元男の子だったあなたが早乙女美咲研究所に入所し、女の子に変わっていったのはもう四年も前の事。女の子の名前の高校卒業証書を貰い、今は女子短大に通いながら喫茶店でアルバイト中。そんなあなた宛に懐かしい幸子先生から手紙が届きました。
○○ちゃんへ
おひさー!元気してる?河合さんから聞いたよ。今喫茶店でバイトしてんだって?今度東京行ったらそっちに遊びに行くからさ、何かおごってね♪♪
○○ちゃんの場合さ、本当あんな普通の男の子だったのにさ、たった一年であんなに可愛い女子高校生になるなんて正直思わなかったよ。うわー、もしかして最初の落第生になるかもってすっごい心配したんだよ。
胸膨らむのも遅かったけどさ、秋頃に劇的に変化してさ、そうなってから別人みたいになっちゃったよね。本当良かった。
こっちは大変だよ。今まで毎年五人しか受け入れなかったのにさ、今年から二十人になっちゃったの。
それを機にさ、今までの美咲先生のやりかたを全部変えてあたし流にしたんだ。あたしの友達とかあたしと同期の卒業生の子にもいろいろ手伝ってもらってるとこなの。
ねえ、一度見に来ない?OG訪問てことでさ。生徒達に○○ちゃんの経験とか体験とか何か話してあげてよ。今あたし本当体型とかすっかり女になっちゃったからさ、あたしが元男だって言ってもみんな信用しなくなっちゃったというか、いくら話ても新鮮味が無いっていうか。だから卒業した子達の話ってすごく貴重だと思うから。
ね、お願い。待ってるから連絡頂戴ね!!
堀幸子
そんな手紙に引き寄せられる様にあなたが四年ぶりに早乙女美咲研究所に向かったのは、七月の終わりの暑い盛り。荷物をまとめ出かける準備をして、最後に部屋の中の姿見に体を映したあなたは、ちょっと考え込んだ後、地味な白いTシャツとスリムのジーンズを脱ぎ捨て、黄色い太陽と青い海を連想させる様に、胸元にフリルの入ったキャミソールと、ブルーシフォンのミニスカートに着替えなおし、ミュールをつっかけて部屋を出て行きます。
「こんな格好出来るのは年齢的に今回が最後かも」
と独り言を言いながら。
それは早乙女美咲研究所で3ヶ月の女の子の基礎トレが終わった後、服装がある程度自由に切り替わったとき、地味な物しか選ばなかったあなたにゆっこ幸子先生が選んでくれたものでした。
あなたの性格が明るく、そして女の子っぽくなっていったきっかけを作った衣装です。 それから全身の細胞が入れ替わるにつれ、あなたの骨格は次第に女の子のサイズに近づき、今では肩幅もすっかり小さくなり、ヒップも目立って大きくなっていきました。
携帯電話で幸子先生に連絡を入れたんだけど、聞こえてきたのは懐かしいゆり先生の声。
「今から行きます」
と連絡を入れた後、国道から美咲研究所へ行く小道の角に目印代わりに有るエブリマートにジュースを買いに入ったあなたは、やはり美咲研究所OGで店長の久保田雅美さんに挨拶。
「○○ちゃんじゃん!ひさしぶり!」
「久保田さんも変わんないね」
「こっちは大変よ。今年から二十人になったでしょ?脱走する子がいないか見張っててくれってゆっこ所長に言われてさぁ」
暫く会話した後に久保田さんと別れて舗装された小道を歩くあなた。やがてその道から緩やかな階段を上る研究所の近道に入ると、波音や海鳥の声。綺麗に手入れされた植木があなたを迎えてくれました。
そして遂に再開した懐かしい早乙女美咲研究所の正門。
「ただいま…」
独り言みたいにつぶやいた後、あなたは懐かしい匂いのするその施設の門をくぐって行きました。
新しくなっていたドアから中へ入ると、少しかび臭い懐かしい臭いと共に、キッチンにいるらしい早乙女先生と三宅(美咲)先生の懐かしい声。あなたの呼びかけに答えてキッチンから出てきたのは三宅先生。
「ああ、ごめん!今日○○ちゃんの来る日だったのよね。あたし昨日までアメリカにいたから全然忘れててた!ほら、ゆり、○○ちやん来てくれたよ!」
前見た時よりも少しやつれた顔の三宅の横で、さっき電話に出てくれたゆり先生がキッチンのドアから顔を見せました。
「○○ちゃん、ごめんごめん!今日の夜突然ここで例会が入ったんで夕食の準備で大慌てしててさ、ちょっと今手が離せないの。良かったらキッチンに入ってちょっと休憩しててよ」
相変わらず忙しい雰囲気にちょっとほっとして、あなたはキッチンの後ろのソファーに腰を下ろして、以前料理の特訓を受けたその部屋を眺めます。中では二人の先生が何か忙しそうにいろいろ喋りながら今日の夕食の準備をしている様子でした。
「こんなの生徒達にやらせりゃいいじゃん」
「だめよ、まだまだ修行足りないし、何作りだすかわかんないしさ」
[久しぶりに日本に帰ってきて疲れたあたしにいきなり包丁持たせるなんて、あんたもやる様になったわね」
「臨時とはいえ定期報告会の後の夕食会だから、変な物作れないじゃん」
「ゆっこ達の時は手伝わせたでしょ?」
「あの時はねぇ、少人数で英才教育だったしねぇ」
伊豆の美咲研究所の大きなキッチンで包丁を持つ手をふと止め、何かを思い出す様に顔を上向き加減にするゆり先生。今や教授にして早乙女美咲研究所日本支部の支部長さん。 そして彼女を見ながら面倒くさそうに大きな肉の塊をさばいている、アメリカ支部長の三宅あゆみ(旧姓美咲)さん。
「ああもう!うちじゃこんなの旦那の仕事なのにさ!所長はどこ行った!所長は!」
「ゆっこは今日午後の生徒達の検診の準備してるわよ」
「朝霧ちゃんは?」
「だめよ、今焼き物とシチューの準備の傍ら生徒達の調理実習中でさ、ここより大変なはずよ」
「あっそ!」
不満げに再び肉の処理を再開する三宅先生と、その様子を横目で見て笑いながら野菜を切るゆり先生。しばらく無言の作業は続く。と、再び三宅先生がゆり先生に問いかけます。
「ねえ、東京の早乙女クリニック、まだ残すの?」
「残すのって、あんたあそこは今でも重要な場所よ。患者さんの窓口にもなってるし、手術室もまだ使えるしさ。それにみんなあそこで女の子になって巣立って行ったんだし、生徒達にとっては思い出の場所よ」
「そうかぁ?手狭になったし、ボロくなったし、最近変なマスコミがずっと張ってるって聞いてるしさ。そろそろまるごとここに移したら?」
「だめよ!あたしにとっても思い出ある場所なんだから」
「そう、ゆりがそう言うならいいけどさ」
「でも改築はするかもよ。子宮移植が済むまでの生徒達の寮にするにはそろそろ手狭になってきてるし」
「今何人入ってるの?」
「二年目が四人、あとそれ以降で居心地がいいからって出て行かないのが二人」
「うわあ、もう一杯じゃん」
「そろそろクリニック自体の業務に支障きたしはじめてるからねぇ」
(よかった。あそこが壊されなくて…)
ほっと胸を撫で下ろすあなた。そして再びキッチンは二人の作業する物音以外聞こえなくなります。と、再び沈黙を破って三宅先生がゆり先生に話しかけた。
「あのさあ、ゆり。本当あの時から聞こうと思ってたんだけどさあ」
「もう!今度は何よ!」
さすがに今度はゆり先生も包丁を持つ手を止めて三宅先生の方を向く。
「いや、本当これだけは聞きたかったんだけど…」
ゆり先生の表情にちょっと躊躇った様子で三宅先生が続けます。
「なんであんな男と結婚したの?」
それを聞くやいなや、大声で笑い出すゆり先生。
「ちょっとゆり、包丁危ないって!」
「ああ、ごめんごめん」
尚も笑いながら手に持つ包丁を刻んだ野菜の横に置くゆり先生。
「だーってさぁ、今時あんな純情な人いないよ」
ゆり先生の表情にほっとする三宅先生。
「だってゆりには他にいい縁談一杯有ったんじゃないの?」
「見合いで何人か会ったけど、親子共々今一な人ばっかだったわよ。昔の事も有るしね」 そう言いながらゆり先生は左手の手首の傷をちらっと三宅先生に見せ、その手で薬指にはめた指輪をちらちらと三宅先生に見せました。
「二十万円位の4℃の普及品だけどさ。安月給の彼がこの為に1年好きな煙草と酒を辞めたそうよ。ちょっと感動するじゃない」
そう言いながら、ゆり先生はすっとキッチンを出て、廊下の窓から外を眺め始めます。
「クリスマスの夜食事に誘われてさ、あたしも仕事で予定入れてなかったし暇だったんで付き合ってあげたの。その後でさ」
窓の外を見ながら独り言の様につぶやくゆり先生の後に三宅先生が付きました。
「恵比寿のクリスマスイルミネーションの下でさ、大声で「結婚して下さい!」って、言われてさあ、これ渡されてさ」
「何それ?べたべたじゃん!」
ゆり先生の話にあきれ顔で思わず三宅先生が驚いた様に言う。そんな彼女に優しい微笑みを向けてゆり先生が続ける。
「あの人がね、あの人がよ、ぼろぼろ涙こぼして、黙ったままうつむいて、指輪の箱をあたしの胸元に差し出してさ、涙声で「お願いします!」ってさ。一世一代のプロポーズらしかったから、可愛そうだからOKしてあげたの」
ゆり先生の言葉に思わず三宅先生が一歩引く。
「あ、あんたの結婚感て、そんなもんだったの!?」
そんな三宅先生に再度微笑みかけた後、再び窓の外に向き直るゆり先生。
「大丈夫よ。長い間横で見てたけど、悪い人じゃないもん」
伊豆の美咲研究所は、幸子先生が所長として赴任してから後、日本での治療と研究の中心を担う場所に変わっていきました。
今までの建物の前には新しい棟が建てられ、そこは研究生用の宿舎施設、そして東京の早乙女クリニックが受け持ってた手術と治療用の設備が一部移されたのでした。
新旧両建物に挟まれた庭は整備されてちょっとした学校気分。
そして窓から外を眺める早乙女先生の目の前には五人の新しい研究生と一人の男の先生。体育の授業のラストらしく、整理運動しているブルマ姿の女の子達?は、ヒップがまだ未発達なのでブルマにはまだたるみが有るけど、白いシャツには全員ブラの線が透けている、今後を女の子で生きていく事を決心した男の子達。
そして口に笛を加えて指導している男の先生はどこかで見覚えの有る・・・
「はい終わり!解散!」
「ありがとうございました」
ボイストレーニング中で、低いけど一応女の子の声で挨拶する女の子達?は、訓練された女の子らしい足取りで新しい棟の更衣室に走っていく。それをちょっと首を傾げながら見送る男先生。と、旧棟の窓からゆり先生の声が響く。
「あなた!ちょっと手伝ってよ!」
その声に早足でキッチンの有る旧棟に行く男先生は、かって幸子先生とあなたが在籍していた高校の大塚先生。
最も今はゆり先生との結婚の唯一条件だった婿養子を受け入れ、早乙女先生になってるけど。
この前貰った結婚式の招待状見た時、声を上げて驚いた事をあなたは思い出し、ふと口元に笑顔が浮かびます。
「ほら、さっさと手伝え、ゆり婿!」
キッチンに入った大塚先生(現早乙女先生)に軽く蹴りを入れる三宅先生。
「おいおい、よしてくれよ、あなたぁとか蹴りとかゆり婿とかさ。生徒の目も有るしさ」 ちょっと困惑顔をするも、大塚先生は傍らのテーブルの上の皿の上から何かの鳥料理の一個をさっと取り上げ口に入れました。
「昼メシまだ?」
その声を聞いたゆり先生は軽く吹き出し、三宅先生は更に声を荒げる。
「こら!ゆり婿!あんた家じゃ旦那かもしれないけど、ここじゃ研修中の新人なんだからね!しかも研修初日からいい態度じゃん!ほんとに月夜眠といいあんたといい、なんで男ってそんながさつな…」
「え?月夜眠さんがどうしたの?」
「なんか神妙な声で国際電話で何か仕事くれって言ってきたから、あとにして!って電話切ってやったの」
他に何か言いたげな三宅先生を笑いながらゆり先生が手で制します。
「どうだった?生徒達は?」
元大塚先生はキッチンのテーブルに座り、自分でお茶を入れながら、首を傾げ、頭をかきながら話す。
「ていうかさ、何なんだ彼、いや彼女達か?顔はまだ男っぽいし、ブルマの前が膨らんでるし、声だってまだ野太さが残るけど、仕草とか言葉使いとかすっかり女になってるよ。ここへ来て確かまだ四ヶ月なんだろ?」
そう言うと元大塚先生は湯のみのお茶を一気に飲み干しました。そこでやっと元大塚先生はソファーに座ってるあなたに気がつきます。
「あれ、この綺麗な女の人は?」
「もうっ、この前話したでしょ!OG訪問してくれた○○ちゃん!あんたの元教え子じゃん」
あなたの足元から顔をすっと撫でる様な目線で話す元大塚先生に、ちょっと怒った口調で答えるフィアンセのゆり先生。
「え、じゃ君も、元は男の…体育の授業の時なんて全然わからなかった…」
「あんた、デリカシーってものがないの!?」
元大塚先生の無用心な言葉に美咲先生が手に包丁を持ったまま、ずかずかと元大塚先生の元に歩いて行き、大塚先生の足を軽く蹴りました。
再びキッチンの調理台に向かったゆり先生が、微笑みながらそんな旦那を横目で見ながら料理を続け、旦那に話しかけます。
「今年から優秀な先生達が一杯集まったからね。どう?あの子達を女子生徒として扱える?」
「ま、まあ、何とかなりそうだな。最初聞いた時は鳥肌立ったけどさ」
元大塚先生がもう一杯お茶を入れるのを横で見ていた三宅先生が、意地悪そうに話す。「あら、別にいてもらわなくてもいいのよ。夏休み中の研修だけで終わって頂いてもさあ」
そういって作り笑いを向ける彼女に元大塚先生が困惑顔。
「三宅先生、もう勘弁してくださいよ。ちゃんとやりますし、あと用務員と用心棒役もやりますから。学院の校長にも辞めるかもって話してきたし」
「あら、用心棒なんて変な言い方しないでくださる?生徒達のボディーガードと言って欲しいなあ」
初めて三宅先生が笑顔を見せた。
「最近変なマスコミが近寄ってきてるし、本当お願いね。あと、あの子達女性ホルモン投与のせいで体力が急激に衰えていくから、しっかりトレーニングして体力温存お願い。でないとダンスレッスンとかに支障きたすからさ」
自分の旦那が三宅先生にからかわれているのが面白いのか、笑いながらゆり先生が自分の旦那に注文つけました。
「まかしといてくださいよ、俺はこう見えても名門教育大卒だぜ。体育理論はばっちりだからさ。男女どっち取り入れていいのかわかんないけど」
そう言いつつ元大塚先生は椅子から立ち上がり、部屋の隅に立掛けてある竹刀を見つけて手に取り、軽く一振り。
「こういうの必要なんかね?女にはいらないんじゃないか?」
その様子を三宅先生が横目で見ながら軽く笑う。
「あんた用じゃないわよ。今年から来た新しい先生用」
「ああ、あの子達か。まさかこんな所で再会するなんてなあ…」
そういいつつ元大塚先生は、さっきからダンスミュージックが流れているキッチンの並びの部屋の方に目を向けました。
「あの、ちょっと覗いてもいいですか?」
「ええ、もちろんいいわよ。その為に来て頂いたんだから」
あなたの遠慮がちな言葉に、ゆり先生は快くOKしてくれました。