メタモルフォーゼ

(38) 「戻ってきた純」

「純!純ちゃん!今までどこに行ってたんだよっ!僕…あたし、本当に悲しくて、寂しくてさー!」
 僕の言葉に他の女の子?達が気づいて口々に叫びながら駆け寄って、僕と純ちゃんを取り囲んでしまう。
純ちゃんし少しほっそりしたものの、以前とは殆ど変わってない小悪魔の様な微笑みを浮かべていた。
「純のバカ!!」
 僕は二,三度純ちゃんを拳で軽く叩きながら、純の着ている黒のシャツの胸に顔をうずめようとする。
(!?)
 そこにあるはずのブラに包まれた大きな胸を期待したのに、純ちゃんの胸は…
「純…、どういうこと?」
 僕はそこにあるはずの純ちゃんの胸を探す様に手でまさぐったる。
 そこには何も無く、そしてブラの感触も無かった。それに黒のシャツは男性用のボタンの位置。
「純ちゃん…、まさか」
「あ、あのさ…、あたし、じゃなかった、まいっか、あたしさ、男に戻る事にしたんだ、あははは…」
 ほぼ一年ぶりに聞く純ちゃんの声、少し低くなってるけど、懐かしいその声が部屋中に響く。久保田さん達四人はともかく、純ちゃんを知ってる女の子?達は男の子に戻った純ちゃんに言葉を失い、只じっと見つめてるだけだった。
「あ、あの、あのね…、あたしやっぱり女向いてなかったわ。それでさ、向こうで密かに男の子に戻る訓練受けてたんだけど、その、みんなになかなか言えなくってさ…あはは…」
 多分ここにいる僕達以外の人は、純ちゃんが今こうなっている事を知ってたんだろう。みんな遠巻きにしてにやにやしていた。そしてその中には、
(ゆり先生!美咲先生!そして結城先生!!)
 僕は純ちゃんの体をつかんだまま、ゆり先生達が何人かと話ししている方向へ向き直って、きっと睨みつけると、美咲先生が気づいて何か意味ありげにおどけた表情で手を振る。
「みんな、その、あの、元気だった?いや、あたしもね、心配してたんだよみんなの事、ほら、ゆっこ達ちゃんとオンナしてるかなってさ…」
「純、おかえり…」
 まだ照れ隠しで少しひきつりながら話す純ちゃんに、僕は意識して優しい顔でそう言うと、彼?の着ているシャツの糸くずを取ってあげた。
「純ちゃん、お帰り!」
「お帰りなさい!!」
 僕達が口々に言う後ろで、河合さんが、久保田さん達四人に純ちゃんの事をいろいろ話しているみたい。特に全く面識の無かった久保田さんは、河合さんの話にすっかり驚いた表情でじっと僕と純ちゃんの方を見つめていた。
「ゆっこちゃん、よかったわねー、純が帰ってきてねー」
 ほろ酔い気分で、オレンジのカクテルドレス姿のゆり先生が、グラス片手に意地悪そうな顔をして寄ってきた。
「ゆり先生!隠してたでしょ」
「何言ってるのよ、あんな状況であんた達に話せる訳ないじゃない。それに男の子に戻れるかどうかだってわかんなかったし」
 僕の抗議に、ゆり先生が純ちゃんを手で軽く手招きしながら答える。
「純、あらためてお帰りなさい。どう?少しは男らしくなった?顔はあんまり変わらないみたいだけど」
「だってあたし、あ、僕か。今この顔が命なんだもん。胸とかヒップは小さくなっても、これだけは昔のままでいたいもん。だからいろいろお願いね」
 確かに黒のパンツに包まれた純ちゃんのヒップは、ひいき目にみても昔のボリュームは無かった。
 ゆり先生にしっかりと腰に手を回され、笑顔で他の子達のいろいろな質問や問いかけに答える純ちゃんを見ているうちに、僕はなんだか純ちゃんを独り占めしているかのようなゆり先生の態度が、なんだか嫌味に思ってしまう。一年前そんなことなかったのに。
「ねえ、どうして男の子に戻ったの?あの事件で女の子になれなくなったの?」
 じっと純ちゃんをみつめていたまいちゃんが、ふと核心を突いた質問をした。そういえばそう、あたしも聞きたい。
「あ、あれ?あれね…」
 近くで歓談していた他の外国の先生が数人、ちょっと気になったのかグラスを手にこちらへ向き直る。
「あたしさ、女で生きたいと思ったんだけど、男としての生活も捨てがたいなって思ってさ」
「何それ!!」
「そんな事出来るの?」
 みんなからはあきれ声みたいなのが上がる。
「じゃ、続けて女の子に変身することも出来たの?」
 そう言ってちょっと怒った様子で純ちゃんを少し睨む僕。
「あ、うんそう。サンプルたくさん残ってたしね、あはは…」
 あっけらかんとして僕に向かって喋る純ちゃん。
「裏切り者―――――っ!」
 そう一声叫んだ僕は、ゆり先生と純ちゃんの間に駆け寄って、二人の間に割って入った。
「ゆっこちゃん!ああもう、こぼしちゃったじゃん…」  
 その拍子にゆり先生の手のグラスからカクテルがこぼれ、多分ゆり先生のお気に入りなんだろうか、パーティードレスに小さなしみを作ってしまった。そんな事も気にせず僕は、純ちゃんをゆり先生の手から奪い返す様にして、そのまま二,三歩遠ざかる。
「ゆり先生、純ちゃんはもう男の子なんでしょ!そんなに独り占めとかべたべたしないでよ!」
 そうゆり先生に向かってあかんべをする僕。
「べたべたって、あんたこそ…」
「あたしはいいの!」
 そう言って純ちゃんの首に腕をからめて、もう一度平らになった彼の胸にほお擦りし始める僕。純ちゃんのシャツの胸元が僕の涙で濡れ始める。
「何よあれ、すっかり恋人気取りじゃん。久しぶりに会って、しかも純が男に戻ったって知ったのついさっきの癖に…」
 遠くで見ていた美咲先生が、かなり酔いのまわった口調でちょっと悪態をつきはじめる。そういえば前に純ちゃんと一緒に暮らしていて、時々夜の秘密の遊びをしていたときに、最初はおたがいふざけあうって感じだったけど、今思えば僕の体がだんだん女の子に変わっていくにつれて、
(純ちゃんがもし男の子だったら、僕もっと甘えられる)
 そんな気持ちが心の奥に絶対有ったと思うんだ。
  
 誰よりも純ちゃんがいなくなって一番悲しんだのは僕だし、一番心配していたのも僕だと絶対思う。多分みんなも知ってくれているんだろうか、僕と純ちゃんを暫くそのままにしておいてくれた。
「さあもういつまでもそんなにいちゃいちゃ別の世界作ったりしないの!今日のパーティーの趣旨はあんたが本当のオンナになった事のお祝いでもあるんだからさ。ほら、ゆっこも、純も!他の先生達にちゃんとご挨拶してらっしゃい!」
 とうとう美咲先生が酔った勢いで怒り出した。こういう時は早めにいう事聞いておいた方が得。
「じゃ、ゆっこ。また後でね」
 こういうと純ちゃんは僕のおでこに軽くキス。
「あーーーーっ」
「ゆっこ!ずるい!!」
 元男の子達から何故か非難の声が上がる。
「何よ、純ちゃんからのキスなんて別に珍しくないじゃん…」
 僕も何故か優越感にひたりながらそう言い捨てた。
「だって、だってさ、純さん今男じゃん…」
 真琴ちゃんがちょっと羨ましそうに呟く。

 再びパーティーは元通りになり、僕達はめいめいいろいろな人種の先生達の間を回って、時にはお酒を取り換えてあげたりしながら、お話をしはじめた。今日初めて会う人に今までの辛かった事、楽しかった事、驚いた事とか、片言の日本語での問いかけに、僕はいろいろわかりやすく、そして身振り手振りもふまえていろいろお話してあげる。不思議と女になってから僕こういうのすごく得意になったと自分で思う。コミュニケーションの能力ってやっぱり女の子の方が優れてるんだ。
 部屋の隅では、あいかわらず学術書片手にウィスキーを飲んでいるライ先生に、結城先生がいろいろ資料を広げてなにやら中国語でずーっと話している。こういう所でも仕事の事を忘れないあの人達って、いいんだか悪いんだか。でもなんだかんだいってあの二人って気が合ってるみたい。

 ようやくパーティーも終りになったとき、ゆり先生がなにやら話し始めた。
「みなさーん、純ちゃんが初めて出演した映画の一部がDVDになってますので、後でお配りいたしまーす」
「えーーーーーー!?」
 再び純ちゃんを囲んで、ジュースを飲みながら男に戻る為の訓練の話を聞いていた僕達は、一斉に純ちゃんを驚きの表情で眺める。何人かはジュースが変な所に入ったのか、咳こみ始めた。
「純さん、どういうこと!?」
 僕が何か言おうとしたその矢先に、陽子ちゃんがびっくりした声で純ちゃんに話しかける。
「映画!?に、出たの???」
 真琴ちゃんもジュースでむせびながら真琴ちゃんが信じられないって顔で純ちゃんを見つめる。
「あ、あのね、落ち込んでるあたしを見て、あのチョウ大人が紹介してくれたの。あたししか出来ない役が有るってさ…。来月公開されるんだけどね」
 ちょっと恥ずかしげに純ちゃんが答える。

「みんな早く部屋に入ってよ!ともこさん早く!ゆっこ!ジュースなんてどうでもいいから!早く!」
「早くったって、純ちゃんの大好きなオレンジジュース持ってこないとさ!」
 パーティーが終るやいなや、興奮気味の真琴ちゃんが、元自分の部屋で今はみきちゃん用になっている部屋に陣取り、その話題のDVDをみんなで見ようと仕切りだす。
「純姉さん!早くDVD!」
「あたしは今姉さんじゃないってば!」
 みんながDVDプレーヤーの繋がった大きなテレビの前に座ったとき、真琴ちゃんが純ちゃんをせかし始めた。
「ねえ、どんな役なの?」
 僕はいまだ信じられないって顔で純ちゃんに問いかける。
「へへへぇー、観てからのお楽しみー」
 そう言いながら、純ちゃんは自分の持ってきたポーチからDVDを取り出すと、真琴ちゃんに手渡した。
「じゃいくよ!」
 まだ興奮してる真琴ちゃんがDVDプレーヤーのスイッチを入れる。純ちゃんの話によるとそれは公開前の香港アクション映画の冒頭シーンみたいらしい。

 それは、とある大きな教会での結婚式で始まった。新郎は何かちょっとさえない眼鏡をかけた小太りの男。只、列席者等から判断すると、どこかの香港マフィア組織のボスのご子息らしい。そこへ現れた、少しチャイナ風の真っ白なウェディングドレスの可愛い女性。
「あーーー!純ちゃんだ!」
「綺麗!」
「いいなあ…」
 みんなの口から称賛とため息の声が漏れる。

 神殿の前で聖歌を捧げ、指輪の交換のシーンではみんながテレビ画面を前にうっとりした目で見とれている。みんな元男の子ばっかりなんだけどね。そして新郎が純ちゃんの扮する新婦のベールを上げ、キスシーンとなった途端、
「んなわけないでしょ!!」
 香港映画なのに、純ちゃんの口からははっきりした日本語が飛び出す。その途端純ちゃんは目の前の新郎を突き飛ばし、長いウェディングドレスのスカートをあげ、太ももに吊るしていたマシンガンを取り出し、列席者にむかってぶっばなし始めた。次々と列席者のマフィア達が血を吹きながら打ち抜かれていく中、横にいた神父さんも前の机の中から同じマシンガンを取り出し、列席者に向かって打ち始める。


「すごーい!」
 迫力とテンポの良さはさすがに香港映画。まだ男の子が残っているあきちゃん、ゆうちゃん、そしてみきちゃんが口々に声をあげ、その横ではもうすぐ女の子になるともこちゃんとまいちゃんが、口に手を当てて凝視している。
(二年でここまで変わっちゃうんだ)
 その比較がちょっと面白かった。

 神父さんが何か叫ぶと、倒れている列席者を飛び越え、教会の外へ飛び出す純ちゃん。その後を追う神父さんは、咄嗟にふせて生き残った男達に振り返りざまに再度銃を構えてぶっ飛ばす。しかし、純ちゃんを逃がそうとしたのか、その男達と銃撃戦になり、弾が無くなって隠してある次の銃を取ろうと茂みに入った所で、その茂みに向かって何十発という銃弾が浴びせられる。
  先を行く純ちゃんの悲鳴に似た声に、多分、
「逃げろ!!」
 とでも言ったのか、茂みから這い出た神父さんが全身血で真っ赤になりながら叫び、ふらふらしながらも最後の力を振り絞ってマフィア共に銃を放つ。
 その教会はどこかの海辺だったんだろか、教会を出て漁村の細道を走り始める純ちゃん。シーンが変わり、倒れている神父さんの顔を足で蹴り、追いかけるマフィアの男達。
再び純ちゃんが映り、マシンガン片手にウェディングドレスの何かの紐を引っ張ると、そのドレスのスカートは膝上二0cmくらいの所で切れて落ち、ドレスの腕も飾って有るレース等が落ちてノースリーブに変わる。その瞬間、数人の男達に囲まれる純ちゃんだけど、抜いたその紐は実は武術用具のムチになっていって、純ちゃんがそれを振り回すと、風切音とともに男達が悲鳴を上げ、体にキズを作って全員倒れていく。そして頭に付けていた白のクラウンの飾り花を口で抜いて、ムチを持つ手で振り向きざまに投げると、それは円盤のように空中を舞い、その後を追ってきた三人の男の前で火柱があがり、中国風の悲鳴と共に全員海へ落ちていく。
「すごーい!可愛くて、かっこいい!!」
 ぺたん座りした真琴ちゃんが歓声を挙げる。横に座っていた陽子ちゃんも真琴ちゃんと一緒になってはしゃいでいた。

男の子に戻って映画俳優になった純/月夜眠
男の子に戻って映画俳優になった純 / 月夜眠



 遠くから追手の男達の声のする中漁村の小道をひたすら逃げる純ちゃんが、川にかかる橋にさしかかると、シーンが変わり、桟橋の横で多分逃亡用のモーターボートを用意するちょっとかっこいい男の人が映り、その人が純ちゃんを見て何か大声で叫んでいる。そして橋を渡ろうとする純ちゃんが映り、そして橋の真ん中までさしかかると、
「うそだあ!」
「そんなはずないよぉ」
「さすが香港映画!!」
 次のシーンを見て、自分が女の子に変身しかかってるのを忘れたのか、あきちゃん達三人が叫んで下品にげらげら笑い出す。
 なんと橋の下の川の上流から箱が流れてきて、その中にはクンクンと鳴く子犬が入っている。それを見た純ちゃんは橋の真ん中で立ち止まり、どうしようかとおろおろしている。モーターボートの中の男の人はそんな純ちゃんに向かって、
「何している!早く来い!!」
 と叫んでいる様子だった。追っ手の声もだんだん大きくなる中、あろう事か純ちゃんは橋の上からその川へ飛び込み、そしてムチも銃も捨てて泳ぎながら子犬を抱きかかえ、岸に泳ぎ着いて上がると。そこには、銃を手にしたマフィアの男達数人が待ち構えていた。
「純ちゃん危ない!」
 すっかりその映画に心を奪われた陽子ちゃんが、真剣なまなざしでテレビを見ながら声を上げる。
 でも純ちゃんは落ち着きはらって子犬を片手に、キックと足技でその男達の手から全ての銃を落とし、子犬をボートの方に投げ、ナイフを手に向かってくる男達を拳法でたちまちノックアウト。更に追いついた追っ手に取り囲まれると、傍らに落ちていた鉄の棒二本を手にとり、いつぞやに渋谷でチーマー相手に闘ったときみたいに、派手な効果音と共に、たちまち全員を地面に倒してしまう。
 次にシーンは悔しそうな顔をしたボートの男性に移る。その男は船から上がって桟橋を走り、純が投げた子犬を抱き上げて何か純に向かって叫ぶと、ボートに向かって走り出す。その途端、銃を持った二人の男がそれを撃つシーンに変わり、ようやくボートにたどり着いたその男は銃声と共に子犬を抱えたまま、ボートの中に倒れてしまう。
 シーンは悲しそうな悲鳴を上げた純ちゃんに変わり、ボートの男を撃った二人の男に駆け寄り、またたくまに蹴倒した後、悲しそうな目をして、男達から銃を奪い、目に涙を浮かべながら全弾をその二人の男の頭に撃ち込む。
 そしてようやく桟橋に駆け寄った純ちゃんが振り向くと、そこには何十人ものマフィアの男達が純ちゃんに向かって銃口を向けていた。手にしていた銃で迎え撃とうとしていた純ちゃんは、ゆっくりその銃を前に降ろし、ボートの中に倒れているその男を悲しそうな目でじっと見据える。
「…」
 涙声で何かラブソングの様な物を歌い出す純ちゃんに、何十、いや何百発の銃弾がうちこまれ、口から血を吹きミニになったチャイナ風ウェディングドレスが真っ赤に染まり、ゆっくりと純ちゃんはボートの中に倒れていく。倒れた純ちゃんの横には、純ちゃんが必死で助けた子犬がクンクン鳴いて、純ちゃんの顔を舐め始めた。
 シーンが変わり、マフィアの男達がボートに駆け寄り、その中の一人がふと真っ赤に染まった純ちゃんのウェディングドレスの裾を、手にしたライフルの先でめくった後、顔をゆがめて呟く。
「…Men…Oh My God…」
 純ちゃんの横にいた子犬がフェードアウトし、そして何かの屋敷の部屋の中で、初老の男性の横に座っている大きな犬がフェードインされていくところで、
「あったしーのデビュー作ーーっ」
 口にオレンジジュースの少し入った紙コップを口にくわえたまま、歌う様にそう喋った純ちゃんが四つんばいでDVDデッキに近寄るとり、ブチンとデッキを停止させた。
「すごい!なんだかわかんないけどすごい!」
「これで映画一本観た気がする!」
 みんなが手を叩いて口々に純ちゃんにかっこいい、可愛い、すごいを連呼していた。
「へへー、香港のアクション俳優でもさ、武術とアクションができて、しかも老若男女全部の役が出来るなんてあたしくらいかもねー!」
 懐かしい仲間と雰囲気に気が緩んだのか、いつのまにか自分の事を再び「あたし」と言う様になった純ちゃんがちょっと得意げに話す。
(純、いつのまにそんなすごい人になってたの?)
 僕は純ちゃんを憧れの目で見つめた。そしてそれは、今思えば前に少し付き合ってた須藤君以来向けた事のなかった、恋する人へのまなざしだったと思う。

 その日の夜遅くまで僕達は純ちゃんといろいろなお話をした。女の子から男の子に変身させたケースはまだないんだけど、一つのテストとして、女の子に変身しかかった男の子を元に戻すというのがすごく重要視されたこと。柔らかい脂肪に包まれてしまった体を再び男性の肉体にすべく鍛える為に結構苦労した事。純ちゃんのサンプルから再び精巣を復活させる見込みがついて、ライ先生とかが大喜びしたこと。今はまだ精子は作れないみたいだけど、計画だと、あと一年で元の男の子に戻れる算段が付いた事など…。
 高校生で両親なくしたり、女の子に変身しかかったり、再び男に戻ったり、そして映画にも出たり。本当純ちゃんの今までの人生ってすごい激動の連続だと思う。しかもまだ二0前なのに。
 次の日の日曜日、伊豆の別荘から早乙女クリニックに戻った日の午後、僕は純ちゃんの当座の衣服とか日用品とかを買いに、渋谷の街に出る事にした。僕はもうその日有頂天。だって、久しぶりのデートだもん。しかも、ひょっとして好きになったかもしれない男の人と。
 いつもよりすごく丁寧に化粧して、とっておきのパステルピンクのスーツに身を包み、内緒で買ったちょっと可愛いアミタイツとロングブーツに足を通して、ゆり先生にさんざん冷やかされながら僕と純ちゃんは早乙女クリニックを後にした。
 流石に純ちゃんは女の子ではなく、ちゃんと男物のシャツとジーンズに身を固め、長めの髪をうまく後ろに流している。
女の子の様な彼氏と、すっかり女の子に変身した僕は、渋谷の街でも多分少しは目立っていたと思う。何人もの女の子やカップルが振り向いたし、ある女性はあきらかに純ちゃんを僕から取上げようとしたんだろうか、強引に話しかけて連れて行こうとした。店の広告用のチラシを持った人達に、是非来てくださいと哀願されたり、電話番号まで聞かれたり。その度に僕達は顔を見合わせて嬉しそうに笑った。
買い物を終えて、さて駅に向かおうとした時だった。僕は純ちゃんに是非聞きたい事が有ったんだ。でもそれは女の子が男の子に聞くにはちょっと勇気がいる事。短くなった秋の日差しが暗くなる頃、僕は勇気を出してちょっと聞いてみた。
「ねえ、純ちゃん…」
「何?ゆっこ?」
 何気なく振り返る純ちゃんに、僕はもう昔の女の子に変わりかけてた彼?には無いものを感じてしまう。
「何?なによ?」
 軽く笑いながら体をぶつけてくる純ちゃん。
「あのさ…」
 そう言うと、僕はちょっとの間無言で歩き続ける。
「何よ、なんか変だよゆっこ」
 僕はとうとう決心した。
「…好きな女の子、いるの?」
「え?」
 一瞬立ち止まった純ちゃんは、何か思いつめた表情をした後、再び歩き出す。僕は自分の不安が現実になるのが怖くて、その場で立ち尽くす。
「どうしてそんな事聞くの?」
 立ち止まっている僕に気づき、純ちゃんも足をとめて振り向いて僕に問いかける。
(そうだよね…、映画俳優にまでなったんだもん。女の子がほっとかないよね…)
 僕はそう自分に言い聞かせて、そして無理して笑顔を作ると、純ちゃんの腕に手を絡めて歩き出しす。
「ね、純。また香港に戻るんでしょ?日本にいる時だけ、あたしの恋人でいてね」
 苦しくなる胸とあふれそうになる涙を必死で我慢して、僕は駅への道を急ごうと、純ちゃんを引張り気味に歩き出す。そして、ふとこんな事を今思った自分は、もう完全に男の子じゃなくなったって事を実感したりもした。
「なーんだ、そういうことなんだ」
 ちょっと笑い気味で純ちゃんが言う。僕は純ちゃんが日本にいる間、少しでも彼の暖かさを感じようと、再びぎゅっと純ちゃんの手を掴みなおした。
「好きな女の子、いるよ」
 道を歩き始めて、純ちゃんがふと思いだした様に僕に言う。でも僕はもう驚きも悲しみもしなかった。だって女の子でいる時あんなに人気者だった純ちゃんだもん。男の子になってもさ、当然だよね。
「ねえ、純ちゃんの好きな女の子ってどんな人?香港の人?あたしより可愛い?」
 そう言いながら、こみ上げてくる悲しみを吹き消す様にして、意識して大げさに足とか手を振りながら歩く僕だった。
「どうかしら、ゆっこと同じくらい可愛いかな」
「ふーん、そうなんだー」
 諦めたとはいえ、もう僕の目からはいつでも涙が落ちそうになっている。心がオンナに変わってから、少しずつ涙を我慢する事をしてきたけど、今の自分には純ちゃんのその言葉、このまま早乙女クリニックに戻るまで、我慢できるだろうか?
「だってさ、好きなのはゆっこだもん…」
「え?」
 一瞬立ち止まる僕。
「純、今なんて言ったの?」
 純ちゃんは僕に構わず歩き続ける。
「ねえ!今なんていったの?」
「だから、好きな女の子はゆっこだって言ったの」
「ねえ、聞こえなかった!もう一度言って!」
「だーかーらーー!好きなのはゆっこだって!!」
「聞こえない!!」
「怒るわよ!ゆっこの事が一番大好きだって言ってるでしょ!!あっちにいる時だって一日でもゆっこの事忘れたりしなかったし、それに…」
 その瞬間僕の体はまるで宙を舞う様に純ちゃんの体に飛びつき、そして彼の首に手をからませていた。今まで我慢していた分の二倍くらいの涙が出たと思う。僕の口からは、今まで出た事の無い位大きな悲鳴の様な泣き声が延々と続けざまに出てしまう。道行くサラリーマン風の人が驚いてこっちをみていたけど、全然気にならなかった。だって、純ちゃんが僕の事大好きだって言ってくたんだもん!!
「ちょっと!ゆっここそさ、その、あたし、いや、僕の事好きでいてくれてるの?ゆっこの事裏切ったのよ、そのまま女の子になる事も出来たのに、あたしったら」
 そうだったんだ、純ちゃんの方も僕の心がわからなかったんだ。お互い、まだ未熟者みたい。恋愛に関して!
「大好きだよ、昔も、そして今も!純!!」
 僕達は人の目も気にせずしっかり抱き合った。純ちゃんの目にもうっすらと涙が浮かんでいたみたい。

 

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