あたしたちは元気だよ

第二章 幸子先生の早乙女美咲研究所改造計画

何度言ったらわかるんしゅか!手のひら返す時はその指先を目線で追えって、何回言わせるんしゅか!」
 疲れた様に座ってい腰にオーバースカートを付けた四人のレオタード姿の女の子?達の前で一人先生らしき人に怒られている水色のレオタードの女の子。
 その子の後ろに回り、竹刀で器用にその子の足を広げながら手で決めのポーズを取らせ、
「いいっしゅか!手はここまで上げる!首は傾けないで横見る!足はこの角度!」
「は、はい…ありがとうございます」
 トレーナー姿の新任の如月ますみ先生に厳しく手取り足取り教えられ、その子は小声で答える。
「こらあ!返事はもっと大きい声で!ビンタされないだけましだと思っときなよ!あんた一人で十分中断してんだからね。ほらもうお昼休みだよ」
「はい!すいません!」
「女はごめんなさいって言えって言ったろ!」
「はっはい!ごめんなさい!」
 ピンクのレオタードに手にハリセンを持ち厳しく叱るもう一人のみけこと皆川慧子先生。芸能界でグループ解散後、芸名「MIKE」でソロ少しやった後引退。その後ゆり先生に誘われてここに来たみたい。

 あなたがそっと覗き見している横の部屋のちょっとした騒ぎを聞き、ゆり先生もあなたの横で部屋を覗いた後、美咲先生とゆり先生が顔を見合わせて同時に吹き出す。
「懐かしいわ、入所したときのゆっこちゃんにそっくり」
「あの子けっこう不器用だったもんね。で、今はここの所長か」
 二十人受け入れ後初めてここに来た三宅先生が、座っている他の女の子?達を見渡してちょっと口を尖らせる。
「いいなあ、入所して3ヶ月でワンピとかブルマ姿になれるなんて」
 笑いながらもちょっと悔しそうに呟くあなた。
「えー、今年からワンピの色自由にしたの?」
「そうよ。制服は今までと同じ白のシャツにチェックの水色のスカートだけど、下着は高校生らしいものであればデザインとか色とかは入所当事から自由よ」
「オーバースカートいるの?体の線見づらくない?」
「その辺は考えてあげてよ。男性機能はみんな既に停止してるけどさ、まだ下腹部は男の子とあんまり変わらないんだから。」
 いろいろ注文付ける三宅先生に、丁寧に答えてあげるゆり先生。
「いいなあー、あたしの時なんて上下ジャージでしたよ。一応女の子物だったけど」
 ゆり先生の顔を見ながら羨ましそうに呟くあなた。
「いいのかぁ?それで?」
「ここの所長はゆっこちゃんよ。あの子に全て任せてあるしさ。それに生徒達をあんまり縛るのも良くないかなって」
「あんたがそう言うならいいけどさ。あたしの作ってきたスタイル全部壊されるみたいで嫌だなあ…」
 そう言ってちょっとすねた表情見せる三宅先生の横で答えるゆり先生。と、元大塚先生が興味深げに部屋を覗き込む。
「へえ、あいつらもみんな元男か。そのまんま制服着せりゃ女で通りそうな奴ばっかだなあ」
 ちょっと鼻を伸ばしそうな旦那の手を肘でこずき、ゆり先生が話し出す。
「あの子達はD組。あれでもいわば一番問題有りそうな子ばかりよ。最もここ卒業する頃にはAもDも関係なくなってると思うけどね」
「ホルモン剤もかなり改良したしね。個人毎に成分変えてるし、女性化専用薬みたいになっちゃったからさ。今は投与すると一ヶ月で男性不妊、三ヶ月打つとどの子も胸は最低でもAになるし、バストトップは女に変るし、体は白くて柔らかくて丸み帯びるしね」
 独り言みたいに三宅先生が呟きました。

「じゃ最後、通しでやるよ」
 みけちゃんが立ち上がって音響設備のスイッチを入れる。他の女の子?達も立ち上がってみけちゃんの後ろに並ぶ。程なく軽快なダンスミュージックと共に激しく踊る元男の子達。
 この三分間のダンスはみけちゃんが考案したもので、女の子の日常茶飯事とか決めのポーズとかを百シーン以上詰め込んだものだけど、五人の元男の子達は、まあなんとかみけちゃんの動きに合わせて、疲れた表情でついていってる感じ。だけどどことなく楽しく体を動かしている様子でした。
 ますみちゃんとみけちゃんに叱られていた水色の子は、入所当事は黒縁メガネかけた典型的な勉強小僧みたいな子で、最初は3ヶ月の基礎訓練さえついていけるかどうかみんな心配したみたい。
 だけど、今のその子は少し伸びた髪をおかっぱスタイルに変え、黒縁メガネはピンクの細い女の子の眼鏡に変り、背中には、Aカップに膨らんで目立ち始めた胸を包むレオタード専用ブラの線が透け、柔らかい女の子の肉が全身に付いてきたらしく、薄いレオタードに包まれた体の線はピチッとした柔らかい線になりつつありました。
 足の曲線は既に男の子の名残は消え、オーバースカートの腰の線は早くもヒップと太ももに脂肪がまとわり付いたのか、小ぶりだけど丸く可愛いものに変っていました。

 その横のちょっと太めのオレンジのレオタードの子は、ますみちゃんの話だと、入所時八十キロ合った体重を三ヶ月で六十キロ台にまで落とし、ダンスレッスン中に何度も倒れ、その度にますみちゃんに頭からバケツで水をかけられた子だったけど、努力のせいで早くも顔はふっくらとした女の子顔に変り、脂肪は柔らかな女の子のそれに置き換わり、既にBカップまで膨らんだ胸を少し揺らしながら激しいダンスに付いていってます。
 他の三人の元男の子達も、目立ってきた胸の二つの膨らみをレオタードに包み、白いタイツで包まれたボリュームアップしてきた太ももとヒップを揺らしながら、汗びっしょりで女の子特訓を受けています。

「ほらここ!もっと腰振って!笑顔!可愛くVサイン!由美!あんたいつもここ表情硬い!」
 前の鏡を見ながら、みけちゃんがダンスしながら後ろの子達にいろいろ指導する姿がすごくかっこいい。
「もっとお尻振って!恥ずかしがらないで!でないといい男寄ってこないよ!あんた達もう男の子じゃないんだからさ!可愛い女の子になるんでしょ!」
 踊りながらのみけちゃんのその言葉に、何人かがちょっと恥ずかしそうな表情を浮かべる。
「弘子!照れるなって言ってるだろ!あんたの胸に出来た膨らみと丸くなったヒップは何よ!いいの!女はこういう仕草していいの!」
 ターンした後、両手を前に組んで笑顔で首を傾げ、片足を上げて両手を開いて、はーいのポーズ。流石に元男の子はこういう可愛い仕草が苦手かも。
 流石に横でいらいらしながら見ていたますみちゃんが竹刀を床に捨てて、紺色のレオタードに体を包まれた、弘子に名前を変えた弘明君の後ろに駆け寄り、後ろに弘明君の胸を掴んでバストトップの部分に指を当てて抱きしめました。
「キャッ」
 胸の刺激のせいか弘明君改め、弘子ちゃんは悲鳴をあげてがくっと足を崩して床にペタンと尻餅をついた。ますみちゃんは尚も弘子ちゃんのバストトップに指を当てながら意地悪そうに言います。
「弘明ちゃん。ここへ来てもう四ヶ月でしゅよね?もう男の体じゃなくなってきた事くらいわかりましゅよね?女のあちきが触ってもわかりましゅよ。そろそろ百八十度頭切り替えて弘子ちゃんになってくだしゃい!あと八ヶ月で女子高校生で通学するんしゅよ!一年後の今頃は高校で女の子の水着で授業受けるんしゅよ!今から女の子のダンス位でそんなに恥ずかしがってどうするんしゅか!」
「あ、あの、ごめんなさい…」
 ますみちゃんに襲われた弘子ちゃんが顔を赤らめながら謝るけど、ますみちゃんはまだ弘子ちゃんから離れません。
「このレッスン何の為にやってるかわかりましゅよね?咄嗟の時でも女の子の可愛い仕草が出来る様にする為に、弘子ちゃんの男の仕草とか反射神経とかを完全に女にする為なんでしゅよ!それと女子高校生になった弘子ちゃんを魅力有る高校のアイドル級の女の子にする為なんでしゅ。仕草がかっこいい女は男にも女にももてるんでしゅ!早くボーイフレンド作れる様に…」
 と弘子ちゃんがますみちゃんの言葉を遮ります。
「あの、先生、ボーイフレンド作って、そしてその後、キスとかしなきゃいけないんですよね…」
 弘子ちゃんがそう言った途端ますみちゃんの指先に力が入り、彼女?が変な悲鳴を上げ始めました。
「みんな!ほっときなさい!ダンスに集中して!」
 (またか…)という表情で踊りながら他の四人に注意するみけ先生でした。
 ますみちゃんは今度は自分の大きな胸を弘子ちゃんの背中に押し付け始めます。
「いずれ弘子ちゃんの胸もこのくらい大きくなりましゅ!ここの卒業生はみんな胸はDカップ位になるんでしゅから!そうなる頃には自然に弘子ちゃんも男の子に抱かれたくなりましゅ!」
 二人の行動を部屋のドア付近で尚も吹き出し笑いしてみていたゆり先生が、そろそろ頃合と見てますみちゃんを呼びました。
「なんだ、ゆり先生、いたんしゅか?意地悪いでしゅね!」
 弘子ちゃんを解放したますみちゃんが小走りにゆり先生の元に駆け寄る。
「あ、ひょっとしてあなたが○○ちゃんでしゆか?こんにちはおはつでしゅ!」
 あなたに握手の手を求め、しっかり握手するますみ先生。
「弘子!何してるの!レッスン続けなさい!」
 みけちゃんの声にダンスレッスンの続きを始める彼女?を横目にゆり先生がますみちゃんに話しかけます。
「あんた昔と変ってないわね?女の子の胸触るのそんなに好き?」
「何言ってるんしゅか!触ったのはゆっこしゃんとか元男の子の胸ばっかっしゅよ!」
「そうだったっけ?何て言ってたの?」
「別に何もないでしゅ。あんたはもう女だから男の時の事は忘れろって言っただけっしゅ」
 それを聞いて思わず噴出すあなた。ゆり先生と三宅先生も釣られて笑い出す横でますみちゃんがさらに続けます。
「弘子ちゃんも含めて、本当にの意味でまだ自分が女だって割り切ってないのが数名いましゅ。A組はさすがにいないけど、B組にもいるっしゅよ。そういう連中には早く女を自覚させないとだめっしゅ」
「どうやって?」
 三宅先生が笑いながら興味深げにますみちゃんに尋ねる。
「簡単しゅよ!後ろから抱き付いて胸触って説教してあげればいいだけっしゅ!」
 その言葉にゆり先生は大笑いし、三宅先生と元大塚先生が呆れた表情をします。
「大塚しぇんしぇー!そういう子は夜一緒に寝てあげればいいんでしゅ!」
「何バカ言ってんだお前は!全く昔からそういう…」
 尚も笑いながらゆり先生は何かいいたげな自分の旦那を手で制す。
「体が女に近くなってきたら必ず男の子に興味持つ様になるって。ゆっこちゃんなんてさ、本当に自分が女になったってわかったのは純とエッチした時なんだから」
「うそー!」
 ますみちゃんが思わず大声で叫ぶのも気にせず、ゆり先生が、部屋の中に向かって言う。
「弘子ちゃん、次のレッスンからそんな地味なワンピやめなさい」
 いきなりの日本支部長さんの声に、生徒達もみけちゃんもびっくりしてこちらを向く。
「ほら、前にみけ先生が着てたピンクで白のロゴが入った可愛いワンピとピンクのオーバースコート。あれあたしのだけど弘子ちゃんにあげるから、それ着てレッスンしなさい。日本支部長命令だから絶対よ」
「うわーいいなあ!弘子特別扱いじゃん!」
 みけちゃんが尚もレッスンコーチでダンスしながら意地悪そうに言います。
「ゆり…そんな甘やかせていいの?」
 三宅先生が困惑げにゆり先生に言う。
「いいじゃん、弘子ちゃんのためだし。それに鏡でそれ着てダンスしてる自分の姿みたら、少しは変るでしょうよ」
 納得いかないって顔つきの三宅先生に微笑み、今度は元大塚先生の方を向くゆり先生。「あなた、じゃなくて、えっと、早乙女、えっと、何て言えばいいんだっけ?」
「もうゆり!ここに居るときは大塚先生でいいよ!あなたとか、元大塚先生とか、男早乙女先生とか、ゆり婿とか、あたしもう頭おかしくなっちゃう!」
 相変わらずふくれっつらしてゆり先生に言う三宅先生。
「じやあ○○ちゃん。あと大塚先生、A組のトレーニング見ていかない?」
「あ、ああ」
 ゆり先生の誘いに、何かすごいものを見てしまったという感じで答える大塚先生でした。

 入所時の適正検査が優秀な子が集まるA組の五人は、全員中学生時代に何らかの形で女の子としての生活を一年以上送ってきた子ばかり。そして今ティーンエイジの女の子の喋り方と表情のトレーニング中。
 ビデオ機材とかが置いてある二階の視聴覚室みたいなところに、透明なついたてで仕切られた小さな五つの部屋にそれぞれパソコンが置いてあり、それぞれ鏡と小型カメラが付いています。
 モニターには何か喋っている女の子の映像が映っていて、ヘッドセットをしたA組の女の子?達はその表情と言葉、そして特にイントネーションを重視して真似して喋り、その後モニターに自分と映像の比較画面が出るという仕組みでした。
 おしとやかな子、けばい子、可愛い子、おとなしい子、それぞれ二百種類以上の女の子の会話サンプルが有る。それを作ったのはゆっこ先生の同期で通訳業を今もやってる美咲まいちゃん。
 卒業時はふっくらしていたまいちゃんも、今は黒のミニのスーツに身を包んだスレンダーな体になり、五人の女の子?達の表情と喋り方を時々指導しながら、部屋の中をゆっくりと歩いています。
「まいちゃーん」
 ゆり先生の声にまいちゃんが嬉しそうに笑いながらハイヒールの音と共に駆け寄り、ゆり先生と軽くハグ。
「まいさん、あたしです。覚えてます?」
「覚えてるよー!○○ちゃんのテニスデビュー旅行でOGで来たあたしとすごいラリーしたじゃん!」
 あなたの言葉にまいちゃんが嬉しそうに目を輝かせて、あなたとも軽くハグ。
「いつ作ったの?こんな部屋?」
「今年だよ。二十人も受け入れるって言われてさ、こういうので基礎トレさせないと、秋に受け持ってくれる講師の人にすっごい負担かかるからさ」
 あなたの横で自慢げに話すまいちゃんの横で、ゆり先生もちょっと中を見渡してあなたに話しかけます。
「元々はゆっこ所長の発案なんだけどさ。楽しくてそして早く女の子の会話をトレーニング出来る方法ないかって。他にもさ、厳しいだけじゃなくて楽しくトレーニングする方法無いかっていろいろ考えてるみたいよ」
「いいなあ、あたしの時なんてさ、すごく厳しくて怖かったもん」
 そう言いながらあなたはちらっと三宅先生の方を向くと、
「そうだったから今のあなたがそこにいるんでしょっ」
 そう言いつつ立って腕組みをしながらちょっと睨む様な表情で片足を壁で軽く蹴りつづける三宅先生。
「そうだ。ちょっとトレーニングの成果を確かめてみない?」
 そう言ってゆり先生はあなたを部屋の中に呼び、中のテーブルの横の椅子に座らせます。
「みんな、今日あなた達のOGの○○ちゃんが見学に来てくれたの。ちょっと会話してみてくれない?」
 その言葉に小さな歓声を上げ、小躍りしながら部屋から出てあなたの前にすっと並ぶ五人の元男の子達。
「こんにちわー」
「先輩こんにちわー」
 ちょっと恥ずかしそうに挨拶するその姿。声も仕草も雰囲気もごく普通の女の子。ブラウスの胸元もそれなりに膨らんでいる子もいる。
「○○ちゃん、ちょっとみんなと渋谷系女子高校生トークやってみて」
「えー、もうそんなの五年使ってないっすよー」
 ゆり先生の申し出にあなたはちょっと困惑したけど、すぐに口調は女子高校生時代に戻る。
「えー、渋谷系っすか、まじ得意っすよ!」
「外出おっけー出たら即行くみたいな」
 突然の口調の変化に瞬時に追いつくもはや女の子にしか見えない元男の子達。流石A組!。でも部屋の外では、
「あー、あたしの思い描いたスーパーレディーが崩れてく…」
 三宅先生一人が頭を振りながら、みてらんないという表情をしていました。

「どうだった、○○ちゃん、感想は?」
 五分間位のトークだったけど、終わった途端あなたは吹き出して大笑いしました。
「だって、だってさ、あまりにもマニュアル通りなんだもん!言葉も口調も!ラフな言葉のはずなのに硬いんだもん」
 それを聞いた五人の元男の子達はちょっと残念そうな顔つき。
「ううん、大丈夫。もっと言葉もイントネーションももっとと砕けていいの。女の子に混じって会話するとすぐわかると思うんだけど、女の子達の発音のイントネーションてもっと広くて複雑なんだから」
「えー、そうなんですかぁ」
 腰までのロングヘアの女の子?が悔しそうにあなたに言いました。
「女の子ってさ、ハミングだけで会話出来ちゃうんだから。大丈夫よ、女の子同士の会話に埋もれればすぐに自然になっちゃうから。あたしも女の子で高校に通ったら一ヶ月で慣れちゃったし」
「本当!」
 ロングヘアの女の子の目が輝きました。
「で、でもさ、このシステムはあくまで基礎演習なんだよ。終わったら実習で本物の女子高校生とかと会話させるし」
 横でまいちゃんがちょっと困惑顔で言う。
「えー、それならばっちしじゃん!絶対女子高校生の言葉マスターするのあたしの時より早いと思うよ!」
 あなたの言葉にまいちゃんが嬉しそうな顔をしました。

「あーもう、あたしお腹すいた!じゃ今日の昼食って残りのB組がやってんのよね!?」 部屋の外で三宅先生がわざと大声で言います。
「はい、今日はB組です」
「どこで作ってるの?」
「向かいの新棟の一階の調理実習室です」
 まいちゃんがにっこりして三宅先生に言う。
「あー、道理で三ヶ月ですっかり女になっちまうわけだ。なんか俺も腹減ったなあ。早々と飯にすっか。試食させてもらえるんだろ?」
 会話トレーニングの様子を信じられないといった雰囲気で眺めていた大塚先生が大きなあくびをして一階に下りようとした時、ゆり先生がちょっと困った顔で一緒に降りていこうとした三宅先生を止めました。
「あ、あのー、ミサ?」
 三宅先生に名前が変わってるのに、まだミサって呼ばれてるんだとあなたはちょっと吹き出しました。
「なによ、ゆり」
「あ、あのー、調理実習室には、その、あんたは行かない方がいいと思う…んだなー、あたしとしては」
 作り笑いを浮かべるゆり先生に、降りかけた階段をすたすたと上がって、三宅先生がゆり先生の前に立って腰に手を当てます。
「ゆり、あんたとは二十年近くの付き合いだけどさ、あんたがそう言ってあたしが一度でもためらった事あったっけ?」
「な、ないよねぇー」
 ゆり先生の顔が引きつった笑いに変わります。三宅先生も一瞬顔に薄ら笑いを浮かべた後、くるっと身を翻して猛ダッシュで階段を降り始めました。
「あ!ちょっと!ミサ!」
 慌てて追いかける様に後を追うゆり先生。それに遅れて元大塚先生とあなたも後を追いました。
 一足先に新棟の一階の入り口に入っていく三宅先生。そしてゆり先生とあなたもそこにたどり着いて立ち止まり、はあはあと息を切らせていたその時、
「もうやだあ!あたしもう耐えらんない!」
 そう叫びながら入り口のドアから飛び出してくる三宅先生。細身のメガネを指ではずしてハンカチで目をこすっている所を見ると、どうやら半泣き状態の様子。
「だから、行かない方がいいって言ったのに…」
 そう独り言みたいに言いながら、飛び出して来た三宅先生を抱きとめるゆり先生。でも三宅先生はゆり先生の手を振りほどき、体を震わせた。
「あんたがついてながら!何よあのザマは!」
 そう言うと、尚も半ベソをかきながら新・旧両棟の真ん中あたりまで歩き、体を震わせながら叫ぶ。
「こらあ!所長!幸子!出て来い!」
 その声に数人の生徒が、何が起きてるの?という感じで窓から顔を出した。流石にゆり先生も三宅先生の元へ駆け寄ります。
「何をそんなに怒ってるのよ。ゆっこちゃんは女の子トレーニングを厳しいけど楽しいものにしようっていろいろ考えてるんだからさ」
 そんなゆり先生の方に向き直って手を胸元でぎゅっと握り、訴える様に話す三宅先生。「だからってさ!メイド服は無いでしょ!しかもミニの!」
 三宅先生のその言葉に、
「うそぉ!」
 と声を上げて、さっき三宅先生が出てきた入り口に向かって駆け出すあなた。
 そして目の前の部屋の両開きのドアを開けて中を見渡すと、五人の女の子と、ここのOGであなたも女の子特訓の時にお世話になった指導役の朝霧優さんがキョトンとしてこちらを向いていた。
 三宅先生はメイド服と言ってたけど、それはメイド服の形をした黒いミニのウェイトレスの服にエプロンを付けたものでした。
「あ、あの、どうしたんですかぁ?」
 三ヶ月前までは男の子だったなんて思えない位美少女に変わってしまった一人の子が、そわそわした表情であなたに問いかけます。
「とうとうばれちゃったか…」

調理実習室の奥の方で朝霧さんが手を顔に当てる。
「あー、なんでもないよ、続けて」
 大塚先生がさりげなくそう言うと、B組五人の生徒達の顔にほっとした表情が浮かびます。
「大塚先生、それとOGの○○さんですよね。試食お願いしまーす」
 髪が伸びきってなくてまだ少年の顔だけど、透き通る頬にうっすらと少女の雰囲気を浮かべた一人の生徒が、すっかりアニメの女の子みたいになった声でサラダを持った器を手に持って駆け寄って来ます。
「あ、ああ、じゃ貰うよ」
 早くも雰囲気に慣れ始めたのか、そう言いながら素手でドレッシングのついたレタスを摘み上げた元大塚先生がそれを口に運ぶ。
「そうだよな、元男だって思わなきゃいいんだ」
 そう言いながらあなたの方を見て笑う大塚先生。
「あ、あたしは今はいい。ねえ、幸子先生は?」
 差し出されたサラダの器を手で止めて、あなたは少女になり始めたその男の子に聞きました。
「ゆっこ先生の部屋はこの上。今体育終わったC組の子の個人診察してると思います」
「そう、ありがと」
 そう言ってあなたは部屋を出て階段を上りはじめます。表では相変わらずゆり先生と三宅先生の声。
「…だーかーら、メイド服じゃ無いって言ってんじゃん」
「似た様なもんじゃんよ!なんで許しちやうの!」
「生徒二十人と先生の分まで作んなきゃいけないのよ。楽しい雰囲気で料理作らせないと、盛り付けとかでもアイデア浮かばないし、味とかもマニュアル通りになっちゃうし、変なの作られたらどうすんの」
「どうしてもメイド服にしたいんなら、本場のイギリスとかからでも取りよせりゃいいじゃん!」
「子供用で業務用のメイド服なんてどこに売ってんのよ。一応あれ本物のウェイトレス用だし」
「ミニは無いでしょ!」
「ミニはかせたらパンツ見せない様に仕草とかが女の子らしくなるって、あんたも昔言ってたじゃん!」
 言い争う二人の先生の声を聞きながら、あなたはまだ壁に塗られた塗料の臭いも新しい新棟の所長室に向かいました。

「あ、○○ちゃん?いいよ、入って」
 懐かしい幸子先生の声が聞こえてドアが開くと、もう一人お世話になった懐かしい人がドアの向こうで迎えてくれました。
「わあー!○○ちゃん!お久しぶり!」
 そう言うとあなたの手を取って小躍りするミニのピンクのナース服姿の女性。
「わあ、真琴さん!元気してた?ほら幸子先生の結婚式の時も会えなかったから寂しかったよ」
「ごめんねー、前日になって体調崩しちゃったからさー」
 あなたにとっては、真琴ちゃんと二人で仲良く服とかを買いに行った日がまるで昨日の様でした。
「ちょっとー、二人とも中入ってよ。今健診中なんだからさ。生徒達ももう男の子の体じゃなくなってきてるし、大塚先生とかもいるからさ」
 その声にあたりを見回してからドアを閉め、中に入るあなたと真琴ちゃん。
 と、なんと幸子先生は暑い中窓を開けて肩を露にした真っ白なサマードレス状態で椅子に座ってました。
 そしてその前にはさっき体育を終えたばかりなんだろうか、脱いだ体操着の上着を調度今着ようとしているブルマ姿の一人の多分C組の女?の子。
「あ、こんにちわー」
 と挨拶するその子の体操服の背中にはくっきりブラの線が浮き出ていました。
(早いなあ、あたしなんてブラ付けたの秋だったのに)
 胸の成長が遅くて、同期の中で一番最後にブラを付けた時の嬉しさを思い出したあなたは、羨ましそうにその子を眺めました。
「じゃ愛子ちやん。次の子呼んできて」
「う、うん。あの、健太君だよね?」
 健太君て、男の名前じゃない?え、どうして?
 さっきの愛子ちやんが真琴ちゃんとバイバイして部屋から出て行ったのを見届けた後、あなたは幸子先生の横に座って訳を聞きました。
「あ、健太君ね。あの子だけまだ女の子の名前決まってないんだ。他の子は入所前から決めてた子が殆どなんだけどさ」
 手元の診察資料を手早く纏めながらつぶやく幸子先生。
「早く名前決めてくれないとさ、トレーニングの時調子狂っちゃうってみけちゃんとかますみちゃんが言ってた」
 短いピンクのナース服の裾を摘みながら真琴ちやんもちょっと困惑顔。と程なくドアをノックする音がして健太君らしき子がドアから顔を覗かせます。
「あ、健太君。はーいこっち来て」
 幸子先生が手招きして呼ぶと、健太君がふらふらと入ってくる。体操服の上着を引っ張って履いているブルマを隠し、髪を片手で何気なく整える仕草。女の子になっていくと自然とこういう仕草が身についてくるのかも。
「何うかない顔してるのよ、さ、こっち来て上着脱いで」
 その声にちらっとあなたの方を見る健太君。
「大丈夫よ、ここのOGの○○ちゃん。今日遊びに来てくれたんだよ」
 幸子先生のその言葉に健太君はちょっと驚いた様子。
「え、こんな綺麗な方が?じゃ、あの…」
 じっと見つめる健太君に手を振りながら、ちょっと意地悪そうに言うあなた。
「そう、あたしもここに来るまでは男の子だったの」
 そう言って笑うあなたの前に座る健太君。
「じゃ、上着脱いでね」
 ちょっと恥じらいながら両手を上着の中に入れ、可愛く上着を脱ぐと、元男の子にしては白くて決め細やかな上半身が現れる。薄い黄色のはずのAカップのブラが白い肌に映えてくっきりした黄色に見えました。
「ブラも外すんですか?」
「うん、外して」
 すっと真琴ちゃんが健太君の横について、脱いだ上着を受け取り手早く手の上で畳む。後ろ手にブラのホックを外すとブラのカップが落ち、健太君の胸が現われた。
「わあ、可愛いじゃん」
 真琴ちゃんにブラを取られ、恥ずかしそうにうつむく健太君の苺色に変色したバストトップは既に小指の先位に大きくなってつんと尖り、乳輪は十円硬貨位の大きさに変形しています。
 膨らみ字体はまだまだAAカップなのが初々しい。そしてプラスチックの様な、何かの果物の様な臭いが微かにあなたの鼻に感じます。既に体臭の女性化も始まっている様子。「前より色白になったじゃん」
 真琴ちやんが片手でそっと膨らんだ胸を触ると、軽い吐息を吐く健太君。しかし幸子先生は特に気にすること無く慣れた手つきで膨らみ始めた胸に定規を何箇所か当て、手早くパソコンにデータを入力していく。
「今は個人ごとに薬の配合変えてるからさ、女の体になるの早いし。じゃ、ブルマ脱いで」
「え、ちょっと」
「大丈夫、あたししか見ないから。真琴、○○ちゃん。ちょっと遠慮してあげて」
 あなた達が健太君の後ろに下がり、紺のブルマを脱ぐ彼女の後姿を見ると、窓からの夏の日差しを受けて白く光る、女の子の肉が付き始めた体。
 ブルマから半分のぞいた彼女?のヒップには柔らかそうな脂肪がまとわりつきはじめ、でこぼこを埋めようとしていました。
「あの、あたし肩幅が大きくて…」
 退化し始めた男性自身を触診される間に健太君が独り言みたいにつぶやくと、
「大丈夫よ。健太君に卵巣と子宮埋め込んだら、体の骨組織が全部入れ替わるごとに少しずつ女の子サイズになってくからさ。肩幅は小さくなるし、骨盤は大きくなってくし。あたしも、真琴もそうだったし、そこにいる○○ちゃんだってさ。ね、そうだよね?」
 幸子先生の言葉に思わずうなづくあなた。実際性別が女性になった四年前に買った大きめの肩幅の服は今や全く肩のラインが不恰好になって、今着ているキャミのタンクトップも最初は大きな肩幅が目だって恥ずかしかったのに、今ではちょっといかり肩の女の子という感じでだんだん合う様になってきています。
「はい、じゃあ終わり。恵理ちゃん呼んできて」
 その言葉に健太君は白のショーツを上げてブルマをよいしょって感じで腰に引っ張り上げたけど、真琴ちゃんが差し出すブラを受け取らず、何か神妙な顔つきで幸子先生を見つめています。
「どうしたの?何かある?」
 幸子先生も不思議そうに健太君の顔を眺め、健診資料を纏める手が止まる。
「あの、先生…」
 健太君の声に皆の顔が彼女に釘付けになります。
「先生、あの、あたしに名前を…名づけ親に、なって欲しいんだけど」
「えー!」
 その言葉に皆が目を丸くする。
「そんな、みんな自分の女の子名ってすごく悩んだり楽しんだりして付けてるんだよ。どうして?決まらないの?」
 信じられないって感じで真琴ちゃんが話します。
「本当にあたしが付けていいの?」
「自分じゃわかんないもん。どう付けていいのか、自分に合ってるのか。昨日もさんざん悩んだけど、いろいろ考えたんだど、やっぱりわかんない」
 そう言って椅子に座りため息をつく健太君。恥ずかしいのか女に代わり始めた胸を両手で女の子らしくクロスしてもう一度ため息をついています。
 幸子先生はそんな健太君の体を暫く眺めた後、ゆっくりと口を開いた。
「わかった。それでなくともさ、健太君の体の十%はもう女の体に変わってるし、いつまでも健太じゃまずいもんね。じゃあ名前付けてあげる。でもその前に…」
 そう言いながら机の引き出しから、「早乙女美咲研究所 入所案内」と書かれたここのパンフレットを取り出してどこかのページを開き、健太君に見せました。
「知ってるわよね。ここの心得の事」
 深くうなづく健太君の両手を重ねてその上に両手を置き、幸子先生が続けます。
「じゃ、誓ってね。一つ、愛を忘れない女の子になれる?」
「あ、はい忘れません」
「一つ、友達を大切にする女の子になれる?」
「大事にします」
「一つ、どんな事になっても清楚な女の子でいられる?」
「はい」
「一つ、いつまでも可愛さを忘れない女の子になれる?」
「なります」
「最後、常に美麗を意識する女の子になれる?」
「綺麗な女の子に、なりたいです」
 しばしの儀式めいた言葉の後、幸子先生は手に少し力を入れました。
「じゃ、今日からあなたは…」
 幸子先生はぎゅっと健太君の手を握り締めてゆっくりと続けた。
「健太君、今日からあなたは美雪。美雪ちやん。雪みたいに美しく白い体になったあなたと、あたしの名前の幸を雪にしてかけて」
 その瞬間健太君改め美雪ちゃんの顔がぱっと明るくなる。
「美雪ちゃん。もう健太君だった時の事は忘れてね。愛と友達を大切にして、清楚で可愛く綺麗な女の子になる事。約束出来る?美雪ちゃん?」
「はっはい!約束します!この事絶対忘れません!」
 目を輝かせて幸子先生の手を握り返す美雪ちゃんの手にブラの紐を近づけてを通し、肩に付けてブラのホックを止める真琴ちやん。
「美雪ちゃん。いい名前じゃん…あたしなんて誠から真琴に漢字変わっただけだかんね」「真琴さん、ありがとう。あたしやっと名前決まった。今ブラ付けられて、やっと女の子になったって気がする」
 診察を受ける健太君とは別人みたいに元気になった美雪ちゃんが、嬉しそうにその上から体操着を着込んで椅子から立ち上がる。
「幸子先生!真琴さん!ありがとうございました!」
「あ、美雪ちゃん、恵理ちゃん呼んできて!」
「あ、はい!失礼しまーす!」 
 所長室のドアの前で深くおじぎをした後、たった今美雪ちゃんになったブルマ姿の元男の子が外に消えていきます。
「いいなあ、こんな雰囲気。あたしの時にはこんな事言えなかったなあ」
 ただ厳しいだけの女の子トレーニングを受けたあなたがしんみりして幸子先生に言う。「あのときはさ、疑問はあったけど三宅先生の指導方針に合わせ…」
 幸子先生がそう話している時、
「やばい!ゆっこ見つかった!」
 美雪ちゃんをドアまで送っていった真琴ちゃんが大慌てでドアを閉めます。そしてだんだん部屋に近づいてくる階段を駆け上がってくるハイヒールの音。
「三宅先生?」
「う、うん。さっきまで広場でゆり先生と口論してた」
「ごめん真琴!ドア閉めて!」
 真琴ちゃんが部屋に鍵をかけようとした瞬間、一歩早く三宅先生が眼鏡を片手で持ち、ハンカチで涙を拭きながら部屋に飛び込み、体を震わせて足をどたどたさせながら大声で叫ぶ。
「こらあ!幸子!あんたなんて事してくれんのよ!」

今にも掴みかかろうとする三宅先生の恐ろしい形相に幸子先生も椅子から立ち上がり二、三歩後ずさりします。
「あんた!ここ潰す気なの!なんでミニなのよ!何よそのちゃらけたサマードレスは!」 両手を胸元で震わせ、あらん限りの声で叫ぶ三宅先生。
「え、だって、あ、暑いもん…」
「所長がそんな事でどうすんのよ!」
「どうすんのって…」
 幸子先生は三宅先生を軽くあしらう様に立ってくるっと一回転すると、ドレスにはショーツとブラがうっすらと透け、窓から差し込む太陽の光が白のドレスに包まれた見事な女体を影絵の様に映し出しました。
「真琴?どっかおかしいっけ?」
「あ、ゆっこわかった!年齢相当の格好しろって事だ」
「真琴!ふざけんなてめー!」
 二人の答えに三宅先生が更に声を張り上げます。
「なんでミニなのよ!」
「ミニって、あたしのナース服?」
 三宅先生の言葉に今度は真琴ちゃんがしきりに自分の着ているピンクのナース服を体をよじって確かめるそぶりをします。
「あんたじやないわよ!生徒達よ!なんでミニのメイド服なんて格好させるの!まだ基礎教育終わったばっかしなのに!ワンピとか!ブルマとか!」
「あれメイド服じゃないよ。それにゆり先生がOKしてくれたもん!」
「あたしはOKした覚えないわよ!」
「だってさ、三宅先生年内は日本に帰らないって言ってたじゃん!」
 そう言って掴みかかろうとする三宅先生をするっとかわして、横の会議机の方に逃げる幸子先生。
「こら!幸子待ちなさい!」
 追ってくる三宅先生と会議机を挟んで暫く追いかけっこが始まります。
 あなたも真琴ちゃんもどうしていいかわからず、只呆然と幸子先生のデスク横に立ち尽くしていました。
「あたしがいなけりゃ何やってもいいのか!てめーは!」
「だって、三宅先生のやり方やってたら絶対落第者出るわよ!特にD組なんか一人もいなくなっちゃうじゃん!」
「本人のやる気を確かめる為のスパルタ教育だろ!」
「やる気の無い子はゆり先生が面接で落としてるわよ!ゆり先生を信じないの?」
 そう言われてぐっと詰まるけど、再び声を荒げる三宅先生。
「あたしたちは仲良し学校やってるんじゃないのよ!」
「いーじゃん!仲良し学校だってさ!!」
「な、何よあんた!」
「二十人も揃ったらもう研究施設じゃないもん!学校だもん!」
 三宅先生に劣らない位の大声で叫ぶ幸子先生にとうとう三宅先生もたじたじとなった様子。
 暫く睨みあった後、幸子先生は、なおも掴みかかろうとする三宅先生から視線をはずさず、いつの間にか手に持った書類ケースから器用に一式の書類を取り出します。
「これ!三宅先生に会ったら渡そうと思ってた資料!」
 そう言って幸子先生が机の上に乱暴に資料を投げ出すと、三宅先生も彼女から目をはずさず、手探りで資料を手に取り乱暴に手に取って読み始めました。
 久しく平和だった早乙女美咲研究所に振って沸いた騒動に、どうやら部屋の外には生徒達が集まりだした様子で、ひそひそと話し声が聞こえて来ます。暫く沈黙が続いた後、幸子先生が口火を切りました。
「どう?生徒達のカリキュラムの進捗率は?五人だった去年より、あたしの方針で二十人に増やした今年の方が高いのよ!」
 暫く資料を読んでいた三宅先生は、突然その資料を手でくるくると丸めて机をたたき出しました。
「そんな事!こんな資料だけじゃわかんないわよ!」
 半分泣き顔で訴える様に話す三宅先生でした。
「ここは、あたしの持ってる施設なのよ!」
「そんな事言うの反則じゃん!」
 とうとう息を切らせ始めた二人に再び沈黙が続きます。と今度は幸子先生が両手を前に組んで哀願する様に言いました。
「ねえ、三宅先生。お願いだから今年一年あたしの方針でやらせてよ。絶対一人も落第者出さないからさ…」
 両手を机についてがくっとうな垂れる三宅先生だったけど、きっと顔を上げて話を続けました。
「あんたのそのサマードレスは何よ!あんたがここに所長で来た時さ、真琴のピンクのミニのナース服さえ許さなかったでしょ!」
「…気が変わったの!厳しいけど楽しい場所にしようと思ってさ。それにさ、今年から八月の午後は自由時間にしたの。こんな暑い時に詰め込み詰め込みじゃ頭おかしくなっちゃうもん!」
 その言葉に再び怖い表情に変わった三宅先生が、机の上のティッシュペーパの箱を手に取って投げつけようとします。
「キャッ!」
 と短い悲鳴を上げて幸子先生が身構えるけど、その瞬間三宅先生は力が抜けた様に元通りにその箱を机の上に置きました。そして、
「わかったわよ!じゃあ、やってごらんなさいよ!その代わり一人でも落第者出したら所長解任だからね!」
 その言葉に幸子先生が何か言った様子だけど、その声は所長室の外に集まった生徒達の歓声にかき消さていきます。
 そして力無くふらふらとその場を立ち、部屋のドアへ向かっていく三宅先生。
「あの、三宅先生?」
 さっきまでと打って変わった猫撫で声で幸子先生が声をかけます。
「今度は何よ…」
 よろよろと歩きながら振り向きもせず三宅先生が力無く答える。
「あの、午後からフリーなんだ。あたしも免許取ったから、クルーザー、貸-しーてー」「勝手にすれば?」
 尚も元気無くよろよろと歩きながらドアへ向かう三宅先生。と、ドアの外が一瞬静かになり、一人の生徒が飛び込んできます。
 その様子に気づいた幸子先生がドアの見える所に行くと、飛び込んできたのは、さっきまで健太君だった美雪ちゃん?
「先生大変!」
「どうしたの?」
 走りこんできた美雪ちゃんを両手で受け止めて抱きかかえながら幸子先生が聞きます。「恵理が!恵理が出てった!」
「えー!いつ!?」
「たった今!さっきまで様子がおかしくてさ、幸子先生の所へ行こうよって言ったら、突然…」
 美雪ちゃんの声に部屋の内外が騒然となり、すぐに幸子先生はサマードレスのポケットから携帯を取り出しました。
「雅美ちゃん!ごめん!一人出てった!なんとしても捕まえて!」
 と、三宅先生が足を止め、こちらの方を振り向いて意地悪そうに言います。
「ふふふ、ゆっこちゃん。来年三月が楽しみだわぁ」
 三宅先生の言葉を無視して幸子先生が大急ぎでサマードレスの上からサマージャケットを羽織って、三宅先生の脇をすり抜けていきます。
「みんな!今日の健診は中止!昼ごはん食べたら部屋で大人しくしてて!真琴、そして、ごめん○○ちゃん、一緒に来て!」
 その言葉に幸子先生のあとを追うあなた。
(あーあ、なんかすごい一日になりそう)

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