和美達がカラカサ号で騒いでいた丁度その頃、和美達のいるネティアの軌道ステーションの五つある貨物用のW二号ドックに一隻の艦が着艦しようとしていた。
和美達のカラカサより一回り大きいワープ三の少々古いタイプの汎用宇宙艦で大小様々な複雑な形をしたユニットがあちこち着いており、お世辞にもいい形とは言えない。
しかし船体は綺麗に磨かれており、艦首付近にはハートが三つ連なったペイントがなされていた。良く観るとM・M・Cの三つの文字をベースにしている事がわかる。
先に作業艇で到着したらしい一人の作業スーツ姿の女性が、既に空気の満たされた着艦ドック内の着艦スペースに先回りしていた。
東洋風の顔立ちに長い黒髪。オレンジ色の生地に所々白のストライプの女性用ワークスーツに、頭に白の可愛い女性用ヘッドセットマイクを付けた、プロポーションも良いその女性が、向かってくる自分の艦に向かって可愛い声でオーライオーライなんてやってる。
「美奈子!左五度回頭!…そのまま、あと三m、一m…OK!」
空気の抜ける音と共に船体の底から無数のアームと支柱が伸び、MMC号をドックにしっかり支えた。
程なくそこから降りてきた一人のピンクのスーツ姿の女性。先ほどの作業員と同じ黒く長い髪でプロポーションも似ている可愛い女性が指示を出していた女性と軽く手をタッチ。
何かがうまくいった時のパフォーマンスだろうか。
「まほろ、お疲れ。やっぱりあんたの誘導じゃないと安心できないわ」
「だって前みたいにさ、新人同様の基地専属の誘導員の変な奴に任せてさ、大事な機械壊されたら嫌じゃん」
まほろと呼ばれたその女性は、ドックの奥にいる数人の初老の男性作業員の方を向きながら不機嫌そうに言った。
その二人は、チームカラカサ同様に恒星間を渡り歩く宇宙仕事人でリーダーのA・美奈子とエンジニアのK・まほろ。
チームカラカサと違い、チーフアシスタントの雅美と呼ばれる女の子の他に数人の女性をアシスタントとして雇い、女の子ばっかりのコンサルタントチームを結成し、「美奈子・まほろ・コンサルティング」を略称として「MMC」と名乗り、結構派手に商売をやっているらしい。
チーフアシスタントの雅美が持ってきたパックのコーヒーを受け取り、集まってくるアシスタントに短く指示を出しながらドックの出口へ向かう二人。
「やったわね、今回のお仕事。どうしたの?暗い顔して」
「…う、うん」
エンジニアのまほろの問いかけに美奈子が少し顔を曇らせる。
「あ、あの件?プレゼンの事?大丈夫だよ。知ってるのはうちの雅美だけだし、全然普通に通せるでしょ?ばれた事もないし」
「いや、そうじゃない」
「どうしたのよ?今回だって競合とか言ってもうちだけでしょ?他にあんな仕事出来る女の子のチームなんていないしさ」
「…」
出口のハッチを出た時、他に聞いてる人がいないかどうか、あたりの様子を観た後、美奈子がまほろにそっと話する。
「サルベージ会社の奴らにそっと聞いたんだけどさ、どうやらもう一組いるらしいんだよ」
「えー?」
大声を上げるまほろに美奈子が指を唇に当てる。
「誰だよそいつら!」
それでも大声を上げるまほろの手を引き近くの物陰に引っ張り込んで美奈子は話を続ける。
「誰かは今調べてるけど、多分すぐにわかると思う。変わった艦持ってる奴等らしいから」
「変わったってどんな?」
「三つの船で構成されてるワープ②タイプの船」
「はあぁ…」
まほろが少し考えるそぶりを見せる
「あたし覚えがある。過去試作同然で何隻か売りに出されてた船体だ。ワープ一タイプ①の小型船三隻が合体してるんだけど、大きい奴を真ん中にして左右に少し小さい船がドッキングして船倉部分を共有して大型の荷物運べるって奴。
だけど、今ひとつ効率とかが良くなくて試作艦が売れた後、その後継タイプも出なくなった奴だ」
美奈子がそれを聞いて軽くうなづく。
「じゃあ持ち主わかるのも多分時間の問題だと思う。まあ、こっちはこっちで早く準備進めよう。どれくらいかかる?」
「前に使ってた機械そのまま引っこ抜いて積んできただけだよ。デモ用に使えるまでにするには地球時間で後二日…いや三日はかかるわよ」
「三日ね。わかった…」
話を止めた二人は軌道ステーションの地上へのエレベータへ向かっていく。
「あー早く地上のホテルのスイートに行って、シャワー浴びたいわ」
美奈子の言葉にまほろも同感らしく、嬉しそうにうなづいた。
スーパーキャンディーズの三人も美奈子達と同様。小汚い軌道ステーションの簡易ホテルを嫌い、地上のホテルに宿泊場所を確保していた。
最も美奈子達の様なスイートではなくノーマルではあったが。
その蘭・楠羽・美樹達の泊まっている地上のとあるホテルでは、カラカサ号から打ち合わせ場所をそこに移した三人と瞳が目の前にある小さなサンプル用のいくつかの塊を前にしていろいろと話をしていた。
白・褐色・黒などの塊は中に何が入っているかわかるサンプル用におのおの真っ二つに切断されており、その断面はまるで木の年輪みたいに無数の層が確認出来た。
「要は中に何が入ってるか事前に判ればいいんだろ。しかし、X線は受容体が必要だから小さな物体意外は無理だしな。とすると精度の弱い音波か磁力線しかねえなあ。
大まかに内容物の形はわかっても中身の材質とかはわからんぞ。あと何で色が物によって違ったりするんだろ」
瞳は中にコインが入っていた一つの塊を手にしながら続ける。
「こういう小さいものだと重さとかもヒントになるんだけど、大半はもっとでかくて岩盤とかにも癒着しているでかい奴だろ?まあ、はっきり言って…無理だな」
半ば諦めた様な表情をして、手に持ったサンプルをテーブルに置く瞳に、三人が非難の声をあびせる。
「瞳君!もうちょっと真面目に考えてよ!」
「和美にもうお金払っちゃったんだからさ!」
その声に瞳も困った顔をしながら再度サンプルを手に取る。
「そんな事言われてもさあ、難しいよこんなの。俺の持ってる磁力線と音波使ったレーダーユニット貸してやるから、それ深海探査機に装着して大まかに…」
「それじゃだめなの!中身がちゃんとわからなきゃ!」
蘭の大声に瞳は顔を歪めながらサンプルを手に取る。
「大体こんな難しい仕事なんでやろうとするんだよ。それに競合相手だっているんだろ?そいつらこういうの慣れてるんじゃねーの?」
少し怒った様子で蘭に返す。
「そりゃ、少し調べたわよ。女の子チームで過去こういう仕事過去にした人いるかどうか。でもいなかった。相手はわかんないけど、相手だってこういうの難しいと思う。それにさ、この商談が通ったら、次はもっとすごいお金になる様なお仕事もわってきそうな気がしてさ!だから瞳に頼んでるんじゃん。ちょっとインチキだけど。それに…」
「それに?」
「あたし達ここの星大好きだし。自然一杯だし、寂れた雰囲気も好きだし、ここで暫く仕事したいしさ」
楠羽が何かすねた様子で言う。
「そんなつまらん理由かよ」
ばかばかしいといった表情で瞳は再びその物体を見つめる。
(それ以外の方法となると…)
瞳はコインを包んでる真珠質の年輪みたいな模様と外の模様、そして色とかをじっと見つめている。
(あれでなんとかわかんねーかな)
瞳が悩んでいる時、
「瞳君!ちゃんと考えてる!?」
美樹が強引に瞳の横に座り、瞳の胸に軽くひじ鉄を食らわせた。その途端、
「痛っ!」
サンプルを手から落とし、胸を抱えて体を曲げる瞳。
「美樹!ちょっと何したの?」
「何って、ごめん瞳君、痛かった?だってそんなに強くしてない、軽く当てただけなのに」
瞳はまだじっと胸を押さえてソファーに座ったままうずくまる様にしている。と、蘭がはっと何かを気づいた様子。
「瞳君、ちょっと話したい事あるからこっち来て!」
ついてこようとする楠羽と美樹を手で制しながら瞳をバスルームへ引っ張り込んで戸を閉める蘭
「瞳君、胸見せて!」
「な、なんだいきなり」
「いいから早く!」
「バカ言うな、そんな恥ずか…」
「早く!」
小声で怒った様に言うと、蘭は強引に瞳のスーツの前のチャックを下ろしにかかる。
「いてっ!」
「ほら!いわんこっちゃない!」
瞳のスーツのチャックを腰までおろし、そして現れた緑のアンダーウェアをめくって胸を出す。その胸の様子を観た蘭は目を大きくした後、大きなため息をつく。
「やっぱり…」
思わず蘭は両手で瞳のスーツを握ったまま、目をつぶって瞳の肩に頭を当てた。瞳の胸は、蘭が十三歳の頃の胸と同じ状態になっていた。
「瞳君、悪いけど胸の女性化始まってる」
瞳のバストトップは普通の男性のそれより二倍程大きくなっていて、まだ小さいけど突起物がぴゅって形で飛び出ていた。只、当然何も対策していないので先端は赤くはれている。
瞳もこの悩み事を誰かに打ち明けた事で、精神的に落ち着いた様子だった。
「だから蘭、時々痛くて困ってるんだよ」
「そりゃあ、あたしだってこういう時痛かったよ。でもその頃からブラ付けたんだし」
「なんか方法無い?」
「…ブラか、ニプレスか」
「ブラは嫌だよ!」
「ニプレスなんて、そうそう売ってるもんじゃないし」
困った様子で蘭は瞳のアンダーウェアを元にしようとするが、その手を振り払い、瞳がスーツを元通りにする。瞳もこれにとっくに気がついて先日検査を受けたのだった。
「そんでさー、こんなになった俺の体に火に油注ぐ様な事をこれからさせようってんだ」
バスルームの洗面台に腰かけて瞳が意地悪そうに言う。
「だってさ、こんなになってるなんて知らなかったし。それに、それにさ、それとこれとは別じゃん!女装させたからって変化が加速するわけでもないしさ!」
必死で笑ってごまかそうとする蘭。でも瞳の耳には聞こえていない。瞳はもう既にさっきの変な物体の検証方法の検討に頭を切り替えていた。
「なあ瞳、うまくいくかどうかわかんねーけど、この星で一番頭のいい物理学者か数学者を探してくんねーか?チセにも言っとくけどさ」
一人カラカサに残った和美は、コックピット奥のソファーに座ったままぼんやりと今朝の事件の事を思い出していた。
男性が短時間のうちに女性に変化するなんて信じられなかったけど、偶然手に入れたこの装置は確かにそれをやってのけた。
装置というからにはそれを作った人がいるはず。もしや今朝の事件はこの装置を作った人間の仕業なのか?もしそうなら瞳を元に戻すのに辺境近くまで行かなくても何か方法が、しかし廃墟の工場の中でそれが出来るなんて、一体どうやって??
「何かの間違いかもしんねーしなあ…」
そう寂しそうに独り言を言う和美。それもそうだった。
今回三人娘が持ってきた仕事は今現在は和美は全く蚊帳の外。そして沙夜香が死んだ事もまだ忘れ切れていない。
和美はふとため息をつくと奥の飲料ケースを開け、保冷剤兼クッションになってる硬めのジェルみたいなものから地球産大衆スコッチHAIGのビンを引っこ抜いてキャップを開ける。
「これ、昔仕事がうまくいかないで貧乏していた時の唯一の楽しみだったなあ」
独り言みたいに言うと寂しさを紛らわす為にそれに口を付けた。
昔は大都市だったが、今は木々が茂りすっかり自然に戻った平原の小さな湖の傍にある雰囲気の良いホテル。
そのホテルのスイートルームては美奈子とまほろ、そしてチーフアシの雅美が、スーパーキャンディーズ三人組が持っていたサンプルと似た様な物を目の前にして、こちらもまたいろいろ対策を練っていた。
「やっぱり難しい?」
「これは特殊な光と音波を当てて、それの反射データを採取する機械なんだけど、あまりいい反応出ていないみたい。そういうのを嫌う物質なのかなあ。うーん…」
「誰か専門家に頼んでみる?」
「だめ!これはあたしの専門なんだし、他に頼んで分け前やるなんて絶対嫌!」
エンジニアのまほろとリーダーの美奈子がけんけんがくがくしている横で、雅美がまほろが持ち込んだ別の小型のテスト装置でサンプルをいろいろテスト中。
「形状とか材質までぴったり当てるなんて無理よ。それに世の中の物なんて精錬した金塊みたいな物でない限り、全て混じりけとかあるんだからね」
「それはライバルのグループにとっても同じ?」
「だと思うよ」
二人がソファーでため息ついていると、いろいろ調べていた雅美がそっと言う。
「相手の事調べておいた方がいいのでは?」
それを聞いた美奈子がはっと思い出した様に言う。
「そう、それを忘れていたわ。後で調査してみる。雅美、今日は疲れたから作業が終わったら他の娘とホテルでゆっくりしなさい」
「はい、美奈子さま、じゃお先に!」
雅美が嬉しそうに答え部屋から姿を消した。それを見届けるとまほろが美奈子に微笑みかける。
「ねえ、折角空気のいい所に来たんだし、今夜は久しぶりにゆっくりしない?」
「そうね、ワープ三の航海はちょっと疲れたし、積み込みとか結構大変だったしねぇ」
美奈子が目を細めて答える。
それから暫く後、カラカサ号のドックに近づく一人の娘、キャンディーズの末娘の美樹だった。
二人の姉と瞳との打ち合わせが一応終わり、瞳から借りたカードキーを使って入り口からカラカサ号のコックピットに入ると、ソファーの上では空いた酒ビンを手にした和美がぐったりしている。
「和美?和美起きてる?」
返事はない。
「まあいいや、起きてたらかえって面倒だし」
美樹はそう呟くとコックピットの近くの物置代わりの部屋に入りごそごそと何か探していた。
「これかぁ、へぇー、結構可愛いじゃん。あたしが貰っちゃおうかなあ」
そう言うと美樹は大きな手提げ袋を手に、和美を起こさぬ様にこっそりとカラカサ号を後にした。
他に蘭に言われた物を手に入れた美樹が再び宿泊地のホテルの自分達の部屋へ戻ってくると、蘭と楠羽が瞳と談笑する声が聞こえてくる。
「いや、たまには偉い奴をからかってやるのも面白いかななんてな、ははは」
「でもさ瞳君、そういうの昔嫌じゃなかった?女々しい男見たら腹が立つってさ」
「そうだけどさ、俺自身は女々しくないぜ。ちょっとばかり役者になるだけだしさ」
美樹は持ってきた物を胸元に抱えて心配そうにその光景を眺めている。
「蘭姉ちゃん、はいこれ」
「あ、美樹、ありがと。見つかった?」
「うん、あとブラはいいけどガードルのサイズなんてわかんなかったし適当にさ」
「いいのいいの、とりあえず試しだからさ」
嬉しそうに包みと紙袋を受け取る蘭に、美樹がちょっと意見する。
「ねえ、みんな本当にいいの?瞳君変な事になっちゃうかもよ。お姉ちゃんビジネスの事しか頭に無いみたいだし、瞳君だってさ、以前と絶対何か変わってるよ!姉ちゃんに聞いたけど、胸がなんかおかしな事になってるんでしょ?そのせいじゃないの?」
いきなりの美樹の言葉に蘭も楠羽もちょっと黙り込む。程なくして瞳が美樹の頭をそっと撫でながら喋る。
「美樹ちゃんごめんな、心配してくれてさ。でも心配しなくてもいいさ、いつまでたっても俺は俺だし。ちょっと芝居するだけだよ。いつか元通りになるさ」
「本当だよ!瞳君!」
三人娘に指示されながら女性物に下着を付ける瞳。只その姿は不思議に違和感はなかった。元々女の子みたいな顔立ちだし、三人娘も特に気持ち悪いという気も起きない。
「それじゃ、これ、和美君の宝物」
楠羽は恐る恐る美樹の持ってきた紙袋から、和美が沙夜香の為に調達したスチュワーデス用の衣装を取り出して瞳に渡す。
「これ、着るのか…」
ブラとショーツとガードル、そしてキャミを着込んだ瞳がその衣装を両手に持ってちょっとため息を付く。
「ていうか、女ってこんな恥ずかしい衣装良く着るなあ」
蘭も瞳の横に来てその衣装を興味深そうに手に取って眺める。
「和美にしてはいいデザインの物選んでるわね。よっぽど思い入れあったのかも」
前にいた美樹がその衣装を軽く手ではたく。
「男の子に気に入られる為にこういうの着るんだよ。男の瞳君にはわかんないでしょ。…わかってほしくもないけどっ」
美樹の言葉を聞きし、瞳は丁度お腹のあたりでセパレーツになっているその衣装の開いた部分を手で触る。
「やっぱりこれ着るの勇気いるぜ」
ちょっとためらっている瞳を蘭が少し興味有りげにせかす。
「へへーぇ、瞳君。恥ずかしかったらあたしと一緒にバスルーム行こうねー」
「お姉ちゃん!ずるい!」
バスルームでとうとう瞳は観念した様子でそのスーツのに足を通し、ノースリーブの袖を肩にかける。詰め物をしたブラの上をそのスーツが被うと、蘭が胸元をチェック。
「腕がやっぱり筋肉質だし、太ももがちょっと貧弱、でも仕方ないよね」
蘭がそう言うと、付属のミニのスカートを瞳に手渡す。
「やっぱり履くのか?」
「当然でしょ、前隠さなきゃいけないし」
蘭の指示に、生まれて初めてスーツの上からとは言えスカートを履く瞳だった。
全身女の子用のスチュワーデススーツに包まれた自分の姿を興味深げにバスルームの鏡に映してみる瞳。その開いているお腹の部分を見た蘭がはっとする。
「瞳君!」
「な、なんだ?何かおかしいところ」
蘭が近寄り、開いているスーツからヘソの周りを指でなぞる。
(腹筋が消えてる、それに、この皮膚って、女の感覚)
「どうかしたか?」
「ううん、なんでもない…」
何か気になった瞳の問いに、蘭は何事もなかった様に答える。
キャンディーズと瞳の滞在しているホテルからそんなに離れていない、とある湖の湖畔に立つホテルのスイートの一室では、ホテルのパーサーに運ばせた荷物から旧式の一台のノートPCを探し出し、テーブルに置き何やら始める美奈子の姿が有った。
「チセ、久しぶりね。元気かしら?」
そう呟き、口に微かな笑みを浮かべながら美奈子はキーボードを操作し始めた。
「しかし、チセちゃん。今日はどこにいるのかしらねーぇ」
美奈子が独り言を続ける。
仕事柄誰も居場所を知らない、いや時々場所を変え絶対に居場所を知らせないチセ。
実は今は某惑星の場末の中華料理屋の二階にパーソナルワーキングルームを形成していた。
すえた臭いと工場の騒音、杭打ち機の音の中、先ほどの和美達のやりとりの後、情報提供を二件、トレードを一件済ませ、また再び空腹を覚えた彼女。
(さっきのラーメン美味しかったなあ)
なんて思いながら今度は夕食にと階下の中華料理店にチャーハンの出前を頼み、さあ食べようとした所でコールサインが鳴る。
「ああもう、何で今日みんなメシ時の邪魔ばっかりすんの!」
そう呟いた後でチセはパソコンを操作しディスプレイを見る。と、何か考え込む素振りを見せた。
「随分昔のIDじゃん、誰だろ?」
少なくとも数年はそのIDからのアクセスは無い。チセはキーボードを操作し、ライブモードに切り替えた。
「だーれー?随分久しぶりじゃない?あれ?知らない顔だしぃ」
「はあいー、チセちゃんおひさしぶり」
「あんた誰よ?」
そして相手と二、三言会話したチセ、とその顔がみるみる驚きの表情に変わる。
「あ、あんただったの!?」
その相手はチセに微笑みかけた。ディプレイに映った相手は他に誰でもない美奈子である。
「チセちゃん。久しぶりのお願い聞いてくれる?ほら昔三機合体型の貨物船が試作で売りに出されてたじゃん?そんなに台数ないと思うんだけど、今それ使ってるワークスの名前とか教えてくんないかなあ?五〇,〇〇〇Crでどう?」
チセはその答えの一つを十分知っていた。まぎれもないスーパーキャンディーズが使っているあの「クリスタルシュガー」号。
そう、チセの大好きな瞳君にいつもちょっかいを出しているあの三人組。別にチセにとってはお得意様でもあったし別に好き嫌いもなかったが、今日散々食事を邪魔された事と、今朝瞳にべたべたしていた蘭の事もあり、チセはちょっと意地悪してやろうと思ってたりする。
「調べるまでもないわよ、丁度今この星に一隻入ってる。あんたの欲しい情報ってそれじゃない?」
「へえ、そうだったの!?」
「何に使うの?この情報」
「うん?いや、ちょっと調べたい事有ってねーぇ」
「表向きの物だけでいい?」
「いいよぉ、詳しい事はこっちでまた調べるから」
「はい、データこれ。表向きのばっかだからお金いらない」
「ありがとーん」
チセが送ったデータを興味深く眺める美奈子の姿をモニターで見るチセがふと問いかける。
「で、なんでそんな格好してるの?」
「え、だってこの方が仕事しやすいじゃん。え、ねえチセ、これだけ?他に無いの?」
チセのデータを見てちょっと変に思った美奈子が不満そうに言う。
「表向きのはこれだけ。他にこういうの欲しかったら有料になるから連絡頂戴ね」
「…わかった、さんきゅー」
一方的に通信を切る美奈子。それを確認してチセも椅子にゆったり座り直して、出前のチャーハンを手に取ながら呟く。
「どーなっちゃってるの?最近のあたしのまわりは!?」
ホテルのスイートルームでまだ何やらパソコンに向かって調べ物している美奈子の横に、可愛いネグリジェ姿になったまほろが近づく。
「美奈子、えらく頑張ってるじゃん。何かわかった?」
美奈子の肩ごしにPCを覗き込むまほろに顔をくっつける様にして美奈子が答える。
「ていうか、只の輸送屋じゃんこの三人。なんであたし達の縄張りに首突っ込んでくるのかわかんない」
「強いパートナーが付いたんじゃないの?」
「そこまではわかんないわよ。あら、今日も可愛いじゃん」
美奈子はふとノートPCを閉じ、その手でまほろの顔をすっと撫で、そのまままほろの胸にそっと触れる。だが、まほろの胸の部分にはあるはずの膨らみがなかった。
「まほろもあたしみたいに胸膨らませればいのに」
美奈子はそう言うと着ていたスーツの上着を脱ぐ。白のブラウスに包まれたその胸元にはブラに包まれた大きな膨らみが有った。
「だめ、あたしは技術屋なんだから、女性ホルモンは計算能力鈍らせるからね。あんたこそさ、最近天然ボケ増えてるよ。ホル止めてあたしみたいにうまく体ごまかせば?」
「嫌よ、もうどうせ男には戻れないんだし。この方が仕事しやすいしね。元々仕事しやすい様にこんな体にしたんだけどさ、面白いわよ、バカな男を身につけた女の武器で騙したり操ったりさ!」
二人は微笑んだままお互いを見つめあう。数年前までは普通の男性だった二人だが、今の二人はどう見ても普通のキャリアウーマンっぽい容姿。
この秘密は、美奈子達が仕事を始めた男性時代の時から一緒に仕事しているチーフアシスタントの雅美しか知らない事だった。
「ねえ、久しぶりに気分ださない?ここんとこ忙しかったからさ」
「え、じゃ後でさ」
「だめ!今すぐ!」
まほろに襲い掛かった美奈子はそのまままほろ共々傍のダブルベッドに倒れむ。
「待って、雅美に一つだけ指示しとくから」
ベッドでまほろに絡まれつつ、美奈子はチーフアシの雅美に何やら秘密めいた指示を出した後、嬉しそうにベッドに転がり込んだ。
今深夜の何時位だろうか?カラカサ号の居住区で、酔っ払って寝ている和美の耳に何やら声が聞こえた。
「和美さん…」
安物スコッチを手にだらしなく寝ていた和美はその声で目を覚ます。
「和美さん」
酒で充血した目を指でこする和美。だんだんはっきりしてくる和美の目は、前に立っている人物を見た瞬間大きく見開かれた。
「沙夜香…?」
かって沙夜香用に買った女性客室クルー用の衣装を身につけた沙夜香が微笑んでいた。
「お、お前、どうして…」
「和美さま、お久しぶりです。あ、あたしの事は心配しないでください。ちゃんとあちらでも毎日ケーキ焼いてて、楽しいですから」
「んなこと言ったって、死んじまったら」
「あら、大丈夫ですよ、あたしはいつも和美さんの心の中にいますから。あ、お会いできただけで嬉しいです。それじゃ」
和美の目には、笑顔を振りまきながら立ち去ろうとする沙夜香の姿が映った。
「沙夜香!行くな!この艦にいてくれ!」
「わ!バカ!俺だ!瞳だ!やめろ!」
和美を驚かせてやろうと蘭に化粧をしてもらい、和美の買ったスチュワーデス服を着込んで蘭、楠羽、美樹と一緒にこっそりとカラカサに忍び込んだ瞳だったが、酔って寝ていた和美と目が合った途端思いっきり抱きしめられた瞳だった。
「沙夜香!なんで死んじまったんだよ!」
「だから、和美、俺だって!い、痛いよ!」
胸のあたりを和美にかなりきつく抱きしめられた瞳だったが、バストトップに今までに無い痛みが有った。
「い、いてて!」
引き離そうにも酔った和美はなかなか離れない。
「和美!何やってんのよ!目覚ましなさいよ!」
蘭も和美に手をかけて引き離そうとした時、
「ドス!ドス!」
数発の鈍い音と同時に瞳は和美から開放され、和美が床に倒れる。その傍らには瞳の服の入った大きなスポーツバッグを持った美樹が息をきらしていた。
「だめだこりゃ、こいつ(和美)は当分使い物にならんわ」
蘭が手を腰にやって吐き捨てる様に言う。
「お、おい、それで殴ったのかよ。和美大丈夫か?」
まだ痛むのか、瞳が胸のあたりを手で押さえながら、しやがみこんで和美の様子を見る。
「痛えなあ、しかし、俺ブラつけてなかったらもっと痛んだかも」
気を失っているのか再び眠っているのか、倒れている和美を抱え起こしているスチュワーデスの衣装を着た瞳。と、楠羽が彼の背中に浮き出ているブラのホックをすっとなぞった。
「わ!」
和美の手を肩にかけたまま瞳が変な声を上げる。
「ねえ、瞳。あんたブラ必要な体になったんだよ。お仕事にも支障出るしさ、あきらめてずっとブラ付けたら?」
楠羽が少し哀れみをこめた様子で瞳に話す。
「俺は絶対嫌だ。あっつ…」
重い和美を肩に手をかけ、やっとの事でソファーに寝かせた瞳だが、はずみで和美の手が瞳の胸に強く当たった。
「ねえ、瞳。あたしが言うのもなんだけどさ、今の瞳君みたいな容姿の女の子、普通にいるよ」
そう言うと蘭はスチュワーデス姿の瞳を、コックピット奥の強化プラスチックの大きな窓の前に連れて行った。夕闇の背景をバックに映し出されたその姿は、どことなくボーイッシュだけど、普通に若い女性パーサーだった。
「体型はさっき型を取った補正パットでごまかせるしさ、それに化粧の乗りがすごくいいから、ていうか、皮膚の触感変わってるせいだと思うけどさ、もっとちゃんと化粧すれば…。そのさ、あんまりいい事じゃないと思うんだけど」
瞳は何も言わず、映っている自分の姿を只じっと見つめているだけだった。と
「まあ、なんとかなりそうだな。おまえらの計画とやらの成功にさ」
瞳は何故か上機嫌そうに軽くスキップしながら寝ている和美の横に行く。
「おーい、和美。そんな所で寝てると風邪ひく…」
とその時、
「あ、あたしの瞳君が、女やってるーーー!」
いきなりチセの声が響き渡り、みんながびっくりしてモニターを観ると、眼鏡の奥に少し潤ませた目のチセが、悲しそうにこちらをみていた。
「こら、チセ、僕通信回線開いた覚えないぞ!」
「瞳君が、僕、なんて言ってるぅーーーー!」
「え、僕、いや、俺…、あれ、なんでだろ。どうでもいいから!くそっ、お前、ハッキングしてコントロール奪ってるだろ!?通信ソフト最新の奴にバージョンUPしとこう。んで、何だよ!」
「何だよって何よ!さっきこの星で一番の数学・物理学者探せって言ってたでしょ」
瞳とチセのやりとりを聞いていた蘭がぼそっと呟く。
「あ、瞳君の化粧とか、体型補正のパットとかですっかり忘れてた…」
ちょっと気後れした蘭が、モニターからチセの顔を覗き込む。
「は、はあい、チセちゃん。何かわかった?」
「またあんたね!瞳にこんな格好させたのあんたでしょ!」
「あんたって、何よ!最近よく絡んでくるじゃない!そんなに瞳君の事が好きなの!?そんなに好きなんだったら一度くらいあたし達の前に姿見せなさいよ!いっつもいっつもモニターの奥から…」
チセと蘭が一触即発状態になっているのをあわてて瞳が止めるため、コックピットに座り、回線を自分席の横のモニターに切り替える。
「チセ、ごめんごめん。何かわかった?」
「瞳君…、頼むから女になんかなんないでね」
「わかったから、何かわかった?」
「いたわよ。さすが偏屈インテリの巣窟の星ネティアよね。ケネス・オードリー君。ネティア王立学習院計数物理フロア在学中よ」
瞳の表情が明るくなる。
「へええ、いるんだ。天才なの?」
「すごいわよ。若干一六歳。両親そろって物理学者。一二歳で飛び級で高等部卒業。一三歳でいわば大学入学。一五歳で大学卒業。今年から今のとこ。地球の日本で言うと、東京大学大学院とてこかしらね」
キャンディーズの三人が黙って顔を見合わせ、楠羽が手を胸元でオーバーに広げて(たまんない)という表情をする。
「すごいじゃん。非の打ち所無い奴じゃねーか」
「学歴上はね」
「え、何かおかしな所有るのか?」
興味深く聞く瞳に、モニター上のチセがふっとため息をつく。
「軍事・SF・宇宙・乗り物・アニメ・特撮に関して、超がつくくらいのオタク体質」
「お、おたくーーーぅ?」
キャンディーズの三人がほぼ同時に声を上げる。
「まあ、無数の数学・物理の公式を覚えて整理する仕組みが頭の中に出来上がっててさ、それを利用してオタク知識を詰め込むものだから、たいしたものらしいよ。最もこんな事公式には発表されてないけどね」
それを聞いた瞳がふーっと大きなため息を付く。
「そういうのに仕事手伝ってくれって頼むのか。僕には出来そうもにいなあ」
「だから瞳君!自分の事僕って言うのやめてーっ」
「いいじゃん、どっちだってさ」
悲鳴を上げるチセを瞳が軽く流す。と、突然、
「瞳、お前なんて格好してんだよ」
皆が声の方向を向くと、さつきの騒ぎで気がついたんだろうか、いつの間にかソファーの上で和美が起き上がって、目と頭に手を当てている。
「何言ってんのよ、さっきあんた寝ぼけて、沙夜香!なんて言いながら瞳に抱きついてたんだよ!」
「え、俺が?いや、なんか夢に沙夜香で出てきてさ、それで」
「もういいから、あんたそこで寝てなさい!」
「なんか頭痛ぇなあ、なんでだろ、飲みすぎたか」
楠羽と和美のやりとりを聞きつつ、瞳はコックピットから立ち上がり、和美の前に立つ。
「な、なあ、和美。僕、すごい格好してると思うんだけど、特にに気にならないのか?」
「ううん?」
ずきずきする頭に手を当てながら、和美は前に立っている瞳を見る。
「瞳、なんか立ちポーズ意識してるのか?」
「いや、そんなつもりは」
「内股だし、さっき背中ちらっと見たけどお前ブラ付けてるだろ。それにへその周りの腹筋どこに消えたんだよ」
「え、あっ」
和美にそう言われてあたふたする瞳に和美が続ける。
「むさい男がやるならともかくさ、まあ、別に変じゃないからいいよ。只さ、お前そういうの、昔すごく嫌ってなかったか?」
「あ、いや、その、仕事だし、これで一,三〇〇,〇〇〇Cr貰えるなら」
「お前さえ嫌じゃないならいいんじゃないか?但し癖にだけはなんないでくれよ」
「あ、僕もそのあたりは」
「いつから僕になったんだ?俺ってのはやめたのか?」
すっかり言葉を失ってしまった瞳だが、和美が特に気にしていない様子に一安心した様子。
「あ、ところでさ、その変な物理学者とやらに仕事の協力依頼するんだろ?明日俺が会ってきてやるよ」
「え、和美、頼まれてくれるか?」
「大丈夫だよ。俺仕事柄いろんなタイプの奴に会ってるからさ。まずは話してみるわ。チセ、そいつの住んでる所の情報送っておいてくれ。そんで、俺先に軌道ステーションの安ホテルの部屋に行く。もう今日疲れた。寝直すわ」
大きなあくびをしてカラカサを出て行く和美を瞳達が見送ると、蘭は少し意地悪な目で瞳を見つめた。
「よかったじゃん。和美もとりあえずOKしてくれたし、瞳君、最後の仕上げにはいろ」
「こら、あんたら、これ以上瞳君にいたずらするな…」
蘭は、チセが何か悪態をついている表情が映っているモニターの電源をパチっと切ると、瞳を促す様に外へ出た。
翌朝、予約してあった部屋で目を覚ます和美。しかし、瞳は帰ってきた様子が無い。
「何やってんだよ、瞳の奴」
そう呟きながら和美はブラインドを開け、青く光るネティアの青い海にしばしみとれつつ、ニュースを観る為に部屋の多機能端末のスイッチを入れる。
そして一つのニュースが和美の目を引いた。
「昨日不明の少年二人と身元不明の二人の少女は、精神鑑定と身体検査の結果、同一人物と判明…、但し、身体は完全に性別変化…。全身黒づくめの女性が関与…、なんだこれ?じゃひょっとしてあの装置作った奴と関連大有りなのか?」
どうせ何かの間違いだと思っていた和美だが、こういう事なら調べてみる必要がある。うまくいけば瞳の体を早く元に戻せるかもしれない。と、関連して別の記事が有った。
「コートデリュー地区にて、再び一人が被害。学校帰りの初等学生って、コートデリュー地区って、今俺のいるこの星の軌道ステーションと地上連絡口の有る所じゃんか!」
ばたばたと端末の置いてある机の傍の椅子から立ち上がり、和美はキャンディーズの三人と瞳に携帯端末で連絡を取ろうとするが、全員連絡がつかない。
「全く、あいつら何やってんだか!」
和美はそう言うと、端末のモードをデータ通信モードに切り替えると、律儀なチセからの例のおかしな物理学者の連絡先が入っていた。
「仕方ねえ、まずはこっちから片付けるか」
和美は格納庫から自動で送られてきたトランクの中から簡単なスーツを取り出し、大急ぎで着替えてホテルの部屋を出た。
地上ステーションから軌道モノレールで役一時間。美奈子達の滞在しているホテル横の湖とは比べ物にならない程美しい湖の湖畔に建つ、小さいがイギリスの古城を模した建物に彼は住んでいた。
若干一六歳ながら、この星の最高学府に在学中の数学・物理の天才、ケネス・オードリー君。彼と身の回りの世話をする執事と家政婦、そして資料収集と整理スタッフ数人がその住居にはいた。
「おはようございます、ケネス坊ちゃま。お目覚めでございますか?朝食をお持ち致しました」
執事がノックをして入ると、既にケネスはデスクに向かってなにやら作業中の様子。
「もうお目覚めでございましたか。すぐに今日の主なニュースを纏めさせて運ばせます。何のお仕事でございますか?本日の定例物理学…」
朝食と紅茶を手にした執事の顔が、少し曇る。
「おぼっちゃま。また地球のアニメーションの評論か何かですか。お坊ちゃまはもはや只の学生さんではございませんで、この星の未来を背負って立つ…」
「じい、いいんだよ。定例物理学の今月のレポートなんてとっくに済ませたよ。それよりみてくれよ、あのマモル・オシイが一〇年の沈黙を破ってまた映画を出すらしいんだ。もうじいより年寄りだと思うぜ。友達から製作情報と絡んでるスタッフのリストが来たから読んで整理してたんだよ。過去何を作った奴らが関わっているのか」
「じいには坊ちゃんの好きなそういうたぐいの映画についてはわかりませぬが、もう少し大人になって頂ければと」
「じい、よせよ。僕はまだ一六歳だぜ。こういうのを沢山観たい年頃なんだからさ」
「左様でございましたな。まあ、ご両親には良しなに申し上げておきます」
「じい、頼むよ。くれぐれもちゃんと研究やってるってね」
「かしこまりました」
一礼をして部屋から出て行く執事を見送り、ケネスは大きくあくびをする。
「全く、変な事やって変な所に入ってしまったから、忙しくてなんにもできないよ。物理学なんてもうやめたほうがいいかなあ」
そういいつつ彼は、地球の古典的名作とされる「宇宙戦艦ヤマトシリーズ」のメモリカードを傍らの小さな機械に入れ、大きなプロジェクターを開け、古典的名作のオープニング映像にしばし悦に浸る。
「その昔、こういうのは人が全て手書きで書いてたし、音楽も二〇種類以上の音の鳴る器具を五〇人位で鳴らしていたんだよね。贅沢な映画だよ」
一六歳とは思えない古典的な趣味であったが、彼の座っているプロジェクター前の椅子の傍らの机上には、改良型のワープ航法とか、クエーサーとブラックホールの相関関係等、先端技術の難しい本が無造作に置かれていた。
「今日の定例はワープ航法の改良ね。基礎の何たらもわからない大人達に教えるのは本当に…」
とその時、再びノックの音が聞こえる。答えるとさっきの執事が今朝のニュースの資料のいくつかと携帯フィルムファイルを持たせて入ってきた。
「おぼっちゃま」
「もういい加減ぼっちゃまはやめてくれないかな」
「はあ、そうでございますか。ではケネスさま」
「うん、それでいいよ」
「それでは、ケネスさま。先程一人お仕事のお話とかで予約も無しに来られた方がいまして、まずはちゃんと私を通してと」
「またなの?もうこんな朝からうんざりだよ。帰ってもらってくれないか?」
「は、既にその様にしております」
ケネスはメイドから資料を受け取り、新しい紅茶を片手に目を通しながら答える。
「ありがとう。一日一回は絶対そういうのが来るからね。絶対入れちゃだめだよ」
「はい、その様に心得ております」
執事は軽く彼にお辞儀をした。
「会わせてくれる位いいじゃねーかよ!」
ちょっと可愛いメイド二人を脇に控えさせた、熊みたいな巨漢のメイドに腕をがっしり掴まれた和美が大声で悪態をついている。
「ここをどなたの邸宅と心得ますか!王立学習院助教授の!」
「ケネスなんとかさんだろ?知ってるよ。話聞くぐらいいいだろ?」
「お話したいなら私どもの執事を通して頂くか、王立院に直接行ってくださいまし。もっともあなたみたいな薄汚い身なりで通してくれるかわかりませんが!とりゃあああ!」
ゴミ袋でも捨てるかの様に門の外に放り出された和美の頭に和美の持ってきたショルダーバックが当たる。
「おぼえてやがれクソメイド!」
「なんですと!!」
怒って飛び出てきた巨漢メイドから逃げる様に和美はその場を後にした。
それを物陰で携帯電話を操作するふりをして一部始終見ていた女子高校生の制服を着た少女、いや実はMMCのチーフアシの雅美だった。
実は彼女、元陸軍特殊部隊だけど事情有って退役。
かって美奈子とまほろがMMCを立ち上げた直後、食うに困って彼女達の事務所に泥棒に入った事をきっかけにスカウトされただけあって、変装とスパイ活動はお手の物である。
「今朝、キャンディーズの様子を探る様に言われたけどさ、いつまでたってもホテルから出てこないのよね。
んで、仲の良いカラカサというワークグループが絡んでそうだって聞いたけど、軌道ステーションから遠出しきたのはその中でこいつ一人。何かやるんじゃないかって尾行したらビンゴだったわ。でもこの物理学者に何を頼もうとしてんのかしら」
ぼそぼそと独り言を言いながら、雅美は美奈子に連絡を入れ始めた。