メタモルフォーゼ

(7) 「女性化最終プログラム」

 楽しかったテニスの後、伊豆の別荘に戻った僕達を待っていたのは最終プログラム。一応テニス旅行でカリキュラムは終わりだけど、終了試験が待っていた。それは僕達が女として社会で生活していく為の必要不可欠な項目を百項目以上を集めた物。審査はゆり、美咲両先生。それを来年の春までに全て合格しないと女子高生として学校へ行かせてもらえない。万一合格しないと…、
「そうね、たぶん女性不適格として…、まだ決まってないけと゛最悪は男の子に戻されるかも」
 ゆり先生が意地悪く脅す。

 とにかく頑張らなきゃ。矯正用のハードファンデーションを普段着の下につけさせられた僕達三人は、テスト初日硬く抱き合った。今日は一0月の半ば。期限は二月の終わりまで。投与されるホルモンは、ある程度女性化が進んだ人用に、女性体型化を促進する物に変えられ、部屋にはテスト予約と資料検索用のパソコンが入った。
 百項のテストは、それぞれかなり細分され、必ずキーポイントが入っていた。服の着替え方、化粧、風呂の入り方、喋り方、いろいろな挨拶、食事マナー、料理、立ち居振る舞いと仕草全般等の日常生活から、丸文字と女性文字、作法、アクセサリー、服とバッグ等と香水のブランド名と識別、裁縫、着物の着付け、ピアノ、ダンス、テニス、護身術、芸能人の識別(特に男性)、外出と行動と買い物等など、実に多方面に渡っている。只、文化的な事についてはプロ級になる必要は無く、たしなめる程度でいいという事なので助かっちゃった。
 中には、学校の体育の時の立ち居振る舞いと仕草、お風呂の入り方、スカートが乱れた時の仕草、笑い方と泣き方、驚いた時の仕草、そしてギャル語なんてのも有る。そして外出は「アクセサリを買いに行く」「電車に乗って座る」等のテーマが有り、必ず鏡もしくは店のショーウィンドウで服装を正す事と、最低一回の化粧直しが有った。
 毎朝ぴっちりしたブラとガードルとボディースーツとニッパーを服の下に着込み、足には矯正用のギプスを付け、ゆり先生の厳選した映画とドラマを繰り返し観て、ティーンエイジの女優の仕草と喋りを真似し、パソコンから出したいろんな資料とか本を読みふける日が続く。そんな中、顔とか体型が目立たなくなる夕方、近くの海岸とかに気分転換の散歩がすごく好きになっていた。肌寒い中何をするでもなくただ歩くだけだけど、潮や草木の香り、冬近いもの悲しい景色を見つめたり、ストッキングを撫でていく風の加減を楽しんだり、あきらかに僕の感覚は前と変わってる。そして夜、ハードファンデを外して疲れた体を暖かい毛布に包め、全身、特におなかに少し厚く付いてきた皮下脂肪の柔らかさを指で摘んで確かめつつ眠ってしまう、辛いけど、すごく充実した生活が始まった。
 次々とテストをクリアしていく僕達。テストも時には面白いけど大方は厳しかった。下に扇風機を仕込んだ台に立たされたり、ホラービデオを観ながら、「キャッ」という驚いた声を瞬時に出せる訓練をしたり、下着を見せないで一分で水着に着替えさせられたり、入浴を最初から最後までチェックされたり…。そして恐怖の外出実習もいろいろ。まだ男っぽさが残る僕達を、真昼間にゆり先生か美咲先生がペアで半ば強制的に連れ出すんだ。
 デパート、繁華街等、人気の多い所を選んで何回も。遊園地実習なんて五0項目以上チェックされる。お化け屋敷、ジェットコースター、他いろいろなアトラクションに乗るのはいいけど、驚き方、怖がり方、喜び方、髪の押さえ方、殆どスパルタだった。
「手を当てないでくしゃみしない!」
「おしりが動いてない!」
「大口あけて食べないの!ジュース飲む時脇開けない!」
「驚き方が男そのものでしょ!」
「いつも見られてるって感がまったく無い!」
「声が男に戻ってる!!」
「足開かない!今日何回パンツ見えたと思ってるの!!それに何!あのハの字歩き!!」
「お辞儀は手を前にあてる!そして腰を曲げて全身でお辞儀するって何回言わせるの!」
 僕達三人は外出から帰ると、先生達からいろいろ叱られ、時には怒鳴られた。今回はゆり先生も容赦はしなかった。でも僕達の為だから仕方ない。
「ごめんなさい」
「気を付けます」
 三人とも叱られた後は必ず部屋に戻って泣いていた。でも泣いている時間なんて無い。クリアしていない課題が山積みになっている。がんばらなきゃ。

 そして十二月。師走の寒空の都内の遊園地に、僕達三人がいた。都合六回目の遊園地テストで、今日は三人で徹底的に遊んで、先生二人で影でチェックする。少なくともまいちゃんとともこちゃんは今日遊園地実習の合格が出るかもしれないらしい。
 赤のベレー、そしてくっきり胸元の膨らんだに白いセータ姿のまいちゃん。赤いセータに茶色のジャンパードレス。小さいけどふくっと膨らんだ胸元が可愛いともこちゃん。そして膝上のチェックのミニスカートに胸がちょっと膨らんだドレスシャツの僕。僕だけはテストが遅れていて、このスタイルは美咲先生の注文だった。
「ゆっこ、まだミニスカート履かされてるの?寒いのに」
「ゆっこ難しく考えすぎだよ。女の子のふりするんじゃなくて、女になるって感覚でなきゃ」
 まいちゃんとともこちゃんがアドバイスしてくれる。分かってるんだけど…。
「ね、今日テストだってこと忘れようよ。ゆっこ、いいよね?それとさ、パンツ見せないように。だってさ、男にただでパンツ見せるなんてもったいないじゃん!」
「まい!それって何よ…」
 そうでなくても僕だけ遅れ気味なのに気分がさえないのに。それにしても、既にもう考えかたまで女の子に変わってきているまいちゃん。そして彼女?が引っ張る感じで遊園地で遊び始めた僕達。きっとどこかでゆり、美咲先生が見張ってるんだけどね。
 ジェットコースター、お化け屋敷、パイレーツ、メリーゴーランド次々に乗っていくうち僕の顔にも笑顔が出始めた。よく考えたら僕自身はすごく変わったと思う。お化け屋敷ではすごく暗闇に入るのが怖くなったし、驚いた時も必ずともこちゃんの後ろに無意識で隠れちゃう。声も「わ」からやっと「きゃ」まで無意識に出る様になった。コースターの落ちていく気分が快感になり、メリーゴーランドのメルヘンチックな気分に何となく気がひかれる。そういえば今までメリーゴーランドに乗ってこんなに楽しく感じた事なんてあつたっけ?
 ゲームセンターの射的では、次々に的を落としていくともこちゃんの横で、ぴょんぴょん飛び跳ねる僕。その横ではともこちゃんの方に顔を乗せて笑うまいちゃんがいる。僕達の距離感覚はだんだん縮み、おたがいくっついているのが嬉しく感じた。そんな中、僕はまいちゃんに対して何かいつもと違う感覚を感じている。それが何なのかちょっとわかんなかったけど、でもそれはその後すぐ分かった。
 化粧の臭いにも馴れ、もう堂々と入れる様になった女子トイレで、僕は鏡の前で可愛く意識しながら髪を直していた時、ともこちゃんが話しかけてきた。
「ゆっこ、まいの事気がついてた?」
「え、うん、なんかわかんないけど、いつもと違うって感じがしてた」
「ふうん、何かわからなかった?」
「うん、わかんない」
 ふと、ともこちゃんは鏡に向き直って自分の髪の毛をさわり始めた。やっばり感情が以前に増して敏感になったともこちゃんは何か分かってるんだ。
「ゆっこ、まいちゃん女っぽく感じない?」
「え、もしかしてあの胸?」
「違うよー」
 ふと僕の方へ向き直り、柔らかくなったおなかを僕に軽くぶつけた。
「まいちゃん、女の子の臭いがしてたの」
僕は一瞬息を呑んですぐ我に帰った。そう、そうなんだ。すごく僕まいちゃんに女を感じてたんだ。
「あの臭いに性的魅力を感じるのは、僕もまだ男だって事。もう戻れないのにね。まいちゃんはもう女か…」
 そう言ってすっとともこちゃんが出ていった後、僕は腕とか嗅いでみたけど、それらしき香りはしない。でもそれより完全に先をこされちゃったという気分で一杯だった。

「まいちゃん、ともこちゃん。遊園地実習は合格です。三日後にデパートと街頭実習のテストをするので準備しておきなさい」
「やった!あと十二個!!まいは?」
「へへ、あたしあと六個だもん!」
 二人ははしゃぎながら、美咲先生の部屋を出て行く。何で僕だけあと三十個も残ってるんだろ。そしてとうとう美咲先生が僕の方を向いた
「ゆっこちゃん。あなた今日つまずいてころびかけた時有ったわね?みごとなガニマタ見せてもらったわよ。それとお化け屋敷で怖がってまいちゃんの後ろに隠れた時、ものすごい大股で走ったわね」
うわあ、こんな所までしっかりチェックされてる。この調子だとあと一時間は帰れない。
「どう、続ける?あと三十個近く残ってるわよね。編物なんて、まいちゃんが一週間目でクリアしてるよね。女文字と手紙なんて、ともこちゃんが一番最初にクリアしてるよね」
 たちまち僕の目に涙が溜まる。本当に涙もろくなった。
「どう、あとゆっこちゃんにとっては難題と思われる課題三十個以上を二ヶ月少しでクリアしなきゃいけないんだけど、かなり大変よ」
 いつ声が荒くなるかわからない。僕はじっと下を向いていた。
「もしやめるなら、今日からでも男性ホルモン打つけど。どう?但し別の所へ移ってもらって女性化した体と心を約二年かけて戻す事になるけどね。筋力トレーニングとか精神改善とかかなり厳しい…」
「ごめんなさい!がんばりますから!!」
 あんまりの冷たい言葉に、僕はやっとの事で泣き声で哀願した。
「僕、女の子になりたいから…、女の子が好きだから!」
「それが間違いなんです!!」
 とうとう美咲先生の怒鳴り声が出た。
「女の子に変わりたいなら、男の子を好きになりなさい!男の子を常に意識しなさい!」
涙と嗚咽にまみれた僕はその言葉にとうとう答えられなかった。忘れようとしていた現実が今こんな形で目の前にさらされている。今の僕には男の子を好きになるなんて…。沈黙が続く。
「それじゃ、頑張って」
ふと美咲先生がそう言って席を立とうとした。
「あ、あの、次の遊園地実習はいつですか?」
「ああ、とりあえず、合格にしておくわ」
 僕は面食らった様に美咲先生の顔を見つめた。
「え・ご、合格ですか?」
「そうよ、あの二つしか減点無かったもん。あれは今後気をつける様に」
僕の顔が嬉しさと驚きで真っ赤に火照る。まいちゃんの
「今日テストだって忘れようね」
の声が頭の中で木霊した。

 新しいホルモン剤は、荒削り専用だった前のに比べ、僕達の体の細かい部分を可愛らしく変えていった。女性化の進んでいたまいちゃんの胸はCカップ近くになり、去勢されたともこちゃんのおなかには一気にぽちゃっとした脂肪がつき、綺麗なビーナスラインを作ろうとしていた。僕の場合、横幅はさすがに小さいけど、前からかなり変わっていたお尻と、足の付け根の部分とおなかにとっても柔らかい脂肪が取り巻き、太ももから腰にかけてぐっと丸みを増し、パンツからは女の子のヒップの肉がどっとはみ出てくる様になり、ポワンとしたお尻にかわりつつあった。
 そして身体検査の時にゆり先生が指摘していた、いずれ女性器が作られる土手の部分のぽちゃぽちゃの脂肪の蓄積。小指程度になった男性自身の横に、縮みきって申し訳なさそうに付いている精巣部。それらは柔らかく蓄積した脂肪の上にまるで浮いている様。
 そんな事に喜んでいる暇は無い。僕は必死だった。とにかく課題をクリアしなきゃ、このままじゃ本当に男の子に戻されるかもしれない。殆ど四日徹夜状態で、指摘された編物と女性の手紙をクリアし、女性の仕草(目線)のクリアにかかった。たくさんの写真と鏡を見ながらそれと同じポーズの真似。合間に(女性らしい歌い方)の練習。とにかく毎日が疲れていた。とにかくパジャマに着替えて寝たかった。ボディースーツを脱ぐ時、何か違和感とかを時折感じたけど殆ど気にしなかった。でも今思えば僕の体は着実に可愛く変わっていたらしい。

「やったあああああああ!!!」
十二月二十三日、クリスマスイブイブの朝、可愛いけどまだ太さが残るまいちゃんの歓声が響いた。最後の難問「振袖の一人着付け」を徹夜でクリアし、全ての課題をクリアしたんだ。晴れ着姿で美咲先生の胸で泣きじゃくるまいちゃんを、僕とともこちゃんがじっと見守ってた。
「まい、おめでとう」
「まい、すごいじゃん。あと二ヶ月も残ってるのに」
 僕とともこちゃんは羨ましそうに声をかける。僕はあと二十個、ともこちゃんはやはり「着付け」と「創作ダンス」「スカート作り」を含め七個残っていた。喜びも一息ついた時、ゆり先生がまいちゃんの頭を撫でながら話し始めた。
「まいちゃん、おめでとう。これで当トレーニングスクール卒業です。形は違ってたけど純ちゃんをトレーニングした時より二ヶ月も早かったわね。まいちゃんには女性名の戸籍をすぐ用意します。それと年明け早々に手術したいから、心の用意していてね」
笑顔で泣いているまいちゃんの目が一瞬輝いた。
「手術って、あ、あれでしょ」
 美咲先生が先を話し始めた。
「おめでとう、まいちゃん。あなたはこれで両性体になる事が出来るの。年明けに卵巣移植を行います。もう私が教える事も無いし、もう注射はおしまい。そして私の小言ももうまいちゃんに対しては無し。これからは女同士仲良くやっていこうね」
 涙目のまいちゃんが、またひっくひっく泣き始める。
「まいちゃん、ゆっこちゃんとともこちゃんの課題クリアを手伝ってあげてね。それと、明後日のクリスマスのパーティに出席してね。ドクターと引き合わせなきゃ」
楽しそうなゆり先生。でもパーティーって??
「私達の医療グループのクリスマスパーティーなの。だめよ、ゆっこちゃんとともこちゃんは。トレーニングに励むこと!」
 美咲先生の口調は僕達には厳しい。
「今年は嬉しいわ。年末に性転換候補者一人決定したし、河合さんも仲間になれたし」
「今度が初顔合わせね。ドクターも喜んでいたわ」
 河合さんて、テニスの時まいちゃんに始めて夜の手ほどきした「まき」さんだよね。
「じゃ今日の午後、まきさんの所にパーティ用のドレスをレンタルしにいくから、まいちゃん用意しててね」
 もうすでに特別扱いされ始めたまいちゃん。振袖姿のまま、まだ半分泣きながら大急ぎで自分の部屋へ戻っていった。
 その日の夜遅く、まいちゃんが大きな包みを持って帰ってきた。中には明るいブルーの布の塊みたいだったけど、まいちゃんが手に取ると、とっても可愛いミニのドレスに変わる。
 大きく開いた首元、ふわふわのシースルーの袖、後ろで大きなリボンになる腰紐、これなら小さめのお尻も確かにカモフラージュ出来る。うまく選んだね、まいちゃん。僕とともこちゃんのリクエストで早速まいちゃんが着る事に。慣れた手つきでするするとスカートとブラウスを脱いだ後、
「これ肩紐の無いブラでないとだめだから…」
 さっと引き出しからブラを取り出し、傍らに置いて自分のブラを外そうと手を後ろに回し、くるっと僕達に背を向けた。今までは平気で僕に胸を見せてたのに。
「まいちゃん、胸見せて」
口を開いたのはともこちゃんだった。
「えー、だって恥ずかしいもん」
「ねえ、女の子って認められたまいちゃん見たいよ」
 まいちゃんはそっとこっちを向き、恥ずかしそうに笑った後でブラを外しにかかった。優しくなった肩と真っ白になった体。柔らかそうになってきたお腹。忙しくて暫くお風呂に一緒に入れなくてチェックしていなかった間に、まいちゃんはいっそう女っぽくなっていた。でもやっばりその胸が一番変わっている。ホックを外しても、暫くカップが胸に吸い付く位大きく可愛く膨らんだ胸。少し濃いいちご色の乳首のついたそれは、昔見たH写真集にのってるモデルの娘のそれとさほど変わらない。それと、もう一つ変わったのは、
「まい、胸可愛くなったね。あとさー、すごく女の子の臭いしない?」
 ともこちゃんが羨ましそうに聞く
「えへへ、やっぱりばれてた?」
「ねえ、まい。いつからそんな臭いになつたの」
「始めて自分で気がついたのは、あのテニスの後よ。今日お世話になったまきさんにいろいろと、えへへ、教えられたその後よ」
可愛く両手で頬を撫で、うつむく彼女?
「ねえ、もういいでしょ」
 ストラップレスのブラを後ろ手に付け、ブルーのドレスをするすると下から上に着こみ、腰紐は可愛い蝶に化けた。
「戸籍謄本出来てたよ。美咲まい、一六才、女性。改めてよろしくね」
 両手でスカートを摘み、可愛らしくまいちゃんは会釈した。

 翌日のクリスマスイブ。ゆり先生とまいちゃんは明日のバーティに出席する為、朝早くBMWで別荘を出た。残された僕とともこちゃんは、美咲先生と共に特訓の日々が続く。
「たぶん正月も返上ね」
 ようやく難関の着物の着付けに取り組み出したともこちゃんが、洋裁(スカート作り)の課題をしながら女性声の発声練習をしている僕に話かける。
「そうよね、がんばらなくちゃ」
 低いけどようやくスムーズに出る様になった女声で僕が答える。いいな、もしともこちゃんが年内に着物の着付けをクリアしたら、僕はのけ者で二人で着物で初詣に行くんだろな。
でもそうはならなかった。ともこちゃんは着付けはクリア出来なかったけど、それより正月になってもまいちゃんとゆり先生は戻って来なかったんだ。
 美咲先生と三人でひっそり正月を迎えた時、美咲先生が口を開いた。
「予定が変わって、まいちゃんはパーティの後手術を控えて入院になったの。ドクターが大変喜んで、年明け早々アメリカへ行く前にまいちゃんを手術したいんだって」
「えーっ、じゃあ、まいちゃんは今」
「明日位に手術じゃない?。卵巣埋め込みと全身の整形。そして顔は私達の誇る美容外科でノーメイクでも女の子で通る位可愛くなって戻ってくるわ」
 その時可愛い音と共に電話が鳴った。美咲先生が取った後僕に渡してくれる。純ちゃんかららしい。
「あ、純ちゃん久しぶり。あ、あけましておめでとうございます」
「なにが明けましてだよっ、ゆっこ一番遅れてるっていうじゃん!二月末までに間に合うの?いろいろまいちゃんから教えてもらったよ。電話してる暇が有ったら和服の着つけやんな!あれあたしも苦労したんだから!」
 ま、まいの奴―っ!!
「とにかくがんばんなよっ、あたしまいちゃんの付き添いでずーっと面倒みてるんだから」
「面倒って、まいちゃんどうかしたの」
「うん、手術前にちょっと情緒不安定になってね。本当に女の子になっていいのかって。でももう大丈夫。今夜から予定通り手術始めるから」
「あ、今夜なんだ」
「そう、今夜だよ。まいちゃんが半分女の子になるのは。あ、まいちゃんと代わろうか」
 ばたばたと音がして、しばらくしてまいちゃんが電話口に出た。
「あ、まいちゃん明けましておめでとうございます」
「ゆっこ、あけましておめでとうございます。うん、いよいよ今夜なの。いろんな人がゆり先生のクリニックに集まってるよ。何だか不安になったりするけど、純ちゃんがいれば大丈夫な気がする」
 純ちゃんてなんかすごい。テニスの時も僕を気遣ってくれたり、まいちゃんの面倒も見てくれたり。そしてみんないい方向に進めてくれてる。あ、そう言えば純ちゃん自身は!?
「まいちゃん、純ちゃんの体は?」
「あ、純ちゃんの手術は二月だって。私を手術するドクターが、手術後一度アメリカに行って純ちゃんの手術の用意をして二月に戻ってくるの」
「純ちゃん元気なの、殆ど会う機会無いけど」
「元気もなにも、もうすっかり女の子っていうか子ギャルしてる。勉強・スポーツ・教養みんな学校でトップ。あと意外なのが拳法二段。スーパーアイドルみたいになってるよ。みんな本当は純ちゃんがまだ半分男の子だって知ったら驚くだろな。純ちゃん、いよいよ子宮移植だよね。二月で両性体から擬似女性になるんだって。そしてね、面白いの。顔が永○博美によく似てきてるの。あのね、裸も見せてもらったよ」
「え、どんなだった?」
 僕はびさくりして聞き返す
「へへ、テストに合格したら純ちゃんに見せてもらったら?」
 始めて会った時の、ちょっと少年ぽく、胸もボタンを付けただけの様だった純ちゃんがね。僕の頭の中に小悪魔みたいに微笑む純ちゃんの顔が浮かぶ。
「まいちゃん?じゃあ代わって」
 美咲先生に受話器を取られた僕は、暫く呆然としていた。残り課題あと十八個、晴れ着の着つけだけでも一週間の特訓がいると聞かされているのに。間に合うのかなあ、本当に。
 まいちゃんの手術に立ち会う為、美咲先生も昼過ぎに出かけちゃった。残された僕とともこちゃんは、心配とどきどきと、そして羨ましさで結局殆ど課題が手に付かなかった。

 その日の夜は快晴で、冬にしては珍しく暖かかった。真っ白のパジャマに上着姿で、僕はベランダに出て、今まいちゃんのいる東京の方角をずっと見つめていた。星空の下、海の向こうのぼーっと明るい下で、まいちゃん今どうしてんだろな。もう寝ちゃったかな、それともまだ先生達と話してるのかな。
「ゆっこっ、今電話有ったの。手術始まったって」
 ピンクのパジャマ姿でともこちゃんが駆け寄ってくる。
「わーっ、星が綺麗っ」
「東京あっちよ。あのぼーっとなってる所。あそこにまいちゃんがいるのね」
「知ってるよ。あたしは時々ここで見てるから。ゆっこなんてさ、こうして星見たりするのちょっと珍しくない」
「うん、なんかいろいろ慌しかったりしたから。あっという間に年あけちゃったって感じ」
「そうよね」
 ともこちゃんが最近またカットした髪を可愛くかきあげる。まだ男の子の印が有った時に生えてた髪はすっかりカットされ、後に生えた柔らかくて細かい毛がはらはらと指を抜ける。すごく可愛い。そういえば、この仕草も課題にあったっけ、ははっ。
「ああん、手が冷たい」
 ともこちゃんが可愛く両手をこすり合わせる。女の子特有の持病の冷え性が、女に変わりつつあるともこちゃんを容赦無く襲う。
「ゆっこ、手冷たくないの?」
「ううん、だって僕まだあれ付いてるもん」
「ふうん…」
 パジャマの袖に手のひらを隠しながら、ともこちゃんが下を向く。
「うまくいくといいね、手術」
「うん」
「うまくいく様にお祈りしよっか」
「ええ、お祈り!?」
「なによ、したくないの?」
「いや、そう言う訳じゃないけど」
 そっと手を組み、目を瞑って何やらお祈りを始めるともこちゃんに、僕もつられて手を組んだ。可愛く組んだともこちゃんの手は、決して白魚とは言わないけど、節くれがすっかり消え、まだ太いけど滑らかな指になっている。僕の手は、まだやっとしわが無くなった程度。この差が、お祈りなんてのをすぐやっちゃう心の変化を表しているんだろか。
「ああ、寒い。ともこ、先に入ってるね」
 両手を胸で組み、脇をしめてくるっと向きを変えて部屋に入ろうとすると、ふとともこちゃんが僕を呼び止めた。
「ゆっこ、おしり可愛くなったね」
「え、どうして?」
「パンツのマチが浮き出てた。おっきくなってきた証拠じゃん。可愛かったよ、ふふ」
 僕は真っ赤になった。
「そんなの知らないもん!」
 やっとそれだけ言って僕は部屋に戻った。

 部屋に戻った僕はふと鏡の前に立った。
「こんにちは」
「ばいばーい」
「えー、うそっ」
「またねっ」
「はーい」
 可愛い白のパジャマにくるまれた僕が、いろいろポーズのおさらいを始めた。それが終わると僕はブラを外す為、両手をクロスして可愛く意識しながら上着を脱ぐ。慣れた手つきでするっとブラを外してふと鏡に向き直った。向き直る仕草も数回、誰に見られてる訳でもなく、可愛いと思うまで無意識に繰り返す僕。肩まで伸びた髪を意識しながら振り返って、その可愛い仕草に満足すると、両手で頬をそっと叩いてみた。油顔は少しずつ乾いてきたみたい。頬が少し膨らみ、顔のいたるところで薄く少しずつ脂肪が溜まっていく、目が何だか少しぱっちりした様になった顔は、もう美少年では無く、ちょっと少女が入っている感じ。まだいかり肩っぽいけど滑らかになった首筋から肩のあたりと、白くしわの無くなった胸元。そして、
「あ-あ、どうしようかな、この胸」
 僕は他人事の様に呟いて、もう「乳房」になってしまった僕の胸をちょっと持ち上げてみた。円錐形だった胸の膨らみは、とうとう下部に脂肪が付き始め、ちょっと上向きの可愛いバストに変化し始めている。どうひいき目にみても、もう男の胸じゃない。
 腰の少し上からおなかあたりに、所々斑になって付いて来た柔らかな女性脂肪が、ちょっといびつになっている。腰は小さいけど、その下の太ももはたっぷり脂肪が付いている。そう、ハードファンデを脱いで歩くとおしりがぷるぷるする感じが有ったのはこのせいだったんだ。でも、太ももからすねにかけて、ちょっと目立つ毛がまだ少し残っていて、それが生えてる表面の柔らかな女性脂肪の下には、まだまだ硬い男性筋肉が付いている。まだ僕は体の基礎部分は男だった。
 ちょっと僕は悲しくなった。自分が女だって言い聞かせる様に、僕は手をクロスして指を柔らかな乳首へあてがった。無意識のうちに目が閉じ、口からはかすかな吐息。ホルモンとハンドクリームでつるつるになった指先が僕の乳首を愛撫するとたちまち濃い苺色の乳首は隆起し、小指と同じ大きさに変化していく。まだ硬いゴムの様な上半身に、柔らかく薄くついた脂肪。でも胸の部分は乳首の下で片手一杯に掴めるふっくらと柔らかい肉が有った。
「ここだけ、もう女の子…」
 バストが僕の手でもみくだかれ、右手はパジャマ越しに、無意識に僕の股間を触り始めていた。でもその時、
「だめ、自分でそんなはしたない事しちゃ!」
 僕の頭の中で何かが僕の行為を止めた。それと共に僕の高まった感情は少しずつ冷めていく。始めての事で少し唖然とする僕の頭の中に、ゆり先生の講義の声が蘇ってきた。
「女の子は男の子と違い、エッチな事は避ける傾向が有ります。好きでもない男の子の子供を産みたくないという本能と、セックスを罪とさせるホルモンの影響のせいです。女性化していくあなたたちにもいずれそれが判る時が来るでしよう」
 とうとう僕にもその時が来たみたい。今だって、したいからじゃなくて、ううんどっちかといえば、自分の中に女の子を見つけようとしたからだった。
 僕はそのままベッドになだれ込んだ。目にはかすかに涙。ほんとに涙もろくなった。じゃ、女の子があんなこと、胸を触られたり、キスされたり、そう、僕も前にゆり先生に手ほどき受けたけど、あんなことされて喜ぶのは何故?
{簡単な事じゃん、相手が男の子の時は別だよ、その考え}
 突然もう一人の僕が頭の中に現れた。
「相手が男の子の時?」
「そう、女の子があんな事されて喜ぶのは、男の子にかまってもらえる。愛されてるって感じる事。そしてあの感覚はそれを女の子自らが実体感する大切な物」
「じゃあ女って、何か変じゃん」
「あなた、何の為に女の子になるの?女になって女の子とエッチしても、それは人間的には何も生まないわ。男の子に見初められて、愛されてこそこそ女の子よ。逆だってそうだったでしょ?」
 頭の中に、もう一人の僕の声が荒ぶる。
「この僕が、男の子とエッチする…」
「女の子になるって事は、男の子が愛しやすい体になるって事なの。柔らかく膨らんできた胸とかおしりとか、可愛くなってきた体とか、子供っぽくなって男の子が可愛がりやすくなった性格とか。自分で感づいてるでしょ。そろそろ本質的な所も女にならなきゃ」
「ねえ、みんなそうなの?女の子になりたい男の子は?」
「女性化が成功すれば、いずれそうなっていくのよ」
「まいちゃんも?ともこちゃんも?」
{まいちゃん、今手術中よね。まいちゃん、男の子である事を捨てたから、今卵巣移植されているのよ」
 それってどういう事!?ねえ、教えて!ねえ、ともこちゃんも男を捨てる事になるの?何をされるの?僕は?どうされるの?」
 消えようとするもう一人の僕を暗闇の中で追っていってるつもりだったけど、僕はそのままベッドの中で意識を失った。不思議な事に夢うつつの中でもう一人の僕が喋っていた事は、今から思えば嘘ではなかったんだ。

「手術は成功したわよ」
 翌日、美咲先生が帰るなりそう僕達に話し掛けた。
「あっち(早乙女クリニック)出る時ぐっすり眠ってたわ。顔は包帯まみれだったけどね」
 僕達にはまたつらい課題演習の日が続く。ものすごい早さで時間が経っていった。そして、一月も終わろうとしていたある日、
「はい、OK全過程終了!合格です。おめでとう!」
「やったああああああっ」
 真っ赤な振袖姿で今度はともこちゃんの歓声が上がる。そしていきなり横で観ていた僕の手を取って回り始めた。僕はようやく残り七つ、羨ましさと、その子供っぼい行動にちょっとぽかんとして一緒に踊っていた。その横で早速美咲先生が東京のゆり先生と連絡をとり始めた。
「うん、今OK出した。ドクターは?三日後戻りね。あ、まいちゃんはいつ?ふーん、じゃあ三日後ドクターが一目観てから退院ね、じゃ入れ替わりにともこちゃんが行く事になるわけか。うん、そう、先にともこのオペやって、その後純ね。え?ううん、だめだめ、あと七つ残ってるわ」
 三日後、両性体になったまいちゃんが戻ってくるんだ。どんな顔で、どんな表情で戻ってくるんだろ。でも後の事は間違い無く僕の事だろうな。

 「晴れ着の着付け」「日常動作-体で喜びを表現」「歌唱と振り付け-女性声でのポップス」「パーティ-マナー」「男性との接し方-会話と仕草」「イラストと女文字・丸文字」「料理-ケーキ」
 手術で東京へ行く明後日までの期間だけど、ともこちゃんが僕の課題を手伝ってくれる事になってるんだ。残りはこの七項目。
 翌日の朝、ともこちゃんの部屋へ行く。
「ともこー、来たよ」
 と、彼?はいなかった。洗顔かトイレに言ったのかな。あれ、何?前まで無かったのに、部屋の傍らのベッドの側の壁には、上半身裸の等身大の木村○也のポスターが張ってあった。そればかりじゃない。部屋のあちこちに男性アイドルの写真が…。
「ともこ…」
 一瞬びっくりしたけど、くるっと気分が変わって僕はともこちゃんを驚かせてやろうと、そっとともこちゃんのベツドに潜り込んだ。でも暫くして僕はベッドの中で愕然として凍っていた。きなことミントとかすかに花が混ざった様な不思議な臭い。手術に行く前のまいちゃんと同じ、布団の中は女の子の臭いで満ちていた。
「ともこ、いつから…」
そのとたん、布団の上に誰かが飛び乗ってきた。
「ゆっこ!!でしょ!?」
 その男声は久しぶりに聞くともこちゃんの地声だった。布団の上から僕に馬乗りになって押さえつけるともこちゃんだけど、それは軽くてところどころ、ころころした少なくとも男では無い感触。僕はすぐ布団から出てともこちゃんを見つめた。
「ともこ、いつから女性香に?」
「へへっ、つい一週間前からよ。その時ね、朝起きたらかすかに臭って、あ、まさかって思ううちにどんどん強くなってきたの」
 僕は慌てて自分の手とか嗅いでみたけど、そんな臭いはしなかった。
「ゆっこ、秘密教えてあげようか」
 すっと髪の毛を手でかきあげて、ともこちゃんがベッドの下から出したものにのは、なんと数冊の男性アイドル写真集だった。
「熱海の町まで行って買ってきたの。男の子に興味を持たなきゃと思って、毎日これをみながらね、男の子に抱かれている自分を想像しながら寝てたんだ。最初は嫌で無理やりだったけど、そのうちね、引き締まった体とか、野性的な顔とか不思議と好きになっていったんだ。そのうち抱かれてる所だけじゃなく、かわいかわいされながら胸を触られている所想像して…、そして一旦体臭が無くなって、あん、もういいでしょ」
 そっか、去勢されたともこちゃんは、無理をして自分自身を早く女の子に変える努力をしてたんだ。
「はいっ、これ貸したげる」
 両手で可愛く僕にその本を差し出してにっこり。
「え、い、いいの?」
「うん。とりあえずもう暫く必要無いもん。もうそれじゃつまらなくなったから」
 そっと受け取り、僕は無意識にそれを胸に抱えた。
「あ、そのポーズ可愛いじゃん、ゆっこ」
「あ、うん。ありがとね」
 女の子の生活常識。誉められたらぜったいにお礼を言う事。

 残った課題、普通の女の子だってこんなの全部知っている人なんていないのに。でもそんなこと言ってられない。ペン習字の様な女性文字はやっと書けたけど、丸文字とイラストがだめ。
「もうゆっこ、こうするのよ」
 ともこちゃんが後ろに回って僕の手をとって丸文字を書かせてくれる。膨らんだ胸ところころした乳首がブラジャー越しに僕の背中に当たると、一瞬だけどどきっとして赤面する。どうしてなんだろ、僕の胸だって今や同じなのに。
 体がどんどん丸みを帯び始めてから、そういえば僕とまいちゃん、ともこちゃんはずいぶん距離が縮んできた。うん、先生達とも。男の子の時は友達でも体が触れ合うのをあんなに嫌ったのに。冗談代わりに体をぶつけたり触ったり、肩寄せ合ったり、面と向き合っても別に不快感も感じない。むしろ幸せな感覚が有った。

 女文字の練習の後、ともこちゃんが男役になって、男女の会話と仕草の練習。夕方になると、近くの町の小さなカラオケショップで、女声で歌う練習。瞬く間にともこちゃんの出発の日が来た。
「じゃ、ばいばい」
 迎えに来たゆり先生の車の中で、手をもみじの様にしてともこちゃんが手を振る。
「先にまいちゃん、連れて来たら良かったのに」
 美咲先生がBMWのドアを叩きながら言う。
「だめよ、一度まいとともこを合わせた方がいいわ。まいから話してともこに心の準備をさせなきゃ。まいの時いきなりで大変だったの。嫌がって嫌がって」
「ああ、あれ?」
 心の準備?嫌がって?何それ?

 ともこちゃんを乗せたゆり先生の車が視界から消えていく。ばいばい、ともこ。今度会う時は半分女の子だよね。そして、今日の夜にはまいちゃんが戻ってくる。可愛い妖精になったまいちゃんが。
 でも、心の準備って?一体何されるんだろ、ものすごく不安。
BMVのエンジン音が聞こえたのは、それから二日後の午後、珍しく伊豆に雪がちらつく寒い日だった。ゆり先生と共にBMWから姿を表したのは、真っ赤なコートに身を包んだ一人の女の子。でも、え…
「ゆっこ、あたしだよっ、へへっ可愛くなったでしょ」
 コートのポケットに手を突っ込み、くるっと一回転。コートの下の胸に可愛い膨らみの有る白いセータ、可愛い茶色のスカート、可愛いブーツ。そして、長い睫毛と二重に整形された目、細く長く整えられた眉、ふっくら整えられた頬と唇。その持ち主が可愛く僕に微笑みかける。
「ま…い!?、まいだ、まいだよねっ」
 僕が彼女?に抱き付こうとするより早く、まいちゃんが僕に抱き付いて来た。前よりも大きく柔らかくなった彼の胸が僕の小さな胸をくすぐり、ふっくらした頬が僕のまだ薄い頬をすりすりし始める。目元とか頬とか、ちょっと高橋○美子に似てる感じ。
「ゆり、お疲れ様。ゆっくりしてって」
「だめだめ、次ともこの手術、そして純が控えてるの。コーヒーだけ頂くわ」
 美咲先生の労いの言葉に、ゆり先生は疲れた様に答える。
「ともこはいつ?」
「明日の朝からだけど、ほら、あれがあるから昼位から始めるんじゃない」
「あっ、あれーーーーー!」
 まいちゃんが突然意味ありげに声を上げる。
「まいちゃん、ともこにちゃんと話した?」
 ゆり先生が、まあっ、って感じで腰に手をあてて尋ねる。
「う、うん、出発間際にちょっとね。でも具体的には話してないんだけど…」
 僕から手を離し、まいちゃんが困惑顔。
「あのね、こう話したの。最後の関門が有って、その、何が有っても驚かないでって…それで」
「まあいいわ、手術直前に話して、あんたみたいに「やだ、やめる!」なんて騒がれると嫌だし」
 ゆり先生がちょっと迷惑そうに話す。だから、それってなんなんだよー、僕に隠す様にみんな!
 不機嫌そうにしてる僕に気づき美咲先生が僕の前に来た。
「あのね、あんたが遅いから結局みんなスケジュール狂い気味なのよ!とにかく、あと十日で課題やり終える事!出来なかったら、もう、男に戻しちゃうから!」
「あ、はい、すみません」
「ゆっこ!あといくつ?課題手伝ったげる!」

「そう、いいじゃん、可愛いじゃん。じゃ、続けて速く書いてみて」
 可愛いイラストをすらすら、最後から三つ目の課題の特訓も終わろうとしている。残り五日。
「うん、可愛い。あとここ、こうするとほらっ」
 ともこちゃんが僕の背中ごし、僕の手を握り、僕の描いた可愛い女の子のイラストのスカート部を修正。まいちゃんのブラに包まれた胸が僕の背中に当たりむずむずする。そして、冷たく柔らかく、細くなったまいちゃんの手の感触が、まだ硬さが残ってる僕の手を擽る。すっかり甘い香りになったまいちゃんの女性香。なんだか僕変な気分。まいちゃんがすごく可愛く見える。そういえば、昔の彼女だった雅代ちゃんをおんぶした時の感触がこうだった。
「ゆっこ?ゆーっこ!何ぼーっとしてるの。ねえ美咲先生、これでいいでしょ?」
「まあいいわ、及第点上げる。OK!、後は、唄と着物!」
「はい、ゆっこ!カラオケ行くからすぐ用意してっ!今日中に合格させたげるからっ」
 まいちゃんが強引に僕の背中を押す。
「あの、美咲先生、ともこちゃんは?」
「あ、言ってなかった?手術成功。意外にあっさりあきらめたみたいだし」
「先生、そのあきらめたって何…」
「ゆっこ!行くよ!!」

「準備出来た?いいわね。用意、スタート!制限時間六十分よ、簡単でしょ」
 疲れ気味で両手をクロスさせて胸を隠した、可愛いパンツ一枚の僕はその声がかかるとすぐ傍らに山程かけられた綺麗な布に手を伸ばす。今終了日の朝八時。あと十六時間。みんな苦労した最後の課題、振袖の着付け。
足袋、裾除け、長襦袢、伊達締、真っ白な布で包まれて行く僕。でもそんなのに興味示している時間なんてない。そして、とっても綺麗な白とピンクに桜の柄の振袖!するするっと腰紐を結び、おはしょり整えて。ああ、もう何回これやっただろ。更に二本のベルトを締め、あとは帯。ようやく少し余裕が出て、縛られていく不思議な感覚がちょっぴり楽しみ。
「ゆっこ、ちゃんと全身整えて」
「まいっ、余計な事言わないの!」
 アドバイスしようとするまいちゃんを美咲先生が叱った。
「あと四十分。ふうん、流石に早くなったわね」
 あたりまえだよ先生、二日前からこれしかやってないもん。でも実はこれからが僕楽しいんだ。これからの前板とか帯枕、女を感じる物を付ける時。そして帯をぎゅっと締めて体が引き締まる間隔。もう慣れた手つきでするすると後ろ手にお太鼓を整え、その手で髪を軽く結い、飾りを一本つけて、はい!出来あがり!

「ねえ、美咲先生!」
「うーん、ちょっと型くずれしてるしねぇ」
「美咲先生!ねえ、いいでしょ、ゆっこ合格でしょ!昨日徹夜で!」
「…」
「美咲先生!手順とか順番とか合ってるでしょ!綺麗じゃないだけでしょ!ねえっねえっ!」
 今ふと時計見ると朝の九時。今日になって四回目の着付けでもうへとへとになって振袖姿で床にペタン座りしてる僕の横で、まいちゃんが大声で僕の援護。
「わかった!わかった、ゆっこちゃん合格!お疲れ様!!おめでとっ!!」
「やったああああ!」
 僕の代わりに大喜びし、歓声を上げて僕に襲いかかるまいちゃん。まいちゃんの柔らかい体が僕を押しつぶし、抱き付かれて、せっかく軽く整えた僕の髪の毛がばらばらになっていく。そして僕たぶん感激したんだろうと思う、僕の目からわっと涙があふれ出た。
「ゆり先生、ありがと…う…」
「ゆっこ!女になれるよ!なれるよ!」
 彼(?)の胸が僕の顔に当たってむにゅむにゅする。でもまいちゃんは僕の顔を抱きしめるのをやめない。
「まいちゃん、とりあえず寝たい。もうくたくた」
 半分振り払う様に僕はまいちゃんから逃れ、殆ど意識無いまま部屋へ戻った。

 目が覚めたらもう夕方五時だった。あれ、僕何で寝てるんだっけ、あ!課題、もう締めきり近いのに!!
 がばっと飛び起きた僕の目に傍らに、洋服かけにかかった振袖と雑に畳んだ襦袢類が目に入った。そうだった、僕合格したんだ!
 薄暗い部屋の明かりを点し、白のパジャマのままドレッサーの前に。かすかに聞こえる冬の海の波音。何だか静か、誰もいないのかな。ふと鏡を見ると、今朝ようやく女の子になる事を許された一人の男の子、ううん、もうかなり女が染み込んだ男の子の僕が映ってる。
(おめでとう、幸男。幸子になれるんだよ)
 だんだん本当に嬉しさがこみ上げてくる。そしてだんだんエスカレート。不思議、体が飛び跳ねるみたい。
「ひゃっほー」
 ベッドにいきなりダイブして、枕をぎゅっと抱きしめて頬擦り。なんでか判らないけど涙まで出て来る。そうこうしてるうちにノーブラな僕の乳首がシーツと擦れて変な感じに。
「おっきよっとっ」
 再びドレッサーの前、着替えの為パジャマを脱ぎ始める僕の手が少し止まった。
「本当に、僕なんだよね。いや、僕なんだ」
 始めてこの部屋に来た時の事が頭の中にぼーっと浮かんで来る。美咲先生とまいちゃん、ともこちゃんと始めて顔合わせた後、この前で着ていた服を脱いだんだっけ。上着、スカートそして下着姿、脱いでいくうちに露わになっていく、服に似合わない硬くて筋肉質な男の体。でも今の僕の体は…
「ゆっこちゃん、起きてるの」
 ふいに美咲先生の声。
「あ、すいません。今行きます」
「私の部屋にきて。ゆり先生と私からあなたにお話があるの」
「はーい」
 いつにもなく優しい美咲先生の声。そう、僕もう訓練生じゃないもん。部屋着に着替えた僕に、予期せぬ話しが待ち受けていた。

「お母さんに!?会って来たんですか!?」
 驚く僕にゆり先生が話してくれた。唯一両親のいる僕の手術前に、やはり僕の両親に話を通しておきたかったみたい。そして僕の受けてる治療が決してインチキじゃなく、将来赤ちゃんも生める体になり、それに向かって僕が順調に女の子に変化していて、僕自身満足してること。そしてこの治療が学会において、まだ機密だけど世界的な支持を得ている事等。
「ゆっこちゃん、お母さんに会って来なさい。手術前男の子の最後の日に」
「だって、こんな姿になったんだよ。恥ずかしくて」
「お母さんは大丈夫みたいだったわ。でもお父さんはね」
「あ、お父さん、だめだった?」
「ううん、今は見たくないって。半分女になってるゆっこちゃんは見たくないみたい。でもあの雰囲気だったら、完全な女の子になった時は許してもらえそうだったな」
「ううん」
 僕はうかない顔だった。許してくれるっていってもこんな体じゃ、やっぱり恥ずかしいよ。
「先生、女の子になってからじゃだめ?」
「だめっ!明日行ってらっしゃい。お母さん心配するから!」
 美咲先生も声を大きくする。そしてその時、
「ゆっこ、いっといでよ」
 その声は、まいちゃん!?
「まい、あんた立ち聞きしてたの?」
 びっくりして、美咲先生はおろおろし始める。中学生のまいちゃんにホルモン与えてたお母さんは、今行方不明。それを考えてなるべくこのこと知られない様にしたんだろな。
「あ、まいちゃん、その、ね。やっぱり許可とかね、未成年だから」
 ゆり先生が不器用に取り繕う。
「先生、ゆっこ、いいんだよ僕の事。お母さんいないけど、お友達とお姉さん出来たから」
 まいちゃんが僕って言うの珍しい。そして地声出したみたいだったけど、もうそれは女の子のハスキーボイスだった。
「ね、ゆっこ。いっといでよ」
 心なしか羨ましそうにまいちゃんが、再び僕にお願いする様に喋った。
「うん、明日行ってくる」
 なりゆきでそう喋ったけど、どうするんだろ、明日僕。
「あ、そうそう大事な話。純の子宮移植は明日だって」
「あ、そうなの?、あ、そっか。そういう時期かもう」
 二人の先生がいろいろ喋り始めた。そっか、これで純ちゃんはもう性的にも女の子なんだ。
「そして、純が終わったら、いよいよあんたよ、ゆっこちゃん。四日後くらいかな」
 傍らで口に手を当て笑うまいちゃん。もういいよ、なんか有るみたいだけど教えてくれなくても。
「という事で、ミサ、今日今から私のクリニックに来てね」
「あ、子宮移植もゆりんとこでするの」
「当然じゃん。意外に設備的には卵巣移植とかわんないんだから」
「じゃ行くわ。ゆっこちゃん!明日お母さん所必ず行くのよ。一泊位しといでね」
「はい」
 今一つ弱い返事で僕は答えた。

 

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