あたしたちは元気だよ

第三章 訓練生恵理ちゃん脱走事件

「ねえ、ゆり先生にも来てもらった方がいいんじゃないの?」
「だめよ!さんざんここまでわがまま聞いてもらったんだし、これ以上甘えたくないの!」
 幸子先生は白のサマードレス、あなたはブルーのスカートを翻し、研究所の門から出る国道への坂道を駆け下りながらやりとりする幸子先生とあなた。
「まさか恵理が出て行くなんて思わなかったよ」
「どんな子なの?」
「B組だけど、今じゃ優等生の一人よ」
「えーー!じゃなんで…」
「んなのわかんないわよっ!」
 やがて海が見えてくると、二人の会話は波音で消されて全く聞こえなくなります。
 男の子の時のあなたは多少は足に自身が有ったものの、筋肉が溶け柔らかな脂肪に包まれたあなたは幸子先生に遅れつつ、三十秒もたたないうちに息をきらせ始めて歩き出します。
 波音しかしない小道を少し行くと、そこには少し開けた場所があり、来るときには気づかなかったけど、小さな木の椅子と何か書かれた看板が置いてあり、先にそこに到着した幸子先生が、やはり息を切らせながら
「あなたの夢をあきらめないで。堀幸子」
と書かれたその看板を観ていました。
 その横に立っていた幸子先生が息を整えながら独り言の様にあなたに話します。
「ひょっとしたらここで待っていてくれるかなと思ったんだけど…」
 ちょっとがっかりした表情でその看板を軽く手で叩く幸子先生。と、その時彼女のポケットで携帯のメロディ「プライド」が鳴りました。間髪を入れずにそれを取り出して耳に当てると、あなたの方に嬉しそうな顔を向けました。
「恵理ちゃん、無事雅美ちゃんが保護してくれたみたい!」
 ほっとした様子であなた達二人は、海鳥の鳴声の混じる波の音で包まれた小道をゆっくりと雅美ちゃんの店「エブリマート 国道店」へ歩き始めました。

「今事務所で落ち着かせてる。ううん、店の前で呆然と立ち尽くしてたわよ」
 恐る恐る店の中に入ったあなたと幸子ちゃんは、店内に恵理という子がいないのを見計らって店長の雅美ちゃんといろいろ会話。
「スエットパンツにタンクトップ。ブラは付けてなかったわ。後小銭が入った財布の入ったポーチだけよ、所持品は。こんなんで本気で実家へ帰ろうと思ったのかねぇ」
「今どんな様子?」
「ずっとうつむいて泣いてる。こんな姿じゃかっこ悪いから服用意してあげるって言ったんだけど、胸がもうあんな状態でしょ?男物にする?女物にする?ブラ用意しようかって言ったとたんわんわん泣き始めてさ…」
 最後はレジ奥の空間でひそひそ話し状態。その奥の開いた扉の向こうの部屋には人の気配はするけど、女の子になったあなたでもそのオーラは男じゃなく、柔らかな女の子の気配でした。
「お客さんの目も有るし、とりあえず中へ入ってよ」
 幸子先生がちょっとためらう中、あなたは雅美さんの後についていきます。狭い事務室の中の机の横に座っている、恵理という名の男の子が目に入ります。
(え、この子が…)
 長く伸ばした黒髪をシュシュでポニーテールに纏めたラフな服装のほっそりしたその子は、あなたにちょっと顔を向けた後再びうつむきました。
 既に目元には女の優しい表情を浮かべているその子は、学校のクラスに一人ひいる優等生タイプの女の子といったタイプでした。
(この子も数ヶ月前は男の子だったんだ)
 そうあなたが思った時、
「恵理…ちゃん?」
 あなたの後ろで幸子先生の小さな声が聞こえると、恵理ちゃんは優しくなった目元にどっと涙を浮かべ、可愛い声でヒックヒックし始めます。
「あたし席外した方がいいよね」
 雅美ちゃんが独り言の様に言うと、部屋から出て行きました。

 部屋は暫くの間、恵理ちゃんのちいさな嗚咽の声だけが聞こえています。あなたの隣に座った幸子先生も、どうはなしかけたらいいのか判らず、信じられないといった表情と安堵の表情を一緒にした様子でじっと恵理ちゃんを見つめていました。
「声が、もう戻らない…」
 やっと恵理ちゃんが独り言の様に話し始めます。
「今日ね、体育の時思いっきり走ったら、胸とかお尻がゆれて、走りにくくって…ちゃんと走ろうとしてるのに…それに、少し走ったらもう息切れするもん」
 片手で目を拭きながら少しずつ話す彼女?
 その言葉に恵理ちゃんの胸元をじっと見つめるあなた。ノーブラの胸は明らかにAカップ程度の膨らみが有り、二つの女性化したバストトップがはっきりと透けて見えていました。
「だってさ、そうなる為に今までトレーニングしてたんじゃん。一番熱心だったよね、恵理ちゃん」
 幸子先生が長い沈黙を破って彼女?に話しかけ始めました。
「ねえ、どうして?ねえ、どうして恵理ちゃが出ていっちゃうの?今まで一番真面目だったじゃん…」
「だって…」
 幸子先生の言葉にようやく顔を上げ、じっと二人を見つめながら恵理ちゃんが話し始めます。
「僕が、僕でなくなっていくのが、怖いんです。今まで普通に出来た事が出来なくなって…」
 その言葉に幸子先生は、やっぱりそうなんだという表情で軽くうなずきます。
「力もなくなっちゃったし、怖がりになって、そして…」
「そして、何?」
 幸子先生の言葉に、軽く身震いして目を閉じる恵理ちゃん。
「僕、昨日観ちゃったんですっ!男の人に抱かれる夢!」
 そう言って再び机に泣き伏す恵理ちゃん。
「うわー、心がついていかない典型的なパターン…」
 そんな恵理ちゃんを見て幸子先生が独り言の様につぶやきます。それを観て思わず彼女?に話しかけるあなた。
「だって、体力低下とか、心の変化とか、いずれそうなるって判ってたんじゃないの?」「あなた誰なんですか!?」
 あなたの言葉に顔を上げた恵理ちゃんが鋭い目線を送りました。
「え、え、あたし?○○って言うの。研究所の卒業生だよ」
 そう言ってあなたは椅子から立ち上がると、場を和ませようと、スカートからパンツが見えるのも気にせずに椅子の横でくるっと一回転。
「ほら、前は男の子だったけど、今はすっかり女だよ。毎月あれも来るしさ」
「○○さんも、男の人に抱かれたいって思ってるんですか」
「いや、それは…よっぽどショックだったんだ…」
「みた後吐いちゃって!僕絶対嫌だ!男に抱かれるなんて!」
 あなたとの会話の後、体を震わせて声を荒げる恵理ちゃん。
「嫌なんです。こんな柔らかな体になるのが…それに生理って、あそこから毎月血が出るんでしょ?」」
「恵理ちゃん!あんた女の悪い所ばかりみてる」
 あなたがとうとうそう言い返した時、
「ちょっと!静かにしてよ。お客さんに聞かれたら変に思われるでしょ?」
 不意に部屋のドアが開いて雅美ちゃんが顔を出す。
「あ、ごめんなさい…」
 素直に謝る恵理ちゃんを見て、あなたは何とかしてあげたいと思いますが、幸子先生と恵理ちゃんの会話は平行線。
 そしてそのままずるずると一時間近くが経過してしまいました。

「わかったわよ、恵理ちゃんがそんなに言うなら。今日はこのまま帰ってもいいけどさ、その服装じゃちょっと…。胸も目立ってきてるしね」
 とうとう根負けしたのか、残念そうに幸子先生がそう言って席を立ち、バサっと髪を手でかきあげて天井を仰ぐ。
「あたしの所長も今年限りかあ。次は誰だろ?ゆり先生にやってほしいなあ…」
 心配になって駆け寄るあなたに幸子先生は肩を落として残念そうにぽつりと呟きました。
「あ、あの、ブラ。やっぱりブラ付けて女の子で一旦帰ります。さっきブラ無しで走ったら、ものすごく違和感が有って、変な気持ちに…」
 椅子に座ったまま申し訳なさそうに話す恵理ちゃん。
「ちょっと待ってて。今誰かに恵理ちゃんの服持って来させるからさ。スカートじゃさすがにはずかしいよね。Gパンなら」
 幸子先生がなおも残念そうに話すと、それを聞いていたのかドアから雅美ちゃんも顔を出しました。
「ねえゆっこ、さすがに女の子で帰らせるのるのは無理よ。幸いあたし午後からフリーだから、あたしが車で…」
 雅美ちゃんがそう言いかけたその時、コンビニのチャイムが鳴り、何やら何人かのお客さんが入ってきた様子。
「あれ、あ、あなた達…」
 雅美ちゃんの驚いた声の後、
「恵理?恵理いるの?」
「雅美さんこんにちわあ」
 たちまち三人の女の子達が、事務所のドアから顔を出しました。
「恵理!何やってんのよこんなとこでさ!」
 びっくりしたあなたがその子達の顔を見ると、三人の女の子達はさっきあなたがギャルトークの練習をしたA組の女の子?達でした。
「恵理!あたしたちさ、今から海で女の子デビューするの!一緒においでよ!」
「奈々と真由は今日は体調悪いんだって。恵理一緒に行こう!」
「大丈夫!恵理ならちゃんと女の子で通るって!」
 そういって部屋の中にずかずかと入ってくる三人の女の子達。全員Tシャツとショーパンのラフスタイルだけど、ビキニの水着がTシャツに透けていました。
「ちょっとあんた達…もう本当に…」
 騒ぎに驚いた雅美ちゃんが店内を見渡すけど、幸いお客さんは誰もいない様子。
 突然の事にあなたと幸子先生は呆然としてその様子をただ見ているだけ。恵理ちゃんも、
「ちょっと、僕今からここ出て行くんだけど」
 そう言って驚いて椅子から立ち上がり、皆をみつめつつ部屋の隅に向って後ずさり。
 そんな恵理ちゃんに三人は突進して部屋の隅に追い詰めます。
「ほら、これ!恵理ちゃん用にゆり先生が用意していた水着」
 一人の女の子が持っていたバッグから袋に入った新品の水着を取り出して恵理ちゃんの顔の前に。
「ちょっと、それ!」
「ほら可愛いじゃん。恵理みたいな優等生タイプの女の子はこれ付けると可愛いってゆり先生が選んでくれたんだよ」
 それは黒地に白の水玉模様の付いた、スカート付きのビキニでした。
「ほら、急いで!ちゃんと着て!」
「ちょっと待って!僕」
「次僕なんて言ったら絶交だかんね!」
 三人に襲われた恵理ちゃんは小さな悲鳴をあげながらも、たちまち裸にされ、水着のショーツをはかされ、大きく女性化して可愛くなったバストトップは水着のブラで覆われていきました。
「恵理、嫌がってない…」
 呆然とその様子を見ていた幸子先生の呟く声があなたにもはっきり聞こえました。とその時、
「あら、三宅先生、お久しぶりです」
 雅美さんのその声に、あなたと幸子先生は雷にでも打たれたかの様にびくっとして、部屋のドア付近に目をやりました。二言三言雅美さんと会話した後、ドアから顔を出したのは。
「ほら、恵理、用意出来た?ちゃんとその上から服着てさ。行くよ!」
 一瞬幸子先生の顔を睨みつけて、
(べーだ!)
 という顔して、三宅先生が恵理ちゃんに声をかけます。
「ほら、恵理!似合うじゃん!」
 女の子達は部屋の隅の姿見の前に恵理ちゃんを引っ張り出し、水着姿を見せました。
「髪こういう風に上げるともっと似合うと思う」
 そういいつつ一人の女の子が、手早く恵理ちゃんに彼女?の着ていたタンクトップを着せて、手早くシュシュで元通りポニーテールにまとめあげます。
「ほら恵理、スエット履いて」
 三宅先生の声にやっと恵理ちゃんが反論。
「あの、僕これから帰ろうとしてたのに…」
「帰るかどうか、今日女の子デビューしてから考えればいいでしょ!」
「あの、この格好で海行くんですか…」
「他にどうしろって言うのよ!いい?あの施設で女の子体験して、水着デビューなんてさ、男の子のあんたに何百万人に一人の貴重な体験させてあげんのよ!」
「でも、でも、あんな水着じゃ体に跡が付いちゃう…」
「日焼け止め用意してるし、付いても三ヶ月で消えるわよ!さっさとスエットパンツはいて外出なさい!」
 そそくさとパンツをはいた恵理ちゃんを三人のクラスメイトの女の子達が部屋の外に連れ出しました。
「ユリ婿が駐車場でワゴン用意してるから、先に乗ってなさい!」
「はーい!」
 そう答えた女の子?達は恵理ちゃんを引っ張る様に連れ出し部屋の外へ連れ出します。呆然とした様子で部屋に残ったあたしと幸子先生と、腕組みした三宅先生の間に少し沈黙の間が訪れました。
「どうゆうことよこれ!」
 最初に三宅先生が幸子先生を睨みつけて口火を切りました。
「もう少しで優秀な訓練生一人失う所だったわ」
 三宅先生の言葉に幸子先生がうなだれた様子で軽くうなづきました。
「あたしが五分で解決出来る事、あんた何時間も何やってんのよ!」
「…」
「あんたの言う学校とかなら、これくらいの強引な指導普通にやるでしょ!それに本当に出て行く気なら、こんな所でうだうだしてないわよ!」
 少しの沈黙の後、幸子先生が小声で口を開きます。
「あの、一人でも辞めたら所長解任て言ってたのに、助けてくれたんですか?」
「恵理が出て行ったのは、あたしと約束する前でしょ!関係ないわよ!」
 そう言って三宅先生はプイっと顔を幸子先生からそむけてドアの方を見ましす。そしてドアの方へ向って歩き、くるっと振り返って再び幸子先生を睨みつけした。
「次は容赦しないからね!」
 そう言って乱暴にドアを開け部屋から出て行く三宅先生。そして少し遅れて幸子先生もドアから駆け足で出て行きます。そしてあなたも部屋から出ようとして、ドア付近で見たのは、店の外で何度も三宅先生に頭を深く下げる幸子先生の姿でした。
「良かったわ、あなた達の説得がおかしくなった時に三宅先生に連絡しておいてさ」
 すっとあなたの横に来た雅美さんが、まだ三宅先生に頭を下げてる幸子先生をみながら独り言の様につぶやきました。

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