メタモルフォーゼ

(13) 「ウェイトレスデビューそして両親と…」

 数日後、真夏の暑い日差しの日の朝、みけちゃんと僕に智美ちゃんから吉祥寺の駅近くの喫茶店に呼び出しが有った。三人で働けるいいバイトが有ったんだって。僕はゆり先生に用意してもらった偽の履歴書を用意して待ち合わせ場所に向かった。
「智美、ごめんね。アルバイトの世話までしてもらってさ」
「智美、ありがとう。バイト探す手間がはぶけちゃった」
「へへーん、感謝してよね。これってさ、ちょっとしたコネが無いとだめなのよぉ」
 シャネルのバッグから数枚のパンフレットみたいなものを取り出し始めた智美ちゃん。女の子のバイトってすごく時給少ないって聞いてる。だいたいバイト雑誌見ても、男とくらべて最低十〇円か二〇〇円違うもん。早くも女性差別について考える僕。
「ねえ、智美?その、どこなの?バイト先」
「えへへっ、ア・ン・ナ・ミ・ラー・ズ」
「ぶっ!」
 飲んでいたアイスコーヒーをいきなり吹き出し、智美ちゃんの顔を見つめる僕。
「ア、アンミラぁ!?ま、まじ?あの、すっごい胸が目立つ制服の!?」
「まじ。時給すっごくいいんだから」
 智美ちゃんがにっこりする。

「ふーん、アンミラでバイトかあ、いいなあ。面接大丈夫だった?」
「うん、○○学院生徒で、可愛かったら文句無しだって。今日も言われちゃった。君は内田○紀に似てるねって。あははっ」
 早乙女クリニックに戻って、純ちゃんの部屋で嬉しそうにのろける僕の話を、はいはいって感じで聞いてる純ちゃん。
「面白いだろなあ、あの二人に今ここで携帯でさ、ゆっこの正体ばらしたら」
「だっだめええええっ!」
 慌てて純ちゃんの手を握り、引っ張る様に抵抗。でも、以前心に引っかかっている物はそのままだった。
「ねえ、ゆっこ。私分かるんだよ。今一つ気になって仕方ないんでしょ。あなたのとっても大きな隠し事。大事なお友達にいつかばれるんじゃないかって、心配なんでしょ」
 だまってうなずく僕。そりゃ、あと二年で女の子になれるんだろうけど、それまでに大切な友達と心の距離を置いたままでお付き合いするのが、すごく心苦しいんだ。純ちゃんは少し僕の顔をじっと見た後、意外な事を提案した。
「ねえ、アンミラのバイト、あたしにも紹介してくれる様に、智美ちゃんにお願いしてくれない?へへっウエイトレスのバイトは経験有るからさ」

「純さん、後ろリボン結んで。大きく可愛くね」
「あー、ゆっこまで、みんな寄せて上げるブラしてるーっ。あたしだけじゃん普通のブラ」
「名札ってどこに付けるの?」
「これってさ、昔ドラマでさ、常盤○子が着てたよねーっ」
「うわーっやっぱすっごく恥かしい!」
「えっと、あ、みけ!それあたしのエプロンだよ!あ、一緒だよねどれでも」
 女子更衣室でわいわい騒ぎながら着替えとメイクをする僕達。薄く化粧して、純ちゃんに髪留めの位置を直してもらって、真新しい(堀)の名の入ったハート型のネームブレートを胸の位置に付けて、
「オッケー、可愛いじゃん」
 って自分で喋った時、更衣室に女性のマネージャさんが入って来た。
「みなさん、こんにちは。マネージャの広岡です。宜しく。サイズはいいですか?」
「こんにちはー」
「おはようございまーす」
「ゆっこだけ、九号きついみたい」
「あ、堀さんね。ちょっとウエストが窮屈かな。じゃ一一号出しましょうか」
 四〇才位の女性マネージャがすぐに一一号の制服を持ってきてくれた。仕方ないよね。僕まだウエストが女性化してないもん。
 再びスカートを脱ぎ、一一号の服に着替える僕。その、ストッキングに包まれた僕の太腿をずっと見ていたマネージャさんが呟く。
「いいわねえ、女子高校生って。私も戻れるなら戻りたいわ」
 えへへ、残念でした。僕半分男の子だよ。純ちゃんなんて、元男の子だよ。ウエイトレスの半分が男の子なんだよーっ、ふふふ。でも純ちゃん。いつのまに九号着れる様なウエストになったの?うらやましいなあ。
 結局四人、しかもお友達同士が採用されちゃったので、一日研修の後、都内某所の新装開店の店に行かされちゃった。
「皆さん、そろそろ開店時間です。研修で覚えた事を忘れないで、分からない事が有ったらオフイスの人か私に遠慮無く聞いて下さい。しかし、女の私が言うのも何だけど、可愛い子ばかり揃ったわね。結構レベル高くなりそうよ、このお店。それじゃ、挨拶の練習ね。いらっしゃいませ!」
「いらっしゃいませ!」
「ありがとうございました!」
「ありがとうございました!…」
可愛い子と言われてちょっと照れ、パスフリーブのブラウスにタイトスカートの可愛い制服にカチューシャ姿で丁寧にお辞儀の練習する僕。。あーあ、僕とうとうここまで変身しちゃった。

「いらっしゃいませえ」
 一年前伊豆で練習した可愛い裏声で、可愛く意識して挨拶し、座席に案内。
「ご注文は何になさいますか」
 テキパキとオーダー取って、オーダーシートをエプロンのポケットへ。
「堀さんレジお願い」
 その声にスカートを翻し、レジへ駆け寄って伝票打つ僕。もう、ウエイトレスがこんなに忙しいなんて思わなかった。それにいつも笑顔でにこにこしなきゃいけないし、それに一部のお客様の視線がはあきらかに僕の胸に向かっていた。すっごく複雑な気分。僕まだ本当のオンナじゃないんだよ。アンミラなのでそれなりに時給いいから、まあいいっかって思ったけど。
 ちょっと暇になった頃を見計らって僕は事務所に入り、ふくらはぎを軽くマッサージ。
「ああー、もう疲れたーっ」
「疲れた?すぐに慣れるわよ」
 あ、しまった。後にマネージャーがいたんだ。
「あ、すみません」
「いいのよ。この調子で頑張ってね。でも堀さん、あなたと早乙女さんだけよ。まだオーダーミスが無いのは」
「あ、そうなんですか」
 やっぱり元男だもん、その辺はしっかりしてるつもり。僕はちょっと照れた。
 オフィスから出たその時、
「ゆっこしゃああん!みけしゃん、智美しゃん!お友達連れてきたよ!」
 僕はびっくりして声の方を向いた。いい、声の主は分かってる!
「ま、ますみぃ!」
「ますみだよぉ」
「この忙しい時に!もう」
 みんな小声で呟いてる。でも彼女はお構いなしにけらけら笑ってる。でもギターを持ったちょっとビジュアル入った男の子五人と一緒だったのは意外。へーえ、この子達の中でボーカルやってるんだ。
「いらっしゃいませ。何名様ですか」
「ゆっこしやあん、見りゃわかるでしょ、六人だよ」
「おタバコは吸われますか」
「えーっ、吸っていいんでしゅか!ゆっこさん責任取ってよぉ」
 ますみ、完全に知っててやってるなあ!!ちょっと切れかかったけど、僕はウエイトレスなんだ。怒っちゃだめ!ああ、やっと席に付いてくれた。
「ご注文は何になさいますか」
「あ、俺ビール」
 ますみから僕の事聞いたんだろう。バンドの男の一人がからかう様に僕に言う。
「…あ、あの未成年の方にそういう物はお出しできないんですが…」
「だよね。じゃ、ゆっこしゃん、安くて一番手間のかかる料理何でしゅかあ」
 意地悪そうにオーダーするますみちゃん。とうとう僕は左右を見渡し、ますみちゃんの頭にこぶしをぐりぐりさせ、小声で呟く。
「お客様、いや、ますみぃ!てめ、いいかげんにしろぉ!」
 久しぶりに人前で男言葉を喋る僕に、ますみちゃんは意味有りげにけらけら笑いながら謝った。そうだよな。こやつ僕の正体知ってるもんなあ。
「だってさ、ゆっこしやん、すっごく可愛いんですもん。いいなあ、あちきもやってみたいですう」
「そ、そぉ…」
 可愛いと言われて、ちょっと気を良くした僕だけど、正体知ってる人に言われると何か変な気分。
「ねえ、君、堀さんていうのか。ますみの友達?すごく可愛いじやん。ねえ、バイトいつ終るの?」
「だめ。今ゆっこしやんはバイト中なんだから、ナンパしちゃだめれすよ!」
 いきなりまともな対応するますみちゃん。ふーん、リーダー的存在なんだ。

 開店初日だけあってすごく忙しかったけど、夕方四時頃になるとお客も一時的に少なくなり、暇っぽくなってきた。僕がレジの前に立っていると、一組の年配の夫婦が入って来た。
「いらっしゃいま…!!」
 僕は目を見開いたまま足ががくがくした。心臓の鼓動は、胸をも張り裂ける程だった。
「煙草の吸える席は有るかね」
 僕にはその言葉も耳に入らない。その年配夫婦をじっと見つめたままだった。
「どうした、お嬢ちゃん。煙草の吸える席はどこかな」
「は、はい。こちらへご案内致します…」
 僕はがくがくする足を何とかごまかし、席へ案内した。
「あ、あの、ご注文は、何になさいますか」
「あ、俺はアメリカンでいいや。お前は何にする?」
 夫婦の夫の方が妻に投げ掛けた。
「そうね。何が美味しいの。お薦めは」
 その言葉にも僕は口をがくがくさせて答えられなかった。
「可愛いウェイトレスさん。あなたのお薦めは何?ねえ、幸子?」
 それはまぎれもなく、僕の両親だった。いったいどうして?何故ここがわかったの!?
「は、はい。ナポレオンパイなど、…如何でしょうか」
「あ、じゃあ、レモンティーと、それ頂くわ。あなた、幸子のお薦めよ」
 煙草をくゆらせようとした僕の父は、母の言葉に目を細めた。

「じゃあ、俺も貰おう。幸男のお薦めならな」
「はい、かしこまりました」
 駆け足で厨房へ戻る僕。智美ちゃんが何か気付いたみたい。
「ねえ、今の人誰?どうしたの?何か嫌な事言われたの?」
「ううん、何でも無い」
 僕はショーケースからなるべく形の整った綺麗なナポレオンパイを二つ取り出し、飲み物と一緒に、両親の元へ運ぶ。
「お待たせ致しました。ナポレオンパイとアメリカンとレモンティーです…」
 まだ微かに震える手で、両親の前に更を運んだ。その時、
「幸男、おっと幸子か。どうだ、楽しいか。苦労はしていないか」
「は、はい」
「おとうさん、幸子は大丈夫よ。ちゃんと女の子になってるでしよ」
 父は煙草をくゆらせながら黙っていた。僕が立ち去ろうとした時、後ろで父の声がした。
「幸子、いつでも戻ってきていいぞ」
 僕はあふれそうになる涙をこらえながら、まっすぐ純ちゃんの所へ行った。
「純ちゃん。僕のおとうさんとおかあさんが…」
 オーダーシートを入力しながら純ちゃんが何気なく答える。
「あの人でしょ?知ってるよ。今日の事はゆり先生が教えたのよ。幸子ちゃん、しっかり女の子してて、社会に出て働いてますよって」
 僕はとうとう泣き声を上げそうになった。
「おとうさん、許してくれた…」
「良かったじやん。トイレ行っといでよ。思いっきり泣いてくれば?。但し、声出さない様にしてね。バイト中なんだから。後は私がやっとくよ」
 溢れる涙をなんとか我慢しながら、僕はトイレに駆け込んだ。

 ウエイトレスとしてのアルバイトは、楽しいばかりでなく、僕に女としての清楚さを身につけさせてくれた。お客さまから
「可愛いウェイトレスね」
 と後で囁かれるのを楽しみにしつつ、スカートとかエプロンに汚れが付かない様に気をつけ、仕草にも気を付けながらお仕事をする事は、美咲先生の所で女修行をして以来の事だった。あの時は無理矢理女を仕込まれてる気分も有ったけど、今は全く自分の為、女の子になる為に勉強してるって気分。
 時折暇になると、智美ちゃんとかみけちゃんと一緒になって、軽くお話ししたり、お互いのウェイトレスの衣装の乱れを直しあったり、糸葛を取り合ったり。そして純ちゃんとは、すっかり女になったお互いを誉めあったり、そして小声で秘密めいたお話しも少し。
「純ちゃん、僕まだ髪の毛に太いのが有るよ」
 髪の枝毛を探すついでに、まだ所々に残る男の子だった時の名残の太い毛を探して、えいって引き抜く。
「まだまだよ。私だってまだ太い毛とか残ってるし」
 バンダナを意識しながら髪の毛を少しかきあげる純。おでこの生え際はすっかり丸くなり、うなじがすごく女っぽい。
「純ちゃん、そういえばさ、今度のクルージング。夏の終りになったらしいし、みけと智美も、ますみまで誘われてるって聞いたけど」
「そうよ。お友達とかさ、多い方が楽しいじゃん」
 エプロンを直しながら答える純ちゃん。
「ねえ、いいの?純ちゃんはいいけどさ。私不安だな。水着着るんでしょ」
「いいのいいの」
「陽子ちゃんは、参加するの?まさか真琴ちゃんまで」
 不安気に尋ねる僕をうまくかわす純ちゃんだった。

 夏休みの暑い日、何か知らないけどお店が一日だけ休みになり、久しぶりに僕とみけちゅんと智美ちゃん、そして純ちゃんの四人で渋谷に遊びに出かけた。夜は学校でダンス部の練習が有るみけちゃんはちゃんと学校の制服を着ていたけど、他はみんなミニスカートにタンクトッブのすごくラフな衣装。素足の僕は、始めて履いた可愛いピンクのサンダルの軽い音と、とうとう足の指までにつき始めた女の子の柔らかい肉を束縛する、ちょっと小悪魔みたいな感覚を楽しみながら歩いてる。
 バイト代の胸算用しながらトーキューとかで服を見たり、アクセサリーとか小物とか、そして少し赤くなりながら可愛くて少しエッチっぽい下着とか、きゃーきゃー言いながら女の子に混じっていろいろ物色。実際僕達ってすごく目立ってたと思う。僕にとって「見られてる快感」ってのを始めて強く意識した時だった。短いスカートから覗く僕の太腿は、いつのまにかむっちりと白っぽくて柔らかくて艶が出てきたみたい。でも足のふくらはぎはまだ少し硬そうだったけど、みけちゃんとか智美ちゃんもあんまりかわんないもん。
 太腿と少し目立ち始めた胸の膨らみに、前は全く感じなかった男の子達の視線をすっごく感じるんだ。ウェイトレスとしてのバイト中、多くの人に接したせいも有ると思うんだけど、香水に混じる僕の女性香がかなり強くなってる気もする。うふふって感覚が全身をぶるっとさせる。あーあっ、女の子になって良かった。でもまだ体は半分男なんだよな。でも、今思えば、その時男とは違う何だか変な冷たい視線も感じていたんだ。明らかにそれは他の女の子達から発せられている。女の子の特権であるのテレパシーも少し身に付いてきたのかな?
「純さん、クルージング楽しみにしてます。ええ当然始めてですよ。いいなあ、船持ってる人とお友達なんて」
「あたし着て行く水着今日買おうっと」
 僕の友達とすっかり仲良くなった純ちゃん、何か考えてるのかな。

 皆が遊び疲れた頃の、まだ空が明るい夏の日の夕暮れ、センター街の奥の路地裏にちょっと迷い込んだ時の事だった。
「ねえ、ちょっとさあ、あんたたちぃー」
 えっと振り向いた時、そこには、だらっとした服装で顔を真っ黒に塗った金髪の女の子三人が立っていた。
「え、何ですか」
 びっくりして答える僕。その時みけちゃんと智美ちゃんが少し怯えた顔をしていた。
「何あんた?○○学院なの。こんな所くるんじゃねえよぉ」
 睨まれたみけちゃんが少し顔をそむける。
「それよかさあ、ちょっと金と携帯貸してくんねえかなあ。財布忘れてさあ、連れとも連絡とれねえんだよ」
 ははあ、こいつら僕達をカツアゲしようとしてんだ。
「あのさあ、貸しなよ。その方がいいっつーの。うちらの友達も近くにいるんだからさあ」
 調子に乗って別のガングロも僕達を睨みながら喋る。しかし、なんか調子狂うなあ、女の子のカツアゲっていうの。純ちゃんも同感みたいで少し薄笑みさえ浮かべてる。僕もつられて少し笑ってしまう。いつのまにか僕と純ちゃんが彼女達の前に立ち、後にみけちゃんと智美ちゃんがいるって格好に。
 そのうちリーダー格らしい娘が、薄笑いを浮かべる僕達に少し切れたみたい。
「おめえさあ、びびってとちくるって笑ってんじゃねえよ。このタコ!」
 ビンタをしかけたその娘に純ちゃんの体が少し揺れる。数秒後にはその娘は純ちゃんに後手を捕られ、悲鳴を上げていた。
「て、てめえ…」
 二人目が少し後ずさりする横で、もう一人がすかさず携帯電話を取り出し、どこかに連絡を取ろうとる。
「だめよそんなことしちゃ!」
 すかさず僕は駆け寄り、パンツが見えるのも気にせず、片足で思いっきりその娘の携帯を蹴り上げた。それは悲鳴を上げたその娘の手から数メートル近く真上を飛び、僕の手にうまくキャッチされる。
「これ預かるね」
 にっこりする僕に唖然としたその持ち主の横をさっとすり抜け、一人が逃げ出した。
「けいこ!けんぼーとかつ呼んでこい!」
 純ちゃんに後手を取られた娘が大声で叫ぶ。後の一人も先の娘を追って逃げ出した。
「だめよお、カツアゲするんだったら相手選ばなきゃ」
 薄笑みを浮かべそう吐き捨てる様に喋る純ちゃんに再び締め上げられ、そいつは悲鳴を上げた。
「うっせえ、はなせよぉ!」
 すごく嫌な女!ともかく僕は警察か誰かを呼ぼうと人気の多い通りへ出ようと路地を走った。でもその時、前からのっそり歩いてくるだぶだぶの長髪のチーマらしき男が二人。
「あそこ!あいつだよ」
「なんだよおめえ、なっさけねえ奴!」
 さっき逃げた娘の声に、そう喋りながら僕の顔を睨みつける。
「へ?あいつ?まじ?普通のガキじゃんか?まじで?おめえよぉ、あんなのにやられてんのかよぉ」
 ともかく僕は純ちゃんの所へ戻る事にした。
「おーい、キックの上手いおねえちゃん。ちょっとまってくんねえかなあ」
 走って戻る僕の後ろを、下品な笑い声を上げ、奴達が追ってくる。純ちゃんはまだ例の娘を後手に締め上げたまま。その後でしやがみ込む智美ちゃんとみけちゃんの怯えた顔が見える。
「ふみえ!何やってんだよったく、こっちこいよバーカ!」
 僕達の元に来たそいつらが笑いながらそのリーダー女に声かける。
「あなた達この子の知り合いなの?あたし達からお金取ろうとしたんだよ、この子」
 純ちゃんの言葉にけらけら笑いながら、そのむさくるしい男は煙草をふかしはじめる。
「あのさ、俺も金ねえんだよ。へへっ、あのさあ金貸してくんねえかな」
「何?財布忘れたの?」
 あまりの事に切れそうになった僕は、そう喋ってきっとその男を睨む。
「あのさあ、おめえと話ししてる時間はねーの。おい、そこ、早く金出しなよ」
 もう一人の男がいらいらした様にみけちゃんの長い髪を引っ張ろうとする。
「あ、こいつ○○学院でやんの。おいこいつ拉致るか?親に金持って来さそーぜ」
 みけと智美の悲鳴が聞こえた時、僕はもう二人の間に割って入り、一人の男の手を逆に折り曲げていた。
「いてええええ!」
 叫び声に振りかえったもう一人の男が僕を捕まえようとするが、純ちゃんの足の方が早かった。女の手を離した純ちゃんの足払いに見事にひっくり返されたそいつは、腰からアスファルトに落ち、鈍いうめき声を上げる。
「みけ、智美、警察呼んできて!」
「ばかやろ!ふざけんな!」
 男は起きざまにポケットから小さなナイフを取り出し、智美ちゃんに向って投げ付けた。
「いやあっ!」
 ナイフは智美ちゃんのふくらはぎをかすめたみたい。
「智美!どしたの!大丈夫」
 どさっと倒れた智美ちゃんをみけちゃんが抱きかかえた。その時、
「もおおおお!」
 低い唸る様な声を上げ、純ちゃんがその男に襲いかかっていた。可愛いピンクのスカートから伸びるすらっとした足から繰り出される例の中国拳法は、男の体の急所をいくつかを確実にヒットし、最後に声の出なくなった男の腕を抱きかかえ、掛け声と共に倒れ込む。
「ぐあああああ!」
 男の叫び声と共に、ナイフを投げた男の右肩は外れた。騒ぎに気付いた人々が周囲を囲み始める中、僕と純ちゃんはチーマー男二人を完全に押さえ込んでいた。あのガングロ女三人組はとっくに姿を消していた。
「おい、あれけんぼー達じゃん、うわあ、おもしれえ!女にやられてやがる!」
 二人を知る人だろうか、そんな声が遠くから聞こえていた。

 救急車で病院に運ばれた男二人と智美ちゃんだけど、智美ちゃんはかすり傷程度で包帯を蒔かれただけだった。病院で警察の事情聴取を受けたけど、あの男女のグループは警察でも以前から目を付けられており、目撃者も何人かいたみたいで、正当防衛って事で特に問題無かった。
 待合室では包帯が痛々しい智美ちゃんとみけちゃんが小さくなっていた。
「智美ちゃん、みけちゃん、その、ごめんね。こんな目に遭わせて」
 二人は声も出さず、すっと僕達を見上げる。
「あの、ごめんね。すぐに逃げたら良かったね。あ、ははは…」
「純さん、ゆっこ、あなた達、一体何者なの?」
 純ちゃんの言葉に、緊張感が切れたのか、わっと泣き出す二人だった。後にゆり先生からこっぴどく叱られたこの事件、でもこの事が後に僕達に起こる重大な事件の引き金になるなんて、思いもよらなかった。

 

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