メタモルフォーゼ

(27) 「新入生入所式は大騒動」

ライ先生達が去った後は、いよいよ久保田さん達4人が入所。僕は元クラスメート達の女装姿を見るのが憂鬱だったけど、ゆり先生に朝起こされて、仕方なく入所の説明とかされている部屋へ行く。
「ああ、もうなんかやだなあ・・・」
 部屋の中を覗いた僕は、一瞬はっとした後、なんだか笑いがこみ上げてきた。既に4人は、2年前、僕の着せられていたあの懐かしい白のブラウスと白のスカート姿で椅子に座っている。部屋へ入ってくる僕を見て、軽く胸元で手を振る久保田さん。でも他の3人は一斉に下を向く、そりゃ恥ずかしいだろうなあ。
久保田さんのすらっとした可愛げの有るスカート姿とは違い、3人は文化祭の時と違って本当化粧もしてないし、男の子のまんま・・・。いろいろ資料を読みながら説明している美咲先生の横にゆり先生と座るけど、僕はもうおかしくておかしくて、顔を真っ赤にして笑いをこらえていた。
美咲先生を挟んで反対方向に座っているまいちゃんが気づいて、僕に向かって唇に指を当てて(静かに!)のサインを送るけど、僕はますます笑いがこらえられなくなり、体を上下に震わせる。まいちゃんの横に座ってその姿を見た陽子ちゃんが、やはりつられて笑いそうになる。
「こらっ!ゆっこちゃん!」
 ゆり先生のその言葉が引き金になり、とうとう大声で笑い出す僕。つられて陽子ちゃんも笑い出してしまう。
「ゆっこ!陽子!何笑ってんの!!」
 はっとした美咲先生の怒鳴り声、ところが突如、陽子ちゃんの声が更に大きくなり、座ってた椅子から転げ落ち、床の上で笑いながら苦しそうにしている。
「だって!だって!ゆっこったら、ヒック、ヒック・・・必死で笑いこらえてるんだもん、きゃははははっ」
「だって、だってさ!みんなスカートはいてんだもん!あのさっ、頼むからさっ、そのさっ、すね毛くらい剃ってきてよ、きゃははっ」
 その言葉に思わず、足を手で押さえる3人。それに刺激されるかの様に僕も窒息しそうな笑い声と共に、床に転げ落ちた。だめ、もう昔の僕じゃない。もう笑い出したら止まんなくなってしまう。とうとうまいちゃんも耐え切れず笑い出し、転げ落ちない様に椅子に必死でつかまっていた。
 僕と陽子ちゃんの大笑いに、入所式ともいえるその雰囲気はたちまち台無し。とそこへ、いつのまにか部屋に入ってきた真琴ちゃんが、部屋の後ろでぶすっとして立っているのにゆり先生が気づいた。
「あ、真琴、あの、今呼びに行こうとしてたんだけど・・・、もう!ゆっこ!まい!陽子まで!いいかげんに笑うのやめなさい!」
 ともすれば、床に転がって笑っている僕たちと一緒につられて笑いそうになってる状態を必死で隠して、ゆり先生が真琴に言う。
「真琴!何遅刻してるのよ。早く来なさいっていったでしょ!」
 一人冷静にしている美咲先生の声だった。どうしていいかわからないといった様子であたふたしている久保田さんの横で、恥ずかしいのか顔を真っ赤にしている、朝霧クン達3人。ようやく笑いが収まってきた僕と陽子ちゃん。その前で美咲先生だけが怒りを露にして震えてる。
 と、その時、真琴ちゃんはつかつかと椅子に座ってる中村クンの側に行き、何故か泣きべそをかいている顔でつんとする。
「中村クン!本当に女の子になっちゃうの!?」
 突然の真琴ちゃんの意外な発言に、皆笑いが止まり、きょとんとする。
「真琴!何をいきなり言い出すの!?」
 入所式をめちゃくちゃにされた美咲先生が、声を張り上げた。
「あ、あの、そのつもりでここに来たんだけど・・・」
 そう言ってうつむいてた顔を上げ、不思議そうに真琴ちゃんを見る中村クン。と真琴ちゃんの目から大粒の涙がぽろぽろとあふれ始める。
「ばかぁああああああっ!!」
 そう叫ぶやいなや、真琴ちゃんは中村クンの左右の頬に
「ばちーーーん!ぱちーーーん!」
と2発ビンタを食らわせて、手で涙を拭き、部屋から飛び出て行く。部屋の中の全員が真琴ちゃんの出て行ったドアの方向を見つめ、呆気にとられていた。暫く皆言葉を失う中、今度はゆり先生が、ひっくひっくとうつむいて笑い出す。
「ゆり!あんたまで!いいかげんにしないとぶつよ!!」
 恐ろしい顔と目をゆり先生に向ける美咲先生。でもゆり先生はそんなのおかまいなしで、笑い続けていた。
「ミサ、・・・わかんないの?真琴ったら、中村クンに片思いまでしてたのよ・・・」
「えーーーっ」
 一斉に驚きの声があがる。
「もう!頭に来た!入所式はこれで中止!!4人後であたしの部屋に来なさい!」
 美咲先生はそういうと、
「・・・卵巣移植後、1ヶ月で、感情を抑えられなくなる子もいる・・・と」
 資料の切れ端に独り言を言いながら走り書きをした後、資料を纏めて手に持ち、乱暴に席を立って、まだクスクス笑っているゆり先生の後頭部に資料をぶつけで部屋を出て行く。
「あははははははっ、真琴大成功じゃん!あははははははっ」
 美咲先生の姿が見えなくなった途端、ゆり先生が始めて声を大きくして笑う。こうして今回の入所式はさんざんたる様相を呈したんだけど、僕はなんだかこういう形の方がいいなあ、なんて思ったりする。只、僕は久しぶりに大笑いした後でお腹が痛くなり、また疲れもどっと出てきて、再びベッドの上で静養する事にした。

「・・・・・・ごじゃいますぅ・・・」
 暗闇の中で、何か聞き覚えの有る声にふっと目を覚ます。
「お・は・よ・う・ごじゃいますぅー」
 間違いない、如月ますみちゃんが、寝ている僕の顔を、何かのテレビ番組宜しく覗いていた。
「あっううん、ますみ?・・・なんでますみがいるの・・・」
 ふらふらする頭で僕は伸びをしながら、手で顔を覆い答える僕
「いやあゆっこしゃん、子宮移植されてからますます寝姿がセクシーになりましたねえ、もうあちきらのお仲間ですからね。ほら、みけしゃんと智美しゃんもいますよ。ほら、折角みんなでお見舞いに来たんですから、ほらちゃんと起きてくだしゃいな」
 ますみちゃんの後ろで、みけちゃんと智美ちゃんも軽く手を振る。
「あーっ、みけ、智美、来てくれたんだ。ありがとーっ」
 ベッドから体を起こして、皆に笑顔を振りまく僕。
「おなか大丈夫?」
「手術成功したんでしょ」
「はい、これお見舞いね」
 中は多分ケーキだろうか、甘いクリームの香りが漂う。あ、久保田さんも横にいる。
「堀さん、ケーキ冷蔵庫にしまっておくわ。後で皆で食べれる様に。お茶も用意しておくからさ」
 久保田さんが、ケーキの箱を開けて、中を見せてくれた後、それを持って部屋を出て行こうとする。
「久保田しゃんですよね。如月ますみですぅ、大丈夫任せてくだしゃいな。いろいろ協力させて頂きますから。あと、このみけしゃんや智美さんも味方ですから、安心してくだしゃいな。それにしても、久保田しゃん、最初から女の子らしくていいでしゅねえ。あのがさつな3人組ときたら、なんであの3人がここにいるのか、あちきは今でもわかんないんでしゅよ、ねえ、そう思いませんか、ゆっこしゃん」
 相変わらずよく喋るますみちゃんだけど、久保田さんはにっこり微笑んだ。
四期生雅美ちゃんと研究所の新しい制服/月夜眠
四期生雅美ちゃんと研究所の新しい制服 / 月夜眠



「そうそう、はい、ゆっこのお見舞いはとりあえずおいといて。ゆっこ、始業式ちゃんと出てくんのよ。今年も希望者のみのクラス替えみたいだから、多分また同じクラスだと思うよ。また一緒に遊ぼうね」
「んじゃ、次いきましゅか」
 3人のそっけない対応に僕はちょっと面食らう。
「え?え?あたしのお見舞いに来てくれたんじゃないの?」
「それも有るけど、メインは別にあるの」
 僕の問いかけに意地悪く笑う智美ちゃん。
「やっぱここまできたらさあ!あの3人のスカート姿一目見ないと気がおさまんないよねーえ」
 えーーーっ!そういう事、ちょっとそれ可愛そうじゃん、あまりにも!
おどおどする僕を気にせず、ますみちゃん、みけちゃん、智美ちゃんが何やらいろいろ話を始める。
「今日いるのはわかってんのよ。ゆり先生に聞いたからさ」
「さっきちょっと探したけどいないの。この屋敷広いでしょ?みつかるかなあ」
「鬼ごっこみたいなもんじゃない」
「何言ってるんでしゅか、この屋敷にいるわけないじゃないでしゅか!」
「え?じゃどこよ?」
 さっきから久保田さんが気になって3人の会話をドア付近でじっと聞いている。
「絶対ゆり先生とか美咲先生の呼び声が聞こえると出てこざるを得ないんでしゅから!」
「じゃ、ますみ、どこにいるってのよ?」
 ますみちゃんが、意地の悪そうな顔をして笑う。
「多分声の届かないヨットの中か、そのあたりだと思いましゅよ。屋敷の外なんてあの姿じゃ出れっこないし。あいつらの行動パターンなんて単純なもんでしゅよ。じゃ行きましょ」
 その声と同時に3人は一斉にドアから出て行く。
「あ、ちょっと、ねえ!みけ!智美!」
 と、ドアの前でケーキボックスを手に、もう片方の手を口に当て、目を丸くしてる久保田さんの姿が有った。
「久保田さん、どうしたの?」
「佐野さん達、ヨットに隠れてるから、ほとぼり冷めたら教えて・・・くれって・・・堀さん、どうしよう・・・」
 あーー、もうしーらないっと!

「えー、じゃもう第1回目のホルモン注射終わったの!?」
「うん、ほら・・・」
 ケーキを冷蔵庫にしまってくれた久保田さんが、再び僕の部屋に来てくれて、いろいろお話。久保田さんが自分の着ている白のブラウスをまくりあげると、そこには注射の後にする白いパッチが張られていた。
「じゃ、あの3人も?」
「うん・・・」
 始めてのホルモン注射で熱っぽいのか、座り込んで僕のベッドに手をかけて話す久保田さん。
「1回打つと、もう完全な男のコでなくなるんだってね・・・」
「うん、そうらしいよ」
「そっかあ・・・」
 とろんとした目を閉じて、ベッドにもたれかかる様にして久保田さんが呟く。とその時、只ならぬ複数の足音が部屋に近づいてくる。それは僕の部屋の前で止まり、ノックもせずあの3人が入ってきた。
「ちょっと!中村クン!佐野クン!朝霧クンも!女の子の部屋に入るときノックもしないの!?」
 怒った僕は鋭い目を中村クンに向ける。
「誰が女の子だよ!お前まだ完全な女じゃないじゃん」
「なんだとーっ!」
 中村クンの言葉に僕が怒ってベツドから起き上がろうとした時、
「なあ、堀、助けてくれ、ちょっと隠してくれ。あいつらにみつかっちまってさ!」
「ひつけーったらねえぜあいつら!頼む、あ、あそこに隠れようぜ」
「ちょ、ちょっと!」
 怒ってる僕に構わず、久保田さんの横をすり抜け、3人は僕の寝ているベッドの下に次々ともぐりこみ始める。
「もう!なんでこんなやつらがここに来たんだよ!」
 怒った僕が叫ぶと、久保田さんがそれを聞いてにっこりと微笑む。と、程なく下の階から、ますみちゃん達の笑い声が聞こえ始めた。階段を上ってくると、軽いノックの後、僕の部屋に入ってくる3人の女の子達。みんな笑い疲れてふうふう言ってる。
「ねえ、またどっか行っちゃったよ、あの3人」
「みけしゃん何言ってるんでしゅか!灯台元暗しを逆手に取って、で、次にあいつらが逃げ込みそうな所は・・・ゆっこしゃんの部屋のここ!」
 というと、ますみちゃんは僕の衣装棚をさっと開けるが、そこには誰もいない。
「じゃあ・・・ここだっ」
  つかつかとますみちゃんが僕のベッドの側に来て、僕に構わずベッドシーツを上げる。
「ら!ビンゴ!!!」
 その光景にみけちゃんと智美ちゃんが床に倒れこんで大笑いしはじめた。
「なんで!なんでますみ、こういうのわかるの!?」
 智美ちゃんがおかしくてたまらないという仕草で笑い転げる。僕も久保田さんもつられて笑い始めた。
「なあ、ますみ。頼むからもう帰ってくれよ」
「あの注射痛い上に頭ぼーっとするんだから」
「頼む、静かにさせてくれ、もういいだろー」
 ベッドの下から女の子姿の3人が次々這出て来るのを見て、更に笑い出す女の子達。と突然、
「何やってんの!あんたたち!!」
 黒いスカートに白のブラウス。ぴっちりピンて留めた髪にクロ縁の眼鏡、そして手にはおしおき棒を持った、2年前に見た懐かしいスタイルの美咲先生がドアの前に仁王立ちで立っていた。
「初日から何ていうザマなの!部屋に戻って衣服の整理と明日の予習しときなさいと言ったでしょ!!入所式もめちゃくちゃにして!覚悟なさい!」
 そう言い放つと、美咲先生は中村クン朝霧クン佐野クンの背中を、かわるがわる力一杯叩き始める。
「ちょっと待って下さいよ、入所式めちゃくちゃにしたのは俺達じゃなくて・・・」
「口応えする気なの!それに俺って何よ!俺って!私っていいなさい!」
 恐れ多くも美咲先生に逆らった中村クンには、更に数発美咲先生の鉄槌が下った。
「さあ!部屋に戻って!久保田さんまで何よ!ちゃんと言われた事やりなさい!」
「あ、すいません。ごめんなさい!」
 最後に久保田さんのお尻に2回おしおき棒を食らわせ、美咲先生は押し出す様に4人を部屋の外へ出した。
「ゆっこも!あの4人から見れば2年も先輩になるんでしょ!他じゃともかく、ここではあの子達の前ではちゃんとやってよね!」
「はい、ごめんなさい」
 僕も素直に美咲先生に謝った。
「あ、あの、美咲先生、すいませんでした」
 自分達のやった事が、結果的に美咲先生を怒らせた事になったとわかった女の子3人も次々に美咲先生に謝った。ドアが閉められ、再び部屋は静かな雰囲気に包まれる。
「みけちゃんや智美ちゃん、そしてますみちゃんがあの3人の事を理解してくれるのは嬉しいし、すごく助かっているわ。あの推薦状貰った時もとても嬉しかった。でも、もう少しあの子達の立場になって考えてあげてね。多分今はとても辛いし、この先どうなるかも不安なはずよ。まあ、ゆっこちゃんが成功したから少しは私達も安心してるんだけどね。とにかく今はそっとしてあげて欲しいの」
 さっきとは打って変わって落ち着いた口調で話す美咲先生に、僕達は再びごめんなさいを言った。

 高校2年の始業式の前日の朝、僕は静養していた伊豆の別荘と、久保田さん達4人・陽子ちゃんと美咲先生にしばしの別れを告げて、ゆり先生の車に乗り込んだ。
真琴ちゃんと陽子ちゃんは半分涙声になりながらお別れの挨拶。そして何度も陽子ちゃんに向かって手をふりながら車に乗り込み、クラクションを鳴らして東京へ向かった。
途中いつも通り湘南稲村ヶ崎の公園で休憩を取る為、車道をはさんで反対側の駐車場へ車を入れようとしたけど、隙を見て真っ先に真琴ちゃんが歓声を上げて海岸へ降りていった。春だけどまだ肌寒い風が吹く波打ち際、明日からとうとう女子高校生生活を送る事になった真琴ちゃん。クリーム色のスカートが風になびき、いつのまにか細く柔らかくなった髪の毛が海風になびき、太陽にきらきらしていた。そんな中で、真琴ちゃんはじっと海を見つめている。
「真琴、何を思ってるんだろ・・・」
 高台の上からそれを見ていた僕の横に、いつのまにかゆり先生が来て、一人海風と遊ぶ彼女?を眺めながら呟く。
「真琴を女の子にして、良かったんだよね」
「そうね、女の子にしてなかったら、今頃どうなってたんだろ・・・」
 そうこうするうち、真琴ちゃんは靴と靴下を脱ぎ、スカートを指で摘んで、波と遊び始めた。
「あ、あたしもやりたい!」
 僕は急いで波打ち際に下りて、真琴ちゃんと一緒に波と遊び始める。
「ゆっこ!あたし、一度でいいから、女の子で波と遊びたかったんだ!」
 幸せ一杯の表情が真琴ちゃんの顔に浮かんでいた。
「ゆり先生もやろうよ!」
「わかった、ちょっと待ってて」
 子供に戻ったかの様にあたし達3人は、波打ち際で他人の目も時間も気にせず遊び続けた。

 高校2年生としての生活がスタート。半分位新しいクラスメートが入ってくる中、僕とみけちゃん、智美ちゃん、ますみちゃんの4人は希望通り同じクラスで、クラス替え発表の場で一通りご挨拶程度にはしゃぐ。ますみちゃんに聞くと、どうやら僕達4人は学校中でも可愛い系女の子4人組という事でちょっと知られた存在になっていて、僕達を目当てにA組に希望を出してくる男の子もいたらしい。
(僕を追ってくる男の子がいるなんて・・・)
キュンとする感覚と共に、またお腹にかすかに痛みが走る。最近ちょっと食べすぎ気味でぽこっと出てきたお腹をさすりながら、学期は変わったけど、たまたま前と同じになった教室へ向かう。
 とりあえず、他の3人と一緒に隣り合わせで1年の時と同じ席に座る僕。と、その時いつもと同じ様に座ったつもりだったけど、僕は机の角に思いっきり腰をぶつけてしまう。
「いったーーーーっ」
 そのまま手を腰に当て、気をつけながら椅子に座る僕。と、その時
「あ、あれ・・」
 ゆっくり座ったはずなのに、僕のお尻と太ももは一度バウンドする様にはずんだ後、スカート越しにぺちゃっと椅子にくっついた。
「ゆっこ何やってんの」
 智美ちゃんの指が僕の背中のブラのホックの部分をつつくのを愛想笑いで軽く返す僕。僕は恐々、机の角にぶつけた腰を触ってみた。
「!?」
 以前は体の中に入っていた腰の骨の端は、外から触って形がわかる位はっきりと出っ張り始めていた。そして、前に座っていた椅子と同じだったのに、座った感覚は明らかに前と異なっている。太ももの後ろとお尻に何か薄くて柔らかいいクッションでもはり付いたかの様な感触だった。間違いない、最後まで変化のあまり無かった僕の腰の部分がとうとう女の子の形になりはじめたんだ。
「ねえどうしたの?」
 今度はみけちゃんが声をかけてくれる。でも僕は股をしっかり閉じ、両腕を前にぎゅっと力を込める様にして、只笑っているだけだった。

 新学期が始まって数日後、最初の体育の時間。昼休み前だったので、僕は少し早めに女子更衣室に入り、制服を脱いでブルマを履き、ほのかに洗剤の香りのする上着を着て、中でみんなを待っていた。程なく智美ちゃん達が入ってくる。
「ゆっこ早いじゃん」
「なんで?なんでこんな早いの?」
 皆口々に僕に言いながら、着替えを始めた。何故か更衣室の中のベンチに座ってそわそわしている僕。それにはちょっと理由が有るんだ。
「ねえ、早く出ようよ」
「外もうあったかいでしゅよぉ」
 僕とおんなじブルマ姿になった智美ちゃんとますみちゃんが、座ってる僕の前に来てせかす。
「どうしたの?気分でも悪いの?」
 長い髪をヘアゴムで纏めながら、みけちゃんも僕の前に来る。
「もうちょっと待って、ほら、皆が出て行くまでね」
 僕は座ったまま、3人にお願いする。
「へんなの・・・」
 そういうと智美ちゃんが、傍らの鏡の前でブルマのヒップの部分を直し、上着でブルマを隠す様にしてから髪を手で整え始めた。やがて最後の一人が出て行き、更衣室の中は僕達4人になった。他に誰もいないのをちらちらと確認した後、僕はやっとベンチから立ち上がった。
「ねえ、今のあたしの姿、何か変なところある?」
 すっくと立ったブルマ姿の僕のその問いかけに、3人は不思議そうに僕を見つめた。
「子宮、移植したんだよね?」
「そういえば、お腹がちょっと膨らんできた気もするけど」
 みけちゃんと智美ちゃんが、不思議そうに言う。僕はちょっと恥ずかしそうに首を振った後、ちょっと息を吸って秘密を話し出す。
「あたし、今日あのパット付けてないの」
「うそぉぉぉ!」
 ますみちゃんがそういうと、僕の股間を確かめる様に両手でさわり始めた。
「ちょっとますみ、何すんのよ」
 続いて、みけちゃんと智美ちゃんも、ブルマの上から僕のお腹とかヒップを触りだし、とうとう股間に少し手まで滑らせて来る。
「ゆっこ!ぜんぜんわかんなかった!」
「じゃ、ブルマの下パンツだけ?」
 ちょっと声が大きくなってきたので、僕は指を可愛く手に当て、お尻を突き出し、前かがみになって「静かに」のポーズを取る。
「ショーツガードル履いて、ちょっときつめに押さえてるんだけど、もうわかんないでしょ?」
 僕は恥ずかしそうに言うと、皆の前でちょっと胸を張って、ティーンスマガジンのモデルの女の子みたいに立ちポーズを取った。
「ゆっこ、おめでとーっ」
「今日、放課後何か食べにいきましょうよ!あちき奢っちゃいますから!」
 今まで、女子更衣室でちょっと気まずい雰囲気で着替えしてきたけど、やっと堂々と着替えをする事が出来るようになったみたい。ある意味本当にこれで女の子になったかなって気がしてきた。

 その日の体育はちょっと憂鬱だった。入学当初はまだ体の中に男の子が残ってたから、体力測定なんて全部クラス1番だった。それ以降陸上部の女の子とかに50m走のタイムとかは抜かれて行ったんだけど、今日の測定では、トータルでクラスでは僕は5番位にまで落ちていた。只、スポーツ系のクラブとかに入っていない女の子達の中では相変わらずトップだったけど。
 とにかく、もう走る時の腰の感じとかが明らかに以前と違ってるし、早く走ろうとしても、多分もう筋肉が女の子並になっているんだろうけど、とにかく太ももがすごく重く感じて、素早く足を動かす事も出来なくなっていた。子宮移植されてまだ1ヶ月も経っていないのに、僕のお腹と腰の部分は早くも女の子化し始めていた。
 その日の夕方、僕達4人は久しぶりに揃って渋谷の街を散策。高校でも可愛い4人組という事でちょっと有名になってきた僕達を、渋谷の街がそっとしておいてくれるはずはなかった。あちこちでカラオケ・美容院・化粧品のティッシュを手渡され、ホストクラブの勧誘の男の子達から執拗に追い掛け回され、ナンパしようと声をかけてくる男の子達も少なくなかった。
 最初のうちはちやほやされるのがとっても楽しかったんだけど、こうも続くととってもうっとおしくなる。もう本当いいかげんにそっとしておいてほしかった。みけちゃんはそんな男の子達を適当にあしらいながら、僕達を引っ張っていってくれる。僕は早くその技を盗もうと、彼女の言葉とか仕草とか顔の表情をずっと細かく観察していた。
「そうだ、ともこさんと真琴の店行ってみよ!」
 言うが早いか、みけちゃんは河合さんの店の有る1○9ビルへ走っていった。

 フロアの別の店の陰からそっと河合さんの店を覗くと、相変わらず可愛い高校生で一杯の様子。その中でブルーのジーンズにピンクにラメのTシャツ姿のともこちゃんが商品の整理とかをやっている。
「あ、真琴いたいた」
「ちゃんと店員やってんじゃん!」
 奥からブルーのジーンズに水色地に黄色でギターの絵柄の描かれたTシャツ姿の真琴ちゃんが、お客さんと一緒にスカートの品定めをしながら出てくる。
「ねえ、後で来た方が・・・」
 僕がそう言おうとした時、もう他の3人は店の方へ駆け足で向かっていった。
「ともこさん、真琴、元気そうじゃん」
「どうでしゅか!ちゃんと儲かってましゅかあ!」
 一斉にみけちゃん達の方へ振り向く女の子達。中には
(なによ!あの子)
 みたいな顔で睨む子もいる。
「ちょっと、みけ、智美、あんまりお仕事の邪魔しないほうがいいよぉ」
 女の子達の冷ややかな視線をあびながらも、ともこちゃんと真琴に手を振って笑っている3人の所へ行き、早く帰ろうって促す僕。
「いいじゃん!こんな有名店の店員さんとお知り合いなんて、結構自慢できるじゃん!」
 智美ちゃんがちょっとむすっとして僕に答える。と、商品の並び替えしていたともこちゃんが僕にそっと耳打ちする。
「あたし、ゴールデンウィークは手術でしょ。真琴に早く仕事覚えてもらわないとさ」
 そっか、ともこちゃんもいよいよ僕とおんなじ手術受けるんだよね。と、今度はともこちゃんが3人に向き直った。
「ねえ、智美さん、みけさん、ますみさん。悪いけど、ゴールデンウィークここでバイトしてくんない?ほら、あたし、あれだから。ね?」
 その言葉にますみちゃんが真っ先に反応した。
「えー、この店でバイト!やる!絶対やりましゅ!ライブ1つ入ってるけど、そんなのキャンセルしましゅよ!」
 他の2人も嬉しそうにして目を輝かす。回りの女の子達の目線が更に冷ややかになっていく。
「ばーか」
「なによ、あの変な奴」
  捨てセリフを吐いて去っていく女の子もいる。そっか、女の子達は何でもいいから少しでも目立ちたいって気持ちが有るんだ。モデルになってみたいとか、着飾ってみたいとか、TVに出てみたいとか。有名店で働いてみたいってのもその一つなんだ。そしてそれが出来なかった女の子達からは容赦ない嫉妬の攻撃が飛んでくる。最近こういう男の子の知らない女の子の裏とか知る事がとても多くなった。

 そうこうしているうちに、たちまちゴールデンウィークは間近になり、ゆり先生も慌しく電話をしたり、何かいろいろと一般の外来の仕事の後も診察室に篭りっきりになり、結城先生もやってきて、夜遅くまでなにやら打ち合わせをしていた。時々僕がお茶とかお茶菓子を持っていくけど、僕に声もかけてくれない。
そして、手術の前日がやってきた。夕方頃まいちゃんが陽子ちゃんを連れて美咲先生と一緒に早瀬先生と一緒に到着。そして結城先生と他の先生達、そして夜遅くなってライ先生がゆり先生の車で到着した。
慌しくなった早乙女クリニックではゆり先生と美咲先生他が地下室に篭って、いろいろ準備しているみたい。そして僕の部屋ではまいちゃんとともこちゃんが、ちょっと緊張気味で、ベッドの上で寝転んでいる。
「ゆっこ、体なんともない?」
 まいちゃんが不安を隠しきれない様子で手術後の事いろいろ僕に聞いてくる。側では陽子とともこちゃんがなにやらテレビ観ながらなにやらお喋りしているみたいだけど、聞いていてもともこちゃんがかなり緊張しているって事がわかった。
「ゆっこちゃん、陽子ちゃん、入るわよ」
 ノックして部屋に入ってくるゆり先生の手には、何やら衣装らしきものが入った紙袋が有った。
「あーもう、疲れた。毎回毎回こんなんじゃ体もたないわよっ」
  紙袋をちょっと乱暴に床に置いたゆり先生が大きくあくびをして、肩をちょっと回し始めた。
「まいちゃんと、ともこちゃんは明日9時に地下室に来てちょうだいね。それから、ゆっこちゃんと陽子ちゃんには明日いろいろお手伝いしてもらうから、明日やっぱり9時にこれを着て地下室に来ること。いいわね」
 ごそごそと陽子ちゃんが紙袋の中を探る。
「あーっ、これ看護婦さんの衣装じゃん!ナースキャップまである!」
「こーら、陽子ちゃん!今出さないの!」
 喜んだ陽子ちゃんが袋から出そうとするのをゆり先生があわてて止めた。
「もう、ほんとに、遊びじゃないんだからね!清潔な衣装着て手伝ってくれないと。ともこちゃんやまいちゃんに悪い菌が感染したらどうすんのよ!」
「はーい・・・」
 残念そうに陽子ちゃんがナースウェアを紙袋に戻した。

 その夜は僕の部屋で床に布団を敷いて、4人で一緒に寝た。
「ねえ、手術の後どうだった?」
 布団の中で、僕に興味深々で聞いてくる3人の元男の子達。
「えっとね、ほら、腰骨が出っ張ってきてさ・・・」
 僕の話す体験談は深夜まで続いた。

 翌朝、目覚ましの音で飛び起きると、大急ぎで顔を洗いストッキングを履いて、用意されたナースウェアに着替え、陽子ちゃんと向かい合ってナースキャップをお互いに髪にしっかり留めると、まだ布団の中でごそごそしているともこちゃんとまいちゃんを叩き起こして、部屋の外に押し出した。
「ほらあ、もう、10分も遅刻だぞ!」
 美咲先生の声に、謝りの言葉を返してフェアリールームへ向かう僕達。そしてそこでともこちゃんとまいちゃん達と別れた。僕と陽子ちゃんはいろいろ指示された物を準備する為に。そして、最初にまいちゃんが擬似女性体になるために、控え室でガウンに着替え始めた。

 

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