ひゃっはー!ここから先はにゃんにゃかにゃん!

第7話 旅先で見つけた宝物…

 ふと目が覚めると窓からはもう光が差し込んでいた。昨日の夜あんなにぐすぐす言ってたのに二人ともすやーっと寝息を立ててあたしの横で寝ている。
 二人を起こさない様に起き上がり、結局パジャマ替わりになっていたブルマと体操服を脱いで、宿の備え連れのクローゼットから浴衣を取り出して赤い帯を締め、タオル持ってそっと部屋を出るあたし。
 実は起きたら行こうと思ってた所があるんだ。あたしは昨日入った仇討ちの湯の有る女風呂の方へ歩いて行くと、そこには入らずにその横の昨日紫音さんが一人で入っていた「男湯」の暖簾をくぐった。
 多分あたしの体はこれから先もう二度と男湯に入れない体になる。その前に人生最後の男湯ってものに入っておきたい。一般的な男湯に入るのは高校生の時の修学旅行以来。
 初夏の朝の空気と小川の音、そして今気づいたんだけど男湯の横には昨日の女湯の仇討ちの湯からは見れなかった少し大きめの滝が見えて、大きな水音を立てていた。
(そっか、女湯は小川で男湯は滝なんだ)
 そう思いつつ夜の間に少しぬるめの湯にあたしはゆっくりと体を浸す。昨日女の子マナーを教えられたり、紫音さんに女と認められたせいもあってか、あたしの仕草は少しおしとやかに優雅に女の子らしくなっていた気がする。
(わあ、すごく気持ちいい。そう言えばこんな朝にお風呂そのものに入った事なんて今日が初めてかも)
 もう何も考えられない。滝の音と朝も早い小鳥たちの声、そして山あいの新鮮で不思議な空気に囲まれて、湯舟の中でずっと目を閉じて動かなかった。ただ一言、
(さよなら、男風呂)
 とだけ心の中で思ってた。
 どれ位時間が経っただろうか?
「真莉愛ちゃーん!」
 上の方で声がしたかと思ったら、男湯を見下ろす女湯の仇討ちの湯の淵から雪見ちゃんと美登里ちゃんがあたしに向かって手を振っていた。
「探したんだよ!どこ行ったのかと思ってたらこんな所にさ」
「何やってんの?そっち男湯だよ!」
 滝の音に負けない様に大声であたしに言う二人。
「どうしたの?えらく今朝元気じゃん!昨日の夜あんなだったのにさ!」
 あたしも滝の音に負けない様に大声で言う。
「うん、嫌な事思ってもさ、一晩泣いたら元気になるの、ま、いいっかって感じでさ」
「女の特権だよね」
 ふーんそんなもんなんだ。
「ねえ、男湯で何やってんの?」
「あ、うん、あのね、人生最後の男湯を楽しんでるの」
「えー、来年ここに来ればまた入れるじゃん!」
 あ、そっか。
「あ、今そっちに行くから待ってて!」
「ううん、あたし達がそっち行くから!」
 なんか美登里ちゃん達も男湯に入ってくるみたい。やがて二人が男湯に姿を現すと、あたし達三人は大袈裟に手を取り合って湯舟の中ではしゃぐ。
 男湯で騒ぐあたし達に気づいたのか、昨日の夜部屋でエッチな話ばかりしていた「春香」の女性?達が四人揃って入ってきた。
「あらまあそこの小娘達、おはようさん!昨晩は三人でお楽しみ?」
「なーんだ、男湯だって楽しみに来たのにさあ、男一人もいないじゃん!」
「まあたまには男湯もいいもんねえ」
 マミさん先頭に口々に面白い事言ってくるその人達に、
「あ、おはようございまーす!」
 と元気に挨拶するあたし達三人組。
 男湯の中で四人組と三人組の少し大人の話も入ったたわいもない雑談の中、ふとプール温泉のある方向から美味しそうな肉の焼ける香り、そしていきなり古いアメリカのロックみたいな音楽が聞こえてくる。
「えー、何だろあれ?」
 あたしが不思議そうにしていると、
「ああ、紫音ちゃんが朝ご飯作ってくれてるんだよ」
 四人組の中でもとりわけエッチで面白い話してくれてたマミさんがそう教えてくれた。
「何だろね?今回は洋風?」
「去年も面白くて美味しかったよね。いろんな変わった具の入ったおにぎりと山菜たっぷりの田舎味噌汁」
「塩サバとか、バター醤油おかかとか、塩ウニとかさ」
「イナゴの佃煮だけは勘弁だった。食べて終わるまで中身教えてくれないんだもん。あたし美味しいエビの佃煮かと思ってたのにさ」
「そうだよねー、みんなでエビの佃煮って珍しいよねーって言ってたら、ボソッと、それイナゴですってさ」
 紫音さんの作る朝ごはんと聞いてあたしは何故か心が躍った。同じく紫音さんに過去あこがれた美登里ちゃんと雪見ちゃんも多分同じ思いだったかも。
「あ、あの、あたし先に行きます!」
「あ、あたしも!」
「お姉さん達、ごゆっくり!」
 
 昨日バーベキューやったプール温泉の横では既に紫音さんと遥さん、ヒカルママとマナティーさんが朝ごはんの準備して待っていた。新宿ニューハーフバーの「春香」のオーナーとママさんとチーママさんは、既にテーブルの上に乗せたいくつかのサラダとフルーツの大皿を前に椅子に座って雑談中。と、その横の紫音さんはというと、
「紫音さん、それどういうシュチュなんすか?」
 立ったまま腰に手を当ててあたしが呆れたみたいに話す。
 大きなパラソルの下で古いアメリカンロックの音楽がプレーヤーから流れる中、サングラスに迷彩キャップ。黒のタンクトップに迷彩の軍服ズボン。口にはコーンパイプみたいなのを咥えた紫音さんが、網を乗せた炭火コンロの前にいた。
 その網の上では大きなハンバーグとウィンナーソーセージが美味しそうな香りとやける音と煙に包まれてる。
「グーッド!モーニーング!ベトナーム!」
 あたし達三人に何かわからない挨拶する紫音さんの横で、
「あんたそーゆー危ない挨拶やめた方がいいよ」
 とたしなめるヒカルママ。
「前回の朝食テーマが農家の田植え前の朝ご飯でしたので、今回は米軍キャンプのぶれっくふぁすとです」
「その二つに何か関係あるんですか?」
「特にありません」
「この為にわざわざそんな服とか用意したんですか?」
「そうです。何事もテーマ決めて全力でやるのが私のモットーです」
 雪見ちゃんと美登里ちゃんが美味しそう!と騒ぐ横で、あきれた様に話すあたし。
「ビーフハンバーグとソーセージ。ハンバーガー用とホットドッグ用のパンも用意してます。お好みでマスタード、ピクルス。ケチャップ。あちらには野菜、パイナップル、フライドエッグ、コーラも用意してあります。本物のビーフのハンバーグとかソーセージは日本ではなかなかお目にかかれませんよ」
「まあ、いいですけどっ」
 そう言いつつ、歓声上げる美登里ちゃんと雪見ちゃんに、手際よく焼きあがったハンバーグだけをパン挟んで手渡す紫音さんに、もう彼女気分であきれた様子で眺めるあたし。でも美味しそうに香りにお腹空いて来た。
「ホットドッグ下さい」
「へい!お待ち!」
「なんでそこだけ昨日の江戸前風なんですか」
「ちょっとしたミスです」
 そう言いつつ、焼きあがったソーセージをパンにはさみ手際よくマスタード、ケチャップ、ピクルスを乗せて紙に包んでくれる彼。
「いっその事、これ商売にしたらどうですか?」
「マクド〇ルドとドト〇ルに喧嘩売るつもりはありません」
「どうらなら迷彩のメイド服か何かでやればいいのに。そう言えば紫音さん、結局一度も女装しなかったですよね」
「この蒸し暑い外で、あんなの着る方がどうかしてます」
 そう言いながら手渡してくれた朝ごはん。それはとっても美味しかった。ビーフだけの熱々の少し変わった風味にケチャップの甘さとマスタードの辛さとピクルスの酸っぱさが一緒になって。それよりも紫音さんの手作りというのが最高!一口食べたたべで元気が出たあたし。
「美味しかったのでハンバーガーも食べてあげます」
「いえ、別に無理に食べて頂かなくても」
「たべーるー!食べますーぅ!くださーい!」
 パンにハンバーグを挟んだだけのそれを受け取り、遥さん達のいるテーブルでその中にパイナップルと目玉焼きを挟んでケチャップをかけて中身がこぼれない様にしてかぶりつくあたし。美味しい!そうしている間にもあたしの目は横で他の女の子?達にハンバーガーとホットドッグを配っている紫音さんの様子をじっと見つめていた。自分では気が付かなかったけど、多分それは彼と仲良くしようとしている女性?をチェックしていたのかもしれない。

 楽しかった一泊二日の旅行もとうとう終わりに近づく。使った機材を次々にワゴンに運ぶ「春香」の人達。最後の一風呂浸かりに行く人達。手早く帰宅準備をしたあたしは雪見ちゃんと美登里ちゃんの部屋に行き、お洗濯して返そうとしたブルマと上着を借りた美登里ちゃんと引っ張りこしたり、あたしも何百枚も撮ったスマホ写真と動画を見せあいっこしたり、チェックアウトの十時ぎりぎりまで部屋でわいわい話し合ったいた。
 そしてチェックアウトの十時きっかりに皆駐車場に集まり、首謀者のヒカルママが最後が最後の挨拶。
「はーい、みんないるわよね。温泉に沈んだままの人いない?それじゃ美人で素敵なお姉さま達、今回もお疲れ様でございましたあ」
「お疲れ様でしたー」
 皆口々にそう言う中、ヒカルママの挨拶が続く。
「今回もお天気も気温も申し分なし。皆さまのおかげて今回も楽しい一泊二日だったよねー。それじゃみんな、来年もちゃんとここに来れる様に明日からは死ぬ気で働くのよー。遥ばあさん、来年までちゃんと生きてるのよ。あ、死んでもかまわないのよ。その時はちゃんと位牌と遺影ここに持ってきて飾ってあげるからさ。あと遺灰はその辺の適当な木に登って、枯れ木を更に枯らせましょうってばらまいて…」」
 みんなが笑う中、
「あんた本当にいいかげんにしなよ!」
 遥さんが半分怒って半分笑いながら、逃げるヒカルママを追いかけまわし、ヒカルママも、
「キャー!オーナーがいじめるー」
「あんな店辞めてやるー!」
「お給料あげろー」
「オカマで組合作ってやるー!」
 と言いながら逃げ惑う姿にみんな爆笑していた。
「それじゃ、来年またね。ヒラメガネちゃん」
「うん、楽しかったあ」
 部屋であたしを押し倒したマミさんがあたしを優しくハグしてくれた。その後も何人かとハグしつつ、
「ばいばーい」
「気を付けて帰ってね」
 と窓から顔だしてそう言いつつ一台ずつ駐車場を出ていく車にあたしはいつまでも手を振っていた。
 あたしはというと、美登里ちゃんが借りていたレンタカーで那須塩原駅まで行く事に。二人はそこから新幹線。あたしはそこまで付いてきてくれる紫音さんの車にそこで乗り換えて東京のニャンニャカ荘へ戻る事に。
 最初は森の中の小路走っていた車も、やがて開けた道、そしてお土産と食事処の並ぶ観光地特有の雰囲気の道に入る。車の中でもあたし達三人はテンション最高潮でおしゃべりしてた。もう今までの何年分を喋っただろう。あたしの口調も二人が写ったのか。だんだん普通の女の子の喋り方になってくる。
 でも、車が那須塩原の市街に入って来ると、あたし達はだんだん口数が少なくなり、新幹線の高架が見えて来ると三人ともずっと黙ってしまう。そう、もうすぐお別れの時。
「もうすぐお別れやね」
「うん…」
 美登里ちゃんが駅前のレンタカー屋で返却手続きしている間もあたしと雪見ちゃんの会話は少なかった。只、駅の売店で二人が新幹線車内用のお弁当と飲み物とお菓子を買ってる間は少しだけ賑やかさが戻ったけど、あたしが入場券買って三人で駅のホームに入った時はまた沈黙が始まるけど、美登里ちゃんが口火を切った。
「楽しかったね」
「うん、楽しかった」
「来年また会おうね」
「美登里ちゃんは東京からどうするの?」
「あたしは飛行機で福岡。雪見ちゃんは広島まで新幹線だよね」
「うん、東京ついたらあたし達もお別れ」
「ライン、ちゃんとつながってるよね」
 ホーム上で新しく作った三人だけのコミュにちゃんと入れるかどうかあたし達が確認していると、
「新幹線、やまびこ十四号、東京行き…」
 そのアナウンスが聞こえた時、あたしの心がとうとう砕けた。、二人の肩を抱える様にして悲鳴に近い声を上げて目からあふれる様に流れたあたし。
「いやだ!別れたくない!帰りたくない!」
 曇った眼鏡を外して片手で持って、もう一度しっかりと二人を抱きしめるあたし。
「別れたく…ない…」
 そう言って涙でぐしゃぐしゃになって二人の顔の間に入ってほおずりするあたし。
「真莉愛ちゃんてさ、強い子だと…思ってたのに」
 ぐすりりながらそう言う美登里ちゃんにあたしはゆっくり顔を振った。
 思えば中学と高校の時もこんな性格のせいか友達も殆どいなくてひとりぼっち。いじめられたりもした。高校出てからも家では農作業の手伝いばかり。友達なんていなかった。そんなあたしの孤独をすっかり忘れさせてくれる旅行だった。
 新幹線の列車が到着して扉が開くまで、あたしたち三人はずっとぐずりながら抱き合ったまま。周りの人が何人か不思議そうな目であたし達を見ていたけどそんなの気にならない。扉が開いて乗り込んだ二人は席に行かずデッキでずっと手を振り続ける。
 無情にも扉が閉まり動きだすそれを追いかける様にして手を振り続けるあたし。遠ざかっていく列車が消えてもなお手を振り続けるあたし。以前そんなのテレビで観てもただ笑うだけだったあたしだったのに。
 二人の乗った列車を見送った後、トイレに行きたくなったあたしは気が抜けた様に駅の改札の中のトイレへ。スマホ片手にぼーっとしながらも列に並び、用を済ませて化粧台の前に行って乱れた髪を直し、ハンカチですっぴんの目元を拭いて。そして改札を出たらそこに紫音さんと遥さんが待っていた。
「落ち着いたかい」
「うん…」
「あなた今普通にトイレ使ってましたよね」
「え、あ、女子トイレ…に行ったんだよねあたし」
「なんだちゃんと出来てるじゃん」
 そう言えば宿の女子トイレで遥さんに言われた作法を何の気なしにやってたけど、それがいつの間にか身についたみたい?だった。
「あー、良かった。これで高速の休憩所でもいちいち付き合わせられる必要なくなったよ」
「そ、そうですか」
 未練がましくまだ時折駅の改札の方を振り返るあたしの背中を押す様に紫音さんがあたしを駐車場へ導いてくれた。
 
 車の中にいても、お昼ご飯で休憩所でラーメン食べていてもトイレ行っても、片時もスマホを手放さないあたし。二人からは新幹線の車窓の景色とか、お弁当やおやつの写真や動画が、二人の顔のアップと共に次々と送られてくる。
 あたしも負けない様に高速道路の車窓風景とか、お昼のラーメンとか、あたしや遥さん、紫音さんの動画をこまめに二人にラインで送った。二人からのメールや写真や動画が待ち遠しい!今まであまり使う機会の無かったスマホはもはやあたしの宝物。
 昼過ぎ、二人は東京駅に着いたらしい。雪見ちゃんと美登里ちゃん揃っての最後のまた会おうねと言ってる動画が送られてきた。その最後には昨日の夜三人で歌った曲を歌う二人。

 見上げてごらん、夜の星を…

 紫音さんの車の中でそれを見ながら涙流しつつも笑顔で一緒に歌うあたし。今は一人だけど、二人ならの所は三人ならとちゃんと言い換えて歌った。
「なんだよ、古い歌知ってるんだね」
 あたし達の昨日の夜の事を知らない遥さんが独り言みたいに言った。

 あたしに宝物が出来た。お友達が出来たんだ。それも二人も!
 そしてもう一つの宝物、それは男らしい紫音さんに気が付いた事!。


つづく

※作者注 ここに出て来る温泉宿は栃木県の某老舗旅館がモデルですが、作中のイベントはありません。温泉の浴槽形態も若干アレンジしてあります。

Page Top