。なんだか佑は自分が佑でなくなっていく感じがした。
「あれ、瑞穂、井上は?」
「あ、もう着替えてる」
「ふーん、あそ」
 こういう所では女どもは男は呼び捨てにするんだ。佑は早くも女の裏面を見た気がする。
 スカートのホックを外すと、ストッキングに包まれたピンクのショーツが見える。カーテンの向こうでは佑とほぼ同じ姿をした女の子達。可愛い声でたわいない事でキャツキャッ話してる。
 暫く佑はその格好でロッカーにもたれていた。甘い女の子の匂い、可愛い声、それらが今佑の体にどんどん染み込んでいく気がしている。そして今日彼の付けている女の子の下着がそれに同調する様に、佑の何かを変えていく、そんな気がしてならなかった。
(本当にマジで、4ヶ月間女の子になりきってみよう。面白いかも!?)
 何か吹っ切れた様に佑は行動を起こし始める。体操服に挟まれたブルマの中からパットを取りだし、さっき業者のおじさんに教えてもらった通りショーツの中にいれ、男性自身を固定させる。そしていよいよ…。両手でブルマを持ち、そこに刺繍された「井上佑子」の文字をみつめてぐっと唾を飲み込む。
(ついに女の子デビューか)
 次の瞬間、もうそれは佑の足をくぐっていた。腰までひっぱりあげると、お尻を包み込む不思議な布の感覚とウエストと足の付け根で縛られるややきつめのゴムの感じ。こんな感覚のする物なんて以前身に付けた事なかった。
 丸首の体操服を頭からかぶって着ると、やはり左胸元に来るオレンジの「井上佑子」の刺繍。そしてその下に僅かに透けて見えるブラ。



(僕、今日から井上佑子…なんだ)
 とうとう佑の体の中で何かがはじけ飛んだ。
「もういいですかあ」
「え?あ、もういいよ、出ても。あ、待って、みんな!井上さんが着替え終わったって!」
 たちまちカーテンの前は女の子達で人だかりが出来る。カーテンを開けると、佑はさっき瑞穂がやってたみたいに胸元で手を小さく振った。
「あ、かわいい!いいじゃん!女で通るよ!」
 口々に皆佑を誉め、携帯で写真を取り始めた。
「撮るよーぉ」
 一人がバッグからデジカメを取り出すと、佑の回りに女の子達が群がる。
「この中で一人男の子がいます。誰でしょうって、友達に見せるのぉ」
 さんざんおもちゃにされた佑は、女の子達にガードされる様に校庭へ出て行く。
「あ、A組の井上じゃん」
「おいおい、ブルマはいてるぜ、おいまじ!ブラ付けてるぜ」
「おかまー!おかまー!」
 でも、急に仲良くなった女の子達に囲まれてる佑は、もうそんな言葉なんか気にしない。逆にそいつらに軽く手を振る余裕さえ出来ていた。
 それよりも5月の初夏とはいえ、始めてブルマ姿になる佑の太腿に当たる風が冷たかった。殆どすね毛が無い佑だけど、横の女の子達と比べて見ると、佑の足はあきらかに筋肉質だった。
(もっと柔らかい足になりたいなあ)
 そんな事を一瞬思った佑は、自分で自分が恐くなる。

「じゃいいのね?井上クン、じゃない井上さん…も本当に暫くの間、女で体育受けるのね?」
「はい、御願いします」
 授業直後のミーティング。まだ若く、女生徒の間で人気のある女子体育の東野先生がふっと溜息をつく。
「ねえ、先生いいでしょ?B組だって許可でてんだし」
「許可なんかしてないわよ、一応保留って事になってんの」
 鈴那のおねだりにも似たその願い事に、その東野先生は頭を掻く。学院では唯一鈴那でさえ気を許せていろいろ話せる人物らしい。
「ふー、困ったわね。どう評価すればいいのよ。カリキュラムなんて男子と全く違うし」
 女体育教師は出席簿をしばらく眺めていたが、
「やめた。なんとかなんでしょ。じゃ準備運動で走るよ!」
「やった、あたしだから東野先生大好き!」
 鈴那が喜びの声を上げる。
(あ、あの当事者僕なんだけど)
 先生の指導の元ランニングが始まる。当然男子に比べるとスロースペース。まだ少し恥ずかしいのか、うつむき加減の佑。そうしているうちに、もう汗をかきはじめた女の子達の臭いが佑の鼻をくすぐり始める。佑の前を走る女の子の、大きなヒップを包む様に肌にはりついたブルマ。体操服から透けるブラ。今や佑もそんな姿で、皆と一緒に…。
「ブラ付けてんじゃん!」
 いきなり声がして、背中のブラを誰かがつまんでパチンと音を鳴らした。
「わっ」
 それは東野先生だった。回りの女生徒皆が笑う。当然女子体育の東野の授業受けるのは初めてだったけど、人気が有る理由が佑にはなんとなくわかった気がした。
「どう?女の子で体育受けて?恥ずかしい?」
 並んで走りながら東野先生が佑に問い掛ける。
「このまま女になっちゃえば?女楽しいよ?」
「う、うん、出来ればそうしたいなあ…なんて」
 佑はとうとう自ら女になりたいっていう意思を示した。



 えっと、とうとう女性としての自分を受け入れてしまった佑クン。どうなっていったか、私が後をおっかけてみたいと思います。
 花柳院屋敷では、厳しく、そして優しい永瀬先生の指導が始まりました。屋敷の中で普通の女の子の普段着姿になった佑クンは、勉強以外に言葉遣いとか、丸文字、そしてありとあらゆる女の子の生活様式とかを覚えされられました。
 学校での佑クンは次第に女の子のグループにも溶け込み、だんだんと女の子が染み込んでいきました。
 3日位たつと腕の仕草とスカートさばき、1週間で腕と指、10日後には足を含めたトータルな仕草が殆ど女の子と変わらなくなっていきます。2週間後には特訓のせいあってか、ハスキーな女声になってしまいました。3週間後には始めて私服で、自分で買ったスカートとカットソー姿で学校に着ました。髪には新しいアクセサリ、そして耳にはイヤリングがついてました。もうコギャル言葉もぽんぽんと口から出始めています。
 井上クンの携帯はいつしかピンク色に変わり、かわいいストラップが一杯目立つ様になりました。いつしか女の子達の携帯のメーリングリストにもいれてもらってます。
 女子更衣室の着替えも、早いうちにカーテンの仕切りは外され、そのうち堂々と女の子達と一緒に着替える様になっていきました。やがて女の子達の警戒心もなくなり、プラやショーツを井上クンに見られても特に何もいいません。櫛やブラシ、ちょっとしたコスメの貸し借りの輪に、井上クンもとうとう入っていきました。「お嬢」こと鈴那さんの圧力も有ったでしょうけど、井上クンの努力が稔り、女の子達に少しの不安感をいだかせなかった事と、本人の女の子姿が特に違和感が無かったからでしょう
 他のクラスでも女装コンテストに参加する動きは有ったんですけど、A・Bの2クラスの異常とも思える真剣ぶりに次々と辞退していき、結局この2クラスだけの対決となりそうです。
 でも次第に井上クンと親しくしていた男性友達は一人また一人と佑クンを敬遠するようになりました。登下校一緒に帰るのは全て女友達ばかりになっていきます。そんな中で唯一蛍太クンだけが佑クンと付合ってました。
 
 6月に入ると、ボイストレーニングの効果で佑クンの声はごく普通の女の子の声になり、学校全体ではもう誰も特別視しなくなりました。そんなある日の事でした。  

(ナレーション 堀幸子)



「佑子ぉー」
 一人でとぼとぼ歩いていた佑がその声に振り向くと、そこにはにこやかに駈け寄ってくる関本の姿が有った。佑は左右を見渡し伊織や鈴那や他の生徒がいないのを確かめると、手を振り快く出迎える。
「あーん、元気してたあ」
 女の子達と遊ぶうちにすっかり女性の言葉と仕草がしみ込んでしまった佑がにっこりする。2人はごく普通の女子高校生がする様な笑顔の挨拶をかわすと、並んで歩き始めた。
 実は以前からも本来ライバル同士である佑と美幸はこうして時々会っていたりする。こんな事が鈴那や伊織に知れたら大変な事になるかも。
「ねえ、渋谷寄ってかない?買いたい物有るんだ」
「え?なになに?」
「うふ、夏物のキャミとか、化粧品とか」
「あ、あたしも行きたい。ねえ、いこいこ!」
 1ヶ月少し前までは普通の男の子だった二人は、今や短く折りたたんだ制服のスカートも可愛い、2人の女子高校生になってしまっている。
「ねえ、佑子って花柳院さんの所にずーっと世話になって、女してんでしょ?」
「う、うん…」
「厳しい?」
「え、うん、お嬢の家庭教師があたしにつきっきり手でいろいろ教えてくれるんだけど、最初は厳しかったけどぉ慣れちゃったし…」
 他の生徒に見られない様、2人はわざと登下校の道を外す。
「ほら、女の子の服とか、化粧とかさー、なんか楽しくって」
「そっかあ…」
「ねえ美幸さんとこは?」
「うち?うんずーっと伊織さんの日舞の師匠サンに習ってる。女としては、ちょっと古風な事ばっかだけど。あと、直接伊織さんとかにも習ってるんだ」
「ふーん…」
 美幸さんも結構苦労してんだ。本当、持明院の家来になるなんて本当もったいないと佑は思った。
 やがて渋谷の駅につくと、いろんな制服私服姿の女の子達に混じって、2人もぶらぶらと歩き始める。この可愛い制服着た2人が実は男の子だなんて、誰も思わいかも。美容院・化粧品ディスカウント・テレクラ無料案内・痩身等、女の子しか貰えないティッシュを貰う度に2人はお互い顔を見詰め合って笑った。
 インナーウェアショップでは気に入ったブラとかを手に持ち、ごく普通に試着ルームに入り、いろいろお買い物。やっぱり2人苦労して身に付けた女声がすごく役にたっているみたいだった。
 下着、アクセサリ、化粧品等一通り買った後、渋谷のマックで佑達はちょっと休憩していた。
「ねえ美幸、あたし最近すごく疲れるの。昔こんなことなかったのにさー」
「え?そう?あたしはそうでもないけどなあ」
 確かに佑は最近とても疲れ易くなつたのは事実。慣れない女物を24時間着せられているからかもしれない。
「なんかさー、弱くなっていってるのかも。ほら体育なんて女子に移ってからさあ、思いっきり走った事ないじゃない。手とかもさー、なんか白くなったっていうか」
 そういうと佑は美幸に自分の手を見せる。いつのまにかその手の爪にはマニキュアまで塗られていた。
「あたしの手はこんなのよ」
 ふと、互いの手を見比べた時、佑はちょっと驚く。
「あれ、あたしの手ってさ、この前美幸より黒かったよね?」
「あの、あたしもそう思ったんだけど…」
 今まで気がつかなかったのだが、佑の手はあきらかに美幸の手より白くなり、細い血管が浮き出ていた。
「ちょっとこれ…」
「佑、ひょっとして見えない疲れが出てるのかもよ。一度医者に行った方がいいんじゃない?」
「う、うんそうする」
 佑が答えたその時、突然マックの窓が一面白く光ったかと思うと同時にものすごい音、マックのテーブルと机がぶるぶると震え、店内では数人の女の子が悲鳴を上げた。外は突然大雨になり、ザザザーーーっという音と共に、マックの窓を大粒の雨粒が流れて行く。
「やっやだ!雷」
「すごい雨ふってきたじゃん」
「どうする?やむまでここにいる?」
「どうしよっか」
 すっかり女している二人の男の子だった。

 丁度同じ頃、屋敷の自分の部屋の窓際で外の光と音を眉一つ動かさずに見つめている鈴那がいた。電気も付けない薄暗い部屋の中、只誰かを待っている様子。窓を打つ雨の音が次第に大きくなり、再びまばゆい光と共に轟音が部屋に轟いた。その時、
「お嬢様、手に入れてまいりました」
 ドアが開き、何故か黒のスラックスに黒のスエットスーツ姿の家庭教師の永瀬七月が、なにやらトランクケースみたいな物を持って入って来た。
「問題はなかった?」
「ええ、あいかわらず不用心なところで。今度はたくさん盗んできましたわ」
 早速鈴那がトランクを手にし、テーブルの上でそれを開けると、中には何かのアンプルがぎっしり詰まった箱が数箱確認できた。
「お嬢様?まだこれを続けるおつもりなんですか」
「当然よ!!」
 薄暗い部屋の中、ぎらぎらした目で鈴那はそのアンプルの一つを摘み上げ、恐ろしい形相で眺めた。

「勝てる、これさえ有れば、これだけ有れば!必ず持明院に勝てるだろう!否!!勝ってみせる!!!ひひひひひっ」

 何かに取り付かれた様な形相の鈴那の手から、永瀬先生はそのアンプルを拝借して確認する様に眺めた。
「るびぃ…じー?さ・お・と・め・ク・リ・ニ・ッ・ク…ふぅーん…」
 と、突然
「カラカラカラカラカラカラカラ!!!!ドドドドォォォォォォォォォォォンン!!!」
 突然大音響と同時に目の前が真っ白になり、流石の永瀬先生も小さな悲鳴を上げた。だが鈴那はびくともしない。

「おーーーーーーーーーーっほほほほほほほほほほほほほほほほほほ!!」

 雷鳴よりも大きく、少し不気味な鈴那の笑い声が屋敷中に響く。


後編へ続く

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