純ちゃんの苦しみは一晩寝れば治ったみたい。只、今後痛み止めをどうするかでゆり先生はすごく悩んでいた。僕も来年この治療を受けるんだろうけど、なんだかそれを考えただけで気分が滅入ってしまう。今はあまり気にせずにしよっと。
女の子達に埋もれ、揉まれながらの僕の高校生活もだんだん慣れてきたみたい。口調や手の仕草に加えて、一ヶ月位経つと、日常動作の足の仕草が、皆に写った様に女っぽくというか、女子高生らしくなった。ひっきりなしに足の動作や仕草を変え、他からパンツが見える事を気にしつつ、疲れた足をほぐす仕草。スカートを履かされ、皆の目に一部始終さらされる毎日、僕の体には無意識のうちに少女特有の可愛い仕草が染み込んでいった。
毎日いたる時にも「可愛い」という言葉を口に出すクラスメートの女の子達。その言葉に洗脳される様に、自分を可愛く見せようと努力し始めた。そんな中、時々クラスメートの男の子達の仕草とかが気になる事が少なくなかった。もし僕がまだ男のままだったらこんな可愛く見せようなんて苦労しなくていいのに。
毎朝、気の済むまでブラッシングと洗顔、化粧水つけたり、ニキビ予防の薬塗ったり、髪型にあれこれ気を使い、服にもブラシをかけ、糸葛、ほつれ気にしたり、食事もカロリーに気をつけたり、持ち物にも気をつけないと、カバンがすぐ一杯になっちゃうんだ。
体育の時間がすごく好きになった。暫くは女の子同士のコミュニケーションという事で、授業は球技中心で、楽しい物だった。それに人前で堂々ブルマ履けるし、男の子の時は普通だった球技も、女の子に混じればもうヒロインだった。ソフトボールの次はバレーボール。手加減して、そして時々わざと失敗とかしているつもりなんだけど、僕が軽く打ったアタックも女の子達は誰もレシーブ出来ない。ドッチボールの時は少し考えて、ボールの力はすごく抜いて、狙った女の子達の隙を探して軽くぶつける事にする。でもそれがことごとく当たる。本当女の子ってこういう運動神経って僕が思っていた以上に鈍いんだ。
「ゆっこにボール渡しちゃだめ!!」
「ゆっこ、狙うから気をつけなっ」
「ゆっここけたよ。ゆっここけた!今当てちゃえ!」
もちろん、時々手加減して、わざとぶつけられる事も忘れていない。
そして、バスケットボールの時は、シュートに男も女も関係無いから、僕は取ったらなるべくシュートにチャレンジ。走る時だけ女の子らしく、遅く可愛く走って、シュート。男の子としての成功率は普通だけど、女の子に混じれば一番だった。
その中でひっきりなしに上着でブルマを隠したり、ハミパンを気にする仕草も忘れない。最初は良くみんなに注意とかされてたけど。
そんな中、休憩とかしている間に時々男の子達の方を眺める事が良く有る。他の女の子もそう。早くもあの子かっこいい。スポーツ上手い。あの子とあの子どっちがいい?とかまるで品定めの様に男の子達を見ている。
「ねえ、ゆっこだったら誰がいい?」
みけちゃん、智美ちゃん。そして見学している陽子ちゃんとか、時々話すんだけど、ううん、僕まだ男の子で誰が好きとか、そんな気持ちが無い。それよりもずっと走り込んだり、基礎トレーニングに励んだりする男の子達を見ていると複雑な気分。皆肩幅とか胸板とか大きくなって、太ももとかがっしりして、濃いすね毛とか生やしている子も少なくない。それに比べて僕…。本来の僕の姿ってあっちなんだ。胸元を両手でクロスすると、もはやBカップ一杯になった柔らかくてふかふかの僕の胸の感触が手首に伝わる。片方の手でするっとブルマの縁をなぞると、そこからたまたま少し見えていたパンツの縁のレース部分が手に触った。
「あ、また出てる」
何気ない仕草でそれを直す僕。
(いいのかな、本当にいいのかな、こんな胸になって。こんなエッチな姿になって)
ぼーっと遠くで男の子達のトレーニング姿を見ていた時。
「ゆっこー、何男の方見てんの。ねえ、誰チェックしてんの、教えて!」
「ゆっこー、わかった。まる○○君でしょ。違った?違ったんだったら誰か教えて!」
みけちゃんと、その友達が僕の背中にまわって突然話しながら小突き始めた。女の子の友達同士って、スキンシップをすごく大切にするから、とにかくくっつきあう程仲がいいって聞いてた。
「みけーぇ、疲れたあ」
僕はそのまま背中を倒すと、二人の胸に僕の頭が埋もれる形になった。
「きゃあ、ゆっこエッチ!」
「ゆっこってさ、何でも真似したがるし、くっつきたがるし、可愛いよね」
二人のブラジャー越しの胸の柔らかさに、元々の男としてまだ少し残っているエッチな気持ち以外に生まれて来た、女の子同士の友情を感じながら。
みけちゃんとその友達は、そんな僕の顔を見ながら、僕の髪の毛繕いしてくれる。柔らかい体の感触、女の子のいい匂い、そして僕の為にしてくれる毛繕い。いいなあ、女の子同士の友情って。
そんな体育の時も、意外な所で女を感じる事が在るんだ。中学の時も気になってたんだけど、男の子達が外で筋トレやっている時、女の子達は体育館にいつも入ってしまう。それってね、実は女の子の体育の授業って、バスケ、バレー、ドッチボールとかの球技以外は、あまり男の子達に見せたくない姿になってるんだ。
ソフトボールの次の授業はマット運動。上着がめくれてブラが見えたり、ブルマがずれてパンツが見えたりとか、皆意外な姿になっては、皆と笑いながら服装を整えていく。そしてマット運動、これがすごいんだ。特に開脚回転とか、ブルマの股間がもろ見えて、土手の形とかあそこの形までくっきり分かる時も有るんだ。偽の女性器を張りつけている僕は少し不安。
でもみんな本当に羨ましい位体が柔らかい。マットの上で、ブルマ姿のみけちゃんとか智美ちゃんとか、軽く悲鳴を上げながら、ますみちゃんは大声で気合いれながら、今日も見学しているジャージ姿の陽子ちゃんは、たぶん生理の為だと思うけど、やはり見学している女の子達と三人固まって、笑い声をあげている。
「ひとみ!髪留め外れた。そこ、そこ、ちがう、右、みーぎっ」
「由美!パンツ、はみ出た」
そんな事が有るたびに、ひとかたまりになって座ってる女の子達から可愛い笑い声。マットの上で転がるだけのつまらない授業でも、嬉々として楽しくしてしまう。女の子達のこういう所ってすごい。
「次、堀さん」
「はい」
しゃがんだ体勢から、足をきゅっとすぼめ、すっくと立ちあがり、上着とブルマを直す僕、女の子しかしないこの動作だって、僕何度も練習したんだ。
「ゆっこ、簡単に出来るよね。あんなに運動神経いいもん」
でも、そうすんなりはいかなかった。衰えているとはいえ、僕の足はまだ男の筋肉と筋が残っていたんだ。足が伸びない、曲がらない…。僕はマットの上でペタンと尻餅をついた。その途端、みけちゃんが転がりながら足ばたばたさせて大笑いする。
「ゆっこ、おっかしーぃっ」
智美ちゃんも大笑い。
「堀さん、あなた体硬いねー、男みたい」
(ええっ)
先生のその言葉に一瞬僕は凍り付く。その直後先生はブルマの上から僕のお尻を軽く。一瞬その手が僕の作り物のあそこに触れた。
「だってさー、ゆっこ半分男だもんね」
その声は陽子ちゃんだった。そんなの判るはずがない、絶対判るはずない。でも、僕の精神は硬直して、そのままペタン座りしたままだった。
「だって、あんなに運動神経いいしさ、男の子みたいで羨ましいよね」
陽子ちゃんが他の二人と笑いながら喋っている。
「ううん、ちゃんと女の子だったよ、堀さん。あたりまえじゃない」
「でも先生、やっぱり今確かめたの」
「うん、ちょっとね。可愛い割れ目だったわ」
宮田先生の言葉にみんな一同に笑う。でも女の子達のそういうチェックの目って本当馬鹿にならない。本当にこれから気をつけよっと。
「ねえ堀さん。バレー部入らない?」
授業が終ってすぐ宮田先生が寄ってきた。既に入部した女の子二人も一緒に。
「ねえ、ゆっこ。まだクラブ決まってないんでしょ。一緒にやろうよ」
「だめだよ。女子バスケなんて入っちゃ。大塚先生スケベなんだって」
「こらっ、そんな事言わないの。でもねえ、堀さん、出来れば考え直してよ。アタッカーの層を厚くしたいの。堀さんが入れば、控え二人出来て心強いんだけどなあ」
宮田先生は、既に僕が入った事を想定してレギュラーとしてポジションまで考えているみたい。でも嬉しかった。もし僕が生まれつき女の子だったら、絶対入部したかも知れない。
「あの、ごめんなさい。私、家の手伝いとかあって、どのクラブにも入れないんです」
苦し紛れに話す僕だった。
「堀さんの家って、あ、早乙女クリニックだっけ。あ、ああ、早乙女先生の。確か今年から保健でカウンセラー受持ってくれる、あのゆり先生?あ、堀さんてあの先生の妹さんなんだ」
ええっ、いつの間にそんな事になってるの?知らなかった。あの商売上手。でも妹って言われてちょっと嬉しい。
「ああ、じゃあ仕方ないわね。でも気が変わったらいつでも言ってね」
「はい、どうもすいません。ごめんなさい」
「おい、堀!おめ、なんでバスケ部入んねえんだよ!」
休み時間、皆と一緒におしゃべりしてた僕に、男の子のクラスメート数人が声をかけてきた。この前も僕に女子バスケット部入らないかって軽く誘ってきた子だった。そう言えば入学以来始めてだなあ、こんな風に普通に男の子に話しかけられたの。
「あのね、ゆっこ家の手伝いするんだって。クラブどこも入ってないんだよ」
智美ちゃんがすかさず代弁。
「おめえんとこって何やってんだよ」
「あ、あのね、クリニックやってんの」
「クリニック!病院か!?」
「知らないの、カウンセラー校医の早乙女先生いるじゃん?あの人の妹なんだよ、ゆっこって」
「え、俺知らねえよ、そんなの」
「あ、俺会った事有る」
「うそ、どんな奴」
「おお、なんかめっちゃ綺麗な人だぜ」
「うそー、お前さ、あれの妹なん?」
勝手に喋る男達、しかもゆり先生を「あれ」だなんて、うっとうしい。
「ああもう、みんなして楽しくしゃべってんのに!あっちいけ!シッシッ」
ますみちゃんが、でも楽しそうに男達に手でゼスチャー。
「うっせえ、お前、俺にそんな事言っていいのか、こらあ、この前のラーメン代返せよ」
男子の一人が、ますみちゃんの頭を抱えて、悲鳴を上げるその頭に軽く頭突きを食らわせた。冗談で怒ってパンチをするますみちゃんのその手は軽く手で止められた。
「おい、みんな知ってっかこいつ。まだシノラーファッション追いかけててよ、土曜の昼いっつも原宿のっそり歩いてんだぜ」
「いいじゃん、あたしの勝手じゃん、そんなのぉ」
「うっせえな、お前、そんな事してる暇が有ったら軽音の練習来いよ!さぼってばかりしやがって、徳永部長怒ってたぞ!とにかく引っ張って来いって」
「えええ、トッキー怒ってんですか、怒ってんならやめちゃうぞって言って…」
「てめ、いいかげんにしろこのやろぉ」
再び頭突きを食らわす彼。そっか、同じクラブだったんだ。
それを機会に始まった僕のクラスでの男女の交流。男の子達は、女の子達(僕も含めて)にすごい威圧的に話したり、命令口調で話したりする。格好つけてるつもりなんだって分かるんだけどね。僕本来だったら僕こんな話し方されると腹が立っていたはずなんだけど、今はむしろ女として扱われてるって感じがして特に気にならなくなっちゃった。又、僕には元男の子であるメリットも有る。そう、車とかバイクとかスポーツとか、女の子じゃ普通に出来ない話しも出来るんだ。最初は女って事で馬鹿にしていたクラスメートも、僕が対等に話しが出来る事に驚き始め、休み時間になると、男の子達と話しする事も増えていった。
「お前こんな事も知らねえのかよ、女の堀でも知ってるんだぜ」
男達が同級生をけなす時、時々そんな言葉が使われていた。
又、男の子と話したくても勇気が無くて話せない女の子達が、自然と僕の周りに付き始め、少なくとも男女間の交流は、僕の影響も有ってか(笑)僕のクラスが一番いい環境になった。そうなってくると当然僕に対するねたみとか嫉妬が絶対どこかで出て来る。でも事前にゆり先生にその対処方法とかを教えられていたから特にこれといったそういう問題は起きていない。僕はクラスメート全てとその友達一人一人に気を使い、天狗にならない様に気をつけ、むしろ道化役にも徹した。でも、でも本当に気疲れがする。
そんな中、男の子達と男の趣味の話している時は、何だかちょっぴり昔に戻った気分。女の子にはない夢みたいな物を語る姿に僕は良く共感してしまう。男みたいに机に座って、スカート姿で、時にあぐらかいたりしていろいろお話する僕。でもいつしか必ず横に女の子達が来て、僕を男の会話から引きずり出して、女の世界の会話に連れて行ってしまう。
「堀、バスケ入れよ、俺も入るからさ」
「堀、じゃさ、バイク部こいよ。お前なら大歓迎だぜ」
クラブ勧誘を口実に仲良くなろうってしているのがみえみえな男子もいる。
(でも、ごめんね。僕半分まだ男の子なんだ。クラプの入部は禁止されているし、それに、もう男の子の世界には戻れないの)
警察ざたの犯罪以外、何をやっても自由。でも成績重視。容赦無く落第させる。僕達の通う名門の○○学院はちょっと変わってはいるけど、有名高校だった。元男の子の僕に女の子の判断能力と想像力と表現能力が加わった僕の脳は、一種超人的な能力を発揮し、スポーツと学問で、常に学年トップを争う位置にいて、僕自信ちょっと有名な存在になっていた。嬉しいんだけど、何だか少し詐欺みたいな気がする。
そして季節が暖かくなったゴールデンウィークの連休中に、僕達の初めての連絡会が有った。まいちゃん、ともこちゃん。みんな懐かしい。昨日二回目の骨盤調整術を受けた純ちゃんは腰をさすりながらも、皆と抱き合った。みんな全然変わってない様子。でも皆お互い女子高校生として揉まれているらしく、悲鳴みたいな歓喜の声、ばたばたさせる足、時折出るコギャル言葉等、女の子じゃなく、みんな本当の女子高校生になっていた。そんな中、
「純ちゃん、お尻の形、変わってない!?」
まいちゃんがまずチェックした。そうなんだ、僕もおかしいと思ってたんだけど。
「ねえ、純ちゃん、ちょっと歩いてみてよ。やっぱりまいもそう思った?」
「えーーっ、今あんまり歩きたくないんだけどなあ」
僕達の方にお尻を向けて、ゆっくり歩き出す純ちゃん。初夏の様な暖かさの中、薄いスカートを纏った純ちゃんのお尻、その上に少しだけ確認できた腰のくびれ。そしてそのくびれを境に、体とお尻が別々の動きをしている。それは、一歩歩くごとに、確かに左右に少し揺れていた。そればかりではない。
「純ちゃん、その、なんていうかさ、お尻が揺れてるの。それに」
「えへっ、自分でも分かってるんだ。大きくなったお尻の上に、何か関節みたいなのが出来てさ。今朝、初めてそこが動いたの。グキッて音が鳴ってね、あたし悲鳴上げてベッドに倒れこんだんだ。ゆり先生に痛み止め打ってもらって」
純ちゃんは恥ずかしそうに、自分の体に出来たばっかりのウエストに手を当ててぽんぽんと叩く。
「そのぐきって痛みがだんだん消えて、それとね。お尻がつんとしてるでしょ。ほらまだあなた達が男の子の時、鏡見ながらさ、無理してお尻をつんと突き出した事って有るでしょ。今朝からその格好が固定されちゃって、元に戻らないのよ」
「ええ、あのお尻突き出した格好から?」
「そうなの、戻らないの。もう大変なのよ。歩く時とか今までと全然違う筋肉使うし、特に足の脛にすごい負担かかってさ」
僕達が目を丸くしている中、純ちゃんの話が続く。
「あとね、男の子の時みたいに、走れなくなっちゃった」
お尻が上気味に上がり、腹部にたっぷりついた脂肪をガードルで矯正された純ちゃんのシルエットは、もう横から見ると女の子そのものだった。
「さあさあ、今日はこの後身体検査と連絡会で、明日はディズニーランドだからね」
遠くで様子を見ていたゆり先生と美咲先生が河合さんとお話を始めた。
その夜、四人で一緒に寝ながらいろいろなお話。まいちゃん、ともこちゃんもやはり、スポーツと勉学でトップクラスになっていて、
「あのね、ラブレターが来たの」
ぼそっとまいちゃん。
「うっそおおおおおーーー」
女の子宜しく驚いたリアクションの僕達。
「今まだ早いって、断っちゃったんだけど」
「なんで、なーんで、まい。もったいない。付き合ってあげなよ」
「折角彼氏出来るのにさ、もったいないじゃん!」
皆ではやし立てる僕達、ああ、この四人が元男の子だなんて。
「だってさ、どうやってエッチするのよ。感じいい人だけどさ、今エッチ出来ないじゃん」
もう、心は全く女の子になっちゃったんだ、まいちゃん。
「ゆっこ、好きな人出来た?」
「ちょっと、何で僕に振るのよ、まーいっ」
「あ、まだ、僕なんて言ってる。学校でも言ってるんだ」
「言ってないよ。こういう時だけじゃん」
「ふーん、でもさ、自分としての一人称は、「ぼく」なんだ」
純ちゃんの言葉に、僕はちょっと言葉に詰まる。
「早く好きな男の子みつけなよ。そうすれば変わるって」
純ちゃんの諭す様な口調。好きな男の人かあ、僕まだだめみたい。僕の中からはまだ当分男の部分が出て行きそうもないし。
五月も中頃になると、僕はクラスの殆どの女の子達と友達になっていた。引っ込み事案であまり話とかしたこと無い娘とかもいたけど、日頃の気配りのおかげで、何とか嫌われたり、妬まれたり嫉妬されたりする事は最低限で済んでいる。
如月ますみちゃんは、ほんと一目で見て分かるシノラーと呼ばれる部類の人で、奇抜な原宿ファッションにいつも大きなギターを背負って学校に来ている。よくこんな格好で登校する事が許されてるなって感じ。軽音楽部に所属していて、一年生だけのグループでリードボーカルを担っているとっても音楽センスのいい娘。
水無川恵子(みけ)ちゃんは、いろいろ考えた挙句、演劇部ダンスグループに入ったみたい。在学中にジャズダンスで賞を取るんだって意気込んでた。
金井智美ちゃんは相変わらず渋谷の街を歩き回って、学校外の友達とか多く作って行ってるみたい。
でも最近放課後一番良く遊ぶのは武見陽子ちゃんだった。ちょっと大人しそうな顔にワンレングスの髪の毛の可愛い娘。小物の趣味とか、服装のセンスとか、お菓子の好みとかすごく似ている。二人だけでカラオケで歌ったり、休みの日に遊び疲れて公園のベンチで二人寄り添って寝た事も。
(僕、絶対陽子ちゃんだけには、男の子だってことばれたくない)
「陽子ちゃんて、友達で一番好きだよ」
「あたしだってさ、ゆっこの事好きだよ。でもいいなあ、スポーツ万能で成績優秀手で可愛くて」
「もう、そんなのいいっこ無し!」
でもそんな陽子ちゃんの病気が僕はとっても心配だった。六月になっても、陽子ちゃんはまだ体育は全て見学。球技とかしている僕達を、ジャージ姿で羨ましそうに見ている陽子ちゃんに、僕は何だか哀れみさえ感じていた。一体いつになったら病気が治るんだろう。
ところが、七月になって今度は学校を休みがちになってしまい、皆でお見舞いに行く事にした。
「ごめんね、わざわざ来てくれて」
アパートのドアを開けた陽子ちゃんはげっそりしていた。縫いぐるみが山程飾られた女の子らしい部屋。始めて知ったんだけど、陽子ちゃんは東京に一人暮しで、両親は北海道にいるらしい。
「ねえねえ、このままだと死んじゃいますよ、お母さんに来てもらってさ、看病してもらったら」
「ううん、だめなの。親とは今喧嘩してるから」
ますみちゃんの問いに元気無く答える陽子ちゃん。
「陽子ちゃん、お風呂行ってるの?体拭いてあげようか」
「あ、いい。それくらい自分で」
と言いかけて、咳き込み、智美ちゃんとみけちゃんに背中を擦られる陽子ちゃん。本当に大丈夫なのかな。
「お医者さん行ってるの?」
「う、うん、心配しないで、ちゃんと行ってるから」
「お薬は?」
「あ、ちゃんと貰ってるから」
何かぎこちなく答える陽子ちゃん。でも、本人がいいって言うなら。
「あ、陽子。ご飯作ってあげるからさ。ちゃんと食べてね」
「みけちゃん、有り難う」
目を閉じてお礼を言う陽子ちゃんの声は半分泣き声だった。みけちゃんと僕とで、エプロン姿になって煮物とかおかゆとか作る間、智子ちゃんとますみちゃんは部屋の掃除とか、予備の布団を干したりとか洗濯をしていた。
「陽子ってさ、可愛い下着付けてるよね」
智子ちゃんとますみちゃんが、陽子ちゃんに気を使う様に話しかけて元気づけていた。
「それじゃ、冷蔵庫に入れとくから。それとさ電話と携帯、ここに置いておくからね。何か有ったら電話してよ。それとさ、絶対両親に電話しなよ。本当に電話しなよ」
「うん、いろいろ有り難う。みんな本当にね」
僕達が帰っていくのを、陽子ちゃんは窓からずっと手を振って見送っていた。帰り路、今からギターの練習に行くと言ってたますみちゃんと同じ方向になった。
「ねえ、ますみ。私時々見舞いに行ってあげるよ。陽子にさ、何か伝言が有ったら言ってね」
ところが、ますみちゃんは何故か黙ったままだった。
「ますみ?ねえ、ますみ」
「え、あっあっなんですか、ゆっこさん!」
「あ、だから私時々お見舞いに行くから」
「あ、そうですか、いいんじゃないですか?」
「ますみ?ねえどうしたの?」
「え、あ、なんでもないですよ。私の思い過ごしだと思いますから。じゃあ、ギターの練習してきますから」
重いギターを担いでテッテッテーッと走っていく姿を見送る僕。実は僕も、陽子ちゃんの事に何か分からないけど、頭にこびりついて離れない物が有った。
その日の夜、ゆり先生と純ちゃんとで食事中、ゆり先生の様子が何かおかしかった。時折箸を止めては首を傾げる様子に、人をチェックする事に慣れてきた僕とか純ちゃんがすぐ気付いた。
「ゆりねえ?何か悩み事でも有るの?」
「え?う、うん…」
箸を止め、ちょっとお茶を口につけたゆり先生が決めた様に話し始めた。
「ゆっこちゃん。クラスメートで渡辺誠君、いるでしょ」
「渡辺誠?あ知ってる。男子の名簿で一番最後だから。でもそれ以外は。だって男の子だし、あんまり目立った子じゃなかったし。え、でもどうしたの」
「今日さ、男子が初プールだったの。それであの子の様子が変だからって、大塚先生に呼ばれてね、こっそり影で様子というか、体を見てきたのよ」
えーって感じの目で純ちゃんが目を丸くする。
「それで?、ねえそれで!?」
僕は食べるのも忘れてゆり先生の顔を見つめた。先生は湯のみを置いて、ふーっと一息つく。
「あの子、胸が少しだけ出てたの。その膨らみ方がおかしいのよ。あれは男の子の一過性のギネコマチアじやないわ。あれは絶対プレマリン飲んでる」
「ええええええーっ」
ようやく彼の顔を思い出した僕。
「ねえ、本当?本当なの?」
「ゆっこちゃん。あたしの仕事何だと思ってるのよ」
あ、そうだよね。
「大塚先生に言われてさ、何かの病気かどうかって聞かれたの。クラスメートも何だか変にそわそわしていたわ。ちょっと気を付けていてね」
次の日、渡辺君は欠席していた。でもその事で、一部の女の子の間で噂話しが持ちきりだった。どうやら水泳の後、渡辺君が胸の事で一部の男子数人から、オカマって言われてショックを受けてたみたい。
「ねえ、あんな事ってあるの?」
「あ、男の子の思春期にあんな事が有るって聞いた事有る」
「でもさ、乳首とかさ、乳輪までが大きくなってたって話だよ」
「オカマって言われてさ、なんかかわいそう。あっあきら!!」
「え、な、なんだよ」
横を通ったアキラ君。昨日渡辺君を冷やかした一人だった。
「どうすんの!渡辺君今日来ていないじゃん!あんた達がいじめたからだよ」
「べ、別にいじめてねえよ。只、ちょっとあいつの胸がさ、普通じゃなかったからさ」
「おかまって言ったんでしょ!ひっどーい!だから今日休んでるんじゃん」
「しらねえよ!それで休んだって何でわかんだよ!このタコ!」
「もう!ゆっこも何か言ってやんなよ!」
怒鳴ってたみけちゃんから急に僕にお鉢が回ってきた。こういう時女の子の味方しとかないと後が怖い。どんな言葉がいいんだろ。僕はアキラの目をじっと見つめて、きっぱり喋る。
「はっきりしない事で、人を勝手に決め付けて、騒いで遊ぶなんてさ!最低じゃん!」
その後に、「女みたいに」って言葉が喉まででかかったのを間一髪で飲み込む。女になった僕にとって絶対人前で言っちゃいけない言葉だった。
「うっうるせえ!言ったのは俺だけじゃねえよ!」
一応女で、そして学校じゃ有名になってきた僕にきっぱりと強く言われ、たぶん悔しさと恥ずかしさで半分涙目になりながら、アキラ君は教室を飛び出した。
「ゆっこ、すごいじゃん。あんなにきっぱり普通言えないよ」
その日の放課後、僕は夏ミカンをいくつか買って、陽子ちゃんのアパートへ急いだ。その時、
「ゆっこしゃん、ゆっこしゃん、今日もお見舞いですか?」
ふと振り向くとそこには相変わらず派手な髪と腕輪をしたますみちゃんが立っていた。
「あ、ますみも今日お見舞い?」
「ううん、そうゆうのじゃないんですけど、ちょっと気になった事がありましてぇ」
その瞬間、ますみちゃんは僕の手を引いて近くの路地に引っ張り込んだ。
「ねえ、ますみどうしたの?」
「あの、でしゅねえゆっこしゃん、今日の渡辺君の事知っていらっしゃいますか」
小声で真剣な目で話すますみちゃん。
「渡辺君がおかまって、皆が噂してましたでしょ」
「うん、でも気のせいじゃないの?」
「それと、陽子しゃんが体育の時、いつも見学ばっかりだったでしょ」
「うん、そうよね。体が悪いって言ってたし」
「ねえゆっこしゃん、陽子しゃんがブルマ履いている姿見た事有りますか?」
僕はその時ぎくっとした。僕の心の隅にこびりついている事が、ますみちゃんの口からもろに出て来た事に。でも、僕は平静を装う事に。
「な、何を言うのよっ!ますみ!それで何が言いたいのよ?」
ますみちゃんは、もっと小声で僕にごにょごにょ喋り始めた。僕はその途端小声だけどはっきり聞こえる様に喋った。
「陽子が男なんて、何馬鹿な事言ってるの!!」
「いえゆっこしゃん!あくまでひょっとしたらという事で、わああ、怒んないでください、怒んないでください。只、あちきは渡辺君が、ひんぱんに陽子しゃんの所へ通っているのを見たものですから。それに昨日部屋掃除してたんですけど、ナプキンとか、生理ショーツとか、生理用品が全く無いんでしゅよ」
「渡辺君が?陽子ちゃんの所へ?生理用品が無いの?」
僕の頭の中で、昨日のゆり先生の言葉がはっきりと思い出される。
「あの、だから、こう推理したわけですよ、私は、実は…」
「もう、馬鹿な話しないで!!」
「あ、ゆっこしゃぁあああん!」
ますみちゃんにそう言放ったものの、頭の中では不安がよぎった。その足で急いで陽子ちゃんのアパートへ向う僕。
軽くノックすると、その部屋は鍵が外れたままだった。
「陽子?」
見ると陽子ちゃんは、昨日のままのパジャマで小さな寝息を立てている。
「あ、良かった」
そう思ったものの、多分何日もお風呂に入ってないせいだろうか、少し臭い匂いがする。ちゃんと体拭いてあげよう。そう思った僕は、湯沸しの下に洗面器を置いて、タオルを探しに回った。渡辺君はもしやと思うけど、まさかあの陽子ちゃがそんな。
「ちょっとごめんね」
僕は昨日智美ちゃんが洗濯した下着類を仕舞いこんだと思われる引出しを開けた。可愛いパンツとブラは有るけど、タオルが無い。
「この上かな」
僕は一つ上の引出しを開ける僕。そして全身が凍った…
「こ、これって、まさか…」
僕が目にしたのは、一つの薬ビン。その中の錠剤は、僕が美咲先生の読んでいた本の中で良く見ていた物だった。明るいオレンジのそれが、そこに詰まっていた。
「プレマリン…〇.六二五g…」
僕は絶句した。それ以外にもそこには二種類の薬ビンが奥にあった。
「エストラジオール…、それに抗アンドロゲン…、陽子、まさか、まさか!」
僕はタオルを持つのも忘れ、すやすや眠っている陽子ちゃんの横に座り、震える手で布団の中に手を入れ、パジャマをまさぐった。
(お願い!何も無いで欲しい!お願い!お願い!)
こんな事しちゃいけないって分かってても、だって陽子病気だもん。あの薬が原因だったら、陽子かわいそうじゃん!
(お願い、手に何も当たらないで!)
僕は半分泣きながら、陽子の股間をまさぐった。しかし、神様は非情だった。陽子の股間には、女の子には有るはずのない、感触が有った。
(陽子…)
僕が一筋涙を流したその時、
「誰!誰なの!ちょっと!何してるの!キャアアアアアア!!」
目を覚ました陽子ちゃんが、掛け布団を手に持ったまま布団から飛び出すと、程無く僕と目が合った。
「ゆっこ!ゆっこなの!!ゆっこなのね!見たの!?見たんでしょ!?」
陽子ちゃんはそう叫ぶとわあっと大声を上げ、布団に顔を押し付けた。聞いた事の無い泣き声が僕の耳に入った。
「陽子ちゃん、私、何も見なかった。見なかったよ…」
咄嗟になだめる僕。でも陽子ちゃんは髪を振り乱し、そこらに有る物を手当たり次第僕にぶつけ始める。
「もう、もう終りよ!何もかも終りよ!!何て事してくれたのよーっ!一人にでもばれちゃったら終りなのよっ!あたしがっ、あたしがどれだけ苦労して女の戸籍取ったと思う!どれだけ苦労して、何もかも自由なこの学校入ったと思うの!どれだけ苦労して、ここまで体を変えたと思う!?みんな!みんなこれで、終りだよーーーっ!」
陽子ちゃんは再び鳴き声にならない声で泣きわめく。と、その時、
「堀さん!ひどいよ!黙って陽子ちゃん家に上がりこんでさ!人の秘密とか探るなんて!!あんまりだよ」
ふと声の主を探す。
「わ、渡辺くん!?」
押入れがさっと空くと、そこから現れたのは、今日学校を休んでいた渡辺君が、目を真っ赤にして立っていた。
「今日陽子ちゃんのお見舞いに来てたんだけどさ、さっき堀さんが来るの見て隠れたんだよ!」
道理で鍵が開いてた訳だ。
「ち、違うのよ。今日お見舞いに来てね、体拭いてあげようと思ってさ…」
「嘘だよ!陽子ちゃん起こせばいいじゃんか!それよりさ、さっきさ、如月と喋ってたろ。如月に言われてさ、陽子ちゃんの事調べに来たんだろ!違うのかよ!!」
ああ、だめ。事態がどんどん悪い方向へ誤解されていく。
「渡辺クン、ごめん。私もう東京にいられないから。北海道に帰る。それとさ、ホルモン剤だけど、今後も郵送してあげるからさ、心配しないで」
「嫌だよ!僕、陽子ちゃんと別れるの嫌だよ!!」
「私だって、別れたくないわよ。でもこうなった以上、帰るしかないでしょ!」
「僕、北海道へ一緒に行くよ」
「だめ、渡辺君には家族がいるんでしょ」
「いいよ、僕も親と喧嘩ばかりしてるもん。北海道でさ、陽子ちゃんみたいになる」
二人で、とんでもない事を話しているのを聞いて、僕はすごく責任を感じていた。お互いに泣きぐずりながら話しこんでいるのを見て僕は決心した。
「陽子、渡辺君、本当にごめんなさい。こうなったら私もお話したい事が有るの」
一瞬僕の目を見つめた二人。でもすぐ攻撃が始まった。
「何よ!今更何を喋るっていうの!人でなし!!バカ!!」
「堀さんてさ、スポーツとか勉強とか一番だし、すごくいい人だって思ってたのにさ!僕見損なったよ!!」
泣き顔で睨む二人を前に、僕は心を決めた。ひょっとしたら僕このまま終りかもしれない。でもこうしないと、僕、二人に対して本当にすまない気持ちでいっぱい。
「陽子ちゃん、渡辺君。よく聞いて。実は、実は…」
なかなか言葉が出ない。
「実は何なんだよ!言ってみろよ!!」
陽子ちゃんの言動が完全に男に戻っていた。僕はやっと言葉が吐けた。
「実は、私も、男の子…なんだ」
一瞬二人は僕の方を見たけど、当然全く信用しない目で睨み返された。
「ゆっこ!嘘つくならさ!もっとましな嘘つきなよっ」
陽子ちゃんの言葉は当然だと思う。僕は立ちあがり、後を向いて制服のスカートを脱ぎにかかった。
「堀さん、何すんだよ!ちょっとぉ!」
渡辺君のそんな言葉を無視する様に、僕はスカートを脱いだ後、天を仰いだ。
(ひょっとしたら、もう僕の女の子人生って、これで終わりかもしれない。ゆり先生とか、すっごく怒るだろうな)
少し悲しくなったけど、僕は最後の覚悟を決めた。パンツに手を入れ、あのフィメールパッドを取り外し、後ろ手に二人の前にポンと放り投げた。途端目から涙が一筋流れ出る。ああ、とうとうやっちゃった。
「堀…さん…」
「ゆっこ、あなた…」
僕はくるっと前を向く。キャミソールに隠れて前は見えないと思うけど、久しぶりにあそこが軽くなった気がした。そして僕は大きな涙声で叫んだ。
「どおっ!、これで、これでさ!気が済んだ!?あたしも、実は男の子なのよ。どう触ってみる!?」
嫌がる陽子ちゃんの手を僕のパンツの中に手を入れる。ひんやりした柔らかい手の感触が、久しぶりに人前で解放されたあそこに伝わってくる。すっくと手を引く陽子ちゃんをじっと見つめながら僕はスカートを再び履いた。
「どうっ、これで分かったでしょっ、あたしもねっ!この治療を秘密裏に行なってるのっ。もしばれたら、私男の子に戻されると思うわ!どう、これでおあいこでしょ!」
陽子も渡辺君も目が点になってた。
「うそ、信じられない!堀さんが」
「ゆっこが、ゆっこが、あたしと同じ男の子だったなんて…」
三人が、やっとにっこり微笑もうとした時
「ううーっ、知らなかったでしゅう…。陽子しやんばかりか、ほりゆっこしゃんまで男の子だったなんて…、ショックですぅ」
雷に打たれたみたいに僕は声の方を向いた。そこには目を丸くして立ち尽くすますみちゃんの姿が有った。そうだった。僕も鍵を空けっぱなしにしていたんだ!!
「きゃあああああ!」
またも人にばれたショックで陽子ちゃんが布団に倒れこむ。
「陽子、陽子しっかりして!!」
僕と渡辺君が介抱している傍らで、ますみちゃんはまだ立ち尽くしていた。
「あたし、ショックですう、ゆっこさんまで男の子だったなんて」
ああ、どうしよっ、一番知られたく無い部類の人に知られちゃった!!