メタモルフォーゼ

(21) 「やだあっ 襲われるっ」

 翌朝、大事なお話しが有るという事で、僕とまいちゃんとともこちゃんだけが残り、皆を見送った。大事なお話しって何だろ?純ちゃんの事?それとも、まさか早乙女先生の今後の事??言われた時刻に診察室に集まった僕達は、本当気が気でなかった。
 僕達の待つ部屋に二人の先生は、何だか物有りげな雰囲気で入ってきて、ゆり先生がドアを閉める。
(ゆり先生がドアを閉める時って、本当に何か大切なお話のある時だ)
 ソファーに座り、そわそわする僕達を前に美咲先生が話し始める。
「私達の研究機間でも、純ちゃんがあんな事になってすごくショックを受けてるの。私やゆりに対する非難とかも少なくなかったわ」
 僕達は黙って俯いていた。
「端的に言うわ。あなた達三人の内、誰か一人に本来純が受けるはずだった治療を受けて欲しいの。少し予定が早いけど」
「ええーーー!」
 僕達は一斉に驚きの声を上げる。美咲先生がそんな僕達に動じずに続けた。
「あなたたち三人の誰かに子宮移植して、そして同時に骨盤形成と女性型泌尿器の形成の為の治療を受けて貰う事になるわ」
「ええー!とうとう本当の女の子になれるの!?」
「えー!あたし受けたい」
「あたしも!」
 皆が歓声を上げるけど、何故か先生達は浮かない顔をしている。そんな先生達を不審に思った僕は、ちょっと声を落として聞いてみた。
「先生、何かあるの?その治療って…」
 美咲先生はちらっとゆり先生の方を見た後、話しを続けた。
「対象者は一人だけ。少し危険を伴う治療かもしれないから。動物実験で成功したばかりなのよ。子宮移植は別に問題無いんだけど…」
 一瞬ぎょっとして息を飲む僕達。
「女性器形成には、最近ライ先生が発明した今までに無い方法を使うの。別に難しい事は無いわ。ある物から作った生物組織を、退化した男性器の上に張り付けるだけなの。やがて時間が経つにつれ、それはあなた達の皮膚組織になじみんで、女性自身に変化していくの。そればかりでなく、骨盤を女性型にして、あなた達の全身の細胞をも長い時間をかけて女性型染色体に変えていくのよ」
「えー!そんなの何も恐くない気がするけど…」
 ともこちゃんが拍子抜けした様に話す。でも美咲先生は暫く黙ったまま再びうつむき、そして暫くして髪をすっとかきあげた。
「この生物組織は、実はガン細胞をヒントに作られた物なのよ」
「ええ!」
「ガン細胞!?」
 驚く僕達に、美咲先生は早口でまくしたてる。
「あなた達に貼り付けられた組織は、まずその部分に寄生して、あなた達の体から血管を誘い込んで根付いた後女性器に変形していくの。そして周辺の皮膚組織を取り込んで染色体だけ女性型にしたコピーを作って、やがて全身にその細胞がまるでガンが転移する様に広まって、あちこちで分裂しながら男性の細胞を取り込んで、女性型の細胞のコピーを置いて行くの」
 僕達はもう恐くて声も出なかった。
「つまり、あなた達は全身その生体組織によって作り変えられてしまう事になるの」
「そんなのやだ!恐い!」
 ともこちゃんがまず声を上げた。僕も当然そんな恐い事嫌だった。
「ねえ、それってちゃんと成功するの?」
 まいちゃんが怖々尋ねる。美咲先生がちょっと困った様子で答える。
「一ヶ月程前、モルモットを使った実験は成功したの。純が受けた放射線治療はやはり苦痛とかが伴って良く無いんで、ライ先生が別の方法を…」
 その時、僕は何やらわめき声を上げ、テーブルの上の資料をひっくり返した。
「そうなの!そうなんだよね!純も、僕も、みんな、只のモルモットと同じなんだ!」
 僕の形相に二人の先生が当然驚いた。
「ゆっこちゃん、違うのよ。誰もあなたをそんな風に思っちゃいないわ!」
 僕は涙目でキッと先生達を睨む。
「そう…、そうなの!純が失敗したから、今度は僕達って訳!?純はどこにいるのよ!会わせてよ!誰も純の事心配してないんだ!ライ先生だってさ、何だよ!僕まだライ先生に名前で呼ばれた事ないしさっ!そうだよね!モルモットに名前いらないよね!第何号で十分だよね!」
「ゆっこちゃん!お願いだから分かって!!」
 美咲先生の言葉と同時に、僕は椅子をひっくり返し出口に向った。
「ゆっこちゃん!お願いだから聞いて!」
 僕は聞こえないふりをしてドアノブに手をかける。
「お願い!ゆっこちゃん!出来るならゆっこちゃんに受けて欲しいの!ライ先生も、ここにいる間ずっとあなた達のカルテを分析していたのよ。今いる五人の中で、部外のホルモン使ったり、去勢されたりしないで、最初から私達のちゃんとした治療を受けた子は唯一あなただけなのよ!他の四人の為にも御願い!それに、あなたが受けてくれるなら、その事でずっとあなたの面倒観てくれてたゆり先生の首も、かろうじてつながるのよ!」
 僕は悔しさと腹ただしさと、そしてすごい空しさを感じ、そのままミュールをつっかけた。
「僕、純ちゃんが元気で帰って来るまで絶対治療なんて受けないから!」
 玄関まで追ってきた美咲先生に言い放って、僕は外へ飛び出していった。

 辺りはもう真っ暗だった。早乙女クリニックを飛び出した僕は、只どこへ行くでもなく、上着も無く、カタカタと音を立て、ミュールのままで只暫く走っていた。普段着のまま思いっきり走ったなんて本当久しぶり。でも、もう男の子の時みたいに走れない。スカートが歩幅を束縛するし、ミュールも走りづらい。お尻とか太ももに付いてきた柔らかな肉は足の動きを邪魔するし、もうその足の筋肉さえかなり脂肪に置き換わってるから…。男の時の半分位しかスピードが出なかった。
 暫くして近くの公園に来ると、やっと僕は今の状況に気付いた。上着も着ずに、白のセーターと赤のスカート、黒のストッキング姿の僕にとって、冬の夜の寒さは全身に突き刺さる様だった。
(どうしよう、今更すぐにゆり先生とこに戻れないし…)
 だんだん女の子に変っていくにつれ、確かに僕は以前とは違い、後先考えない行動を取る様になっていってるみたい。とにかく携帯電話が手元に有った事だけが幸いした。
(そうだ、智美かみけに電話して今晩泊めてもらおうか…)
 寒い中、誰もいない公園の脇で、振るえながら僕はスカートのポケットを探り始めた。

 とその時、後から誰かの足音!びくっとして僕が振り向こうとした瞬間、僕の口にタオルみたいな物が巻かれる。
「!!」
 僕は咄嗟に抵抗しようとしたけど、ごつごつした手が僕の腰にしっかり巻かれ、無理矢理どこかへ引き連られていく!
(誰!やめてっ!!)
 声を出そうとしたけど、口に巻かれたタオルがそれを妨害した。誰がこんな事するのか必死で顔を後へ向けると、目無し帽を被ったかなり若い男みたい!
(やめて!やめてーっ!)
 でも僕の口から出るのは、タオルで邪魔された意味不明の言葉と小さな悲鳴だけ!たちまち僕は公園の樹木をすり抜け、明かりの灯った傍らの廃屋の裏口に連れこまれていく。怒りに満ちていた僕の顔は、だんだん恐怖に怯える顔つきになっていた。
(まさか!僕レイプされるの!?)
 恐くなった僕は、ありったけの力で相手から逃れようと暴れた。
(バカ!こんな事していいと思ってるの!)
 でも、だめだった。相手は僕と同じ位の背丈、僕の方が体が大きい位なのに!でも相手は男、僕は女の子になりかかった体、抵抗は全て相手の強い手と体に吸収されていく。だんだん荒くなっていく相手の息が間近に聞こえ、とうとう僕は懐中電灯が吊るされた廃屋の部屋の床に押し倒され、相手に馬乗りにされてしまう。
(いくら抵抗したって、捕まって押し倒されたら終りなんだから!)
 頭の中に純ちゃんの手紙が浮かんできた。
「やだ!やだ!」
 ふと口元のタオルが緩み、僕の口が自由になり、悲鳴を上げる事が出来た。しかしその瞬間、僕の頬に焼ける様な痛みが走った。一瞬気が遠くなる僕の口は、今度はしっかりとタオルで猿轡されてしまう。どうやら平手で思いっきり叩かれたみたい!そしてどこから取り出したのか、今度は傍らの柱に縛っているロープで僕の片手を縛り始める!
(どうして!どうして僕抵抗出来ないの!?逃げられないの!?)
 恐怖で腰が抜け、力も出ない僕に馬乗りになり、その男は帽子の下から始めて声を出した。
「きっ君可愛いよね。僕一度でいいから、君みたいな女の子とさあ」
 恐怖で引き攣った僕の顔にそいつは目無し帽を少しめくり、口を出すと、僕の顔に…!
(助けて!ゆり先生!おかあさん!純!)
 顔を舐められる嫌な感触と少し臭い息!僕の白いセーターはたちまち脱がされ、男の目の前で僕はキャミソール姿!いやだああああ!
(やめて!どうして!男ってこんな事するの!!)
「君、いい匂いだね!僕たまらないよぉぉ」
 男が震える僕の胸に顔を埋めると、悪寒が全身を走った。そしてあろう事か、男は両手でピンクの僕のキャミソールを掴む!
「!!」
 微かな音がし、僕のキャミソールは引き千切られ、僕のピンクのブラジャーが!
「えへへ!たまんないよ!ゲームと同じだ!!」
 とうとう男は僕のブラを上へたくし上げた。乳首がワイヤーに擦れ、一瞬鋭い痛みが走る!
「うわあ!可愛いおっぱい!君さ!ゲームの女の子よりいいよぉ!」
 その男はいやらしい唇で僕の乳首を吸い始める。そしていつのまにかそいつは、Gパンを下ろしてブリーフだけになった下半身を僕の両足の間へ!はずみで捲れあがった僕の赤いスカートの中のガードルに男の大きく熱くした男性自身が当たり始める!
(もう、だめ…、みんなごめん…)
 だめだ…、頭の中は抵抗したがるのに、どうして!どうして!恐くて体が動かない!僕の動きが鈍くなったのをいい事に、男は僕の体をさんざん弄び始めた。
「ゲ、ゲームと同じだね!女の子ってさ!襲われると感じるんだね!!」
 とうとう男は僕のガードルに片手を宛がう。普通の女の子はどうかわからない。でも、僕の頭の中にはまだ男の子の部分が幸いにも残っていた。僕の頭の中は、ガードルを脱がされ始めた時点で冷静になっていた。
(ガードル取られても、まだストッキングとパンツ残ってる…。この男の言う通りにして諦めたふりして、そしてちゃんスを…)
 僕は抵抗しようとしてガードルに当てた手を話し、そして悔しいけど、過去、ゆり先生に教えてもらった「ベッドの中で男を誘う女の子の表情」をその男に向けた。
「あはは!やっばりさ、君を襲って良かったよ!」
 男は声を荒げ、僕からするするとガードルを脱がして行く。ストッキングと擦れてパチパチとなる静電気の音を耳にしながら、僕は反撃のちゃんスを待った。そして男が僕のパンツに手をかけようと、四つんばいになった瞬間!
「う!」
 僕の少し蹴り上げた膝が男の股間の急所に命中した。力が入ってなかったから、男をどかす事は出来ない。けど、咄嗟に僕は縛られた手で器用に男から目無し帽を剥ぎ取った。
「馬鹿!何するんだよぉ!」
 そう叫んだその帽子の下の顔は、え!まだ中学か高校生位の!?そして僕は一瞬にして顔からタオルを取り、そして女の子に変身していく途中で身につけた、女だけの防具を使う。
「キャーーーーーーーーーーッ!!!」
 男の子の時より高周波になった声が、辺りに響いていく。それは体の弱い女の子にとって回りの人の助けだけが頼りの、悲しい防具だった。
「どうしてだよ!こうして僕と君は結ばれるんじゃないのーー?」
 細い、そしてどこか生気の無い幼い顔のその暴行魔が、悲しそうな顔をする。その時、
「誰かいるのかい?」
 犬の泣き声と共に、おばさんらしき人の声が表で聞こえた。僕は一瞬ほっとしたが、
「あ、なんでも無いです。気にしないで!」
 あろう事か、男は何気ない顔でそう言い返す。僕は腹が立つやらあきれるやらで、負けじと言い返す!
「おばさん!助けて!ぼ…あたし、連れ込まれて、乱暴されたんです!」
「違います!只の喧嘩ですよ!関係無い人はさっさと行けよ!」
 恐怖が抜けきれない僕は、それでもたまらず、手に結ばれたロープを解こうとする。
「こら!君なんで逃げるんだよ!!」
 男が再び僕に襲いかかろうとする。その時!
「連れ込まれて乱暴、と聞いちゃほっとけないねえ!」
 多分犬の散歩中だったのだろう、派手な色のセーターにピチピチのスパッツ姿の中年の太ったおばさんが廃屋へ入って来て、そして乱れた僕の姿を見るなり大声を上げる。
「ちょっと!これの何が喧嘩だよ!あんた女の子襲おうとしてたんだろ!誰か!警察呼んであげてーーー!」
 男はその声に逆上したのか、傍らに有った木の棒を手に!
「う、うるせえ!クソバハ!!おめえに関係ねーだろ!!」
 男はおばさんに向って棒を振り下ろす!おばさんが悲鳴を上げると同時に、おばさんの横にいた小型のシベリアンハスキーが咆えながら男に襲いかかった。
「誰か!誰か来てあげて!!」
 おばさんの悲鳴の横で服にかみついた犬を振りほどこうと、男は異常とも思える姿で抵抗した。その時、
「どうかしたの?」
 今度はスポーツ刈りでトレーニングウェア姿の人が裏口から入って来た。
「この男、女の子に乱暴してたらしいのよ!」
「なにぃ??」
 そのスポーツマンらしき人は、乱暴男をじっと見据える。ようやく犬を振りほどいた男は、そのスポーツマンを睨み付けた。
「なんだよ!俺が何したって言うんだよ!お前達に関係ねえだろ!!」
 男はそういい放つと、その廃屋の玄関へ突進し、戸を蹴破って外に逃げた。
「待て!この野郎!!」
 そのスポーツマンも男を追って玄関から外へ出て言った。部屋の奥で座り込み、がたがた震える僕は、ロープを解こうとするけど、恐怖と寒さで手がかじかみ、なかなか解けない。
「可愛そうに、恐かったよねぇ、大丈夫かい」
 代わっておばさんがロープを解いてくれ、おばさんの側にいる賢いシベリアンハスキーは、暫く僕の匂いを嗅いだ後、僕の顔をぺろぺろと舐め始める。恐怖から解放された僕だけど、何故か声が出ない。
(おばさん、ありがとう)
 と僕は言うはずだった。でも一瞬嫌な気がした。
(あ…あーあ、又…、僕みっともないよぉ。なんですぐ涙がでるの!)
 一瞬むせたかと思うと、僕の意思とは裏腹に、僕はおばさんのセーターに顔を埋め、大声で泣き出した。例によってとめどもなく流れる涙が、おばさんセーターを濡らして行く。
「はいはい、もう大丈夫だよ、安心しな、あーあ、折角の白いセーターがドロだらけだよ…。待ってな、今着るもの届けてやっから」
 そう言うとおばさんは、スパッツのポケットから携帯電話を取り出すと、電話を始めた。
「もしもし、ああ、ますみかい?あのさ、何でもいいからセーターとコート、すぐ持っといで。いいから!ほら、私の良く行く公園の横に気味悪い廃屋有るだろ?今灯りが灯ってる…いいから早く持ってきな!!」
 え?ますみ???ひょっとして??
「あ、あのおばさん…?、ますみさんて…、如月ますみさん??」
「え?はー、あたしの娘だけど、ねえ、ますみ?なんかあんたの事知ってる子が困ってるんだけどさ…」
 あっちゃー…。

 数分しないうちに、裏口にどどどっと音がした。そして、頭のあちこちを色とりどりのカラーゴムとヘアピンで留めた、派手なセーターと継ぎはぎジーンズの女の子が、鞄を持って飛び込んでくる。
「ゆーーーっこしゃん!何やってんですか!こんな所で!!!何裸になってんですか!うちの親に脹らんだ胸見せたって、何の得にもならないれすよ!!」
 相変わらずの仕草と表情に僕は呆れた。でも何だか少しほっとする。
「何?ますみ?あんたの友達かい?」
「友達も何も、堀さんれすよ!あたしの友達の!」
「あ、あれ?あなたが?まあまあ、いつもますみがお世話になって」
 おばさんの態度が急に人懐っこくなる。
「ジャスミン!待て!はいお座り!良し!はい、ゆっこしゃんにご挨拶!」
 僕の横に座り、軽く頭を下げるシベリアンハスキー、その仕草が可愛かった。
「堀さん、さっき男に乱暴されたんだよ。犯人は逃げて、別の助けに来てくれた男の人が追ってるよ。なあ、その服貸してやんな」
「へ!?ゆっこしゃんが??男に襲われた???」
 ケラケラ笑うますみちゃんを、おばさんが一喝。あーあ、またしても変な所をますみに!!笑いながら手渡された鞄には、七色のセーターに、バンドやってる猫の刺繍が背中に有るジージャンが入ってる。僕は無言でそれを着始めた。
「ますみ…」
 僕の問いかけに相変わらずケラケラ笑いながら返事するますみちゃん。
「ねえ、ますみ…」
「何水臭い事言おうとしてるんれすか!いいですよお礼なんて!いやあ、ゆっこしゃんも女が上がりましたネエ!」
「ねえ、ますみ!」
「何れすか!まだ何か有るんれすか!」
「ねえ?家でもそんな格好してんの?」
 すっかり落ち着いて、こんな事言ってしまう僕。急にますみちゃんが真顔になり、僕の頭をはたく。その時、裏口で音がして、さっきのスポーツマンが入って来た。
「だめだ。逃げられたよ。夜だし、足の早い奴だなあ。とにかく警察に被害届けは出しとけな。何か有ったらここに、これ電話番号」
 メモだけ残して去って行くその男の人、ああ、とってもカッコイイ人、僕は胸がキュンとなるのを感じた。それにしても、僕今年何回警察のお世話になってるんだろ。それに、女って、なんでこうも弱い生き物なんだろ…。

 ますみちゃんに付き添われる形で警察で被害届けを出した後、ゆり先生達が迎えに来てくれた。あんな啖呵を切った手前僕はとてもバツが悪く、帰り道も殆ど何も話さなかった。肉体的にも女の子に近づいた今になって、何故自分が女の子になりたかったのか…。何で今更こんな事を思う様になっちゃったんだろ。
「ゆっこちゃん…」
「…」
 ゆり先生の問いに相変わらず俯いたまま黙って歩き続ける僕。
「その…、治療止める?」
「え?」
 美咲先生が話しを続ける。
「まだゆっこちゃん、男の子に戻れる可能性が大きいのよ。でも完全に戻るのは、ここまでかかった期間の倍位の治療が必要だけど…」
 それって…、今度は四年かかって男の子に戻るって事!?しかも、ゆり先生達の組織に今後も四年間付合うって事なの???僕はどうしたらいいか判らず、只黙って歩き続けた。
「ねえゆっこ、まいちゃんとも話したんだけどさ、先にあたしが受けてもいいよ。だって私はもう男には戻れない体なんだからさ…」
 もう一年以上前に去勢されたともこちゃんが僕を慰める様に言ってくれる。
「ゆっこ!あんたちょっと自分勝手だと思わないの!」
 まいちゃんがその横で少し怒った様に喋る。でもさ…
「いいの、これで。女の子ってね、自分を守ろうとする本能が有るから、多少なりとも自分勝手でいいのよ」
 ゆり先生が僕を庇う様に言ってくれる。そうだよね、組織の考えはともかく、少なくともゆり先生と美咲先生は僕の事をちゃんと思ってくれてる。女の子になりたいって土下座してまで頼んだのも僕だもん…。でも、本当に僕、何の為に女の子になるの…?

 翌朝、僕はとても気分が重く、先生達と朝食を取る気にもならなかった。
「とにかく、お正月までに結論出してね」
 昨日そう美咲先生に言われたんだけど、どうしようか?気持ちの整理が付かないよ!その時僕の部屋をノックする音と共に、部屋に入って来たのはまいちゃんだった。
「ゆっこー、何ふてくされてんのよ!早く朝ご飯にしようよ」
「やだ、今そんな気分じゃないもん」
「もう!ゆっこらしくないよぉ!」
「だって僕の頭の中に別の女がいるんだもん!もう昔の僕じゃないよーだ!」
「もう!勝手にしなよ!あたし知らないから!」
 思いっきりドアを閉めてまいちゃんが出て行く。なんで自分に素直になれないんだろ。やっばりこれも頭の中が女の子に変化している為??あーん、なんでもかんでもそのせいにしているみたいでやだなー…
 僕はふと起き上がるとテレビのリモコンを入れた。お正月まであと…六日か。正月の特番予告ばかりが目立つテレビの画面を薄目で見ながら、僕は再びベッドの上に寝転がる。途端に体から立ち上る僕の甘い女の子の匂い。もう慣れっこなのに、今日は一際強く匂って来た。
「なんでだろ…まさか!?」
 過去に女の子が性的に興奮した時とかその後とか、女性香が強くなるって、ゆり先生が講義で言ってた。その、まさか!?昨日、僕襲われかけて、その時僕は嫌で仕方無かったんだけど、僕の頭とは反対に体の方が…!
「なんでだよーーーーー!もうーーーー!」
 まだ男の子だった中学の時、普通の女の子がレイプされて興奮するシーンが出て来る漫画とか見た事有る。こんなのさ、作り話しだよね?
(やっぱり僕に女の子は向いてなかったのかな…)
 もうBカップ一杯まで脹らんだ胸をそっと撫で、寝転がったまま暫く天井を見つめる僕、とその時部屋の電話が鳴った。
「ゆっこちゃん、みけちゃんから電話よ」
 ゆり先生の声の後、落ち付いたみけちゃんの声が続いた。
「ゆっこー!クリスマス楽しかったよっ。あのさ、ますみから聞いたけど、大変だったよね。でも良かったじゃん、無事で済んでさ」
(ああ、もう知られてる!本当お喋りなんだから!!)
 僕は少し腹が立って何も答えられなかった。
「ゆっこー、聞いてる?それでさ、ゆっこに見せたい物が有るんだけどさ、今から来ない?」
 あ、僕今の心境とかゆり先生以外の誰かに聞いて欲しくって、昨日も本当だったら智美ちゃんとかみけちゃん所へ行こうとしてたんだっけ。僕は短く返事して電話を切った。
 今日ばかりは、あんまり楽しく着替えられない。柔らかく白く丸みを帯び、胸とお尻が変化した自分の体を見るのは、何だか今日は嫌な気分。そそくさと下着を着け、ストッキングを履き、地味な黒のスカートに厚手の茶色のシャツを着込み、化粧も殆どせず僕はみけちゃんの家に向かった。

 

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