その日の夕方、蘭と楠羽が、とっておきの衣装に身を包んだ美樹に全てを話す間、美樹は凍った様に身動き一つしなかった。
そのままがっくりと膝ををついて気絶する様に倒れる美樹を二人はしっかり抱きしめ、クリスタルシュガー号の美樹のベッドに寝かせる。
「辛いでしょうね。初めての恋愛がこんな形で終わってしまうなんて」
毛布を美樹にかけながら蘭がいたわりの言葉を美樹にかける。
「きみえちゃんは?」
「泣きつかれて今寝たところよ」
「そう?」
「どうする、きみえちゃんの事?」
「さあ、施設に預けるにはあまりに可愛そうだし、かといってこのままあたしたちの艦に乗せておけないし…」
蘭と楠羽はそういって美樹の部屋の電気を消した。
その頃、カラカサ号の中でもちょっとした事件が起きていた。
「おーい瞳、そろそろホテルに移動しようぜ。久しぶりにゆっくり風呂に入りたいしさ」
和美が奥の寝室にいるはずの瞳に声をかけるが、瞳から返事は無い。
(まだショックから立ち直ってないのか)
そう思いつつ、再び和美が声をかける。
「瞳、もういいって。あんまり気にすんなよ。まだあの装置を作った会社が有るだろ、そこへ行きゃ」
相変わらず瞳から返事は無い。仕方なく和美は居間のソファーから腰を上げ、瞳と和美のベッドの有る寝室へ向かう。そこでは瞳がじっと自分のベッドに腰を下ろしてがっくりとうな垂れていた。
「なあ瞳、そろそろ」
和美がそう言って瞳の肩に手をかけた時、
「戻らないんだ」
瞳の口からは、プレゼンの時の女装した瞳の澄んだ女声が出る。
「お、おい、もうあんな声色練習する必要ないんだぜ」
和美が笑いながら言う。しかし瞳はそのままの姿勢で喋る。
「だから!声がこのまま戻らないんだよ!」
そう言い放って和美の方を見る瞳、そしてその顔は、化粧もしていないはずなのに。大きくぱっちりした目、ふっくらした頬、既に瞳の顔には美少年を通り越して女の影が出はじめていた。そればかりではなかった。
「胸がすごく痛む。普通に服が着れない。この作業服だって、お尻がやっと入るくらいだった」
和美は何と答えて良いかわからず、ただ黙って瞳を見つめていた。
「俺、ちょっと病院行って来る。たまたま前にここに立ち寄った時に懇意にした所が有るから」
そう言うと目頭を指で押さえつつ、瞳がすっくとベッドから腰を上げ、カラカサ号の出口へ向った。
作業着のズボンにそれとはっきりとわかる瞳の大きく丸くなったヒップ。無意識だろうと思うが、それをわずかに振りながら内股で早足で出口から出て行く瞳を、和美は只見つめるだけだった。
和美と瞳達にも、キャンディーズの蘭、楠羽、美樹達にも、そして美奈子、まほろ達MMCにも、そしてケネス達に決して忘れる事の出来ない魔の一日がこうして終わった。
明日はカラカサ号のネティア係留期限の日。この日に出航しないと、追加のバカ高い係留料金を取られるらしい。
最もケネスの事が有るので、和美達も蘭達も追加料金は覚悟の上ではあったが…。翌日の朝、事は蘭達の乗るクリスタルシュガー号から始まった。
「美樹!美樹!泣いてないで出といでよ!ケネスが!」
クリスタルシュガー号の居間でニュース番組を見ていた蘭と楠羽が、まだ時折大きな泣き声を上げている美樹を呼んだ。
ネティア全域放送のその番組には、誰かの記者会見が行われていた。その題幕には
「実は私、女の子でした!王立学習院助教授、衝撃のカムアウト!」
なんて書かれている。
「美樹!早く、もうこの前の和美みたいなメソメソやめなよ!ケネスがテレビに出てる!」
ほどなく目を真っ赤にした美樹が奥の寝室から、昨日のドレスのまま出てきた。
「ケネス様が、テレビに?」
声をぐずらせながら美樹は姉達と一緒にモニターを覗き込んだ。
見事な美少女になったケネスはピンクのスーツ姿で老執事と一緒に並んで座っていた。今後はケネス・オードリー改め、ケニー・オードリーと名乗り、王立学習院の助教授の地位を捨て、作家に転進するというものだった。
驚いた表情のニュース通信記者達の時には意地悪な質問にも淡々と答えていく彼女。
「多分、あの執事さんが一晩で作ったシナリオね」
「すごいわね、あの人」
感心しながらそのニュースに見入る蘭と楠羽。ふと横で静かにそれを見ている美樹が気になり、思い出した様に美樹の方を向く二人。
「ちょっと美樹、大丈夫なの?」
そう言って美樹の顔を見た二人は、呆気に取られた表情をする。それは初めてケネスの写真を見た時の美樹と全く同じだった。
「ケニーお姉さまーーーーー!」
美樹のその言葉に二人の姉は息を飲み、そしてやってられないという表情をする。
「えーーーー!だってケニーお姉さま素敵じゃなーい!これから作家やるんでしょ?うわーあたしフアンクラブ作っちゃおうかな!」
堂々と姉二人が座っている真ん中に割りこみ、目を輝かせながらモニターに見入る美樹」
「あほくっさー!勝手にやればー?」
「あたしももう今後美樹に同情するのやめるわ、バカバカしい!」
二人が乱暴に席を立つ中、一人ソファーを独占し、ケニーの記者会見に見入る美樹。それを見ながら楠羽が蘭に笑みを浮かべながら言う。
「ケネス、いやケニーか。彼女にとってはこれが一番良かったかもね」
「そうかもね。ほら、ケニーのあの嬉しそうな目」
モニターに映る満面の笑みを浮かべたケニー。彼女のメガネの奥の目は確かに何か希望に満ちた様子で光輝いていた。
その時、蘭の携帯に何やら連絡が入る。そっと別の部屋に行って話し続ける蘭を楠羽が何か心配そうに見つめていた。何か残念そうな表情で携帯の電源を切った蘭が部屋に戻ってくる。
「ブルースブラザースの社長直々に電話が有ったわ。社長もこの放送を見てるらしい。今回のお仕事はあたしたちとMMC以外の別の所に依頼するって。後、料亭「ムーンナイトスリープ」のあの大騒ぎの件は無かった事にするってさ。太っ腹なのか、意地悪なのか本当にわからない人だわ」
「そう、残念ね。今回数ヶ月分の燃料代にしかなんなかったわね。大騒ぎした割りにはさ」
そう言って立ったまま再びモニターを見つめる蘭の携帯に再び連絡が入る。ちらっとそれを見た蘭が楠羽に言った。
「美奈子からだ」
すっかりお友達になった蘭と美奈子の会話が始まった。
「…、あんたとこにも来た?そう、残念ね。え?もう出ちゃうの?」
蘭が携帯から顔を外し、楠羽に向って話す。
「美奈子達、今日の昼頃にはもうネティア星出ちゃうんだってさ」
「えー!折角お友達になれたのに。飲みなおしたかったなあ」
「次のお仕事が決まったみたいよ」
「へえー、やり手なんだね、あのチーム」
蘭は再び美奈子と話を始める。
「ねえ、そっちの出航前にさ、一度会わない?渡したいものもあるしさ」
いよいよネティア星を離れる事になったMMC号。出航一時間前、全ての準備が整い、蘭を除いたスーパーキヤンディーズとMMC号のクルーは、ドック内の休憩室で盛り上がっていた。
今回のカラカサ号潜入計画の全貌、盗聴器、爆発するジュース缶、そしてMMC号のクルー達のちょっと物悲しい過去。そして美樹とケネスの淡い恋愛話。
落ち込むどころか、ケニーになったケネスをお姉さまと呼び、目を輝かせながら話す美樹。そういった話に皆驚いたり笑ったり。やがて蘭がその場に現れると、皆一同静まり、その中で蘭と美奈子がしっかり抱き合った。
「折角お友達になったのに、もうお別れなんて残念ね」
「今度は何?」
「ありきたりの話、地球で言うぎょしゃ座のイプシロンの衛星での温泉調査」
「えー、あの超ばかでかい星で?」
「だから人手じゃ無理なのよ。あたしたちでないとさ」
美奈子が蘭に微笑んで続ける。
「今度お仕事一緒にしようよ。今回のはちょっと急でお金も少ないからあたしたちでやるけどさ」
「是非やりたいわね。でも抜け駆けは無しよ」
蘭はそう言うと、髪に着けたシユシュを取り外し、美奈子に差し出す。それを見た美奈子も自分の長い髪から髪留めを取り外した。お互いそれを交換して髪に着け、二人は再び抱き合った。
「あ、そうそう、お渡ししたいものはね、この子なの」
ふと美奈子から離れて休憩室の入り口から外に向って誰かを手招きする蘭。と大きな可愛い熊のぬいぐるみを抱えた白いドレスの少女が現れた。
「この子、美奈子の所で引き取って欲しいんだけどさ」
蘭がその女の子を自分の前に招き、そして髪の毛を撫でる。
「えーーー、ちょっとそれは…」
当然の様に困惑顔をする美奈子。そんな美奈子をよそに蘭がその少女に聞く。
「お嬢ちゃん、お名前は」
「きみえ」
その言葉に、MMCのクルーが当然ながら驚いた表情を見せる。
「何歳?」
「五歳。ねえ、パパとママ探してくれるの?」
「どういう事っすか?これ?」
びっくり仰天したエリーの言葉に蘭と楠羽はMMCのクルー達に全てを話した。再び部屋の中は驚きの声が上がる。
「これが、あの、公恵…ちゃん」
「そうよ、今はもう何も知らない只の可愛い少女になっちゃってるけどさ」
「きみえ…ちゃんが、こうなる前に言ってたもう一台の性転換装置って…」
「そう、今はどういう訳かカラカサ号に積んであるの。その中で公恵が、きみえちゃんになっちゃったってわけ。見事に騙されたけどね。結局最後まであの装置の謎はわかんなかったわ」
そう言って蘭はきみえの頭に手をやる。
「ねえ、その装置時々貸してくれる様に和美さんに頼んでくださいよ!あたし何かいろいろ実験したくなってきた!」
目を輝かせながらエリーが言う。
「中継料高いわよ。只、当分の間あの装置の事は秘密にしておいてね」
意地悪そうに蘭がエリーに言う。
「わかったわ、そういう事ならこの娘、あたしが責任持って預かる。いずれはあたし達の仲間に加わる事になりそうだし」
そう言って美奈子は傍らのユイの方に向き直る。
「ユイ、あんた一番こういうのに向いてそうな気がするから、あんた教育係しなさい」
「了解ですぅ」
ユイは嬉しそうにきみえを手招きして、抱きしめ、そしていろいろお話を始める。
しかし、この時何も知らない清楚で無垢な少女になったはずのきみえの口元と目に、不気味な笑みが浮かんだ事を誰も知る由は無かった。
MMC号は定刻通りネティア星を出航。キャンディーズの三人は、ネティア星の軌道ステーションの展望台に移動。
出航していくMMC号の窓からは、手を振っているクルー達の姿が微かに見えた。
蘭、楠羽、美樹の三人もそれに向かって手を振り返す。
いつになるか判らない再開する日の事を思いながら。
場面は和美達カラカサ号に移る。こちらも出航準備を整え、操縦席に座った和美は瞳が来るのを待っていた。
「おい瞳、まだか?」
またもや瞳からの返事が無い。
「瞳、恥ずかしいのはわかるけど、お前がこねーと艦出せねーだろ?」
「だって、僕、いや、今日からあたしか。恥ずかしいんだもん!こんな姿!」
奥の部屋からそういいつつ姿を現した瞳。
「声も女になっちゃったし、ブラしないと生活出来ないって言うし。そうなったらもうこの先そういう格好で通すしかないだろ」
「う、うん」
「卵巣まで出来ていたんだろ?」
瞳はその言葉に恥ずかしそうにうなづく。
「手術で取る事は出来なかったのか」
「だってさ、取ってもまた生えてくるって言うんだもん。あのお医者さん、目を丸くしてた。こんなの初めてだってさ」
そういいつつ和美の席に座る瞳。ここに着いた時の瞳は男姿だったはずなのに。
プレゼンの時と同じ黒い長いウイッグに眼鏡。沙夜香に着せるはずだった女性用のスカート付きのスチュワーデス用の衣装を着込んだ瞳は、女の子らしく操縦席で体をもじもじさせる。
「子宮も出来始めていたらしいの。多分もうすぐ、僕に生理が来るだろね」
「僕はやめろ、あたしにしてくれ。でないと俺も現実を把握できない」
「う、うんわかった」
可愛い女声になった瞳の体を和美はためらいながら横目で見る。
スチュワーデス用の衣装はそれ自体に体型の矯正効果はあるものの、大きく膨らんだ胸、細くくびれたウエスト部分。スカートから除く丈夫で柔らかそうな素材で包まれた太股。普通の女の子以上の可愛い姿になった瞳。
「な、何みてんのよ!」
瞳が胸を両手で隠す素振りをしながらふくれっつらをする瞳。瞳の体内に出来た卵巣は急激に瞳を女にしようと、とうとう頭の中まで変え始めたらしい。
「いいよ、生理の事はキャンディーズに聞くからさ」
そう言いながら、カラカサ号のエンジンスタート用の補助エンジンを始動させる瞳。その操作の途中でふと瞳の手が止まる。
「ねえ、和美。ケネスじゃなくてケニーちゃん、可愛かったよね」
「ああ、ケネスにとっては良かったんじゃないかな」
相槌を打つ瞳に向って瞳は意識してかどうか、今まで見た事も無い可愛い笑顔を向ける。
「どうせ女の子になっちゃうんだったらさ、あれ位可愛くなりたいなー、なんてね。うふっ」
「おい、瞳、俺達が一体なんで旅してるのかわかってんだろうな」
おもわず和美が瞳に強く言う。
「さあねっ忘れちゃったっ」
可愛らしく笑顔でおどけて答える瞳と、和美は自分の股間にある変化を感じた。
いつのまにか瞳から漂ってきた処女の女性香。可愛い仕草と声。和美はとうとう瞳に女性を感じ始めたらしい。しかも、その感情は普通の女の子に対する感覚ではなくて…。
(あー!もう何考えてるんだ俺!)
「管制塔!カラカサ号予定通り」
「了解、メインドック開放します」
「管制塔、誘導ビーム願います」
「了解。あれ、パイロット交代ですか?男性二人のはずですが」
瞳の誘導ビームに関する応答で、ネティア管制官が問い合わせた。
「今度から交代するならちゃんと届けてくださいね」
「了解です。すいません」
誘導ビームに引かれ、宇宙空間に滑り出していくカラカサ号。
瞳を元に戻すはずの旅だったが、当の瞳は女性化していく自分をそんなに嫌がっていない。むしろ可愛い容姿になっていくにつれて喜んでいる様子。
いつまでこの旅を続ければいいのか、和美は戸惑いながらも当初の目的地。公恵の作った設計図を元にこの装置を作った企業の有るリワーノ星系の有る方向に向ってワープエンジンのログラムをテンキーで打ち始めた。
出航直前のクリスタルシュガー号には、美少女になったケネス改めケニーから美樹宛に連絡が届く。ほとぼりが冷めたから連絡したらしいが、ケニーから忘れられたと思っていた美樹は大喜びで、艦の出航を拒否しケニーの所へ入り浸り。結局予定より三日遅れでクリスタルシュガー号はネティアを出航した。
大学助教授を辞任したケネス・オードリー改めケニー・オードリーは、作家転進宣言よりわずか二週間でライトノベル作品を二本執筆。科学と萌えと美少年を題材にしたその作品は、ライトノベル専門誌上に掲載されるやいなや、爆発的人気を得、早くもその年の新人賞候補に選ばれた。
日ごとに美少女度が増し、やがて子宮が出来上がり、膣が外に向って伸び始め、とうとう女性自身の形成が始まった瞳。
瞳の女性香がカラカサ号に充満していく中で、和美はそんな瞳に対して次第に普通の女性以上の感情を持つ様になっていく。理性で必死に押さえようと気丈に振舞う和美。しかし、相手を思う感情は、準女性体になった瞳にも芽生え始めた事を和美は知る由もない。そしてその先は…。
皆様のご想像にお任せ致します。
了