メタモルフォーゼ

(18) 「事件」

 旅行から帰ってすぐ僕にクラス委員長のつばさちゃんから電話が有った。いくつかの高校による、文化祭合同打ち上げパーティーが近日渋谷で行なわれるみたい。参加高校生徒に限らず、お友達とかいれば参加OKだって!
 早速僕は、純ちゃんを始め、ともこ、まいをエントリーさせて、すぐ河合さんの店に、パーティー用のドレスの品定めに行く事を告げた。旅行疲れでへとへとになっているともこちゃんは、それを聞くととても喜んだみたい。早速僕は旅行から帰ったその足で河合さんの店に向かった。

 高校合同文化祭打上げパーティ。それがあんな忌まわしい事件の引き金になるなんて、その時の僕には想像すら出来なかった。

 河合さんの店に着いたのは夜七時。もう昔みたいに閉店後シャッターの中で恥ずかしげに品定めする必要は無い。多くの女子高校生とか若いOLの人が絶えず入ったり出たり、中々繁盛しているみたい。そんな女の子達に混じって僕達はスカートを腰に当てたり、上着を着て、アクセサリーをいろいろ工夫して鏡の前で笑顔でポーズ取ってみたり。
 女の子としてパーティーに出るなんて、今年始めの僕達の施設卒業式以来だもん。すっかり有頂天になった僕は純ちゃん達と大はしゃぎ!結構値段的に高い服とかをわいわい言いながら品定めする僕達に、お客の女子高校生達の目線がすごく痛々しい。女の子って同性に対してはすごく冷たいんだ。
 指先にまで女の子の柔らかな肉が付いて、白魚とまではまだまだだけど、可愛くなった指先でスカートを摘んで腰に当てたり、両手でスーツを持ち、体にあてて鏡の前でにっこりすると、そこに映るますますふっくらした頬になった僕。
 色々探した結果、僕は純ちゃんのお気に入りだったピンクのミニのスーツの色違いのオレンジのクラバーのスーツ、そして同系色のショーツとブラとガードルのセットを纏めて買っちゃった。ともこちゃんは自分のアルバイトする店の宣伝にって、白のスリップドレスにゴージャスな毛皮の組み合わせ。まいちゃんはまるで結婚式にでも着ていく様な、可愛い深緑の上着付きの少しフリルの入ったミニドレスを手に入れた。
「陽子ちゃんと真琴ちゃん、何だか可愛そうだよね…」
ふと帰り道の電車の中でまいちゃんが呟く。
「だめだよー、だって陽子はいいけどさ、真琴はまだ変身中だもん。元クラスメートと会わせる訳にいかないじゃん」
「そう…そうだよね」

 いよいよ打ち上げ当日の土曜日!昼過ぎに自室でちょっと裸になって鏡に体を映し、ナルシズムに浸る僕。男性自身はそろそろ恥毛に隠れて、前から見てももうそんなに目立たない。夏の海へ行く時、恥毛はちゃんと処理したけど、そのままの形を今も保っている。多分そろそろ恥毛の生え方とかが、女の子のそれに変わってきたんだと思う。
 形良く脹らんだ胸、下腹部に付いた脂肪は、うっすらと腰のくびれを強調し始めてる。女らしくちょっと出っ張り始めたお腹、そこから股へ肉が流れる様に入っていくその形、そろそろ僕にもビーナスラインが出来始めたんだ。
 暫く指で柔らかくなった体をなでまわした後、股にはフィメールパッドがしっかり固定され、やがてその白い体に可愛いショーツとブラが付き、ストッキングが脚に女らしい流れる様な可愛い曲線を作り、ガードルがお腹の丸みを作っていく。ピンクのキャミソールにブラごと胸を隠された後、鏡台に座った僕はメイクを始める。口で髪留めを咥え、長くなった髪をそれで上手に纏めポニーテール姿になり、化粧品の香りに包まれた僕の頬にはオレンジのチークがさし、マスカラと眉墨が可愛い目元を作っていく。目の上に微かにパールの入ったシャドウを馴染ませ、唇はとろける様なつやつやしたピンクで覆われた。
「僕っていつのまにこんなに化粧上手くなったんだろ…」
 独り言を呟いて鏡台から立ち、買ったばかりのスーツのスカートを可愛い仕草を意識して履き、ベルトを締め、同系色のスーツの上着を着て、出来あがり。
 恐る恐る鏡を覗くと、そこにはファッション雑誌に載ってる様な可愛い女の子が一人。
「うわっ可愛い!僕こんな女の子とデート出来たら絶対…」
 思わず、頭に残っている男の子の部分が言葉になって出る。でも、それは申し訳なさそうにたちまち引っ込んで行く。
「僕って、そっか。女なんだよね。ああもう、Bまでいったのにまだ男が残ってるなんて!」
「ゆっこ!そろそろ行くよ!」
 純ちゃんが玄関で僕を呼ぶ。

「ゆっこ!化粧上手くなったわね。それで、こうして並んで歩いていると、まるで姉妹みたいじゃん。よかったー!やっとゆっこも本格的に女に目覚め始めたんだーっ」
「えー、だって僕はもう今年初めから女じゃん!」
「何言ってるの!やっと男の子を意識した化粧が出来る様になった癖に!」
 僕は一瞬どきっとした。そうなんだ。今日は男の子とかもいっぱい来るから、僕は確かにどんなメイクしたら男の子に可愛いって言われるか、時々思いながらメイクしてたっけ。
 人でごったがえす土曜日の夕方の渋谷の駅、でも僕の仲良し三人組みを見つけるのに苦労はしなかった。
「ゆっこしゃーん!こっちこっち!」
 ジーンズのジャンパーにホットパンツ、頭とか腕にカラフルな飾りを付けたますみちゃんは周囲からあきらかに浮いていたんだもん。その横でみけちゃんと智美ちゃんが、もうあっちへいきなよーぉ、という風な感じで距離を置いている。可愛い白のブラウスに黒のジャンパースカートで、頭に猫耳みたいな髪留め付けたみけちゃんと黄色のミニスカート風キュロットのスーツの智美ちゃんを発見し、会場となるクラブへ向った。

 大きなディスコハウスみたいな会場はもう人でいっぱい!受け付けを済ませ、貰った可愛いバッジを女らしく腰に付け、僕達の高校の席へ向った。でも、いきなり現れた可愛い七人の女の子(実はその内四人が元男の子なんだけどっ!)はなかなか場所までたどりつけないの!そう、いきなりナンパしてくるかっこつけた男達!
「ねえ彼女!すっごく可愛いじゃん!七人なの?へえ、○○学院なんだ!俺達も七人なんだけどさ!終ったら二次会行かない!」
「ねえ!彼女達!すっげえ光ってるよ!うん、光ってる!今日ここで一番じゃない!どこ?○○学院?ねえ、そこ行かなくていいからこっちで話ししようよ!」
「うわー!すっげぇまぶい!ちょっと彼女―!冷たくすんなよー!ねえさ、こんなパーティ抜けてさ、どっか行かない!?」
「あ、ごめんね、後でね!」
「うん、ありがと。あっちいかなきゃ…」
 ナンパ攻撃してくる男共に軽く会釈しながら、僕達七人はなんとか席に付けそうになった。
「ねえ、純!女って楽しい!」
 ナンパされたって事で、驚きと興奮で上機嫌になった僕が、純ちゃんの耳元で一言。
「女ってね、選ぶ特権が有るのよ」
 そんな僕の髪を軽く純ちゃんは撫でてくれた。
「ゆっこー!みけ!智美!あ、ますみ相変わらず!おっはーっ!可愛いじゃん!あっ純さん!いろいろお世話になりました。あ、後のお二人もお友達ですかー!来てくれて有り難うございますー!」
 席につくやいなや、綺麗に着飾った白のパーティードレスのクラス委員長の椎名さんがお出迎え。
「椎名さーん、ありがとね。うちの高校は今回参加してないから、ゆっこの紹介って事で」
 純ちゃんが笑顔で挨拶。
「純さーん!いろいろお世話になりました。ええ、純さんなら大歓迎しますよ!」
 傍らには、女装ウェイトレスやってた三人が、ぴっちりした三つボタンスーツ姿で挨拶。
「堀さーん!そのスーツ可愛いですね!後で貸して!」
 いきなりそう言った朝霧君が男子数人に頭をはたかれていた。

 突然大音量で流行りのダンスミュージックが会場に響きわたり、そして暫くすると某有名ミュージシャンぽい髪型をした彼一人の男の子がDJ席に上がり、何やら挨拶を始めた。
「○大付属新宿の洋史君。今回のリーダーなの。カッコイイでしょ!」
 つばさちゃんが少し頬を赤らめ、うきうきして話す。ふーん、そうなんだあ。
「若き紳士淑女の皆さん!参加してくださって有り難う!今回は文化祭の打上げを通じて関東では比較的優秀な五校の交流を目的として催した物だ。あ、ここじゃ酒はだめだよ!飲むなら後で俺の見てない所でな!それじゃあ、今日参加してくれた五校を称えよう!向って左から○○学院高校!愛○女子高校!○大付属新宿高校!聖○○学院!都立○○高校!」
 皆の歓声が上がり、口笛を吹く人、音楽につられて踊る人。
「それじゃ、今日の良き日に乾杯!皆さん楽しいひとときを!」
 音楽のボリュームが上がり、色とりどりの女の子達とスーツを着こなした男の子達が入り乱れてのパーティーが始まった。まるで練習でもするかの様に踊り始めている気の早い女の子達が数人、そしてそれに近づいていく何人もの男の子達。
 百人近い高校生達が食べて飲んで(アルコールは無いけど)はしやぎまわる中で、僕達はナンパの続きをしようと寄って来る他校の生徒達を適当にあしらい、比較的静かに料理とか食べて文化祭の内輪話しとかしていた。

 ところがパーティーが始まって十分もたたない頃、突然会場の照明が消え、あたりは真っ暗になった。
「あ、停電!」
「何やってんだよ、もう!」
 会場のあちこちで笑い声が起こる。僕達の○○学院のブースでも、皆が思わず吹き出し、笑い始める。
「ヒューズでも飛んだんじゃない?音楽とかすっごい大きな音で鳴らしてたから。」
 純ちゃんが苦笑いしながらあたりを見回していた。と、純ちゃんの目は、非常灯が灯っている非常口近辺に釘付けになった。
「ゆっこ!ちょっとあれ!あの女見覚えない?」
「え?どこどこ?え?あの辺?ううん暗くて良くわかんない」
 依然停電状態が続き、だんだんざわつき始める会場。と、その時DJ席の近くだけ照明が灯る。
「てめえら静かにしろ!!」
 一人の男がマイクを手に怒鳴り、そのマイクは横の別の男に手渡された。
「お集まりの皆さん。お楽しみ中真に申し訳ないけどね、皆から貰う今日の会費が不足しててさ、今から追加料金を全員から徴収するので、皆さん動かないでね」
 金と茶にまだらに染めた長髪で、顔つきは何かとっちゃん坊や風、小太りの何だかおたくっぽい風貌の男が、マイクを持ってDJ席でにやにやしている。その傍らには数人のチーマーっぽい男が睨む様な目付きで、会場に集まった人々を見回していた。
「何よそれ!あたし聞いてないよ!」
「え?何?何かのイベント?まさかどっきり?」
 一瞬静まったものの、あちこちで苦笑、笑い声、そしてその男に罵声をあびせる人もいた。
「なんでお金払わなきゃなんないのよー!帰れ帰れ!」
 気丈なますみちゃんが机の上のカキピー一掴み掴んで、DJ席に投げ付ける。気にも止めずそのいやらしいおたく風男がマイクを持って続けた。
「追加一人一万円ね。持ってない人は友達から借りて払えよ!連帯責任だからな!」
 意地悪そうに言うその男の高慢チキな態度に男子高校グループから
「帰れ!」
 の声が飛ぶ。その時、DJ席に二人のチーマー風の男に両腕を掴まれた男が一人、荒荒しくDJ席に無理矢理上げられ、ターンテーブルに首を押し付けられた。
「ひ、洋史クン!!」
 ジュースのグラスを床に落し、クラス委員長のつばさちゃんが大声を上げる。服は汚れ、頬に薄紫の痣を付けたその男の子は、まさしく先程DJ席で挨拶をした彼!。その時数人の女の子がバッグを持ち非常口へ走り出しす。
「ほら、ゆっこ!あそこにいるあいつ!」
 純ちゃんが非常口の方を指差す。薄暗がりの中その女の子達は二人のチーマー風の女に捕まり、席へと追いやられている。そのチーマー風の女は…。
「あーー!純!いつか僕達をかつあげしようとしたあいつら!」
 僕の手にぐっと力が入った。あいつらがなんでこんな所で!
「やばいよー!潰し屋だよぉ」
 佐野君が不安そうに呟く。
「えー!潰し屋!?」
 驚いた様に何人かが佐野君の顔を見る。
「潰し屋だよ、あれ絶対!強引にパーティとかに乱入してさ!金を要求したり、会場めちゃめちゃにしたりするんだ。そうされない様に用心棒代とかで、事前にお金とか渡しとけば良かったんだけど…。リーダーそういう事やってなかったみたい。だってそんな事にお金渡すなんて僕だって嫌だもん!」
 パーティ会場がシーンと静まり帰り、勝誇った様に上機嫌で喋り始める金髪おたく男。
「いやあ君達もかわいそうにね。この男が金の計算間違えた為にねぇ、ははははは!それじゃあ今から集めるよ」
「純、どうする?お金…」
 そう喋ろうとした僕は、純の顔を見て息を飲んだ。手をぎゅっと握りぶるぶると体を震わせている彼女(?)その顔は今まで見た事の無い程の怒りの表情に満ち溢れ、その目線はあのおたく男を一点で凝視していた。
「あたし、ああいう奴一番腹が立つの!!!」
 低い声でそう呟く純ちゃんに、クラスの目が集まった。純のその怖い目線をよそに、上機嫌のおたく男の声が上ずる。
「それじゃ、一番端の○○学院かな。結構頭いいお坊ちゃん嬢ちゃんばっかりで、お金とか一杯持ってるでしょ?五割UPでもいいかな?あっははははは。じゃあお前ら集金に行って来い!」
 やがて集金人を名乗る三人が席に近づいて来る。ところがその男のうち二人は…!?
「純!あいつら、あの時のかつあげしようとした…」
「分かってる…」
 確かそいつらって「けんぼー」と「かつ」と呼ばれていた。
「さあて、皆さん一人ずつお金出してもらおうかなあ、ははは。あ、て、てんめぇ!!」
 やっと奴達は怒りで震えてる純の姿に気が付いたみたい。
「久しぶりじゃん。元気してたの」
 鋭い視線のまま口だけ笑う純ちゃんの作り笑いに二人は明かに一瞬おじけついた感じだった。以前肩を抜かれた事を思い出したのだろうか。そして今度は僕の存在にも気が付いたその二人は、嫌な表情で顔を見合わせた。
「はあーい。かつくん、けんぼーくん。おひさぁ!」
 純ちゃんがいれはすごく心強い。そう思った僕の口からそんな言葉が出てしまう。あたりはちょっとした異様な雰囲気だった。かつあげに来た奴達が女の子?二人にたじたじとなり、そんな僕と純ちゃんの服をみけちゃんと智美ちゃんが、よしなよぉって感じで引っ張り、帰れ帰れ!とますみちゃんが煽る。
「お、おい。今日はこの前みたいにいかねえぜ!さっさと払うもん払っちまえ!面倒は嫌だからよ!」
 その時、僕達の事を知らない三人目がつかつかと純の前に立つ。
「兄貴!何やってんだよぉ!こんな女早く締めちまおうぜ!あんだよぉその反抗的な目はよぉ!!」
 そういうとそいつは純ちゃんに向って思いっきりビンタを食らわせ様と、体をひねった。
「純ちゃん!」
 皆が悲鳴を上げた。しかしその瞬間純がくるっと反対を向く。いつのまにか相手の手は純の体に挟み込まれ、純の片方の肱が相手の脇下の急所に直撃を食らわせる。
「ぐふ…!」
 鈍く唸った相手はそのまま床に転び、痛みにのたうちまわった。その騒ぎに会場中の視線が一斉に僕達に向けられた。だが、DJ席のおたく男は不敵にもマイクに向って大声で笑い始めた。
「いやあ!お見事。しかし俺の仲間に女にやられる奴がいたとは。いやいやお笑いだよ。女にやられる様な奴には後でけじめつけてもらおうかね、あっははは。それと勇ましいお嬢さん!俺達に抵抗する毎に皆の支払い分は倍に増えるんだよ。連帯責任だからねぇ!さあて、徴収額は今から二万円になっちゃったよぉ!怨むならあの女を怨む事だねぇ」
 明かに僕達からお金を捕れるという事を前提に喋ってやがる!僕もだんだん怒りが込み上げてきた。
 会場のあちこちで見張りでもしていたのだろうか、チーマー達数人が新たに僕達の席に駆け寄り、取り囲まれる形になってしまった。皆が怯える中、純ちゃんは一人中心に立ち、けんぼーとかつと呼ばれる奴達を睨み付けながら、上着を脱ぎ、サンダルをそろりそろりと脱ぎはじめ、僕に何やら小声で指示した。
「ゆっこ、サラダの上の大きなフォークとスプーンとっといて」
 長さ五〇Cmは有る取り分け用のそれを僕が凝視した瞬間、それは始まった。二人の男が純ちゃんの両手を押さえようと掴みかかるが、純ちゃんはひらりとそれを避け、後に下がり、ひらりとソファーの上に飛び乗った。
「ゆっこ!御願い!」
 その言葉と共に、僕はそのフォークとナイフを放り投げ、純ちゃんが見事両手でキャッチ!
「ゆっこサンキュ」
 純ちゃんが僕にウィンク。そして純を捕まえようと同じくソファーに駆け上がって来た奴に対し、純ちゃんはバトンの様にくるくるとフォークを回し、そいつの鼻とみけんの間に、柄の部分で一撃を食らわせた。
「いってえ!!!」
 そう叫ぶとそいつはバランスを崩し、僕達の料理テーブルの上に転げ落ち、それと共にひっくり返った。
「キャーーーー!!」
 周囲で悲鳴が上がる中、純ちゃんは離れた空席で、フォークとナイフを手に「けんぼー」「かつ」と向き合っている。僕は不安だった。棒術にかけては僕も習った先生と互角に戦える純ちゃんだったけど、体はもうかなり女性に近づいているから…。
「おめえら!何やってんだ!押さえろ!!」
 流石に騒ぎに気が付いたおたく男がそうマイクで指示するや、いろいろな所からガラの悪い男達が純めがけて一斉に走り出す!中にはナイフを持っている奴もいる!危ない!!
 そう感じた僕は既にサンダルと上着を脱ぎ捨て、走ってくる男達に向った。ふと見ると、ともこちゃんとまいちゃんも横にいる。
「邪魔だ!どけぇ!!」
 僕に特殊警棒を振り下ろして来た奴を軽くいなし、足払いかけた後、僕の膝はそいつの胃に命中していた。
 ともこちゃんも走ってきた男の腕を取り一人捕まえ、顔面に目潰しの後、頬に肱の一撃を加えた。まいちゃんも撲ってくる相手をかわし、足で股間の急所に一撃を加えていた。
 走ってきた他のチーマー共は、次々に床に転がった仲間に只ならぬ気配を感じ、僕達三人の前で立ち止まり、睨みあった。少しだけどちゃんとした拳法を習っていた僕から見れば、ヤンキー共の攻撃なんて、力まかせの隙だらけ。体が柔らかくなった分動きやすい。只、確実に急所に当てなきゃなんないけど、でもあいつらの攻撃なんて、自分の急所守る事なんて絶対しないんだから!
「ごめん、ありがと」
 ふと純ちゃんが息も切らさず僕の横に並んだ。あれ!あの二人は!?
 びっくりした僕がふと後を見ると、あの二人は多分指か股間の急所かやられたのだろうか、手を股に挟み、苦痛の表情で空きテーブル脇に転がっている。
「な、何やってんだよ!早く静かにさせろ!おっおい、ふみえ!けいこ!そっちの女どもから金先に集めろ!」
 突然の予想外の展開に、おたく男は明かに動揺している。そいつにそう言われた、あの純ちゃんから教えられたあの女のチーマーは、どうしていいか判らずおろおろしていた。こんな状況でまだかつあげにこだわるなんて、あのおたく男よっぽど頭悪いんじゃないだろか。
「早く消えなよ!うっとうしいから!!」
 髪を乱し、折角のスーツをどろどろにした純ちゃんが、睨み合った何人もの男達の前で叫ぶ。
「うるせえ!このあまぁ!」
 四人位のチーマーが純ちゃんめがけて一斉に飛び掛った。
「純!危ない!」
 僕は咄嗟に身構えで叫ぶ。しかし純ちゃんの行動は素早かった。真っ先に切りかかってきたナイフを持ってる奴の攻撃は軽く流された。純ちゃんの艶かしいオレンジのキャミソール姿の上半身から繰出される、まるでブルースリーがヌンチャクを扱う様な攻撃!フォークとスプーンを操り、コマの様に一回転し、そのチーマーの脇と首筋に同時に打撃を与え、よろめいたそいつのナイフは叩き落され、顔面に鋭い一撃!そいつは声を上げ床に転がり、顔に当てた手の隙間から鼻血が流れる。
 次に上から襲いかかってきた奴に、床を転がりながら避け、向うずねに一撃。もんどり打って転がるそいつに対し、持っていたスプーンをくるっと回転させ、柄の先で男の急所を一撃した後、素早く起きあがり、そいつの顔面に膝を落とした。
 それを見て理性を失ったのか、残り二人は同時にわめきながら純につかみかかったが、片方はかわされた拍子に床に転げ、自らテーブルに激突し、傍らにいたともこちゃんとまいちゃん二人の蹴り攻撃を受けていた。残り一人のパンチは軽く交わされた後、足の膝を叩かれ、その隙に半身になった純ちゃんに五、六発程フォークとスプーンの攻撃を受け、蹴飛ばされた。そいつはDJ席に向ってよろよろと数メートル吹っ飛んでいった後、床に倒れる。それを見た僕はパンツが見えるのも気にせず、側に落ちたナイフを蹴り上げてあさっての方向に飛ばし、蹴りを入れた後そいつの襟首を取って締め上げた。見るとともこちゃんとまいちゃんも、他の倒れた男に襲いかかり、締め上げたり、蹴りを入れたりしていた。
 ガラの悪いチーマー達を次々に倒していく、カラフルな可愛いドレス姿の四人の女の子達。会場のみんなはまるでアクション映画でも観ている気分だっただろう。
 そしてとうとう会場の皆が動いた。多分腕に心得が有るんだろう。男十人位が、倒れているチーマー達に襲いかかり、更にそれを機に更に数十人がチーマーめがけて押し寄せて行く。さすがのチーマー達もあちこちで数人の男達に囲まれ袋叩きに合っていた。
 一人さっきDJ席で怒鳴っていた奴が、バタフライナイフをふりかざして純ちゃんに挑んだ。しかし、ナイフを突き出すやいなや、純ちゃんの巨大スプーンの一撃は、相手の拳の急所に一撃を加えた。ナイフを落としたそいつは、急所攻撃とフォーク・スプーンの柄でこめかみを一打された後に蹴飛ばされて床に転がり、男達の餌食になっていた。遠く向こうでは、金をカツアゲしようとした女チーマーが、集まった何十人もの女の子にとりかこまれ、泣きべそをかいている。その真中で女チーマーに向って怒鳴っているのは、え?智美ちゃんと、あ、ますみちゃんだ!
「こんな事…、こんな事は有ってはいけない事だ…」
 女の子?四人に自分の企みを潰され、とちって一人間抜けな事を言っているおたく男!そいつに向って純ちゃんがコップを投げ付けると、それはそいつのすぐ横の音響機器ラックの端に当たり、粉々に砕けた。
「うわ!」
 怯えた様に叫ぶそいつの頬には、さっきのガラス片で傷ついたのか、血が流れ出していた。そして顔を大きな紙袋で隠し、非常口に向って歩き出す。
「純!あいつ逃げる!!」
 ところが、もう純はその非常口に向かっていた。僕の声に気付いた佐野クン達三人も続く。
 それから暫くすると、突然照明が付き、朝霧クン、佐野クン、中村クンの三人に両腕を逆に締められたおたく男が、さっきとは逆に純ちゃんにDJ席に連れてこられて来た。ふてぶてしくにやけるその男のネクタイを、純は傍らのラックの棒に結び付ける。
「何すんだよ、そのネクタイ高いんだぞ!べ…弁償してもらうからな」
「あら、まだ抵抗する気力残ってるんだ」
 そいつのネクタイを片手でニ、三度ひっぱり、少し息を切らせながら純ちゃんが吐き捨てる様にそう言うと、そいつがさっき持ち出そうとした紙袋を、そいつの顔先にちらつかせた。
「この中にすっごいお金入ってるけどさ、これ誰の?」
「そ、それは俺の金だ」
「え、どうして?だってさ。ここに集まった人の今日の参加証とか入ってるじゃん?」
 純ちゃんはそのうちの一枚を取りだし、そいつの鼻先を叩く。腕を押さえている中村君がケタケタ笑っていた。
「し、失礼だな君!俺の金だ!そんな紙切れ何かの拍子に入ったんだろ!」
 どうやらこいつ頭悪いんじゃなくて本当のバカみたい。でもなんでこんな奴がチーマー何十人も動かせるんだろ?僕はふと疑問に思う。
「早く手を離せ!そしてその金を俺によこせ!今なら見逃してやる!」
 会場のスピーカーから大声で流れたその声に皆が大笑いする。
「あのさあ!あたし日本語わからなくなったのかなあ?あんたの言ってる意味さっぱりわかんないんだけどぉ…」
 再び皆が笑い出す。十七,八人もいたチーマー達は、全員が押さえ付けられ、ネクタイ等で手足を縛られてふてくされている。そのうちの一人が何やら僕に話しかけてきた。最初大声で静かにしろ!と怒鳴ったバタフライナイフ持った奴だ。
「お前、こんな事してタダで済むと思ってんのか」
 僕は無視して、じっと純の方を見続けた。
「おい、お前とさ、あのバケモノみたいな女!俺達の仲間になんねえか?女で腕っ節のつええ奴探してんだけどよ!」
 僕は頭に来て、横に有った手付かずの野菜サラダのボールを、中身ごとふてぶてしくにやけるそいつの頭に叩き付ける様にかぶせ、膝げりを一発御見舞いする。辺りは一瞬静まり返ったけど、再び純とおたく男の会話に、笑いを取り戻した。
「おっ俺にこんな事していいのか、後悔するぞ!」
「早くその手を離せ!」
 相変わらず調子のいい事を叫ぶその男に僕は何だか少し不安になったけど、純ちゃんは一向にひるまない。暫くすると洋史君を先頭に非常口から警官が五、六人なだれ込み、おのおの縛られているチーマー達の元に散って行った。一人の警官が純ちゃんの元へ行き、何やら会話した後、捕らえられているおたく男を連れだしにかかる。更に数人の警官が会場に到着し、残りのチーマー共を何人かの学生の手を借りて連れだしていた。
 あちこちで響く警察無線の声と、時折聞こえるパトカーのサイレンの音を除けば、会場はやっと平穏を取り戻した。男の子達の何人かのスーツはしわくちゃのドロドロ。女の子達は自分達のスーツとかについた汚れを皆で落しあいっこしている。そしてそんな中、何も無かった様に僕の元に戻って来た純ちゃんは、僕の顔を見るなりけらけら笑い出す。
「あっははは!ゆっこドロだらけじゃん!」
 今気がついたけど、ストッキング越しに見える純ちゃんの白い足とか体には、所々青紫の痣が出来ている。僕はじっと無言で彼女(?)を見つめた後、無言でその痣一つ一つを労わる様に摩った。
「いいって、痛くもなんともないから。でもさ、女ってさ、アザとか出来やすいよね」
 相変わらず純ちゃんの怪我を心配する僕、その僕の着ている純ちゃんと色違いのおそろいのスーツについたドロやほこりとかを純ちゃんは手が汚れる事も気にせず祓ってくれる。
「純ちゃん、大丈夫!」
「怪我なかった?」
 久しぶりに拳法で体動かして顔を真赤にしたともこちゃんとまいちゃんが集まって来た。
「純!とってもカッコ良かった。でも、でも何か心配だよ、僕…」
 その時、会場にいた女の子達が一斉に集まり、僕達に口々に色々声かけてくれる。
「大丈夫、なんともないから。うん本当なんでもないの」
 皆に笑顔で応対する僕達だったけど、すぐに警官が割って入って来る。
「すみません。今回の件で当事者の方、一緒に警察に来てもらえますか。証言とか取りたいので」
 一瞬辺りが静まる。
「え!純さん何か罪に問われるんですか!」
 みけちゃんが心配そうに聞く。でも警官の横にいる洋史君を見てほっとした様子だった。
「いえ、そんな事は無いでしょう。既に正当防衛であるとの証言は得てますし。只、ちょっと大事になりすぎてる物ですから」
 警官の言葉に僕も、そして集まった皆も一同安堵した。

 その後警察でいろいろ聞かれた僕達。前回もこの悪共の仲間を警察に引き渡した僕達は少し顔が知れた存在になっていた。
「なんだ、また君達か。本当勇気あるねぇ」
 顔見知りになった警官達にそんな事も言われる。
 結局パーティーはだいなしになっちゃったけど、何だかすっとした物を感じた僕達だった。今日の事わいわい言い有った後、駅で皆と別れ、何事も無かったかの様に僕達は帰途についた。

 翌朝、純ちゃんとゆり先生のものすごく激しい口喧嘩の声で僕は目が覚めた。驚いて僕はパジャマのまま声のする居間の方へ行って見ると、二人は立ったままテーブルを挟んで、お互いがすごい形相で睨み合っている。僕に気がつくいたゆり先生は、さらに怖い形相で僕を攻撃し始めた。
「幸子!!あんたも乱闘に加わったんだって!純を止めもせずに!!」
 いつの間にか、ゆり先生の耳には昨日の事が知れていたみたい。あまりの怖さに僕は声が出なかった。
「ゆりねえ!よしなよ!ゆっこはあたしを助けてくれたんだから!ゆっこに罪無いよ!」
「大有りよ!こんな事する為にあんた達に護身術習わせたんじゃないよ!あくまでも自衛の為なのに!」
「だーかーら!さっきから自衛の為だって言ってるじやん!このあたしから金取ろうとしたんだよ!じゃああたしにどうしろって言うんだよ!どうすりゃ良かったんだよ!」
「もうーーー!どう言ったら分かってくれるのよ!この子は!!!」
 とうとう男言葉に戻り始めた純ちゃんの反論に根負けしたのはゆり先生の方だった。テーブルの上に泣き崩れるその姿に、純ちゃんの表情が少しだけ和らぐ。ゆり先生は傍らの新聞を引っつかみ、バンバン叩きはじめた。
「どうして分かってくれないの!あなたって子は!!今一番大事な時なのよ!あなたに移植された卵巣と、特に子宮はまだ完全じゃないのよ!とってももろい時期なの!そこまで成長したのにまだ生理来てないでしょ!!それに少しでも衝撃受けたら、それだけで機能停止してもおかしくないのよ!予備なんて無いし!それに!それに!!」
 ヒステリック気味にゆり先生は、新聞をテーブルに叩き付け続ける。
「昨日あれだけ大事になったのにさ!新聞には何一つ載ってないでしょ!何かおかしいとは思わないの!!あたしは!あんたの事心配して言ってるのに!それに…!なんで幸子まで…」
 もう限界だった。ゆり先生は床に崩れ落ち、もう只大声で泣くだけだった。それを見た純ちゃんはプイっと体を翻し階段を上がって行く。僕はどうしたらいいか判らず、ふとゆり先生の肩に手を軽くかけるけど、その手は軽く振り払われ、ゆり先生の泣き声は更に大きくなっていく。

 いてもたってもいられず、純ちゃんの部屋へ行くと、純ちゃんは両手を頭にベッドに寝転がって天井を凝視していた。
「純…、あのさ、ゆり先生も…」
「もういいって!分かってる!もう派手な事やんない!」
 純の目にもうっすら涙が浮かんでいた。そうだよね、純ちゃんだって物分りいいもん。純ちゃんの体を一番気遣ってるのはゆり先生だって事分かってるよね。ふと純ちゃんが僕の方を向いた。
「ゆっこさー、あのおたく野郎がさ、警官に連れていかれる時、警官に向って「俺には関わらない方がいいんじゃないの」とか言ってたのよ。その時ははったりだと思ってたんだけど、何か引っかかって仕方ないの」
 僕はちょっと驚いて純ちゃんの目を見つめる。
「何だか、暫くあの辺には行かない方がいい様な気がする。ゆっこもさ、当分渋谷に行くのやめた方がいいかもしんない」
「ちょっと大事になりすぎたもんね…」
 まだ消えない純ちゃんの青痣を摩ってあげる僕だけど、嫌な予感は拭いきれなかった。

 そして、とうとう悲劇が起きた。

 

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