ひゃっはー!ここから先はにゃんにゃかにゃん!

第6話 男の娘オンリーお泊り会!?

 そんな事も有ったけど
「わあー!いいないいなーいいなあ!」
 高速道路降りてあたりが緑一面の道路の中を進む車の中であたしはトイレの事なんて忘れて一人はしゃいでいた。
「あんたよっぽど退屈してたんだね」
「そうですよー!旅行なんて高校出てから行ってないし。そもそもあたし男女どっちで人前に出ていいかわかんなかったし」
 遥さんの言葉にあたしは目を細めながら、森林を過ぎ、観光地らしき店の立ち並ぶ並木道を通って山の峠へ続く小路と車窓の変化を一人楽しんでいた。
 昼過ぎ、途中の小さなうどん屋さんみたいな所で大きなどんぶり鉢に入ったうどんを四苦八苦して平らげた後、再び車に。緑の草しか生えてない山道の横の細い道に入った車は今度はどんどん谷底の方へ向かう。
「えー、こんな所に泊まる所があるんですか?」
「ああ、ちゃんとあるんだよ。もう気が付いてるかと思うけど旅館がね」
「あれ旅館というんですかね。山姥の住処としか思えませんが」
 あたしの問いに遥さんと紫音さんがそう言って笑う。と、突然開けた視界の前に大きな駐車場と、築百年は経ってそうなすごい木造でしかも増築を何度も重ねた様な巨大で奇妙な建物が目に飛び込んできた。え?これがお目当ての旅館なの?

「そう言えば結局あの後もトイレ全部遥さんに付き添ってもらってましたねえ」 
 車降りて旅館の入り口に向かう途中で意地悪く紫音さんがあたしに言う。あたしもちょっとふくれっ面した後、
「はいそうです。とってもいいドライブで運転の紫音さんもおつかれ様でした。紫音さんがラジオから流れてきた水戸黄門の音楽に合わせてどんぐりころころ歌ったり、ゴレンジャーの曲に合わせて赤鼻のトナカイの歌とか歌わなければもっと良かったんですけど。それにディープパープルのスモークオンザウォーターに合わせて琵琶湖の芝居小屋が火事で江戸の火消がどうたらこうたらとかも」
「あの曲は題名の無い〇楽会でも演奏された江戸時代の長唄バージョンなんですが…」
「あたしマジで悪酔いしそうになったんで、帰り道では絶対やめてください!」
 あたしと紫音さんが言いあってると遥さんがあたし達の方ほ振り向いく。
「ほら、がちゃがちゃ言ってないで、チェックイン済ませるよ」
 そう言ってあたしと紫音さんに建物の玄関らしき所に行く様に手招きした時、
「まーあ、紫音ちゃん、半年ぶりじゃなーい、またお店来てよ。あーら横にいらっしゃるのは遥お婆ちゃんじゃないのー、お久しぶり。生きてらしたの?亡くなった連絡来ないからてっきりアパートで腐ってるのかと思ってたわよーぉ」
 ふと後ろを振り返ると、あきらかにそれとわかるいわゆる新宿二丁目系のューハーフバーのママさんみたいな人が声かけてきた。
「まあ遥さんお久しぶり。暫く見ないうちに白髪と小じわも増えて貫禄ついたわねえ」
 更にその横にいたちょっと小太りのおばさんみたいな人が遥さんをからかい始める。
「うるさいわねえ全く。相変わらず口の減らないガキ共が」
 小太りのその女の人が続けてママさんみたいな人に言う。
「どうだろね、肉足らなかったかねぇ?」
「大丈夫よぉ、足らなかったら遥さんがその辺にいる野良牛正拳突きで仕留めて持ってきてくれるわよぉ」
「まあそうよねぇ、二丁目でも牛一頭担げる人なんて遥さん位だもんねぇ」
「うるさいよあんた達!」
 からかわれた遥さんがそう言って二人を蹴とばすふりしたけど何故か顔は笑っていた。
「あーら、そこの可愛子ちゃん。一人追加って言ってたのはこの子なのぉ?」
「あ、あのこんにちわ…です」
 初めて本物のニューハーフと言われる人を生で見たあたしはおっかなびっくりで半分遥さんの後ろにいそいそと隠れる。
「まあ初心なかわい子ちゃんじゃない?いいから、目開けて口開けてヒラメ顔で引きつった笑顔で凍り付いてあたしたちを見ないの。獲って食おうってわけじゃないんだから」
「あ、は、はい…」
 あまりのご挨拶っぷりに相変わらず引きつった笑顔で答えるあたし。
「それじゃ、調理場に荷物降ろしてきますわ。まあ、あとでたっぷり可愛がってあげるからぁ」
 そう言って再び荷物を降ろしに車に戻るニューハーフの二人。
「な、何なんですかあの二人!それに今日は何が始まるんですか!」
 ちょっと不安になって紫音さんと遥さんに向きなおって言うあたし。
「ああ、あたしがオーナーやってるニューハーフバー「春香」の教え子のヒカルとマナティ。今は店任せてるママさんとチーママさん」
「えーー!」
 驚いて声上げるあたしに今度は宿の入り口の方を向いて紫音さんが言う。
「ここは大ヒットした映画のロケにも使われた、ある意味有名な江戸時代から続く温泉宿です。来月の七月からの繁忙期の前に、宿のご主人が普通に風呂とかに入れない方々の為に、年に一度ご好意で一泊二日貸切にして頂いてるんです。食事はこちら持参で」」
「え、そうなんですか、あの普通にお風呂に入れない人って…」
「男湯にも女湯にも入りづらいと感じてる方々、ニューハーフの人やMTF、男の娘な方々です。そろそろ真莉愛さんもその類になってきましたよね。
 そんな中、旅館の砂利のしいた大きな駐車場には集合時間が近いのか続々と車が入ってくる。
「じゃ、もしかして今日ここに来る人って…」
「そうです。全員元は男性の方だけです。ここにいる女性は旅館の女将さんと従業員の方だけです。もう十年以上前から続いてるイベントなので、旅館の方は皆事情知ってますよ」
「へぇーそうなんだぁ」
 実際そういう人達を生で見た事ないあたしが駐車場の方を見てると、
「ほら、きょろきょろしない。チェックインするよ」
「はーい」

「うわ…すごい…」
 入り口に入るとそこは大きな古い古民家の様。年季が入って真っ黒になった広い玄関の部屋に今は使われてない薪ストーブ。囲炉裏にある畳敷きのダイニングルーム。左横には神社みたいなモニュメントが有って、そこの岩からは湯気を立てて温泉が滝みたいに落ちてきている。
「まあ遥さん紫音さんお久しぶりですね」
「あら女将さん、また綺麗になって。今日は楽しませてもらうよ」
「やだもう、今日はあたし達は宿と温泉と炊事場お貸しするだけですよ」
「それがいいのよ。いつもありがとね」
 女将さんと話している遥さんに、玄関から入って来た女の人、いや多分男の人だと思うんだけど普通に女の人にしか見えない人達が遥さん見つけて、こんにちはーとかおひさしぶりーとか。たちまち玄関は大賑わい。
「遥さん、いつもの部屋でいいんですよね」
「ああ、松の一〇一ね。古いけどあそこが一番落ち着くのよ」
 なんだか本当江戸時代にタイムスリップしたみたいでわくわくしてきたあたし。と、神社みたいなモニュメントの横の階段から一人のすごい可愛いショートボブの女の子が降りてきて、え、いや、従業員さんではないみたいだし。その子といきなり目が合ってしまう。
 お互いしばしちょっとびっくりした感じでじっと見つめ合うその子とあたし。といきなりその子が笑顔を見せてあたしに小さく手を振る。あたしもちょっとつられて顔に笑顔を作ってて胸元で同じ様に手を振った。と、
「美登里!今年から別に可愛い浴衣貸してくれるんやて!一階の奥座敷!」
 この子美登里ちゃんていうんだ。そして彼女?の友達と思われるロングヘアの、また可愛い女の子、いやそれにしては少し低い声の関西弁で美登里ちゃんの所へ。
「え!本当!」
 やはりちょっとハスキーボイスな声で答える美登里ちゃん。あたしとおない年位の二人の子もやっぱり男の子!?
「はよ行こう!」
「う、うん…」
 ロングヘアの女の子が美登里ちゃんの手を引いてあたしの前を横切って、宿のフロント横の通路の方へ急ぎ足で向かう。と、
「あ、ちょっと待って!」
 美登里ちゃんの足がフロント脇で止まったかと思うと、いきなりあたしの方へ駆け寄って、そしてあたしの手をぎゅっと握ってロングヘアの女の子?の所へあたしの手を引いて駆け出す。あたしは一瞬何が起こったのかわからなかったけど、すぐにその用意されている浴衣選びにあたしも連れて行ってくれるんだとわかった。
「いいですよ。荷物持って部屋で待ってるから行って来なさい」
「松の一〇一だよ」
 そう言って紫音さんと遥さんが笑っててを振ってくれた。

「初めてだよね?ここ来るのさ」
「ねえ、どっから来たん?うち広島!」
「あたし福岡!あ、あたし美登里」
「うち雪見!」
 えっと、あたしの手を引いてるショートボブの子が横浜育ちで今福岡に住んでる美登里ちゃんで、ロングの子が広島で雪見ちゃんでいいんだよね。声がハスキーなだけで普通の女の子と変わらない。えっと、あたしの自己紹介…。
「あ、あの真莉愛っていいます。その、東京からで、その生まれは東北で…」
「真莉愛ちゃんやね!覚えた!」
「あたしも!」
 わいわい言ってるうちに色とりどりの浴衣が畳んで置いてある畳敷きの広間に到着。
「わあーかわいい!」
「すごい、こんなサービスしてくれたんや!」
 二人は歓声上げながらいくつかの浴衣をかわるがわる体に当てていく。
「あたしこれ!」
「どっちにしようかなあ!」
 あたしがちょっと面くらっておどおどしているうちに、美登里ちゃんは白に金魚と風船、雪見ちゃんは薄いピンクに濃いピンクの花柄を胸に抱える。
「真莉愛ちゃん、まだ迷ってるの?」
「あ、あの、着た事無いし、どれがいいかわかんない…」
「あ、じゃこれなんかいいじゃん」
 美登里ちゃんの声にあたしが迷ってると、雪見ちゃんが一枚の浴衣をあたしの体に当ててくれた。それは白地に紫とピンクの小花を散りばめたちょっとおとなしめだけど可愛い浴衣。
「え、これ、着るの…」
「うん、これ。真莉愛ちゃんてさ、なんかおとなしめの優等生の眼鏡っ娘みたいだからさ、こーゆーおとなしいのがいいと思う」
「絶対そうやで。着てみーや」
「う、うん…」
 美登里ちゃんと雪見ちゃんが薦めてくれるそれを両手で胸元に持つて、これを着たあたしってどんな風に皆の目に映るんだろうと複雑な心境になる。
「それじゃ後でプールでな」
「あ、プールみたいな温泉だよ」
 二人はそう言ってあたしをそこに残して温泉宿の母屋の方へ走っていく。
「早くはいろーや!うち本当楽しみやったんやで」
 雪見ちゃんのそんな声が消えて行く。一人残されたあたしはちょっと寂しくなって二人が消えて行った母屋へ歩き始めた。だけど、
(な、なんなのこのお宿!?)
 江戸時代から続く湯治場って聞いたけど、宿の中に温泉神社の参道がある!その横に温泉の小さな滝、そして宿の中に廊下隔てて一軒の別の宿が埋まってる!そして、廊下の先には扉もなんにも無い広間に直に湯舟があって、巨大な天狗の面が壁に二つ…
(なんかもうわかんないよ!松の一〇一ってどこよ!)
 早くも迷っちゃったと思ったとの時、横の戸ががらっと開いて、一匹の猫を抱いた紫音さんが出てきてくれた。
「やはり迷いましたか。まあ初心者はこんなもんでしょう。中に入って着替えてください」
「え、その猫は?」
「この宿の看板猫ちゃんです。ああ、レンタル浴衣はそれにしたんですか」
「あ、はい」
 と、よく見たら松一〇一と書かれたその部屋の扉から遥さんが顔を覗かせる。
「どれ、ああ丁度いい柄じゃないか。そいじゃ早く部屋に入って着替えな」
「え、あのいきなりこの浴衣にですか?」
「違うよ。幸奈ちゃんに貰った水着あるだろ?」
「えーーー!あれは…ちょっと…それにどこで泳ぐんですか?」
「いいから着替えな。いいとこ案内してやっから」
「あ、はい…」

 生まれて初めて女の子用の水着、しかもスカート付とはいえビキニ。部屋の中で何故か無意識に紫音さんに背を向けて、遥さんに水着用ヌーブラとかいうのを付けるのを手伝ってもらって、ビキニのパンツを履き、ブラを付けてスカートを腰に巻くあたし。最初はなんだか怖かったんだとけど…。
「ほぉ、流石幸奈さんですね。ちょっと体触ったりしただけであなたの体型にピッタリの柄とデザイン選んでますね。それはそうとなんで私に背を向けたんてすか?今までは私の前で上半身裸になったりとかしてましたよね」
「別にいいじゃないですか」
 始めて付けた女の子の水着。下着とはちょっと違う厚くてぴっちりした感触に少しとまどいながらあたしはぶっきらぼうに紫音さんに言う。只正直バストトップとか変わって来たし、男の人に見られるのなんとなく恥ずかしくなってきたからだし。
「あの子(幸奈)の目は確かだわ。デザインといい色合いといい、あんたを可愛く引き立ててるよこの水着」
 そう言ってあたしのポニーテールを整え、部屋の古い姿見の前に強引に連れていく遥さん。その姿見の中には…。
(えー…)
 鏡に映った姿にちょっとびっくりするあたし。鮮明なピンクとかが恥ずかしくてあんまりデザインとか目にしてなかったけど、胸元には赤とオレンジのチェックのフリルがあたしの貧乳をカバー。スカートには同じチェックの縁取りと小さなポケット。その可愛さとこれを皆に見られるのかという恥ずかしさで一瞬で頬を赤らめるあたしだった。
「ほらもう早く下のプール行ってきな。一泊二日のイベントは短いよ」
「あの、それどこですか」
「宿の裏に行ってみなよ。ちゃんと案内出てるし」
 そう言いながらあたしにバスタオルをかけてくれる遥さんだった。

 古民具や古い絵とかが飾られた薄暗い迷路みたいな宿の廊下の小さな案内板たどって、宿の下まで降りていくとようやく外の光が見えた。そこから外に出て目の前に広がる光景に一瞬息を飲むあたし。
(な、なんなのここ…)
 木々の生い茂る草生した石畳と芝生みたいな大きな広場に、小学校のプール位の巨大な木枠の浴槽が埋まっていた。何人かの女の人?いや、多分女性に見える男の人だろうけど、既に数人そこで泳いでいたり木枠に座ってお話していたり。そして、淵に座ってプールで足をばしゃばしゃしているあたしと同じスカートビキニの水着の女の子が二人。美登里ちゃんと雪見ちゃんだ!
「真莉愛ちゃん!こっちや」
 そんな雪見ちゃんの声に誘われてあたしは恐る恐る近づく。
「うーわー、その水着ひょっとしてセブンズラブの…」
「う、うん」
「えー!見せて見せて!」
 美登里ちゃんの声にそっとあたりを見回して、そっと羽織っているバスタオルを外すとそっと足をプールの中へ。
「うわっあたたかーい!」
 思わず声を上げたあたしにたちまち二人の体を触る攻撃が始まる。
「あー、やわらかーい。やっぱり薬やってるでしょ」
「胸めくっていい?」
 そう言いながらあたしのビキニの胸を指でつまんでぴろっとめくる美登里ちゃん。
「ヌーブラめくっていい?」
「う、うん」
 そしてあたしのビキニのブラをのぞき込む二人。
「あ、もうおっぱい出来始めてるじゃん」
「う、うんそうらしい」
 何故か紫音さんに見られるのはあんなに恥ずかしくなってたのに、この二人には見られても平気だった。
 逆にあたしが二人の水着の胸元を見ると、ちゃんと女の子っぽく胸には谷間が出来てる。
(いいなあ)
 そう思った瞬間、あたしは今までに女の子の胸見て初めてそんな事思ってしまった自分にちょっとびくっとする。
 そして仲良く三人揃ってプールサイドでいろいろお話。生い立ちとか、なんでこんなになっちゃったとか、今何やってるとか。
 水色のスカートビキニの福岡の美登里ちゃんは横浜から九州に来て就職した社会人でOLだって!男でも女てして会社行けるなんて知らなかった!
 関西弁で喋る薄い赤と白のチェックのスカートビキニの広島の雪見ちゃんは、短大の外国学部の英語学科だって。すごい!女で入れるんた!
 三人でいろいろだべってると、プールサイドに次々と女の人にしか見えない男の人が水着姿でやってくる。
「あ、小娘が三人に増えてるじゃん!」
「ねえ、遥さんの連れ子ってさ、そこの赤い子?かわいいじゃん!」
 女にしてはちょっと低い声にあたしもぎこちない笑顔と手を小さく振ってご挨拶。そしてみんなプールサイドに座ったり中にドブンと入ったり。
 一息ついてあたしは宿の裏庭をじっと眺める。プールに竹筒から湯が足されている音は、まるで実家近くの田んぼに水を引いている心地よい音。近くにあると思われる川の水音、プールサイドに所々に咲いている白いヤマユリ。それにウグイス等の野鳥の声。近くの小山の新緑の緑と青空。
(なんなのここ…まるで楽園じゃん)
雪見ちゃんと美登里ちゃんがお話している横で、あたしは暫くの間その音と風景のハーモニーと、その中にいる皆の目にはどうやら可愛い女の子に映っているらしい自分の姿の情景に酔っていた。
 辺りが少し肌寒くなってきた頃、
「真莉愛ちゃん、別の温泉行こ?」
「あ、面白いとこあるんや」
 そう言って大きな浴槽を飛び出した美登里ちゃんと雪見ちゃんとの後を、水着の上にバスタオル羽織って、再び薄暗い宿を抜けて別の風呂の暖簾の前に就いたあたしは、その場で足が止まった。赤い暖簾には大きく
(女湯)
「あ、あの、ここ…」
「いいの。今日は紫音さん以外はみーんな女風呂だから」
 二人に手を引かれ、とうとうあたしにとって禁断の、というか初めての女湯デビュー。最近改装したのか宿の古さに似合わない小綺麗な脱衣室だった。女湯はもちろん実家にいた時もこういう銭湯みたいな所なんて高校生の時以来行ってないけど、とにかく男湯に比べてドレッサーがたくさん設置されている事だけはわかった。
 あたしがあたりを見回している間に雪見ちゃんと美登里ちゃんが水着を脱いで早くもタオル一枚で裸になって露天風呂の入り口らしい所へ。
「真莉愛ちゃん、早くおいでよ」
「風邪ひくでー」
 露天風呂の入り口から外に出る二人を見てどきっとするあたし。その後ろ姿は二人とも丸みおびててお尻も小さいけど真ん丸になって、男の子とは思えないシルエット。それに背中には着ていたビキニのブラのうっすらした赤い焼け跡。
「あ!」
 あたしは一人そう叫んで水着のブラを外して鏡に自分を映した。
(うわあ、どーすんの、どうしようこれ…)
 肩にははっきりと水着のストラップ。フリル付きのブラを付けていた胸元にもうっすらと長方形みたいな白い日焼け跡。赤黒く大きくなった二つのバストトップがあたしの白い肌にくっきりと浮かんでいた。
 とにかくこれでわかったのは、あたしは暫くは男女銭湯とかに絶対に行けなくなったって事。にゃんにゃか荘の近くに銭湯が一件あって、男風呂でいいから人がいない時に一度行ってみよと思ってたけど、こんなのが体に焼き付いた今、それはもうできなくなった。
 これが消える頃には、多分あたしの体は二度と男湯に入れない程女の子の形になってるかもしれない。でもそうなったとしても普通に女湯なんて事も多分無理…。
 ああもう!どうでもいい!今さえ楽しければいい!そう思って他の二人の姿を見様見真似して、初めて胸元からタオルたらした女の子のお風呂スタイルで露天風呂へ直行。
「真莉愛ちゃん、ほらここ」
 美登里ちゃんの言葉に雪見ちゃんも手招き。お風呂に入ったままの二人の元へ行く時ちらっと胸をチェックしてため息をつくあたし。うっすらと水着の跡が焼き付いた二人の白い胸元は小さいけどはっきりとわかる膨らみ。そして苺色に染まって大きくなったバストトップ。
(あたしも早くあれ位になんないかなあ)
やっぱり女の子として生きていこうとしたら自然なおっぱいはどうしても欲しい。そう思いながら湯舟に入って二人の傍へ。
「ほら、あれ」
 美登里ちゃんがそう言って下を指さしたその先には…
「えー!」
 驚いてその先を凝視するあたし。川の横にある一段低い所にある別の広い浴槽では、なんと下半身にタオルかけた紫音さんが浴槽に浮いていた。しかも足を少しばたばたさせながら足の方へ進んでいくという器用な事までやってる。
「紫音さん何やってんですか!それにここはなんでこんなになってるんですか?」
 ちょっと驚いて川の水音に負けない位の大声で紫音さんに問いかけるあたし。と、湯に浮かぶのを止めた彼はいきなり両手から一本ずつ、まるで鉄砲魚の攻撃みたいに二本の水流があたし達に襲い掛かる。
「もう!何するんですか!」
 そう叫ぶあたしに紫音さんから返答が帰って来た。
「この広い湯舟を独占できるのは今日位ですからゆっくり堪能してます。湯に浮かんで足をばたつかせるのではなく、水かきみたいに足を動かせば足の方に進んでいきます。水鉄砲は、まあ修行の賜物てせすかね」
「そんなんじゃなくて、なんでこの湯舟は女湯の方が高い所に作られてるんですか?」
「ほお、遂に真莉愛さんも女湯に入りましたか。覚悟は出来たんですね?」
「いや、そんなじゃなくて…」
 あたしの言葉に紫音さんが答えて湯舟に浸かったまま両手で顔をぬぐって気持ちよさそうにふぁーっと言って続ける。
「仇討ちの湯と言いまして、日頃女湯覗かれている女性の為に、男湯からは覗けない様にして、なおかつ女湯からは男湯が覗ける様にした、いわゆる男性差別の構造です」
「えー!そうだったん?」
「知らんかった」
 紫音さんの言葉に美登里ちゃんと雪見ちゃんが驚きの声上げる。あたしもちょっとびっくり。
「昔はあちこちにありました。和歌山の白浜の某巨大ホテルもそうでしたし、調布市のとある温泉施設も今は板で囲っていますがあきらかにその痕跡はあります。まあ、今では現役で残っている所は数少ないですが」
 ふーんと言って頷くあたしの二人のお友達。
「ちなみに冬でも風引かないお風呂の入り方教えましょうか?」
「あ、教えて教えて!」
「あたしすぐ風邪ひくの」
 なんかはしゃいでいる二人の横であたしは目を細めてふくれっつらして紫音さんを眺める。まーたうんちくが始まったと心の中でつぶやいたいてた。
「人肌、普通、熱の三種の湯とサウナと水風呂がある施設を探してください。最初はどこでもいいですが、締めにサウナをできれば十分間、水風呂一~二分、これを三回繰り返し、その後熱い風呂数分、水風呂一~二分。これを三回繰り返します。次が重要で、その後人肌風呂に全身がが完全に温まるまでゆーっくりと入ります。こうすると最後には外がどんなに寒くても体温が押し返します。熱い風呂もいいですが、体を心まで温めるのは人肌風呂に最後に長時間入るのが一番です」
 長々とうんちく垂れる紫音さんにあたしのお友達二人は興味深々で頷いてた。
「ちなみにこれはステーキを焼く方法と似ているので、私は勝手に素敵入浴方と呼んでます。少なくともこの方法やってから十年、扁桃腺以外では私は冬に熱出した事ありません。免疫力も高くなります」
「わあーやってみよ!」
 二人が尚も嬉しそうな声を上げる中、うんちく垂れ流す紫音さんに一人横でぶすっとするあたしだった。
「さて、私はこれから仕事がありますのでお先に失礼致します」
 そう言って腰をタオルで隠して湯舟から出て、束ねた長い髪を軽く後ろ手で絞って男湯の脱衣所へ消えて行く紫音さん。
「あ、いつものですよね」
「楽しみにしてます!」
 二人がそう言ってる横で
「何よ仕事ってさ。遊びに来たんじゃなかったの?」
 そう独り言を言うあたしに、
「えー聞いたよ。真莉愛ちゃんてさ、紫音さんと同じアパートに住んでるんでしょ?」
「いいなあ、毎日楽しいでしょ?」
 目を輝かせて言う二人に、
「ぜーんぜん!いっつもバカにされたり振り回されたりでさ!」
 むきになって答えるあたし。
「あ、もう一つ面白い温泉の湯舟があるねんで。行く?」
「あ、わかった」
 雪見ちゃんの提案に美登里ちゃんも同意。あたしも気分変えて付いていくことにした。

「あれ、ここ…」
 そこはさっきあたしが迷って見つけた巨大な天狗の面が飾られてる内風呂。
「あたし、ここの横の松の間ってとこなの」
「あ、そうなんだあ。幹事室ね」
 あたしの言葉に美登里ちゃんが頷く。雪間ちゃんは一足先にその温泉の湯舟に歩いて行く。
「ここ、実は混浴なんだよ。でもこんなオープンな脱衣所で女の子着替えられないからさ、事実上は男風呂なんだ。それにさ」
 熱かったのか、美登里ちゃんが小さな悲鳴上げながらも湯舟に浸かって窓の外を指さす。
「すごいのは、ここの温泉の湯ってさ、横の崖から流れて来る温泉を集めて流し込んでるの」
「えー!おもしろーい!」
 温泉の熱さに顔しかめながらもあたしは窓の外を眺めた。
「すごーい!ここの宿って面白い事ばっかり!」
 程なくあたし達三人は少し熱めの湯舟に浸かってまったりしはじめた。と美登里ちゃんが湯舟の上の天狗の面をじっと見つめ始める。二つの面にはすごく立派な長い鼻。彼女の目線を追ってその大きな鼻の面を眺める。
 なんだろう?あの長くて立派な鼻がどういう訳かあたしの心をくすぐってる様。
「あのさ、あたしいつかあそこ手術するやんか。そしたらさ」
 雪見ちゃんの顔と声が神妙な雰囲気になってくる。
「いつか好きになった男の人が出来たらさ、その、ああいうのがな、あたしのお腹に入ってくるねんなあ」
 最初意味が分かんなかったけど、それが分かったあたしははっとして雪見ちゃんの顔をじっと凝視。
「そうなんだよね。あたし普通の男の子だった時アダルトとか時々観てたけどさ、自分がする方からされる方になったら、たとえ演技でも女側であんな事出来るかどうかわかんないなあ」
 自分のこれからの事なんてあまり考えてなかったあたしだけど、二人の会話をじっと聞いてひょっとしたら自分も将来そんな事する日が来るんだろうかとふと思う。そんな日なんて来ないだろうとは思ったけど、さっきのあの長い天狗の鼻見た時、なんか立派だなあなんて思ってしまったあたしの心って何だったんだろう。
「真莉愛ちゃんも、いつかはそんな日が来るんやで」
「え?」
 雪見ちゃんにいきなり会話を振られてどきっとするあたし。
「想像出来るか?今はどうか知らんけどな」
 そういう雪見ちゃんが意地悪そうな笑顔浮かべて続ける。
「男の人好きになってな、そのうちベッドの上でその人の下になってキスされて体触られて、可愛いよがり声上げてな、あれをお腹に入れられて、あんあんあんて声出す自分想像できる?」
「出来ないよそんなの!絶対無理!」
 すごい事聞いたあたしは驚いた顔で雪見ちゃんに手を大きく振って拒否のポーズ。ところが、
「あたしもさ、最初ホルモン始めた時は絶対そんな事無いと思ってたんだけどさ」
 美登里ちゃんが温泉の湧きだし口をじっと見つめながら話す。
「今は違う。もしこんなあたしでも好きになってくれる男の人がいるなら、一緒にいて欲しいとか、守って欲しいとか、ぎゅっと抱きしめて欲しいとか、体触られてもいいとか、その、エッチだって、して欲しいって思う時ある」
 美登里ちゃんの言葉に横でうんうんと頷く雪見ちゃん。そして、
「真莉愛ちゃんてさ、飲み薬だけだけとホルモン歴長いやろ。もう二年やてな。おっぱいだって出来始めてるやん。いつそんな考えになっても…」
「絶対ないもん!」
 雪見ちゃんの言葉にそう返答しつつ二人から離れる様についーっと湯舟の端の方へ移動するあたし。と、
「そろそろ行けへん?晩ご飯」
「あ、もうそんな時間…」 
 晩御飯はあの温泉プールの横でバーベキューって聞いたけど。

「はいできたよ。女になるつもりなら浴衣位ちゃんと着こなせる様になっときな」
 浴衣の着付けやってくれた遥さんが横で言うけど全然聞こえてない。だって姿見に映ったあたしの浴衣姿、もうどうみたって男じゃない。むしろ清楚な眼鏡っ娘って感じ。
「紫音さんは?」
「ああ、プールサイドで寿司屋と焼き肉屋やってるよ」
「寿司屋と焼肉屋って、何なのそれ?」
「後で行くから先行ってな」
「はーい」
 紫音さんて、本当どういう人なんだろって思いながらも初めて着た浴衣の着心地とか、綺麗な浴衣と帯にぎゅっと締め付けられる感覚が、歩幅狭められたりとか、女の子らしくしなきゃって思わせてくれる。部屋から出るともう満々の笑顔で軽い足取りでプール風呂のサイドへ。みんなに可愛いあたしを見せびらかせてやろうって感じになってくる。
 プール温泉の横ですっかりお友達になった浴衣姿の雪見ちゃんと美登里ちゃんと再会。お互い手を合わせて叩きあったりしながらあたりを見回すと、大きなプールみたいな湯舟には既に十人位の女性みたいな、多分男の人。サイドには数枚のブルーシートが敷かれ、その上にテーブルとか椅子とかが並べられてて、ここに来た時に会った遥さんのお店のヒカルさんとマナティーさんとかと多分そのお店の人数人が忙しく包丁さばき。
「お姉さん!ジャガイモまだ?」
「レタス切っといたよ。アスパラは?」
「もう茹でてベーコン撒いておいたから」
「ついでにフルーツお願い!」
 多分サラダバイキング?既に出来上がったサラダとか焼き用の野菜がいくつもの大皿に乗っていて、一人が焼肉用だろうか、大きな肉塊を切り分けていた。
 で、なんとその横には、キャンプ用の大きなコンロの上で、なんかチェーンむき出しの自家製みたいな変な機械に刺さった、多分豚の胸の部分の半身だと思うけど、あばら骨むき出しの巨大な肉の塊がゆっくり回転しながら火にあぶられていた。
 その横で何やら用意していた法被姿の紫音さんが準備が整ったのか、いきなり大肥で店開きの口上みたいなのを喋りだした。
「さあてお立合い、願いましては江戸前のコハダ、トリガイ、アカガイ、シャコ、マグロ、タコ、イカ、タマゴに相模のアジ、サバ、イワシその他いろいろ。酢飯は秋田余部ササニシキときた」
 紫音さんの声が多分宿中に響いたのか、ほどなく浴衣姿の数人がプール温泉側の宿の裏口から出て来る。と、サラダ作っていたらしいあの口の悪いヒカルお姉さん?がつかつかと紫音さんの元へ。
「紫音ちゃん、試食で味見したげるからウニとイクラとアワビ」
「毎年言ってますが、あくまでこれはバーベキューに添えるおにぎりの代わりですから、そういう高価な物は置いてません」
「何よ今年こそは用意してくれると思ったのにさあ」
「江戸前寿司の神髄知らない人は、寿司ロボットが作ったパック寿司でも食べてなさい」
「何よ、その台詞も毎年言ってるじゃん」
「安いネタを職人技で仕上げるのが江戸前です」
「あっそう。じゃコハダ食べてあげる」
「ちゃんとわかってるじゃないですか。シンコやコハダ食べれば寿司屋の実力がわかるって昔の人は言ってますが」
「わかったからさっさと握りなさいよ」
 二人の会話聞いていたあたしが紫音さんを眺めて言う。
「あの、寿司ネタとかご飯とか、紫音さんの仕込みなんですか?」
「ご飯じゃなくシャリと言いなさい。あと開店はバーベキュー開始と同時ですよ」
 プラスチックの大きなケースからシャリを取り出し、アイスボックスの一つからコハダを取り出して器用に握る紫音さん。
「流石にいくら私でも寿司ネタとシャリをプロの技で仕込むのは無理です。これは知り合いの寿司屋に頼んで送ってもらったものです」
「ほらね、自分は握るだけなんだよねえこの人」
「余計な事言うと寿司もあそこの骨付きあばら骨のあぶったのもあげませんよ」
 コハダ試食したげると言ったヒカルママさんに半分笑いながら接する紫音さん。
「ん、まあ、いいんじゃない?」
「私は握るだけですから」
「わかったからもういいよ」
 ローストポークの焼けるいい匂いの中、ヒカルママさんと紫音さんの会話が暫く続く。

「はーい、それじゃみんな一年間良く生きてたわね。今年も晴天。気温も言う事無し。じゃあカンパーイ!」
 光お姉さまの声と共に皆ビールやチューハイを手に持って近くの人とグラスを重ねる。
 実家で隠れてちびちびとと梅酒飲んでたあたしも堂々とお酒飲める年になったから、まず雪見ちゃんと美登里ちゃんと梅酒サワーで乾杯!そして新人歓迎だと集まって来た多くの老若男女の元お兄様のお姉さまと乾杯。
「はーい、毎度の事だけど飲食はブルーシートの上だけよ。それとお酒三杯以上飲んだらプール温泉入っちゃだめよ。おととしそれやって明日の朝まで寝込んだバカがいたからね」
「あーらマナティ、それあんたの事でしょ?」
「ああ、あたしか」
 ヒカルママに突っ込まれて大笑いする「春香」のチーママのマナティさん。
「はーい、それと今年の新人の自己紹介よ。ほらそこのヒラメ顔の眼鏡っ娘!ちゃんと挨拶しなさい」
「あ、はい…」
 いきなりふられて、皆からしどるもどろになりながらも、簡単に挨拶するあたし。
「いたよねえ、クラスに一人ああいう優等生みたいな女の子」
 そんな事も言われてあたしはもう真っ赤になって只笑っていた。
 十種寧位のサラダバーに、大皿一杯のいろんなフルーツ。野菜とか手作りらしきウィンナーとベーコンと牛と鳥と野菜のバーベキュー。ずらっと並んだ氷入りのジュースやカクテル。あたしと雪見ちゃんと美登里ちゃんの三人組はその間を走り回ってとにかく食べて飲んで、、初めて会うお姉さま達ともお話して、もう何もかも美味しくて楽しくて最高!
 バーベキュー会場の一角には宿のご主人とか従業員の人達もその席に呼ばれていて、遥さんと数人が接待役していた。
 プール温泉サイドでは紫音さんが普通にプロのお寿司屋さんみたいな手つきで、皆のリクエストに応えて寿司を握りつつ、時々変な機械で焼かれている巨大な豚リブロースにハケでタレ塗っていて、その度にあたりに香ばしい醤油とかの香辛料の焼ける匂いがあたりに漂ってくる。
「ほーい焼けましたよ。今から切り分けるから早い者勝ちです」
 回転する機械から紫音さんが肉塊を外して、大きなまな板の上に乗せ、見事な包丁さばきで一本一本のリブロースと豚カルビの焼肉に切り分けてお皿に乗せていくと、皆が歓声と共に紫音さんの屋台に駆け寄って行く。
 その紫音さんの表情は真剣で男らしくきびきびと。そんな彼をあたしは暫くじっと見つめていた。
「いい人やなあ紫音さん」
「本当いいなあ、真莉愛ちゃん紫音さんと同じアパートに住めて」
「あ、そ、そう?」
 雪見ちゃんと美登里ちゃんの言葉に、あたしは今までとは違う紫音さんへの感情が出てきたのか、ちょっと口ごもって答えた。その時、
「紫音さん、幸奈さんとはうまくいってるの?」
「いつか結婚するんでしょ?」
 紫音さんの屋台の前で寿司をほおばりながら、OL風の女性?三人のそんな言葉に一瞬どきっとなるあたし。
「バカな事言うもんじゃありません。私は悪魔に魂を売ったりはしません」
 骨から器用にカルビ焼肉を外しながら答える紫音さん。
「またまたぁー、お互い気に入ってるくせにさあ」
「ほれ、あんたにはこの骨あげますからその辺でしゃぶってなさい」
「えー、祝福したげようと思ったのに」
 そういうその女性?に骨じゃなくちゃんとそれから外した肉を皿に乗せて差し出す紫音さん。そうだよね、紫音さん優しいもん。それに何でも知ってて、なんでもうまくこなしてさ。なんかこう、うまく言えないけど、一緒にいたら安心する人
 肉とか寿司に飽きたあたし達三人組がいろんなフルーツの置いてあるテーブルに来て、バナナとかオレンジとかリンゴ食べ始めた時、
「あーもう、見ちゃいらんないわよぉ」
 声のする方を見ると、ツカツカとヒカルママさんがこちらへ歩いてくるのが見えた。
「さっきから見てるけどさあ、そこのヒラメガネっ娘、仕草ががさつ男丸出しじゃん。はーい、ヒカルママのワンポイントレッスン始まりー。ほらそこのヒラメガネ。女になりたいんだろ?まず食べ方がなってない。食べ物以外でもそうだけど片手で持たない。お皿あれば片手に持つかなかったら両手で指先使って、そう。そしてがつがつしないで大事そうに持って少しずつ食べる。それともう少し美味しそうに食べなよ。笑顔でさあ感想とか時折言いながらさ」
「えー…」
 ちょっと不満顔のあたしの横にすっとヒカルママが来て耳元で何かささやく。
「そんなんじゃ、紫音さんに嫌われちゃうよ」
 その言葉を聞いたあたしの頭に何かビーンと響いた
「し、紫音さんに…」
 そうぼそっと呟いたあたしの背筋がピンと伸びる。
「は、はい!あ、あの、こうでありますか!?」
 そう言っていきなり皿の上の一切れのリンゴを両手で摘まむあたし。
「お、美味しいであります!」
 そんなあたしに皆の笑い声が響く。
「そうそう。それにさ、只でさえ普通の女より肩幅広いんだから、肩すぼめて」
「は、はい!あの、こうですか?」
「そう、次そこのジャガイモのポタージュをスプーンで飲んでみな。…違う違う!横から飲むな!髪の毛邪魔になるから女は縦にスプーン口に運ぶんだよ」
「は、はい!やってみます!」
 あたしとヒカルママのやりとりに皆笑いながらも、
「真莉愛ちゃん違う。こうするの」
「こうだよこう」
 他にもいろいろ女の食事作法を次々と教えられていくあたしに、皆笑いながらもいろいろ教えてくれる。
「ねえちょっと遥婆さん!ちゃんと教えたげなよ。一緒に住んでるんでしょ?」
「婆さんは余計だよ」
 ヒカルママの声にさっきまで奥で宿のご主人達を接待していたのにいつの間にか横に来ていた遥さんが言う。
「あんた相変わらず人動かすのが上手ねえ」
「まあ、無駄に毎日遥お婆さんに殴られてきた訳じゃないわよぉ」
「もうその辺で勘弁したげな。今日はお楽しみの日なんだから」
「は、はい、あの終わりでありますか?」
 さっきから軍人みたいな口調になってるあたしに皆が大笑いしていた。

 夏至過ぎとはいえ山の夜は早くて少し寒い。辺りはもう薄暗くプール温泉の横に立っている街燈に明かりが灯り、あたりも少し冷えてきた。
「真莉愛ちゃん。プール入ろうよ。ちょっと冷えてきたし」
「え、でも水着に着替えなきゃ」
「ええねん、この温泉プールは裸OKやから。辺りも暗くなってきたから目立てへんし、お酒そんなに飲んでないでやろ」
「え、ちょっと…」
 あたしの声をよそに、そろってあたし達のいるバーベキュー会場に背を向けてするすると浴衣を脱ぐ二人。改めて離れて見ると小さいけど丸いヒップ。つややかな肌と流れる肩。どう見ても痩せ気味の女の子の後姿だった。
「あ、あたしも入る」
 とにかく二人の仲間に入りたくてあたしも浴衣を脱ぎ始めると、
「あー、あの三人組裸で入る気よ」
「あたしも入ろっと」
「はーい今から水着禁止ね。暗いからいいじゃんね」
 あたし達につられてプール温泉に入っていく数人の女性?達。
「おーい、タオルプールに入れるんじゃないよ」
「わかってまーす」
 遥さんの声に誰かが答えた。

 早くも辺りは夕闇に包まれる。満天の星空の下で広い温泉。あたりは草虫と蛙の大合唱、プールを照らす街燈に集まる名前も知らない虫達。狭い湯舟では味わえないこの解放感最高!
 横にいる雪見ちゃんと美登里ちゃんも同感なのか、暫くはお互い何も言わないでゆっくり湯舟に浸かってしばしの天国を感じていた。
 ふと見るとバーベキューの会場はお片付けモードに。街燈の下で遥さんやヒカルさん、そして紫音さんがテント畳んだりビニールシート片付けたり。
(あたしも手伝おうっと)
「ちょっとごめん!あたし手伝ってくる」
 あたしの声に横の二人も行こうとするけど、
「いいの。お掃除はなんかあたしの唯一の特技みたいだからさ。二人はここで星空観てて!」
 そう言ってあたしは急いでプールから出て浴衣も雑に着たまま、バーベキュー跡地にかけて行って、使った大皿小皿を洗い始めた。

 お片付け終わったのは夜の八時過ぎ。部屋に戻ったあたしはバスタオルとか荷物とかおいてすぐに雪見ちゃんと美登里ちゃんの部屋へGO!
「あー、お疲れ様―っ」
 と部屋で出迎えてくれた二人だけど、
「え、え?何その恰好!?」
 テニスウェア姿の雪見ちゃんにチアガールの美登里ちゃん。
「今から各部屋の二次会にご挨拶やねん。真莉愛ちゃんも行こ」
「あたしの就職もここに来た人に紹介してもらったんだからさ」
 うん、行きたいけど…
「あ、真莉愛ちゃん。これ貸したげる」
 そう言って美登里ちゃんが傍らの紙袋ごそごそやって取り出したのは、ビニール袋に入った白の上着と紺のパンツみたいなもの。
「これ何かわかる?」
「えー、わかんない」
「ブルマって知ってる?昔の女子の学校の体操服」
「えー…これがそうなの?」
 あたしのいた中学とか高校では膝までの紺のショートパンツが女子の体操服だったけど、そういうの履いている女の子の写真とかは何度か見た事ある。
「へえ…、これがそうなんだ…」
「ええやんか、可愛いやん、絶対似合うから着てみ。美登里ちゃんと大体体格も一緒やろ?」
「う、うん…」
 なんかパンツみたいだけど、スカートみたいに下着見えないからいいっかと思いながらも浴衣脱いでそもそとそれに足を通して上着着て、おまけのハイソックスに足を通すあたし。もう二人にあたしの下着姿見られたってもう平気。なんかこのブルマってお尻すっぽり包まれる不思議な感覚。
(昔の女の子って、体育の時こんなの着てたんだ)
 そう思いながら慣れた手でポニーテールを結び直して眼鏡直していると、
「わあー!予想以上に可愛いやんか!」
「普通にいたよね。こういうクラスの優等生っぽい子とか」
「ほんまや!あたし男のままやったら絶対そのまま押し倒しそう」
 雪見ちゃんと美登里ちゃんがそう言いながらあたしの手を引いて姿見の前に連れていく。
「押し倒すって、あ…」
 そう言いながら姿見に映った自分を見て絶句するあたし。そこには一人の可愛い清楚な女の子が映っていた。もう退化してへちゃになった男の子の印は、ショーツで押さえつけただけなのに膨らみは殆ど無くて、女の子のシルエットに。それにブルマから伸びる足はふっくらしてて艶やかで…。
(あたし、可愛い。てか、もう女じゃん…。それに、なんだか…エッチっぽい!)
「さ、行こ行こ!」
言葉も出さず、只驚いてじっと姿見で自分をみているあたしは美登里ちゃんたちに手を引かれ、宿の厨房の冷蔵庫からビールを取りに行く。

「おじゃましまーす!」
 宿の部屋を一部屋ずつ回って愛想をふりまくあたし達三人組。温泉に浸かりに行ってる人もいたけど大体先程バーベキュー会場でお会いした人が中でお酒とボーベキューの残りとかをつまみに談笑中。
「いいねえ可愛いねえ」
「若いっていいねえ、うらやましいわあ」
「ほらこっち来なさい。これ珍しいお酒よーぉ」
 面白い話ばっかりの部屋、歌ばかり歌う部屋、パソコンで面白動画見て大笑いしてる部屋、物まねで盛り上がってる部屋。みんな楽しそう。あたし達もその中に交じって大笑いしたり、歌うたったり、ビールついで回ったり。
 途中からあたしは結構酔っぱらって記憶があいまいになってたけど、後で二人に効いたら、ビール瓶胸に抱えてニャハハハとかずーっと変な笑いしていたらしい。
 最後の方の部屋。多分遥さんのお店の「春香」の人達なんだろう。お邪魔して三人揃って、こんばんわーって言いながらビールのお酌しようとした時、
「来たわよーあの三人組、あたしさ、プールの横で初めて見た時からさ、この眼鏡っ娘初心でかわいくてさー、もう可愛くてだきしめちゃいたかったの」
 もう完全に酔っぱらってた一人のお姉さんがそう言うと、いきなりあたしに抱き着いてのしかかってくる。あたしの短い悲鳴に、
「ちょっと、マミさんやめたげなさいよ」
「ううん、ちょっとだけ。マッサージよマッサージ」
 そう言いながらのしかかったままあたしの胸とかお尻とか触りながら顔にキス攻撃。
「あ、あのちょっと…」
 彼女の下になったあたしがちょっと抵抗するけど、身動きとれないでもうされるまま。でもその時、
(何、この感覚…なんか守られてるっていう)
 なんかだんだん酔いが少し冷めていく感じ。と、マミさんがすっとあたしから離れた。
「真莉愛ちゃんだっけ?いい?覚悟しときなよ。このまま女になったらさ、いずれは好きになった男の人とこういう事する時が来るかもよ」
 あたしの横に座って意地悪そうな笑顔でそういうマミさん。
「あ、あの、あたし男の人にそんな気持ち…まだ…」
 ちょっとびっくりしてむきになって言うあたしだけど、
「そっか、まだなんだ。でもお薬やってるんでしょ?小さいけどおっぱいちゃんと有ったさ。来年会う時楽しみだなあ」
 それ聞いて何故か顔赤らめるあたし。もう何回こんな話今日聞いた事か。それからしばしそこでは大人のエッチな体験話ばかり始まる。好きな男の人の事とか、ちょっとエッチな事とか。
 以前のあたしだったらそんな話嫌で聞きたくなかったけど、何故か雪見ちゃんと美登里ちゃんと一緒に、聞き入っていた。
 最後に挨拶に行ったのはあたしと遥さんと紫音さんの部屋。
 あたしはただいまーって言い、他の二人はお寂しまーすとこんばんわー。
 見ると部屋には他にあのヒカルママとマナティーさんもいてお酒囲んで談笑中。いわばこのイベントの首謀者の人が揃ってる。
 あたし達三人が他の部屋でした様ににこにこ顔でペタン座りしてビールの瓶をテーブルに置いてあるグラスに傾けようとした時、
「ちょっとぉ、そこのヒラメガネっ娘。聞いたよ遥さんからさあ。あんた事ある事に新宿二丁目がどうたら風俗がこうたらとか言ってるみたいだけどさあ」
 結構酔っぱらった口調でヒカルママが続ける。
「ニューハーフの店とか、最近男の子メイド喫茶とか居酒屋とかもあるけど、あれはそういう仕事が好きで、かつある程度の容姿と頭の回転と接客とコミュニケーションが取れて、初めてやれるかもしれないって職だからね。男の娘が気軽にやれる仕事じゃないからね」
 あたしの顔をじっと見つめながら言うヒカルママの横でマナティさんも続ける。
「そりゃ昔はあたし達みたいなのはああいう仕事しかなかったからね。今はそういう人達の世間での知名度も上がったしさ。コミュニケーションと気配りに気使って、相手に迷惑かけない。みんな仲良くっていう女の掟さえ守れば普通に女で暮らしていけるし、仕事だってあるしさ」
「まあ、今まで男で暮らしてきたのと百八十度反対の生活に慣れるかどうかだけどさ」
 遥さんもそう言いにながら自分のグラスに氷とウィスキーを足した。
「まあ、水商売は一種技能職ですからそう簡単には…」
 紫音さんがそう言ってお酒の匂いするコップを口に当ててぐいっと飲んだ時、
「あんた何えらそうに言ってんだよ!」
「何も知らないヒラメガネっ娘をメイド喫茶に送り込んだのあんたでしょうが!」
 二人そう言いながら、遥さんは手元のおしぼりを紫音さんに投げつけ、ヒカルママが半ば本気で紫音さんの背中を叩くと、
「もうしません、もうしません…」
 とその場にうずくまる彼。
「まあ、行った先が幸奈ちゃんとこで良かったわ。他の所行ってたらどうなったか…」
 折角今まで楽しかったのに急に説教モードになって不満げにふくれっ面するあたし。横の雪見ちゃんとか美登里ちゃんもずっと押し黙ったまま。
 ビールたくさん飲まされたせいもあったのか知れないけど、気持ちが大きくなったあたしはいきなり手元にあるコップに持ってきたビールをいきなり注いで、泡が吹きこぼれるのも気にせずにぐいーっと一息で飲み干してグラスをドンと机の上に置き、さっきからもやーっとしている事をとうとう吐きだした。
「紫音さん!あたし、あたし!可愛いですか!?」
 いきなりのあたしの行動に何やらぐちぐち言ってた遥さん達がびっくりした様にこっちを見た。と、
「え、ええ、可愛いと、思いますよ」
 少しびっくりした様子で紫音さんが言う。
「じゃあ!」
 あたしは机をドンと叩いて続ける。
「あたしと、幸奈さんとどっちが可愛いですか!?」
 少し酔っぱらった口調でそう言い切るあたしに、遥さん達はちょっと顔を見合わせた後、ほぼ同時に吹きだす。
「笑いごとじゃないですっ」
 横で、ちょっとちょっとという感じであたしの服を引っ張る雪見ちゃんと美登里ちゃん。
「どちらも可愛いですよ。悪魔みたいな奴でも誰でも女の子はみんな可愛いもんです。それはミロのビーナスとダピンチのモナリザ、どっちが素晴らしいかと問うみたいなもんです」
 それを聞いていたあたしのふくれっ面がだんだん緩み、意地悪そうな笑顔になっていったらしい。
「言いましたね紫音さん」
「何をですか?」
「あたしを可愛いと認めましたね。あたしを女だと認めましたね」
 何か意味ありげなあたしの顔に紫音さんも驚いてちょっと引いたみたい。今までずっと紫音さんにやり込められてばっかりだったけど、今日はちょっとだけお返し出来た。そんなあたしだけど、
「いいんです。それだけで十分なんです」
 満足そうな笑顔浮かべて、そろそろ疲れてきたのか大きなあくびするあたし。
「さあ、明日朝も早いんだからそろそろ寝る準備しな。真莉愛ちゃんさ、今晩は雪見ちゃんと美登里ちゃんの部屋で寝な」
「あ、はーい」
 嬉しい!寝る時も二人と一緒!

 疲れて着替えるの面倒だったし、コスプレ衣装可愛かったし。三人ともお布団並べて敷いてそのままダイブしてからもしばし雑談。そしてそろそろ寝ようと明かりを消してしばらくたった時、
「真莉愛ちゃん。ひょっとして紫音さんの事好きなんでしょ?」
 横に寝ていたいきなりの美登里ちゃんの言葉にびくっとするあたし。
「あ、あの、いつもいじめられてるし好きって感覚はないんだけど、なんか一緒にいてさ、安心できるっていうか…」
「あたしは最初に会った時から好きになってた」
 美登里ちゃんの言葉にふと彼女の方を向くあたし。
「でも、あの人にはちやんとした女性の幸奈さんがいるし、あたしなんか相手にされないと自分に言い聞かせた」
 そう言って寝たままあたしの肩に手をかける彼女。
「辛くて悔しくてさ、なんであたし女じゃないのってさ」
 とその時、美登里ちゃんの横に寝ていたはずの雪見ちゃんのすすり泣く声。そして、
「あたしもな、密かに好きな人おったけど、何も出来んかった。だってな、将来一緒になろうと思って付き合ってもな、いつかはあたしが普通の女と違うって事が分かる時が来る。そしたら絶対、相手の人は去っていくと思うねん」
 だんだん泣き声になってくる雪見ちゃんもあたしの方に体を向けた。
「だからな、男の人好きになる事が怖いねん。ばれた時どうなるか、ほんまにめちゃめちゃ怖いねん。今はなんか社会的に認められつつあるゆーても、仕事は出来るかもしれんけど、こればっかりはな…ほんまにそんな人おるんか、あたしの正体知っても、それでもええって言う人ほんまにおるんかと…」
 そう言ってとうとうぐずぐず泣き始める彼女だった。
「あたしもそう。だから、だからさ」
 すっかり泣き声になった美登里ちゃんがあたしの手をぎゅっと握ってくる。
「せめて、折角出来たお友達だけは大切にしたいと思ってる」
 あたしも何も言わずその手をぎゅっと握りしめた。その横にいた雪見ちゃんも身を乗り出してあたしと美登里ちゃんの手をぎゅっと握ってくる。そして泣き顔がちょっぴり笑顔になったかと思うと鼻歌で何かの曲を歌い始めた。それは古い曲だったけどあたしも知ってる有名な曲。手を握りながらその歌を口ずさむあたし達三人。歌詞の二人って言う所は三人に置き換えて…。


つづく
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