あたしたちは元気だよ

第七章 みんな大好きだよ

 そして翌朝。起きた順に眠そうな目をこすってパジャマ姿で食堂に現れる女の子?達に混じって、あなたもまだ半分寝ている恵美ちゃんと由美ちゃんと一緒に朝ごはん。
「いったい何時まで起きてたのよ」
 笑いながら朝霧さんが用意してくれた朝ご飯を盆に取り、そそくさと食事。
「ねえ、また来てくださいね」
「楽しかったよ」
 二人とかろうじてそう会話を残し、あなたは荷物を纏める為に先に食堂を出て行きました。
 用意された個室で名残惜しそうに着替えるあなた。ビキニの水着あとの残る体にショーツを通してブラを付け、潮の香りの残るビキニの水着をハンガーから外して袋に入れ、来た時と同じ黄色のタンクトップにブルーのミニスカートを身に付けて、鏡の前で軽くお化粧。
(帰りたくないなあ)
 そう思いつつも、乗車予定の特急「踊り子」号の発車時間はだんだん近づいてきます。「あー、すっごく楽しかった!またくるね」
 誰もいない部屋に軽く手を振って外に出ると、いつのまにか廊下の両脇に並んで待っていてくれた可愛い制服姿の研究生二十人。
「○○さん、楽しかったですぅ。別れるのが悲しいですぅ」
 そういいつつ、またもや奈々ちゃんがあなたの胸元へ行き、制服のポケットからスカーフを出して泣くそぶり。
「バーカ」
 いつのまにかゆり先生と一緒に現れた三宅先生がそんな奈々ちゃんの頭をこずくと、奈々ちゃんは笑いながら可愛い舌をチロッとだしました。
「○○ちゃん、本当ごめん!折角来てくれたのに何のおかまいもしなくてさ、生徒の面倒まで見させてさ」
「ごめんね本当。今度は絶対こんな事無い様にするから」
 三宅先生とゆり先生がかわるがわるあなたにお詫びの言葉を言います。
「ううん、全然平気です。何かすっごくここの研究所のお役に立てたと思うし、恵美ちゃん元気になったし」
 嘘じゃないよ。本当に楽しかったよ。という表情であなたは二人の大先生に微笑みます。
「それはそうと、普段お堅いミサにしてはすごい事やったよね。恵美の事」
 本当、まさか自分の教え子を使って恵美ちゃんに初体験させるなんて、あなたも今でも信じられません。
 ゆり先生の言葉に三宅先生はふっと笑って腕を組み、顔を廊下の窓側に向けます。
「言っとくけど、あんた達の為じゃないからねっ。あくまでアメリカでのあたしのFTMの子の教育の為だからねっ」
「また、そんな強がり言ってさ」
 そう言って二人は再び顔を見合わせて微笑みはじめました。もう四〇の声もかかる年齢なのに、まだまだ二人の大先生からは肌の衰えというものが感じられませんでした。
「それじゃあ、あたし帰ります、また来ます!」
 あなたの声に口々に別れの言葉をかける、可愛くなった二十人の可愛い男の子達。
「また来てください!」
「楽しかった!」
 その言葉にほろっとしながらあなたは新棟の階段を一階に降り始めます。後ろでは尚もあなたのあとをついていこうとしている生徒達を戒めるゆり先生の声が聞こえます。
「ほら急いで、A組は調理実習、B組は女の子文字、C組は美容、それでD組は今日の体育は中止。花壇の手入れしてちょうだい」
「えー!なんで!?」
「しかたないでしょ!体育の先生が酔いつぶれてあたしの部屋で寝てるんだからさ!」
 ゆり先生の言葉に吹き出し笑いしながら、あなたは新棟の玄関へ急ぎました。
 尚も名残惜しそうに玄関から出たその時、
「○○ちゃん!」
 そう言ってあなたを呼び止めたのは幸子先生でした。
「ごめんねー、本当何もお構いできなくてさ」
「あ、いいえ、さっきゆり先生と三宅先生にも言ったけど、とっても楽しかったです」
「本当にありがとね。いろいろ助かったわ。あ、それとさ、三宅先生が恵理ちゃんに施した特別研修の事だけど」
「え、あの男の子と初体験実習ですか?」
 その言葉に幸子先生が大笑い。
「今朝食堂でさ、試しに何人かの子達に、もしトレーニングメニューにしたら受ける気有るって聞いたの。そしたらさ」
 D組の五人が花壇の手入れの為外に出て行くのをちらっと横目で見た幸子先生。そして、
「まず明日受ける事になったの。由美ちゃんが」
「えー!由美ちゃんが!?」
 あなたの脳裏に、昨日鏡の前で、男の子に触られてよがり声上げたくない!女の子になりたくない、水着着たくないってむずがってた由美ちゃんが脳裏に浮かびます。
 そっか、明日女の子の洗礼受けるんだ。あの由美ちゃんが。
「ありがとうございます。でもわざわざそれを言いに来てくれたんですか?」
 不思議そうに聞くあなたに、幸子先生が近寄って来ます。
「あのさ、今ここで事務とかいろいろやってくれる人がいないのよ。生活指導も真琴一人じゃ手が足りないの。ねえ、○○ちゃん。出来たらここで働いてくれない?短大卒業してからでいいんだけど」
 幸子先生の降って湧いた申し出にあなたはしばし言葉が出ませんでした。今女の子の就職が難しい時、正直あなたも卒業したらどうしようかと悩んではいました。
 ううん、そんな事よりこの素晴らしい施設と素晴らしい仲間の一員になれるなんて!まるで夢の様でした。幸子先生を見つめるあなたの顔がだんだんほころんでいきます。そしてやっと言葉が出ました。


「幸子先生、ありがとう。是非協力させてください。でもその前に一つだけお願い」
「え、お願いって?」
 顔をかしげる幸子先生の横を抜けて、あなたは玄関に張ってある

(一)愛
(二)友達
(三)清潔
(四)可憐
(五)美麗

 と書かれた大きな紙の横に立つと、ボールペンを取り出し、なにやら書き込みはじめました。そして、
「幸子先生。一日だけだったけどここの研究所の見学しました。それで、これが足りないって思うんです。これを足して下さい」
 そういってあなたは幸子先生にありったけの笑顔を見せます。あなたが書き込んだその張り紙には、(二)と(三)の間に何か書きかけていたのを消して、こう付け足されていました。


(一・五)笑顔


おしまい


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