メタモルフォーゼ

(40) 「美咲先生、お幸せに」

それからまたたく間に三ヶ月がすぎた、春休みの四月初旬のある日…
「カラーーン、カラーーン…」
 幻想的な鐘の音が鳴り響く都内の某結婚式場のチャペルの扉から、色とりどりのフォーマルウェアに身を包んだ男女が一斉に飛び出してくる。そして扉の脇に寄った時、
「ヒャッホーーーーーー!!!!」
 大声で獣の様な声を上げた白のタキシード姿のがっしりした体格のひげもじゃの若い男性が、ウェディングドレスに身を包んだ眼鏡をかけた新婦さんを両腕に抱えて出てきた。
「三宅さん!美咲先生!!おめでとう!!」
「ご結婚おめでとうございまーーーす!!」
「美咲先生綺麗!!」
 口々にお祝いの言葉を二人にかけるのは、そう、今やすっかり女になったあたしたち九人の元男の子達。
「そおれっ!!!」
「キャッ」
 あごひげに白いタキシード姿の野獣はそう叫ぶと、再び手にブーケを持った真っ白に美咲先生を再び空中に放り投げ、キャッチ。と、扉の前では別のグループが一斉に声を上げた。
「逆玉!!」
「逆玉野郎!!」
「おめーにゃもったいねえ!俺によこせ!!」
「三宅さーん!あたしとフィジー行く話どうなったのーー!!」
 口々にそう言いながらライスシャワーを二人に浴びせる人々。それはカメラマンの三宅さんの仕事仲間たち。さすがにカメラマン、雑誌編集、広告会社等、業界の人々らしく、一応フォーマルなんだけど、変わったデザインの服を着た人ばっかりだった。
「みんな、ありがと、本当にありがとね」
 白いひげもじゃの野獣にしっかり抱きかかえられた美咲先生が、指で目を拭った。

 この春休みはみんなにとって嬉しくて幸せになった人ばかり。
「純、あんたまだそんな格好してるの?まあ、似合ってるからいいんだけど」
 暫く会えないと思ってた純ちゃんが、いきなり決まった美咲先生と三宅さんの結婚式の為に急遽来日。すっごく嬉しいんだけど…、あたしの彼氏の純ちゃんは、なんと香港のハイスクールの女子高校生姿で結婚式に参列!なんでも次の映画の一シーンで、スパイ役の純ちゃんが女子高校生に扮して学校を詮索するシーンがあるらしい。その時の衣装が気に入ったらしく、今日そんな格好してきたんだって。
「いいじゃない。誰も怪しむ人いなかったし、ゆっこより可愛いし」
 そんな純にあたしは強くひじ鉄をいれておいた。でも、でも、なんでそう自然に溶け込んじゃうの?誰か一人くらい怪しむ人…いないか。こんなに可愛いんだもん。
 そして、抱きかかえられている美咲先生とかわるがわる握手する、髪の長い四人の同じ女子高生の制服の女の子達。それは、あの秘密の儀式も無事に終え、二週間前に卵巣移植を終えて、昨日退院したばかりの久保田雅美ちゃん、そしてあきちゃん、ゆうちゃん、みきちゃんの四人。もうその効果が出てきたのか、三ヶ月前のあのパーティーの時よりもみんな色白になりふっくらして、胸元にも自然な膨らみが出来ていて、短いスカートから伸びる足は、元気そうな普通の女の子の足そのものだった。
 四人とも今まいちゃんと陽子ちゃんの通っている高校に、もうすぐ通うんだって。がんばってね。本当の女の子修行って、女の子達の中に放り込まれた時から始まるんだよ。
パーティードレス姿の陽子ちゃんと真琴ちゃんは、三宅さんの仕事仲間に捕まって、なんかちやほやされている。二人とも久保田さん達四人と同じ時に子宮移植がほどこされ、そして、あの不思議なゼリーみたいな物も股間にしっかり貼り付けられた。
 もう二度と男の子に後戻りできない体になり、いよいよヒップが大きくなっていく頃だと思う。陽子ちゃんはともかく、真琴ちゃんは変化し始めた腰にちょっと違和感感じてるのと、体的には普通の女の子と同じになった感覚からか、前よりはちょっとおしとやかに振舞っていた。
「ゆっこ、何じっと見てるのよ。もっとお祝いしてあげようよ!」
そうまいちゃんにせかされ、ミニのスーツ姿のあたしとともこちゃん、そしてまいちゃんは再び幸せな二人の下に駆け寄る。と、
「ほら、あんたたち、これ作ってあげたから、二人にふりかけてあげなさい」
 あたしたち三人を薄いクリーム色のスーツ姿の河合さんが呼びとめ、小さな籠を渡してくれる。
「わー、これ、いいんじゃない?」
 ともこちゃんが思わず声を上げる。その籠の中に入ってたのは、赤、ピンク、白の色とりどりの花びら。そういえば河合さん、この四月からフラワーショップ「Lovery」も開く事になるんだよね。ともこちゃんも、まいちゃんも、あのパーティーの後、無事に初潮が来て、おとなのオンナの仲間入りしたばかり。
 もう誰もかれもみーんなハッピーになって、本当に、本当によかった。あれ…一人だけそうじゃない人が…。

「ゆっこ、ほら…あれ…」
 ともこちゃんが教会の中を顔で指し示すと、さっき結婚式のあったチャペルのがらーんとした中の前の方の席に座ったまま、後ろ向きで背もたれに首を置いたゆり先生が恨めしそうにこちらをじーっと眺めていた。
「怖い…、背もたれに生首が乗ってるみたい…」
 まいちゃんがちょっと笑いながら怖がるふりをする。あたしはちょっとゆり先生が気になって、教会の中へ入っていく。その間中ゆり先生はそのままの姿で微動だにしなかった。
「あ、あの、ゆり先生…」
「……」
「あの、折角の美咲先生の結婚式なんだから…」
「…るさーい…」
 やっとゆり先生がそのままの表情で口を開いてくれた。
「ほら、そろそろブーケ投げ始まるよ」
「………」
「あのね、ゆり先生。本当は喜んであげるつもりなんでしょ。ほら一番先生のお気に入りのスーツ着てるし、ちゃんと花束用意してるし…」
「…ほっとけー…」
 ゆり先生はあいかわらず恨めしそうな顔で、みんなの騒いでるチャペルの扉の方を遠い目で眺めている。
「ほら!ゆり、ゆっこちゃん!ブーケ投げ始めるよ!」
 やっと白い野獣から開放された美咲先生が教会の中に向かって叫ぶ。仕方なしにあたしがその場を離れようとした時、
「…あいつめ、何が結婚する時はいっしょにね、だ、ばーろぉ…」
 あいかわらずその姿勢で悪態をつくゆり先生。初めて聞くゆり先生の乱暴な言葉に、なんとなく怒っている理由があたしにはわかってきた。あたしはその足ではしゃいでいる美咲先生にそっと耳打ちをする。と美咲先生はちょっとおどおどした表情になった。
「あ、あのね、みんな、ブーケ投げチャペルの中でやろう、ほら、あたしも恥ずかしいしさ、こんなこと」
 そういうとウェディングドレスを片手でつまみ、走りにくそうに駆け足で教会の中に入って、ゆり先生の近くに行く美咲先生。たちまちその場は女の子達でいっぱいになった。
「じゃ、投げるよ、ほらみんなしっかり受け止めるのよ。いい?ほら、ゆり聞いてる?ちゃんと受け取るのよ、いいわね?、はいっ」
 三宅さん側の人もなんとなしにその雰囲気がわかっていたみたい。美咲先生が高く投げたブーケは、誰にも取られる事もなく、さっきから目線と姿勢をくずさないゆり先生の頭に当たってそのまま床に落ちた。
「あ…失敗しちゃったぁ…ははは」
 美咲先生はバツが悪そうに笑うと、ゆり先生の目線をそらそうとチャペルの祭壇の方へ移動しはじめる。と、今まで微動だにしなかったゆり先生の目が、祭壇の前に行く美咲先生を追い、そして今度は前に向き直り、前の席の背もたれに両腕を置き、うらめしそうな視線をした顔をその上に置く。
「あ、ほら、ゆり先生が動いた…」
 ちょっと引きつった笑顔と声のともこちゃん。美咲先生もそんなゆり先生に睨まれてたじたじとなっている様子。
「はい…これあげる」
 ちょっと乱暴にそう言うと、ゆり先生は小さな花束を美咲先生になげてよこした。
「あ、あのゆり、ありがとう。ほらちゃんと花束持ってきてくれてるじゃん。ちょっと、小さめだけど」
 受け取った花束を両手に大事そうに持って、その香りを楽しむ様にしている美咲先生。
「うん、今朝開店準備中のラブリィに行ってさ、美咲先生にあげるから、いちばん・や・す・い・の!見繕ってって河合さんに言ったの」
 後ろの方で河合さんがちょっと吹き出して笑っていた。ゆり先生、それ絶対嘘だよね。花束こそ小さいけど、その中にはちゃーんと美咲先生の大好きな花が二本ずつ、五種類入ってるんだもん。ゆり先生の嫉妬の分花束が小さくなってるけどね。
「こっちは研究で忙しいし、手伝って欲しいくらいだったけど、今回四人受け持ってたんだもんね。そっちも忙しいんだろうと思ってたけど、まさか男作って遊んでたとはねーぇ」
 目線をあらぬ方向へ向け、悔しそうに、そして意地悪そうに言うゆり先生。
「あ、あの…」
 美咲先生が本気でおろおろし始めた時、
「いや、あの、早乙女先生違うんですよ!」
 異様な雰囲気を察して、チャペルの中に走りこんできた新郎の三宅さんが、ゆり先生の言葉を聞いて声を上げる。
「その、実はあゆみ(美咲)とは二回目のヨットの取材の後からお付き合いしてましてね、只、あゆみが何か委託の女子学生寮の管理と医学研究みたいなので忙しくて、それで俺も撮影の仕事で忙しくて、本当ほとんど会えなかったんすよ」
 美咲先生の横にべったり付いてかばう様に三宅さんが話し始めたる。
「だから、なるべく少しでもいいから会う時間作って、そして短い時間利用して本当思いっきり遊ぶというのが暫く続いて、その…そしてこうなったというか…」
 最後の方は三宅さんもちょっとバツが悪いのか頭をポリポリ掻きながら小声になる。
「委託女子学生寮の管理だって、ふふっ三宅さんまだ気づいてないみたいね」
 ともこちゃんがいきなりあたしの肩にあごを乗せてひそひそ喋る。
「あたしもね、去年のあの時、なーんか怪しいなって思ってたけど、まさかこんなに早く結婚するなんてねー」
 独り言のようにつぶやくともこちゃんの頬と髪をそっと撫でると、
「にゃん!」
 とさけんで、彼女はあたしの肩から顔をどけた。
「あ、あのさ、あたしもね。急にアメリカに行けって言われてさ、心細かったのよ。迷子になった事も有ったし、それでさ、三宅さんに一緒についていってもらおうってさ」
 そう弁解する美咲先生の腰を三宅さんがしっかりと抱いていた。
「みせつけやがってぇ…」
 再び二人を睨みつけるゆり先生に新婚の二人は再びひきつった様子でただ笑っていた。
「ねえ、新婚旅行どこいくの?」
 まいちゃんが咄嗟に話題を変えようとして二人に聞く。
「あ、あのね、セイシェル諸島に行くの。すっごくいいところよ」
「えーーー!」
「すごーい…」
 あたしたちと共に、三宅さんのお友達の女の子達からも歓声があがる。いいなあ、地球最後の楽園じゃん…。
「渡航制限あるところなんだけど、あゆみの親父さんに手続きから費用から何もかもやってもらって。でもさ、うちのチーフが、めったに行けない所だから仕事も兼ねて、写真集用の写真撮ってこいってさ。聞いてよ、聞いてくれよみんな!新婚旅行のはずなのに半分仕事だぜ!」
 大げさに三宅さんがみんなに訴える。
「あたりめーだ!お前みたいな逆玉野郎にいい思いばっかりされてたまるかよ!!」
 後ろにいたそのチーフらしき、口ひげを蓄えた見るからにそれらしい人の半分笑った声に、みんなに笑顔が戻った。
「さあみんな、遅くなったけど、もっかいブーケ投げしよう。外で他の人も待ってるし」
 美咲先生のその言葉にみんなが再びチャペルの外へ出て行く。あたしとゆり先生を残して。そしてゆり先生は前の席の背もたれに手と顔を置いたそのままの姿勢で大きなため息をついた。あたしはそんなゆり先生がちょっと可愛そうで、その前の席に座り、誰もいないのにスカートを気にしながら、ゆり先生の方に体をねじった。
「んで、あんたこれからどうするの?ともこは来年卒業したら河合さんのファンシーショップの店長やるんだって。まいは女子大で通訳の勉強するって言ってたけど…」
 ボサボサ気味の長い髪を顔にたらし、ふと寂しそうな目であたしの顔をじっとみるゆり先生。実はあたし、これからどうするかって前々から決めてたんだ。只、あたしに出来るかどうかわかんなかったから、なかなかゆり先生や美咲先生に言い出せなかったんだけど。
 あたしはちょっと笑顔を作ると、背もたれに乗ってるゆり先生の顔の側に同じ様に顔を置いた。
「どーすんのよ、あんた」
 意識して口を尖らせて喋るゆり先生。そしてあたしはそれに答える

 

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