メタモルフォーゼ

(37) 「とうとう訪れた女の印」

合宿研修も無事終わって十月になり、今度は学校では体育祭。去年みたいな応援合戦は一年生だけのプログラムなので、僕達二年生は何もしなくていいはずなんだけど、去年の応援合戦のまとめ役の人は、先輩として後輩の一年生にはいろいろ教えてあげなくちゃいけないきまりみたい。
(なんでー、もう面倒だなー)
 なんて思いながらしぶしぶ去年の応援合戦の振り付けとか、衣装を教えてあげて、
「そっくり真似しちゃだめよ。自分達でちゃんとオリジナリティーを持ってさ、ほら、あんたの企画みせてごらん」
 なんてちょっと先輩風吹かせて僕とみけちゃん、ますみちゃん、智美ちゃんが可愛い後輩の女の子達にいろいろ指導。
「堀せんぱーい」
「ゆっこせんぱーい」
「ヨットのCMに出てたの先輩方ですかーあ?」
 ヨットのプロモーションビデオの事も有って、大人しそうな子とか、ちょっと遊び系っぽい子とかみんなが慕ってくる。
(僕が生まれつき女の子のこの子達に先輩って慕われるなんて、なんだかくすぐったい)
僕も悪い気がしなくて、だんだん僕も心が打ち解けてくる。

 体育祭当日、可愛い後輩達もいっぱい出来た僕は、仲良し三人と一緒に手にポンポンを持ち応援合戦に加わった。応援団以外の女の子はみんな白の体操着に紺のブルマ。女の子達の可愛く膨らんだヒップを包む紺色のそれを見ながら、僕も自分のブルマにそっと手を当てた。
(今年で終りなんだよね、ブルマ。僕、好きだったのになあ)
 もはや丸くて大きな脂肪の塊になってブルマに包まれた僕のヒップを、僕は再び柔らかさを確かめる様にもう一回そっと触ると、くっきり浮き出たショーツのマチの部分が手に当たる。
 まるぽちゃの体になったとはいえ、まだ女の子としては体力が有る方だったので、僕は一番女の子にとって苦手な女子一五00メートルに参加。クラスでなかなか希望者がいなかったので引き受けてあげたんだけど、本当はこれ出た女の子は他に出なくていいので楽しようと思って選んだんだ。
「ゆっこ短距離の方がよかったんじゃない?」
「どうして?」
「だってその胸」
 競技直前に、髪をリボンで整え、クラス委員長の椎名つばさちゃんと会話する僕。つばさちゃんがちょっとあたりを見回した後、つんと僕の胸を指でつつく。
「いつのまにこんな大きくなったのか知らないけどさ、こんなので一五00mなんて大丈夫?」
 つばさちゃんの言葉に僕はちょっと不安になる。確かにヒップだって大きくなっちゃったけど、あれから何回も体育の授業受けてるから、うん大丈夫。
「他のクラスの子は陸上の経験者とか、ほっそりした子ばっかだよ」
「大丈夫、任せてよ」
 僕はお返しに、体操着ごしにつばさちゃんの胸をポンと押す。こんなの男じゃ絶対できないよね。
  
 いよいよ僕の競技の番がやってくる。僕のトラックのスタート位置は一番後ろだった。前を見ると確かに各クラスから選ばれた選手は、僕より胸も小さく、お尻も小さくて、女の子としては僕より体型が貧弱な子ばかり。ちょっと不安になったけど、
(大丈夫!僕、元男だもん)
 再び髪のリボンを結びなおして、僕はスタートの号砲を今か今かと待っていた。
「位置について、よーい!」
「パーーン!!」
 号砲一発僕は思いっきり地面を蹴って飛び出した。揺れる胸、一歩動かすごとに内側に入り込む膝、そしてとっても邪魔なヒップについた脂肪。そして、重く感じる体。とてももう男の子みたいに走れない。でも、僕は我慢して、そして歯を食いしばって走る。
 千m走った所でやっと一人。そしてもう一人抜けそう!スタンドの歓声が上がった時、
「あ…れ…」
 急に僕の足の感覚がなくなり両足がもつれ、どさっと前つんのめりになってしまう。
「なんで…!?」
 つんのめりながらも体制を立て直して、再度元気良く足を動かそうとしたとき、
「うあ…」
 今度は全身が痺れ、体が動かなくなり、とうとうその場にどさっと倒れてしまった。強く打った足の膝と頭とお腹にずきーんとした痛みが走る。
「ちょっと!堀さん!大丈夫!?」
 駆け寄ってきた学校の先生の声に軽くうなずいて体を起こし、立ち上がろうとするけど、だめ立てない。めまいがする。
「ゆっこしゃん!!!大丈夫れすか!?」
 駆け寄る女の子を掻き分け、ますみちゃんが駆け寄ってくれた。
「担架!担架!」
「早乙女先生!、至急保健室まで来てください」
 駆け寄ってくる大勢の人の声と、保健のゆり先生を呼ぶ校内放送の声、それがすーっと耳から消えていく。

「大丈夫れすか」
 その声と同時に僕の額に冷たいタオルが載せられ、僕はやっと気が付いた。ますみちゃんの他、みけちゃん、智美ちゃん、そしてクラスの数人の女の子の顔がぼやーっと見えて、そして頭の上にはゆり先生の顔も見えた。
「ゆ…、堀さん、どっか痛む?」
 ゆり先生が心配そうに僕の顔を覗き込んだ。あ、膝はもう包帯巻かれているみたい。
「聞いたわよ、大塚先生から。スタートと同時にハイペースで走ったんだって?あんた女の子なんだから、そんな無茶しなくていいのよ。男でも危険よ、そんな走り方」
 ゆり先生が続けた。気をとりもどした僕の顔を見て皆がほっとしいるみたい。
「ゆり…早乙女先生、あの、頭とお腹が痛くて、吐き気もする」
「もう仕方ないわね。奥にトイレ有るから吐いてらっしゃい。立てる?」
 ゆり先生の手を借りて僕はベッドから降りて、奥のトイレに向かった。
「汚さないでね、くれぐれも。綺麗にしてるんだから」
「はーい…」
 その瞬間戻しそうになった僕は手で口を押さえ、トイレに駆け込んだ。ふとその様子を見てゆり先生が呟く。
「変ねえ、たかだか数百m走っただけでしょ?あの子あんなに体弱かったかしら?」

 トイレに入った僕は吐き気にたまらず便器の前にしゃがみこんで、口から出る寸前の物をそこに吐いた。吐いてしまうといくぶん楽になり、僕は便座に座り込み、横の壁に頭をもたせかけた。それにしてもどうしてだろ、あんな事は初めて。わずかの距離を思いっきり走っただけであんな事になるなんて。
(どうしてだよ、あんな事じゃ、変な人に追いかけられたって、逃げられないじゃん…)
 僕は膝に巻かれた包帯をそっと撫でる。
(ゆり先生言ってたっけ。女の子になったら傷の治るのは男の子の時の二倍かかるって)
 そう思った時、再び軽いめまいがして、緊張からか、お腹が痛くなってくる。
「トイレ…しよっと」
 僕は履いていたブルマとショーツを降ろして、便座に座りなおす。
(体力無くなるし、弱くなるし、不便だし…でもこうなるってわかってたけど)
 と、突然お腹の痛みが突然キリキリと刺す様な痛みに。
「痛っ、いたたたたっ」
 僕は前かがみになってお腹を押さえ、ぎゅっと痛みをこらえたけど、だめ…。
「先生!ゆり先生!助けてーっ!いたーいっ!」
 悲鳴に似た声を上げた時、ようやく小水が僕の秘部からあふれ出た。そしてそれと一緒に、何か変な感触の物が、小水とは違う所からあそこに降りてくる。
「あっ!?」
 声にならない悲鳴を上げた瞬間、それは便器にボトンと鈍い音を立てて落ちた。と同時に便器の中の水は薄い赤色に染まる。そしてあたりには、
(血、血だよこれ…)
 トイレ中に漂い始めた血の匂いを嗅いだ時、僕の頭の中はパニック状態に陥った。
「先生!先生!!助けて!先生!!」

 駆けつけたゆり先生がドアを開けるまで、僕は泣きべそをかきながらゆり先生を何度も呼んでいた。
 保健室では、僕の悲鳴が聞こえた瞬間、ゆり先生とますみちゃんがトイレの方へ走っていった。その後すごい顔をして戻ってきたますみちゃんは、智美ちゃんとみけちゃんに耳打ち。
「うそぉーー!」
 思わず叫ぶみけちゃんに、他のクラスメートが驚く。
「ね、ね、何?何!?」
「ゆっこどうしたの!?」
 大きく深呼吸をして気をとりなおし、みけちゃんがその二人に何かささやいた。
「えー、そうだったの?じゃ倒れたのって、あれの貧血だったんだー」
「だったらさー、無理しなくてもさ、走る前に先生に言えばいいのにさー、それにゆっこブルマの下にあれも付けてなかったじゃん…」
「ほら、ゆっこって自分から立候補したからさ、出れないなんて言えなかったのかもよ」
「でも、なんかすごい悲鳴だったじゃん?」
「いつもより痛かったんじゃないの?ね、お願い!クラスの女の子に言っといて!あとはあたしたちでやるからさ!」
「う、うんわかった…」
 みけちゃんはその二人の女の子を保健室から追い出す様に出した後、智美ちゃんと一緒にトイレまで駆け寄ってくる。そこでは既にゆり先生が僕を重そうに抱き上げて、トイレから保健室に戻る所だった。
「もう!この子ったらさ!なんで最後の最後まであたしに面倒かけるのよ!前にも…言ったじゃない…生理が来たら…どうしなさいってさ!…ほんとに…ほんとに!あんたって子は…」
 大声で、そして最後の方は涙声になりながら、ゆり先生が僕を抱きかかえて再びベッドに向かっていく。ゆり先生の香水のいい香りに包まれ、ぼーっとする頭の中の、ふわふわする感覚の中で初めて事態が飲み込めた。
「…初潮だったんだ…僕…」
「ごめん、みけちゃん、何でもいいからそこの引き出しから替えのショーツとナプキン取って。それからますみちゃん、智美ちゃん、部屋にいて誰か怪我とかで入ってきたらあたしの替わりに手当てしてあげて」
 僕の下腹部をタオルで拭きながら、ゆり先生が皆に指示を出してた。そしてそれが終わるとゆり先生は鎮痛剤を手に持ち、僕の横にたたずんだ。
「ゆっこちゃん」
 そういいながら僕の体を起し、何も言わず、そして今まで見たこともない様な笑顔で僕を優しくぎゅっと抱きしめてくれるゆり先生。今まで何回か抱き締められた事有ったけど、今回ほど柔らかく、愛される様に包んでくれた事なんてなかった。
「僕、本当に女の子になったんだよね」
 何も言わず再び僕を抱きなおしてくれるゆり先生だった。
 しばらくそうしていた時、突然僕の頭の上から何か降ってくる。それはよく見ると、白の新品のサニタリーショーツとナプキンだった。横で怖い目をしてみけちゃんが立ってる。
「はいゆっこ、早乙女先生の独り占めは終り。あとは自分でやってよね。知ってるよね?生理用ショーツとライナーの付け方くらいさ。それとさ、さっき悲鳴上げてたけどさ、あと三日はお腹痛くなるし、それに月に一回あれが来るから覚悟しときなよっ。あたしだって始まった時本当嫌だったんだからさ!」
 そういってぷいっと後ろ向いてベッドから離れて行くみけちゃん。
「えー!、ほんとなの!?あの痛いのが月に一度来るの??」
「そうよ。でもね、女はそれに耐えるごとにオンナになってくの」
 不機嫌そうに言う僕に、にっこりとゆり先生が答えてくれた。

 その週の土曜日の夜、早乙女クリニックは大騒ぎ。まだおおっぴらにはできないけど、多分世界で始めて男の子から女の子に完全変身した僕を囲んで、ちょっとしたパーティーが始まった。まだ女の子修行中のあきちゃん、ゆうちゃん、みきちゃん、そして雅美ちゃん。そして結城先生、そして花束まで持ってきてくれた奥さんのゆう夫人まで集まってきてくれた。普通のパーティーと違うのは、皆で最初に
「ゆっこおめでとう」
 といってお赤飯を食べた事。そしてその後いろいろなご馳走食べている間、僕はまだ女の子になってない他の八人から質問責めに合う。多分近々初潮が訪れるであろうともこちゃんとまいちゃんからは、初潮前の前兆とか聞かれたけど、特に何も僕の場合は感じなかったって言ったけど、
「ゆっこちゃんは鈍感だから感じなかっただけよ。少なくとも子宮の中に血がたまるんだから、来る前は多少貧血気味になってもいいはずよ。あと、いらいらとか、食べ物の味が変わるとかさ」
 ゆり先生が僕の頭をつついて言った。そうこうしているうちに、
「こんにちわー」
 そのパーティーの最中に、智美ちゃん達三人が各自小さなタッパーを持って集まってくる。その中にはどれも少量の赤飯が入っていた。
「えー、また赤飯?」
 そういいながら三人の作った赤飯を見比べてる僕。
「なんでそんな事言うのよ!あたしたちのゆっこへのお祝いの気持ちなのにさ!」
 智美ちゃんがちょっと口を尖らせる。
「ほら、ちゃんと残さず食べるんでしゅよ!残したらクラスのみんなに、ゆっこ、あれが初めてだったってばらしましゅよ!」
「わかーったわかった、みんなありがと」
 集まったみんなが大方料理を平らげ、僕もやっとこさ追加の三人前の赤飯をお腹に詰め込んで席を立って、女の子達が集まってる居間へ向かった。
「あーもう、あたし当分赤飯見たくない」
 お腹をさすりながら、部屋に入る僕。そしてそこで僕は無意識のうちに、みけちゃん達三人の横に座ってしまう。普通だとこういう時、同期のともこちゃんとまいちゃんの横に座るのに。多分心の中では自分がもうみけちゃん、智美ちゃん、ますみちゃん達と同じ純女になったって事で、無意識に座っちゃったのかな。
「僕さ、ゆっこに女の印が来たって聞いて、本当ほっとしてんだ」
 ソファーに寝そべる様にして真琴ちゃんが嬉しそうに話す。相変わらず皆の前でも自分の事を僕って言ってる。
「だってさー、本当の女の子になれるって聞いててさ、今僕のおなかに卵巣だけはいってるけど、本当に赤ちゃん産める体になれるのかって、すごく不安だったんだ」
「何よそれ、じゃあ今までゆり先生とか美咲先生信じてなかったって事?」
 はしゃぐ真琴ちゃんに僕が釘をさす。
「ねえ、金井…さん水無川さん、堀さんの時の事はさっき聞いたんだけど、水無川さんの時って、どんなだったの?」
「え!?あたしの時??」
「ちょっと!中村ク、あ、今あきちゃんだっけ?なんであちきには聞かないんでしゅか!?」
 控えめな態度だけど、ちょっと無用心とも思える質問をしてしまうあきちゃん。多分興味本位からだと思うけど。そしてみけちゃんが困って、ますみちゃんが女扱いされなかったって怒り始めた。
「ちょっと、あきちゃん!あんたまだ女になり始めて間もないのにさ、そんな事聞くなんてさ!」
「あ、ごめんなさい」
 智美ちゃんがえらい剣幕で怒り初めて、折角のその場が壊れるかと思った頃、
「いかんなあ、レディーに対して生理の事聞くなんてさー。おい、中村!おめーがレディーに対して生理の事聞くのは十年はええよ!あ、おめーも二年後は女か、わあっはははは!」
 酒で顔真っ赤にして、ウイスキーグラス片手に結城先生が部屋に入ってくる。
「いいなあ、ここは華やかでさ。おばさん相手に仕事の話してもつまらんからなあ。ちょっといいかい?」
 別に悪い人でもないし、面白い人だから、みんながうなずくいた。
 グラスを手にどっかと僕の横に座る結城先生。そしてさりげなく僕の胸にタッチ。
「あーっ!」
 入れるんじゃなかったって僕が抗議しようとした時、
「ゆっこちゃん、いい女になったなあ」
「…」
 抗議しようとしたのに、そんな事言われちゃ文句も言えないじゃん!どっかのクラブかキャバレーでも同じ事やってんだよ、きっと!
 そう思った僕が睨んでもそんな事気にも留めない様子で、何か上機嫌に話し出した。
「俺除いて、この部屋にいるのは、女の子がゆっこちゃん含めて四人、もうすぐ女になるのが二人、変身中が二人、まだ男が四人、か。でも見た限りでは全員可愛い女の子だなあ、変な話だよなあ」
 皆が部屋に入れた事を後悔し始めた時、
「あのなあ、みんな。男って寂しい生き物なんだぜ。強がっててもさ、それは見た目が自分よりも弱い女に対しての精一杯の自己主張なんだよなあ。男は寂しいぜ、嫌な事有っても汗水たらして働いてさ、その稼ぎも女房や女にみーんなもってかれてさ、仕事だけで生きてる奴がそんな時求めるのは、嘘でもいいから、優しい女の愛なんだよな。ずたずたになった心を女のオアシスで癒す。世の中の半分位の男の悲しい性だよ」
 あの結城先生からは珍しく弱気な言葉が出て、僕達はなんかしんみりと聞きだした。
「ここにも今後を女で生きていく決心した奴が何人かいるけどさ。無事女になったら男を理解してやってくれな。なんでもいい、優しい言葉でも、ささやかなプレゼントでも、遊んでやってくれてもいい。そしてこんな男好きする体になった奴は、その体使ってもいい!」
 すっかり酔っ払った結城先生はそういうと、僕とみけちゃんの胸を瞬時にぷすぷすっと指で指す。
「きゃっ!」
「やん!」
 僕とみけちゃんが同時に体をよじるけど、不思議と変な気持ちはしなかった。
「なあ、ここにいる女と女になりかかった奴、くれぐれも男をよろしくな。いじめないでやってくれよな。かわいがってやってくれよな。愛してやってくれよな、必ず見返りはあるからさ」
 ちょっと場がしーんとした時、
「はい、先生」
 いつのまにか換えのウィスキーを手に、結城先生に差し出しす智美ちゃん。
「そうそう、これ、これなんだよ!男にはこれが、こういう事が何よりも嬉しいんだよ!智美クンだったけか、ありがとう!」
 結城先生はそのグラスからウィスキーをぐっと飲み干すと、急に明るく上機嫌になった。
「よーし!今日は気分がいい、おい、男の悩み抱えてる奴!なんでも俺に聞け!四0年以上男で生きてきた俺が何でも解決してやる!」
 結城先生がそう言い放った時、部屋の戸ががちゃっと空いた。
「あなた、電話。香港のライ先生から」
 早瀬先生がドアから顔をのぞかせ、皆に手ちょっと手を振り結城先生にそう告げた。
「かーーーーっ!、あの親父、ゆっこ君の事もう嗅ぎつけやがったか、折角気分よかったのに」
「違うわよ、あたしがさっき連絡したの」
「お前が!?もう頼むから仕事増やさんでくれ!」
「何言ってんのよ、お仕事でしょ…」
 早瀬先生に促され、部屋を出て行く結城先生。ドアが閉まった時、僕達は一斉に笑い出した。
「おっかしーーい!!」
 みけちゃんと智美ちゃんもお互い体を叩きながら笑ってた。そしてみけちゃんが涙まで流して笑いながらぼそっと言う。
「可哀想だから、あははっ、後で相談にいってあげよっ」
 世の中を動かしてるのって、本当は女なんじゃないかって思ってしまう僕だった。

「ねえみんな、ちょっと」  
結城先生が出て行った後、暫く皆で雑談していると、不意に戸が開いてゆり先生が入ってくる。
「急なんだけどさ、来週のライ先生がゆっこちゃんの診察に日本に来るんだって。それで久保田さん達もとりあえず研修は終了したし。またパーティーだけど、伊豆の別荘でやるから準備しててね。あ、智美ちゃん、みけちゃん、ますみちゃん。これ内輪の事だから、ごめんね、呼べなくて」
「あ、そんな」
「気にしないでください」
 ゆり先生の言葉に、みけちゃん達が答える。
「あー、そうだ!」
四人の研修と聞いて、僕はある事を思い出した。
「ほら、本当は軽井沢で受けるはずだったあの夜の秘密講義って…」
「あー、あれ?とっくに終わったわよ」
 今更何言ってるの?って感じでゆり先生が答える。僕が驚いて部屋の奥の四人を見ると、そこでは仲良くくっついて座っている雅美ちゃん、ゆうちゃん、あきちゃん、みきちゃんが笑いながら手で小さくVサイン出していた。
「びっくりしたよねー、あれ」
「いろんなとこ触られたりさー」
「男性機能停止とか、男に戻りたくても、そのままじゃ戻れないって言われてさ…」
 その時の事を恥ずかしそうに話している元男子クラスメートの変わり果てた姿を見て、みけちゃんが頭を抱える。
「あんた達、よくそんな事みんなの前でおおっぴらに話せるわね?恥ずかしくないの?」
「えー、だってさ、厳しい訓練の後でさ、初めて女の子扱いされたんだよ。嬉しいじゃん」
 ちょっとうつむき気味で美樹ちゃんが答える。前の姿を知ってる人からみれば、雅美ちゃんはともかく他の三人がきゃいきゃい話しているのを見て、鳥肌が立つ気分だろうけど、それを知らない人から見れば、ちょっとボーイッシュだけど髪の長い仲良し女の子四人組のエッチ話にしかみえないと思う。
 とーにーかーくっ!元クラスメートの男も無事オンナの道を歩み始めたことだし、良かった良かった!ゆり先生、美咲先生、ご苦労さまっ!

「おい、ゆり君、ちょっと」
 再びすっとドアの隙間に現れた結城先生が、手招きでゆり先生を呼んだ。
「はーい?」
 結城先生がドアをちゃんと開けてゆり先生を廊下へ誘い出した。と、そのドアは完全に閉まらずに、数㎝の隙間が出来る。そこをすかさず覗き込む僕。女の子になってからこういう事すごく気になるし、めざとくなるんだ。
「…またライの親父から電話があってよ…そんでさ…」
 その後は何か小声で話しているみたい。只、それを聞いたゆり先生が口を手に驚いた表情してたのがすごく気になる。
「ねえ、ゆっこ?あの二人何話してるの?」
「…わかんないけど、何か深刻な話かも…」
 ふと横に来たともこちゃんに僕もちょっと不安気な様子で話す。

 十一月初めの土曜日、あたりは紅葉で赤くなる季節だけど、美咲先生の別荘の近くはまだ暖かいのか、あまり木々は赤くなってなかった。東京組みはゆり先生の車に乗って、途中稲村ヶ崎でいつも通り休憩して、僕達は昼頃伊豆の別荘に到着した。
 ライ先生と結城先生は、既に他の外国の先生達と先に到着していて、応接室に入り、事前に送られていた僕とともこちゃん、まいちゃんの記録をじっと見ていた。
「先生、堀幸子さん、河合ともこさん、美咲舞さんです。初潮が見られたのは堀幸子さん、この子です」
 前よりもちょっと老けて更に風貌が怪しくなったライ先生は、ゆり先生の言葉に何も答えず、資料を読みふけっていた。
「リアリィ!?」
「ドゥーイッツ!ナウ!!」
暫くすると横に付き添っている以前会った事の有る黒人の看護婦さんと何か英語でいろいろ問答していたみたい。それを聞いていたゆり先生がちょっと困った顔していた。そして看護婦さんがゆり先生に何か英語で指示。
「OK」
 ゆり先生はそう答えた後、僕に言う。、
「みんな、今から診察だって。さ、すぐ奥の部屋に行って、スカート脱いでて」
「えーーーーーーーーーーー!!」
「お願いだから言うとおりにして!それにさ、ライ先生からみれば、あんたたちの大事な所なんて所詮研究用サンプル程度にしか考えてないし、変な事しないし…」
「やーーーーーだもう、いきなり!」
「もう、三人ともお願いだからーーっ!このまま帰っちゃったらどうすんのよーっ!」

「ね、ともこ、まい、みんな、我慢しようね!」
「ゆり先生、クリスマスディナー、忘れないでよっ」
「ああもうやだ、悪魔の生贄って感じがする」
奥の部屋に、いろいろな計測機器と一緒に用意されたベッドに、女の子としてとっても恥ずかしい姿勢で寝かされ、ライ先生達から大事な部分をいろいろ触られ、わざわざ持ってきたレントゲン専用車両でレントゲンも含めた写真を撮られ、サンプルを採取されている僕達三人は、泣きたくなる気持ちでお互い声を出して、わざとゆり先生達に聞こえる様におおげさに不満をぶちまけ、そして心を落ち着かせようとしていた。
「はーい、みんなご苦労様!診察終り!」
 美咲先生の声と同時に、僕達は皆怒った顔で起き上がって衣服を直して身支度をして、逃げる様に部屋を出て行く。
「終わったらショーツくらい元通りにしてよっ」
 よほど腹がたったのか、まいちゃんが部屋から出て行く時、ゆり先生に文句言ってる。ところが予想に反して部屋の中の先生達はそんな僕達を笑顔でみている。結城先生が部屋を後にする僕達に叫んでた。
「先生方が言ってるよ。三人とも身も心も見事に女の子になりましたねっーてさ、がははは」
 思わずふりかえってあっかんべーをする僕とともこちゃんだった。

 その後何かいろいろと先生方が僕達のデータを元に話していたみたい。デリバリーでお願いしていたパーティーの準備が始まる頃、ゆり先生達が僕達を部屋に呼んで、今日の診察の結果等を話してくれた。
 僕に初潮が起こったのは、全身の細胞の染色体が全てXXに変わった為みたい。口の粘膜とか髪の毛の毛根細胞は、僕はXXだけど、ともこちゃん、まいちゃんはまだ男性のXYらしい。ライ先生の発明品は、大事な部分に貼り付けられた後増殖し、その際に体の細胞を取り込んで、染色体だけXXに変化してその細胞に化けるという物なんだ。足の裏の皮膚はもう三人ともXXだったけど、頭の部分の変化が、まだともこちゃんとまいちゃんはまだだった。それがXXになったとき、後の二人にも女の子の印が来るみたい。
 それと女の子の大事な部分は、同じ物が貼り付けられたのに、三人とも違う形をしているらしい。元々僕達がもし女の子で生まれた時はこういう形になるって事なんだって。そして分泌物とか、いろいろな皮脂腺も三人とも完全に女の子のそれになってて、後は生理が来たか来ないかだけみたい。あ、一つだけ、
「全身女の子の染色体になった後、処女膜が形成されるみたい。ともこちゃんと、まいちゃんには処女膜は無かったけど」
 ゆり先生は意地悪な目で僕を見つめた。
「ゆっこちゃん。あなた処女よ。大切な人にあげてね」

 夜の六時、正式に女の子研修生となった四人が主賓のパーティーが始まった。丁寧にメイクされた四人。デザインは同じだけど、色違いの可愛いミニのスーツ姿で正式に皆にお披露目。ブルーの雅美ちゃん、ピンクのあきちゃん、オレンジのみきちゃん、イエローのゆうちゃん。髪形は皆違ってたけど、ちゃんと四人の顔立ちが可愛く見える様に整えてあった。ちょっと見ると何か四人組のモデルか音楽のユニットの結成式みたい。その横に並んだ僕とともこちゃん、まいちゃん、陽子ちゃん、そして真琴ちゃんは全員がドレスかパーティードレス。背中に大きなリボンのついた緑のドレス姿の僕は列の丁度真ん中。そしてゆり先生から、改めて百%女の子になった事をみんなに紹介され、ちょっと照れていた。
「とにかく雅美ちゃん除く三人を強引に認めさせて、研究費引っ張らないとね」
 立食が始まった直後、僕の横でゆり先生がぼそっと呟く。
「え?まだ研究費もらえてなかったの?」
 生意気にも僕はすっかり研究機関の一員になったつもりで聞き返した。
「だから、わざわざあの四人に大人受けするスーツ着せたんじゃない。あんたの着てるこういうのだとガキッぽくて印象薄いからさ」
「悪かったわね、ガキで」
 ぷいっと僕は横を向いてジュースを口にする。
 スーツ姿の四人は、丁寧な化粧のせいもあり、どこかのクラブの新人ホステスって感じ。まあ、ゆり先生がそれを狙ってたみたいだけど。それに美咲先生にそうとう教育されたのか、諸外国から来た先生に片言の英語とか、わかりやすい日本語で応対するその仕草とか喋り口調とかは、自然な女の子になっていて、入所式の時はすね毛まで生えていた子もいたけど、ミニのスーツから見える四人の太ももは、今やすっかり白くふっくらした女の子の太ももに変わっていた。
(そうだよね、僕の太ももだって、女の子になるの早かったもんね)
 ちょっと昔の事を思い出していた時、
「ゆっこ?」
 誰かが僕を呼ぶ声が聞こえた。声の方へ顔を向けるけど、そこにはゆり先生達日本のグループの人はいない。
(気のせい?)
 僕はちょっと不思議に思い、ともこちゃんとまいちゃんの所へ行こうと身を翻した時、
「ゆーーっこ?」
 今度ははっきり聞こえた。
(誰だろ?あれ、何か聞き覚えある声)
 そう思って再び振り返る僕。
「ゆっこ!」
 今度ははっきり聞こえた。その声の主は今日始めて見る黒のパンツに黒のシャツを着た人。その人って…誰?
 僕がその声の主の顔を見た途端、僕の目は突然驚きで大きく見開かれ、ぽかんと開いた口からは声にならない声が漏れる。突然僕の手にあったジュースのグラスは僕の手を離れ、床に落ち、パリンと音を立て、そしてその瞬間、僕はその声の主に向かって突進していった。二,三人の人に体が当たったけど、今の僕にはそんなことどうでもいい!僕は声の主の首筋に飛ぶ様に抱きつき、そして一言叫んだ。
「純――――――――――――!!!!!!!!」

 

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