パープルトラベラー

(3-6) 昨日の敵は…

「やっべぇーーー!」
 寝酒が効きすぎたのか、和美が目が覚めたのは地球時間の12時前。1時前にクライアントであるブルース・ブラザース社の玄関集合となるともうぎりぎりの時間だった。
大急ぎで身支度をし、大急ぎで軌道エレベータを降り、地上ステーションでタクシーを拾う。
幸いすぐに到着したタクシーは、こんな寂れた星には似つかない、浮遊式。しかも、
「運転手のおっちゃん、これホバーじゃなくて反重力タイプじゃん!」
 運転手の話だと、この星は人口こそあまり多くないもの小金持の人生リタイア組が多く住んでいて、景気は悪くないらしい。しかし、地球の三倍の料金はちょっと和美には厳しかった。
「今日ここで何か有るんですか」
 料金を受け取りながらその運転手が言う。
「いや、先ほどもね、ここから少し離れた廃工場から一人の女性をここまで乗せたんですよ。只、黒いマントみたいな服を着たなんだか薄気味悪い、おっとこれじゃ失礼ですね。変わった様子の無口な人でしたよ」
 その言葉を気にもせずに和美は料金を支払い、レンガ造りの重厚な建物、ブルース・ブラザース社に到着。
「おそーい!何やってたの!」
「また酔っ払って寝過ごしたんでしょ!」
 その建物の横では、揃いのピンクのスーツ姿のスーパーキャンディーズ三人と、
(うわ…完全に女になりきってるよ)
 二日前のカラカサ号のドックで観た時とそのまんまの姿の瞳が手を振っていたる。しかも念入りに化粧したその姿は、和美の目には一人のキャリアガール以外の何者にも映らなかった。
「寝坊でしょ?」
「してねーよ!」
「嘘!金にがめついあんたがあんな高いタクシー使うはずないでしょ!」
「…」
「はいこれ、荷物持ってよ。今日はあんた一日荷物持ちだからね。何にも協力してくれなかった罰よ!」
 蘭の言われるまま重い荷物を受け取り、彼女達と一緒に会社の受付の人に案内された控え室に到着。
「相手のMMCの人は?」
「あの、事情を考慮して一階上の方に控えて頂いております」
「トイレとかは?」
「ご心配無く。全て別になっております」
 案内の女性にそう言われて、蘭達三人はほっと一安心した様子。
「あーよかった。今のあたし、あいつらにトイレとかで出くわしたら絶対往復ビンタ三連発くらいやってるわよ!」
 蘭がそう言って控え室のソファーにどすっと腰を下ろす。と受付の案内の女性がいかにも笑いをこらえた様子で部屋から出て行った。今の蘭の言葉は、ついさっきMMCの美奈子にも言われた為らしい。
 
「スーパーキャンディズの皆様、時間です」
 どうやら先行らしい。案内の人が部屋のドアを開けて呼びにくると、蘭・楠羽・美樹の三人がすっと席を立つ。和美の横に座っていた今やすっかりキャリアガールに変身した瞳も席を立った。
「おい、瞳、本当大丈夫なのか?」
 和美の心配そうな言葉に瞳はふっと笑う。
「大丈夫よ。僕、いやあたし、今まで何十回とこういうの見てきてさ、かっこいいプレゼンターの女の子たくさん見てきてるんだから。まあ、面白いものみせてやるよ」
 そう言って和美にウインクする姿はもうこの星に来た時の瞳とは別人になっていた。

 それでも不安な様子でプレゼンの会場に入ると、そこは一〇〇人近いスーツや作業着姿の老若男女でごったがえしていた。既にキャンディーズの三人はステージの自分の席に着席している。
「うわすげー、三次元投影機まで用意してやがる」
 そう言うと和美はステージから一番遠い席に座った。

「それでは今回わがブルース・ブラザース社の海底資源回収プロジェクトに参加を希望されてる二つのコンサルチームのプレゼンを始めさせていただきます。
今回は二チームから参加の打診がありました。
最初はチームスーパーキャンディーズ、後でMMCコンサルタントの順で発表して頂きます。
それでは最初のチーム、スーパーキャンディーズのひとみさん、お願いたします」
 明るい女性のアナウンスの後、脇からピンク色のレーザーの出る指示棒を持った薄紫のミニのスーツ姿の瞳がさっそうと登場して席に向かって深くお辞儀。長い黒髪と眼鏡のその姿は誰が見ても普通の女の子だった。
「ブルース・ブラザース社の皆様、今回ご参加させていただきましてありがとうございます。チームスーパーキャンディーズの瞳でございます。
ブルース・ブラザース社は良く存じ上げておりますのよ。往年の名映画で、ダン・エイクロイドがすごく格好良くて、あたしも何度しびれたか、あ、違いましたか…」
 透き通る女声のジョークに会場からどっと笑い声が上がる。いつのまにああなってしまったのか…。
(しっかりツカミとってやがる)
 心の中で和美がそう思いながらも口元は笑っていた。傍らでは重役みたいな人が、
「彼女、もし落ちたら君のとこの秘書にどうかね?」
 なんて事を喋っている。和美は苦笑いしながらヒロインみたいになってしまった瞳をじっと見つめた。

 それはすごいプレゼン、というかまるでステージの上での瞳の一人芝居と言ってもいいかも知れない。内容は硬い技術的な内容のはずなのに。
 瞳の持論とケネスのレポートを合わせ、資料や三次元投影機によるアニメーションとかも駆使し、時には知的に、時にはおちゃめに、として座るときには意図的にミニスカートから大胆に太ももをちらみせしたり。ショーみたいなプレゼンを淡々とやってのける和美。
(瞳、すげー…)
 てっきりニヒルな堅物だと思っていたのに。瞳の知らざる一面を見た気がしたが、同時にそれは瞳の体におきつつある、あの不思議な病気というか現象のせいかもしれない。そう思うと瞳の口元から笑顔が消えた。
 やがて二〇分位のプレゼンが終わり、質疑応答もなんなくこなし、瞳のステージは終了。会場から割れんばかりの拍手が起きる中、瞳はステージの脇へ消えていく。と程なく瞳が入ってきた後ろの扉から駆け込む様に入ってきた。
「どうだった?上手かったでしょ?」
 相変わらずの女の子声で和美に話しかけて瞳が和美の横の空いている椅子に座る。多くの人が振り返るが、瞳はまるで気にしない。
「瞳、ショーじゃないんだぜ。プレゼンなんだからさ」
 ちょっと呆れ顔で和美が答えると、
「いやー、良かったよ、実に良かった。あんなプレゼンは本当久しぶりだよ」
 瞳の前の席に座ってる親父、さっき瞳を秘書にとか言ってた親父だった。その親父はステージ休憩の暗闇の中ごそごそと自分の胸ポケットを手探りして一枚のICチップ入りの名詞を取り出した。
「どう?良かったら今晩食事でも。もし何なら私の秘書にならんか?」
 こいついいかげんにしろよ、と和美が身を乗り出そうとしたとき、
「まあ、光栄ですわ。考えておきます」
 瞳がそれを受け取り、スーツのポケットに忍ばせる。
「あ、あの君のカードは無いのかね?」
「申し訳ございません。さっき配りきってしまいまして。レジメの連絡先にでも」
「あ、そうかい…」
 その親父はあきらめきれないといった表情で元の位置に戻った。
「何が、考えておきますわ、だよ。ICの名詞カードなんて作ってないくせに」
 和美が小声で半ばからかい気味で瞳に言うと、軽く肘鉄で返す瞳だった。

 次はMMCの美奈子とまほろの番。しかし、ステージに現れた笑みを浮かべた二人の堂々とした態度には和美と瞳も意外だった。いつのまにか和美と瞳の後ろに座った蘭達三人も驚きの表情を隠せない様子。
「どうして、あいつらあんなに堂々としてんのよ!負けは確実のはずでしょ?」
 美奈子とまほろの態度は、本人達にとっては当然であり、和美達にとっては不可解だった。更に和美達には驚愕なシーンが待ち受けていた。

「和美!瞳!ちょっと出てよ!」
 客席の何人かが不審な顔する中、大急ぎで控え室に行く一行。部屋に入った蘭はソファーにどすっと座り込み、信じられないという様子で両手を顔に当てた。
「どうなってるのよこれ、表現とか資料とかは違うものの、全くあたし達と一緒の内容じゃん!しかもケネスに貰った資料にしかない事までずらずら書かれてるしさ!」
 両手で覆った顔からは瞳の悲痛な声が溢れている。
「楠羽!あいつらが仕掛けた盗聴器って、全部取ったわよね」
「そりゃあ、カラカサ号根こそぎ探したわよ。あの変な六角形のやつさ」
 楠羽の答えに瞳がちょっと動きを止めたが、
「もういい、とにかく帰ってからにしましょ!結果が気になるし」
 一同部屋で静まり返っているその時、部屋をノックする音がする。案内してくれた受付の人だった。
「あの、皆様、うちの社長がすぐ会場に戻ってくれって、言ってます」
 誰もが妙な胸騒ぎを覚え、指示に従い部屋を出て行く。

 MMCのプレゼンは既に終わっていたらしい。
会場の入り口では事もあろうに、両脇に美奈子とまほろが勝ち誇ったにやけ顔で立っていた。和美達が一瞬たじろぐもののそれを無視してドアから会場に入ろうとする。と美奈子が意地悪そうに声をかけた。
「まあ可愛いお嬢ちゃんたち、ここまであたし達の邪魔をした事はほめてあけるわよ。でもこれまでかもねー」
 部屋に入りかけた蘭がきっと美奈子を睨み返す。
「どうやってあたし達のネタ盗んだのか知らないけど、おぼえとけよ!」
 楠羽と美樹が今にも美奈子につっかかりそうな蘭の腕を引っ張り会場に引きずり込んだ。

 ステージの上では、うわさ通り女好きそうな丸顔に薄い頭髪に眼鏡をかけたブルースブラザース社の社長がヘッドホンをかけて、大勢の聴衆が集まる仲、皆の到着を待っていた。
「ええと、まずは両チームの方々、ご苦労様でございました。内容も素晴らしく、前金としてお支払いした分のお仕事はきっちりしていただいたと思います。只、内容が全く同じで、アドバイザーも当ネティアの王立学習院のケネス助教授だって事には本当びっくりしましたが…」
 会場が静まり返る中、蘭が和美の首を手で絞める様にして言う。
「同点なら!こっちの勝ちよ!」
 和美がうざったそうに黙って蘭の手をほどく。そんな中社長とやらが話を続けた。
「えー、実は先ほどもっと驚愕すべき事実が判明しまして…」
 美奈子がちらっと瞳の方を向いて笑ったのを和美は見逃さなかった。

「えー、重大な規則違反が有りまして、両チームとも失格とします!」
「え、両チーム?」
「どっちもだめってこと?」
「なんで!」
 三人娘が同時に声をあげ、離れた所に座っている美奈子とまほろの方をみると、
「な、なぜ…」
 ぼそっと呟き放心状態になっている美奈子にMMCの雅美達が集まってくる。
「わけを教えてください!」
 美奈子の横で思わずまほろが言う。と
「MMCコンサルタントの方ですね。訳をこの場で言っていいんですか?」
 その言葉にごくっと喉を鳴らすまほろだった。
 しんと静まり返った中で社長が続ける。
「今回のお仕事は女性だけのチーム限定という事でお願いしておりました。それでこうして集まって頂いたんですがね、今回わが社を欺いたという事で罰として理由を公開致します。
プレゼンやって頂いたスーパーキャンディーズの瞳さん、そしてMMCコンサルの美奈子さん、まほろさん。お三方男性という事実が判明しましたので、今回一旦見送らせていただきます」
 会場内に悲鳴とどよめきの嵐が起こる。
「あんた、男だったんかね!」
 先ほどの親父が振り向いて驚いた様子で瞳を凝視した。しかし可愛そうな位驚いていたのは、彼女達の正体を知っている雅美を除くMMCのエリーとユイ達だった。
「えーーーーーーーーー!」
 大声出したエリーは、美奈子を見つめたまま数歩あとずさり、ユイは部屋から逃げ出し、他の数人の女の子達は只黙って美奈子とまほろを凝視していた。当の美奈子とまほろは天井の一点をずっと見つめたまま何か喋ろうとするが声が出ず、只呆然としていた。そんな様子を見ていた社長が続ける。
「瞳さんに関しては、彼女、いや彼ですかね。彼のプレゼンが終わった後美奈子さんの持ってこられた、何かを盗聴した様な音声から判明しました」
 蘭はその言葉に小さく、しかし泣き声みたいな悲鳴を上げる。
「盗聴器、まだ残ってたんだ」
 和美もがっくりと頭を抱える。しかし、どこに?しかも美奈子達が男って何故?
「美奈子さん。先ほどある女性から報告書みたいなものを頂きました。黒づくめのちょっと変わった方でしたがね。信用できるのかと聞きましたら、美奈子さんに「公恵」と言う名を聞かせればいい。とこう言われましてね」
 妙な社長の発言に和美達を含め、会場の目が美奈子とまほろに集中する。美奈子とまほろは相変わらず一点を凝視したまま動かない。と
「公恵…生きてたの…」
「まさか…」
 他にも何か喋っていたが、和美にはかろうじてそう聞き取れた。
「という事で私は非常に気分が悪い。今後これを再開するかどうかは…」
「だから…、だからそれが何よ…」
 顔を振りながら社長が続けようとした時、さっきから立ったままじっと社長を見つめていた瞳がはじめて口を開いた。
「だから!だからそれが何だっていうのよ!みんな必死でがんばったのにさ!プレゼンするのが男か女か、それだけでこんな重要な事、なんで決めるのよ!」
 静まり返った会場にまだ女声のままの瞳の声が響く。
「あんまりじゃない!あんまりだわ!」
「社長である私の意向だ。女性にもこういう仕事を与える機会を与えようとする私の意向でね」
「嘘、ばっかり」
 そう言うと瞳は両手を手に当て、眼鏡を取って涙を拭き始める。
「お、おい、瞳、演技が上手すぎ…」
 そういう和美をがんと足で蹴飛ばし、さめざめと泣き始める瞳。瞳のその表情に社長も幾分気を取り直したのか、脇の出口から出て行きながら話を続ける。
「まあ、終わった訳ではない。保留とするだけだ。おって連絡する」
 まだ呆然としている美奈子とまほろ、そして声を上げて泣き続ける瞳、そして衝撃的な事に声も出ないその他の人々を会場に残して社長は出て行く。
と、そのすぐ後に例の受付のお姉さんが部屋に入ってくる。
「あ、あの、キャンディーズとMMCの皆様には、この後社長のご配慮で、宴席が設けてありますので、一時間後(地球時間)に、会社横の料亭「ムーンナイトスリープ」にお集まりください」
 そうあわただしく言うとお姉さんはドアに消える。会場の人々もようやく重い腰を上げ始めた。


 MMCコンサルタントの控え室では、美奈子とまほろそして雅美の三人がぐったりとソファーに腰を下ろしている。暫く重い雰囲気が続いた後、美奈子が口を開いた。
「まさか、公恵が生きてたなんてね」
「恨んでるだろね」
 相槌を打つまほろの横で雅美がどういう事か聞こうとするが、それに対する答えはなかった。
そしてまるであくびでもするかの様に美奈子がソファーで体を伸ばしながら言う。
「とうとうばれちゃったね、あたし達が男だってこと。でもまほろ、あんた薬も無しで今までよくごまかしてきたわよね」
 それには答えず、只顔を左右に振りながらまほろが喋る。
「ねえ、美奈子。誰が残ると思う?」
「さーね、気持ち悪がってみんな逃げ出すんじゃない?あーあ、これでMMCも解散…かぁ」
 諦めた様子で美奈子が言うと、横でうなだれていた雅美がすっと顔を上げる。
「美奈子さん!まほろさん!あたしは残ります!泥棒に入ったあたしを公安に渡さずに、しかもお仕事までくれた人裏切れないですよ!三人いればMMC号は何とか動かせます!もう一度三人で始めましょうよ!」
「ありがとね、雅美ちゃん。でももうそんな事忘れなさい」
 美奈子がそう言った直後、部屋をノックする音が聞こえる。
「誰?」
 美奈子とまほろがほぼ同時に声を上げる。と、言葉も無しにエリーやユイ達MMCのスタッフが、全員幽霊の様な顔をしてのそのそと部屋に入ってくる。
「なんだ、あんた達か…」
 美奈子がそう言うと目を合わせ辛いのか、長いソファーに座ったまま肘掛に顔をうずめる。まほろはそのままうつむいたままだった。
しばし沈黙が続いた後美奈子が口を開く。
「びっくりしたでしょ、あたし達が男だったって事。今まで騙してきてごめんなさいね。いいのよ、これ以上あたし達につきあわなくてもさ」
 暗い顔して部屋の傍らで立ちすくんでいるエリーやユイ達をちらっと見た後、再びソファーの肘掛に頭をもたせかけながら美奈子が続ける。
「いいのよ、ここ辞めても。退職金だってちゃんとあげるし、何なら次の仕事みつけてあげようか…」
 美奈子が続け様とした時、
「誰が辞めるなんていいました?」
 最初に口を開いたのはエリーだった。
「社長、爆弾テロリストで乱暴な親父から、あたしをかくまってくれた事、あたし絶対忘れないっす…」
 ユイが続ける。
「美奈子さん、まほろさん。薄汚れた倉庫から出してくれて、冷たいピザしか食べてなかったあたしに中華料理屋でごちそうしてくれた、暖かいラーメンとチャーハンの味、あたし今でも覚えてますぅ」
 他のスタッフの女の子達も次々と続ける。
「男に騙されて背負った借金肩代わりして、それに、仕事までくれた事。あたし忘れません」
「宇宙ステーションから身投げ自殺しようとしたあたしを止めてくれて一晩中話聞いてくれた事今でも思い出します!」
 どうやらここの女の子達は、皆何かの一芸に秀でているものの全員暗い過去を背負っているらしかった。
「部屋の外で聞いてたんです!社長、解散なんて言わないで、このままここに置いてください!」
「美奈子さんたちが男だ女だなんて、あたしたち気にしてませんから!」
 うなだれて座っていたまほろが両手で顔を覆うそぶりを見せる。ソファーの肘掛に頭を乗せたままじっと聞いてた美奈子が、ふと指で目をなぞる仕草をした後顔を上げた。
「案外あんたたちも利口じゃないわね…」
 そう言うと、美奈子は大きなあくびをする。多分目が赤いのをごまかす為だろう。そしてエリーの方に向かって言う。
「後でスーパーキャンディーズと残念会やるんだよね。エリー、この前作ったやつの残り、車から出して持ってきなさい」
「え、何に使うんすか?」
「いいから、ここまでやりこめられたら何か一糸報いてやんないと、あたしの気が晴れないの!」


「チセ!チセ!頼むから答えてくれ!」
 一人大急ぎでカラカサ号に戻った和美はさっきから執拗にチセに色々な回線と方法でコンタクトを取っていた。
 実はチセは少し前バカンスから、とある星の場末の中華料理屋の二階の自分の仮アジトに戻っていた。
今回の自分の友人同士の競争に首を突っ込みたくないという思いがチセには有った。
 和美の必死のコンタクトはさっきからうるさいほど聞こえていた。最初は無視していたチセももう我慢できなくなり、久しぶりに端末代わりのPCに向かった。
「何よもう、うるさいなあ!あたし今疲れてるの!」
 やっと繋がったうれしさから、和美はいきなり本題に入り始める。
「チセ!MMCって知ってるか?瞳みたいに女の格好した男二人がやってるコンサルグループなんだけどさ」
「知ってるけど教えない。だってあたしの古い友達だもん」
「そいつらがカラカサに盗聴器しかけたみたいなんだよ」
「自分で探しなよそれくらい!」
「探して大半は片付けたんだけど、まだ残ってるらしいんだよ!この艦のセキュリティは大金払ってチセに改造してもらった奴だろ!そっから盗聴電波が漏れるなんてさ!」
「嫌な事言うなあ、お前!」
 そこまで言われるとチセも反論は出来ない。
「言っとくけど、探知は出来ても妨害は出来ないからね!」
 そう言ってチセはPCに入っている盗聴電波探知システムを起動し、カラカサ号の座標にあわせるが、
「自動探知できない…てことは、アナログか、ああもうめんどくさーい!」
チセは部屋の押入れに入っている箱を取り出し、いくつもの大きなダイヤルと無数のセグライトの付いている機械を引っ張り出し、器用な手つきでアンテナを張り、ヘッドホンを耳に当て、慣れた手つきでいくつものダイヤルを操作し始めた。
「和美!自動探知出来ないからアナログでやる。携帯用のあたしとの連絡端末持ってそこに立って!」
「あ、ああ、わかった」
 和美はチセの専用連絡端末を持ち、チセの連絡を待つ。再び装置の操作を始めたチセは、二つのダイヤルに手をかけ、和美に呼びかける。
「和美、確かに何か有る。今から言うとおりに動いて。まず三㍍後ろに下がって」
 和美が言うとおりにすると、
「一㍍艦尾方向、えっとそっちから見ると左手五〇㌢、そこに何か無い?」
 和美が見るとそこには小さな小物入れが有るだけだった。
「小物入れがあるだけだぜ」
「中を見て!」
 バカな奴という感じで叫ぶチセ。程なく和美はその中から唯一見慣れない綺麗な七色に輝くビー玉を発見。
「なんか綺麗な見慣れないビー玉が有るぜ」
「多分、それだわ。きらきら光る綺麗な奴でしょ?あたし心当たり有る」
 かなり昔、同じものを男性だった頃の美奈子が、できばえを自慢げにアピールする為にチセに送り届けたものだという事を、チセは今思い出したらしい。
「チセ!ありがとう!恩にきるよ」
「誰がロハでやるって言った!請求書送るから金払えよ!」
 その言葉を聞くか聞かないかのタイミングで和美はそれを握り締め、残念会の会場「ムーンナイトスリープ」に向かう。
 いきなり回線を切られたチセは、耳に当てていた音波検知用のヘッドホンを乱暴に取り外して投げ捨てる。
「だから!あいつ嫌いなのよっ!」

 ブルースブラザース社の隣のいわゆる地球の日本でいう料亭「ムーンナイトスリープ」の、やはり地球の日本風の一室。そこでの残念会は最初から異様な雰囲気が漂っていた。
いろいろな料理の置かれたテーブルを挟んで相対するスーパーキャンディーズ・カラカサ号連合軍の五人と、MMCコンサルタンツの美奈子・まほろ・雅美・エリー・ユイの同じく五人。
特に、
蘭  VS 美奈子
楠羽 VS まほろ
美樹 VS 雅美
 この三組は最初からお互いの目をじっと睨んだまま微動だにしない。たまらず和美と瞳が蘭の所へ向かう。
「ね、ねえ、蘭…ちゃん。これはお互いの努力の健闘をたたえるたり、お互いの情報交換の…」
「るせぇ!」
 蘭に一括されて元の席に逃げ帰る和美と瞳。と世話人らしき人が切り出しはじめた。
「ええ、皆様お忙しい中お集まり頂きましてありがとうございます。この宴席は社長からのささやかなお礼でございまして、お飲み物も隣の部屋に豊富に用意してございますので、あの、皆様なかよく、ご歓談のほどを…。では私はお邪魔の様ですのでこれで失礼致しますので」
 世話人さんがそう言うとそそくさと上座を立ちながら続けた。
「あ、あとですねぇ、今日の事はうちの社長のプライドと皆様の秘密保持ということで、一切口外せぬよう、社長からご指示がありましたので、ご安心ください」
「誰も聞いちゃいねぇ」
 只一人茶々を入れるエリーの後ろを、世話人の人は逃げる様に障子を開け、逃げる様に去っていく。
「普通、別個にやりますよね、こういう時。でも一緒の部屋で、しかも相対させる席に座らせたのは、絶対あれっすよ。社長が退席する際の瞳さんの言葉に恨み持ったからっすよ。でもかっこよかったっすよ、瞳さん」
 エリーが早くも社交性にたけた一面を見せ始め、一人料理に手を付け始め、
「これ、美味しいっすよ」
 と和美と瞳に薦め始める。流石爆弾魔を親父に持つ娘らしく度胸が据わっているらしい。

 とうとうしびれを切らしたのか、沈黙を破ったのは蘭だった。
「あ、そうそう、美奈子さーん。お返しものが有るんですのよーぉ」
 とって付けた口調でそう言うと、蘭は傍らのハンドバックからハンカチに包んだ何かを取り出し机の上で広げてみせる。それは例の美奈子が作ったビー玉型の盗聴器だった。
「うかつだったよ、僕…」
 久しぶりの男声で自分の事を僕という瞳。掃除しに来た美奈子が、瞳のポケットに忍ばせたものだが、こともあろうにそれを拾ったと勘違いして小物入れにいれてしまうなんて。瞳は長いウイッグをボソボソとかきむしり始める。
「まあ、綺麗なビー玉ですこと。まだこういうおもちゃにご興味がおありですのぉ」
 美奈子も負けじと真似をして意地悪そうに話す。
と、いきなり蘭はそれを手でつかみ、美奈子とまほろの間に向かって投げつける。盗聴器は後ろの壁に当たり、鋭い音を立てて粉みじんに割れた。当人に直撃させなかったのは蘭の最後の良心だからだろうか。
「うわ!始まった!」
 そう叫ぶと和美は瞳やエリー、ユイ達と数歩部屋の奥へ下がる。
 美奈子とまほろは、破裂した盗聴器側の方の肩をさっと手で払う仕草をし、不気味ににっこり微笑む。
「まあ、スーパーキャンディーズの皆様、あたし共もね、いろいろ教えて頂いたお礼にこんなものをプレゼントさせて頂こうと思ってますのよ」
 そう言うと美奈子達三人は、いつのまにかテーブルの下に隠していたスチール缶みたいなものを手に持ち、互いににっこり微笑む、それを見たキャンディーズ三人は壁際に座ったまま後ずさり。
「一度皆様もご賞味あそばされたと思いますが、あたしの故郷グラナダの美味しいオレンジジュースでございますのよ。冷やした後良く振ってお飲み頂くと、それはそれは素晴らしいお味が!」
 そう言うと、そのジュース缶を猛然と胸の前で振り始める美奈子達。
「やっやめ!」
 楠羽がそう叫んだその時、
「かんぱあああい!」
 美奈子がそう叫んだ直後、水道管が破裂した様な音が部屋に響き、中の高濃度炭酸仕様オレンジジュースが容赦なくキャンディーズ三人に襲い掛かる。
逃げようとしても座ったまま身動きが取れず、立ってもジュースに足を取られて転び、再び顔面に向かってジュースをぶちまけられるキャンディーズの三人。
しかも皆ミニスカートだから、キャッキャッと言葉にならない悲鳴をあげながらジュースをかけられて暴れるその様は、男にとってはちょっとした見ものだった。
「蘭は相変わらずピンクのフリルか」
「楠羽はピンクのボーダー、お、美樹は熊のイラスト入りだよ」
 和美と瞳が好き勝手に言う横で、
「消防訓練かよ!」
 とふと漏らしたエリーの言葉に和美と瞳は笑わずにはいられなかった。
「まーだまーだ有るんでございますのよぉ」
 早くも一本空けた美奈子が、傍らに置いてあるビニール袋から更にもう一本取り出す。
ところが今度は、足元をふらつかせながら蘭がすかさずそれを奪い取り、そしてペタン座りでわざわざ胸元で缶を振り出す。
「あ、あれ振らなくてもいいんすよ。既に強力な炭酸菓子仕込んであるし」
「へえ、そうなの」
「蘭の奴、ああいう所だけ真面目なんだよなぁ」
 エリーの解説に和美と瞳が笑いながらショーを見続ける。
「あーら、わざわざ振らなくても美味しいんでございますのよーぉ」
 思った通り、美奈子はペタン座りしている蘭の背後から軽々とジュース缶を取り上げ、振り向いた蘭の顔面に容赦なくジュースを吹き付ける。何かを吹く様な声と悲鳴が蘭の口から聞こえ、蘭が再び畳の上に倒れる。
「あれ、目に入ると結構くるんすよ」
 女の子なのに、まるでいたずら少年の様に話すエリー。
「そうなの?」
「え、うん、あたしも実験中の被害者ですから」
 瞳の問いかけにエリーが答える。といきなり何かを思い出した様にエリーとユイが瞳の前にちょこんと座りなおした。
「あ、あの瞳さん。あのー、折り入ってお話が有るんですけどぉー」
 傍らで相変わらず悲鳴とか、ジュースが噴く音とか、スチール缶を奪い合う騒動がおきている横でけろっとしてエリーとユイが瞳に話しかける。
「うちの雅美が今お取り込み中なんで、かわりにあたしが。えへ、あのー、瞳さん。うちに来ません?女の子で働いてみません?」
「瞳さんなら優しいしぃ、綺麗で可愛いしぃ、いろいろ知ってるしぃ、大歓迎ですぅ」
 へえっ?という感じで目を大きくしている瞳。
「こらこらこらー」
 と和美がそこに割って入ろうとしたその時、
「上等じゃねーかーー!」
 美奈子の攻撃からようやく立ち上がった蘭がそう叫んでテーブルの上の料理皿に手をかけていた。
「あ!やばい!」
 声を上げて真っ先にエリーが水色のボックスのミニスカートスーツを翻して、部屋から逃げ出し、短い悲鳴を上げたユイがそれに続く。
「瞳、とにかくここは逃げよう」
 何故か無意識に和美は瞳の柔らかくなった手を握って引き起こし、部屋から逃げ出した。
「あんたが邪魔さえしなきゃ!この仕事あたしたちでやれたのに!」
「盗聴器までしかけてネタ盗んで何よ!ケネスはあたしたちが見つけたのよ!」
 悲鳴と怒号と何かが割れる音を後ろに、和美に手を引かれた瞳がぼそっと呟く。
「みんな、なんだかんだ言うけどさ、今回一番頑張ったの僕じゃん!」

 どれくらい時間が経っただろうか。ようやく物音一つしなくなった部屋を遠巻きに囲みながらいつのまにやらすっかり打ち解けた和美と瞳、そしてエリーとユイが何やら話し始める。
「すっかり静かになりましたねぇ」
「そうですねぇ」
「寝ちゃったんじゃない?」
 料亭の人も巻き込まれるのが嫌なのか、完全無礼講と言われている為なのか、部屋に近づこうともしなかった。恐る恐る四人が部屋へ入っていく。
「ひえー、女同士の喧嘩って、こんなひどいのか?」
「少なくとも二人は男ですよぉ、和美さーん」
「ああ、そうだったなあ」
 所々壁に穴が空き、障子の紙はその殆どが無くなっていた部屋は今にも崩れそうになっていて、床の間の掛け軸は破け、置いてあった陶器の置物は、部屋の反対側で粉々に砕け散っている。
畳一面がジュースの洪水とゴミの様に散らかった料理で足の踏み場もない。
そしてその中で折角のスーツをどろどろにした六人の女の子達が身動きせず転がって、ぜいぜい息を切らせている。特に楠羽のスーツはボタンが全て飛び、どろどろのブラウスの肩が破けていた。
「あ、まだこれ食える」
 部屋の隅のテーブルの上に有った何やら蒸し鶏みたいな料理をエリーが見つけて、ユイを呼んでそそくさと食べ始める。
 と美奈子がどうやら最後の力をふりしぼって、ジュースの空き缶を手にし、よろよろとした手で蘭に投げつけた。それを足に当てられた蘭は、もう動く事すら出来ないらしい。
「瞳、まだこいつらやる気だよ」
 呆れた様に言う和美。
「あ、あの、うちの社長、タフだけは取り柄ですから」
 口をもぐもぐさせながらエリーが、あたし知らないもんねーという感じで和美に答えた。
 和美達がそこにいるのを知ってか知らずなのか、缶を蘭に投げつけた美奈子は、そのままずりずりと壁にもたれなおし、ジュースでずぶぬれになった髪を手で気持ち悪そうに書き上げ、蘭の方へ向き直った。
「あんた、女にしては、根性、有るわね…」
 息を切らせながら美奈子が言う。
「だったら、何よ…」
 もう動けないといった感じで寝転びながら蘭が細い声で答える。

「ねえ、お友達になんない?」

 美奈子の意外な言葉に和美と瞳はほぼ同時に
「えー!」
「なんだそりゃ!」
 と声を上げ、部屋の隅で残り物の料理を食べていたエリーとユイがほぼ同時の口から料理を吹いた。
 美奈子の言葉に、体力を使い果たしたはずの蘭がむっくりと起き上がり、信じられないといった表情で美奈子を凝視する。
「あんたとだったらさ、なんか仕事とかさ、うまくやっていけそうな気がする」
 蘭は美奈子をじっと凝視したまま、四つんばいになりながら美奈子の所へ行き、そしてペタンと座りなおした。
「なってやろうじゃないの!友達とやらに!」
 そう言って蘭は美奈子の顔に軽くビンタを入れる。
 軽くぶたれた方の頬に手を当てながら、再び美奈子が蘭につっかかり始めた。
「あんた!友達にこんな事すんの?」
「友達になる前にこうしないと、あたしの気が済まないの!」
「友達になっても嫌な娘ね!あんたって娘は!」
 再び取っ組み合いの喧嘩を始める二人に。和美と瞳が呆気に取られていると、
「何、何がおきたの?」
「なんか、仲直りしちゃったみたいよ」
「あっそぅ」
 取っ組み合いの喧嘩、というよりじゃれあっている様な二人の横で他の四人はむっくりと起き上がる。
しばらくすると、まほろと楠羽は、美奈子と蘭の悪口を言って盛り上がり始め、雅美と美樹はお互いに自分携帯電話とかメールのアドレスを交換し始めた。
 しばらくすると、喧嘩していた美奈子と蘭は、
「すっごいひどい顔!」
「あんたこそ!」
お互いの顔を見て笑いはじめ、どうやらこの二つのチームは仲直りというか、お友達同士になったみたいだった。
「あ、瞳さん、さっきの話だけど、もういいっす。わざわざ来てもらう必要も無いみたいですし」
 相変わらず口をもごもごさせながらエリーが瞳に言った。
「わかんねぇ、俺こいつらの事一生かかっても理解できねぇと思う」
 何か解せないという雰囲気で和美が独り言みたいに喋った。

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