メタモルフォーゼ

第八話「母親との再会」

 いろいろ悩んだ後、明日は男の子で行く事にした。確か純ちゃんが捨てずに残しておいてくれたジーンズとシャツが有ったはず。それに地味目のセータでとりあえず。髪は、えっと整えるとむしろ変だから、後ろで束ねて、お侍って事で。
 夜、ベッドの中でいろいろ考えている時、いきなりドアをノックする音。
「ゆっこ、ゆっこ、起きてる?」
ドアを開けると薄いブルーのネグリジェのまいちゃんが飛びこんで来た。膨らんだ胸元が何だかセクシー。え、手に持ってるのは枕じゃん。
「ねえ、ゆっこ。寒いの。今日一緒に寝てよ」
「あ、うんいいよ」
 別に構わなかった。そして逆に手術の前の最後の関門とか、聞き出してやろうっと。

「ゆっこ、実際に執刀する先生ってすごく変わってるの」
「男?女」
「男だよ。ゆり先生とか美咲先生の恩師みたいだけど、香港の人で片言の日本語そして、そしてね」
「え、何?」
「なんか、宇宙人みたいな人」
「宇宙人!?」
「すっごいがりがりで、痩せてて、気味悪いっ」
 ベッドの中で二人並んで話す僕達。でも卵巣埋め込んでくれた恩人なのに、ひどい言い方。
「それでね、ゆっこ。僕達ね、四月になったらばらばらなんだよ」
「ええええっ、どうして!」
「完全に女の子達の中に放りこむ為なんだって。僕達一緒にいるとお互いマイナスの影響が出るんだって。当然高校も別々だよ」
 僕に女っぽくかわいい目を向け、可愛く喋るまいちゃん。
「もう会えないの?」
 その時にこっとまいちゃんが笑って呟く。
「ううん、月に最低一度はゆり先生の所へ集まるみたい。ゆっこはゆり先生の所へ戻るだけだからね。私は美咲先生の所。ここの別荘に残るの。ともこは河合さん所へ。東京の下町って言ってたよ」
「みんな別々で女の子生活送るんだ」
 独り言の様に呟く僕。その時、まいちゃんの足が僕の足を二、三度触った様な気がした。
「ねえ、ゆっこ」
 再び僕の足に冷たくなったつま先で触れるまいちゃん。
「こら、まい。冷たいからやめなっ」
「僕の足、まだ冷たい?そうだよ。急に冷え性が辛くなったの。卵巣入ってるからかな」
「まい、どうしたの」
 僕の顔をうつろな目で見るまいちゃん。高○由美子にちょっと似たその顔、僕はちょっとどきっとした。
「ゆっこーーぉ」
 突然僕の顔を抱きしめるまいちゃん。僕は一瞬何が起きたか分からなかった。
「ゆっこ、いいよねっ、お母さんに会えるんだよね。明日。明日出てったらともことゆっこ帰って来るまであたし、ここに一人だよ!」
 僕の額をまいちゃんの涙が擽る。だってそんなこと言ったってさ。
「あたし、一人は嫌!すっごく嫌なの」
「付いて来る?明日」
「それも嫌だもん。他人がお母さんと仲良くしてるの見るの嫌だもん!」
「ねえ、僕どうすればいいの」
 僕は半分怒った様に聞く。
「じゃね、一回だけ、一回でいいから!」
 いたずらっぽくまいちゃんは僕の耳元にこそこそと耳打ち。その途端まいちゃんの手を跳ね除ける僕。
「抱いてって!まいちゃん!」
 びっくりしてベッドの上でペタン座りする僕の傍らで、まいちゃんが半分涙顔で僕の顔を見た。
「なんだかすごく寂しいの。卵巣移植の後、なんだかすごく変な気分になって。その、なんか、今まで以上にすごく孤独を感じて、誰かに抱かれたいって気分」
すっと目線を逸らすまいちゃん。
「だんだん強くなって、胸とか触るんだけど、だめなの、体を強く抱かれたいって気がする」
「そ、それならさ、ほら女の手ほどき受けたまきさんか、美咲先生にさ」
 まだしどろもどろな僕の言葉に、再びまいちゃんは僕を見つめる。
「美咲先生、女だもん。柔らかくて丸いもん。まだ男が残ってる硬めのゆっこがいいの」
 僕に甘える様な口調、そして可愛い仕草。まだ残っている僕の男の部分がなんか刺激され始めたみたい。でも女としてエッチはやめなっていう気分と、まいちゃんはこんな姿になっちゃったけど男だよっていう声が僕を邪魔する。そうだよねまいちゃん男だもん。このままだと僕達ホモみたい…
「ゆっこーぉ、ねえ、助けてぇ」
 まいちゃんが僕を抱きしめ、そして

「チュッ」

 僕の唇に、まいちゃんの整形され柔らかくなった唇が。ああ、これで人生三人目のキス。しかも男の子に。
「まいっ、こらあ、いいかげんにしろぉ!」
 まいちゃんに襲いかかる僕。でも僕の顔は笑っていた。
「きゃあ、ゆっこ!優しくしてぇっ」
 嬉しそうな悲鳴をあげるまいちゃん。あ-あー、なんでこんな事になるんだろ、もうっ。

 昔、女の子にしてあげた事を僕はまいちゃんにしてあげた。最初はそんなに乗り気じゃなかったけど、まいちゃんの甘い香と、にっこりするとたれ気味になる可愛い二重の目を見ているうち、少しだけど男が戻ってきた。でも全然あそこは大きくならない。
 まいちゃんの上に乗り、片手で可愛いバストを擽る様にして、片手でまいちゃんの項をかきあげ、耳元をそっと舐めてあげる。まい、乳首また可愛くなってるみたい。可愛いさわりごこち。
「ああん、ゆっこ、ねえ、上手いじゃん。いいっ、…・あっ」
 まいちゃんのネグリジェを下にずらす様にして脱がせにかかると、ぷるっとその胸が見えた。僕は息を呑んでそれを見つめた。丸くて可愛いふっくら胸、そしてその上で膨らんだ可愛い乳輪。脱色されたのか、前は黒ずんでいたのが、可愛いピンクに近い苺色、そして勃起した小指の先程も有る薄い桜色の乳首。AVモデルだって、こんな大きくて可愛い胸の娘はいない。
「まいー、可愛い胸になったね」
「うん、ありがと」
「かんじゃお」
 僕は唇で軽くはさむ
「あ、ゆっこ、やめてっ」
「なにいってんの。して欲しいって言ったのまいでしょ!」
 再び乳首を責める僕、その時まいちゃんの手が僕のパジャマに手をかけていた。
「えいっ、ゆっこのパンツもらったよ」
 あ、しまった。そしてその瞬間!
「あっ、ねえ、ちょっと、まーいっ、やめてっ、あっ、あああああっ」
 遅かった。まいちゃんの口は僕の小さく退化した男性自身を口に含んでいた。包茎状態の僕のあれは、ねっとりした口の中で皮が剥かれて…
「あっ、まい、僕、変になりそう」
 ふと、まいちゃんが口からそれを出した。
「ねえ、ゆっこ。あたしのもやって」
 あ、僕それだけはまだ嫌だった。
「ごめん、まいちゃん僕それだけは」
「ふふーん」
 僕のあそこを再び口でもてあそび始めたまいちゃん。○橋由美子似の顔が、目をきょろきょろさせて僕の顔をじっと見つめる。
「えっあい、おうあいううお」
「え、何、ああん、よく聞こえない」
「あ・あ・あ。えっあいおうあいううっえ」
(今思えば、それは「絶対後悔するよ」「だから、絶対後悔するって」だったみたい)
「まいっ、もう聞こえない。ええい、いじめちゃおっ」
 僕は少し乱暴にまいちゃんを抱きしめ、おなかとおへそとか項にキス。大きな胸をマッサージしてあげた。ぎゅっと抱きしめるとすごく可愛い声を出すまいちゃん。いつしか二人ともパンツ一枚。
「ゆっこ、ありがと。今度あたしが男ね」
「え、まいちゃん…」
「あたし、実は上手いんだよ。こういうの」
 僕の小さな胸は、柔らかくなったまいちゃんの手で優しく触られ、たちまち隆起していく。そして柔らかい唇、そして舌。体がねっとりと僕を覆って行くみたい。まいちゃん、あなたって今、男?女?ああん、わかんない。僕の理性がどっかいっちゃう!
「まい、ああん、ごめん、あああん、こんなことしてくれて…」
 さっき出ていた男の性はだんだん消えていき、今度は前にゆり先生に植え付けられた女の性が芽生えて行く。
「いやっ、いやあああっ」
 柔らかく丸く、ゆっくりと僕の体はまいちゃんの遊びに反応していく。声はだんだん上ずり、可愛いあえぎ声に。知らなかった。僕の体にいつのまにかこんなに女の性感帯が出来ていたなんて。
「ゆっこ、えへへ、僕今ね、男として、女の子にしてあげるモードになってるから」
 ああん、消えてく。僕の体から男の部分が、まいちゃん、あなたって…
「ゆっこ、いい気持ち?ふふふっ、僕ね、孤児院の先生とか生徒に時々したりされたりされたから」
「えええっうそ!」
「実はそうなんだ。あんまり裏では評判の良くない所だったよ。僕いつまでここにいるのかなって、時々不安になったんだ。ともこも知ってるよ、僕やその施設の裏の事。でもね、ともこにはこんなこと出来なかったんだ。嫌われたらやだったもん。えい、僕の秘密知ったからには」
「あああああん、まいっ、ちょっとぉ、ううううん…」
 
 外は寒い冬の夜。雪でも降りそうな日だった。暖かい部屋の中、僕とまいちゃんの秘密の遊びが続く。まいちゃんが女として始めたんだけど、いつのまにか僕の方が女の立場になった方が多かった。でもあくまでペッティング。只、男の子からかなり遠くなった僕達のあそこは勃起なんてしなかった。そして、そこからは、透明な液体以外、精液らしきものはとうとう一滴も出なかった。
 あと、僕は最後までまいちゃんの男性自身は口に含む事が出来なかった。悪いって思ってるんだよ。でも、まだ体が受け付けないの。そういう事するのって。でも、どう?まい?機嫌直った?寂しさ感じなくなった?そうだよね。まいちゃん寂しかったんだよね。

 いつまで続いたんだろか。秘密の遊びを終えて、今からシャワー浴びようとしてベッドの中で休んでた時、それは訪れた。
「あっれぇ」
 突然まいちゃんが何か気付いた様に。
「どしたの」
「ねえ、ゆっこ、ちょっと」
 僕の体の何箇所を嗅ぎまわるまいちゃん。
「あ、やっぱりぃ」
 え、どうしたの本当に?
「ゆっこ、女の臭いしてるーーっ」
 瞬間僕はどきっとして、自分の手とか脇を嗅いだ。
「うそ、うそーっ、まい、うそでしょ。これあんたの臭い付いたんじゃないの!」
 突然のまいちゃんの言葉に僕はどぎまぎ
「違うよ。あたしの臭いってちょっとミント系はいってんのよ。ゆっこの臭いってほら、今嗅いだけど、うっすらと柑橘系入ってるじゃん」
 僕はもっとゆっくり手とか脇、そして胸とかをゆっくり嗅いで見る。そして目が少し潤み、僕は目を閉じた。確かに、ほんの少し柑橘の入った、爽やかな香りがしている。今、長い間、僕女としてまいちゃんと遊んだけど、たぶんそれが引き金になったんだろうか。
「これ、これっ、僕の臭いなんだ…、僕の体から、こんな臭い出るなんて」
「ほら、女がフェロモン出して男を引き付けてあるじゃん。ゆっこは無意識でも、もうゆっこの体が男の子を誘ってるって事なんだよ。そしてその後、いいことが」
「怖い、僕怖いよ、何だか…」
 僕の体、本当に全く別の生物になっていくみたい。
「ゆっこ、おめでと。もう安心だよ。そのうち心も変わってくって」
 その言葉を聞かないうちに、僕はパジャマの上だけ羽織って、大急ぎで廊下を走り抜ける。寒いとっても寒い。でもっ何だか外に出たいっ!そのままスリッパをつっかけ庭に飛び出した僕。庭にはうっすら雪が積もってた。月光の青白い光で満ち溢れ、上着と可愛いだけの僕ほ青白く照らしていた。とても寒いはず。でもさっきの遊びと、そして僕の体に起こった大きな変化による興奮でそんなに寒くなかった。
 極寒(のはず)の中、僕は上着を脱いだ。月光が怪しく照らす僕のヌード。両手を下に広げて月を見つめた後、そっと僕は目を瞑った。寒さと冷たさの中、何か月からのエネルギーみたいなのが、僕の体に入っていくみたい。まだ火照りの覚めない僕の体。そして月明かりの中、火照った体から、今日生まれた僕の女性香がほのかに漂ってきた。とても、とってもいい僕の女性香。気のせいか、だんだん強くなっていくみたい。いや実際それは急激に強くなり、僕の全身を覆っていったんだ。
「ゆっこ!!何やってんのそんなとこで、男もいないのに裸見せてどうすんの!風邪ひくからっ」
 いつのまにか後にいた、両手に自分のガウンを持ったまいちゃん。
「ねえ、まい?、僕、女?」
 浮かれてるせいか、今僕なんかおかしいみたい。
「何いってんの?十分女だよ。その体。それに…」
「え・・」
「ゆっこってさ、ちょっとだけ広末○子に似てない?」
 僕はびっくりしてまいちゃんの顔を見つめた。


 翌日、母の所へ行こうと身支度始めた僕に衝撃的なハプニング。
「まいっ、どうしよっ、Gパン履けない!」
 そのGパンは男の子の時の唯一の衣類。残しておいたんだけど、
「ねえ、まい。どうしよっ。おしりと太ももが入んないよ」
「ほらみな、だからスカートで行きなって」
 傍らで意地悪くじっと僕の着替え見てたまいちゃんが呟く。
「嫌だよ、恥ずかしいって」
「ゆっこのおばさんだって、無理に男の格好でおかまみたいになった姿よりは、むしろ女っぽくスカート姿で女で行った方がいいと思うけどな。それにシャツなんてどうすんの。おっぱいは?何かで隠すの?パンツ女物でしょ。お尻がおっきくなったその体なんて、パンティーラインとマチがすっごい目立つよ」
「いいっ、僕買って来る!」
「どんな格好していくの?スカート姿で店行って男物買うの?ブリーフとか?変だよ」
 いくらなんでも、いきなりスカート姿で母の前になんて行けない。
「あ、そうだ。美咲先生がストレート持ってたと思う。探してきてあげるよ」
 まいちゃんが持ってきたのは確かにジーンズ。でも、
「ストレートだけどさ、やっぱ女物だよ」
 早速はいてみと、流石に女の子用でおしりとか太ももが僕には少し大きすぎるくらい。でも、
「ほら、ウエストの位置なんて五センチは高いよ」
「もういいじゃん、それ履いて好きなの買ってくれば?」
「出来れば男物買ってくる」
 ふふふっと笑うまいちゃん。
「下は?ノーブラとノーパン?ゆっこってさ、ガードル付けるとさ、もろ女尻だよ」
「いいっパンツだけ履いていく」
 もう僕には大きくなってしまった男物のシヤツ。それを着た後、まいちゃんから借りた地味目のスタジャン。そして玄関を出ようとしたとき、
「あっつ、ああっ」
 僕のバストの先がシャツに直に当たり、ひゅんと感じてしまう。
「まい、やっぱだめ。ブラ付けないと僕出かけらんない」
「だ・か・らっもうあきらめなって、女で行って女物Gパン買ってくれば?」
「やだ、男物買ってくる。ちょっと太ももが大きい奴っ」
「女物のジーンズ履いて?」
「もうっうるさいっ!」
 シャツを脱ぎ、この時ばかりは本当仕方無しにブラを慣れた手つきで付けた。シャツを着て、レースたっぷりのパンツに履き直してジーンズ。ああんだめだ、マチの部分だけはくっきり。
「こうシャツをジーンズの外に出して、おしり隠して」
「だからっ顔とか体つきとか変化してるからっ、余計女に見えるって!」
「ああん、僕の体どうなっちゃったの!」
 結局元に戻し、大急ぎで玄関へ。 
「行ってらっしゃい!でもね、たぶん女物買わされるよっ」
 まいちゃんの声が意地悪く聞こえる。

 もうさすがに人ごみの中でも平気。熱海駅の商店街で僕はジーンズショップを見付け、品定めに入った。男だった時を思い出しつつ、女っぽく振舞わない様に。あれ、男らしい仕草って、えっえっ!?どうするんだっけ!まあいいや、男物のかっこいいジーンズは、えっとぉ
「いらっしゃいませ、何かお探し?」
 感じのいいおばさんが笑いながら僕に優しく声をかけてきた。
「あ、はい、あの男もののジーンズを」
「あ、はい、うーんそうね。ここに並んでるのは本当に男物だからね。お尻とか太ももとか入らないかもしれないわね」
「え、あっあの…」
「そうね、女の子が履く男っぽいジーンズとなると、やっぱり…」
 ああんもうだめ、最初から僕の事女って…決め付けられちゃった。やっぱレディース履いてるもんね。
「あなた、中学生?高校生?そのくらいだよね。いいねぇ若い娘は。いい香りがして」
 あ…、

「ただいま、まいっ買ってきたよ」
 みるとまいちゃんはさっきの美咲先生のジーンズをちゃっかり履いている。
「あ、お帰りともこ。このジーパン私にぴったり。なんかお尻とか太ももとかジヤストフィットだもん」
 うそっ、美咲先生より太いくせに。
「ねえ、どんなの買ってきたの、見せて見せて」
 僕から袋をひったくる様にして、その中身を除き込む。本当に元男の子なの?まいちゃん。いつしかそんなにきゃっきゃっ騒ぐ様に…
「あれ、ねえ、ゆっこ!これ何よ!ゆっこーぉ、きゃははははっ」
 あ、もう僕適当にあの店のおばさんに任せたんだけど、あ、まさか…
「きゃっははははははっ、あーおかしいっ絶対おかしいっ、純とかともこに絶対言ってやろっ、はっはっ、きやははっ」
 声を立ててころころ転がりながら笑う。見事に女の子モードに変身したその笑い方。
「きやははっ、あーおっかしいっ。あんなに男物探すって出てってさ、結局買ったのが(サムシング)!?もろレディースじゃん!あははっ」
 ええええっそんな!あ、本当だ。あーあ、もうどうでも良かったから銘柄なんてチェックしなかった。
「あーっおっかしい。ゆっこ決定ね。これ履いて、女物の可愛いシャツと白のセータ着て。ちゃんと胸つんさせて、コートはゆっこの持ってる可愛い赤の…」
 まいっ、いいかげんにしないと本当にぶつよっ。
「わかったわよ!そうする!」
 僕は諦めた様にそう答る。
「ゆっこ…」
「もう、他に何か!?」
 まいちゃんの目がふと優しくなる。
「いっぱい甘えといでね」
「あ…そか」
 そうだったんだ。まいちゃん母さんいなかったんだ。
 身の回りの物一式と、そしてちょっと躊躇った挙句パンツとブラをボストンバックに詰め込み、僕は殆ど一年ぶりに実家へ向かった。もういいもん。臭いだって変わっちゃったし、どうやったって僕女に見えちゃうんだ。女姿で帰る。スカート姿でないだけましだもん。でも、はっきりいって、すっごく怖くて恥ずかしくて不安…。
一年間ほぼ毎日スカートばかり履いていた僕にとって、ジーンズで動くというのはとても懐かしい感覚だったけど、柔らかく脂肪のついた僕のヒップをジーンズが引っ張り上げる感覚、そしてまだ小さいけど、左右にぷくっと出来た柔らかいこぶ。この時初めて僕はお尻の左右の膨らみっていうのを体で感じた。そして歩く度にそれがぷるぷると揺れる。そういえばガードル無しで歩いたのって久しぶり。なんだか少し恥ずかしい気分。
「やっぱりガードル付けてきた方が良かった…」
 電車の中は空いていたけど、やっぱり人の視線は気になる。自然と手が髪に行く。結ぶのを諦め、髪留めで整えたストレートボブの髪。男の子時代の髪はもうすっかりカットされ、手櫛からはらはらと細く、つやつやに変わった僕の髪が流れる。いつのまにか癖になった指での毛先チェック。
 スカートで長年束縛された両足は、久しぶりにジーンズ履いても男みたいに開く事は無く、軽く座席に座り、無意識で両膝を揃えて軽く流す女の足になっていた。
 僕自身完全に女の子として溶けこんでいるのを感じた。もう怪しい者を見る視線は感じない。そして感じるのは、前に座ったおじさんの視線。ずっと僕の股間の方を見てる。それは疑いの目でなく、僕を女として性的興味で見ている目だった。どうしてわかったのって言われても、ううんなんとなく。
 都内を抜けると、電車は通勤帰りの人々で混雑し始めた。僕の座席の横、すっとリズミカルに座る女の子、そして拝む様な手付きで軽く挨拶して座る男の人。席を詰めるつもりでお尻を動かしても、席の横が女の子の場合だと、少しやな顔していやいや動かれる。なんだよっ、僕が男の子の時ならすっと動いたろうに。
 僕の両脇には女の子ばっかりが座る。女っていつでも同性で群れるんだよね。そしていろいろな女の人を僕はいつのまにかチェックしてる。あの娘いいな。かっこいいつんとした胸とおしり。そうなんだ。他の女の子を「可愛い」と感じる事が少しずつ減って、真似してみたいとか、あんな風になりたいと思う事が増えて行くみたい。
 乗り換えの駅でドアから降りる時。
「!?」
 僕のお尻を誰かの大きな手がむんずって感じで触った。あ、たぶんあのおじさんだ。なにすんだよっ!でも、僕追いかけられなかった。
「…」
 悔しかった。僕始めてチカンに会ったんだってやっと分かった。でも追いかけるにも何故か足が進まない。捕まえて、何ていうの?証拠だって無いし。
(ひょっとして、毎回こんな事起きるの!?)
 なんだか嫌な気分。ツバ履きかけられたみたい。そうこうしているうちに乗り換えた電車はその駅に近づいて来る。夕暮れ時、とうとう僕はその駅に着いた。
(帰って来たよ、僕。前にここから乗った時はちゃんとした男の子だったけど)
 夕暮れに助けられ、知人に会う事も無く、僕は懐かしい家路についた。

「た、ただい…ま」
 玄関に立ち、一0分位心臓が張り裂けそうに鼓動を打った後、ドアを少し開け、やっとその言葉が出た。そして奥から駆け足で出てきたのは…。久しぶりに見る母。全然変わってない。ちょっと驚いたその目が優しく微笑みかけてくれた。
「幸男、おかえりなさい」
 下を向いた僕は、なかなか母の顔を正視出来なかった。

「お父さんは?」
「一人で旅行に行った。今日は戻ってこないと思うよ」
 奥の部屋に行き、懐かしい臭いのする居間に二人向かい合って座る。もうあぐらなんてかけない僕はきちんと正座。あ、お茶いれてくれるみたい。
「お母さん…」
「なに?」
「何とも思わないの?こんなになった僕に」
 僕はちらちらと母の顔を見ながら話す。予想外にも母は何も気にしていない様子だった。
「早乙女先生に全部聞きましたよ。写真まで見せてもらったしねぇ」
 笑いながら母が言う。
「さて、せっかく息子、じゃない、もう娘なんだっけ」
「まだ息子だと思う。でもね、僕三日後」
「そうだった。手術するんだってねぇ」
 言いずらい事全て話してくれたんだ。でも母は少し強張ってるみたい。
「そうそう、今日あんたの好きなハンバーグ作ってあげようと思ってね。今から作るから部屋でゆっくりしておいで」
「あ、お母さん」
「なに?」
「僕作るよ」
 あっけに取られた母に僕は軽く会釈。
「大丈夫。料理、洗濯、掃除、裁縫。徹底的にしこまれたんだから」
「あ、あんたが料理を、ねえ、へえええ」
 母は驚いた後、また笑顔に戻る。
「じゃあ幸男、作ってもらおうかね、あ、今の名前は」
「お母さん、ゆきこ、でいいよ」
 良かった。母は全く気にしていない様子。心がどんどんほぐれて行く。

「へえ、上手なんだね。しかし、まさかあんたが料理をね、ふふふ」
「覚えたのって料理だけじゃないよ。本当すごいスパルタだったんだから」
 一年ぶりで親子二人で食事する間、僕の口からは、辛かった女性化トレーニングの事が次々と出る。声もだんだん昔の男声に戻っていった。
「幸男、あ、幸子か。お風呂入る?」
「あ、うん入る」
 風呂場に向かい、鏡の前でシャツを脱ぐと、ノースリーブのアンダーウェアにはブラジャーが透けて見えてる。そこに母がバスタオルを持って入ってきた。あ、僕この姿見られるのは嫌なんだ。
「あ、お母さん、ちょっと出て。ブラ付けてるの見られるの嫌。恥ずかしいから」
「何恥ずかしがってんだよ。女の子なら当然でしょ」
 シャツ越しにブラのストラップをそっと撫でられると、僕の顔は真っ赤に。
「体は、大丈夫なのかい。あのホルモン注射とかいうの、体に負担かけるんでしょ」
 恥ずかしく後ろ向きになった僕。でも今度はブラのホックを触られる。もうだめ。恥ずかしくて前向けない。
「ほんとに、男に生んだと思ったんだけど、こんなの付けて、どうだろね、この子は」
「お母さんお願い。出て」
 母が風呂場から出た後、手渡されたバスタオルは、大きなピンクの柔らかい物。慣れた手つきでタオルを髪に巻き、やっと風呂に入る事が出来た。
「ああ、気持ちいい」
 施設の大きい風呂よりも、懐かしい臭いとかする小さくても自宅の風呂がいちばんいい。湯船の中でいつも胸を触って成長具合をチェックするのが日課だった。でも今日はちょっと、ね。と、その時、
「幸男、あ、幸子。背中流してあげるよ」
 突然の母の声。いやだ、それだけは!
「お母さん、いいよ、いいって!」
 急いで湯船から出て、ドアを押さえようとする僕。でも遅かった。押さえる前にドアが開き、女の子になりかかった僕の全身が、トレーナとTシャツ姿の母の目に。
「あ、お母さん、だめだったら」
 股間と胸を片手ずつで隠す僕。母はそんな僕の胸の手を取り、自分の胸へ。ブラ越しの大きな母の乳房の感触が僕の手に。
「幸…子。ほら私達女同士、何を恥ずかしがってるんだい。もっと良く見せておくれよ」
「お母さん…」
 震える両手を僕は後ろに。でも顔は横向けたまま目を瞑る僕。母は僕の全身を触り始めた。それは、以前まいちゃんと遊んだ時の感覚では無く、母として、娘に変わりつつある息子の体を労わる親の手だった。以前見た時の息子は確かに男だった。でも、今の息子は。
 真白になり全身のでこぼこが消え、皮下脂肪で丸みがかった柔らかな体。自分が中学の時の胸と同じ形になっている可愛く膨らんだ息子の胸。胴のくびれこそ無く、小さいけど、可愛くボリュームアップし始めたお尻。柔らかそうで丸みを佩び、ぱんぱんにふくらんだ太もも。そして両腕には息子をこんな姿に変えた無数の注射の跡。
「幸子…」
 母の両手は、僕をしっかり抱きしめ、自分の胸にひしっと力強くくっつける。
ああ、ああ僕、許されたんだ。お母さんに…
「お母さん…」
 僕の目からどっと涙が出る。そして気付いた。僕の女性香って母の匂いとそっくりなんだって事。

 風呂から上がった僕に、母から僕へ、まさかあんな儀式が待っているとは思わなかった。僕のバッグから取り出したんだろう。いつの間にか母の前に僕の可愛いパンツを前に座っていた。
「幸子、座りなさい」
 胸に巻いた可愛いバスタオル姿も、もう僕は平気。そのままペタンと可愛く座る僕。そしてその儀式が始まった。
 母の口から伝えられる、女だけの習慣。そう、生理の事だった。生理の周期、そして心構え。訪れた時の処理。体のケア、痛みの和らげ方。母の口から出る言葉を、僕は目を丸くし頭に刻む様に覚えていく。そしてナプキンの付け方。母に教えられ、教えられた様に繰り返す僕。
「本当は、これは中学になった娘に話す、私達一家の伝統儀式なんだけどねぇ」
 母は少し寂しそうに吐き出す様に。その儀式が、僕に対して最後の女性化トレーニングとなった。
 その夜は母と二人で寝た。自分と同じ匂いに変化した僕に気付き、ぎゅっと僕を抱きしめる母。生まれた時の事。そして、先日のゆり先生の言葉を聞く父の事。
「お父さんはまだ完全には許してくれてないけど、完全な女の子になったら、許さないと仕方ないだろって言ってたよ」
「…お父さん」
 夜遅くまで、お話は尽きなかった。

 翌日、母から僕にプレゼント。二人腕組みしながら近くの百貨店へ急ぎ、買ってくれたのは、真っ白で、襟とか袖、淵にたっぷりふわふわが付いたとっても可愛いコート!有難うお母さん!そして駅での別れのシーン。
「いつでも戻っておいで。お友達にも来てもらいなさいな」
 その言葉に僕は涙を流しつつ、母に可愛く手を振った。
もう、迷わない。もう怖くない。僕これで手術受けられる。でもたった一つ。皆が噂している最後の関門に関する疑問以外は。

 

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