あの後午後四時。更衣室出ると女子にしか渡されないゲストコスプレイヤーのスカーフを貰って腕に着け、コスプレ会場のヨットハーバーに行こうとした時、既にホテル前で待ち構えていたカメラ小僧から浴びたフラッシュの嵐。
その後急ぎ足で会場に行く時、胸に始めて感じたDカップの重さ。皮下脂肪がついて柔らかくなった僕の胸に吸い付いたヌーブラが走る度縦横に揺れる。バランス取る為、腕の振りが大きくなり、時折バストトップに刺激が走り、声を出して走るのを止める僕。
ようやく夕焼けが迫ってきた、ライトアップされたヨットハーバーに集まった花火とコスの女の子目当ての人々。僕?達三人がそこに入り荷物を置く前から僕達に向かって焚かれるシャッター音とフラッシュの光。
ものすごく恥ずかしかった僕だけど、柴崎さんに促されて手荷物を置くや否や三人でマジックスリーのポーズを決めると、更に多くのシャッター音とフラッシュ。向こうから大急ぎで走ってくる人もいた。
「薫ちゃん!例の奴を」
例の奴って?と僕が戸惑っていると、
「あれだよ、パンチラ」
「えー!」
柴崎さんが耳打ちしてくれたけど、いきなりそんな…
「ごめんなさいね、この子コスプレ自体今日はじめてなんで」
といらない言葉を集まった人に言ってくれる。
「いいじゃん、見せパンなんだし、唯の布着れなんだしさ。水着と同じだよ」
今度は水村さんの耳打ちに、僕は目を瞑って、えいっとばかり軽くターン。
「見えなかった、もっかい!」
いくつかのシャッター音と共にギャラリーの誰かの声。なんだよそれ!なんで男ってそんなにエッチ…なんだよ。
覚悟決めて、目を瞑り、今度は練習した通り、天をあおいでくるっと一回転し、スカートがふわっとなるのを感じながら両手を大きく広げると、無数のシャッター音とフラッシュの光。
(うわあ、僕、注目されてる!)
なんだろ、このぞわぞわした感触。ヒーローじゃなくて、何かの映画のヒロインになったみたい。
それよか、この大きくなった胸。お尻にも肉ついて来たんだけど、ヌーブラとヒップの重みがはずみ車みたいで、すごく簡単に綺麗にターン出来る。なんだか、すごく、楽しい!
頭の中がぱっと明るくなって、あんなに恥ずかしかったのにギャラリーの視線がとっても気持ちよく感じる。その後、もう場所変えて三人で何度ポーズ取ったり、ターンしたりしたかもう覚えてない…。
突然誰かが僕の手を掴む。見ると女子更衣室で隣で隣だった春李ちゃんだった。
「京子(杏奈)ちゃん!こっちこっち!」
柴崎さんと水村さんと引き離され、いきなり手を引かれて連れていかれたのは、大勢のギャラリーの集まるちょっとしたステージみたいな場所。
「ごめん、この子もいい?」
そう言いつつ僕をステージ上に押し出す春李ちゃん。そこには十人位の可愛い女の子が既に待機していた。僕と同じ薫君のコスした子も二人。
「わあ、可愛いじゃん!」
「いいんじゃない?」
僕の姿を見て皆が可愛いを連呼。
「京子(杏奈)ていうの。今日コス初めてらしいよ」
僕の肩を抱いてまるでお姉さんみたいに皆に紹介する春李ちゃんだった。
「えー本当!」
「似合ってるじゃん!」
「なんかすごく可愛いし、初々しいじゃん!」
「はーい、じゃ京子ちゃん真ん中行こう!」
たちまち集まったコス衣装の女の子達の真ん中に座らされる僕。女の子達は容赦なくその柔らかい体や手を僕にくっつけてくる。もう真っ赤になる僕だった。
「京子ちゃん!恥ずかしがんないで!」
「選ばれたんだからさ!もっと笑って笑って!」
それはコスプレの女の子が自ら選ぶ、今日の美少女グループの撮影会だった。無数のシャッター音。薄暗くなってきた会場がフラッシュの光でまばゆく光る。その中にいる僕は笑顔は残したままだけど、もう呆然とギャラリーの方を眺めていた。
(僕が、美少女の一員に?柴崎さんとか、水村さんを差し置いて…)
ふとギャラリーを見ると、その二人がギャラリーの中にいて、笑いながら手を振っている。
(良かった。僕がこんなになったのをひがんで無い…)
そう思った時、
「はーい京子ちゃん、いくよ、せーの!」
別のマジックブルーとレッドのコスの女の子が僕の横に来て、決めポーズ。咄嗟にそれにあわせる僕」
「はい、次、例のパンチラターン」
「ほらっあたしの真似して」
僕と同年齢かそれ以上の女の子達はまるで保護者の様に僕に接してくれて、いろいろ世話を焼いてくれる。そんな女の子達の出すオーラみたいなのがどんどん僕の体の中に入っていく。僕の顔は次第に自然な女の子の笑顔が絶えず浮かび、女の子達の真似をしていくうちに仕草とか目線もだんだん。
有頂天になった僕は、以前杏奈になりきろうとして、鏡を見ながら覚えた彼女の可愛いポーズをいろいろ披露すると、僕を単独で写してくれるギャラリーも増えていく。そして夢の様な気分の中、たちまちコスプレイベントは終わる…
「杏奈ちゃん、何食べたい」
ふいに車のハンドルを握る柴崎さんの声。
「あ、サラダが、いいかな。あと、おさかな」
「へ?サラダ?お魚??」
僕の返事に素っ頓狂な声上げる柴崎さん。
「だって、僕さ、もっと綺麗で可愛くなりたいんだもん」
僕の言葉を聞いていた助手席の水村さんが思いっきり吹き出す。その横で残念そうな顔する柴崎さん。
「なんだよー、てっきりいつもみたいに肉食いたいって言うと思ったからさ、今日のご褒美の意味もあるし、とっておきのステーキ屋に連れて行こうとしてたのに」
「だってさ、お肉よりお魚がいいんでしょ?綺麗になる為にはさ」
「お肉、お魚、綺麗だと?」
僕の言葉を真似する柴崎さん。
「あーもう、こっちはあんたの監視とサポートでコスプレどころじゃなかったわ」
そう言ってハンドルをがたがたさせる柴崎さん。
「えー、でも花火の時はさ、あの春李ちゃんとか他の女の子に任せっきりだったじゃん。おかげでゆっくり花火見れたしさ。万一の事考えて杏奈さまの浴衣用意してきて良かったわあ」
「まさかあんなにあんたが上手く女の子達に溶け込むなんて思わなかったわよ」
「じゃあさ、あたしの知ってるシーフードレストラン行きましょうよ。次の信号右に曲がって戻ってくださいな」
運転席と助手席でいろいろ会話する柴崎さんと水村さん。相変わらず窓の外の街灯と街の灯りと漁港の灯を見つつ、そんな中ふと僕は別の事に気を取られていた。
「ねえ、さっきからかかってるこの曲何?」
「ああ、これ?古い曲だから知らないでしょ。○里っていうミュージシャンのバラード。本物の杏奈ちゃんも何故か好きだったみたいよ。名前も似てるしさ。へぇー、あんたがこんな曲に興味あるなんてね」
「ううん、なんとなく聞いててすごく心地いいの」
バラード調で流れる女の子の立場からの恋愛の曲を聞きつつ、海辺の道沿いに立つホテルのネオンをぼーっと眺めつつ、僕はコスプレの後の花火大会の事を思い浮かべる…
コスの女の子達とすっかり仲良くなった僕に水村さんが手渡してくれた薔薇柄のピンクの浴衣に赤い帯。車の中で僕が今着てるこれ。
女子更衣室で僕がそれを受け取るやいなや、浴衣に着替えているすっかりお友達になった春李ちゃんと他の女の子達が、浴衣なんて着たこと無いって言った僕に襲い掛かる。
水村さんから受け取った僕用の浴衣を手にしてかわいいじゃん!と歓声あげてた春李ちゃん。とにかく慣れない上に結構暑い中で着た薫君じゃない薫ちゃんのコス衣装。ともかく早く脱ぎたい。特に、このブラジャーって奴!苦しいし汗で気持ち悪いし。替えは持ってきてるから、早く…。
もう半ば疲れてたせいか、男だった時の感覚そのままでコスの上着を脱ぎ、さっさとブラを外すと、すっごい開放感!でもその時、
「パチッ」
と聞こえたスマホのシャッター音。と、
「きゃはっ、撮っちゃった撮っちゃった!京子ちゃんのおっぱい!」
あっ!てな感覚ですかさず両手で胸を隠す僕の前で女の子達全員が、僕の胸を撮った女の子の前に集まる。
「ほらっほらっほらっ」
「わー!可愛い!」
「可愛いじゃん!」
全員が悲鳴みたいにそう叫んだ後、撮った女の子が、
「ほらっ」
て感じで僕にその写真見せてくれる。それを見て
「あ…」
という感覚でため息をつく僕、
真っ白になった僕の体の胸にとぴゅっと出た円錐形の先にくっきりと赤黒く大きくなった二つのぽっち。小さいけどもうまぎれもなく女の子のそれだった。
「いいじゃん、女同士なんだからさ」
「あたしだって二年前これ位の時有ったんだからさ。ほらあたし今はCだよ」
まだブラとショーツ姿の女の子がわざわざ僕の近くに来て、ブラをめくって見せてくれた。
「だーいじょうぶだよ。あと二年したら京子ちゃんだってこうなるからさ」
「いいなあ…」
思わずそんな声が僕の口から漏れて、無意識にその子の胸をブラ越しに触ってしまう僕。
「えへへ、羨ましい?もっと触ってもいいよ」
そう言いつつ、嬉しそうな顔して元の場所へ戻って自分の浴衣に手をかける彼女。
(そっか、自分の方が勝ったと思ってるんだ)
以前スーパー銭湯での柴崎さんの言葉を思い出してふっと笑う僕だった。
女の子に変身途中で、まだ筋肉質な部分の残るショーツとブラ姿の僕を全く気にする事無く、春李ちゃん達かせ僕に女の子用の浴衣を巻きつけ始める。更衣室の中では同じ様に浴衣に着替えている女の子達が大勢。あの子達とおんなじ物着せられてると思うと何故かじーんとなる胸と股間。
下着姿の女の子達の大きなヒップと胸を見つつ、僕の体をあちこち触る春李ちゃん達の細くて冷たい指。その時初めて僕は彼女達に男として性的な感情ではなく、あんな風になりたい。可愛くなりたいと思った。
「じゃ、帯締めるよ」
そう言われて二人掛かりで僕の浴衣帯を締めると、胸とお腹にきゅっとした感覚。
(もう女に近くなったんだから、女らしくおしとやかにしなきゃ)
ってそんな風に言われてるみたいな感覚だった。
更に鏡の前でショートヘアの僕の髪は手早く纏め上げられてお団子を作られていく。
「これ余ってるから記念にあげる」
別の女の子からプレゼントされたかんざしがお団子に刺さる。みんな浴衣が始めてっていう女の子が浴衣姿になるとどんな風になるのか、それを楽しんでる感じだった。
「あ、ルージュもっと赤いの無いかな…」
「あ、じゃこれ使っていいよ」
さっき僕に胸を触らせた女の子、僕の持ってきた小さな化粧ポーチを横で探していたその子に、既に大人びた紺の縦じま模様に赤い帯巻いた柴崎さんが金色のルージュのケースを投げてよこす。
「はーい京子ちゃん。大人になろうぜー」
柴崎さんのルージュを僕の口に当て、
「あ、これラメ入ってる…」
とか独り言言いながらグロスと共に僕の口に塗ってくれる。なんだかすごくくすぐったい。そして、
「わあ!ほら京子ちゃん!みんなみんな!こんなに変わったよ!」
たちまち着替え中にも関わらず僕の前に集まる女の子達。そしてお決まりかどうかしらないけど、可愛いの言葉を連発してくれる。
「京子ちゃん。ほら!」
そう言っ春李ちゃんが傍らの手鏡僕の前に。それを見るやいなや、いつのまにかふっくらして赤く艶々になった僕の口元が微かに開く。
(わあ…)
鏡には、少しほっそりしているけど、去年浴衣姿になった生前の杏奈が映っていた。
「あ、もう少しマス入れた方が大人びるかも」
そう言いながら僕の目に丁寧にビューラーとマスカラを入れてくれる春李ちゃんだった。
「あ、ありがとうございます!本当にありがとう!」
そう言って僕は今度は見よう見真似だけど、まだ浴衣に着替えていない女の子達の着付けの手伝いしたり、帯を引っ張ったり…。そして、
「澪(水村)さーん、自縛霊(柴崎)さん、京子ちゃんお借りしますね」
「いいよ、持って帰っちゃって」
「もう帰ってくんな」
春李さんの言葉に水村さんと柴崎さんが答る。
手の指と足の爪に赤いマニキュアとペディキュアを塗り終えた丁度その時、花火大会の開始の合図の花火の音が聞こえた。
「あ、もう始まる」
春李ちゃん達女の子が出口に急ぐ。水村さんに用意してもらったピンクの巾着と荷物を持って僕も春李さんの後を追おうとした時、
「いやっ!」
思わず僕の口からそんな声が出てビニールシートの上に転んでしまう僕。女子更衣室の中で何人かの笑い声と、
「大丈夫?」
の声、そうだった。浴衣というか着物って僕の歩幅を大幅に制限するんだった。
コスプレした女の子達に特別に用意された特等席に座る女の子の浴衣姿の僕、すっかりお友達になった春李さんと他五人の女の子達と一緒に花火に夢中になる僕。男の時は花火なんて適当に見てたのに、今の僕ってなんなんだろ。
花火の細かい火の粉とか、色の変化とか形とかが、男だった時より数倍くっきり見えて、なんだか幻想的で、それみてはしゃぐ女の子達の声とか仕草とか、だんだん僕に写って来て、歓声の声が一ついや二つもオクターブが上がって…。だんだん彼女達のグループに溶け込んで、おなじ様になっていく僕。
特に女の子の達の真似しようとしたわけじゃないけど、彼女達に合わせないとなんだか仲間はずれにされそうな気がして。
花火が終わると彼女達と縁日まわり。皆で食べる綿飴とかチョコバナナとかりんご飴とか、男の時なんて食べる気もしなかったものが、とっても美味しい!ヨーヨー釣りとか金魚すくいとかとっても楽しい!いつのまにか飛び跳ねて手を叩いて笑うって事を体で覚えてしまう僕。
可愛い下駄の音させて歩く僕達に時折声かける男とか。今度はどんな男の人に声かけられるのかなって何故かどきどきしてしまう僕。
歩いてる時ももうずっと皆でわいわいいいながらお喋り。そんな中彼女達に吊られてだんだんお喋りになっていく僕。言葉遣いとかイントネーションがだんだん普通に女の子のそれに変わっていく僕。
美味しい物とかファッションとか、芸能音楽の話とか、男の話とかも…。
「京子ちゃん、いい人いるの?」
男の話になるとずっと黙っていた僕に、とうとう春李ちゃんから質問が来る。
「あたしー、いませんよー」
すっかり女言葉と可愛い声になった僕がそう答える。
「え、どんな彼が好きなの?」
「紹介したげよっか?」
もう頭の中ふわふわになって笑ってた事だけ覚えてる。
あっという間に柴崎さんとの待ち合わせの時間。最後に皆とライン交換して、名残惜しくて、勝手に涙が出てきて、お土産の一匹の金魚を手にして、何度も何度も振り返って…。
「どうすんの?その金魚?」
今日の思い出に一人ふける僕に、信号待ちの柴崎さんが声をかけてくる。
「名前…つけちゃった」
「なんて名前?」
「うきょー」
「…そう…」
しんみりとした様子になる柴崎さん。
「あのねー、庭の池に放してあげるの」
「う、うん、そうしなよ。ひとりぼっちよりその方が…いいよ」
すっかり女の子の言葉遣いになった僕にためらった様子で水村さんが相手してくれた。再びとろんとした目で車から見える夜の港町の灯りを眺める僕。車の中は相変わらず杏奈も好きだったというミュージシャンの曲が流れていた。
と、突然その歌声に別の声がオーバーラップしていく。やがてその声は僕のよく知ってる声に変わっていく。
(あ、杏奈!?)
僕の頭の中で、杏奈もその唄を歌っているのが聞こえてきた。
(よかった。杏奈、機嫌良かったんだ。杏奈になりかわった僕がこんなに楽しい思いをして、すねてるのかと)
楽しそうにそのバラード曲を口ずさむ杏奈の声。
その唄は、女の子が彼氏とドライブして浜辺に来て、エンジン止めてと彼に願う彼女。ほら、海に映る月がまるで南の海みたい。あなたと行きたい南の海。そしてこの車はハネムーンのシャトル…てな感じ。
(そっか、杏奈ってそんな事夢見てたのに、かなわないままあの世に行ったんだ。相手は…田柄さんか?)
ちょっと複雑な気分。冗談とはいえ、テニスのコーチしてくれた時、僕、田柄さんと…
「ちょっと、杏奈ちゃん。だめよ、浴衣のままで食事しちゃあ。慣れないから絶対に汚すから」
柴崎さんがちょっといらついた風に言う。どうやら目的のレストランが近づいてきたらしい。
「あ、じゃ席決まったら女子トイレで着替えてくださいな。ここのトイレすごく広くてパウダールームも綺麗ですから」
助手席の水村さんが後部シートに体をひねって僕に言う。
女子、女子、女、女か。そうだよね。お腹に女の子の生殖器までうめこまれちゃったし。胸も出てきてお尻も大きくなってきちゃったし。男性シンボルはもう見る影も無い位破壊されちゃったしね。でもこの日はある意味すごく僕にとって、意識が変わってしまった重大な日だった。
僕は女の子にされるんじゃなくて、女の子になるんだって思い始めた事。