パープルトラベラー

(3-8) 堕ちた天使

 和美が連絡して間もなく、ケネス邸の老執事が現場に到着する。
「そ、そんな荒唐無稽な話、私には信じる事なんて出来ません!」
「いや、あんたの気持ちは十分判るけどさ、事実は事実として認めてくれよ」
 和美達がいくら話しても当然ながら老執事は信用してくれない。やっと老執事は車に戻り、本人確認用の指紋と歯型の資料を持って戻ってくる。
「あんた、そんなのいつも持ち歩いてるのか?」
「ええ、いつ偽者とすりかわるかわかりませんからねぇ!」
 老執事はいらいらした様子で、目の前に横たわる美少女の歯型と指紋を確認し始める。
「たいした執事さんだよ」
「変わってなきゃいいけどなぁ…」
 美奈子や蘭達もその様子を取り囲んでじっと見守る。やがていらいらしてポケットからハンカチを取り出し、顔の汗を拭いながらケネスの側から立ち上がる。
「驚きました。私も信じられませぬ。この娘さんは確かにケネス・オードリー様ご本人でございます!」
 とりあえず皆はほっとした様子。
「んでどうするよ、ケネスを美少女に変えた奴はそこに寝転がってるけどさ。このままそっちに預けて、そちらさんで公安に突き出すか?」
「そんなとんでもない!」
 和美の言葉に老執事が声を張り上げる。
「そんな事したら大変でございます!オードリー一族の名誉に関わります!ここは一旦ケネス様を引き取らせて頂きまして、大旦那様と協議致します!」
 そういいつつ、ケネスを抱きかかえに入る老執事。と、寂しそうに言う。
「やれやれ、これで私も失業でございます。大旦那様に何と言えばよいか…」
 と、美奈子がちょっと声を張り上げる。
「え、じゃあさ、その時はうちに来ない?ちょうどね執事さんというか、金庫番とか公的機関への提出書類とか作ってくれる人いないっかなーって思っててさ、痛い!痛いいたた…」
 美奈子の首筋を半ば本気で瞳が片手で締めていた。
「爺さん、いいよ、俺が運んでやるよ」
 そう言って和美は重そうに老執事に抱きかかえられているケネスを強引に引き取って抱きかかえ、廃工場の下へ降りていった。

 その日の昼過ぎ、ぐったりした公恵を車椅子に乗せ、軌道エレベータから自分達の艦「カラカサ号」に向かう和美と瞳そして蘭と楠羽の姿が有った。周囲の目を気にしつつ、車椅子に座ってぐったりした様子の公恵に和美が囁く。
「いいか、逃げようなんて考えるなよ。変な態度取ったらすぐにでも公安に突き出してやるからな!」
 少しは意識が戻ったのか、その言葉に公恵がか細い声で答える。
「いいのよぉ、突き出してもさ。あいつらの大切な物奪ってやったし、復讐は済んだし、もうあたしには何もないしさ」
 その言葉に傍らの蘭がつっかかろうとしながら言う。
「よくもやってくれたわね!」
 和美も頭にきて言う。
「ばかやろ!ケネスはこっちに重要な奴だったんだよ!」
「あらそう、それはご愁傷さま」
 公恵は薄ら笑いを浮かべて再びぐったりする。
 やがて和美達は自分達のカラカサ号のドックに到着。そして車椅子に乗った公恵を自分達の持っている性転換装置の前に連れてきた。
「こいつについて話が聞きてぇ」
 その装置を目の前にした公恵は、あはははっと奇妙な笑い声を上げた。
「なんだ、これの事だったの。確かにあたしが設計した機械だよ。多分試作のままで終わってるんじゃない?人間用性転換装置。空中元素固定装置付きの奴ね。あんた達が持ってる事も知ってたわよぉ」
「え、いつのまに?」
「ほら、変なジュースをメイドさんから貰ったでしょ、あの時までに全て調査済みよ」
 いらいらしながら和美が尋問する。
「とにかく、こいつの中に入って作業してた瞳が女になりつつあるんだ。元に戻す方法を教えてくれ!」
「元に戻りたいの?」
「ああ、そうしてくれたらお前をどこか別の星にまで連れていって、そこで開放してやる」
 そう言う和美の目の前で公恵はゆっくりと立ち上がり、その装置の前に立つ。
「そうだったんだ。だから瞳君。男なのにそんな可愛いシルエットになったんだ」
「やめてくれ!」
 公恵の言葉に瞳が過剰反応する。
 暫くその装置を眺めていた公恵が、ふと和美達に振り返る。
「いいわよ、元に戻る方法教えてあげる。そのかわりこっちも条件出していい?」
「え!な、なんだよ」
 嬉しい展開に瞳が声を上げた。
「あたしをこの装置で完全な女にしてくんない?」
 その言葉に和美は思わずうなづく。最も公恵の今までの悲惨な状況から、和美も解放する時は公恵が希望するならそうしてやろうと考えていた所だった。
「いいよ、それくらい」
「あたしのバッグ取ってくんない?」
 楠羽が車椅子の上からバッグを取り和美に渡す。和美はそのまま公恵に渡そうとするが、ふと手を止め、中から例のレーザーポインタを兼ねたライターを取り出して自分のポケットに入れ、バッグを渡す。
「いいのよ、そんなのもう何の役にも立たないし。記念にあんたにあげるわ」
 公恵は自分のバッグから煙草を取り出し、別のライターで火をつけて煙を口から吐き出す。と、思いついた様に皆に向って言う。
「そうそう。あの坊ちゃん、いや、お嬢ちゃんの事だけどさ」
「ケネスの事?」
 蘭がそう問いただす。
「そう、ケネスちゃんの事だけどさ」
 公恵は目を細めながら口から細く煙を吐きながら続ける。
「もう大学助教授は無理かもよ。あの機械は頭の中も完全に女にしちゃうからね」
 その言葉に瞳がぎくっとして言う。
「だから、どうなんだよ」
 瞳の言葉に公恵が瞳の方に顔を向ける。
「そっか、あんたも女の子になりつつあるんだっけ?」
 公恵は瞳の方に向き直り、すっと瞳の全身を目線でなぞりながら言う。
「多分、計算とか分析は苦手になるわね。その分想像力とかは豊になるけど」
「なんだって!」
 瞳が公恵の方に一歩踏み出して叫ぶ。
「やってみなけりゃわかんねーよ!」
 驚きを隠せないまま和美も瞳を見ながら言う。
「ま、好きになさいな」
 そういいつつ、公恵は煙草の吸殻をライターの中の小さな吸殻入れに押し込める。
「さあ、心の準備は出来たわ。始めましょ。和美君、電源だけ入れてちようだい」
 そう言いつつ、装置の中に歩み寄る公恵。
公恵の設計したとわかったその性転換装置の電源を入れた和美は、公恵が中に入った事を確かめると、そのカプセルの扉を閉めようとした時、
「いいのよ、後は何もしないで」
 公恵はそのまましゃがみこむと、床の板を一枚はがし、そこに現れたテンキーみたいなものを操作し始める。
「さあ、大学卒業時代のあたしに戻りましょ。年齢を二十二歳にセットして」
 その言葉を聞いた蘭と楠羽が、今までの哀れな彼女の生い立ちを思い出したのか、優しく声をかけた。
「公恵さん、今度こそ幸せにね」
「失った十年間、絶対取り返してね」
 その言葉に公恵は只笑うだけだった。
「あんな所にも操作パネルなんて有ったんだ」
「すげー、年齢まで設定出来るらしい」
 瞳と和美が驚きながら公恵の操作を見守る。やがて瞳の耳にも正常な起動音が鳴り、カプセルの中が明るく輝きはじめた。
「な、なあ瞳、この機械すげーよ。秘密にしとくのもったいねーよ。瞳が元に戻ったら何かこれで商売初めてみねーか?」
「う、うん、そうだな」
 瞳もまんざらでは無いらしい。とその時、
「和美、瞳、みて!」
 装置のカプセルを見ると、光に包まれた公恵は既に全裸になっており、背中の醜い傷はみるみる治り始めた。
「ほら、公恵ちゃんの体綺麗になっていくよ」
「よかったねー」
 やがてすっかり傷は消え、清楚な乙女の体になっていく公恵。とその時、
「オホホホホホ!皆さんお元気でねぇ、最後のお心遣い忘れないわよぉ!」
 カプセルの中からだから小さいが、はっきりとそう聞こえる声で公恵がそう叫んでいる。そして彼女の体はみるみる縮みはじめ、小さくなっていく。
「あ、おい!」
 和美が驚いて声を上げる中、子供位の大きさになった公恵の体には、女児用と思われるパンツとキャミソールがまとわり付き、白いレースの靴下が付き、フリフリの真っ白なドレスがまとわりついていく。
「あ、あいつ!騙された!」
 やがて公恵を包んでいた光の塊が消え、扉が開く。思わず蘭と楠羽が中から公恵を引っ張り出し確認すると、公恵は人形の様な可愛らしい五歳位の少女に変身していた。
ほどなく楠羽の腕の中で気が付いた公恵は、楠羽の顔を見てか細い声を出す。
「ここ、どこ?」
 横では瞳ががっくりうなだれて一言漏らす。
「や、やられた…」
 その横で少女になった公恵は相変わらず、
「ここ、どこ?ここどこ?」
 なんて声を上げていた。
「てめえ!公恵!最後まで俺達を!」
 ものすごい形相で和美が楠羽から公恵を引っ剥がそうと動いた。
「キャアアアア!怖い!」
 公恵の悲鳴を聞いた時、蘭がすっくと動き、公恵の足を掴もうとするその手の先にすっと割り込み、驚いた和美に
「パチーーーーン!」
 と鋭いビンタを食らわせた。
「小さな女の子に何て事すんのよ!このバカ!」
 更にもう一発和美にビンタを食らわせた後、蘭は優しい顔で楠羽に抱きかかえられている公恵の顔を覗き込む。
「お嬢ちゃん。お名前は?」
「きみえって言うの」
「どこから来たの?」
「わかんない、ここどこ?ねえ、あたしのパパは?ママは?」
 その様子を見た蘭と楠羽は互いに見つめあい肩をすくめる。
「ねえ、パパは?ママは!」
 そう言って大声で泣き始める「きみえ」の小さくなった肩を蘭がしっかり掴んで抱き寄せる。
「きみえちゃん。大丈夫よ、そうだ、お姉ちゃんがみつけてあげよっか」
 楠羽も普通の可愛い少女になってしまったきみえちゃんの頭をそっと撫でる。
部屋の隅ではすっかりうな垂れて壁に背もたれて座る和美と瞳。そして和美は悔しいといった表情で側に落ちていた小さなドライバーを思いっきり部屋の壁に投げつける。
 全てはこれで終わった…かに見えた。

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