パープルトラベラー

(3-5) 瞳君 女変化

「美樹!やったじゃない!本当に協力してくれるの」
 蘭が信じられないといった表情で声を揚げる。
 カラカサ号の居住区に集まったカラカサ号とキャンディーズの面々は、美樹の話を聞いてもう大喜びするやら驚くやら。
「すごいよねぇ!美樹が色仕掛けでケネスを落としたなんてさ」
「違うもん!そうなる前にもう決まってたんだから!」
「いやいや、最後はベッドで迫ったんでしょ。男なんてそんなもんだからさ」
「違うっていってるでしょ!もうやっぱりみんなケネス様の事理解してあげてない!」
 半分ひやかしとからかいの気持ちが入った意地悪そうな蘭の言葉に必死になってやりかえす美樹。
「もう、そんな事言うなら今からケネス様の所に言って、やっぱりやめるって言ってくる!」
 そう言ってぷいっと体を翻してカラカサ号の出口へつかつかと向かう美樹を和美が慌てて止めに入る。
「まままままま、美樹ちゃん落ち着いてさ。俺美樹ちゃん見直したよ。唯の機械とアニメオタクだと思っていたのに、こんなすごいことできるなんてさ。俺うれしいよ本当」
「…やっぱりあんたもわかってない!」
 肩をつかまれた美樹はそういって乱暴に体を振って和美の手を振り払った。
 一人さっきからにやにやしながら、そんなやりとりを見ていた瞳がソファーから身を乗り出す。
「ま、とにかくそうなったんだから、あさってのプレゼンの打ち合わせしようぜ。美樹ちゃんありがと。今日の君は最高だよ」
「え、そう?」
 そう言って少し機嫌の良くなった美樹の手を引いて別室へ行く瞳。皆もそれに続いた。
 同時刻、近くのMMC号の居住区。
盗聴器用にどこからか外して持ってきた通信ユニットのヘッドホンを耳に当て、美奈子達に背を向けペタン座りしたユイがぼそっと喋る。
「ケネスがあっちに付いたみたいですぅ」
 その言葉と同時に、半分やけになってソファーに寝転びミニスカートから太ももを大胆に見せ、ビールをラッパのみしていた美奈子が勢いよくビールを天井に向かって噴出。
横で何かのユニットを修理していたまほろが、悲鳴を上げてそれを床に落とし、何かが割れるいやな音がする。
「うそ!」
 部屋にいた雅美とエリーが同時に声を上げ、他のクルー達も声を上げた。
「いったい、どうして…」
「美樹っていうのが色仕掛けで落としたみたいですぅ」
「い…いろじかけぇぇぇぇ…」
 ユイの返答に美奈子の顔が真っ赤になっていく。
カラカサの居住区でコミケコンベンションの事はあまり話題になってなかったので、MMCの面々が誤解するのも無理はない。
「ほら、だからガキの事はガキにやらせりゃ良かったのよ…」
 落としたユニットをテーブルに持ち上げ、中から部品を取り出し、あきらめ顔でそれをテーブルの上に投げ捨てながらまほろが呟く」
「まほろ!何他人事みたいに言ってるの!」
「だって今回の美奈子最初っからおかしいもん…」
「じゃあ、エリーとか、ユイとか、雅美にやらせときゃ良かったって事?」
「いや、そんなんじゃないけどさぁ」
 まほろの返答にいらいらした美奈子はソファーから起き上がり、怒りながらも何か考え事をしながら部屋の中を歩き回り始める。
「今回あきらめたら?」
「うっさい!」
 まほろしか言う事の出来ない提案に美奈子が一蹴。
「ここまでなめられて後に引けるかよ!」
 久々に聞いた美奈子の男言葉に、何か言いたげだったまほろが黙る。暫く考え込んでいた美奈子がいらいらした様子で髪を掻き上げはじめる。
「いい、このまま進めてちょうだい。少なくともケネスがこの仕事についてやる意識は持ったみたいだから。後はあいつをなんとかしてこっちに付けさせるだけよ」
 美奈子の言葉に一瞬、
(えー…)
 と言いかけたエリーの口を素早く雅美が手で塞いだ。


 その日の夕方近く。またもや一人でカラカサ号の船倉で留守番をしている和美。
瞳と蘭達はまたもや瞳のトレーニングと言って、二日後のプレゼンの打ち合わせの後どこかへ出て行った。
仕事の話は瞳とあの三人娘でやってるし、かといってここを離れる際積んで金になりそうな商材も無い。和美にとってはひさしぶりに暇な毎日。
チセでもからかってやろうと何度も応答を試みたが相変わらず返事は無い。
「本当、どこに消えちまったんだ…あんなけたたましい奴でも暫く声聞かねえと寂しいもんだ」
 そう独り言を言ってふとカラカサの居住区の監視モニターを覗いた和美が、なにやらそこに人の気配を感じた。
「なんだ!?」
 小さくそう叫んだ和美が注意してみてみると、いつのまにかカラカサ号に入り込んだ眼鏡をかけた一人のロングヘアでミニのスーツ姿の女性が何かそわそわしながら居住区の中を半分隠れる様にしてゆっくりと歩き回っている。
ここに入ってきたという事は何らかの手段を使って、ここのドックのドアのパスワードとカラカサ号の電子ロックの鍵を手に入れたに違いない。しかし、一体誰が、そしてあの女は誰?
 和美はゆっくりと音を立てない様にモニターの前の席から腰を上げ、護身用のショックガンを手に取り、カラカサ号の搭乗口から居住区の中へ滑り込み、気づかれない様にその謎の女性の背後に回りこむ。
(まさか、MMCの誰かパスワード盗んで)
 そんな事を考えながら和美は非常用の酸素ボンベの後ろに入り、女性の背後を取った。
 薄い紫のスーツから覗く黒のストッキングで包まれた細い足、小ぶりのヒップ、そして腰まで有る長い髪と眼鏡のせいか知的に見えるちょっと美人の女性。
(こんな形で出会えなかったら俺ナンパしてるかもなあ)
 と思いつつ、瞳が動く。
「誰だよ!おっとそのまま後ろ向いて、両手挙げろ」
 びくっとしてこちらを向こうとした女性に再び和美が言う。
「言う通りにしろよ!ショックガンだが、最大出力にすれば三日は入院だぜ。誰だよ!どうやってここに入ったんだ?」
「あ、あの、蘭のお友達です。こ、ここのパスワードは蘭から教えて、もらいました」
 かわいらしい声でその女性が答える。
「蘭の?まあいいや、こっち向けよ」
 ひょっとして先日の偽メイドの一人かと思って和美は注意深く振り返った彼女のちょっとおびえたその顔を見たがどうもそうではないらしい。
 和美もショックガンを降ろし、うつむき加減の女性の下に寄ったその時。
「和美君!何やってんのよ!」
 蘭の声と共に楠羽と美樹が息を切らせながら入ってきてその女性を取り囲む。
「ドックで様子見てたけどさ!そんな物騒なもの物女の子に突きつけてさ!何のつもりよ!」
 楠羽の言葉に和美もちょっとやりすぎたかもとは思ったが、
「だってさ!俺てっきりMMCの奴等がこの艦ハッキングして浸入したかと思ったんだぜ」
「この艦のセキュリティはチセちゃんに作ってもらったんでしょ!そんな簡単に破られる訳ないでしょ」
「まあ、そうだな。でこの可愛い女の子誰なんだよ?今度の仕事仲間?」
 知的な女性が和美のタイプだった為か、蘭の身内となると急に馴れ馴れしく言う和美。と、その女性はクックッと声を上げて笑い始める。しかもさっきの可愛い声とは全く違うハスキーな声、しかもそれは和美の聞き覚えの有る…。
「和美!本当にわかんなかったのか?僕だよ、瞳だよ!」
 和美の聞き覚えの有る声でその女性が喋り、和美は凍った様に立ち尽くし、その女性を凝視する。何回か口が開くけど、声が出なかった。
「ほら、これでもわかんない?」
 そう言って軽く笑って眼鏡を外す瞳。念入りに化粧されたその顔は確かに瞳、いや、もし瞳にお姉さんがいたら多分こんな顔だという雰囲気だった。
 あまりの事に相変わらず声の出ない和美に向かって、瞳は嬉しそうに普通の女の子がそうする様にくるっと一回転し、
「バーン!」
 と右手で指鉄砲を作り、和美に向けた。多分それを教えたのは楠羽あたりだろう。
「和美!面白いよこれ!今日地表のショップで服とか靴とか合わせたんだけどさ、店の誰も僕が男だって気がつかないんだよ。僕さ、こんな面白い事がこの世にあるなんて気づかなかった」
 そう言いつつ、眼鏡をかけなおし、カラカサ号の居住区にかかってる鏡に向かってあれこれと髪をいじったり、笑顔を作ったり。
「和美、姿見みたいな大きな鏡買っていいだろ?僕のこれ、絶対何かに使えるよ。さっきの女声だってさ、結構蘭について教えてもらったんだけど、そのまんま女声だったろ?」
 ようやく和美は事の重大さに気づき、ソファーに座り、がっくりと頭を垂れる。傍らでは相変わらず鏡に向かって女の子の仕草を練習する瞳に向かって、蘭・楠羽・美樹の三人が可愛いだの、女っぽいだのもううるさいうるさい。
「蘭…、おめぇ大変な事してくれたなぁ、瞳完全にその気になってるじゃんかよ…」
「えー、だってさ、ここまで女の子になるなんて思わなかったんだもん」
 和美の苦情に瞳のロングウイッグを今度は三つ編にし始めた蘭が嬉しそうに言う。
「それは瞳の変化がまた進んだって事だぜ…」
「いいじゃんそんなの、ぐだぐた言っても何の解決にもなんない事だしさ」
「なんでミニスカのスーツなんだよ?沙夜香が着るはずだったあのアテンダント用のスーツだったはずだったろ?」
 相変わらず頭を抱えながら話す和美。
「ああ、あれ?」
 やっと蘭が手を動かしながらも和美の方にかを向ける。
「ていうか、最初はさ、太ももとヒップが貧弱だから、あれ着せてパット入れようとして準備までしといたんだけどさ…」
 蘭は瞳の髪の毛をいじるのを止めてそのまましゃがみこみ、ミニのスカートから伸びる黒のストッキングで包まれた華奢な足を何かを確かめる様に触り始める。
「蘭!ちょっとやめてよ!くすぐったいじゃない!」
 笑いながら抵抗する瞳は、和美の目には普段とは何か違う雰囲気が有った。
「二日後の為に太ももの毛剃ったんだけどさ、すべすべで白くって、もうなんか細めの女の子の足とかわんなくなってるしさ」
 しゃがんだ状態で蘭がため息つく様に話す。
「和美、見せてやろっか」
 そう言いながら瞳はその場で堂々とスカートに手を入れ、ストッキングを脱ぎにかかる。
「いいよ瞳!わざわざ見せなくてもさ!」
 和美の言葉を無視して瞳は立ったままストッキングを手にかける。黒のストッキングからだんだん見えてくる瞳の太ももは真っ白で女の子のそれの様な曲線で縁取られていた。時折スカートの中から薄い水色のパンツが覗く。
「瞳、どこか座ってやんなよ。そんなの慣れてないでしょ」
「いいよいいよ」
 楠羽の言葉を無視し、瞳は黒のパンプスを脱いでようやくストッキングの片足を脱いだ。
「瞳、そのパンツ誰のだよ?蘭か?」
 その様子を見ていた和美が、呆れた様に瞳に問いかける。
「あら、違うよ。自分で買ったの。流石に蘭の持ってる花柄とかレース一杯ついたのは抵抗あるよ」
「一応試そうとしたわけね。まあ少なくともピンクとか赤でなくて良かったよ…」
 既に言葉も一部変わってきている瞳の返答を聞き、好きにしろっていった感じで和美がはき捨てる様に言う。
「えー、かわいいレースのブラパン絶対付けてやろうと思ったのに」
「やめろバカ!」


 蘭の意地悪そうな言葉を和美が一蹴する。そこへようやくストッキングを脱ぎ終えた瞳が元通りパンプスを履いて和美に近寄って後ろを向く。
「和美、ほら、触ってみる?」
「やけに嬉しそうじゃねーかよ」
「いいから!」
 瞳の変容ぶりに驚きつつも、和美は以前温泉に行ったときにはある程度毛で覆われていたはずの瞳の足を確かめる様に触る。
白くてつるつるした少し柔らかい肉までつき始めている瞳の太もも。今のそれはミニスカートのスーツから伸びる、若々しい細身のギャルの足だった。
そしてその上のヒップは小さいながらも可愛い丸みをおびた形になっている。大方細身の楠羽からガードルか何か借りたんだろう。
 と、和美は自分の股間に違和感を覚えた。あきらかに和美はミニスーツ姿の瞳に女を感じて…。
(あー!だめだだめだ!そんな事)
 そう思いつつ、和美は瞳のヒップをスカート越しに軽く撫でながら言う。
「どうなってもしらねえぞ!」
「あん!」
 瞳の口から出たその言葉にちょっと衝撃を覚える和美。
「いいなあ瞳君。あたしの足より綺麗じゃん…」
 何かの準備をしていた楠羽が、それを終えたらしく瞳達に近寄ってうらやましそうに言う。
「あ、あの、さ、あさっての練習やろうよ、もう時間ないしさ」
 瞳の言葉にソファーでふてくされた様に寝そべっている和美を残し、皆はさっきまで楠羽と美樹が用意していたプロジェクター横へ移動。そこでプレゼンの練習を始める。
「瞳、女の子の挨拶は手は組むんじゃなくてさ、お腹のあたりで両手の甲を重ねる様にしてさ、男よりも深くお辞儀すんの」
「お辞儀した後、髪を少しかきあげてね」
 いつのまにどうやってトレーニングしたのか、瞳が綺麗な女声で練習を始める。横で何やら楽しそうなイベントを始める皆を尻目に和美がぼそっと言う。
「俺の艦で好き勝手な事しやがって…大体瞳の奴、女になんかなりたくないって言ってた癖によ…」
 

 同時刻、離れたドックに係留している美奈子達のMMC号の中では疲れた様子でエリーと雅美がカラカサ号から筒抜けになっている盗聴器からの音声をやる気なさそうに寝転びながらヘッドホンを付けて相変わらずチェックしていた。
「ねえ、雅美いつまでやんのこれ?」
 長々とした打ち合わせで昼ご飯も食べさせてもらえなかったエリーが、寝転びながら器用にサンドイッチと牛乳を口に流し込みながら言う。
「仕方ないじゃん、美奈子さん一人がまだやる気なんだからさ」
「社長がやれって言うならやるけどさ、あたし、こういうの一番嫌なんだよね。もうどうやってもあいつらに勝てっこないよ。何のお金にもなりそうもないこんな仕事さ。やる気もどっか行っちゃったし」
 そう言って寝返りを打つ様にしたエリーは残ったパックの牛乳を一息で飲み干す。と、エリーの動きがだんだんゆっくりになってくる。横の雅美の表情も何か凍った様になり、目は一点を凝視し始めた。その時、
「雅美さーん、ご飯買ってきましたぁ」
 工作室の入り口からユイが何やら紙袋を持って入ってくる。
「静かにして!」
 急にエリーが起き上がり、ヘッドホンから聞こえるカラカサ号の居住区内の音声に聞き耳を立て始める。
「ユイ!この盗聴器の音ちゃんと録音されてるか確認して」
 買ってきた軽食の紙袋を床に置き、ユイがダッシュで隣の部屋に向かうがすぐ戻ってくる。
「録音異常無しですぅ。なんなら後でアナログでバックアップもとっときますかぁ?」
「必ずやって!」
 エリーの言葉に横で聞いてた雅美もそれにうなずく。
「ねえ、何が聞こえたんですかぁ?」
 不思議そうに聞くユイの声は二人にはもう聞こえない。
「雅美!確か、プレゼンでのクライアントの条件は、キャスター、質問の回答者は全て女性であること、後のサポートも全て女性。こうだったわよね」
「そうだよ。クライアントの社長女好きだしさ」
 雅美のその言葉を聞いたエリーは
「クックック…ヒッヒッヒ…」
と女の子らしからぬ変な笑い声を立て始める。
「ねぇー、いったい何なんですかぁ、教えてくれてもいいじゃないですかぁー」
 年齢的には十分大人のはずのユイが子供みたいに駄々をこねはじめる。
「スーパーキャンディーズの連中は、自分達じゃクライアントに何も説明できないからさ、カラカサの瞳って奴を女装させてプレゼンターとして出させるらしいわよ」
 相変わらず変な笑い声を出しているエリーを横目で見ながら、雅美がユイに説明始めた。
「えー、瞳さんですかぁ、あのかっこ良くて、無料メイド掃除サービスでこき使われた時にお金払ってくれようとした、あの瞳さんですかぁ!」
 目を輝かせながら振り返って雅美に言うユイ。
「あたし、あの人だけは嫌いじゃないですぅ…」
「バカ!あたしもさ、嫌いじゃないけど、少なくともアタックするなら終わったあとでね。案外使えそうかもよ」
 そんなユイを軽く手ではたいて雅美がちょっと照れた様子で言う。と
「ふっふっふ!女神ヘラはあたしたちに微笑んだわよ!あの時の掃除の恨み、これでまとめて返してやるわあ!雅美、ユイ、社長んとこ行くよ」
 エリーが嬉しくてたまらないっといった様子で皆に声かける。
「エリー、今日社長なんて言わない方がいいよ。その言葉嫌いだし、美奈子さん相当気がたってるし」
「わかってるって」
 雅美のアドバイスを軽く流し、エリー達はMMC号の艦首横の美奈子の個室へ向かう。


「しゃち…美奈子さん?います」
 ノックをしながらエリーが問いかける。
「…誰なの?」
 少し間を置いて美奈子の疲れた声が聞こえてきた。
「エリーでーす!」
「雅美でーす!」
「ゆ、ユイですぅ…」
「三人揃って!…」
「おちょくっとんのか!(バカにしてるのか!)おまえら!」
 エリー達のちょっとおどけた返答に大声で怒鳴る美奈子、直後に何かがドアに当たる音がした。
「…なによもう、用が有るならさっさと入ってよ」
 他愛もないジョークに本気で起こったり、その後の元気の無い声とか、美奈子はかなり疲れた様子だった。
部屋に入ってきた三人をちらっと見ると、すぐ机の上の多くの資料に向き直る美奈子。
「もうケネスはあてにならないからさ、他の似たような事研究している学者とかコンサルグループ探してんだけどさ、ここネティア星では全滅ね。これから故郷のグラナダをあたってみるけどさぁ…」
 ぼさぼさの頭をかきむしりながら美奈子が悔しそうに言う。
「しゃ、いや美奈子さん。あのー、もうそんな事しなくてもいいかもしれないんです」
 エリーがぼそっと美奈子につぶやく。
「どういうことよ。あきらめろって言う事?」
 再び美奈子の声が荒ぶる。
「いや、あの、そうじゃないんです」
 雅美が美奈子をそういなして、カラカサ号からの耳よりな情報を美奈子に伝えた。


「ちょっと、それ本当!?裏はとったの!?」
「裏じゃないですけど、ちゃんと会話は録音してありますぅ」
 美奈子の問いかけに、ちょっと自信有りげに答えるユイ。
「美奈子…さん、どうします?このままクライアントにちくりますかぁ?」
 やっと美奈子を社長と呼ぶ癖が消えたエリーが目を輝かせて提案。
「バカ、今ちくっても何の効果も無いじゃない。ちくるならやらせてからよ。当たり前じゃない」
 そう言って美奈子はうつむき加減で少し考え込む。
「もし、ケネスがあいつらに付いていても、失格となりゃ同じ提案したあたしたちが有利だよね。たとえケネスが嫌がってもさ、大学の理事長クラス口説き落としたらさ。後はケネスをこっちに向かせるだけよ。
例え時間かかってもさ。例えば教授に上げるから協力しろとかの交換条件を出してケネスに圧力かけるんじゃない?ケネスも教授になりたがってるだろうしさ。どうせ負けてもともとの仕事だしさ」
 美奈子は続けて、ふと顔を上げてエリーに提案する。
「エリー、ユイ、今からその録音したものを手際よく編集して、何でもいいからメディアに一〇枚位コピーして当日持ってきて。雅美、まほろをこの部屋に呼んで!」
 エリーとユイが部屋から出て行ってまもなくまほろが入ってくる。思いがけない事態の好転にちょっと信じられないといった顔だった。
「まほろ、扉閉めてこっち来て」
 言うとおりにしたまほろが美奈子の机の周りで雅美となにやら秘密めいた話をし始めた。
「確認だけどさぁ、あたしとまほろが実は男だって知ってるの、関係者じゃ雅美以外今の所いないよね?」
「いないと思います。関係者外だと、美奈子さんが先日コンタクトしたチセちゃんだけかと」
 美奈子の問いかけに対する雅美の答えに、美奈子がほっとした表情をする。
「チセは大丈夫よ。昔から知ってるけど口は堅い娘だからさ」
 そう言って疲れが幾分取れた表情で傍らのティーカップの紅茶を一息で飲み干す美奈子。
 只、まほろだけは何かに引っかかってる様子だった。
「どうしたのよまほろ?何か他に心当たりでも?」
「いや、無いんだけど」
「じゃいいじゃん」
「う、うん」
 まほろの表情をちょっと不審に思った美奈子だったが、すぐに元の表情に戻る。
「女装するのは、あのカラカサワークスの瞳って子ね。掃除代金いくらか払うって言ってくれたちょっといい感じの子でしょ」
 美奈子の頭の中は瞳だけが「子」扱い。他は「奴」の様子。
「雅美、これ終わったらその瞳って言う子こっちに引き抜いといでよ。女やらしても可愛いし優秀なんでしょ」
「えー、男ですよ。ここって女の子だけのチームってのが売りでしょ」
「女の子で雇えばいいじゃない。あたしとかまほろみたいにさ。何ならあたしの使ってる薬わけてあげてもいいしさ。じゃ今からちょっとだけプレゼンの原稿確認して、ホテルに戻ろうっか」
 美奈子達のチームの面々に久々に笑顔が戻る。


 地球の季節では夏の終わり頃。
少し肌寒いネティアの夜。カラカサ号とかが入っているドックがある軌道ステーションと軌道エレベータと繋がれたここは地上ステーション。その周囲には寂れた繁華街が広がっている。
大規模な店は殆ど無く小さな店ばかり。しかしメインストリートはそれなりの賑わいを見せている所を見ると、リタイアした知識人が多く済むこの星はそれなりに経済状態は悪くないらしい。
 そのメインストリートでは中高年の人が多い中、女の子四人組がハンドバックを振り回しながら他愛も無い話をしつつ楽しそうに歩いていた。それは良く見ると、蘭、楠羽。美樹のスーパーキャンディーズ三人娘。
そしてもう一人、すらっとした長身でピンクのタンクトップに小ぶりのヒップをショートパンツで包み、黒のストッキング姿にシルバーのミュール姿の女の子一人が混じっている。
キャアキャアとお喋りしていた四人組、ふと蘭がそのショートパンツの女の子に声をかけた。
「でもさ、すごいよね瞳。特にその声さ、誰も気づかないじゃん。隣の親父にナンパまでされてるし!」
「まさかナンパされるなんて思わなかったよ。プレゼン無かったら行っちゃったかも」
 ちょっと酔った監事で蘭の言葉に瞳が答える。
「あたしなんてナンパされたことないし」
 美樹が少し悔しそう。
「美樹にはー、ケネスがいるじゃん!今日もこれから行くんでしょケネスんとこにさ」
「ちょっと、お姉ちゃん!」
 楠羽のからかいに美樹が怒った様子で答えた。
「ケネスん所行ってもいいけどさ、瞳の依頼したレポート作成の邪魔しちゃだめだよ」
「わかってるって」
 美樹に釘をさす事を蘭は忘れない。再び他愛も無い会話が続く。
そしてその四人の女の子達の後ろを距離を置く様に歩いている和美。本来こういう時は和美の横には瞳がいて、そしてあれこれ仕事の話とか技術的な話、ときにはエッチな話とかしてきたのに、今は瞳をあの三人娘に取られたまま。
しかも瞳は女装が完璧に成功した事にすっかり気分を良くし、今朝からすっかり女度が上がっている。
あの後、体格に似ている楠羽から女の子の衣装を借りて蘭達の滞在しているホテルで着込み、すっかり女の子になってあの三人にべたべた。しかも「瞳君」じゃなくて「瞳」とすっかり女友達扱いされている。
 さっき打ち上げと称して行ったバーでも、普段は和美の横に座るはずの瞳はキャンディーズを挟んで反対側に座り、その横に座った親父にナンパされるわ、それに面白がって加わる三人娘が騒ぐわ、和美はすっかりよそもの扱い。
「ああくそぉ!面白くねぇ!」
 前を歩いている女の子四人組にわざと聞こえる様に悪態をつく和美。それを聞いてくすくす笑う彼女達だった。

「お姉ちゃん、あたしそろそろ」
「あ、もうそんな時間か?美樹今日別に帰ってこなくていいからさ、しっかりケネス捕まえとくのよ!お仕事の為にさ」
「またそんな…」
 相変わらずケネスを仕事の道具としか考えていない様な蘭の言葉にむっとする美樹だった。
「瞳、もう一軒行こうよ」
「あ、いいねぇ」
「あたし、又ナンパされるに一、〇〇〇CR」
「ええ、お姉ちゃんずるい。じゃナンパされないに一〇〇CR」
「それじゃ賭けになんないじゃん」
 この時点で和美はもうつきあいきれないっと言った様子。
「和美君!あんたも行く?」
「悪いけどもうつきあってらんねえから、先にホテル行くよ!」
「あら、じゃあ瞳預かるから」
 蘭の言葉に早々と地上ステーションの方へ足を向ける和美。
「あ、瞳、こんなところにランジェリーショップ有る!ね、入ってみようよ」
「あ、あの、僕はその」
「いいからいいから!」
 どうやら蘭と楠羽達はためらう瞳をとうとうその店に押し入れてしまったらしい。傍らにはケネスのところへ行く美樹が一人モノレールの駅へ向かっていくのが見える。
「もう俺知らね」
 そう一言言うと和美は軌道ステーションのホテルの自室に向かって行った。
「和美くーん、帰ったよーぉ」
 瞳の声にふと目を覚ます和美。時計を見ると地球時間では夜の一一:〇〇近くだった。別れた時のそのまんまの姿で瞳はホテルの部屋の入り口でミュールを脱ぎ、そのまま和美の横のベッドにダイブ。と、和美の方へ向き直り、
「手を上げろぉ、ショックガンだぞぉ」
 再び指鉄砲を和美に向けた後、きゃははっと笑いながら再びベッドにダイブ。あきらかに二四時間前の瞳とは別人だった。
「まだあの事根にもってんのかよ」
 眠い目をこすりながら和美が言う。
「和美くーん、又ナンパされちゃったよぉ、相手また親父だけどねー」
「へーへー、良かったざんすね」
 瞳に背を向ける様に寝返りを打ちながら言い捨てる和美。と、いきなり瞳が口を押さえてトイレに駆け込む様子が背中ごしに気配で感じた。
「おい、瞳大丈夫かよ」
「大丈夫よーぉ」
 その声と共にいきなりトイレで何かを吐く声が聞こえ、ほどなく瞳はトイレから出てくる。
「あーすっきりした、寝よ」
 見ると瞳のタンクトップとショートパンツには汚物がべっとり、しかも酒と交じり合ったすごい匂いがする。
「瞳待てよ!室内着に着替えさせてやるから」
 そのままごろんとベッドに寝転がった瞳のタンクトップを脱がそうと和美がベッドに座り手をかけるが、やはり少し躊躇する。当然瞳の胸にはブラで矯正された小さな膨らみが有ったからだ。
(こいつ女物着てるんだよな)
 しかしこのままでは部屋中に酸っぱい匂いが漂い、和美もいい気がしない。仕方無しにもう寝始めている瞳のタンクトップに手をかけたが、すぐにその手が止まった。
「瞳、お前…」
 タンクトップの下に見えた瞳のブラは、シンプルなものではなく、ピンクの花柄でレース付といういかにも蘭達の好みそうなものだった。たまらず強引にショートパンツを脱がせると、黒のストッキング越に見えたのは、おそろいの柄のピンク。今朝の水色のものではなかった。多分さっきのランジェリーショップで買ったんだろう。
「何すんだよ、和美君のエッチ」
 寝ぼけた瞳の言葉にたまらず和美は彼の顔をはたく。
「エッチじゃねーよ。なんだよこの下着、蘭に買わされたのか?」
「う、うん違うよ。自分で選んだの。可愛いでしょ」
「ばかな遊びしてないで外せ!」
 和美はそう言うと、いきなり瞳のブラをめくり上げる。と、
「痛い!痛っ!」
 その言葉にびっくりした和美は、瞳のバストトップを見て一瞬声を上げそうになったが、そのままブラを元通りにして、全身の力が抜けた様に呆然となった。
 瞳のバストトップはいつのまにか小指の先程になり、ぴゅっと突き出ていて、あきらかに女性のバストと同様の膨らみが有った。それどころじゃない。腹筋はもう殆ど消えていて、胸からお腹にかけてねっとりとした女の子特有の柔らかい肉とすべすべの真っ白な皮膚に変わっている。
 和美は諦めた表情で今度はショットパンツとストッキングを脱がしにかかる。彼の男性自身は短いショーツの中で小さく目立たなくなっていて、真っ白ですべすべになった太ももには、はやはり女の子の吸い付く様な肉が付き始め、曲線で縁取られつつあった。そして、
「だめだ、これもう女の尻だよ」
 独り言をいいつつ、ストッキングを脱がせる和美。足の付け根にたっぷりついた柔らかくて丸い肉。それは和美が以前学生時代に初体験した細身の女の子のヒップに酷似していた。
ため息をつきながら和美はぬがせた服を洗面所の脱衣籠に入れ、無言で瞳に部屋常備のガウンを着せ、シーツをかけてから自分もベッドに入る。
 瞳はもう以前の瞳ではなくなった。初めて出合ったときから今までの事が一瞬頭の隅をよぎり、目から久しぶり何か熱いものが流れるのを和美は感じた。
 和美がうとうとし始めたころ、部屋のドアをノックする音が聞こえる。
「誰だ?」
 寝ぼけてはいない。ちゃんと小さなノック音は続く。半分不審に思う和美が覗き窓を見ると、そこには美樹の顔が見える。
「なんだよ、こんな深夜にさ」
 迷惑そうに言う和美。
「瞳いる?ケネスからレポート預かってきたの」
 和美がうなづいて美樹を中に入れた。ところが、美樹の衣装はさっきとはすっかり変わっていた。ジーンズのスカートとTシャツのはずだったのに、今の衣装は真っ白でフリルの一杯付いたまるで中世のお姫様といった感じ。
「美樹、どうしたんだそれ」
 和美の問いに答えず、美樹はつかつかと部屋に入り、瞳のベッドに近づいていった。
「うん、何、美樹?」
「うん、美樹だよ。ケネス様からレポート預かってきたの」
「明日でよかったのにさ、今日泊まってこなかったの?」
「え…」
 恥ずかしそうに美樹は言葉を濁す。
「どうだった?言うとおりに頑張った?ちゃんと女になれた?その服ケネスにもらったの?」
 瞳はそう言って美樹の頭をなでる。恥ずかしそうに只笑うだけの美樹。そういえば美樹の表情はいつものおたく娘とは違うと違って何か大人の雰囲気が有ったのを和美は感じていた。
(ふーん、そういうことか)
 和美もやっと事情を理解したらしい。
「ねえ、瞳、男の人ってさ、あれ終わったらすぐ寝ちゃうよね」
「ま、まあ、人によるけどさ」
「ケネス様ったらおかしいの。終わった後にすごいやる気出てきたっていてさ、そのレポート三〇分位で作っちゃったの。んでその後もさ、何か難しい本読み初めてさ、あたし邪魔しちゃいけないからって帰ってきたの」
「ふーん、えらいねぇ美樹ちゃん」
「んふ、瞳、可愛いよ、瞳」
 まるで女同士の会話をする美樹と瞳。それを横目に見ながら何も言わず黙ってベッドに入る和美だった。


 翌朝からは和美も気分を取り直して再びカラカサ号の居住区に戻り、明日に迫ったクライアントへのプレゼン準備。ケネスへ送った質問とその回答をレポートにした物もとに模擬質疑応答集まで作り、準備万端の様子。
只、メインプレゼンターの瞳の仕草とか声がますます女っぽくなっていくのが和美にとっては嫌だった。
ところがその様子は当然ながら居住区にある小さな籠に入っている、七色の光を放つビー玉に見せた盗聴器からMMC号に筒抜けとなっていた。
「あいつらまだ気づいてねーよ。ばっかでー!」
 MMC号の工作室では、エリーの女の子らしからぬ乱暴な言葉に皆時折笑いながら、その情報を元にせっせと同じ様なものを作成中。美奈子とまほろも次々出来上がっていく資料を見ながらご満悦の様子。
「ふぅ、奴らにしてはなかなかの出来栄えよね。まあ、元々このお仕事はあたしたちの独占のはずだったんだから、でしゃばったあんた達がいけないのよ。悪く思わないでねぇー瞳君。終わったらあたしん所で働いてもらうからねぇ」
 MMCの工作室の窓からカラカサ号のドックの方をちらっと見る、久々に見る美奈子の嬉しそうな表情。
「美奈子、まだ話もしてないのに、もうそう決め付けてる」
 まほろも苦笑いしながら美奈子と同じ方向を見つる。


 そしてまた今日も和美はホテルで一人で留守番だった。瞳は何やら最後の仕上げとか言って蘭達の部屋に泊まりこんでいる。
「あの三人娘とつきあう度に瞳が女になっていってるよなあ。終わったらきっぱりやめさせないと」
 そう独り言を言いながら和美は寝酒用にネティアの地ウィスキーの入ったグラスを手に持ち、軌道ステーションのホテルの窓からネティアの地上を見渡した。
地上ステーションはすっかり闇で包まれているが、所々、色とりどりの明かりが街道沿いに帯の様に灯っている。相手のMMCとやらの滞在しているホテルはこの軌道ステーションにはいない。相手の艦のドックは先ほどようやくわかった。。
「この下のどこかにあいつらがいるんだよなぁ」
 和美は自分たちを巧妙に欺き、盗聴器まで仕掛けていったちょっと可愛い四人組のメイドの事を思い出していた。
あんな若い女の子達が、まさかの鉱物資源探査のエキスパート。
「世の中も変わったよなあ」
最もその盗聴器の一つがまだ見つかっていない事をこの時和美は知るよしもなかったが。
ネティアの地平線近くでは、青色の光が広がりつつある。その光がここに届けは、いよいよ明日の大仕事の時間だ。
「今回かなりてこずってるからキャンディーズから割り増し料金もらうか」
 といいつつも今回全く自分が参加していない事に気づき、自己嫌悪する和美。
「まあいい、どうにでもなれってか。明日は早いからもう寝よう」
 和美はそういいつつ、明日の待ち合わせ場所とか段取りの書かれたメモを確認すると部屋の灯りを消す。

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