ひゃっはー!ここから先はにゃんにゃかにゃん!

第8話 嵐を呼ぶ同人誌即売会

 七月、季節は夏に突入!にゃんにゃか荘にエアコンが有って良かった!うちの実家は東北だからストーブしかない。夏は扇風機だけで事たりたあたしにとって東京の夏は暑すぎ!
 今週末にある地元の同人誌即売会は待ちに待ったあたしの作家デビュー。先日紫音さんにいろいろ教えてもらった文章の書き方を参考にして、なんとか自分でも面白い物に仕上がって満足したあたしの処女作。印刷会社に持っていくお金も無いし、そもそもそんなに売れないだろうと思ったので取り急ぎコピー本にて出そうと決めて朝から気合入れて準備。
 でもこれだけ大量のコピーどこで印刷しようかと思案中。あたしの持ってきた古いプリンターだとどの位時間かかるかわかんない。悩んだあたしはまず遥さんの部屋に行く事にした。
「え?印刷?いいよ、うちの使いな。両面可能な業務用だから早いよ。え?お金?いいよ、あんたの初めての作品だろ?協力したげるよ」
「わーあ、しかも両面!ありがとうございますー!」
 男の子が女の子になる為に秘密の施設でトレーニングするお話。あたしみたいにお薬もやって、女の子のいろんな事を覚えて、夏に水着デビューするまでのお話。鈍い音立てながら両面印刷でプリンターから流れる様に出て来るコピー用紙見てると、今までの苦労なんてすっ飛んでいっちやう!
 プリンターの前に陣取って隙あればいたずらしようとする猫のニャンちゃんとニャカちゃんを両手で制しながら鼻歌まで出て来るあたし。
 と暫くすると、
「何やってるんですか?さっきからずーっとプリンターの音するんですが」
 カレーの匂いさせながら部屋に入って来る紫音さん。手にはコンビニで売ってるどんぶり容器。多分その中に匂いの元が入ってるんだろう。
「こら紫音、カレーライス手に人の部屋に入って来るんじゃないよ。こぼしたら汚いだろ」
「いえ、カレーライスじゃありません」
「じゃなんだよ」
「カレーうどんです」
「よけい飛び散るからだめだろ!だからそこで立って食うなって!」
「これは失礼」
 遥さんに怒られてカレーうどんの容器を遥さんの座っている前のちゃぶ台の上に置く紫音さん。
「良かったらどうぞ」
「いらないよ、あんたの食べ差しなんてさ。よく朝からそんなの食えるよね」
「これから仕事なんでスタミナ付けとかないと」
 あきれた口調の遥さんを後目に紫音さんがプリンターの前に座ってるあたしの方を向く。
「ああ、そういう事ですか。今週末そういえばあなたの言ってた同人誌即売会ですよね」
「そうでーす」
 プリンターから出て来る印刷用紙が気になって、それを見つめながら適当に返事するあたし。
「だってさ。紫音も何か協力してあげなよ」
 遥さんの言葉にちょっと考える素振りみせる紫音さん。
「コピー本ですか?」
「そうでーす。あたしには印刷会社に依頼するお金なんかありません。あんまり売れないだろうからまあ三十冊位で考えてます」
「表紙はどうするんですか?」
「タイトルだけの手書きでーす。あたしに絵の才能が無い事は以前幸奈さん所に行って思い知らされました」
「前に読ませてもらったお話ですよね。それでは目立ちません」
 あたしとのやりとりの後、いきなりポンチョの内ポケットからスマホを取り出す紫音さん。そして、
「あ、もしもしぃー、サスライちゃん?寝てたぁー?うん、ごめんねーぇ、ちょっとぉーお願いあるんだけどーぉ」
 いきなりあの声優の島津〇子似の声でスマホで話し出す紫音さんに、あたしは思わず吹き出し、遥さんが眉をしかめる。
「イラスト大至急お願い出来るぅ?出来ればカラーでさーぁ。うん。男の子と女の子が背向いで立ってるの。簡単でいいからさぁー、その二人は実は同一人物という事で。女の子の方はショートポブ、男の子は普通に…そうそうあたしもあなたも大好き男の娘物…」
 その声に初めてプリンターの前から口ポカで紫音さんの方を向くあたしと、ちゃぶ台の前に座って頭抱える遥さん。
「わーぁありがとう!お金出ないけど今度売り子手伝ったげるー。その後お腹いっぱいたべさせてあげて徹夜カラオケもおごったげるからーぁ。うん、じゃあおねがーい」
 そう話してスマホをポンチョにしまうと今度はきりっとした男声で。
「明日中には表紙の絵は出来上がります」
 そう言ってちゃぶ台の上のカレーうどんを再びすすりだす紫音さん。
「あのさあ、紫音、頼むからさあ、男姿であの声だけはやめてくんない?本当気持ち悪いからさあ…せめて廊下で…」
「急な要件なので仕方ありません。それにあの人の前では私は女で通ってますから」
 遥さんのあきれた声に涼しい顔で紫音さんが言う。あたしは以前猫鰹飯店でそういうの見てるからあまり気にならなかったけど、あまり見たくない紫音さんの姿だった。
「ども、ありがとうございます」
 プリンターの前から紫音さんの座るちゃぶ台の前に座り直して頭下げてお礼を言うあたし。
「まあ、そのかわりと言ってはなんですが」
 そう言って、カレーうどんの残り汁を一気にズズズーっと飲み干して紫音さんが続ける。
「今週末の同人誌即売会、私も同席させてもらって宜しいですか?」
 まああたし一人で出るつもりだったけど、席一つ空いてるし。正直トイレとかどうしようと思ってたので、
「ええ、いいですよ」
 とあたしは二つ返事。
「それじゃ、私はこれから仕事に行きますので」
「今日は何ですか?」
「地下アイドルイベントの司会です」
「どうせ女装して、でしょ?」
「あたりまえです」
「まーた幸奈さんの紹介なんですか?」
「そうです。あの悪魔の紹介する仕事にしては比較的高給なので」
「あー、そうですかっ」
 いつしか幸奈さんを恋のライバルみたいに思えてきたあたしは、立ち上がって部屋から出ていく紫音さんにぶっきらぼうに言い捨てた。

(なにこれ…めちゃ可愛いじゃん…)
 その日の夜に紫音さんから届いためちゃ可愛い表紙イラストに覚えたばかりのフォトショップでタイトル付けて、自前のプリンタでカラー三十枚印刷して、翌朝も早くから自分の部屋でホチキス片手に紫音さんにも手伝ってもらって整理整頓された遥さんの部屋借りて製本作業。
 コピー本だけど、初めてのあたしの本が出来る!もうめちゃくちゃ嬉しくて上機嫌で一冊一冊ページとかを確認するあたし。あたしの処女作。
「いつか女子高校生になる僕 第一巻」
一番いいのをお友達の美登里ちゃんと雪見ちゃんへの送付用にとっておいて見本誌も除いて丁度三〇冊完成!
「結構上出来だよね」
 遥さんにもそう言われて、いくらで売ろうかなんて考えながら鼻歌まじりで出来上がった本を眺めていたその時、
「おーい!ヒラメガネ!おるかー?服持ってきたったでー!」
 玄関であの幸奈さんの突然の声。
「ひ…ヒ・ラ・メ・ガ。ネ…」
 手を止めてうつむいて曇り顔で呟くあたし。
「ヒラメガネって、なんであの子が先日付いた真莉愛ちゃんのあだ名知って…」
 そう言って製本した本読んでた遥さんも玄関の方へ顔を向けたけど、程なくして紫音さんをいぶかし気な顔で見つめる。あたしも顔を上げて彼をじっと睨む。犯人は彼しかいない。
「いえ、まあ、折角なので目立つ服装の方が…昨日あの魔女に頼んでおきましたので…」」
 そう紫音さんが言った時、
「おーい!ヒラメガネ出てこーい。幸奈様が直々に持ってきたったんやぞ!お前のメイド服!クリーニングまて出したんやぞ」
 メイド服と聞いてあたしは再度紫音さんを睨みつけた。
「ああ、ちょっと受け取りに…」
 そう言ってそそくさと席を立つ紫音さんを今度は呆れた様子で目で追うあたし。
「おーいヒラメガネ!ヒラメガネ…て誰が付けたんやろ?あいつにぴったりやんか。おーいヒラメガネ!早よあきらめてうちにバイトに来―い!この前のドジっ子メイド企画結構盛況やったぞー!そやけどな、やっぱりあれお前のキャラの方が向いとるわ!おーいヒラメガネ!聞こえてるんやろ!早よ出て来ーい!」
 ヒラメガネヒラメガネってもう!
「間に合ってますーーーーぅ!」
 目を閉じて大声でそれに答えるあたし。

 場面はいきなり同人誌即売会の会場。紫音さんの車で到着したその会場は芝生の上に透明な屋根と送風機の付いた全天候型の郊外のちょっと広いコミュニティ広場みたいな場所。
 三百サークルが集まった中規模の即売会。あたしのサークル名は「マリアの部屋」
 幸奈さんが持ってきたメイド服姿のあたしが長机の上のチラシを片付けている横で何やらメイクの仕上げしているのは、あたしと同じデザインの白エプロンのミニのメイド服姿の紫音さん。お化粧している紫音さんを観るのは初めてだった。
「女装で来るのは禁止だったでしょ?あたし男子更衣室で女装するのかってもう恥ずかしくてならなかったんですけど、いるんですねえ、平気で女装する男の人。ドレッサーまで用意されてたし…紫音さんその前でおもっきし目立ってましたし…」
 なんか信じられないって様子で本を出す為にカートを開けながら続けるあたし。
「まあ、そのおかげであたしもあまり恥ずかしがらずに普通に着替えられましたけどっ」
「あーら、今はそんなの普通ですわよ。今は男の娘ブームですしぃ。普通の本の売り子さんだって女装なんて珍しくありませんわ。そういう真莉愛さんこそ更衣室で着替えで服脱いだ時、あなたのブラ姿に何人が驚いて振り向いていたか、おわかりにならないでしょ?」」
 あの島津〇子似の声でお嬢様言葉で喋る紫音さん。いったいどうやったらこんなにうまく化けれるのよ!そこら歩いている普通の女の子より美人!
「今日は女装系はあたし達含めてたったの二サークルって少ない方ですわ」
「どうでもいいですけど、その取って付けた様なお嬢様言葉やめてください。にゃんにゃか荘に帰って紫音さんに会った時のショックが大きすぎますから。売上金額数えてる時ミスったらどうするんですか?」
 既に売上金額の事を気にしながら、自分の本を机に置いて、三〇〇円と書かれたカード置いて椅子に座ってかしこまってると紫音さんも自分のカートから本を出して並べ始めた。
「へーえ、こんなの作ってたんだ…」
 そう言いつつその本のタイトルを見たあたしの目が点になる。
「な、なんですかこれ!」
 男だけどミスコン受けてみた。男だけどメイド喫茶で働いてみた。男だけど女性で入社面接受けてみた。男だけどキャバクラで働いてみた。男だけどキャンギャルやってみた。男だけどスッチー受けてみた。男だけど…
 表紙にそのテーマの可愛い女の子のイラストが描かれたミニ本が十冊ずつ十種類位で一冊二百円。
「えーこんなの作ってたんですかあ。面白そうじゃないですかあ。よくこんなの書けますね」
 二、三冊手にとってバラバラとベージむくるあたしだけど、なんか以前紫音さんに聞いた様な…。
「紫音さん。まさかこれ…」 
「お察しの通り全て実話ですわ」
「やっぱりー!」
 白い目で紫音さんを見つめあたしの背後で、
「こんにちわー」
 と声がした。あたしの右隣の机のサークルの女の子達が到着したらしい。
「あ、あの、こんにちはです」
 そう言いながら慌てて並んだ紫音さんの本を手で隠そうとしたけど、いきなりあたしの机の上の紫音さんの本を見るや否や…。
「えー!もしかしてお姉さまって男の人?」
 おたしの頭越しに紫音さんの方を見てびっくりした表情で言う彼女達。
「ええそうですよ」
 そう答える紫音さんの横で、うわあ変人に見られると思って縮こまるあたしだけど
「わーあ!こういう人身近で観るの初めて!写メいいですかあ!」
 あたしの頭上越しに写メ撮ろうとする彼女達に答えて立ち上がって頬の横でVサインかる紫音さんだった。
「そう言えば横のサークルの人まだですね。やっぱり男の娘系の人みたいですね」
「悪不良接吻と書いてワルプルギスなんですね…」
 そう言いながら出店準備するあたしの右隣の長机のサークル「ハチワレ工房」の女の子達。
「名前からしてうちの横は多分ゴスロリ系でしょうね。写真集なんですの?よっぽど自信がおありの様で。真莉愛さん、これが現実なんですのよ。今は女装男のも娘もちゃんと社会に認知されてますの」
 取って付けたお嬢様言葉で女声で紫音さんが言うけど、普段の彼見てるから体中むず痒くて仕方ない。ふと女の子達の方を見るといろいろな猫中心のアクセサリーを吊るしたボードに。それらの作り方が書かれているらしい本まである。なんかすごく健全。
 ちょっと興味があったあたしは早速ご挨拶も兼ねて財布から四〇〇円出して本を購入。
「いいですね、素敵な彼氏がいて」
 ハチワレ工房の女の子があたしに微笑みかける。いや、その、まだ彼氏じゃないんだけど…て、あたしちゃんと女に見えた?
 その一言であたしは気分爽快!それきっかけにお話しが弾み始める。

「へえー、この樹脂レジンていうんですか?」
「そうですよー。簡単に扱えて作るのがすごく楽しいですよ」
「わあ、このバレッタの猫柄、うちにいるニャカちゃんそっくり!」
「猫いるんですか?」
「うちのアパートの大家さんの猫なんですー。これ一つください!」
「ありがとうございまーす」
 お財布から三〇〇円払って、遥さんのお土産も出来たし、紫音さんも交えて一時の楽しい会話で上機嫌なあたし。
 といきなりあたしの長机の左横のサークル「悪不良接吻」の方でドスンというすごい音。驚いて振り向くと、そこには大きなカートを机の上の椅子に置いた、この暑い中頭に小さなシルクハットを乗せた真っ黒なゴスロリの女性がこちらを睨んでいた。
「紫音!まさかこんな所で会うとはね」
 ゴスロリメイクの黒い唇からハスキーな女声。一瞬紫音さんは驚いた表情で彼女を見つめていたけど、
「魔耶!貴様!生きていたのか!」
 普段の男声に戻ってそう叫ぶ彼にあたしはおもっきり引いた。ハチワレ工房の女の子達も何が起こったのかとあっけに取られているのがわかる。紫音さんのお知り合いらしいこの美人なお姉さん。多分男の人?
「紫音!これ見ろ!名前と性別変更の免許証!これであたいも堂々女子更衣室さ!」
 そう言えば更衣室の前で身分証明書になる物の掲示を要求されてたっけ?
「お前手術の後センチネル島で首狩族の酋長やってたんじゃないのか?」
「そういうバカな噂流したのやっぱりお前か!」
 男声のままの紫音さんの挑発に答える魔耶さん。
「あ、あの!あたし真莉愛っていいます。あの、よかったらお友達に…」
 手術の事とか戸籍の事とかいろいろ教えてもらおうと思って、即席に作った自分名刺をポーチから出そうとするあたしの手を紫音さんが止めて女声に戻って言う。
「こいつだけはおよしなさい!こいつはインドのガンジー首相も助走付けて殴りに来る程の大馬鹿野郎です!」
「ガンジーが女装して殴りに来るって相変わらずバカよね」
「ほら、大馬鹿野郎でしょ?」
 一呼吸置いて紫音さんが続ける。
「こいつは私への恨みと勝つ為だけ考えて性転換した大馬鹿野郎なんです!」
「えーーーー!」
 驚いて魔耶さんをガン見するあたしだった。
 あたし達を睨みつけながらさっさと出店の準備する魔耶さんの横で紫音さんに魔耶さんの事を尋ねるあたし。
「大昔、とあるミスコンで私とこいつがワンツー取った事がありました。私が優勝でこいつが準優勝です」
「へぇー、良かったじゃ…て…違う違う!」
「その後二人とも男だというのがばれまして、二人そろってあえなく失格…」
 あたしはあたふたして横のハチワレの女の子達の方を観ると、二人とも口に手を当てて驚いた顔で紫音さん達を凝視。
「あ、詳細はこの私の本、男だけどミスコン受けてみたの中に書かれていますので。一冊二百円です。ご興味があれば」
 そう言ってハチワレの女の子達に一瞬営業スマイル向けた後話を続ける紫音さん。
「こいつはそれを根に持ってプーケットに渡航して手術して、そのままセンチネル島に渡って首狩族と親交を交わし、やってきた白人探検家の喉笛を掻き切ってとどめを…」
「あたいの知人でそう信じてた奴が数人いるんだよ!」
「ね?取り巻きも変なんですよこの人は」
 紫音さんと口喧嘩しつつ、机の上にシーツとか小物とかやや乱暴に用意し終わった魔耶さんは、最後に茶色の包をカートから取り出して乱暴に包を破いて、豪華なハードカバーの写真集らしき本をドンと机に置いた。
「うわぁ…」
 その写真集の表紙は、どこかの廃墟でいわゆるセクシー下着みたいな物を着た魔耶さんらしき人の写真。
「ほほー、この廃墟は貴様の名にちなんで六甲摩耶観光ホテルですか…」
 紫音さんがちらっと表紙を見て呟く横で、
「あ、あのちょっと見せてもらってもいいですかあ」
 あたしの申し出ら意外にもにっこりと微笑を返して、
「ああ、いいよ。魅せてあげるわあ。あんたには別に恨みなんかないし」
 見本誌と書かれた本を一冊手渡されたけど、どう見てもまだ新しい本。今日初売り?
「う…うわ…」
 多分プロの写真家の人が撮ったと思われる際どい衣装を着た魔耶さんらしき女性の写真が廃墟や自然の中でセクシーポーズが二十ページ位。まああたしは女性ホルモンかなりやってるせいか、興奮なんかせずにみっともなーいみたいな感覚だったけど。
「これいくらなんですか?」
「二千円」
「えー…お米二週間分…」
「殿方なら一生楽しめるさ」
「いや、その…」
 なんていう自信!コミケで売るならともかく、子供達もたくさんその辺歩いてるこの即売会場でそれは…。
「アホでしょー♪バカでしょー♪ドラエモンでしょー♪」
 あたしの横で紫音さんが、以前空耳アワーというテレビ番組で聞いた歌を歌い始める。
 そっとその写真集のページを閉じて、以前初めて遥さんの店のニューハーフのヒカルママを見たときみたいに大きな目と口を開いて引きつった笑顔でそれを魔耶さんにお返しするあたし。
「そもそも戸籍まで女にしたのに、元男を売りにしてこんなの作る神経がわかりませんわ」
「原始人かお前は!今はこれがトレンドなんだよ!」
 今にもつかみ合いの喧嘩になりそうな二人の雰囲気に、
「はいはいー!席替わる席替わる!」
 そう言いつつ立ち上がって、座っていたハチワレの女の子達の横の椅子に紫音さんを無理やり引っ張って座らせ、紫音さんが座っていた魔耶さんの横にドスンと座り直すあたし。
「いつかお前とは決着つけねばと思ってたけど、まさかここで、しかも隣合わせになるとは神の与えたる好機!」
「そりゃ男の娘系は二つしか出てませんからねぇ…」
 魔耶さんが叫ぶ横で机の上に組んだ両手の上に顎を乗せて遠くを見つめながら独り言みたいに言うあたし。そして続ける。
「そんなに勝負したけりゃ今日の売り上げ金額で勝負すりゃいいじゃないですか?冊数だとどうせどちらかがタダで配り始めるだろうし」
 なんか魔耶さんて変人だと思ったし、絶対そうすると紫音さんが勝つだろう。只。魔耶さんがそれを受けるかどうかだけど…。しかし、
「おもしろそうじゃんか。そっちがうけるならさ」
「ええ、よろしいわよ」
 よっぽど自信があるんだ、この魔耶って人
「じゃああたしが集計してあげますから。魔耶さん、二千円でいいんですね?途中で値引き無しですよ」
 そう言いつつ、カートからミスったコピー用紙と筆記具を取り出すあたし。丁度いい具合に間もなく販売開始時間。んで、開始のアナウンスが流れる。
過去二回小規模の物には出たけど、出店側としての同人誌即売会デビューで嬉しくて感極まっておもわず拍手するあたし。
と突然紫音さんと魔耶さんがほぼ同時に机の下をくぐってブースの前に飛び出した。一瞬何が起こったかわからずあたしは息を飲む。
「紫音!やっぱり考える事は同じか!」
「貴様と同レベル扱いしないで下さい!」
 ブースの前でいきなりプロレスみたいな事始める二人。
「な、何やってんですか!」
 口に手を当てながらあたしが叫ぶと。
「売上勝負というなら、相手を完全にノックダウンして売らせない様にすればいいんだよ!」
 そう言うと魔耶さんは紫音さんと両手をがっしり掴んでいわゆるプロレスの序盤で良く見るいわゆる力比べを始める
「そんな事しなくたってさ!この売上勝負って紫音さん圧倒的有利だと思うんですけど!」
「こいつとは…一度…実力で…決着…つけなきゃなんないんですの!」
 呆れた様に話すあたしに 魔耶さんとがっぷり両手を組んだ紫音さんがギリギリと歯をかみしめながら無理して女言葉で返す。
「紫音!なんでお前はあたいにそう絡むんだよ!」
「コレステロールがネコニャンニャンだからです!」
「全く意味わかんねー!」
「私もです!」
 頭上高く振り上げた両手ほがっちり力込めて握り合いながら、訳のわからない言い合い始める紫音さんと魔耶さん。
「紫音さん!あたし、前からそうじゃないかと思ってましたけど!今はっきりわかりました!」
「何が…ですか…?」
「紫音さんバカでしょ!」
「今頃…気が…付いたんですか?何か月も一緒にいて…私がバカだとわからないあなたの方が…よっぽどバカです!」
 呆れかえってどっかと椅子に深く座り直すあたし。と開場すぐでまばらな即売会場で開いたノートパソコン持ってこちらに向かってダッシュで走って来る小太りの男性があたしの目に映る。頭には何やら大昔のスポーツ中継で使わりていた古めかしいマイクの被り物。と、いきなりそこからこれまた子供時代にプロレスが始まる前に流れていた音楽が流れ始める。

 一瞬立ち止まりあたりを見回したマイク男は、いきなりあたしのブースめがけて突進して机の下にもぐり込み、あたしの横の紫音さんの座っていた椅子にどっかりと鎮座、
「キャッ!」
短い悲鳴上げて椅子から飛びのくあたし。なんかあの薬打ち始めてから悲鳴がお腹から出る様になったしオクターブも上がったみたい。
「全国一千万人のプロレスファンの皆様おはようございます!本日は〇〇市の市民プラザ野外ホールから中継しております!」
「…な…なっ!」
 いきなりの事に立ったまま呆然となるあたし。
「ええ、フォローして頂いている方から、本日ここの同人誌即売会場で珍しい白メイドと黒ゴスロリの女子プロレスが行われているという事で、たまたま今日居合わせた私、急遽実況中継に参りました!」
「だ、誰ですかあなた!?」
「申し遅れました。日本ならず全世界!プロレスから喧嘩乱闘戦争まで!。お呼びとあらば即惨状!実況中継を行う格闘技実況中継研究会会長の古舘任三郎とは私の事でございます。中継はこの頭に仕込んだマイクとカメラでユーチューブで全世界に公開しておりまーす」」
「は、はあ!?」
「尚、今回この場をお借り致しまして宣伝。今回の即売会でわが師匠である古舘伊知郎師がプロレス解説者だった時代の名実況中継特集!新刊で販売しております。ウの十二番ブース、一冊五百円!通販も受け付けておりまーす」
「……はあ!?」
 作ってるのはなんかまともそうだけど、あたしの表情なんて見向きもしない変人!その時会場のスタッフが数人駆け寄って来た。
「すいません!喧嘩はやめてください!」
 彼らが大声で叫ぶ中、
「言ってください!言ってやってください!」
 あたしも加勢するけど、
「会場のスタッフの皆さまご苦労さまです。ですがこれは喧嘩ではありません。プロレスは演舞なのです。もしこれを止めるなら、あちらでやってる武闘会も止めるべきでしょう!」
 そう言って古館の親父が顎で指し示す方向の先には、過去映画で観たスター〇ォーズ・エピソード1のダースモールとオビワンのコスした人が、ウレタン製のライトゼバーで戦いを再現しているらしい。
「プロレスは格闘技じゃなかったんですか!?」
「格闘技であり演舞でもあります」
「喧嘩煽ってるだけじゃないですか!」
 呆れた様子であたしが言うけど、
「じゃああなたが監視役ですね。危険が生じたらすぐ退場にしますから」
「えー、会場役員からの注意事項が有りましたが問題ありません。実況中継を再開致します」
「実況中継するならあっちのスター〇ォーズ解説したらいいじゃないですか!」
「セコンドさんからの有難いアドバイス頂きましたが、あわよくば男の欲望パンチラも期待できるメイド・ゴスロリプロレスの方が視聴者の方も喜ぶと思われます!」
「そんなに実況中継したきゃ中東にでも行けばいいじゃないっすか?」
「またまた有難いアドバイス頂きました。実は過去そうしようと思って外務省に赴きましたが秒速でたたき出されました」
 バカだ!この人もバカなんだ!
「白メイドのセコンドさんは。お名前は何とおっしゃいますか?」
「はあ?あたしっすか?真莉愛っていいますけど」
「これはこれは見ての通り典型的なメガネっ娘。こんな可愛い方が格闘技をやられるとは女子プロレスの未来はバラ色と申せましょう」
「やってません!」
「おおっと!リスナーの方々よりもっと顔を見せろとのリクエストが来ております!」
 もうわざとなのか勘違いなのかわかんなくて頭に来たけど、女に見られた事と可愛いと言われた事に不思議と少し気持ちが落ち着いたのか、ようやくあたしはしぶしぶ古館親父の横にやっと座った。
「さあ中継続行です!では改めまして本日の実況は私こと古館、解説は白メイド陣営セコンドの真莉愛様にお願い致します。真莉愛様宜しくお願い致します!」
「訳わかんないっす!」
 なんという押しの強さ!
「さて試合は既に始まっておりますが、先ほどから両者力比べの体制から動きません。そろそろ力尽きるか動きがあると思われます。セコンドの真莉愛さん!白メイド選手の今日の体調どうでしたか?」
「知りません!本人に聞いてください!」
「おっとセコンドにも知らされない特異な何かが有った模様であります」
「なんでそうなるっすか!?」
 ぶっきらぼうな言葉で返すあたし。もう相手するのもうざくなってきた。
「さて黒ゴスロリ選手の陣営が一人もいないので情報がなかなかわかれませんが、おっとリスナーの方から、なんでしょうか?以前センチネル島で首狩族の酋長やっていたとの情報が入りました!」
 どれだけ噂流しまくったのよ紫音さん…と思いつつがくっと首をうなだれるあたし。と、
「カニの…正面衝突!」
 いきなり紫音さんが一発ギャグみたいな事を歯を食いしばったまま言う。と、
「エビの…ムキムキ体操!」
 すかさず魔耶さんも何かギャグみたいなものて返す。
「丹波の…大冒険!」
「田植えする…プレデター」
 相変わらずお互い両手をがっしり掴んだままギャグ連発する二人
「おおっと!両者とも相手を笑わせて油断させる姑息な手段に出たか!」
 絶叫する古舘氏の横で二人を白い目で見るふたし。
「崖の上の…糖尿!」
「インデアン…糞拭かない!
「崖っぷちのポーニョオオオ!」
「ぶはははは!」
「おーっと、一発ギャグ勝負はは白メイドのジブリネタに軍配が上がったか!黒ゴスロリ笑いながらがっくり膝をついたがあまりにも下品なネタだ!。さあここで白メイド、黒ゴスロリを持ちあげ、おっとパイルドライバーの体制に入ったあ!決まるか!おっとこれはどうした事だ!先ほどの力くらべで体力使い切ったか!白メイドそのままの体制で後ろに倒れてしまったあ!」
 古館氏の実況中継に熱が入る横で、
「二人ともやめてください!本売りに来たんじゃないんですかあ!」
 しかしあたしの言葉は二人には聞こえていない様子。
「さあここで黒ゴスロリ!すかさず四の字固めに入る。これは決まったか!おっと白ゴスロリあっさりとうつ伏せに。今度は黒ゴスロリの顔に苦悶の表情!返し技を知ってたか白メイド!解説の真莉愛さん!今の技をどうご覧になりますか?」
「まあ、なんやかやと器用な人ですからねぇ…」
「さあセコンドから初めて自陣の選手の賞賛の言葉が出ました!かなりのテクニシャン!そしずめ相撲で言えば往年の技のデパートの舞の海関と言ったところでありましょうか!」
「うち、もう知らん…」
 あたしのそんな言葉も古館氏には聞こえない。
「さてセコンドの真莉愛さん。今日に備えて昨日はどのあたりに重点おいて調整を?」
「昨日っすか?本作ってましたけど…」
「おっとこれは意外です。さしずめ所属ジムのアピール用のミニコミ誌を作られていたのでありましょう!けなげであります」
「ジムって何すか?ジムって!」
 もう呆れてさっきから言葉が男時代に戻っていたのに気が付かないあたしだった。
 その後も息も絶え絶えになりながらプロレスを続ける二人。絶叫する古館氏。机の上で組んだ両手り上に顎を乗せあさっての方をじっと見つめるあたし。そして。
「さあここで白メイド選手!黒ゴスロリの手を掴んでローブ振ったあ!そして帰って来る黒ゴスロリ戦車を捕まえ。これは!出るか!ブレーンバスターの体制だ!」
 あたしはその光景に眉をしかめた。
「ローブに振ったと言ったって、どーこーにローブが有るんですかあ!」
「おっと解説の真莉愛さんから質問が出ました。ローブの無いリングでは振られた相手はローブの有るとされている場所で倒れるか、あるいはそのまま跳ね返ってくる行動をしないと反則負けとなります!プロレスは必ずしもリングの上で行うものではありません!試合している場所がリングなのです!」
「あんたたち、バカでしょ!」
 とうとう椅子から立ち上がって大声で罵声をあびせるあたしだった。
「さあ白メイド!黒ゴスロリを高々と抱え上げた!そして!決まったあ!見事なブレーンバスターだ!おっと両者そのまま立ち上がれない。そしてどういう事だこれは!さあ!何と先に立ち上がったのは技をかけられた黒ゴスロリの方だ!白メイドは起き上がれない。ダウンか!」
 と驚いた様に続ける古館氏
「おっと今リスナーから情報が寄せられました。リング上の白メイドと黒ゴスロリ両選手!なんと二人とも男性である事がわかりました。とうとう格闘技にも男の娘ブームが来たのでしょうか?これは驚きであります!」
「カタログ見りゃわかるでしょ!そんなの!」
 そう叫んだあたしの堪忍袋の緒がとうとう切れた。
「めぐせぇはんで!やめでけじゃ!(恥ずかしい事やめなさい!)」
 あまりの怒りに思わず出た故郷の東北弁で大声どそう怒鳴ったあたしは、机の下をくぐって黒ゴスロリこと魔耶さんの所に駆け寄り、襟掴んで出来るかどうかわかんなかったけど、高校の常道で習った投げ技を掛けると、殆ど無抵抗だった魔耶さんの体はあたしの肩の上で見事一回転。
「おおっと!ここで白メイドセコンドの真莉愛が乱入!自陣の選手のふがいなさに怒ったか!これは決まった!見事な一本背負いだあ!」
 軽く手をはたいたあたしは、傍らでうつ伏せになって倒れている白メイドこと紫音さんの背中に馬乗りになり、
「やめてけじゃー!」
 そう叫んで両手を紫音さんの顎に当て、思いっきり力入れて背中を反らした。と、
「おっと!なんと言う事だこれは!セコンドの真莉愛選手!今度は自陣の白メイド選手に襲い掛かった!こけは自愛のムチか!そしてこの技は!決まったあ!リング上で火を噴く反則を繰り返した往年の名悪役、ザ・シークの得意技。古くモンゴルでは背骨折りの処刑にも使われ、更に日本でも必殺仕事人の畷左門の殺し技にも使われたキャメルクラッチ、ラクダ固めだあ!白メイドセコンドの真莉愛恐るべし!やはり只のメガネっ娘ではなかったあ!」
 これにそんな名前付いてるなんて知らなかったあたしの元に、古館氏が机を飛び越えてあたしと紫音さんの横に駆け寄り寝ころんだ。
「白メイド、ギブ?ノー?ギブ?ギブ?オーケイ!ギブアップ!」
 と古館氏の頭のマイクの被り物から、カンカンカンカン!とゴングの音が流れる。
「白メイドギブアップ!しかし黒ゴスロリもダウンで立ち上がれません!両選手ダウンであります!」
 そう言って古館氏は立ち上がり、まだ紫音さんに馬乗りになっているあたしの手を取って高々と上げて叫ぶ。
「ウィナー!真莉愛!」
 いつの間にか集まった大勢のギャラリーの歓声が上がったのと同時にホイッスルの音がして五、六人のスタッフの人が駆け寄って来た。

「なんて事してくれたんですかあ!あたしまで退場になったじゃないですかあ!あたしの同人デビューめちゃくちゃじゃないですかあ!どうしてくれるんですかあ!」
 泥だらけの二人をそのまま会場裏まで連行して正座させて、思いつく限りの罵詈雑言を浴びせた後、最後にそう叫んでがっくりと膝を落として大声で泣き叫ぶあたし。
「いや、あの、お姉様。あたいらのやってたのはあくまでも相手の体力削る、いわば演舞であり体操でありまして…その…」
 申し訳無さそうな表情で言う魔耶さん。そして紫音さんが続ける。
「あのですね、真莉愛さんがやったのはれっきとした柔道の一本技と必殺仕事人の殺し技…」
 二人のそんな言葉を聞いたあたしが即座に二人の胸めがけて蹴りを入れると、正座姿のまま二人は後ろにひっくり返った。
「相手の頭地面に打つ付けたり!相手投げ飛ばしたりすんのは殺し技でないとでも言うんかーい!」
 多分その時あたし鬼の形相だったに違いない。
「お姉様申し訳ない。お詫びに今日の出展料弁償致します。あとせめてものお詫びにあたいの写真集三冊贈呈致します」
「あ、私めもこのミニ本一式三冊ずつお譲り致します」
 魔耶さんと紫音さんがそう言って正座し直して頭下げるけど、
「いりません!三冊なんて。それになんで三冊なのよ!」
「いえ、あのこれは同人業界の贈呈時のある種のならわしであって…」
「一冊は普段読み用、一冊は友人知人への布教用、一冊は保存用…」
 あたしの問いにもぞもぞと答える二人をあたしはさっきの倍の力を込めて蹴り倒してプイっとそっぽを向き、重いカートを引きずって更衣室に戻り、紫音さんの車でなく電車でにゃんにゃか荘へ戻った。

 にゃんにゃか荘に戻ったあたしは遥さんにお土産代わりのニャカちゃんそっくりの絵柄のバレッタを渡して今日の事を話した。
「そんな事があったのかい?いいよ、帰ってきたらとっちめてやっから!」
 本作りを手伝ってくれた遥さんもご立腹の様子だった。
 自分の部屋に戻ってぐずりながら美登里ちゃんと雪見ちゃんに近況を綴った手紙をそえて今日売るはずだった同人小説コピー本を発送する為に封筒に入れていた時、ボルクスワーゲンのエンジン音がにゃんにゃか荘の裏の駐車スペースに停まる音がした。紫音さんが帰ってきちんだろう。
 と、突然、
「紫音!ちょっとこっち来な!」
 玄関から跳びだした遥さんの大声。
「あ、偉大なる大家殿、おっしゃりたい事は重々…」
「いいからあたしの部屋に来な!」
 二人が遥さんの管理室に入ってドア閉めても遥さんの怒鳴り声が聞こえて来るしまつ。と、部屋の外でトコトコと音がして、猫のニャンちゃんとニャカちゃんが開いていたあたしの部屋のドアから飛び込んできた。
「あ。ごめんね。あんたたちへのお土産ないの」
 あたしの部屋の畳んである布団の上で毛づくろいする二匹に独り言みたいに言うあたし。まあ遥さんがあんなに怒ったのをこの二匹は見た事ないんだろう。
「楽しみだったのに…」
 そう独り言言いつつ時計を見ると、まだ即売会やってる時間。
ふとあたしは小さなジュエリーボックスをちゃぶ台の上に置き、お気に入りのウサギのマスコットとか部屋の中の小さな動物の人形をジュエリーボックスの前に縦に並べた。そして、
「いらっしゃいませー。今回初参加でーす。小説新刊三〇〇円でーす。見本誌どうぞー」
「こんにちわー、見本誌読ませてもらっていいですか?」
「ええ、どうぞどうぞー」
「可愛い表紙ですね」
「ええ、横の紫音さんのお友達に描いてもらったんですよー」
「男の娘の本ですね。最近流行ってますよね、ひょっとしてあなたもそうですか?」
「あ、あの、ご想像におまかせしまーす」
「じゃあ一冊ください」
「わーありがとうございまーす」
 動物の人形を手に取りひとりぼっちで即売会ごっこするあたしだった。しばし気分が晴れたけどやっぱり気ずめいって最後は涙声になる。
 しばしお芝居続けた後、あとしは疲れと悔しさのせいかちゃぶ台に手をついたまま寝入ってしまった。

「あ…もうこんな時間…バイト…」
 もう遥さんの怒鳴り声はなくなっていた。あたしは二人のお友達へ送る本の入った封筒を大事に抱えて発送の為近くのコンビニへ出向き、そのまま猫鰹飯店へと向かった。
「こんにちわあ」 
まだ客もまばらな猫鰹飯店に入るとご主人が何やら忙しそうにしていた。ふと見るとなにゆら沢山の食材が厨房に。
「え?どうしたんですかこんなに」
「急遽猫鰹全席三人前が入ったんだよ。悪いけど今日チャーハンと餃子と飲み物関係一人でやってくんないかな」
「え、ああいいですよ」
 チャーハンと餃子なら過去ご主人が多な時に代わりにやってたので問題なし。そこへ店のおかみさんが入って来た。
「はーあ、何とか間に合ったよ。できれば少なくとも午前中に注文してほしかったねぇ。そしたら問屋さん複数回れたし。それにカエルの足なんて食品問屋の最後の品だったよ」
 おかみさんが持ってきた箱の中には猫鰹全席の材料が詰まっていた。
「えっと、雀、調理済フカヒレ、カエルの足、足らない調味料、トウガラシ…」
「えーこんなの食べた事ないですよ。それに猫鰹全席なんて初めて見る」
 食材を確認するおかみさんの横で興味深く箱を覗きむあたし。
「ビールと紹興酒飲み放題。中華高級一品料理にマタタビ酒のサービス、猫に関する品と猫の好物の珍味がテーマだ。最後に注文来たのは真莉愛ちゃんが来る前だったかな」
「これ美味しいんですか?」
「ああ、干した雀は頭から食える。脳ミソが甘くておいしいんだよ。カエルの足なんて味はシシャモそっくりだ」
「なんでフカヒレが有るんですか?」
「それはネコザメのヒレだ。味はいいけどそう簡単に手に入らないし、今日の食材で一番高いんじゃないか」
「ふーん…」
 時刻は日曜の夕暮れ時、いきなりお客さんが増え始めた。
「真莉愛ちゃん、じゃあ今日お願いね」
「はーい」

「はーいチャーハンと餃子でーす」
「ああどうも」
「源さーん、今日のチャーハンは真莉愛ちゃんの手作りだよ」
「あーそうかい、道理でいつもより美味いと思ったぜ」
「まだ一口も食ってねーじゃねーかよ」
 店のご主人とお客さんの会話とか、忙しさもあって今日の即売会の事はしばし忘れられた。
「真莉愛ちゃーん、生二つお願い。終わったら三番さんのチャーハンね」
「はーい」
 もうお客さんともすっかり馴染んだこのお店。幸奈さんのメイド喫茶なんかよりこっちの方がずっといい!
 ほっと一息ついた時、店の戸を開ける音と仕掛けられた鈴の寝。
「いらっしゃいませ…」
 いつも通りにお客さんに声かけたあたしの顔が曇る。そこには夏の暑い時期なのにいつものチューリップハットとポンチョを着た紫音さん。そして長髪にジーンズ姿のやたらほっそりした女の人が立っていた。間違いない!あれ絶対魔耶さんだ。スッピンで昼間のゴスロリメイクからは想像も出来ないけど。
 二人はあたしに顔をそむけたままずううずうしく奥の座敷席へ向かう。
(何案内もされずに奥座敷に行こうてしてんだよ!おめーらなんか今日カウンター席で十分たろ!)
 とは思ったけど、びじねすなので。あたしは奥座敷につかつかと歩み寄る」
「何になさいますかっ!」
 やや乱暴にコップの水をテーブルに置いてきつい口調で言うあたし。
「あの、猫鰹全席三人分…」
「はあ?」
 紫音さんの注文に、何言ってるのこの人という感じで返事するあたし。
「お客様!ご存じかと思いますが、猫鰹全席は前日までにご予約頂く事になっておりますっ」
 なんで今日あの一人四千五百円の特別料理がこんなに…。と思った時、
「いいのよ真莉愛ちゃん。今日の予約は紫音さんだから」
「えーそうなんですか!」
 確か予約は三人前、という事は後て遥さんも来るって事なんだろう。
「はい…少々お待ちください」
 殆ど棒読みみたいな感じで答えるあたし。程なくマタタビ酒のグラスと先に出来うがった冷製、蒸し鳥、餃子。鰹の中華風タタキ。空心菜炒め等を次々と紫音さんと魔耶さんのテーブルへ運ぶあたし。と、
「真莉愛ちゃん、今日はもう上がっていいから、そこで紫音さん達とお食事してきなさい」
 雀とカエルの足の串焼きとネコザメのフカヒレスープを運んできたおかみさんが思いがけない事を言う。
「え?どういう事ですか?」
「それは真莉愛ちゃんの分含めて三人分なんよ。大丈夫、これ遥さんのおごりみたいよ。何が有ったかしらないけどさ」
 エプロン脱ぐのを為っていたあたしのそれをおかみさんが笑いながら外してくれた。
「じゃあごゆっくりね。カエルの足美味しいわよ」
 そう言っておかみさんが笑いながら厨房に戻っていく。奥座敷に座ったあたしと紫音さんと魔耶さんの間でしばしの沈黙が続く。そして、
「ビール…でいいですか?」
 紫音さんがそう口火を切ってあたしの目の前のグラスにビール瓶を近づけたた。あたしはそれに構わずおもむろに大皿の上のカエルの足の串焼きを手に取り、乱暴にムキッとかじりついた。確かに姿形はグロいけどまんまシシャモの味。東北生まれのあたしにとっては何か懐かしい味。しかもシシャモより美味しい!
 一かじりしてから今度はグラスに入ったマタタビ酒を一息でぐっと空けた。思いもよらず甘いお酒だったけど、なんか漢方薬臭い。
 飲み干したグラスをドンとテーブルに置いたあたしが魔耶さんに向かって鋭い目を向けた。
「魔耶さん!あんな子供もいっぱい来る場所であんな本売るのはやっぱりおかしいと思いますぅ!それに今日の売り上げ勝負!普通にやってたら絶対魔耶さんが負けてたと思いますっ!」
 それ以降なんやかやであたし達の反省会は閉店まで続いた。どんな宴会になったかは皆様のご想像にお任せ致します。
とにかく魔耶さんてちょっと変わった人だけど、なんとかお友達にはなれたみたい。



つづく
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