パープルトラベラー

(3-1) リベンジャー~黒いドレスの魔女

 太陽から最も近い恒星、ケンタウルス座α星。太陽から四.四光年、今ならワープ①で軽く行ける星。当然ながら宇宙開拓を始めた地球人類が最初に開拓したのはこの恒星の惑星 系列であった。
宇宙船の燃料である水が唯一存在する惑星ネティアを中心に当初は宇宙旅行の拠点として燃料補給基地や宇宙船の点検・修理基地等が多数有り賑わいも有りましたが、長距離ワープ艦も珍しくなくなった今、鉄道で言えばターミナルの次の各駅停車駅と言った雰囲気になり、昔の面影は殆ど無い。
今では太陽系を出発した宇宙船が忘れ物を補給する程度。
そしてそこには、いつしか地球の喧騒や権力争い、そして他人に利用されるのを嫌がる文化人や技術者達が集まり、惑星ネティアはそういうちょっと変わった人々が隠遁生活を行うといった、一風変わった土地柄の惑星になりつつあった。
 その星である日、奇妙な事件が起こる。

「おにいちゃん!もう降参するから出てきてよ!」
 地球で言うと小学校四年生位の男の子がそう言いつつ、街外れの廃工場で半分怒った様に喋りながら辺りを探す様にうろうろ。
大きなエンジンだったらしい部品の上の突起物の影に隠れて、その様子を見ながらほくえそむ中学生位のもう一人の少年。
(もう少しこらしめてやるか。俺の買った電子ペーパーの漫画を俺より先に読んだ罰だぜ)
 そう思いつつ、物影とかを一箇所ずつ見て回る自分の弟の姿を満足気に眺める彼。
「おにいちゃん!もうかくれんぼなんて止めようよ!もう僕絶対やんないから!」
 そういいつつ工場の下の階へ行く弟を目線で追う彼の目に、片隅にふと動く黒い人影らしきものが映る。
「誰?」
 思わず声に出てしまうが、その方へ目をやっても、そこには古ぼけた計器板があるだけで何も無い。しかし、最近この辺りで不気味な人影もしくは幽霊の噂がある事を思いだした彼は、少し背筋が寒くなり、部屋の横の階段を上がり屋上へと向った。
 ケンタウルスαはまるで地球の太陽と同じ位の暖かさをネティアに与えてくれる。工場の屋上から眼下に広がる森を見てると少年の心にふと元気が出てきた。
「幽霊なんて、こんな世の中に…」
 とその時、
「ダメじゃない、可愛い弟さんいじめちゃあ」
 ぎょっとして振り向くと、最近噂になっていた黒いワンピースの女性が冷たい目線を彼に投げかけている。
怯えた表情で声も出ずに数歩あとずさりする少年に向ってその女は逆にゆっくり近づく。
「綺麗な顔立ちしてるじゃない。男にしとくのもったいないわねぇ」
 少年にはその言葉の意味が全く判らなかった。只、
「うわぁぁぁ!」
 とだけ叫び、先ほど隠れていた倉庫の部屋への階段に向っていく。
「実験するには丁度いいわねぇ」
 黒ずくめの女は、微かに口元に笑みを浮かべ、片手に隠し持った銀のペンシルに似た何かの棒を少年に向けると、小さいが電子銃に似た鈍い空気音がして、光の様なものが飛び出した。
 「あうっ!」
 一声叫んだ少年の体を一瞬にして包む薄い青の光。
「何するんだよ!」
 と、小さな光の粒が少年の全身をまるで衛星の様に回り始めた。やがて彼の着ていたジーンズとTシャツは見る間に細切れになり、その光に吸収されていく。
「ちょっとこれ…うあぁぁぁぁ!熱い!」
 屋上のコンクリートにそのまま倒れた彼の服は瞬く間にすっかり消え、倒れたまま転げまわる彼の口から何か喘ぐ様な声が聞こえてくる。
「さあ、お楽しみはこれからよ。最も成功していればの話だけどねぇ」
 黒服の女は哀れな少年を相変わらずの冷ややかな目で、そしてまるで捕まえた獲物を見据える猫の様な目で見据える。
 彼の浅黒い体は次第に白く変色し、両方の胸に有るバストトップが次第に大きくなり、結構たくましかった体は次第に筋肉が消え、曲線で縁取られていった。
「あっあ…」
 あだけ暴れていた彼の動作は次第に鈍くなり、多分体の変化に気づいているのだろうか、目を見開いて全身を手でまさぐり始める。衛星の様に彼の体の周りを飛ぶ星の色も青から紫色に変化していく。
「俺に、何したの!?」
「もうわかるでしょ?」
「わかんないよー!」
「頭悪い子ねぇー…」
 じっとその様子見ている黒ずくめの女は、ポーチから細身の煙草を取り出し火を付け、ふっと顔を振りながら煙をふーっと吹く。
「あなたは女の子になるのよ」
「女!?」
「そうよ、まあ成功すればの話だけどねぇー」
「嫌!」
「嫌って言われても、もう後戻りできないしねぇー」
 コンクリートの地面の上で悶える様にしている彼を見て再び口から煙を吹く女。
「ああ、久しぶりに観るわぁ。この変身シーンすっごくエクスタシー!どんなオペラも映画もこれに比べたらカスよねぇ」
 女はそう言いながら、再び煙草の煙を口から細く吐いた。

「おにいちゃん!どこ行ったんだよ!」
 半分泣きべそきかながら倉庫内を走り回る男の子が、今度は屋上を探しに階段を駆け上がっていく。と、少年の目には一人の可愛い黒に白いレースのゴシックロリータ調の衣装に身を包まれた一人の少女が椅子に縛られているのが映る。
 一瞬どきっとしたが、周りに人がいないのを確かめると少年は少女の下に駆け寄っていく。
「あの、お姉さん、ここで何してるの?どうして縛られてるの?」
 ぐったりしていた少女は、その声に顔を上げて少年の顔を見つめるが、その途端無言で顔を横にそむける。
「ねえ、お姉さん。僕のお兄ちゃん見なかった?ねえ?解いてあげるからさ、一緒に探して」
 少年が椅子のロープを解こうとした時、
「逃げろ!早くここから逃げろ」
 可愛い声に似合わぬその言葉に少年はびっくりして後ずさりする。
「お姉ちゃん、何なの?」
「僕だよ!」
「え?だって…」
 兄を探していた少年が、訳がわかんないといった表情をしたその時、
「ぼうや、可愛いわねぇ」
 声のする方向に目をやった少年は、さっき上がってきた階段の方向から歩いてくる一人の黒ずくめの女性を見て固まる。
 女はその子供にもシルバースティックを向け、持つ手の指でボタンを操作し始める。
「成功したのはわかったし、そんなに時間無いから短時間で行くわ…」
 その子供が女の仕草に気がつき、一歩あとずさりする。
「ぼうや…」
「な、なんだよ」
「お人形さんみたいになりなさい」
 逃げようとしたその子は一瞬にして薄いブルーの光に包まれ、ブルーの無数の光の粒に包まれる。悲鳴と同時に倒れた彼のシャツとジーンズは消え、ブリーフとランニングシャツだけの姿で地面を転がり始めた。

 数分後、
「さあ、そろそろおいとまするわ。お姉ちゃんと仲良くね」
 体をくの時型にして、お姉さんになったお兄ちゃん。
それとお揃いのゴスロリスカートで覆われた足を抱きかかえる様にして、赤い光でまだ包まれ、まだ小刻みに震えているその子を見つつ、女は高らかな笑い声を上げ、廃工場の屋上から立ち去った。
「お兄ちゃん、僕も女の子にされちゃった…」
 真っ赤な光の粒で覆われたその子は、気絶している既にお姉さんになった彼の体に寄り添いそこで気を失った。

 得意げに倉庫の階段を下りていくその女の顔が突然苦痛に歪む。
「くそっまたあの発作が…」
 苦しそうに階段の手すりによりかかりながら下に降りたその女は、背中に手を当て、ワンピースのチャックを下ろしにかかる。それを脱ぎ捨てて黒の下着だけになった彼女の真っ白な背中とお腹にかけて、醜い稲妻状の赤いあざが見えた。
 暫くそれを両手でさする様に押さえる彼女。しかし黒のブラからこぼれる様なおおきなバストとは対照的に、彼女の黒のショーツの前には普通の女性には見られない膨らみが見える。
暫く手を当て苦しみが治まると、彼女は部屋の向かい側にあったガラスに、下着だけの自分を映す。冷たい彼女の顔の表情はみるみる恨みを込めたそれに変わっていく。
「私をこんな姿に変えたあいつらが憎い!覚えてなさい!必ず復讐してやる!」
 女はそう言うと、ガラス窓の傍に落ちていた何かの金属の部品を窓に向って投げつける。
大きな音と同時に彼女の美しい髪が風になびき始めた。

 その翌日、ところ変わってここはネティアの衛星軌道上ステーション。
最近作られた楕円形のシルバーに輝くステーションは、形こそ申し分無いが、大きさは冥王星の軌道ステーションの半分程度で発着艦する宇宙船もあまり無い。
そこのK号ドックに収まった宇宙船カラカサのコックピットに、ネティア時間で昨日夜に到着した和美と瞳は、のんびりと次の航海スケジュールを練っていた。
「なあ、和美。いくら沙夜香の事があったにしろさ、そりゃ早く冥王星出発したかったとは言え、商談も無しで、商材とか何も積んでこなかったのはまずいよ」
 コックピットのディスプレイに映る商談情報を見ながら瞳が呟く。
「ほらみろ、俺達で可能な仕事なんて一つもねえよ。それに昨日地表に降りたけど、この星の寂れ方ったらねえよなあ。
昔恒星間航行の補給・修理の拠点だったなんてまるで思えねえよ。廃工場と廃倉庫だらけだぜ。すっかり隠居した奴らの終の住処になっちまったなあ」
 和美も瞳と同じ画面を見ていたのだろうか、それをクローズして瞳に向き直る。
「只、第一次産業というか、農作物と海産物は好調みたいだぜ。地球産みたいにまがいものばっかりじゃないし。だから今でも補給基地としてはちゃんと機能してるさ」
「ここ以外ろくな基地ねえじゃんか」
 そう言うと瞳もディスプレイのスイッチを切り、ため息をつく。
「農産物の輸送なんて考えるなよ。あんなのあのやかましい三人娘(キャンディーズ)がやる仕事なんだし。まだ支払い一,〇〇〇,〇〇〇Cr残ってるんだぜ。今月だめだったら沙夜香の遺品売ってもらうからな」
「バカ言うなよ」
 意地悪そうに言う瞳に、短くそう切り返し和美は胸ポケットに入れた三粒のダイヤをパイロットスーツの上からまさぐる。と、その時、
「和美、来客のサインだぜ」
「誰だ、こんな所に!?」
「あいつらしかいねーだろ、あの三人組」
 瞳がモニターを切り替えるとそこに映ったのは、あのうるさい三人組だった。しかし…、
「和美、行ってやれよ」
「なんだよ、あいつらお前の顔見に来たんじゃねーのか?」
「たまにはお前が対応してやれよ」
「わかった」
 重い腰を上げて和美がコックピットから出て行くのを見届けた瞳が呟く。
「なんで、あいつら怒ってるんだ??」

 それから程なく、瞳の耳には彼女達の怒号とそれに答える和美の大声、そして何かを叩く物音が聞こえ、それがだんだん近づいてくるのが聞こえる。
「なんだ、和美の奴、ひょっとしてゼノンで誰かとエッチでもしたのか?そんで子供が出来たのがわかって…」
 勝手な想像をしている瞳のいるカラカサのコックピットにとうとう和美が飛び込み、そしてキャンディーズの三人も飛び込んでくる。
「俺は知らんと言ってるだろ!」
「ふざけないでよ!こんな事出来るのあんた達以外に誰がいるのよ!」
「すぐ自首しなさい!」
 楠羽と美樹が怒鳴る横で蘭が持っていたモップで和美の背中を叩こうとする。
「やめろ!なあ瞳!俺昨日からステーション出てないよなあ!?」
「え?なんですって?」
 その声に瞳がコックピットから立ち、和美達の傍に行く。
「ああ、むしろ出たのは俺の方だよ。久しぶりにいい空気吸おうと思ってさ。後この星の寂れ具合を見に行ったよ。二時間位で戻ってきたけど、その間和美はずっと寝てたぜ」
 その声にキャンディーズ三人組が顔を見合わせる。と、今度は蘭が瞳に喋りかける。
「ね、じゃこれやったの瞳君なのね?ねえ、お願いだから自首してちょうだい!刑務所から出てきたらあたしたちがちゃんと雇ってあげるから!」
「蘭!いいかげんにしねえと、もう遊んでやんねえぞ」
 そう言って瞳は蘭から薄いフィルム状のニュースペーパーを取り上げ、片隅の指接触型のスイッチを触って該当ページを映し出す。暫くそれを読む瞳の周りに皆が集まってくる。
「廃工場で少年二人行方不明、同時に身元不明の少女二人発見。同一人物か…ふーん…」
 美樹が不思議がってそれを読む瞳の姿をじっと凝視する。
「だから、こんな事出来るのはあんたたちだけと思ったし、何かの実験でてっきり和美がやったのかと思ってさ」
「バカ言え」
 和美が短く言い捨て、続ける。
「たまたま二人の行方不明と身元不明の二人の発見が偶然同じ場所で起こったんじゃないの?」
 じっとそれを最後まで読んだ瞳が答えた。
「いや、取り調べの結果だと二人の少女は元は行方不明の少年二人らしい。遊んでて気がついたら少女になって倒れていたらしいってさ」
「そんな事、ありえないじゃん!」
 楠羽が声を荒げた後は暫く皆沈黙が続く。と、和美が思い出した様に立ち上がって部屋コックピット付近に行き何かを操作する。
「こいつなら何か知ってるかもしれねえ」
 和美は通信機らしい機械のスイッチをカチカチ操作していたが、
「くそっ出ねぇ」
 そう一言喋ると、別のスイッチを入れ、小さなマイクとスピーカーの付いたヘッドホンに手をやる。
「おい、チセ!いるのはわかってんだから返事しろ!ちょっと聞きたい事が…」
 和美がそうマイクに向って喋った途端、
「るせぇぇ!」
 その声と同時にコックピットとその後ろの居住空間の全てのディスプレイに怒ったチセの顔のアップが映し出される。
どうも食事中だったらしいが、手に持っているのはこれぞ大昔の地球のラーメン屋にでも有る様な典型的なラーメン丼だった。
「飯位ちゃんと食わせろ!それでなくてもこんなのあたしが食べてる姿なんて人に見せたくないんだから!」
 チセの声に一瞬たじろぐ和美。
「瞳君、あと頼む。俺あいつ苦手…」
 その声に瞳が苦笑いしながらディスプレイに近づく。
「よお、チセ、豪勢な昼飯じゃんか。でもいつもデリバリーして食ってると言ってたサラダとパンのセットとは違う様だけど」
「…今日は頭の中が三国志なだけなの。んで何の用?」
 なんだ三国志って?と瞳が心の中で笑いながら今までのいきさつを簡単にチセに話す。
「ああ、やっぱりその話?事件が有ったのは知ってるけど、今の所何もそれに関してはわかんない」
 こういう姿を瞳に見られてやけになっているのか、チセはズズーっと口にラーメンを頬張りながらぶっきらぼうに話す。そんなチセの姿を笑いをこらえて見ていた蘭がモニターを覗き込む。
「はあい、チセちゃん。お久しぶり。ねえ、何かわかったら教えて頂戴ね。ひょっとしたら瞳君の事と何か関係有るかもしれないから」
 ラーメン丼を持ったチセの顔が少し歪む。
「何よ、蘭、なんで蘭が今そこにいるのよ。なんでもいいけどさ、瞳にちょっかい出したらあんた達の自慢の商船「クリスタルシュガー」にウィルス送ってやるからね」
 そう言うとチセの顔がモニターから消える。途端聞こえるキャンディーズ三人の笑い声。だが瞳はその会話を気にして聞いていた。
 瞳の事、そう昨日瞳はネティアに只散歩にいったのではなく、自分の体の検査の依頼を知人に頼んでいた。とりあえず血液と体の細胞のサンプルを渡してその日は戻ってきたのだったが、瞳の頭からは自分の体におこっている事への不安は消えなかった。最も普段はそんなそぶりは見せない瞳だったが。

「そうだった。今日ここへ来た理由がもう一つあるの」
 すっかり落ち着いた蘭が意地悪そうな目を瞳に向けて話す。
「おめえたちのさっきの行動はどう見たって人に物を頼む態度じゃないぜ」
 その姿を見た和美がバカにした様に毒づく。
「いいから、あんたに頼んでないからさ」
 と三人娘は何か意味有り気に瞳の横に行く。
「瞳君、立ち話もなんだからそこのソファーに座って」
「これは俺の船だ!」
 和美が吐き捨てる様に言う。

 蘭の話というのは、ネティアのとあるサルベージ会社がネティアの深海に沈んでいる大昔の遺物。例えば、宇宙船の残骸、財宝、あるいは価値ある遺物等なのだが、それを効果的に引きあげる技術協力をして欲しいというもの。
但し、ネティアの海には地球で言うと貝類の真珠質の様な不思議な物質が溶け込んでおり、人工的な物に取り付いて硬い殻で被ってしまう。
引き上げたその塊を割って何が出てくるかというのは運次第らしい。中身を事前に知る為の技術をコンサルしてくれというもの。
 そして、そのサルベージ会社はその方法を一般から公募してプレゼンさせ、決めるというものだった。

「なんだそりゃ?クジにイカサマで挑むみたいなもんじゃねーかよ」
 和美の言葉を無視して、今度は楠羽が話し始める。
「瞳君、かって地面の中に有る鉱物資源の探査とかやったことあるでしょ?」
「あるけど、あれだっておおまかな予想しか出来ないし、オパールだと確信したのが恐竜の骨だったりしたしさ」
「そう…、あとさ、そのサルベージ会社の社長の趣味でさ、プレゼンとか後の作業は女性技術者でないとだめだっていうの。すごいチャンスでしょ??」
 楠羽の話方に何か変な予感を感じた瞳が返す。
「プレゼンて誰がやるんだよ。お前達機械工学はわかっても探査分析技術なんてド素人だろ。方法がわかった後で装置作るならまだしも、プレゼンなんてすごいいろいろ質問飛んでくるんだぜ」
 今度は美樹がそれに答える。
「だからさあ、ね?瞳君」

「待て!お前達今瞳がどうなってるか知らねえはずないだろ!?そんな火に油注ぐ事してさ」
 さっきまでの会話を横で聞いていた和美がとうとう口を出す。
「だってさ、あんたとこ最近景気悪いじゃない。一応採用されなくてもちゃんとしたプレゼンしてくれるだけでお金払うっていうからさ。その半額あげるよ」
「いくら??」
「一,三〇〇,〇〇〇Cr」
 蘭の言葉に何か言おうとした和美と瞳が言葉を喉に引っ込め、和美はコックピットからのろのろと立ち上がり、コックピット裏のソファー頭を抱えている瞳の横に座る。
「和美、今月の支払い期限って」
「あと一〇日後だ」
「あてあるのか?この惑星からの旅行者なんてそんなにいないし、遅れたらカラカサ号は借金のカタに入っちまうんだぜ。そしたら商売だってできやしない」
「…わかってる」
 和美はそう言うと、沙夜香の遺品の入ったポケットを手でまさぐった。
「そうなったら、瞳を元に戻す事もできなくなる」
 そう独り言を呟いた和美がポケットからそれを取り出そうとする手を瞳が上から手を当てて止めた。
「その気持ちだけでいいさ。それは置いとけ。俺ちょっくらバイトしてくるよ」
 そう言ってにっこりする瞳。
「いいのか、お前そんな事嫌じゃなかったのか」
 驚いた和美の声に瞳が答える。
「別に、これが原因でどうのって事ないだろ。それに俺面白い事好きだし、スケベ親父だましてやろうって事だろ。金も儲かるし、第一面白そうじゃん」
 三人娘がはしゃぐ中、和美は厳しい一言を彼女達に向けた。
「但し、条件がある。一,三〇〇,〇〇〇Crは前金だ。チームカラカサとしてそれは譲れねえよ」

 キャンディーズの三人が抗議するも、頑としてその言葉を聞き入れず、そして瞳自身もカラカサのローンの事を思ってか三人娘を説得し始めた結果、渋々彼女達は前金支払いを了解し、艦を出て行く。
「瞳、お前何か前と変わってねえか?まさかそんな話受けると思わなかったぜ。あいつらの一員に化けて人前でプレゼンやるなんて」
「だからいいって。心配するなよ、俺は俺だ」
 信じられないと言った表情で問いただす和美に瞳が答える。
「あ、もう少ししたらあいつらと打ち合わせする時間だからさ、B号ドックに行ってくるわ」
 そう言って後ろ手に片手で軽く挨拶する瞳に和美は何か不安を感じていた。何か変な事にならなければいいなと。

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