エンゼルソードに花束を!

(20)エンゼルソード十七番目の新人

 いつしか俺はトランクス一枚、綾瀬はショーツとブラだけの姿。男だった綾瀬の体には指先にまでねっとりした女の肉がまとわりついていて、女独特の匂いが彼女を包みこんでいた。
「ブラ、外していいよ」
綾瀬の声にさっきからブラの上を愛撫していた俺は、初めて女性化した彼女の胸を真近で見ることになった。大きくなって黒ずんだ乳輪の真ん中に小指位に大きくなったバストトップ。なめらかになった胸板に小さいけどはっきりと綺麗なバストの丸みが浮かんでいた。
俺はそっと彼女のバストを両手で愛撫すると、目をつぶりかわいいよがり声を上げ始める綾瀬。
「お前、もう何人位とこういう事したんだ?」
「う、ううん、四人かな。エッチは出来ないけど、次はエッチしよってごまかした」
「んで、エッチしたのか?とうやって?まだ付いてるだろ?」
「あ、あのね、みんな次が来る前に死ぬかどっかいっちゃった」
そう綾瀬に言われて、俺はそっとショーツ越しに彼女?の股間を触るが、
「やめて!まだそこはだめ!」
ちょっと怒った様に言う綾瀬。だが、その綾瀬の股間に付いているはずの物はもう触った限りでは極めて小さくなっており、ショーツに押しつぶされたそこは、ぱっと見はふっくらした女性の股間とあまり変わらなくなっていた。
「こんなに可愛くなってさ」
「真田君も来年の今頃はこんな体になってるかもよ」
「まだ女になると決めたわけじゃねーよ!」
そう言った俺は覚悟を決め綾瀬の膨らんだバストトップを口に含む。
「あ、ああん!」
突然の綾瀬の悶え声に驚いて口を話すと、
「真田君…もっと…」
その言葉に俺はとうとう本気を出した。たまに行くソープにいる女の子にする事と同じ様に、胸に口を当て、抱き着いて荒々しく綾瀬の体を愛撫。
「あっあっあーん!」
普通に女の声を上げ、体をよじってつるつるでねっとりになった体を俺に押し付ける綾瀬。俺の頭の中からだんだん男時代の綾瀬の姿が消えて行くのがわかる。
急に綾瀬はぐっと起きて、今度は俺の体の上に乗る。
「真田くーん。いずれ男の人にこんな事する日が来るかもよ」
「うるせえ!今は考えたくない!」
「あ、じゃーあ、女になることに決めたんだ」
「だから考えたくないって」
「男騙すの楽しいよ。それに綺麗でかわいい恰好出来るしー、ちやほやしてもらえるしー」
ふとベッドの上で向かい合ったままの綾瀬の顔が真顔になる。
「僕ね、もうすぐ、あ・た・し・になるんだよ」
「どういう事だよ」
綾瀬の不思議な言葉に俺は不思議そうに綾瀬の顔を見る。
「四月のエンゼルの定期集会の後さ、僕赤ちゃん産める体にされるの」
「え、それってまさか…」
俺の言葉にふと顔を赤らめる綾瀬。
「僕の体に卵巣と子宮が移植されるの。そしたら、もう僕じゃなくてあたしになるの…」
そうか、綾瀬の体ってもうそこまで…。
「僕、真田クンといっしょになってさ、赤ちゃん産みたかったなあ!」
そう言っていきなり綾瀬は俺の体にむしゃぶりつく。つるつるでねっとり柔らかくなった綾瀬の体が容赦なく俺の体をくすぐりにかかり、俺はうれしい悲鳴を思わずあげてしまう。
「完全な女になったら真田クンとエッチしたかったけど、その頃はもう真田クンも女になり始めてる頃だよね。お互い頭の中も変わってるはずだから、そんな事したくないと思ってるかもよ」
「じゃあ、だめじゃん…」
「だったらさ、レズしよ?」
「なんだそりゃ?」
「えー、ここだけの話だけとさ、ピクシーにレズな女の子いるよ。それにさ、エンゼルの〇〇ちゃんも実はレズだよ」
「えーまじか!」
ふとその子の顔を浮かべて信じられないという顔をする。
「真田クンさ、もう女の子といけない遊び出来ないかもしれないから、今日しっかりやったげる。木暮中尉、あ、今大尉か。彼女直伝の男をめろめろにする気持ちいい事やったげる。あとさ、真田クンもいつかこういう事しなきゃいけない時が来るかもしれないから良く覚えとくんだよ」
そう言って綾瀬は俺の体にのしかかって、男の俺の感じる所全てを柔らかくなった体と手で愛撫し始める。当然俺の股間にある物にも。
見事な女体になってしまった俺の元相棒の遊戯に、恥ずかしいからと俺は絶対声を出さないと誓ったんだけど、五分も経たないうちに俺の誓いは破れてしまった。


数日後、俺は軍基地の中のピクシーアローの女の子達が詰める建物へ向かった。決心がついたら新任司令官の秋元大尉の元へ向かう様に言われていたからだ。あれからもいろいろ悩んだが、特殊部隊の仕事は好きだったし、綾瀬の事もあるし、まあ、別の見方をすれば女の子達に囲まれて仕事が出来るという下品な思いもあったかもしれない。
「真田少尉、入ります」
新任のピクシー部隊隊長秋元大尉の部屋をノックするが、どうやら中では秋元大尉が何やら電話中。といきなり扉が開き、
「どうぞー」
と黒と赤のツナギみたいなピクシーの制服を着た女の子が招き入れてくれた。
「…ええ、とにかく今のピクシーアローの女の子達の制服は地味すぎます。もう誰がデザインしたり決めたりしたのかは忘れましたけど…」
電話でそう言いつつ、やはり招き入れてくれた女の子達と同じピクシーアローの制服姿に、部隊長の印らしい赤い真新しいベレー帽を被った秋元大尉は、俺の顔を見るなりぐっと睨みつける。彼女と目をそらして部屋の中を見ると、揃いのエンゼルソードの制服を着た榛名中佐とのツーショットの写真とか、エンゼルスーツ姿の彼女の全身像を描いた油絵とかが飾ってあった。
俺が珍しそうに中を見ていると、
「これが部隊長のお気に入りなんですよ」
と招き入れた女の子言って指さした写真は、若い彼女がエンゼルに入る前、SWATの一員としてビルの屋上で狙撃銃を構えて狙いを定めている様子を望遠で撮った写真だった。へぇー、こんな初々しい時代が有ったんだと俺は秋元大尉の方へ向き直ったが、彼女はまだ電話応対しながらじっと俺を睨みつけていた。
「とにかく!制服のデザインは変更します。後でデザイナーとプラン持ってそちらに行きますので!一旦切ります!」
口調が荒々しくなり、俺をぐっと睨みつけたまま荒々しく固定電話の受話器を切る彼女。まだそんなのが現役とは、この部屋相当長い間使われていなかったのか。と、突然、
「言っとくけど、あたしは賛成した覚えはないからね!あんたがエンゼルに行くとか、その前に一時的にピクシー預かりになるとか!」
「あ、それは好都合です。あの、俺もエンゼル行くなんて、ちょっと無理があるかなと…准将殿に一緒に断りにまいりましょう」
「そうはいかないわよ!」
依然俺をぐっと睨みつけたまま彼女は席を立ち、ゆっくりと俺の方へ歩きながら話を続けた。
「周防准将殿はもう辞める覚悟だった私に特殊部隊に残る道を開いてくれた、いわば命の恩人なのよ!准将やそれに同意してくれた榛名中佐の命に逆らえるわけないでしょ!」
そう言いながら彼女は立っている俺の周りをぐるっと歩き始める。
「こうなったら、嫌でも殴ってでも、徹底的にしごいてあんたをエンゼルの美女にしてやるわ。言っとくけどさ、エンゼルの仕事は女スパイみたいなのが多いのよ。男を騙して手玉に取ったり」
「は、はい、存じております!」
「ターゲットの男にキスしたり、体触られてよがり声あげたり、体を許したりする覚悟あるの!?」
「あ、あの、はい頑張ります!」
そんな気なぞ露程もない癖に、おれは勢いでそう言ってしまった。
「ああそうかい。まあ、どこまでやれるか見てやるわ。覚えておきなさい!女だけのピクシー部隊だと思って舐めてたらひどい目にあうからね!」
「い、イエッサ!」
一刻の間俺の上司になる秋元大尉のすごい剣幕に、ちょっと恐怖を覚えながら敬礼する俺だった。
「ついてきなさい!」
「あ、どこへ…」
「つべこべ言ってんじゃねーよ!さっさとついてこい!」
(相当いらついてるなあ)
そう思いつつ俺はスタスタ歩く秋元大尉の後ろを足早についていった。着いた先は、なんと軍空港に駐機中のエンゼルソードの母艦のあのセイレーン・コール号。ここにはエンゼルソードの女の子達の第二の居住区がある。男子禁制のはずだし、俺も中に入るのは初めてだったが、軍所属の多目的母艦のはずなのに、中はシンプルながらも白とブルーのツートンで廊下や壁が装飾されており、所々に金色のアクセントが施されていた。
「木暮中尉…いや大尉、いる?」
そう言って秋元大尉はその部屋の一室をノックしていきなり入ると、中では丁度愛原少尉と矢吹少尉と、そして誰なのかチャイナ服姿の美女が一人、それが先だってのオペレーションの時は黒人に変装していた木暮中尉、もとい木暮大尉だって知って、ドア付近に立っていた俺はちょっとびっくりした。
「わー!秋元部隊長さーん、木暮大尉の副指令就任のお祝いに来てくれたんですか?」
「はいはい、新任副指令の大尉殿と新任部隊長さーん、ツーショットー!」
多分エンゼルやピクシーの女の子達からの贈り物だろうか、山と積まれた花束や贈り物のボックスや袋が積まれた部屋の隅にチャイナ服姿の木暮大尉と共に秋元大尉が連れていかれ、愛原少尉が通信機のカメラでパシャっと写真を撮る。
「あ、来週から中国でオペレーションあってさ、今日衣装とメイク合わせなんよ」
「秋元部隊長殿、ご就任、おめでとうございまーす!」
チャイナ服にお団子頭の中国娘に紛した木暮大尉と愛原・矢吹両少尉が揃って敬礼。こいつら、非番の日は本当どこにでもいる只の女子にすぎない。なかなか本題に進めなかった秋元大尉がやっと話始める。
「ありがとう。木暮大尉、がんばってね」
「はい!ありがとうございまーす」
「ところでさ、お願いがあるんだけど」
木暮大尉にそう言って一歩横へ移動すると、ようやくそこにいた俺に気づく木暮少尉達。
「あれ、真田少尉じゃん。この前はお疲れ様でーす。でもね、ここ男子禁制だよー」
そう言ってエンゼルスーツの胸元で笑顔で軽く手を振る矢吹少尉。
「真田少尉が、どうしたの?」
愛原少尉が不思議そうに俺を見つめる。
「あのさ、こいつを女にしてほしいのよ」
その言葉に、え?という顔して木暮大尉達三人はお互い向き合っていたが、やがて、
「あーっはははは!」
三人共大笑いを始める。ひとしきり笑った後、木暮大尉が口を開く。
「いいわよぉー、お安い御用よ。あたし達は世界一の特殊メイクの技術持ってるんだからさ。ねえ、いつ?どんな作戦?ターゲット誰?誰を騙すの?可愛い系?美人系?どれがいい?」
その横で愛原少尉が早速スケッチブックを開けてペンを片手に俺の顔を手早くスケッチし始めるが、
「うーん、がたい大きいし、できれば白人がいいなあ」
なんて言いながら俺とスケッチブックを交互に見始めてペンを走らせる。
「違うの、そんなんじゃないのよ」
「え?どういう事?」
秋元大尉の言葉に木暮中尉が不思議そうに答えた。
「こいつを、真田少尉を、綾瀬みたいにして欲しいの」
その秋元大尉の言葉に三人は一斉に凍り付いたみたいに動作がストップ。そして三人とも俺の顔をじっと凝視。その顔がだんだん引きつった笑顔になり、そしてほぼ三人同時に。
「はああああああぁぁぁぁぁ!?」
素っ頓狂な驚きの声の合唱が部屋に響いた。
「彼、女になってエンゼルに行くんだって」
「なんで!」
「綾瀬と波長の合うパートナーがいないの。栗原消えたし」
「いつそんなの決まったの!?」
「先日の辞令の後よ」
「聞いてないわよそんなの!」
「公表したらみんな反対するからじゃない?機密事項でもあったし」
木暮大尉以下、愛原・矢吹少尉が口々に不満の声を上げるが、
「決めたのは周防准将と榛名中佐よ!もう決まった事!」
それを聞いた木暮大尉は信じられないといった表情で横の椅子に座るが、
「じゃそういう事で、美奈子(愛原)ちゃん、絵里(矢吹)ちゃん、お願いアル」
「お願いって、こういうの一番詳しいの中尉…いや大尉殿じゃないですか。綾瀬ももうほぼ女になったし」
「あいやあ、あたしはほら、これから台湾アル、新任副司令官としてエンゼルまとめなきゃいけないアル、そんな暇ないアル。だから後はお願いアル」
「きったねーぇ!」
コミカルな偽中国言葉交えた木暮大尉の言葉に矢吹少尉が毒づいていた。
「おい!こら!エンゼルの新人!挨拶が無い!」
そう言って秋元大尉は俺を三人の前に押し出した。
「あ、あの、よろしくお願いします」
俺は恥ずかしくて小声でそう言うのがやっとだった。


俺の為の臨時の任命式はなんと勝手に一週間後に決められていた。衣類は用意するからと殆ど手ぶら状態で女の匂いの充満するピクシーアローの寮の一番出入口に近い部屋に放り込まれた俺。そして、
「やっぱりそうだよ!」
綾瀬の時と同じく、部屋には大柄のピクシーの女の子達が寄付してくれた大きめの女物の服、そしてショーツやブラやその他下着類が入ったダンボールが用意されていた。と、
「真田くーん」
おどけた顔で入ってきたのは、綾瀬だった。
「任命式までの間、あたしが教育係する事になったので、ちゃんとする様にぃー」
「うるせーな!誰のせいで俺がこんな目に遭ってると思ってるんだよ」
「あーら、だめですわ。女の子がそんな言葉使っちゃあ」
その言葉に、ダンボールとクローゼットしか無いがらんとした女子寮の部屋の中で、俺はがっくりと座り込む。とうとう俺の女としての生活が始まった。


俺の女性化教育は、まず女物の下着と服を付ける事から始まった。時折行った花街で女の下着がどんなのかは知っていたが、まさか自分が付ける事になるとは思わなかった。
綾瀬の手を借りてレースの付いたショーツを履き、そわっとした不思議な感覚と共に初めてブラを付け、パンストに足を通し、キャミソール、可愛い柄のTシヤツ、そしてデニムのスカートを履かされた俺。鏡を見ると完全に女装した男だった。
それから女文字の書き方から始まり、手足の癖の矯正、ボイストレーニング。怪しい薬を飲まされ、注射もされた。戦闘訓練は、あのブルースリーもマスターしたという詠春拳の習得から始まった。女の体になるにつれ、筋力が衰えていくのは避けられない。そこで女性でもマスター出来るこの拳法が戦闘時の基本になるらしい。但し、俺に求められたのは力だけではなく、相手の急所に当てる正確性だった。その訓練を、俺はなんとスカート姿でやらされる事に。聞けば、全般的に格闘は制服より私服の時に結構行われる為らしい。
そのトレーニングには綾瀬や、愛原、矢吹両少尉がかわるがわる付き合ってくれ、元々軍隊の格闘術をマスターしている俺には型自体は難しくはなかったが、的にして約一センチの急所を正確に狙うのはかなり困難を極めた。
最初は俺を遠巻きにしていたピクシーの女子寮の女の子達も、エンゼルの女の子達の誘いもあったのか、一人、また一人、顔なじみからお友達になり、夜にはわざわざ俺の部屋に集まってくれて、女なら知っておかねばいけないファッションや文化の基礎知識とかを教えてくれる様になった。
そして、たちまち任命式の前日を迎えた。


その日、俺は女物の下着に可愛いセータと初めて履いた女物の細見のストレッチジーンズに女物のコートを着込み、大きな女物のサングラスをかけ、ベレー帽を被り、軍の基地間定期巡回バスに乗り、真下技術少佐の研究室へ向かう。俺用エンゼルスーツが出来たらしいのでそれを受け取る為だった。部屋に真下技術少佐を尋ねると、俺の顔を見るなりいきなり机に顔を突っ伏した少佐殿が見えた。
(やっぱり、こんな俺の姿は見たくないんだろうか)
おっかなびっくりで少佐殿のデスクに近づくと、腕に顔をうずめている彼の肩が小刻みに揺れていた。
「あ、あの少佐殿…」
俺がそう話しかけた時、
「どぅわっはっはっはっは!」
いきなり顔を上げた少佐殿はどうやら笑っていた様だが、俺の声にもうこらえきれなくなったのだろうか、大声で笑い始めた。
(嫌われたんじゃなかったのか)
俺はほっとしたが、今度はまだ大声で笑い続けている彼に多少ムカついてきた。
「真下技術少佐殿!失礼じゃないですか!今の俺の姿を見て笑ったのは少佐殿が初めてですよ!」
それを聞いた少佐殿は大声で笑うのは辞めたが、まだひくひくと笑い声を我慢している様子。
「いや、すまんすまん。只、笑いをこらえるのは健康に良くないんでな」
「少佐殿!」
「わかってるわかってる。そこのダンボールに君専用スーツが入ってる。栗原中尉の分が余ったから、それをベースにして君の体型データを元に修正しておいたから持っていきたまえ。着る方法は他のエンゼルに聞いてくれ…、ぐわっははは!」
またもやこらえきれなくなり大声で笑いだす真下技術少佐。
「失礼します!」
俺は新しく覚えさせられた肘を横に突っ張らない女性型の敬礼をして、またもや机に突っ伏して笑い続ける真下技術少佐を背に部屋を出て行った。


同じ頃、特殊第四十二部隊、俺と鎌田と大村が一年世話になった部隊だが、そこの部隊長の木桜大尉が上位部隊の第四十一部隊のある建物の中で、そこの部隊長兼第四特殊部隊指令官の横田聡少佐と面会していた。特殊部隊に配属された若い士官はまず四十二部隊で基礎的な技能と体力を会得し、一年後に四十一部隊へ行くのが常であり、そこは実質特殊部隊の修行の場である。
そこで一定の成果を上げれば、海外に向いていれば第三部隊、日本国内であれば第二部隊へ転属となる。更に、そこでの功績が認められれば、周防准将が指令を務める少数精鋭の第一部隊に転属になるが、そこの奴らは頭脳と体力、技術力はもはや人間では無いともいわれている。
年老いた木桜大尉に比べ、横田少佐はまだ若く迷彩軍服に赤のベレー帽。特殊第二部隊を務めた後第四部隊の指令となった、いずれは第一部隊に行くのではないかと噂されるエリートでもあった。ソファーで木桜大尉と相対して座った横田少佐は、長々と老いた大尉の話を聞いていたがようやく口を開いた。
「結局あんたの所には新人四名来るはずが、一人男なのに女ばかりの九十一部隊に行って、それで鎌田ってのは四十二部隊に残す事になっていて、大村ってのが真下技術少佐に獲られ、残る真田ってのも男の癖にエンゼルに獲られてしまったと。よって今年の引き渡しはゼロという事か?」
「いや、横田指令、そういう訳なんで…」
「んなバカ話があるか!」
「そんな怒らんでくだせーよ、横田の旦那。全てはあっしの知らない世界でやられちまったんで」
「こっちは人手不足で期待してたんだぜ。せめて真田とかいうエリート一人でも来てくれるもんだと」
「へい、あっしの力不足もあったかと」
「九十一部隊のエンゼルソードって、極秘だけどまた大失態やらかしたそうじゃねーか?」
「いや、人質は救出できたらしいんですが」
「聞いてるぜ。トップシークレットらしいけど、中尉殿がスパイ容疑で拘束、海事担当の二人が殉職だろ?プラマイチャラだろこれ。そんな所にこともあろうに二人も獲られたのかよ。大体あのスパイ行為やらかした元中尉をなんで生かしておくんだよ。俺達は特殊部隊だぜ!甘すぎるんだよ。さっさとぶっ殺しちまえ」
「いや、だからあっしに言わんでくださいよ。それで提案なんですがね」
一呼吸おいて木桜大尉が続ける。
「周防准将からも話有ったんですが、海事担当を第四十一部隊にて今後行うって聞いてます?」
「ああ、その話か。俺にどうしろってんだよ、あの准将の親父」
「うちにも海に詳しい丹下っていう少尉がいるんでさあ。少々年食ってますがね。そいつを四十一部隊に転属させるって事でどうですかい?」
丹下少尉。確か以前俺達の砂漠での演習中、出番がなくて木桜大尉と将棋指してた人だ。じっと聞いていた横田少佐が困惑気味に話す。
「結局うちの仕事が増えるだけじゃねーかよ。まあ新しく人材探す手間ははぶけるな。わかった、その話、請ける」
「ありがとうごぜえます。丹下も喜びますわ」
若きエリート少佐の前で深々と頭を下げる老大尉であった。


いよいよ臨時のエンゼルソード集会の日。俺のエンゼル戴帽式の日でもあり、その会場の控室で初めて俺は真っ白にブルーのミニスカートのエンゼルスーツを着る事になった。一足先に壇上の天幕裏の、奄美まどか・ひみか姉妹の遺影にお祈りを捧げる俺。たくさんの花束が添えられた、多分撮ったのは鎌田か?あまり笑わなかった彼女達が笑顔で二人一緒に写った写真はかなり貴重な物だろう。
「多分これから集まってくるピクシーの女の子達の涙を誘うだろうな」
そう思いつつ、俺は綾瀬の手を借りて、とうとうスーツのアンダーウェアのブラとショーツを付ける事になった。
スーツを着る前、あの妙な薬を飲まされ、注射までされた俺の体に明らかに変化が出てるのに気づいていた。俺のバストトップは殆ど肌色で目立たなかったはずなのに、今形は変わらないが色は真っ赤に染まっていた。手の甲はなんとなく白くなり、それよりもいつもよりすべすべした感覚があり、良く見ると荒々しかった皮膚のしわが嘘みたいに細かくなっている。
「え、ああ、僕も最初そうだったよ」
聞き流す様に特に気にしない喋り方で俺に話しかけ、とうとう綾瀬は正座したままダンボールから袋に入った俺専用のエンゼルスーツを取り出し始めた。
ショーツは色はメタリックシルバーではあるけど、普通に女の子達が街中で履くショートパンツみたいな物だったが、中にインナーが付いていて、まだ男性自身がしっかり残っている俺にはすごく窮屈だった。そして次に専用ブラ…。
「俺ブラいらなくね?」
「だめだよ!ブラにもスーツのいろんな機能分散させてるんだからさ」
そう言いつつブラの背中のホックを付け、そしてそこに有った小さなボタンみたいなのを押すと、ショーツとプラがまるで気密性の服みたいに体に吸い付き、同時に俺の胸元には二つの膨らみが出来て、ショーツは横に膨らみ、ヒップはポワンとした感覚と共に大きく膨らみ、男性器の前の部分はパットみたいな物が膨らんで俺のそれを包み込んで目立たない様にしてくれた。
「え、何これ?真下技術少佐こんなの作ってくれたの?」
その様子に綾瀬がびっくりする。
「ちょっと真田クン!鏡見てみなよ」
「やだよ恥ずかしい」
「そう言わずにさ!」
鏡の前に無理やり立たされた俺は、自分の体型の変化に驚いて、目を見開き、口を半分位あけて凝視した。
エンゼルスーツのアンダーウェアに矯正された俺の体は、膨らんだ胸と女の子並みのボリュームアップした下半身のせいで、はっきりウエストがくびれた様になっていた。真下技術少佐はこんな俺の姿を想像して笑っていたのかもしれない。
体が女性体型になると、栗原元中尉の被っていたウイッグと同じ物を被った俺の顔は、鏡で見る限りどことなく女に見えない事もない…というレベルになった。その俺の姿は大昔何かで観た、宇宙を駆け巡る冒険活劇に出てくるペアの女の子の片方を俺に連想させる。そしてあの白とブルーのエンゼルのスーツにとうとう俺は包まれた。
「俺…なんか、かっこいいじゃん…」
「うん、いいんじゃない?」
鏡を見てそう言う俺の言葉に軽く答える綾瀬。とその時、奄美姉妹の遺影のある部屋から女の子達の大小のすすり泣きの声がお互い共鳴して大合唱になって聞こえてきた。
「おい、鎮魂歌歌う前だぜ」
「慕われていたというか、すごい可愛がられたよね。あの子達」
すすり泣きの合唱を聞いているうち、今まで葬式とかでも泣いた事なんか無い俺なのに、どういうわけか涙が目の奥から湧いて出てくる気がした。それを必死にこらえていると、奥からエンゼルやピクシーの女の子達の、亡くなった同志への鎮魂歌「主は冷たい土の中に」を歌いだした時、俺の目からなぜか何年振りかの涙が出てしまった。
横にいる綾瀬も何も言わず只目頭を押さえていたが、
「真田クン、泣いてるんだ」
と聞いてきたので、
「バカ!泣いてなんかいねーよ!」
気丈に言い切った俺だが、そんな俺を見ながら綾瀬が泣き顔のままにっこりして言う。
「真田クン、女の子になるの意外に早いかもね?」
ふざけんなと俺が言おうとした時、俺達のいる控室のドアを開け、榛名中佐がハンカチで目頭を押さえながら入ってくる。
「真田少尉、準備出来た?」
「あ、ええ、まあ…」
「あら、思った程悪くないわね」
榛名中佐はそう言って、俺の着ているエンゼルスーツの裾とかを指で修正してくれる。
「じゃあ、怖いけど、行きます」
そう言って部屋のドアへ行こうとした俺を
「ちょっと待ちなさい」
榛名中佐が呼び止めた。彼女は自分のポーチから、赤い口紅を取り出して手に持った。
「女の子になるんでしょ?」
そう言って榛名中佐は俺の唇にその唇を当てる。赤く染まっていく俺の唇。何か香料とグリスみたいな香りが俺の鼻をくすぐる。


「名前は美優、みゆ、でいいのね」
「はい、それでいいです」
美優というのは、俺の初恋の女の子の名前。名前決める時適当に選んだんだけど、なんとなくこれでいい様な気がする。
「じゃあ、真田美優ちゃん」
榛名中佐の呼びかけに、俺はまだ慣れてないのか、聞き流してしまう俺。
「真田美優少尉!」
俺ははっとして返事をした。
「じゃ、戴帽式に行くよ」
「イエッサ!」
俺はそう言って、覚えた女性式の敬礼を少佐殿に向けた。

おわり

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