「ちょっと、ゆっこさん!誠さん!何するんですかぁ!やめてください!」
暴れるますみちゃんを、誠君と共に毛布で押さえ込み、そのまま押し入れに押し込んだ。とにかく僕は気が動転していたけど、今ますみちゃんにここから外に出られる事だけが怖かった。
(さてと、どうしたらいい?幸子!どうしたらいい?)
とにかく押しこんだその手で携帯電話に手をかけ、ゆり先生と連絡を取った。
「あ、先生!早乙女ゆり先生!」
(早乙女ゆり先生)の言葉を聞いて、ゆり先生は少し言葉を曇らせた。
「今、誰と一緒なの?」
「如月ますみちゃん」
「どこにいるの?」
「武見陽子ちゃんの家です。住所は…」
「分かった。すぐ行くわ」
受話器を置くやいなや、臨時休業と書いたプレートといくつかの道具をカバンに詰めこむゆり先生。その中には小さなクロロホルムの瓶が有った。
実は、携帯で(早乙女ゆり先生)と言ったのは、僕の事が誰かにばれた時の合図であり、次に最初に喋った名前がばれた相手だというサインなんだ。高校へ行く前に二人で示し合わせた事なんだけど、まさかこんなに早く使う事になるなんて。
「ちょっと、ゆっこさん!陽子さん!」
押し入れの中で毛布からやっと顔を出したんだろう、ますみちゃんが呼ぶ声がする。
「ねえ、堀さん。大変な事になっちゃったね。陽子さんがまた気分悪くなってるし、如月にも知られちゃったし」
でも僕には誠君の声も、ますみちゃんの声も聞こえない。只これからどうしようって事だけしか頭になかった。
(どうしよう。陽子ちゃんはゆり先生の所で診察受けさせるとして、ますみちゃんの事どうしようか?確か心理学においては美咲先生がゆり先生よりも知ってて、記憶を変えたり忘れさせたり出来るっていってたけど、今伊豆だもんな。もし連絡出来たとしても、ここに来るまで、ますみちゃんを引きとめておく事なんて、出来ないかもしれない)
「堀さん、堀さん!なんか如月が言ってる。ねえ、堀さん!!」
「ゆっこしゃああん!ゆっこしゃん!あーたーしはっ、あなたたちの味方!味方ですう!とにかく出して下さい!」
味方!?本当?でも、もし嘘だったら、開けた途端飛び出して逃げられたら!?
「ゆっこしゃん!話を聞いてください!あたし別に誰かに喋ったりしないですから」
「ごめん、ますみちゃん。今までとっても良くしてくれたますみちゃんに対して、自分のわがままですごくひどい事してるって分かってるんだけど」
「ごめんて言う前に出してくだしゃい!こんな事されると、あたしゆっこしゃん嫌いになりますぅ!」
嫌いになるって言われて僕はすごく悲しくなった。仮にも僕を女の子とみて付き合ってくれたし。僕は恐る恐る押し入れの戸を開けた。
「あー、苦しい、苦しかったですう。ひどいじゃないですかゆっこしゃん!」
「ごめんなさい。でも、ますみちゃん、その、何ともないの?私とか、陽子ちゃんが男の子だって知って」
僕は横で倒れたまま寝ている陽子ちゃんをちらっと横目で見つめた。
「そりゃびっくりしましたっすよ。只、陽子しゃんは少し前から怪しいと思ってましたけどぉ、ゆっこさんまでとは、正直思わなかったですぅ。でもねゆっこしゃん、あちきはバンドやってるけどさ、最近ビジュアル系とかすっごい流行ってましてぇ、ゆっこしゃんとかみたいな人たくさん見てる訳なんすよ」
「じゃあ、その僕なんかがそうなっても?」
横で誠ちゃんがますみちゃんを上向き加減でみつめながらぼそっと言う。
「嫌でしゅよ!あんたは別!あちきの事嫌ってたでしょ!折角話でも聞いてあげよって思ってたのにさ!あんたの場合は、仕方ないからだまっててやる!て感じでしゅからねっ」
ますみちゃんと少しいろいろ話したけど、どうやら言ってる事は本当みたいだった。その時部屋をノックする音。そう、ゆり先生が来てくれたんだ。
「あ、ゆり先生。ごめんなさい、来てくれて」
「ますみちゃん?いる?あのね、お話しが有るんだけど…」
言うが早いか、ゆり先生はますみちゃんの所へ駆け寄り、手に持った布で口と鼻を覆った。
「わあっ!」
悲鳴の様な声をあげた後、がっくりとするますみちゃん。
「ゆっこちゃん、運ぶの手伝って」
「あ、先生、もういいんです。その…、あの、どうするんですか」
「とにかく、あなたに関する記憶を消すため、うち(早乙女クリニック)に連れて行かなきゃ。ミサもさっき伊豆を出たって。あれ、ちょっと武見さんと、渡辺クン!?どうしてここに?まさか、ちょっとこの子達にも?」
事態が全く飲みこめないゆり先生が、怒った目をして僕を睨みつける。
「はい、あの…」
「とにかく、ますみちゃんからあなたに関する記憶全て消しちゃうの。大丈夫、ミサなら出来るわ。只友達って事すら忘れてもらう事になるけど」
「ゆり先生!やめてっ!それだけは」
「やめてって、あんた何言ってるの!?。あなたが男だってばれたら、それこそ大変な事になるのよ!それと渡辺クン!ちょっとごめんなさいね」
「さ、早乙女先生!先生がどうして!わあ、やめてくださいっ」
当然渡辺クンにもばれていると察したんだと思う。今度は渡辺クンを後ろから捕まえて口にさっきの布を宛がった。ゆり先生は声も出ずに崩れ落ちる渡辺クンを抱きかかえ、外に出ようとする。
「ゆっこちゃん!ますみちゃんを!」
「ゆり先生!待ってください!話を聞いてください!」
僕はゆり先生に泣きながらすがりついた。
「ああもう、なんて事してくれたのよ!あんたって子は!」
「ゆり先生、ごめんなさい。でも、ますみちゃんだって誰にも言わないって」
「信用出来る保証があるの?人間いつ何が有るかわかんないんだから」
そして先生は横で寝ている陽子ちゃんをちらっと見ながら溜息をついた。
「でも、流石に私もこの子の事は分からなかったわ。この年でここまで女になっちゃったなんて、よっぽど苦労したんじゃない?只ね、この病状は素人のホルモン剤治療の副作用の可能性が考えられるし。服用していた薬を一緒に持ってきて」
とにかく、大変だったけど、眠っているますみちゃんと陽子ちゃん、そして渡辺君を車に乗せ、早乙女クリニックに向った。只、到着する間車の中で、ゆり先生は僕に小言を言いっぱなしだった。
渡辺君とますみちゃんを部屋に寝かせて、純ちゃんに番をしてもらい、まず陽子ちゃんを診察し始めた。血液検査、そしていくぶん退化している陽子ちゃんの精巣からサンプル組織を採取して何やらいろいろ検査しているゆり先生を、僕はじっと見つめていた。
「ゆり先生、どうだった?」
いくつか検査を終えて、椅子に座り、寝る様にもたれかけながら、先生は沈黙を破った。
「肝臓がかなり悪くなってるわ。それが引き金になって、免疫機構が狂ってるし、腎臓にまで障害が起きてるの。とりあえず応急処置しておいたけど、正直あと一ヶ月遅かったら危なかったわ」
「ゆり先生、それでどうするの、どうなるの陽子ちゃん?」
ゆり先生は深く溜息をつく。
「正直言って、今年は私と美咲先生は別の研究をしなきゃいけないから、この子の面倒は見きれないのよ」
「ゆり先生!そんなの嫌だよ!陽子ちゃん助けてあげてよ!」
「そうは言われてもね…」
その時、ドアのチャイムが鳴り、美咲先生が駆け込んで来た。
「あ、ミサ。ごめんね急に」
「もう、ゆっこちゃん!私の所を無事出たと思ったら、なんて事してくれるのよ!みんなに迷惑ばっかりかけて!それとゆり、状況だけ教えて、あたし何すればいいの?何か私が伊豆から出る時と大分変わったみたいだけどさ」
「ごめんなさい、美咲先生…」
うなだれる僕の横で、先生は記入したばかりの陽子ちゃんのカルテを見せながら話す。
「とにかく、まずはこの子なのよ。武見陽子って名前なんだけど、ちょっと看てくれる?」
先生は二人で陽子ちゃんの寝ている奥の部屋へ行ったみたい。とり残された僕は、部屋の内線で純ちゃんを呼び出した。
「純ちゃん、ごめんね。ますみちゃんと渡辺クン、どう」
「あ、さっき気がついたみたい。まずは謝っておいたよ。薬まで嗅がせて連れてきてごめんねって、うん大丈夫。いろいろ雑談とかしてるからさ」
本当、純ちゃんて頼りになるお姉さん。ありがとう。
しばらくして、奥の部屋で陽子ちゃんの声が聞こえた。たぶん気が付いたんだ。僕は陽子ちゃんが気になって奥の部屋へ行く。
「先生、陽子ちゃんどうなの、あ…」
陽子ちゃんはもう目が覚めていた。パジャマの上半身を脱いだ姿で診察椅子に座り、泣き声でいろいろ美咲先生に訴えかける様に話しているけど、ここからじゃうまく聞き取れない。白く柔らかそうな体に、小さく膨らんだ胸、流れる様な肩。思春期頃からホルモンを飲んでいたからなんだろうか。
「どうする、ミサ。生殖器とか調べたけど、もう男の子に戻すには遅すぎるの。かといって」
「いいわ、この子の今までの努力は並大抵の物じゃ無いって事よく分かった。いい、私の責任において引き取るわ」
「え、あの、じゃあ私、北海道に帰らなくてもいいの?」
「私の所で、治療を続けなさい。但し、学校は休学、あるいは退学してもらう事になるけどね。それと、かなり厳しいわよ。覚悟してね」
「うわあ!ありがとうございます。でも学校の事はちょっと残念ですけど。そうですか…」
嬉しくて涙が出た僕は部屋に入り、岬先生の背中に抱き付く。
「美咲先生!ありがとう。陽子ちゃん助けてくれて!」
「あんたは関係無いの。この子の今までの努力に報いてあげたかっただけよ」
僕は美咲先生の柔らかい背中に頬ずりした。でも大変な事を思い出した。そう、もう一人いるんだ。女の子になりたがっている男の子が!
「ミサ、武見さんの費用どうするの?」
「そりゃ、あんたと折半で暫くは研究費ごまかして出すしかないでしょ。一人ならなんとかなるんじゃない?」
「あ、あの、ゆり先生、美咲先生」
僕は美咲先生の背中に抱きついたままでぼそぼそ喋る。
「何よこの子。他に何かあるの?」
背中を振りかえりながら美咲先生が迷惑そうに答える。
「あの、渡辺クンの事なんだけど」
「ああ、渡辺君?まだ間に合うと思うわ。男性ホルモン与えて、数ヵ月で元に戻ると思う」
「ええ!渡辺君はだめなの!?」
「先生!渡辺君も女の子にしてあげて!お願い!」
「だめ!何を言うのよこの子は。あの子にはご両親もいらっしゃるし、大体いくらかかると思ってるの!あんたの場合だってさ。一人一千万超えるのよ!武見さん一人でもう精一杯!渡辺クンには後で私の催眠治療受けてもらうわ。只、今日一日帰れないけどね」
「ゆり先生!美咲先生!」
僕は目に涙を浮かべて哀願するけど、全く話を聞いてくれない。
「あの、早乙女先生、渡辺君は、だめなんですか」
「武見さん。いろいろ制約とか有ってね。私達だって慈善事業でやってる訳じゃないの。とにかくあなたに関しては私達は精一杯努力させてもらうわ」
「…」
陽子ちゃんは声も出ずうなだれた。その時、部屋の内線電話が鳴り、ゆり先生がすぐ受話器を取る。
「はい。あ、純?ごめんね。二人の面倒みてもらって。うん、え…?ぎぶそんのふぁ?ふぁいあーばーど?何それ?何かわかんないから、うん、こっちきてよ」
程無く純ちゃんが二階の部屋から降りて来た。
「あのますみちゃんの言ってる事は本当みたいよ。ビジュアルの人と良く話すからこういう世界は意外に慣れてるみたいだよ。只さ、秘密にしとくって言ってもさ、怖いから、取引でいこうと思ったの」
「取引ぃ?、ああ、ばれたって女の子とのね」
その時どたどた音がして、ますみちゃんが部屋に入ってきた。
「あ、早乙女先生、如月ますみですう。学校ではお世話になってます。えへっへへへぇ、大丈夫です。あちきは口は硬い方ですから。天地神明にかけて喋ったりしませんです。しかも、あたしが前から欲しかったギブソンのフアイアーバード買って頂けるなんてあちき感謝感激、大感謝ですう」
「な、なにそのファイアーバードって」
あっけらかんとした口調、そして口が硬いって言葉に吹き出しながら美咲先生。その言葉にますみちゃんが美咲先生に気が付く。
「あ、あなたが美咲先生ですか?あのゆっこさんを改造したっていう。綺麗な方ですね、しかもお医者さんで。あたしほれぼれしてしまいますう。いやあ、びっくりしましたよ、ゆっこさんがスカートたくし上げて、パンツの中からべりっとあれを剥がして、わわわ!」
「ますみーーーーィ!!」
慌てて彼女の口を塞ごうとしたけど、間に合わなかった。もう放っておいたら何しやべり出すかわかんない。
「ばれたって、あんた自分からばらしたの?ゆっこちゃん!?」
ますみちゃんの誉め言葉に騙されたのか、美咲先生の視線が僕にだけすごく冷たい。
「それで、わかったわ。ギターなんてあたしわかんないけど、これからも幸子の事を宜しくって事であなたにプレゼントするわ」
歓声を上げる横で美咲先生が純ちゃんに小声で問い掛けた。
「そのギターっていくらするの?」
「結構するんですよ。二十万円位とか言ってました」
「あたしは出さないからねっ」
美咲先生はくすっと笑った。何とかうまく納まりそうな気配。いや、違う。とっても大事な事皆忘れてる。僕が喋ろうとした時、先に純ちゃんが口を開いた。
「ねえ、ゆりねえ!美咲先生!渡辺クン女の子にしてあげて!」
ますみちゃんとの会話で笑っていたゆり先生の顔色が曇った。美咲先生も手を腰に当てて後を向く。少しの沈黙の後、ゆり先生が口を開いた。
「さっきね、ゆっこちゃんにも話したんだけど。誰にも治療受けられるって物でもないのよ。ましてご両親いらっしゃるんでしょ。いろいろ危険も伴うし」
「あたし、さっきいろいろ話したんだよ。人前では男の子の振りしてるけど。実はとっても女の子なんだって分かったよ。男の子の事も少し好きみたいだったし。人の為にいろいろしてあげるのが好きなんだって。陽子ちゃんの看病とかずっとしてくれてたんだよ」
相変わらず、二人の先生は無言のまま腕組みしている。
「陽子ちゃんだけ幸せになってさ、必死で看病していた渡辺クンはいいの?」
純ちゃんが涙声になった。僕純ちゃんが泣くのって始めて見た。その時、陽子ちゃんが口を開いた。
「私はいいです。このまま田舎へ帰ればいいですから。この格好なら、あちらで水商売でも出来るでしょ。そしてちゃんスを待ちますから。両親だって半ば認めてますし、もし出来るなら、渡辺クンを先にお願いします。本当すごく優しく看病してくれてたし、看護婦になれればいいなとか、言ってましたし」
ゆり先生は目を瞑ったまま、美咲先生は大きな溜息をつく。本当の時間は分からないけど長い沈黙が続いた。
「早乙女先生。あちきさっき始めて渡辺クンとちゃんと喋ったんです。ええ、仲直りもしましたよ。いい人なんですよ。純さんの言う通りです。あちき、ギターいいですよ。もしさっき言ってたお金とか足らないんだったら、私…」
「わかった!もういい。渡辺クン連れてきて!!」
とうとうますみちゃんまで意見をし始め、その言葉を遮る様に、ゆり先生が言葉を切った。その言葉に顔を明るくして純ちゃんが部屋に戻ろうとする。ところが、
「渡辺クン、そこにいたんだ…」
いつのまにか隣の部屋でしゃがんで泣いていた渡辺君を、純ちゃんが手を引っ張る様に連れてきた。
「早乙女先生、もし出来るならお願いします。僕、女の子になったら、ここで看護婦として働きます!給料なんて…」
「もういい、わかったわ。それ以上言わないで」
渡辺クン自身の哀願の言葉に、とうとう美咲先生もあきらめた様。
「渡辺クン。ちょっと検査だけさせて。ミサ、ゆっこちゃん。一緒に来て。精液と血液のチェックと身体検査をさせて。お話しはそれからよ」
部屋に入った渡辺クンは、上半身裸にされ、全サイズを測られた後、いよいよ性的なカウンセラーが行なわれた。診察を受けている彼の乳首は確かに男の子とは違ってたけど、女の子でもなかった。乳頭の大きさに比べ、乳輪はそんなに成長していない。バストの膨らみの初期だけど、胸にもまだ殆ど脂肪はついていない。
「薬の成分のアンバランスと体の個人差でこうも違うの。陽子ちゃんの服用していた薬は渡辺クンには効かない。こういうのは当たり前の事の様に起きるのよ」
「渡辺クン、あ、どう呼べばいいのかな」
「あ、はい。誠です」
「じゃあ、今日から真琴ちゃんでいいかな」
「先生…」
「どう、真琴ちゃん。これ感じる?」
可愛い乳首を指で触られ、少し声を上げる真琴ちゃん。微かな膨らみの周囲、乳輪部を指で細かく叩く様に触る。
「じゃ、ズボン脱いで見て」
「あ、あの先生。ちょっと恥かしくて」
「何?女の子のパンツ履いてるから?とっくに知ってるわよ。さっきね、ズボン触ったら男の子には無い、パンツのマチの部分に手が当たったもの」
恥ずかしそうにズボンを脱ぐ真琴ちゃん。フリルのついたクリームイエローの可愛いパンツに、普通の男の子サイズの男性自身が窮屈そうだった。
「真琴ちゃん。ちょっと痛いけど我慢してね」
先生は彼のパンツを降ろし、精巣に注射器を刺し、サンプル採取する。
「い、いたっ」
「真琴ちゃん。精子を調べさせてもらうわ。もし殆ど死んだ様に動かなければ、私達の組織として、あなたを治療として女の子にする口実が出来るけど、殆ど損傷無ければ、本部が何と言うか…ね」
その言葉につられて、純ちゃん、そしてますみちゃんまで部屋に入って来る。薬品をたらしたサンプルを除き込むゆり先生。僕達は唾を飲んだ。
「どう、だった…?ゆり?」
「ミサ、覗いてみて」
ゆり先生の目には、真琴ちゃんには残念だけど、活発に動く精子の姿が有った。美咲先生の目にも同じ物が見えてるだろうと思う。
「先生、どうだったの?ねえ、どうだったの!?」
皆口々に結果を聞きたがった。その時、
「あれえ、ゆり。殆ど動いてないわね。多分もう男の子に戻すの無理じゃない?」
驚くゆり先生に美咲先生がウインクするのを僕は見逃さなかった。皆の歓声が上がる中、僕には二人の先生が何だか天使の様に見えた。
その夜、ゆり先生に連れられ家に帰る真琴ちゃんは、僕達にいつまでも手を振っていた。只、美咲先生は一人暗い顔をしている。
「美咲先生、いろいろありがとね」
近づいて手を肩越しに、美咲先生のうなじにほお擦りする僕。香水のいい香りがする。
「あーあ、こんな事になっちゃって。まあいいわ。正式に二人の治療出来る様に、明日にでも香港へ行って来るわ。ゆりには当分陽子ちゃんの診察をやってもらおっと」
疲れたって様子で笑う美咲先生、そして僕に、帰途につくますみちゃんがいつまでも手を振っていた。
真琴ちゃんの両親とゆり先生のお話しは、その日の深夜まで続いたみたい。結局ご両親が根負けして、真琴ちゃんの女性化の了承が得られた。但し、夏休みまではそのまま学校に通う事が条件だったけど。一方美咲先生は、遠く香港のライ先生の元へ、武見陽子ちゃんと渡辺真琴ちゃんの女性化治療の要請を正式に依頼しに行ったみたいだけど、何度も往復していたみたい。今年予定してた研究を延期させるとか、結構いろいろ障害も有るみたい。あの怪物にいろいろと言われたんだろな。
ゆり先生は早乙女クリニックに入院した陽子ちゃんの治療を始めた。みるみる元気になっていく陽子ちゃんの元に、みけちゃんと智美ちゃんが時々お見舞いに来てくれた。そこに純ちゃんも合流して、女の子同士の楽しい会話と笑い声は夜まで途切れない。
「へえ、ゆっこと純ちゃんて従兄弟同士なんですか」
「違うのよ、お父さんが違うから別の名で」
「純!またそんな変な事言う!クラスに広まったらどうすんのよ!」
「大丈夫よ。みけちゃんも智美ちゃんも言いふらさないわよ。大人だもんね」
「え、あたしまだ未経験なんですけど」
「え?上?下?あははっ」
男の子がいれば絶対話さない、みけちゃんと智美ちゃんの女の子同士の際どい会話。僕も混じって一緒に笑い、時には危ない発言とか、つい言ってしまう。そんな中で僕は、また一つ女の子に近づいたって感じがする。陽子ちゃんも同じかな。
「いいのよ。陽子ちゃんに必要なのは、心のリラックスと笑いなのよ。いっぱい遊んで話してあげて」
純ちゃんはその言葉通り、陽子ちゃんと二人の時でもしっかり看病してくれているみたいだった。只少なくとも、陽子ちゃんはみけと智美ともうすぐお別れなんだって知ってる僕は、素直に喜べなかった。
その週の土曜日、陽子ちゃんと真琴ちゃんには、内密に始めてのホルモン注射と飲み薬の手渡しが行なわれた。素人療法とはいえ、ある程度女性化した体型を維持させる為だったみたい。今日から毎週土曜日に、二人には僕が受けてきたホルモン治療が施されるんだ。
「陽子ちゃん、じゃあ打つよ」
「はい、お願いします」
注射器の中の透明な液体がパジャマ姿の彼女の体に消えて行く。注射後をガーゼで押さえ、嬉しそうに笑う陽子ちゃん。
「じゃあ、次真琴ちゃん」
「は、はい」
「後悔しないわね。女の子って本当大変なのよ。毎日スカート履かなきゃいけないし、ブラ付けなきゃいけないし。いつも綺麗でいなきゃいけないし、重い物持てなくなるのよ」
「は、はい。分かってます」
「いずれは男の子に抱かれるのよ。ベッドの上で、男の子の下で、おっぱい触られて、可愛いよがり声上げて」
意地悪くゆり先生が言う。
「…。はい、覚悟できてます」
男子の学生服を着たまま、真琴ちゃんの体に女の子になる液体が入っていく。その間真琴ちゃんは目を瞑りながらも、微かに微笑んでいた。
その日から学校にちゃんと行く様になった真琴ちゃん。僕達の経験だと、あの薬を使用すると、まず女っぽくなる前に、まずとっても可愛い男の子に一旦変わるんだ。そして胸が成長し、乳首がとっても敏感になり、ブラを付け始め、Aカップ位になる頃から全身の女性化が始まるんだ。全ての悩みが消えたんだろうか、だんだん元気で活発になっていく彼。少しだけど体の線も細く丸くなっていったみたい。不思議と同性感覚って事で女の子達の人気者になり、女の子達と遊ぶ姿が目につき始める。男の子達からオカマとかニューハーフってあだ名が付けられたけど、一向に気にしていない様子。もうどうせ夏休み前までなんだっていう彼の割り切りがそうさせているんだろう。
そうそう、ますみちゃんは、ゆり先生から贈られた、あの欲しがってたギターを手に有頂天になり、ちゃんと軽音楽部で練習に励んでいるみたいで、最近あんまり遊んでくれない。
僕の女子高生としての生活もどうにか形になってきたみたい。満員電車では、無意識に腕を胸元に当てて、触られるのを防いだり、皆と座る時もパンツ見られるのを防ぐ為、自然とスカートの上にカバンとかを置いてしまう。カバンの中はいつしか手帳、化粧道具、アクセサリとかで一杯になっていく。でも遊んでばかりはしていない。流石に超名門校だけあって、授業とか厳しいけど、男女の脳を持った僕はするすると学業もこなしていく。中間試験では全科目BEST一〇まで入っちゃった。本当に詐欺みたいだけどね。
体育の授業はとうとう水泳に変った。女の子達って着替えの時って本当に体をうまく隠すんだ。スカートのままパンツを脱いでスカートの下から水着を履いて、シャツを着たままで両手をその中に入れ、ブラを外して水着を着ちゃう。同姓にも絶対に自分の裸体見せないんだ。僕もやってみるけど、こんな事に慣れてない僕はどうしてもぎこちなくなっちゃう。
「ゆっこってさ、こんな所って意外に不器用だよね」
みけちゃんがお尻をぶつけながら笑った。
天然の女性ホルモンが体中に走る様になった僕のお腹には、柔らかい脂肪の層が厚く重なっていく。そのお腹をぴっちりした水着が覆って行く感覚は、最初はすごく不思議だった。只、その反面女の子の持病とでもいうか、だんだん便秘がちになっていくのが嫌だったけど。
女の子達はこの年頃になると、十分妊娠する事が出来る為、プールでは万一の事を防ぐ為だろうけど、二度と男の子達と一緒に入る事はなかった。プールの授業といつても、男の子達は遠泳とか結構辛い授業になってるけど、僕達女の子は殆どが水遊び同然になっている。体育の授業って本来結構好きだったけど、女として受けると本当物足りない。大切にされてるって気もするんだけどね。
早いもので、夏休み前の終業式。二人のクラスメートが去る事を担任の先生から聞かされた。一人は渡辺誠クン。そしてもう一人は武見陽子ちゃん。陽子ちゃんはまだ僕の家の早乙女クリニックに入院中なので、渡辺クンだけが最後の挨拶をする。
「いろいろありがとうございました。田舎に帰る事になりました」
淡々とした言葉にぴょこっと可愛い挨拶、折角女の子達の人気も上がって来たのに残念。
「あと、武見さんは病気を直す為、伊豆に転地療養する事になりました」
先生の言葉にくすっと笑う僕とますみちゃん。本当は二人共美咲先生の所へ送られるのにね。
その日の午後、僕と智美、みけ、ますみちゃんは陽子ちゃんを連れだし、智美ちゃん行きつけの恵比寿のケーキバーでお別れ会をしたんだ。
「陽子、体良くなってきたんだったらさ、休学にしたら良かったのに」
マロンケーキをぱくつきながら、みけちゃんが残念そう。
「みけ、ごめんね。暫くしたらまた東京に戻って来るから」
「電話してよね。療養施設とかだったら電話不便でしょ」
智美ちゃんの(療養施設)と聞いて僕とますみちゃんは顔を見合せて笑う。いろいろ陽子ちゃんの事話した後、夏休みのバイトの話になった。
「ねえゆっこ、夏のバイトどうする?」
「うーん、バイトかぁ、毎日じゃないならしたいなあ」
僕にとっては始めての、しかも女の子としてのバイト。ちょっと不安だけど。
「ねえ、あたし智美と同じのにする」
「あ、あたしも智美ちゃんと一緒のバイトがいいなあ」
僕とみけちゃんは同時に答えた。
「あ、あちきはライブハウスのバイト決まってるから、気にしなくてもいいですよ」
ますみちゃんらしいバイト。
その日、僕はますみちゃんと帰りの方向が一緒だった。先に帰った陽子ちゃん(明日の引越しの準備が有るんだよね)に二人でバイバイした後、ますみちゃんがまた黙りこくってる。以前もそうだったけど、彼女が考え込むのは絶対訳が有るんだ。
「ねえ、ゆっこしゃん。本当にこれで良かったんですか?」
「え?何が」
「ほら、こんな形でお別れしてさ。渡辺クンも、クラスのみんなから見れば、知らない間にどっか行っちゃう事になるんですよ」
「だって仕方ないじゃん。他にどうしろって言うの」
ますみちゃんはふと立ち止まり、振りかえる僕の顔をじっと見つめる。
「あちきとしては、その、みけさんと智美さんには、本当の事を言った方がいいと」
もう、又何を言い出すのこの子は!そりゃ、この前の事は相手がますみちゃんみたいにいい人だったから、事無きを得て良かったんだけど…。
「だって、親友二人を騙す事になるんですよ。いいんですか」
「そりゃ、あたしだって心苦しいわよ。何だか心にひっかかる物だって有るし。でもあたしが元男だって知ったら…」
「えー、だってゆっこしやん、もう半分まで女になったんでしょ」
そうなんだけどね…。まあその日はそれで終ったけど。
「ゆり先生ただいま。あれ?」
「あ、ゆっこちゃんお帰り。ほら渡辺真琴クン来てるよ」
「ああ、そうか、真琴クン。今日注射の日だっけ?」
「あ、堀さんこんにちは。注射も有るけど、明日の入所の事も有るので、今日お邪魔してます」
奥の診察室からは、最初にここに来た時とは比べ物にならない真琴クンの元気な声が聞こえる。
「えっと、それじゃ真琴クン、上半身裸になってベッドにあお向けに寝てくれる?」
「はい」
診察室へ入ると、僕の顔を見ながら真琴君が恥ずかしそうに服を脱ぐ。今日で最後になった○○学院の男子制服。その下のランニングシャツには、もう胸の膨らみが少し目立っていた。
「堀さん、また少し大きくなっちゃった」
笑いながら可愛く腕をクロスしてシャツを脱いだ真琴君の胸の乳首は、ここ数回のゆり先生の治療でかなり大きく、女の子っぽくなっている。
「真琴君、じゃ今日あなたの初めてのバストのマッサージするから」
「え、僕のバスト!?」
「だって、これもう女の胸じゃん」
人差し指で軽く彼の胸をつつ意地悪く真琴ちゃんに言った後、ベッドの上の真琴クンの胸を、ゆり先生は両手で揉みほぐす様に触り始める。真琴クンは目を瞑り、何か口をうっすら明けて、少し息を荒くしている。
「真琴クン?どうしたの?我慢してるんでしょ」
「は、はい先生…」
「いいのよ。声出したければ出しても。誰も変に思う人ここにはいないから」
「ただいまあ!ゆりねえ、まいちゃん来たよ」
突然純ちゃんの大きな声、そのすぐ後、
「おひさしぶりでーす。わあ、ゆっこ!ひさしぶりーっ」
「わあ、まい!一ヶ月ぶりっ。わあ、また可愛くなったじゃん!」
ノースリーブのシャツに水色のミニスカートのまいちゃんを僕はぎゅっと抱きしめた。
「今日お迎えなの?」
「うん、後でゆり先生の車で。あ、ひょっとして真琴ちゃんてあの子。ああっいいなあ。バストのマッサージしてもらってるぅ」
膨らみ始めのバストを揉まれながら微かに声を上げている真琴クンを見ながら、まいちゃんが羨ましそうな目をして、指を口に当てる。
「やーだぁ、まいちゃん。あんな事して欲しいんだ」
意地悪そうにまいちゃんを見つめる純ちゃん。
「え、ま、まさか。あはは。ねえ、あと陽子ちゃんは?」
「あ、病室で引越し準備してるよ。後で彼女のアパートへ当座の荷物取りに行くからね」
純ちゃんに連れられる様に、まいちゃんは病室へ向った。
その日の夜遅く、伊豆の美咲先生の所へ行く為ゆり先生の車に乗ったまいちゃん、陽子ちゃん、真琴クン。
「まいちゃん!陽子と真琴クン宜しくね」
「大丈夫だって、あたしがついてるからさ」
「まいだから不安なのよーっ」
「もう、ゆっこのばかー!」
「陽子、真琴クン!はっきり言ってすごく厳しいけど、私とまいちゃんだって耐えたんだからね!頑張ってね!」
赤いテールランプに僕と純ちゃんは、見えなくなるまで手を振っていた。