エンゼルソードに花束を!

(18)さよなら可愛い人魚達

 人質救出は朗報だったが、奄美両少尉の殉職はエンゼル関係者にとって衝撃的だった。要人のSPに就いていた榛名中佐は、その知らせを聞いて重要な警護の公務中であるにも関わらず、通信機を片手に呆然と立ち尽くし暫く動けなかった。
本部であるエンゼルの母艦セイレン・コール号で作戦本部の席で仕切っていた秋元大尉は、一声悲鳴を上げて気を失った様に倒れ、エンゼルの下部組織であるピクシーアローの女の子達に介抱されていた。
真下技術少佐の研究室に戻った法橋少尉はショックのあまり整備中の機械を落として泣きじゃくり、その他人質の女の子達と一緒に相模湾に浮かぶ、女の子達の乗っている輸送艇を牽引しているボートいる俺達は全員うなだれ誰一人口を利く者はいなかった。
難破船の機関室で自分達を守ってくれた二人のエンゼルが亡くなったという事の重大さに、女の子達も輸送艇の中で泣きじゃくっていた。
やがて俺達は人質の女の子達の引き渡し先のホテルの有る港に入港。予め控えていたピクシーの女の子達に事務手続きを依頼し、俺達はそのホテルの大きな特別室へ入るが。ショックと疲れでおのおのベッドやソファーそして床の上で寝転がった。エンゼルの女の子達も何人かは泣き顔でぐすぐす言っている。
俺はルームオーダーでウィスキーを頼み、一人テーブル席で飲みながら、あの可愛い双子の人魚達の冥福を祈る。只、本当にあのプライベートジェットにユウ大人かせ乗っていたかどうか、確証が無いのが不安。
暫くたってから真下技術少佐の所にいたセイレン・コール号の整備兼サブパイロットの法橋少尉が俺達を迎えに来た。ホテル横の大きな航空機の駐機場に垂直着陸する、あの母艦の独特の人魚の歌声みたいな音が、今日の今に限っては物悲しく聞こえる。

エンゼルの中でただ一人、そんな事が起きているとはつゆ知らないアンジェラ・井上中尉はその頃もまだブラジル大使館の近くのVIP専用のクラブで大使殿と飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎ中。そこへ大使殿の側近が部屋に入ってくると、何やら大使殿に耳打ち。そして
「アンジェラ、ちょっと席外していいか?」
大使殿がそう言って部屋から出ていく。
「ナンヤ?ションベンカイナ?オーオー ハヨ戻ッテコーイ!」
すっかり酔っぱらった様子の井上中尉が赤ら顔で部屋から出ていく大使殿を見送る。とその時、部屋のドアからライフルを手にした軍人が二十人程飛び込み、井上中尉を取り囲む。彼らの隊長らしき男は先だって真下技術少佐を拘束した軍士官、そして兵士達は軍警備局の者だった。
「ナンヤナンヤ、物騒ナ。部屋マチゴウトルデ?」
ウィスキーのボトル片手に喋る井上中尉に、あの隊長らしき男が冷たく言い放つ。
「アンジェラ井上中尉殿、スパイ容疑で連行します!」
「エ?ナニ?スパイッテ?ウチガ?」
「榛名中佐からの命令です。中佐がお待ちかねです」
「チョー!チョー!待テヤ!ウチ、何モシテヘンワイ!」
「取り押さえろ!」
「コラ!ワレ!セクハラヤド!」
大阪弁喋る変な外人と言えど、相手は素手でも男の兵士五人はたやすく倒してしまうエンゼルの兵。警備局の兵士達は一斉に飛び掛かり、数人は殴られて怪我したものの、何とか拘束具で後ろ手に縛られ、軍警備局の車の後部座席に乗せられてしまう。
「榛名中佐から連絡が入っています」
後ろに同席した一人の兵士がそう言って通信機を渡すと、奪い取る様にそれを手にして叫びだすアンジェラ井上中尉。
「コラ!オバハン!ドーユーコッチャ!」
それに答える榛名中佐の声は怒りに震えているかの様。
「…何やってたの?」
「エ?ウチカ?ブラジルノ駐日大使ノ接待、イヤ護衛デンガナ」
「…なんで通信機の電源切ったの?」
「エ?ア、コレカイナ、イヤ、ソノ、任務ノ妨ゲニナルカト…」
「飲めや歌えやの任務か?」
「マ、マア、デモチャント護衛ヲ…ダカラ、スパイッテナンヤネン?」
のらりくらりと喋る井上中尉に、奄美姉妹の殉職のショックのせいもあるのか、榛名少尉の声が震えだす。
「今日、人質救出作戦有ったの知ってる?」
「アー、何カユートッタナー。デモウチオ呼ビヤナカッタシ。栗原カラモ、オ前来ルナッテ言ワレトッタシナア…」
「お前の上司は栗原じゃねーだろ!その栗原中尉が…、スパイ容疑で捕まった…」
「エ?アノ、アホガ?オーー!トウトウヤッテモータカ!オカシイ思タワ!ジャ、ウチシロヤナ?」
榛名中佐の声が震え始める。
「奄美まどか・ひみか両少尉が、殉職…」
「エーーーーー!」
そう叫んで一瞬呼吸停まったかに見えたが、暫くして
「マジカイ…」
うつむいてぼそっと呟く井上。
「イヤソノ、事前ニ言ウテクレタラナア、ウチカッテ…」
とその時彼女の持つ無線機からありったけの罵詈雑言。
「ウワ!ヒス(ヒステリー)起コシヨッタ、アノオバハン…」
無線機から耳と口を遠ざけ目をつぶってそう言う彼女。
「いい!今度勝手な事したら、あんたの日本刀とか全部没収の上、半年間謹慎で少尉に降格するからね!」
「イヤ、ソンナ、ウチニ当タラントイテーヤ!」
「やかましい!本部についたらこってり説教して始末書十枚位書かせてやるからな!周防准将にも同席してもらおうか!?」
「ア、ソレダケハヤメテ、アノオッサン、怒ッタラメチャ怖イシ…」
そう哀願する井上中尉を乗せ、警備局の車は高級クラブ前を走り出した。


奄美姉妹とプライベートジェットで海面に激突した敵のボス、ユウ。カイエンの遺体捜索は秘密裏に迅速に行われた。海底に沈んだ奄美少尉の遺体は殆どが魚に食われ白骨状態。  
ユウの遺体は見つからなかったが、サメの歯型の有る白いスーツの切れ端がみつかり、多分サメの夕飯になったのだろうと推測された。
遺体安置所では、白骨状態で誰も怖がって見ようとしなかった奄美姉妹の遺骨を一人鎌田少尉がじっと眺め、そして彼女達の頭蓋骨に自分の額を当て、大泣きしていた。
その後、殉職したエンゼル達の遺影のあるホールに二人の遺影が祀られたが、鎌田少尉はその前に座り、長い間すすり泣きを続けていた。

その翌日の夜、浜少尉の元にピクシーアローの女の子達から連絡が入った。なんでも鎌田少尉が昨日からずっと遺影の前に座って動かないらしい。
「気持ちはわかるけど、これじゃ埒があかないわ」
連絡してきてくれたピクシーアローの女の子達にありがとと挨拶をして、彼女は祭壇と遺影の有る部屋に向かった。


「鎌田少尉、いるの?」
そう言って浜少尉は祭壇の有る部屋の扉を開けた時、彼女は鎌田少尉の様子を見て思わず絶句する。
遺影を前に彼女から見て後ろ向きにあぐらをかいて座っている鎌田少尉の両脇に、二人の小柄なエンゼルスーツを着た女の子がやはり後ろ向きに座っている。
「あ、あの子達!?」
目をこすってもう一度見ると二人の子はすっと消えたかに見えた。
(疲れてるのかしらね)
そう言って浜少尉はゆっくりと鎌田少尉の横に立つ。彼はそのままの姿勢でどうやら眠っていた様子だが、浜少尉の気配にはっと目を覚ました。
「そろそろ戻りなさい。風邪ひくし、病気になっちやうよ」
浜少尉の言葉に、鎌田少尉は鼻をぐずらせながら答える。
「夢か…今よ、あの二人と一緒に海の防波堤に座っていたんだよ。二人とも元気な姿でよ、エンゼル辞めたら奄美大島に帰って、また青い海で海女やりたいってよ。がんばれよって俺が言って…」
「そう、あたしは信じるよ。だって今鎌田少尉の横にあの子達がいたんだよ。多分、非番の時によくしてくれたあんたに最後のお別れをしに来たんじゃない?」
もしかして二人の幽霊?浜少尉のその言葉を全く気にせず鎌田少尉が続ける。
「散骨…してやりたいんだ…奄美大島の海に…」
「ええ、いいんじゃない?あたしも付き合うよ。わがままで天然だったけど、私にとっては娘みたいな子だったしね」
「俺にとっても…俺結婚はしてねーけど…子供みたいな奴だった」
鼻をぐずらせながらそう言う鎌田少尉の横には空のコップと日本酒の瓶。そしてその空き瓶が数本転がっており、遺影の前には干からびた様なイチゴのショートケーキとチーズケーキが並べてあった。
「不思議なもんだよなあ…顔も声も、性格までそっくりだったのに、ケーキの好みだけ違ったんだよなあ…」
そう呟く鎌田少尉に、あのエネルギッシュな普段の彼の姿は全くみられなかった。それにこんなに泣き虫だなんて、浜少尉も意外だったに違いない。
「あたしも、一杯もらえるかしら?お酒」
浜少尉のその言葉に鎌田少尉は大きく体でうなづいた素振りを見せ、座ったまま彼女の方に向き直り、彼女の持つグラスに並々と一升瓶に入った酒をつぐが、たちまちコップ一杯になりそしてあふれ出した。
「ちょーっと!何やってんの!こぼれちゃったじゃないよ!」
「これは…あの子達と、俺の悔し涙だ。察してくれ!俺!もう涙が出ねーんだよ!」
そう言って鎌田少尉はようやく酒瓶を横に置いた。
「まどかちゃん、ひみかちゃん。見てますか?後で故郷に帰してあげるよ」
そう言って浜少尉は床にこぼれた酒を指でつついて、酒の入ったグラスに口を付ける。


それより少し前、真下技術少佐の研究室ではちょっとした騒動が起きていた。
「真下技術少佐!少佐殿!開けてください!機嫌なおしてくださーい!」
真下技術少佐の書斎兼研究室の扉の前では、引きつった作り笑顔の榛名中佐とあの時真下技術少佐を拘束した若き士官殿が立っていて大声で呼びかけていた。
「少佐殿!お願いですから!出てきてください!」
「真下技術少佐殿!知らなかった事とは言え、とんだご無礼を致しました。心よりお詫び申し上げます!」
榛名中佐の横で警備局の士官もずっとドアに向かって頭を下げつつお詫びの言葉を言う。あたりは研究室やピクシーアローの女の子達でまともや黒山のひとだかり。榛名中佐の横にはエンゼルの法橋少尉も控えていた。聞けばあのスパイ容疑が晴れた後も、真下技術少佐は自分の部屋にこもりきりで、外部からの連絡を一切受け付けていないらしい。
「少佐殿!お願いします!だって、だってね!少佐殿だって悪いんですよぉー!エンゼルの極秘暗号通信の解読器と受信機!あれほど処分してくださいって言ってるのに、まだ動いてるじゃないですかぁー!それに栗原元中尉に修理済みのエンゼルのスーツ渡さなかったでしょ?だから疑われたんですよーぉ!」
榛名中佐の哀願の声を横で聞いていた法橋少尉が彼女にご注進。
「だからぁ、エンゼルの通信事項は私が聞いて、必要とあらば真下技術少佐にお話ししてるって言ったのに…」
法橋少尉の言葉を無視して榛名中佐が続ける。
「あと、預けた私の銃の照準器の調整お願いしますぅー!あれ今日頂かないと検査不合格で、一か月後の次の検定まで、あたしあの銃使えないんですぅー!」
余程困惑してるのか、まるで子供の様な喋り口調で話す榛名中佐。と、
「うるせーなー、勝手な事ばかり言いやがって」
ようやくドアの向こうから真下技術少佐の声。
「や、やっと話してくれましたわ」
榛名中佐の声に真下技術少佐が答える。
「暗号解読器なんて、あんたに言われた時から使ってないぜ。それにもし俺が栗原にあのスーツ渡してたら、最悪あの機密が新日本帝国に渡りかねなかったんだぞ。それを逆に俺がスパイした証拠だなんてよ」
「で、ですから、ああいう事は事前に私に話してからにしてくださーい!」
もう半泣き状態で真下技術少佐に話す榛名中佐。といきなり部屋のドアが開いてようやく真下技術少佐が顔を出す。同時にあたりの野次馬達が一斉に一歩下がった。見ると彼はよそ行きのコートに旅行鞄を持っている様子。
「し、少佐殿、どちらへ…」
「暫くフィンランド州の温泉に行ってくる。それまでお前さんの仕事なんて絶対しねーからな」
「あ、あの、少佐殿―!」
廊下をエレベータの方へ歩いていく真下技術少佐を榛名中佐が慌てて追いかけた。と、真下技術少佐の部屋に何やら探知機みたいな物を持って入った法橋少尉から、榛名中佐のヘッドセットに連絡が入った。
「中佐殿!銃直ってますぅ!真下技術少佐の検印もあります。あと、あの暗号解読器なんですが、電源入ったままガラクタの山みたいな所に埋もれてるみたいですぅー!」
それを聞いた榛名中佐が今まさにエレベータに乗り込んで下へ行こうとしている真下技術少佐に作り笑顔で話しかけていた。
「し、少佐殿、あの、フィンランド行かれるなら軍用機でなく民間機のファースト用意いたしますので!ホテルもこちらでスイート用意しますから、機嫌直してくださーい!お願いしますぅー!」

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