パープルトラベラー

(3-3) 女の戦い

「ケネス・オードリー??誰よそいつ」
「なんか超天才物理学者らしいわよ。若干一六歳で今この星の最高学府にいるらしいの」
 ネティア軌道ステーション内のホテルのスイートルームに戻り、部屋のソファーで女子高校生姿のまんま報告をする雅美。
向かいのソファーに腰を下ろす白い部屋着姿のまほろと、横の肘掛に腰を下ろし、横向きで報告を聞いている昨日と同じピンクのスーツ姿の美奈子。
「顔写真見つけたよ。ほらまだ子供だし」
 傍らの紙袋から写真を出し、まほろに手渡す雅美。
「へぇー、眼鏡王子さん?」
 美奈子もソファーの肘掛に座ったまま顔をまほろの持つその写真に近づける。
「あら、可愛いぼうやだこと。あたしちょっとタイプかな」
「ちょっと美奈子、いつのまに」
「え、女の子ホルモン入れるとさ、いつのまにか男の子好きになっちゃってさー」
 まほろの言葉を特に気にせず、まほろの手からその写真をつまみ上げる美奈子。
「んで、キャンディーズとかカラカサとか言う奴が何をお願いするかがわかんないわけ?」
 つまみ上げた写真を器用に人差し指と中指に挟み替えてパタパタさせながら美奈子が雅美に言う。
「うん、一人今日そのお屋敷に行ったみたいなんだけど、なんか門前払い食ったみたいでさ。ところであたしの女子高校生姿似合うでしょ?」
 変装がうまく行った事に気を良くした雅美が、座ったままスカートをパタパタさせながら言う。
「まあねっていうか、あんた本当の女じゃん。当然でしょ」
 まほろがそう答える横で美奈子は全然興味無い様子で写真をじっと見つめている。
「物理はともかく、数学も入ってるのか。なーんかひっかかるなあ。雅美、そのお似合いの姿でさ、しばらく奴らを見張っといてよ。あとさ、ちょっとそいつら見てみたいから何か策考えて」
 お似合いの姿と言われ、少し気を良くした雅美が笑顔で軽く敬礼する。

 ケンタウルスαの衛星ネティアの地上ステーションから軌道エレベータで役三十分。
美奈子達のスイートルームとは異なり、ここは軌道ステーションの普通の簡易ホテルの一室。
狭い部屋の中のカーペットの上にあぐらを組んで座り、出今しがた巨漢メイドに追い払われて来た和美が、昨日とは違い普段着姿というかいつもの作業着姿の瞳とキャンディーズ相手に不機嫌そうな様子。

「俺はもう行くの御免だぜ!」
そんな和美を前にして普通の作業着に着替えていた瞳が一枚の写真を見せる。
「ほらこいつ。なんか天才という雰囲気あるだろ」
「いい、俺パス。瞳の方でなんとかしてくんねーか。何か考え有るんだろ!?」
 目の前に出されたその大天才の写真を振り払う様にして、和美はポケットから煙草を出し、無造作に火をつけた。その写真を瞳の手からつまみ上げる様に受け取る蘭だったが、ふと美樹の方を一瞬ちらっと見た後
「あ、これだめだ」
とつぶやく様に言って、その写真を後ろでに隠す。
すかさず隠し事に気づいた美樹が蘭の後ろに回る
「いい、あんた見なくていいから!」
「なんでよー!」
「しつこいとコミケ休みあげないわよ!」
 しばらくもみ合いになった後とうとうその写真を取り上げる美樹。
「なんだそのコミケ休みってのは?」
 もみ合いの様子をあきれた様子で見ていた和美が不思議そうに言う。
「コミケってのが有るんだって。地球でさ。美樹みたいな腐女子っていう子が何十万人も集まってくるのよ。あたしは一回送りに行ってその雰囲気がもうだめだからパスしたけどさ」
 蘭がそう言いながら写真を見ている美樹の方を振り返る。
「ほーら、やっぱり…」
 そこには写真をじっと見つめ、目だけきらきらさせ、口元になんとも言えない笑みを浮かべながらたたずむ美樹の姿が会った。楠羽が近寄って目の前で手のひらをひらひらさせてもうっすら笑いながら目線をそらさない美樹。と、
「あたしのタイプーーー!」
 そう言って写真を握りつぶそうとする間一髪の所で、美樹から写真を摘み取る蘭。
「とまあ、こんな感じの人なのよ」
 そう言って瞳に写真を返す蘭の横で相変わらず不機嫌そうなにしている和美。
「悪いが、俺はそういうお坊ちゃんとか天才秀才ってのは鼻っから嫌いな方でね」
「えー、ケネスさまぁー、ステキじゃなーぃ」
「こら、誰が勝手に使っていいって言ったよ!」
 こともあろうに携帯用のカラカサのメインコンピュータの直結端末を使って、片っ端からケネスの写真を検索してはプリントアウトを始める美樹を和美が一喝する。
「いや、和美、実はちょっと俺に策が有るんだよ。以前何かの技術後援会のときにちらっと聞いた話が有ってさ、とりあえず朝メシに行かねーか。ここのステーションのメシにも飽きたしさ」
「あ、あたしはパス。ちょっとここで調べ物が…」
「ケネスとやらの事だろ?」
「いいじゃんケチ!ちょっとくらい使わせてくれてもさ。うちの艦のコンピュータお姉ちゃん達使わせてくれないんだからさ!」
「…ちゃんと留守番しとけよ!」
 必死に端末叩いている美樹に投げ捨てる様に言って和美達は、軌道ステーションのホテルを後にした。

 丁度その頃、美奈子・まほろ達の母船MMC号で待機していたスタッフの元に雅美から何やら連絡が入り、技術班の眼鏡をかけた女性一人が、もう一人を従えてMMC号の居住区から出て行った。
髪をおかっぱ頭に切りそろえた技術スタッフのエリーと、デザイナーとして数ヶ月前に参加した新米のユイという新人は、機材倉庫と、そして何故か食料倉庫を何やらがさごそと探した後、機材を入れたダンボール箱を抱えて工作室へ入っていく。
「エリー先輩、今度は何作るんですかぁ」
「いや、簡単なんだけど何に使うのかわかんないよ。とりあえずそこのオレンジジュースの炭酸を倍位にしてこのタンクに入れといて」
「了解ですぅ」
 エリーはユイにそう言うと、工作室の端に有る古い機械をゴロゴロと部屋の中央へ押し出し、電源を入れて点検し始める。どうやらそれは液体を缶に詰める機械らしい。
(こんな機械、以前ニトロをジュースと偽って密輸した時以来使ってねーよなあ…)
 ガシャガシャと奇妙な音を立てるそれを見つめ、ちゃんと動く事を確認しつつエリーが独り言を呟く。
「終わりましたぁ」
 そう言って近寄ってくるユイの手からその詰め込み機械専用のタンクを受け取るエリー。
「じゃ、今度はそこの水飴に砂糖を混ぜて硬くしてフィルム状に薄く延ばして」
「…何作るんですかぁ」
「いいから、言われた通りにしろって」
 やがてユイが持ってきた水飴フィルムに、傍らに置いた地球最強の辛さを誇る炭酸タブレット菓子「メントス・ウルトラスーパー」を一〇個程包み、一〇〇〇mlスチール缶に押し込むエリー。
「メントス・ウルトラスーパーって、炭酸菓子の事なんだ。あたし、なんとなく嫌な物作ってるという気がしてきた」
 口元に少し薄笑いを浮かべたエリーは、一五本位出来上がった缶を機械にかける。そして次々にジュースで満たされ、栓をされていくその缶に、以前密輸の時に使った可愛いメイドさんの絵のラベルを器用に貼り始めた。その絵はユイが始めてここで仕事をしたものだった。
「ねえ、何作ってるんですかぁ」
 もう、この子は、デザインセンスはいいのに、ここに来た時から全然変わってないなあ!という感じでエリーはぶっきらぼうに一緒にラベル張りしているユイに顔を向ける。
「うるさいなあもう、たぶんびっくり箱みたいなものだと思うわよ」
 その言葉を聞いたユイが突然嬉しそうな顔をエリーに向けた。
「びっくり箱ですかぁ!あたし人びっくりさせるの大好きなんですぅー!」
「あっそ…」
 ユイの言葉を上の空で聞きつつ、目線を手元に向け、ひたすらラベル張りをするエリーの目にとんでもない光景が飛び込んでくる。
「一本実験してみますぅ!」
 出来上がった缶の一本にユイが既に手をかけていた。
「あ、バカ!今こんなところで!」
 その途端、水を勢いよく出している水道のホースが蛇口から外れた様な音がして、部屋の電気が消えた。音は暫く続いた後ようやく収まる。
「ケホッケホッ…」
 どちらかの甲高いむせた声がし、真っ暗闇の中で二人は暫く向き合う。多分全身すごい事になっているはずだが暗くてお互いどうなっているかわからない。
「どうしてみんなあたしのデザインした物に、変なものばっかり詰め込むんですかぁ」
 咳き込みながらユイが喋った言葉に、エリーがゆっくり口を開いて答える。
「いい、今度余計な事したら一ヶ月便所掃除と床掃除と皿洗いだかんね!」

 ネティア宇宙港の軌道エレベータの地表出口近くのちょっと小奇麗なレストランのテラス席で蘭・楠羽の二人と今しがた朝食を終えた和美と瞳がしばしくつろぎ中。
「へえー、しかし瞳君はともかく和美君がこんな所で朝ごはん食べるなんてね」
 朝から山盛りの新鮮な野菜サラダと、久しぶりに店で焼く自家製のパンを食べて上機嫌な蘭が意地悪そうな目で和美を見る。
「へ、お前たちと一緒だからわざわざここにしてやったんだよ。俺一人ならああいう安食堂でスタミナの有る朝飯食ってた所さ」
「あら、以外に優しいのねぇ、和美君てさ」
 ちょっと照れた様に言う和美を楠羽がちょっとからかう。
「おい、瞳、まださっきの事気にしてんのかよ」
「うるさいなあ、ほっとけよ。どうせ和美にはわかんねぇ事だしよ」
 食事前ここに着いた時、このレストランのウェイターに椅子を引かれた事を瞳はまだ気にしているらしい。
「俺作業着だぜ。しかもばりばり男物のさ!」
 左手で前のファスナーを少し触ってふとため息をつく瞳。
「だってさ、瞳君肌とかすごく白くなったじゃん。頬もふっくらしてきたしさ」
「やめてくれよ!」
 右手を椅子にかけ瞳がふくれる。
「俺は女のふりをするのは面白そうだから今回付き合ってやるけども、女になるのはい・や・な・の!」
 慣れているのか、近寄ってきた雀の様な小鳥に乱暴に食べ残しのパンクズを投げ、ため息をつく瞳。
「そうかなあ、女面白いと思うけどなあ」
 楠羽がコーヒーカップに口を付け呟く様に言う。
「楠羽!あんまり言うともう手伝ってやんねえぞ!」
 そろそろ怒り出した瞳を両手でなだめる蘭。
「あ、あのさあ、瞳君の言う案て何?てっきり今日ここで話してくれると思ったんだけどさあ、あははは」
 蘭の言葉にちょっと左右を見渡す瞳。
「ちょっとここでは言えねえよ。誰が聞いてるかわかんないしさ。カラカサにサンプル有るだろ?戻ったら教えてやるから」
「ちぇー、つまんない」
 瞳の言葉に文句を言って、ティーカップのコーヒーの残りを一息に飲み干す楠羽だった。

 さんざんレジで押し問答の結果、勘定は和美が払う事になり、不機嫌顔でレストランから出てきた和美。
「お前、今度はご馳走しろよな!」
「あら、はじめっから奢ってくれるつもりで、こういうおっしゃれぇーーーなカフェ選んでくれたんじゃなかったのー?」
 蘭の言葉に一緒に笑おうとした楠羽の目に、近くから見え隠れしながら近づいてくる二人のメイド服の女の子が映る。
「え、ちょっと、あの子達何だろ?」
 楠羽のその言葉に皆が振り返ると、その二人は何やら小さな手押し車を押しながら、少し引きつった顔で和美に近寄ってくる。
「あ、あの、こんにちわあ、オ・オレンジジュースの新製品が出ましたので、皆様に試供品としてお配りいたしておりまーす。といっても、あ、あの、そろそろ終了時間ですので、皆様で最後ですので、これ全部差し上げまーす」
 そのメイド服の女の子の一人は、実はさっきケネス邸まで和美を尾行していた雅美であることを和美は知る由もなかった。
「へーぇ、オレンジジュースね」
「はーい、ネティア特産のオレンジを蜂蜜漬けにしたものを使った、とっても美味しい新製品でーす」
 和美の言葉に、そのメイド少女が少し引きつった笑いを見せた。
「しかし、試供品にしては大きいなあ。スチール缶の一リットルなんてあんまり見ねえしなあ」
 ふと瞳が手押し車から一本取り上げて、メイドさんの絵の描かれたラベルをまじまじと眺める。
「ハニーメイドジュース、オレンジ。製造星グラナダ星…、おい造ってる工場ってワープ⑥も離れた所(ワープ③のエンジンで二回のワープの距離の事)じゃんか)
 ぎくっとした様子の傍らのメイド少女のお尻をぎゅっと後ろ手につねって、雅美が愛想笑いを始める。
「あ、あの、まだこちらのネティアに工場が出来ていないのでぇ、サンプル製造をしたのがグラナダでしてぇ、あ、あははは」
「あ、そなの」
 瞳がそう言って他に種類はないかどうか手押し車の中を探り始める。
「グラナダ星かぁ、そういえば少し前グラナダ産のジュースの中に何を間違ったかニトログリセリンが入っていてさあ、宇宙港の気圧の関係でどこかの星で大爆発おこした事件が…」
「あ、そ、そうなんですか」
 蘭の言葉に少しおどおどし始めた雅美。と今度は
「ここで飲んでもいい?」
 瞳の言葉に雅美があたふたする。
「あ、あの一リットルなんでこの場で飲んでも残すだけですしぃ、よく冷やした方が美味しいですよぉ」
「そーか、十分冷えてるぜ。それに俺一リットルペットボトルよくラッパ飲みするし」
「あ、あの宇宙船に戻られてケーキとかと一緒に召し上がると美味しいですよぉ」
「え、何で俺たちが宇宙船乗りだってわかったんだ?」
 和美の言葉の直後、今度は雅美が傍らのメイド少女にお尻をつねられる。
「この作業着でわかったんだろ?私服着てきた方が良かったなあ…」
 手押し車から何本か取り出し、一緒に入っていた布製の袋に詰めながら独り言みたいに言う瞳。
「あ、そうそう、そうなんですぅ」
 雅美ともう一人が相変わらず愛想笑いして、イェーイとVサイン。
「じゃ、遠慮なく貰っていくよ。しかし、なんか缶膨張しすぎてねーか?」
 袋に詰めた一本を取り出して瞳が言う。
「いえ、そんな事ないですよぉ。多分これ作ったグラナダと、ここのネティアの気圧の関係で…」
「開けたら爆発したりしてね」
 蘭の言葉に二人のメイド少女は今にも心臓が止まりそうだった。
「そんな事ねえだろよ。じゃありがとな」
 和美達が去ろうとしたその時、少し後ろでそのやりとりを聞いていた、多分レストランから出てきたと思われるおじさん二人連れが、つかつかと寄ってくる。
「まだ残ってる?じゃ俺たちが後全部貰うよ」
「え、あ、あの今日はこれでおしまいですので…」
「いいじゃんか、まだ残ってるし試供品だろ?帰り軽くなるし」
「あ、あの、これはだめなんですぅー!」
 手押し車を押しながら逃げていくメイド少女と追いかけていく親父二人を見ながら和美が呟く。
「何なんだあいつら…変な奴」

 その様子を少し離れた所で物陰に隠れてみている一人の黒づくめの女。細身のタバコをくゆらし、薄紫色の煙を吐くと、凍った様な笑みを浮かべつつ独り言を呟き始める。
「まあ、可愛いメイドさんねぇ、あんな衣装もいいわねぇ、ククククッ」
 タパコを投げ捨て、長い髪の毛を両手でバサっと整えたその女が独り言を続ける。
「しかし、まさかあの装置があんな若造の手元にあるなんてねぇ」
そういい捨てると女は細い路地に姿を消した。
 
 カラカサ号に戻った一行は、嫌がる美樹をホテルから呼び戻し、瞳を中心にコックピット裏のソファーに座った。
「今日は休みのはずなのに…」
 むずかる美樹の頭を楠羽がこずくと、それを合図みたいに瞳が話し始めた。
「あの小さなサンプル見て気づいたんだけどさ、どうも中に入っている物の材質と大きさで、それを包み込んでいるあの真珠質の色と年輪みたいな模様が違う気がしたんだよ。ほら、これ見てみなよ」
 瞳はトランクからサンプルとして貰った物のいくつかを取り出し、皆に手渡して見せた。大小様々な塊がそれぞれ半分に割られ、中に入っている物が何か判る様になっている。基本は白だが、確かに良く見ると赤っぽい白や緑っぽい白、黄、黄土色がかったもの。そして年輪みたいな模様も、直線、ぎざぎざ、波型、いろいろ有る。
その中で二つの塊を瞳は自分の手元に寄せ、皆に見せる。
「この二つは片方は昔の銀貨、片方は折れた昔の銀のスプーンのさじの方だけどさ、色は緑がかった白で、模様もすごく近いだろ?」
 皆がそれを見ている中で美樹だけは落ち着かなかった。彼女の心は自分のお姉さんの蘭と楠羽が、さっきメイドさんに貰ったというジュースの方に向いているらしい。
「ねえ、さっきのジュース貰おうよ。美味しそうだったじゃん」
「だめだ、仕事の後ならいいよ」
「今日休みじゃん!」
 瞳の言葉にそう返して、美樹はつまんないと言った様子でソファーから乱暴にお尻を上げる。とその時、カラカサの搭乗口に来訪者を知らせるアラームが鳴った。
「え、誰?誰かお客来る予定?」
「いや、誰も来るはずは…」
 不審に思った様子で和美が搭乗口に向かう。としばらくして美味しそうな臭いを放つ箱を両手に持って戻ってくる和美。
「美樹!お前ピザ頼んだろ!?全く手回しのいい…」
 にやにやしつつそれをサンプルの並んだ机の上にどかっと置く和美。
「知らないもんそんなの」
「あー、わかったわかった」
 美樹の声を軽く流して和美は置いたピザの箱を調べ始めた。
「まあいいか、急ぐ訳でもなし。折角の美樹からの差し入れだしな」
「だから、あたしは知らないって!」
「お前以外誰がこんなの頼むんだよ」
 そう言うと和美は一番上の箱を開け始めた。蘭と楠羽も不思議そうに一箱ずつそれを確かめ始める。
「あんまり腹は減ってなかったけど、昼には早いがメシにすっか」
 そう言ってさっきメイドから貰ったジュースの袋を取りに居間の冷蔵庫に向かおうとする瞳。と、
「これ、美樹が頼んだんじゃない…」
 蘭が手に取った箱を不思議そうに眺めつつぼそっと喋る。
「なんでわかるんだ?」
「だってあの子が頼んだなら、絶対ポテマヨピザ一枚入ってるはずだもん」
 楠羽がその言葉に、ふと和美の手にしている箱を開けて中を覗く。
「そうだよね、あの子あれ一枚丸ごと食べるもんね。ほんとだ、入ってない…」
「げぇ、あれ一枚全部食べるのか」
 楠羽の横で和美がつぶやく。
「じゃ、誰が?」
「…、チセじゃねーか?」
 瞳の言葉に和美が答え、すっと通信モニターの横に座り、チセを呼び出しにかかる。
「いや、チセなら蘭達は勘定に入ってないはずだよ。先だっての事も有るし、今チセにとって蘭達は天敵だぜ」
 瞳が和美を横目で見ながらにやにやする。それを気にもせず通信機を操作する和美。
「おい、チセ、チセ!いねーのか?…、珍しいな、あいつが出ねえなんて…」
 和美がそう言って通信機の電源を切る。
「まあ、いいじゃん。ここはどうしてもあのジュースを飲みたかった美樹のおごりという事でさ」
「あたしじゃないもん!」
 瞳の言葉に、まだ言ってるという感じで美樹がやり返す


 その頃、チセは例の場末のボロアパートの二階からしばしバカンスがてら、海辺の某ホテルのプールサイドに来ていた。外は季節外れの冷たい色の海だが、天窓からの日差しだけはまだ夏が残っている。
軽装でサングラスでリラックスチェアといういかにも古典的なスタイルで、冷たい色をした海の方をぼーっと眺めていると、移動アジトから唯一持ってきた携帯用の小さな端末から聞こえる和美の声。
 それを聞いたチセはふとため息をつくと、その端末の電源を切ると独り言の様にぼそっと呟く。
「今回あたしパス。だってどっちの味方すればいいかわかんないし…」
 そういって、チセは少し離れたボーイの方に向かって軽く手を振る。
「何か一番高いカクテルちょうだい。少し眠れるのがいいなあ」


 ネティアの軌道ステーションのドックに係留された「カラカサ」号の中で、和美達がメイドさんから貰ったジュースと提供先不明のピザで昼食にしようとしているその時、そこへ通じるガランとした廊下に、あたりを気にしながら抜き足差し足でそわそわしつつ歩いている四人の揃いのミニのメイド服の女性達がいた。
 モップ・雑巾・バケツその他掃除道具を手にした四人のうち、モップを持った一人が、自分の着ているメイド服のあちこちを気にしており、その彼女のお尻を横のメイド女性がポンと叩く。
「いったいなんで、あたしがこんな恥ずい格好しなきゃいけないのよ!」
「えー、美奈子似合ってるよ。それにさー、カラカサ号とかに潜入したいって言ってたの美奈子じゃん」
「このあたしにこんなフリフリ着せたからには、それなりの成果ってもんが有るんでしょうねぇ!?まほろ!」
「こういう格好だからこそ、艦の中怪しまれずに自由に歩きまわれるんじゃん!」
 まほろが美奈子のお尻をポンポン叩きつつ、小声で話す二人。と、
「…まだ髪がオレンジ臭いですぅ…」
「あたしなんか、あれの顔面直撃受けたんだかんね!」
 今度は横のメイド二人が口喧嘩を始める。それは今和美達の手元にある、何やら変なジュースを造っていたエリーとユイだった。
「あんた、あれ天井にぶちまけた後、あたしの顔に向けたでしょ!眼鏡吹っ飛ばされてジュースが目に入って大変…」
「だって、怖かったんですぅ」
「うるさい!静かにしろ!他に聞かれたらどーすんのよ!」
 二人の喧嘩に割って入るまほろ。と騒ぎの声を聞きつけたのか、一人の警備員が美奈子達に近寄ってくる。
「ほら、気づかれた…」
 まほろが軽くエリーを小突く。
「あんたらー、そんらかっこして何やってんだっぺーぇ」
 その言葉にすって美奈子が皆の前に立って愛想笑いを始める。
「あ、あの、あたしたちメイドお掃除サービスでーす。あの、ほら」
 少し引きつった笑いを顔に浮かべつつ、短いスカートのポケットをごそごそし始める美奈子。
「ほ、ほら、許可証もちゃんと貰ってますぅ」
 顔の前に差し出されたその小さなカードを不審そうにながめつつ、軽くうなづく警備員の男。
「ま、まあ、あまり騒がない様にすっぺぇ」
 そう言うと何度か振り返りながらその警備員の男は廊下の角に消えていく。
「いつのまに許可なんて貰ったのよ?」
 そのカードを美奈子から受け取り、ちょっと関心するまほろ。と、
「あたしが作ったんですぅ…」
 美奈子以外の二人が、後ろにいたユイのその言葉に同時に振り返る。ちょっとびっくりした二人の表情に
「いえい」
 と小さなVサインを手で作って作り笑いを浮かべるユイ。
「わかったでしょ、なんでこの子をうちのチームに引き入れたか」
美奈子がぼそっとそう言いつつ、再び薄暗い廊下をカラカサのドックを目指して歩き始める。
紙切れにまほろの書いた簡単な地図を頼りに、頭上に大小無数のパイプが走り、旧式のポンプとか電源の音が聞こえる廊下をゆっくり歩く、ちょっと場違いな雰囲気をかもしだす四人のメイドさん達。
そして一行はようやくカラカサのドックの扉が見える廊下の角にたどり着く。
「しかし、ジュースを開けさせる為に、熱々のピザを提供してやるなんて、あんた達にしては上出来な作戦だわね」 
そこにあった金属製の物置の扉を鏡代わりにして身なりを整えながら喋る美奈子。
「なーんだかんだ言って、その格好気に入ってる癖に…」
 まほろが軽く美奈子に牽制を入れる。
「冷えたピザほどまずいものはないんですぅ…」
 美奈子に拾われる前、物置みたいな所に隠れ住み、時折売れ残りのピザを貰って飢えをしのいでいたユイがその頃を思い出してぼそっと話し、メイド服のスカートのポケットをごそごそさせる。
「これ、ピザの領収書ですぅ」
 ユイの差し出したそれを奪い取る様にして自分のポケットに入れるエリー。

「そろそろじゃない?」
 エリーがぼそっと呟いた時、何やらカラカサ号のドックの扉の奥でなにやらそれらしき気配。といきなりドアから和美が走りだしてくる。
「くそぉ!モップとか雑巾とか常備してねえのかここは!」
 開けっ放しのドックの扉から、多分蘭達の声だろう。キャーキャー騒ぐ声がしている。
「大成功ですぅ」
 ユイのその声も聞かず、廊下の角からすっと出て行ったのはメイド服姿の美奈子だった。
「あ、あのう」
「なんだ!あ、メイド…!あ、今朝会った奴とは違うなあ。何でもいい、今こっちは忙しいんだ!」
 美奈子を払いのける様にして先を急ごうとする和美。その行為にちょっとキッとなった美奈子の前に立ちふさがる様にまほろが和美と相対する。
「あ、あのう、私達新しくメイドお掃除サービス始める者なんです。今サービスとPR中で無料で部屋とかお掃除してるんですが、如何でしょうかぁ」
 そう言ってにっこりするまほろの後ろで、美奈子も少し引きつった笑顔を和美に向ける。
「うるせぇ!今日はメイドさんの新しい無料サービスとやらにひどい目に会ってんだ!とっとと帰れ!」
 和美がそう言ってまほろを押しのけて先を急ごうとした時、
「いいじゃないか。丁度いい時に来てくれた。艦の中でジュースこぼしたんで、ちょっと掃除してくれないか」
 いつのまにか和美を追ってすぐ側に来ていた瞳が、服とか髪についたジュースを手で拭きながら美奈子達に言う。
「あ、ありがとうございますぅ。綺麗にしますので」
 とエリー。
「あ、天井に付いたジュースも…」
 そう言いかけたユイの背中を後ろ手にギュっとつねるエリー。
「え、天井?…」
「いいから、とにかく早く頼む!計器類が心配だから!」
 ちょっと不思議がる和美の声をさえぎり、瞳が四人のメイドさんを艦の中に案内する。その途中で、
「余計な事喋んないの!」
 とエリーが小声で怒った様に言って、ユイのお尻に軽く蹴りを入れていた事は誰も気づかなかった。

「うわあ、派手にやりましたねぇ、一体どうしたんですかぁ」
 カラカサ号の操縦席後ろの居住区の壁や天井や床がびしょぬれになって、雫まで垂れている。それを見て今にも大笑いしそうになるのを必死でこらえ、エリーがわざとらしく和美に話しかけた。
 テーブルの上とかその周辺に散らばったジュースの缶とピザの箱。その荒れた中で瞳が脚立に上って、まだジュースの滴っている天井に有るレーダーの制御ユニットらしきものを、多分スーパーキャンディーズの誰かから借りたのものらしい可愛い柄の小さなハンカチで丁寧に拭いていた。
「おい、掃除してくれんだろ。早いとこ頼むよ」
「あ、はいはいただいまです。えっと時間かかりそうなんですけど、いいですかぁ」
 和美の言葉にありったけの笑顔を顔に浮かべて雑巾を手にして答えるまほろ。
「きしょ…」
 そのぶりっ子ぶりに後ろで美奈子がぼそっと呟く。
「ああ、綺麗に頼むよ」
 脚立の上から瞳もそう言ってレーダーユニットの掃除と点検を続ける。

 美奈子以外は手早く雑巾がけとか床のピザとかの残骸とジュース缶をゴミ袋に入れたりとか始めるが、掃除などやったこともない美奈子はただうろうろするばかり。
「ちょっと、そこのメイドさん。あまりうろうろされると困るんだけど」
 ぐずぐずしている美奈子を和美がたしなめる。
「あ、あのすいません。その娘新人なもので」
 そう言って自分達の社長をフォローするエリー。
「し、新人ですって…」
 思わずエリーに突っかかろうとする美奈子を間一髪で間に入って止めるまほろ。
「あ、すいませんでした。後でちゃんと言い聞かせますから。ほら、ごめんなさい」
 まほろが美奈子の後頭部に手を当ててむりやりお辞儀させる。
(もう、変な事やって追い出されたら困るでしょ!)
 小声でまほろが美奈子に牽制する。

「きゃあああ!」
「いっいったあい!」
 他の三人が掃除をしている間、相変わらず美奈子は慣れない床のふき拭き掃除の間に、そこら中にからだ頭や体をぶつけたり、スカートの裾をそこら中にひっかけたり、テーブルの上の物をひっくり返したり…。
 そんな様子を見ながら、ソファーの上で点検の疲れを癒す為にゆっくりくつろぐ和美と瞳。
「なあ、瞳。ドジっ娘メイドっていうのを前から聞いてて、ばからしいと思ったけど、実際に見てみるとなかなか面白いもんだなあ」
 だんだん顔が真っ赤になっていく美奈子を、
(社長!我慢我慢!)
 と耳元でそっとエリーがささやく。
「ああもう、見てらんないや」
 瞳がそういうと、ふとソファーから腰を上げて美奈子の側に行く。
「可愛いメイドさん。あのね、雑巾がけってのはこうやるんだよ」
 ぐちゃっと握り締めた美奈子の手から雑巾を取り上げ、傍らのバケツにひたして絞り、四つに畳んで再び美奈子に持たせて、美奈子の手に自分の手を合わせてふき掃除を教える瞳。
一瞬恥ずかしさとプライドを傷つけられた事で、顔を引きつらせた美奈子だが、何を思ったか、もう片方の手でスカートのポケットをまさぐりはじめる。
「ほら、また瞳の悪い癖だよ。相手が女だと見るとすぐこれだ」
 そう言ってソファーの上で大きな伸びをするその瞬間を狙って、美奈子は瞳の作業着のポケットに何か忍ばせると、
「あ、あの瞳さんて言うんですね。どうもありがとうございますぅ」
 と、作り笑いを瞳に向けた。
「まあ、お掃除サービスするんだったらこれくらい…」
 と、瞳が美奈子の方を振り向いた時、その後ろで和美達に予備の作業着を借りたスーパーキャンディーズの三人が、ものすごい形相で腕組みをしてこちらを見ているのに気が付いた。
丁度今浴びたジュースをシャワールームで洗い流して戻ってきたらしいが、相当気が立っているのが瞳にもわかった。
「瞳君!何よその女達!」
「メイド女には懲りたんじゃなかったの!?」
 そういいつつ、お掃除メイドの四人に鋭い目を向ける蘭と楠羽。
「いや、たまたま無料の掃除サービスの人が来てさ…」
 瞳が蘭をなだめにかかる。
「ふーん。無料サービスねぇ…しかもメイドさん」
 蘭がそういいつつ、再び鋭い眼光を美奈子達に向けた。
「どぉもぉぉ…」
 まほろが軽く愛想笑いを蘭に向けた


「ほらそこ!まだガラスが曇ってる!」
「まだそこシミが残ってるでしょ!」
「何ぐずぐずしてんのよ!もっとテキパキやれないの!?」
 和美と瞳、そして美樹がソファーに座って唖然としている中、蘭と楠羽はものすごい形相で四人のメイド達に掃除の指示を出す。
「あの、トイレ掃除終わりましたぁ」
 ユイがへとへとの状態でそう言いながら部屋に入ってくる。
「トイレ横のシャワールームは!?」
「あ、そこはやってない…」
「とっととやってこいっ!」
「は、はいですぅ…」
 半分ベソかきながらユイがシャワールームへ消えていく。それを目で追いながら和美が瞳に言った。
「な、なあ、瞳君。多分ジュース浴びた件と、あのメイドの一人が瞳とべたべたしていたと勘違いされたからと思うんだけど、ちと可愛そうすぎねぇか?」
「バカ、今あいつらにさからうと、こっちにとばっちりが回ってくるぞ」
 和美が両手を大げさに広げて和美に答える。

「あいつらがスーパーキャンディーズね、覚えてらっしゃい!」
 まほろの横で必死になって寝室ユニットのベッドの支柱を拭く美奈子が悔しそうに言う。
「美奈子、我慢よ我慢。ほら、これ」
 まほろが手渡したそれを、ふと後ろを振り返り、誰もいない事を確認すると、下の段のベッドの裏にそっと付ける美奈子。
「まほろ!あといくつ残ってる?」
「三つ位だけど、盗聴器なんてそんなたくさん付けたって…」
「うるさい!こうなったら全部取り付けないとあたしの気がすまないわよ!」
「…、でもさ、よかったわね。あの女達のせいでこうやって隅々まで盗聴器付ける事が出来てさ」
「あたしが来なくても良かったじゃん!」
「あんたが行きたいって言ったんでしょ」
 二人の声が大きくなり始めた時、
「こらあそこ!何ぺちゃくちゃ話してんのよ!このグズメイド!」
 恐ろしい顔して美奈子が立ち上がろうとするのを
(美奈子、お願い!抑えて!)
 と必死で止めるまほろだった。
「おい、蘭、楠羽、そろそろいいだろ。さっきの話の続きやるぞ」
 蘭の後ろに瞳が現れ、彼女を促した。その後、
「悪いなあこんなにこき使ってさ。後でいくらか請求してもいいよ」
 美奈子にポンと自分の名詞を投げる瞳。
「こいつは、許してやるが、あの女達は絶対ゆるさねえ!」
 美奈子がはぎしりしながら呟き、瞳が奥に消えたのを見届け、シュシュに見せかけた腕の通信機で雅美を呼び出す。
「雅美!今から始めてちょうだい。え、混線?あたりまえよ、一五個も付けたんだから。まだ付けるわよ。え、…リセットしてチャンネル全部割りあてりゃいいじゃん!…、んなもの外してもってこい!うるさい!ちゃんとやってよ!今あたし気がたってんの!」
「全部終わったの?」
「は、はい、終わりました。もう帰っていいですか?」
「まだ残ってるわよぉ」
「え…」
 蘭の意地悪そうな問いかけに、汚れたミニのメイド服で疲れた様に答えるまほろ。
「残ってるでしょ、エンジンルームが」
 楠羽のその言葉に一瞬くらくらとなってユイに支えられるエリー。
「おい、そりゃやりすぎだよ。あそこの清掃なんて半日かかる上に専門業者かエンジン知ってる奴でないと無理だぜ」
 瞳のその言葉に意地悪そうに顔を見合わせる蘭と楠羽。
「まいっか、そろそろ許してやっか。はーい、帰ってもいいわよぉ」
 楠羽のその言葉に生気を失った様な表情で軽く礼をして登場口に向かう四人のメイドさん。
「おい、これ俺の艦だぞ!」
「知り合いの艦メンテ業者に、絶対スーパーキャンディーズのクリスタルシュガー号の清掃だけは断れと言っておこう」
 和美と瞳が呆れた様に言う。それを聞いているのか聞いていないのか、ふらふらになって搭乗口から出て行く四人に向かって、蘭と楠羽が楽しそうに後ろから声をかける。
「とっとと帰れ!」
「二度とカラカサ号に入ってくるなあー!」

 カラカサの搭乗口から一人つかつかとドックの出入り口に向かう美奈子、それを追いかける様に後をついていくまほろとユイ。一人エリーだけが立ち止まり、白とパープルのツートンの流れる様な船体のカラカサ号をふと眺めた。
「綺麗な艦だわね。いつかあたしも独立してこんな艦持ってやるわ」

 ドックの外では怒り心頭状態の美奈子が、ずかずかと廊下を自分達のMMC号のドックへ向かって歩いていた。手にしたモップとバケツを、先ほど自分が身なりを整えた物置の扉を開けてそこに放り込み、乱暴にドアを閉める。
「美奈子、ちょっと待ってよ」
 追いかけてくるまほろの声も全く聞こえない様子。
「あの女ども!あたしは絶対負けないからね!そして絶対復讐してやる!」
 そう言うと、乱暴に物置のドアを蹴飛ばした。その様子に先ほどの警備員が気づき、美奈子に声をかける。
「よぉ、さっきのお姉ちゃん、良かったらうちの部屋も掃除してくんねべか?ちゃんと費用は…」
 そんな警備員をきっと睨んで美奈子はその場を後にした。遅れまいと他の三人も後をおいかけていく。


 カラカサ号のコックピットの後ろの居住区では、瞳にたかるハエに罰を与えて追っ払ったと思い込んでいる上機嫌の蘭と楠羽が、美樹と一緒に瞳の案を聞いていた。
「…つまりこういう事ね。中に入っている物の材質と形状によって包んでいるこの真珠質の模様と色とが異なるから、物理学的にその公式みたいなものを、ケネスとかいう数学物理学者に構築してもらって、それと平行して膨大なサンプルを採取してそのデータベースを作って、その公式とドッキングさせると、模様とか色とかパターンとか、その他の事を調べてデータを入れると中身が大体わかるシステムになるって事ね」
「ああ、それである程度使える物になると思う。音波とかレーダーとか透過性の放射線を使うよりは、かなりましで安全な物になると思うぜ」
 そう言うと、瞳は満足そうにスプーンと銀貨の入った石ころみたいなサンプルを二つ手にした。
「この二つが無かったら、それに気づかなかったかもな。MMCとやらのグループにはそういう似通ったサンプルが無かったかもしれないね」
 そう言って、お手玉みたいにその二つのサンプルを手にして空中に放り投げる瞳。
「後は、あのケネスっていう奴が協力してくれるかどうかだけどな」
 和美がそう言って、あの巨漢メイドに放り出された事を思い出したのか、顔を横に振った。
「あら、そういう事ならこっちのお仕事よ。和美君みたいな野蛮な事は絶対しないから」
 そう言うと蘭は、そのサンプルの一つを瞳から受け取り、宝石でも見る様な目つきで眺める。
「やっぱり瞳君に手伝ってもらって助かったわ。後技術計算のコンピュータプログラミングの事はうちの子達は皆苦手だから瞳君手伝ってねーぇ、一,三〇〇,〇〇〇CR分」
 楠羽がそう言うと、瞳の首に手を回すが、それを見ていた蘭に軽く手をはたかれて止めた。

 その頃、少し離れたドックに入っている美奈子達のMMC号の船倉の一室では、無造作に置かれた盗聴器の受信機を前にして、エリーと雅美がメモを取りながら歓声を上げていた。
「社長!すごいじゃないっすかあ!相手の情報筒抜けになってますよ!」
「美奈子さん。お掃除一生懸命にしたかいがありましたねー」
 美奈子達が苦労して、カラカサ号のあちこちに取り付けた盗聴器からは、瞳と和美達が歩き回りながら話している内容が手に取る様に伝わってくる。
「ふ、ふん。パターン認識方法くらい、あたしだって、手段の一つとして考えては、いたわよ!」
 明らかに負け惜しみを言ってるというその言い方に、エリーと雅美が顔を合わせて笑う。そんな二人を無視するかの様に、美奈子はまほろを呼び寄せ話始めた。
「さてと、あいつらより先に手を打たないとね」
 美奈子のその言葉を聞いたエリーが話に割って入ってきた。
「社長!久々に作りますかあ!指向性特殊爆弾!今ならカラカサ号とクリスタルシュガー号のドックもわかってますし、試作したい爆薬とかもいくつかありますしぃ。
爆弾しかけて暫く向こうの足止めて時間稼いで、その間に…」
 メガネの奥に目を輝かせて話すエリーの頭を美奈子がこづく。
「いいかげん社長ってやめてくんない、やぼったいから本当!あたしたちはそんな野蛮な人種じゃないの!」
 そう言いながら美奈子は着ていたメイド服を乱暴に脱ぎ捨て、もはや男とは思えない見事な女体になった美奈子がブラとショーツ姿のまま、ドレッサールームへ向かった。
 当然雅美以外は美奈子とまほろが男である事なんて知る由も無い。その横で美奈子に話しかけるまほろ。
「相手の足を止めるより、自分の足を速めるのよ。相手は貴族みたいなもんだからさ、あたし達も相応な人種という事でさ」
 がっかりした様子で盗聴のレポート仕事に戻るエリーを横目で見つつ、まほろがユイを呼んだ。
「ユイ、頼んだ物出来てる?」
 何やらさっきから奥の小さなデザインルームみたいな所で何か作っていたユイが、何かを手にして入ってきた。
「こんなもんで、どうですかぁ」
 それを手に取ると、何箇所かを見つめたり、付いている蜜蝋と刻印とかを調べたりした後満足げに美奈子はそれを封筒に入れ、ショルダーバックに入れた。
「まほろ、行くわよ」
 先ほどのメイド服とは違い、ミニのスーツに念入りに化粧した二人がショルダーバックをひっかけて、MMC号のドックから出陣した。

Page Top