メタモルフォーゼ

(16) 「ドッキドキの初体験」

 暫く休憩した後、早乙女クリニックに戻ってポストを確認すると、またもや須藤君からの手紙が入っていた。
「ゆっこ、今日はごめん。お詫びしたいんだ。許してくれるなら僕の家に来て下さい。須藤」
 もう、懲りずにまたこんなもの入れて!僕は無視してさっさと破り捨てようとした。でも何か引っかかる様な気がする。あれだけ僕にとって迷惑な事しておきながら、又呼び出すなんて。
 フィメールパッドをしっかり貼り直し、ストッキングにぴっちりしたガードルを付け、地味な黒のスカートとTシャツにトレーナー姿で僕は彼の家に向った。

 チャイムを鳴らすと玄関から彼の顔が覗く。
「ありがとう、来てくれたんだ」
「もし用ならここで聞くけど?」
「そんな冷たい事言わないで入ってくれよ」
 以外にがらんとした家の中、人の気配がしない。
「須藤君、一人で住んでるの?」
「え、あ、ああ。今は俺一人さ。二階へ上がって部屋に入っててくれよ。コーヒー持っていくから」
 綺麗に整頓されてはいたけど、僕が来るという事で急いで片付けたんだろうと思う、あちこちにいろいろな物が無造作に積み上げられていた。数枚の海外のロックシンガーのポスターと可愛い女の子の水着のポスター。そう、これが男の子の部屋なんだ。すっかり女っぽくなっちゃった部屋に住む僕にとって、すごく懐かしい雰囲気のする部屋。僕は着ていたトレーナーを脱いで脇に畳んで、かなり目立ってきた胸の膨らみをつんとはじく。
 やがて、自分の部屋なのにノックして須藤君が入って来る。
「ゆっこ、おまたせ」
「ううん、全然待ってないよ」
「どう、俺の部屋、なんか変?」
「別にぃ?ごく普通の男の子の部屋じゃん」
「へえ、他の男の部屋にも行った事有るのか」
 一瞬ぎくっとする僕、
「え、あ、ううん。親戚の子の家とかにはね」
 暫く雑談とか、体育祭のお話しとかするけど、何か須藤君にいつもの元気が無い。
「須藤君、今日の事全然気にしてないからさ、元気出してよ」
「…」
「ねえ、どうしたの?おかしいよ須藤君」
 その時、いきなり僕に向って正座を決める須藤君。いつもの教室での態度とは全然違う。
「ち、ちょっと、ねえ、どうしたの」
「ゆっこ。俺、俺さ、始めて女の子を好きになったのがゆっこなんだ。ゆっこの為なら何でも出来る。ゆっこの為なら死んでもいい!誰からも守ってみせる!」
 飲みかけのコーヒーカップを落しそうになって、僕は目を丸くして須藤君を見つめる。心臓が再びどきどきしはじめ、全身が熱くなった。
「学校のアイドルの一人とこうしていられるなんて、俺本当に感激してる。本当なんだ」
「あ、ありがとう。須藤君。私もあなたの事嫌いじゃないよ」
 まだ半分男の子の僕に恋してくれたなんて、僕だって嬉しい。ちょっと彼には可愛そうだけど。
「ゆっこ、お願い!頼む!」
「……え…」
「俺の初体験の相手になってくれ!」
 もーーーっ!どうしてこうなるのっ!なんで!なんで僕なの!女の子いっぱいいるのに、なんでまだ女の子に変身途中の僕なの!!
「あの、須藤君!とっても嬉しいんだけど!あたしにも、その事情が有って!」
 一ヶ月位だけど、本当に彼は僕に良くしてくれた。相談相手になってくれたり、いろいろ手伝ってくれたり。優しくていい人だな、なんて思ったりしたけど、これは別の話しだもん!
「俺の事、嫌いなのかっ!嫌いならそう言ってくれ!」
「え、嫌いじゃない…けどさ…」
 そんなの嫌いだなんて言えないじゃん!ああ、もしかして!?僕貞操の危機!?
「ゆっこ!好きだよ!愛してる!」
 再び須藤君の手にしっかり抱かれる僕、またもや足とか口ががくがく言って抵抗なんて出来ない。Tシャツごしにブラのストラップを指で触られる度に、男である事がばれないかって、心臓がどきんとする。ところが今度は何かが違っていた。僕を潰さぬ様、そして護る様な力加減で抱きしめてくれる彼。その手と体から、何か本当の愛情みたいなのが伝わってくる。力強くて暖かい、優しい抱かれ心地…。僕の体に付いた女の子の柔らかな肉が彼の体のでこぼこを埋めて行く。なんか体が一つになっていみたい。
(僕、僕愛されてる。女の子として、男の子に愛されてる)
 無意識のうちに目がとろんとなってくる。
「ねえゆっこ、女の子って、こんなに柔らかくていい匂いなんだね」
 だから、僕まだ完全な女の子じゃないんだってば!でも、須藤君の匂いも、なんだかあのジャコウの様ないい匂い。あん、僕何思ってるんだよ!!
 暫く抱き合ったまま沈黙が続く、ああ、早く何とかしないと、僕本当に須藤君の恋人みたいじゃん!と、その時、
「ゆっこ、もし、エッチが嫌ならさ、素股でさせてくれないか!」
 素股って、太腿でエッチするって事?
「ゆっこ。いきなりエッチなんて嫌だろ?わかったよ。素股ならいいだろ」
 女として抱かれ、愛を告白された僕の頭は少し混乱していた。いいよ、そんなに僕の事愛してくれるんだったらさ。ゆり先生も早く彼氏作れって言ってたし。とうとう僕は覚悟を決めた。その選択は、僕がかって早乙女先生の所に「女の子にしてください!」って頼みに行った時の感覚と似ていた。
「須藤君、約束してくれる?本当に本当に!素股だけ?」
「うん、入れない!絶対に」
 僕の心臓はもう張り裂けそう。
「わ、わかったわよ。少しあっちむいてて。見ないでね、絶対よ!」
 くるっと背中を向ける須藤君を見ながら、僕も背中を向ける。スカートに手を入れ、ガードルを外し、ストッキングを脱いで、再びガードルを付けた。ぷるぷると触れ合う僕の太腿の感触が何だか恥かしい。
(さよなら、男の子の僕…、今日とうとう女として男の子に抱かれるんだ…)
そしてもう一度息を呑んだ。
「須藤君、いいよ。好きにして…」
「ゆっこ…」
 唇を少し交え、再び彼の暖かい手に抱かれる僕。愛されてるって感覚が僕から力を奪って行く。彼に抱きかかえられる様にベッドの上に倒される僕の頭の中には、昨日見たエッチビデオの女優がいた。
(僕、こんなに早く、あの女の子みたいになれるなんて思わなかった)
 がっしりした少し汗くさい胸板が僕の体にのしかかり、彼の手が僕の膨らんだ胸に宛がわれる。
(ああっ、僕の胸、男の子に揉まれちゃう)
 彼の暖かな手に刺激され、たちまち僕の乳首はブラの中でツンと立ち、微かだけど僕の口からは喘ぎ声が漏れ始める。

 僕の耳を、うなじを、まるで捕らえた獲物を確かめる豹の様に舐めて行く彼、その手はとうとう僕のシャツを脱がせ始める。いつのまにか僕も少し協力して、とうとうブラ一枚の姿に。でも瞬く間に彼の手は背中のホックへ。乳房全体に感じる解放された感覚、完全に女性化した乳首がすーすーする。その瞬間、僕は両手で顔を覆う。始めて男の子の前で、女として露わになった、まだ男の子の僕の柔らかく大きくふくらんだ胸…。
「ゆっこ、どうしたの?」
「だって、だって恥かしいんだもん!」
「綺麗なおっぱいだね。アダルトの女優だって、こんな綺麗で可愛いおっぱいの持ち主なんてそういないよ」
「んふふ、ありがと。ふーん、アダルト良く見るんだ、須藤クン」
 へへっ、ゆり先生ん所で一年半修行するとさ、須藤クンだってこんな姿に変わるかもしれないんだよ。やってみる?須藤クン?ふふふっ。
 やがて、僕の胸を両手で激しく愛撫する彼、嬉しそうによがり声を上げる僕の姿がベッドに有った。傍らにはいつのまにか脱がされ、無造作に置かれた僕の黒のスカート…。
「じゃあ、ちょっとごめんね」
 すっと立ちあがり、ズボンを脱ぎ、パンツに手をかける彼、僕の頭の中には、昨日観たアダルト女優と完全にオーバーラップした僕の姿が写っていた。ピンクのガードルだけにされ、ベッドに寝かされる僕の目は、じっと彼の行動を追っていた。ああ、なんて気持ちいいんだろ、女として、堅くてたくましい男の人に愛撫されるのがこんなに気持ち良かったなんて…。レズは嫌だって言った昨日のゆり先生とか純ちゃんの言葉が、頭の中に浮かんで来る。そして僕いよいよこれから、男の子に犯されるんだ。只、素股でだけど。
「ちょっと放っててごめんね、ゆっこ、うん」
「ん…」
 軽いキッスの後、もう一度愛撫され、そして軽く口で噛まれる僕の可愛い乳首。そして彼の手は、僕のガードルごしに僕のフィメールパットへ。
「ゆっこ、やっぱりだめ?」
「だ、だめだよ!絶対!!」
 もはや、僕は、僕が男だって事がばれるのだけが怖い。男の子とのエッチ自体は、もう全然嫌ではなくなっていた。
 暫くガードルごしに僕の秘部を愛撫された時、フィメールパッドの中では、やがてクリトリスに変わるはずの僕の退化したあの部分からは、液体みたいな物がじゅんと漏れていく。まるで、男の子の物を受け入れ様とする女の子のあそこが、じゅんと濡れる様な、そんな感じ。
「あ、あん…」
 僕は嬉しそうに声を上げ、彼を見つめる。
「じゃ、ゆっこ、いくね」
 とうとう、赤黒くぱんぱんに膨れ上がった彼の男性自身が、真白で柔らかくなった僕の太腿の間に挟み込まれる。
「あ、熱いのね。それって」
 須藤クンは、それを見てもたいして驚かない僕にちょっと不審がってたけど。やがて、根元までぎゅっとそれが挟み込まれる。丁度僕のガードルの股の下だった。
「ゆっこ、好き、好き…」
 猛然と腰を前後に揺らし始める彼、彼の物からねばねばした液体が出始め、僕の太腿とガードルを濡らしていく。
 当然ながら、僕にはあまり快感はない。でも彼の体液で濡らされたガードルの湿っぽい感覚と、女にされてるって感覚で、頭の中は十分気持ち良かった。無意識のうちに僕の両手は彼の背中にまわり、両足は彼の足に絡めて…。
「ゆっこ!ゆっこ!」
「あん、あん…」
(あぁ、僕、女にされてるぅ!女にされてるぅーっ!)
 彼の熱い物の振動が、パッド越しに僕の退化したあそこに伝わって行く。とろとろと流れ出る僕自信の愛液、それがフィメールパッドを通り越え、ガードルを濡らしていく。もう僕のパンツとガードルは、僕と彼の愛液が混じってびっしょり…。
「あ、ゆっこ…」
「あん、あん、…え?…」
「出る!」
「あ、ちょっと!須藤クン、キャッ!!」
 フィニッシュの直前、股から抜かれたそれは、ピンと弾け、その瞬間彼の精液が僕の顔に!
「ご、ごめん!ゆっこ!嫌だった?」
「も、もう!ティッシュ取ってよ!!」
 顔に付いた須藤クンの精液の匂い。でも…
(あ、ああ、懐かしい、そしていい匂い)
 僕は目を瞑り、密かに栗の花に似たその芳香を楽しんでいた。男の子の時は嫌だったその匂いは、もはや、男の子とエッチまでしちゃった僕にとっては、懐かしくて、そして不思議な甘い香りに変わっている。
 ティッシュで丁寧にそれを拭ってくれる優しい須藤クン。
「ゆっこ、もう一回いい?」
「え、う、うんいいよ。ちゃんと胸から愛撫してね。優しくしてね」
「ありがと、ん…」
「ん、ん…」
 軽いキッスの後、再びエッチを始めた僕達。白くて柔らかくて、いいにおい香りの生き物になった僕を、野獣の様に激しくなった彼がもて遊ぶ。弾力が有るけど、とろとろになった僕の皮膚に、容赦なく食い込んで行く彼の指、あらあらしく弄ばれる、僕の可愛い胸…、
(これが、女なんだ。そして、僕、もう女…)
 そして、僕がもっと感じたいって、彼の体をぎゅっと抱きしめ様とした瞬間!彼の両手は僕のガードルにかかった。気持ちいいっていう僕の感覚は、一瞬にして恐怖に!
「あ、ちょっと!須藤クン!そこはだめ!!」
 ところが彼にはそんな声は聞こえていない様子!たちまち抵抗する僕から、二人の愛液でびっしょりになったガードルが脱がされていく!
「だめよ!だめだったら!!」
「ゆっこ、どうしてさ!ここまで来たら一緒だろ!!」
「だめ!だめだよ!絶対だめ!やめてーーーーっ!」
 僕の口から、今まで口に出した事の無い、女の子の哀願の声が自然と漏れる。でも彼は止めない。彼の手は、僕の履いてるピンクのパンツごしに、僕のあそこをしばし確かめる素振りを見せた後、抵抗する僕の両手を跳ね除け、それを鷲掴みにして剥ぎにかかっる。
「やめて!やめてよ!お願いっ!!」
 恐怖でパニックになる僕の頭、その瞬間!
「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
 僕の口から突然出た金切り声!殆ど無意識のうちに出た、女の子としての断末魔に似た恐怖の叫び声だった。いつのまにこんな声出る様になってたの?僕の体!?。
 その言葉に思わず飛びのく須藤クン。僕は傍らの掛け布団をとっさに体に巻き、ベッドから飛び降り、部屋の片隅に座り込む。そして恐怖と恥かしさ、そして侮辱され、裏切られたって感がこみ上げ、大声で泣き始めた。
「あ、ゆっこ、ごめん…、そんなつもりじゃ」
「ばか!ばか!!ひとでなし!!ひどいよ!ひどいよ!約束だったじゃん!!!」
 僕はもう須藤クンを気にせず、目を真っ赤にしてさっさとブラを付けTシャツを被って、ベッドの横からスカートを拾い上げて履き、トレーナーをひっかける。須藤クンが横で必死になって謝ってるけど、もう耳になんて入らない!
 危なかった。フィメールパッドは半分接着剤がはがれ、もう少しで外れる所だった。着替えた僕は大急ぎで須藤クンの家を出て、彼の体液の付いたガードルとパンストを傍らのゴミ箱へ放りこみ、まだ真っ赤になった目を手で拭いつつ、早乙女クリニックへ急いだ。

「ゆっこちゃん!どこへ行ってたの!?みんな探したのよ。どうしたの、目真っ赤にして」
「いいじゃん、どこでも!」
「須藤クン所でしょ!手紙置いてあったけど。何かされたの!」
「いいっ、なんでもない!」
 その騒ぎを聞き、純ちゃんが玄関に降りて来た。純ちゃんも僕の事が心配になっていたみたい。
「ゆっこ!須藤クン家行ったんでしょ!」
「…」
「ゆっこ!わかってるの!?女の子が一人で男の子の家とか行くって事は、体を許したって証拠なのよ!いつも言ってるでしょ!ゆっこもう男じゃないのよ!女なのよ!!もういい加減に!」
「もう、聞きたくない!!」
 純ちゃんを突飛ばす様にして二階の部屋に掛けあがり、中から鍵をかけ、僕はベッドの上で大声を上げて泣く。その声は下のゆり先生と純にはっきり聞こえていた。
「ほらみなさい。変にあの子を刺激したり、煽ったりするから」
「ゆりねえだって、早く彼氏作れって言ってたじゃん!」

 翌朝、僕は嫌々ながら学校に行った。もうあんな奴と二度と顔合わせたくない。そんな気分で教室へ行くと、奴は既に自分の席にいた。何だか元気無い様子だけど、そりゃそうだよ。昨日僕とあんな事有ったんだもん。
「ゆっこ、大丈夫?倒れてから何ともない?須藤クンだって心配してたよ」
「う、うん、大丈夫、もういい。ごめんね」
 やがて授業開始の前のホームルームが始まった。そしてその時、先生が須藤クンを前に呼んだ。え?何か有ったの?
「ええ、今日御連絡があります。須藤君はお父様の仕事の関係で、明日付けでアメリカはロサンゼルスの、我が校の姉妹高校へ転校になりました。ご両親は数週間前には移っていたのですが、体育祭が終るまではこちらでいたいという須藤君の強い希望で、今日まで伸び伸びにしました。それじゃ、須藤君、最後の挨拶を」
「あ、どうも。一部には話してたけど、俺、今度アメリカへ行く事になったんで。体育祭いい思い出だったっす。いつまでも皆の事忘れないっす」
「須藤!元気でな!」
「俺、冬休み遊びに行くからよ!」
 男子共が口々に別れの挨拶する中、先生の話はまだ続く。
「じゃ、須藤君は引越しの準備が有りますので、今日はこれにてお別れです。皆さん須藤君の新しい門出を祝して、拍手で送ってあげましょう!」
 口笛と拍手に送られ、出て行く須藤君。そんな彼を深い後悔の目で追う僕。なんで!なんで言ってくれなかったの!昨日あんなに強引だったのは、僕との最後の思い出、そして日本での最後の思い出を作る為だったの!そうだって知ってたら僕だって!!
 ふと横に座ってるみけちゃんが僕の肱を突つく。
「ゆっこ。行ったげなよ。少しの間だけど、皆知ってるよ。付き合ってたんでしょあんた達さ」
「いいじゃん、学校なんてさぼっちゃえ!元男のゆっこに彼氏が出来てたなんて事自体重大事件なんだからさ。授業よりも大切じゃん!」
 いつの間にか横に来た智美ちゃんもウインクする。

 そのまま大急ぎで須藤クン家へ走る僕。
(何て言わなかったんだよ!バカ!須藤のバカ!!)
 息を切らして彼の家へたどり着くと、まさに引越し業者が彼の荷物を運び出している最中。丁度あの昨日の思い出のベッドが運び出されていた。そして傍らには、それを悲しそうな目で追う須藤君がいた。
「須藤!須藤クン!!」
 僕の声に驚いた様子の彼、
「ゆ、ゆっこ…」
 大急ぎで彼の元へ駆けつける僕、でも彼は目線をそらそうとふと横を向く。
「なんで、なんで言ってくれなかったの!今日でお別れってさ!」
 須藤クンは答えてくれない。そのまま沈黙が続く。どんどん運び出されて行く荷物を横目で見ながら、彼の悲しそうな目はまだ治らない。
「もし言ってたら、昨日させてくれたのかよ!」
「え…」
 そりゃあ、僕だって辛かったんだよ。本当にあの時、僕完全に女になってたら、処女をあげたかもしれない!
「あたしだって、体調ってものが有るしさ、いいじゃんそんな事。それより何で黙ってたのよ!」
「うっせえ!」
 いかなり大声で僕の方を向く彼、一瞬たじろぐ僕。
「もしさ、そんな事言ったら!俺泣いてしまうだろ!俺、お前にはそんな処見られたく無かったんだよ!!」
 そんな彼の目から、涙が一筋流れるのを見逃さなかった。最もすぐに彼はそれを拭い去り、何でもない様なふりをする。そうだったんだ。本当は泣き虫の癖に、学校とか僕の前とかでは強がりして…。
「須藤クン…」
「なんだよ、俺もう行かなきゃ。飛行機の時間が迫ってるんだよ」
「やっぱり、あたし須藤クンの事好きだよ。最後の思い出、作りなおそっか」
 僕はそう言って、あのビデオ女優さんのキスを少し真似て、自ら唇を須藤クンのそれに合わせた。
(僕からのキッスって貴重なんだよ…)
「お、おい、ゆっこ」
「ん…」
 須藤クンの手から荷物が落ち、その彼の手はしっかり僕を抱きしめにかかった。僕も柔らかくなった体と手で力一杯彼を抱きしめる。生まれて初めて女として出来た彼氏に愛を一杯注いで。引越し業者の人達が変な目で僕達を見るけど全然気にしない。
「あ、ゆっこ。俺本当に飛行機が」
数分間の長い口付けの後、僕達は離れた。
「じゃな、ゆっこ!元気でな!それとさ、男には優しくしろよ!」
「須藤クン元気でね!それと!女の子を騙す様な事しちゃだめだよ!」
 遠く消えて行く彼に、いつまでも手を振る僕の唇に残る、彼の唇の感触の余韻とタバコの匂い。こうして僕のちょっと悲しい初恋物語は終りを遂げた。

 

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