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第5話 紫音さん流お話の書き方~突然のお誘い

「はい、終わりましたよ」
「あ、はい、ありがとうございます」
 今、朝一番で予約していたあの変な名前の精神科病院の驚キ桃ノ木クリニックでいつもの女医さんに女性ホルモンの注射をしてもらった所。
「痛かった?」
「ちょっぴり…でも肩よりはお尻の方が痛くないです」
 消毒ガーゼで注射した所を拭いてもらってショーツを手で上げるあたし。最初は女の子用の下着見られるの恥ずかしかったけど、今じゃすっかり慣れっ子。
「院長先生は?」
「さあ、今頃ミャンマーのジャングルの中でしょね。無事に帰ってくれはいいんだけど」
「そうですか」
 そう言いながらベッドから起き上がって言われるまま診察室の椅子に座り直すあたし。
「どう?そろそろ初めて一カ月半だけど、何か変わった事無い?」
「あ、あの、副作用の頭痛とかはもう殆ど無くなったです」
「そう、良かったじゃん。体が慣れてきたんだよね。心情的には何か?」
「あの、特には…」
「そっか」
 パソコンで何やら打ち込みながら女医さんが続ける。
「ちょっと胸見せてくれる?」
「え、胸ですか…」
 ちょっと躊躇ったけど腕をクロスしてティーシャツを脱ぎ始めるあたし。
「ブラは、あーこの類か。いいんだけど補正とかも気にかけてくれる下着屋さんに選んで貰ったみたいね」
「はい」
 最近ブラ外すとちょっとした解放感。確かに最初に注射してもらった時よりは変化してるのがわかる。乳輪は大きくなって色も黒っぽくなってるしバストトップはもうぴゆっと突き出てるし、何より全体的に柔らかくなって円錐形の形が出来始めてる。
「平均以上に薬が効いているみたいね。よかった」
 女医さんはメジャーをあたしのアンダーとトップに当ててサイズを計測しながらそう言った。
「でもそろそろ男湯は無理かもね。そうそう、男の人とかを見る目が変わったりしない?」
「いえ、特に…それに男湯なんて当分入った事ないです」
「そっか、そうだよね。体はともかく、心情的にはまだ初めて間もないし」
 シャツを元通りに着直すあたしに、一呼吸置いて女医さんが続ける・
「夜中とか一人でいる時とか、寂しくならない?」
 そう言われてみてあたしはふと思う。確かに一人でいる時は寂しく思う時が増えた。でもその時は紫音さんや遥さんの部屋に行ったり、夜は猫鰹飯店でバイトして多くのお客さんと顔なじみになってるし、最近は猫のニャンちゃんとニャカちゃんも二匹揃ってあたしの部屋に遊びに来てくれるから一人の時ってあまりない。
「それはとってもいい環境じゃない。でもね…」
 あたしの話に大きく頷いてくれた女医さんが続ける。
「そういうお友達も重要だけど、それに加えてあなたと同じ境遇のお友達もたくさん作る事ね」
 そう言えば、紫音さんは女装楽しんでいる人だし、遥さんは世代がちょっと上だし、あたしみたいな人ってどこにいるんだろう。
「ありがとうございます。頑張ってお友達作ります」
 そう言って深々とお辞儀してあたしは診察室を出た。

 にゃんにゃか荘に戻ったあたしは気分がいいうちにとノートパソコン開いて、今書いているお話の続きの執筆にとりかかった。あたしが暫くノーパソカチカチやってるとまるで申し合わせたみたいに部屋をノックして紫音さんが入ってくる。まあ、執筆している姿は以前から見られてたから別段気にしなかったけど。なんか手におにぎり持っている様子。
「ちょっとご連絡ですが、来週土日は私と遥さんは極秘任務がありますので、あの使い魔の猫二匹に食事と飲み物をお願いします」
「いいですよ」
 極秘任務とやらはともかく、ニャンちゃんとニャカちゃんの事だろう。
「やはりおにぎりの具はツナマヨに限りますね。物書きのお勉強ですか?」
「そうでーす」
 あまり邪魔されたくないので適当に返事。立ったままおにぎり食いながらあたしを見ている紫音さんの視線があたしの背中に感じる。
「もしよろしければ、ちょっと読ませてもらってもいいですか?」
 書いてるお話は、男の子が女の子になるべくある施設に入ってトレーニング受けて女の子で高校デビューする話で、一般受けはしないだろうけど、まあ紫音さんなら…。それにちょっと感想も聞きたいし。
「い、いいですよ」
 あたしがノーパソ乗せたちゃぶ台の前の席を譲ると、どっかとその前にあぐらをかいて座る紫音さん。
「これ書いてどうするんですか?」
「今度の同人誌即売会に出すんです」
「それって、この夏のコミケの事ですか?」
「コミケは申し込んでません。今年の初めは家出る準備とかなんやかやでバタバタしてて、コミケの事まで考える余裕なかったですから。来月にある都内の別の同人誌即売会です。あたしの同人誌即売会と作品のデビューなんです」
「ほお…」
 そう言いつつあたしのノーパソを操作し始める紫音さん
「おにぎりこぼさないでください」
「大丈夫です。私はあなたよりはるかに長く飯食ってる経験があります」
 そう言いながらノーパソをのぞき込む紫音さんの手に持つおにぎりの一角が崩れそうになってるのを見て
「もう!」
 と言いながら食器棚から小皿を取り出し、紫音さんの前に置くあたし。そしてメモ用紙を前に今後の物語の構想。三十分ばかりの沈黙の時間。
 ようやくあたしか何か悟った様にメモ用紙にスラスラと書き始めた時、紫音さんのふーっという声が聞こえた。そしてポンチョのポケットからもう一つおにぎり。
「いくつ持ってるんですか?」
 あたしの言葉を無視してそのセロハンを剥きながら紫音さんが答える。
「麺はいい。だが汁がな」
「おにぎりネタじゃないんですか?」
「汁が麺に追いついて…」
「あたしにわかる様に喋ってください!」
 何かのグルメ漫画で読んだ台詞だったけどあたしはあえて突っ込まなかった。口をもぐもぐさせながら紫音さんがやっとまともに話し出す。
「まあ、内容に口を出すとあなたの作品ではなくなるので言いませんが、メインは二人の先生と主人公の女性クラスメートみたいですね。気になったのですが、先生は一人二役なんですか?クラスメートにいたっては一人三役…」
「そんなわけないでしょ!」
 いきなりのしかも想像だにしない言葉にあたしは少しむきになって言う。
「読んだ所、トレーニング施設の先生の一人は下町育ちのお嬢さんでもう一人はちょっと姉御肌っぽい富豪の娘さんみたいですが、なんで同じ喋り方なんですか?」
 え?と思って思わず言葉失うあたしに紫音さんが続ける。
「クラスメートの仲良しの子も殆ど同じ口調の台詞ですね。しかも標準的女性小説言葉」
 言葉に詰まるあたしに紫音さんが更に続ける。
「ここには書いていないですが、お話の背景からすると、この水無川さんの家は美容院、如月さんの家は多分不動産屋、金井さんは普通のサラリーマン家庭といった所でしょうか?」
 あたしはちょっとびっくりする。なんかそんな雰囲気かなって思ってはいたけど友達の家の職業なんて考えてなかったし。
「女先生の一人は標準語、もう一人はちょっときつい言い方、美人の水無川さんはちょっとななめ上、如月さんは世話焼きでどっしりした癖のある言い方、金井さんは、まあ主人公と似た話し方とかでもいいんじゃないですか?
 女装マニアの紫音さんからそんな話が出ると思ってなかったあたし。
「台詞に個人ごとに特徴付けて、誰が喋ってるかある程度わかる様にすると、読んでる方にストレスがなくなります。台詞の連続でスムーズに読めるし文章量の節約にもなります。いちいち台詞一言書いてそれを誰が喋ったかなんてその度に説明してたら読む方が疲れますね」
 そう言われてみれば確かにあたしの文章後で読み直す時にちょっと辛い事が有った。
「あと、小説言葉が悪いとは言いませんが、特に女性の場合、今時何々ですわ、とか何々かしら?なんて言葉普段言いませんし、最近の女子高校生は結構男言葉も使いますよ。まあクラスに一人位古風な小説言葉使う人もいるかもしれませんが」
 あ、確かに言われて見ればそうかも。
「ギャル言葉はかえってストレス溜まりますから、もっと外に出て耳を澄ませて若い男女がどういう喋り方してるか、よく観察してみなさい。相手が男か女かだけでも女性は言葉を変えます。それから…」
 え、まだあるの?
「一番気になった所ですが、特に必要が無い限り文章の近くに同じ言葉を何度も入れない方がいいです。彼女は、彼女が、彼女のとか、固有名詞でますみちゃんがどうした、ますみちゃんがああした、ますみちゃんがどうたらというのを連呼するとやぼったくなります」
 ちょっと意味がわからなかったあたしが目を大きくして紫音さんを見つめる。
「例えば、待っているとみけちゃんが到着、ごめーん待ったというみけちゃんにあたしはいいよいいよと返事する。そしてみけちゃんからカラオケ行こうのお誘い。やぼったいですねぇ」
「じゃあ、どうするんですか?」
「まあ、これは私流なんですが」
 一呼吸置いて紫音さんが続ける。
「待っているとみけちゃん到着、赤いカチューシャが可愛い彼女のごめーん待った?の声に、いいよいいよと返事する。そしてそのスカート翻したあたしのお友達からカラオケに行こうとのお誘い」
「あ、そういう事ですが」
「例え方がちょっとこじつけっぽいですが、ある人物の事を連呼する必要がある場合は別の言葉に変えると流れがスムーズですし、後でいろいろ説明書きを文章に入れるよりは流れる様に今の現状が把握出来るし、もしそのキャラを忘れていたなら、その人物の再認識に役立ちます。今私が話した中でもキャラと人物と二種類使わけしましたよね。他にも食事の事をご飯と言ったりご飯♪と可愛く言ったり、メシと言ったり朝食、夕飯と言ったり、皆様々です」」
 なんかあたし少し吹っ切れた感じ。
「あと、折角日本に生まれたのですから、漢字、かたかな、ひらがな、英語、ローマ字を使い分けたり、文中の説明分をキャラクターにわざと喋らせたり。小物をいろいろ使ったり。所々アクセント付けると面白い文章になります。驚いた時の台詞を全部ひらがなにしたりするとか」
 あたしはなんとなく理解。ちょっと面白い書き方かも。ちょっとやってみようと思う。少なくとも読んでて疲れなくなるかもしれない。
「ありがとうございます」
 そう言ってあたしは紫音さんの目の前のパソコンを閉じてちゃぶ台の下に置いて、代わりにプロットとか書いていたメモ用紙をその上に置く。
「ところで、今日例の注射の日だったんですよね」
「そうです」
「何か言われましたか?精神科だから何らかの言葉の診療は有ったんでしょ?」
「ええ、まあ…」
 手に取った鉛筆をメモ用紙の上に置いてちょっと回想するあたし。
「まあ、心の変化が有ったかとか、胸の触診とか。あ、あたしと同じ境遇の友達作れって言われました」
 あたしの言葉を聞いて一瞬あたしの顔をじっと見つめる紫音さん。
「そうですか…」
 そう呟いた彼は窓の方を向いて考え事しているみたい。
「紫音さんと遥さんがいますけど、遥さんは年上だし、紫音さんとはちょっと立ち位置違うし。あたしみたいな子ってそうはいないですよね」
 あたしの言葉をずっと窓の方を見ながら軽くうなづきながら聞く紫音さんだった。

 その日の夜も猫鰹飯店でバイト。原付免許は持っていたので最近は店のバイクで出前もする様になったあたし。と言ってもお店の人はあたし含めて三人しかいないので、毎月一定以上の注文してくれる麻雀店とかガソリンスタンドとか病院とか、夜も仕事しててちゃんとお店と契約してくれる限られた所だけだけど。
 膝上のスカートを隠す様にエプロン付けて、今日も麻雀屋に出前に行って帰って来た所に、店の女将さんからまたもや出前の依頼。
「真莉愛ちゃんごめん。連続ですまないけどもう一軒行ってくれる?」
「あ、いいですよ。どこですか?そろそろガソリンスタンドから来る頃…」
「違うの。にゃんにゃか荘」
「あ、にゃんにゃか荘ですか…、て、あたしのアパートじゃん!」
「そうなの。行ってくれる?」
「だって、契約も何にもしてませんよね?」
「うん、そうなんだけど特別にお願い。チャーハンと餃子二つずつね」
 なんで特別なの?あ、まさか紫音さん所に幸奈さんが来て…。おかみさんが紫音さんとお知り合いだからって無理やり?
「食べに来ればいいじゃん!」
「そう言わずにお願い」
「はーい…」

 出前バイクの後ろにオカモチ乗せてほどなくにゃんにゃか荘に到着。玄関に入るとあたしはやる気なさそうな声で挨拶。
「ばんわーっす、猫鰹飯店す。品物ここへ置いとくっすー。税込み二千円っす。出前契約もしてないのにこの忙しい時に呼び出すなって言いたいっす。つり銭無しでとっとと金持って降りてこいこんちきしょーっす…」
 すると何故か管理室で紫音さんの声。
「遠い所をよく参られた。チャイニーズレストランのエージェント君。まあ遠慮せずにそれ持ってずずずいーっと中まで参られよ」
「そのチャイニーズレストランの掟で、出前持って入るのは玄関までって決められてるっす!」
 紫音さんのあまりにもずうずうしい申し出にあたしはむきになって反論。ところが、
「真莉愛ちゃんごめんねー。ちょっとそれ持って管理人室まで来てくれない?」
「えーーー!何、出前頼んだの遥さんなの?」
 予想しなかった遥さんの声。紫音さんと幸奈さんじゃなかったんだ。
「そうだよ。いいじゃない自分アパートなんだから」
「もー、別料金取りますよ、もう!」

「さてエージェントへの極秘任務だが…」
「はーい、チャーハン二つとギョーザ二人前、あとスープです」
 紫音さんの訳のわからない何かのギャグらしき言葉を無視して、出前商品をおかもちから出して遥さんの部屋のテーブルに並べるあたし。
「ごめんねえ、実はちょっと急用が有ったから来てもらったんよ」
「え?急用って…」
「いや、電話だと仕事に差し支えると思ってさあ」
「だからわざわざ出前頼んだんですか?」
「そうなんよ」
 そこまでやる?遥さん変な所だけ律儀なんだから。
「ほら、あんた今日同じ境遇のお友達が必要とか言ってたじゃん?」
「ええ、まあ」
「それでさ、来週の土日なんだけどさ、ちょっとあたし達に付き合わない?…こら、お前たちのご飯じゃない!」
 なんとかしてギョーザをせしめようと遥さんの背中やわきの下から顔出すニャンちゃんとニャカちゃんを手で制しながら遥さんが言う。
 それあたしには思い当たる節が有った。テレビでちらっと観た事ある。ニューハーフの人とそういうのが好きな人が何やら派手なクラブかディスコみたいな所でけたたましい音楽バックに夜通し飲み食いしてどんちゃん騒ぎしている場面が頭をよぎる。
 でもあたしそんな所好きじゃないし、なんだか不純な気もする。
「あたし土日もバイトあるから遠慮しときます」
「大丈夫。さっきの電話で猫鰹飯店の親父さんとかにも話してあるし」
 あー、だから行けって言われたんだ。ちょっと返答に困ったけど、もしかしてあたしみたいな境遇の子一人位いるかもしれない。お友達になれるかも。
「まあ、その、行った方がいいというなら、行きますけど。肌に合わなかったらすぐ帰りますよ」
「あーそうかい。まあ帰れないと思うけど行った方がいいよ、あんたの為にも。それじゃ直ぐ一人押し込む連絡いれなきゃ」
 二匹の猫に、前にあたしが買ってきた特製猫缶を開けながら遥さんが言う。と、
「あんた又何か勘違いしてんじゃない?あんたみたいな子なら願ったりかなったりする所なんだけどさ」
「え?あの、どこで何するんですか?」
 猫缶の中身をお皿に開けながらちょっと押し黙る遥さん。そして、
「ま、まあ、当日までのお楽しみにしとこうか」
 何か訳わかんなかったけど、遥さんがそう言うなら変な所じゃなさそう。
「わかりました。期待してます」
 遥さんを信じてあたしはそう笑顔で答えた。
「尚、このテープは自動的に消去…」
「税込みで二千円になります」
 またバカげた事を言う紫音さんを完全無視してあたしは遥さんからお金を受け取った。

 数日後のある日の昼下がり。比較的静かな商店街の以前あたしが女の子用下着とか買いに行った「ラン」というお店の前。そこではこの前の秋葉原と同じ様な事が起こっていた。
「無理無理無理無理無理―!」
 そう叫びながら乱暴にミュールの音響かせてドアの鐘の音と共に乱暴にドア開けてそこから飛び出してくるあたし。それを追ってくる遥さん。
「真莉愛ちゃんちょっと!次の土日のイベントには水着がいるんだからさ」
「そんなの試着なんて恥ずかしくて嫌です!どーしても水着が必要なら、そこいらのスポーツ店でスク水買ってきますー!」
 悲鳴に近いあたしの言葉に、遅れて店から出てきた紫音さんが言う。
「スク水は学生しか着る事は許されていません。あきらめなさい」
「あんなの着る位なら…」
「なんや?今度は首吊って死ぬか?」
 そう言いながら今度は幸奈さんが店から外に出てくる。しかも彼女の手にはやたら綺麗なピンクで胸とススカートに派手なチェックのフリルの付いたスカートビキニ。周りの人も何事かとあたしたちの方を振り向き始める。
「そもそもなんで幸奈さんがここにいるのか、あたしには訳わかりません!」
「いや、他意はござらん。私の知人数百人の中で一番こういう若い女性ファッションに詳しい人を連れてきたまでです」
 あたしの言葉にしらっとそう言う紫音さんだった。
「おま、これ超有名なセブンスラブのブランドの新作やぞ?結構な値段するんやで。うちが欲しい位や。しかも奢ったるゆーのに。ちゃんと下隠せる様にスカート付にしたったんやで。まあ、今度の土日にうちのメイド喫茶のドジッ娘イベントの打ち合わせに来てくれたらそれでええんや」
「そんなの着たいって!幸奈さん年いくつですか!」
「え、うちか?十八歳と百何十カ月かな…」
「何言ってるんだよ。今度の土日は真莉愛ちゃんはあたしと紫音の行くイベントに参加するんだよ」
「あれ、そうやったっけか?折角吉〇興業の新人女芸人も来るのに。まあ今週はネタ作りの打ち合わせやから今度でええわ」
「幸奈さんに借り作ったら後で何されるかわかんないからやです!それにそんな派手な水着!」
「おっかしいなあ、あんたみたいな子はこんなの普通は着たがるはずなんやけどなあ。女の心やし。まあまあ、人の好意は素直に受け取っとくもんやで。あ、店長はーんこれでええわ。カードでなー。へへへーうちゴールドカードやで。ええやろー」
 そう言ってカラカラと笑いながら店の中に入っていくココロのボス、もとい幸奈さん。結局それを着る事になってしまった。他の人はともかく、人前であんなの着たあたしなんて、想像するだけでぞっとする。
 
 そしてとうとうそのイベントとやらの当日。行く場所は栃木県のとある所とだけ聞かされて、あたしの苦手な繁華街とか夜の社交場じゃないと分かった。それに電車じゃなくて紫音さんの車で行くと聞かされ、ドライブなんて久しぶりのあたしは、あの恐怖の水着の事なんてどっかいっちゃった。嫌なら着なきゃいいし、どうしても着るなら上からTシャツ着とけばいいし。
 だって旅行なんて高校の時修学旅行いったきり。それから今年の春まではずっと家で親父の農作業の手伝い。たまに車に乗る時は親父の配送でご近所に行く事位だった。でももう一つ気がかりな事。それは道中のトイレの事。だって公共の場での大きな女子トイレなんて入った事ないし。
「ねえ遥さん。あたし男で行っていい?」
「だめ!いつまでたってもそんな気持ちだから前進まないんだよ!女で行きなさい。トイレの作法とか車の中で教えたげるから」
「あと、あの水着どうしても?」
「同じ事二度も言わせないの」
 プールには早いから多分想像するに混浴温泉付きホテルで一泊なんだろうけど、やっぱり不安で仕方ない。

 そしてやっと出発。程なく高速道路に乗り、家が目立つ郊外の風景にだんだん水を張った田んぼとか畑が多くなる。やがて雑木林が目立つ様になり遠くに見えていた山が間近に。
「わあ、久しぶりだあ!」
 景色は自分の実家の風景とあまり変わらなくなり、初夏の新緑の木々に囲まれた山間を走っていく車。久しぶりのドライブなんだけど、あたしの目には木々の緑とか山の風景、そして独特の香りがすごく新鮮に目に映る。ひょっとしてあの注射の薬のせいかも!
 そして殆ど車の無い小さめのパーキングエリアに車が到着。
「ほら、さっき教えた事やってみな。ついて行ってやるから」
 そうしてあたしは遥さんに連れられ、とうとう禁断の女子トイレに入る事に。
 誰もいない女子トイレで遥さんに教えられながら、空いている個室の探し方、便座の洗浄、音姫の確認と鳴らすタイミング。個室内での時間、トイレットペーパーの扱い方、そして出る時の再度の便座クリーニング。スカートまくれあがってないか確認。そして終わった後の洗面所での化粧直しの仕草。一通り教えてもらうあたし。
「女子でも不潔なのがいるから、ちゃんと専用ペーパーで綺麗にするんだよ。それから必ず鏡の前に立って身だしなみ整える事。個室の使用時間もあまりに短いと変に思われるからね」
 事細かに教わっていると、トイレの入り口から数人の若い女性が入ってくる。
「ほら、鏡見て、髪整えて」
 遥さんが小声の指示に従っていると、その女性達は特に何もあたし達の事を気にせず個室に消えて行く。
「ね。別に難しくないだろ?大丈夫だよ。ちょっとボーイッシュな女にしか見えないし」
「う、うん…」
 これなら何とかなるかもとちょっと自信付いたあたしだった。そして車に戻る途中で売店でちょっと寄り道して何か見つけて小躍りしてお金払って胸に抱きかかえて車へ戻った。
「紫音さん!売ってましたあ!あたしの大好きなクッキー!とっても美味しいんです!しかも今年のワールドゴールデンマイスターの金賞受賞なんです!」
「ああ、それですか。私もたまに買って一人で食べてます」
「でしょ!バターと小麦とドライフルーツの味と香りの見事なマッチング!流石金賞受賞のお菓子ですよね」
「ちなみにその賞はワールドとかの言葉付いてますが、日本で作られた日本だけの賞です。金賞なんて毎年ぼこぼこ出まくりです」
 そう言ってあたしが開けたクッキーの袋に手を延ばす紫音さんの手をピシャリと叩くあたし。
「そんな意地悪言うならあげません!」
「どうしてですか?本当の事なのに!」
「あーげーません!この前のオカルトミステリーの事とか!夢が無い人にはあげません!自分で買ってきてください!」

 次のトイレ休憩は山間の結構大きなサービスエリア。
「一人で行けるだろ?それから店で何か飲み物買っといで」
「あ、はい」
遥さんからティッシュとか便座拭きのペーパーとか小銭が入ってるポーチを手渡されたあたしが勇気を出して女子トイレに向かう。外から見ると空いてるみたい。ほっとしたあたしがトイレの中に入ると、なんとそこには十人位の行列が出来ていた。
(あ…あ…)
 その様子に気が動転したあたしはくるっとトイレに背を向けて紫音さんの車に駆け寄って行った。それを不思議に思った遥さんが窓を開けてあたしをじっと見た。
「どうしたんだい?何か有ったのかい?」
「こーーーわーーーいーーーーー!!」
 遥さんに向かって大声で叫ぶあたし。
「ていうか、あんた今まで外のトイレどうしてたんだよ」
「多目的トイレ見つかるまで我慢してた…」


つづく
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