難破船の船首付近では、俺と綾瀬少尉と浜少尉の三人が、船の後方から来る木暮中尉を待っていたが、
「リリーが乗り捨てたトレーラーの場所って結構遠いのよ。先に行ってる。車でもありゃいいんだけど」
浜少尉の言葉に、俺も何かいい獲物無いかと暗闇を凝視していると、遠くにヘッドライトらしき物が見えた。多分俺達の今いる所から見える道にやってくるだろう。
「あれ、頂いちゃおう!」
「え、誰が乗ってるか…」
「ここはユンとか言う奴のシマだよ。あいつの仲間が応援に来たに決まってるじゃん!」
俺の言葉に吐き捨てる様に浜少尉が言って、着ているコートの襟を正して道の真ん中に駆け出していく。
程なく車が見えて来る。浜のおばさんの言った通り、古ぼけた昔のオープン座席のハマーみたいな軍用車両に数人の男達が乗っていた。何人かは銃らしき物を抱えている。容姿から見て奴らの手下に間違いない。
「おばさん!危ないから下がって!」
「あんた達こそ下がってなさい!」
やがて車はクラクション鳴らしながら浜少尉の前で止まる。
「なんだ?どけ!ババア!」
「誰だおめぇ!轢き殺すぞ!」
車の運転席や後ろの荷台から男共がヤジを飛ばす。
「いい月夜じゃん。それにいい車じゃーん。ねえねえ、隣街まで送ってくんない?」
「なめとんのかババァ!」
ババァと言われるごとに浜少尉の口元が引きつっていくのがわかる。
「おい、あのハバァどかせろ」
とうとう運転席からも男が飛び出してきて浜少尉につかみかかろうとするのを巧みに逃げ回る彼女。
「実はねぇ、あたしさぁ、こーゆーもんなんたけど」
そう言うと浜少尉はさっと着ていたコートを脱ぎ捨てる。それに気を取られた男二人が悲鳴を上げて地面に転がる。先端が蛍の光みたいに輝くフェンシングの剣みたいなのを片手に持ったエンゼルの戦士が現れる。
「げ!ホワイトデビルのババァ!」
その言葉を聞いた浜少尉は大袈裟に両手を振って怒り始める。
「エンゼルソードだっつーの!なんでおめーら若造にまで悪魔だのババァだの言われなきゃなんねーんだよ!こっちの気持ちも考えてみろっつーんだよ!このバカヤロー!なんなんだよ!おめーら!ただじゃおかねーぞ!このタコ!マジでぶっ殺すぞ!」
さっきからおばさんとかババァとか言われてそうとうムカついてたのか、浜のおばさんの怒鳴り声と持つ高電圧仕込みのフェンシングサーベルの光が縦横無尽に輝き、男達の悲鳴が次々と上がる。さすが元国体フェンシングチャンピオン。わずか三十秒程で戦いというか、何度もサーベルで突き刺したり足で蹴ったり虐待に近かったが、男達全員がうめき声上げながら地面に転がっていた。
「今度あたしと会ったら、ちゃんとエンゼルのお姉さんと言えよ!バカ共!…、じゃ車取りに行ってくるからあとよろしくー」
そう言って浜少尉は何食わぬ顔で奪った軍用車の運転席に乗り、暗闇の中を来た道と反対方向へ走り去っていった。暫くその様子をあっけにとられて見ていた俺と綾瀬。
「で、どうするこいつら?」
まだ地面に転がってうめいている男達を見つつ、綾瀬が俺に言った。
「とりあえず、神経弾撃ち込んどけ」
その後、
「なんじゃこりゃあああ!」
リリー少尉が場所を教えてくれた、乗り捨ててあるトレーラー、元はジョーと綾瀬を誘い込んだバー。リリーの要請受けて、既にエンゼルの下部組織のピクシーアローの女の子達数人が瓦礫の山と化したトレーラーの中を掃除していたが、そう叫んで浜中尉はしばしその場に立ち尽くしていた。
「ええい!もう!貸しなさい!」
そう叫んで瓦礫とガラスだらけのトレーラーの中に入り、モップをピクシーアローの一人の女の子から奪い取って掃除を始めた。
「君が惚れた女がまさかホワイトデビルだったとは残念だったねえ」
船倉の一室では、顔が腫れあがり、服はぼろぼろ、手足があざだらけになって縛られているジョーに、先ほどの連光寺少尉の放ったガス弾のせいか、ハンカチで口を押えつつ、ユウ大人が最後の尋問をしていた。
「ああ、ニンニク臭ぇ、あのガス。どうだ?最後に仕返ししたいだろ?簡単な事だよ。私の部下で死ねる事を名誉に思いたまえ」
難破船の甲板と船尾で部下達とエンゼルソードの面々が戦闘状態の喧騒の中、そう言い捨てて尚もハンカチで口を押えつつ、難破船の中に作られたモニター室へ向かうユウ。
「白アリ何匹いる?」
そう言いつつモニター室へ入り、監視役の手下に問いかけつつモニターのスイッチをカチャカチャと切り替えるユウ。
「今甲板に三人、船尾の詰め所付近に二人確認していますが、あ!」
監視役の手下も別のモニタースイッチを切り替えつつ何かを発見した様子。
「船首の出入り口付近に影があります。暗視カメラなんでよくわかりませんが、遠方に二人白いのがいます」
「ほぉー…七人か。こんなつまらん事に大袈裟ですねぇ」
と、ユウの目がモニターにくぎ付けになる。
「おっとぉー、エンゼルの指揮官の中尉様じゃないの?確か黒人に化けてると聞いたけど」
しかし当然ながら彼はこの時点で、人質に化けて女の子達のいる船倉に潜り込んだ奄美まどか・ひみかの両少尉、そして輸送担当のリリー少尉と浜少尉には気づいていない。後、俺の存在も。ボートに乗った大村と鎌田は認識されてるのだろうか。
「手の空いてる奴を全員周辺に集めろ。あと、ジョーのいる船倉に通じる通路の鍵はあけておけ。目にもの見せてくれる」
多分船尾の近くのアジトを攻略中の愛原・矢吹両少尉の応戦の応援に駆け付けたのだろうか、船首付近にいる俺と綾瀬少尉と木暮中尉の背後に人の気配が消えた。と、
「中尉!もうあれ使うよ!いいでしょ!フォールンエンゼルなんだしぃ!」
木暮中尉と綾瀬少尉のヘッドセットから同時に矢吹少尉の声が聞こえて間もなく派手な爆発音が難破船の船首付近から聞こえてくる。多分爆薬に精通した矢吹少尉のグレネード弾だろう。俺は先程のバーでメイド姿の矢吹少尉を見てるので、彼女が爆薬撃ってる姿を想像して思わず吹き出した。
「行くよ!」
敵の注意が船尾の方に向いている今、木暮中尉の掛け声に俺達三人は奄美姉妹が連れ込まれた船首のドアに行こうとしたが、
「待って!」
急に木暮中尉が引き留める。
「あれ、監視カメラ…」
ドアの真上に大きく目立つそれが俺の暗視ゴーグル越にも見えた。
「破壊する?」
「…いかにもカメラでございって感じなんだよな」
「多分ダミーよ。本物はどこか別の所にあるはず…」
綾瀬と俺と木暮中尉でひそひそ話するが…。
「とにかく時間が無い、賭けよう!」
木暮中尉の言葉に俺達は砂浜をダッシュ。途中綾瀬が立ち止まって監視カメラを一撃で破壊しドアへ向かう俺達。
「ダミーだっつーのに、大した事ねーなあいつらも」
船首にあるクレーンの上に設置されていると思われる本物の監視カメラの映像を見ながら、相変わらずワインボトルを手にユウ大人はほくえそんでいた。
「鍵の操作はうまくいってるよな?」
「バッチリですぜ親分」
一応用心しながらも、俺と綾瀬と木暮中尉とで船首のドアに取り付くが鍵穴らしき物は無い。
「電子式か生体反応か…」
そう呟きドアの取っ手に綾瀬が手をかけると、あろう事かドアが動く。
「鍵かかってねーじゃん!」
そう言って冷たい金属の取っ手を引っ張ろうとする綾瀬を俺が止める。
「あぶねーよこれ…」
俺達三人は目配せをして戦闘態勢でドア横に張り付き、俺がドアを逆手で開けると、案の定中からけたたましい銃声が聞こえた。俺はすかさずドアの前に横っ飛びで腹ばいになり、暗視ゴーグルに映る手下の足に向けて何発か銃を撃ち込むと、敵の二人は短い悲鳴を上げて床に転がりしゃがんでいた敵の一人は肩を貫かれて壁にもたれかかる。木暮中尉と綾瀬が突入する間に倒れた奴以外は薄暗い照明の中狭い通路の中を走り、別のドアに逃げ込んだ。
「どう思う?」
「怪しいね…」
綾瀬少尉の言葉に木暮中尉が答えるが、
「虎穴に入らざれば…」
続けてそう言った彼女は手下達の消えたドアを蹴り開ける。瞬時に綾瀬が中を確認しつつ反対側に走るが、その時声にならない悲鳴を上げる彼女、いや彼。
「まさか!」
綾瀬はそう言うと薄暗い照明の灯った部屋の中をよく見る為に暗視ゴーグルをすっと上げた。そのまま何か喋って部屋に入ろうとする彼女?を間一髪で木暮中尉が口を押えそのまま後ろに引き下がらせた。
潮とカビの匂いの充満したLED電球の小さな薄暗い光に照らされた船倉の中央には、多分殴られたのであろう、顔を腫らして血だらけになったジョーが縛られて座らされている。
「よお…ルイじゃねーか…まさかおめぇがよぉ…ホワイトデビルだったなんてな…」
その言葉にはっとした表情の木暮中尉が綾瀬を押しのけて船倉に入った。
「やあ…あのバーのママさんか…あんたもホワイトデビルだったのか…」
ジョーのその言葉に木暮中尉が息を呑んで叫ぶ。
「ジョー!誰から綾瀬の事を…」
確かに綾瀬はゴーグルを上げて顔を晒したが、一目で綾瀬とはわからないはず。木暮中尉はいち早くそれを疑問に思ったらしい。
「さあな…」
吐き捨てる様にジョーは呟き、そして続ける。
「俺よぉ…今度のシノギが終わったら堅気になってよぉ…何でもいいからまともな仕事みつけてルイと一緒につつましく暮らしたいと思ってたんだよ。俺のささやかな夢だったのによ。裏切りやがって…」
そう言ってジョーはごほっと咳をして口から血を流す。
「離して!助けなきゃ!」
「バカ言わないで!」
部屋の中に入ろうとする綾瀬の肩を力一杯掴んで引き留める木暮中尉だった。
難破船のモニター室では、相変わらずワインボトル手にユウ大人がその様子を見守っている。
「ははは、そうだ、もっと近づけ近づけ」
その様子を見ていた若いユウの手下が問いかける。
「親分、なんでもっと威力のある奴にしなかったんですかい?」
「そりゃお前、折角手に入れた船壊したくねーだろ?それに万一商品の女、傷もんにしちゃもったいねーだろ」
そう言ってワインボトルから一口飲んで彼は続ける。
「奴らのあの白いおべべは装甲服同然だ。近くで爆発してジョーは死んでも奴らは生き残るかもな。人質にとれるぜ」
にやつきながらユウ大人は再びモニターに見入った。
「離して下さい!堅気になるって言った以上僕はジョーを助ける!」
「やめなさい!」
「エンゼルの使命は人名救助第一のはず!」
興奮した綾瀬の口から久々に僕という言葉を聞く。木暮中尉の手が緩み、綾瀬が部屋の中へ入ろうとした瞬間、
「ルイ!来るな!俺の体には爆弾がしかけてある!」
「な!」
ジョーの言葉に駆け出した綾瀬の手を木暮中尉と俺は間一髪で掴んでドア付近に引き戻した。
「ルイちゃんよぉ、これで俺堅気になれたぜ…はは、半分夢が叶ったな」
ジョーの言葉にその様子をモニターで見ていたユウは
「あのバカ野郎!」
そう叫んでワインボトルを床に叩きつけ、手にしたペンシル型の起爆スイッチを押した。俺達三人が船倉のドアから飛び出るのとジョーの体が爆発するのはほぼ同時だった。
「ジョー!」
「やめなさい!ジョーはもういない!」
肉の焦げた匂いと火薬の匂いで充満する部屋に尚も入ろうとする綾瀬を木暮中尉が強引に引き倒し、顔にピシャリと平手打ち。
「いいかげんにしろ!そんな事じゃ今後エンゼルでオペレーションやっていけないよ!」
足を横流しにして座り込み、泣きはらした顔で頬に片手を当てる綾瀬の姿から、もう元男だった面影はない。
「お前は見事任務を遂行したんだ。元男のお前がさ、男に一緒になろうとまで言わせたんだよ!立派じゃないか!」
男の自分に、たとえ敵であろうと女として恋人として認めてもらった相手が今命を落とした。綾瀬にとっては複雑な気分に違いない。そしてあの取り乱し様は綾瀬がまた女に近づいた証拠なんだろう。
「泣いてないで!まだ終わっちゃいないよ!」
木暮中尉が更にもう一発綾瀬に平手打ちをかませた。
「バカ野郎!なんでもっと強力な奴を仕込まなかった!」
「そ、そりゃないですぜ親分!」
「うるせー!口応えするな!」
そう言って、つい先ほどもっと強力な奴を仕込んだらどうかと言った若い手下をぶん殴るユウ大人。
「どいつもこいつも!使えねえ奴だ!」
かなり苛立った様子でそう怒鳴ったユウ大人は傍らの小銃を手にモニター室を出ていく。
ジョーのいた船倉のドアの前で木暮中尉が秋元大尉を暗号無線で呼び出していた。
「情報が…漏れているですって!?」
同じ頃、政府高官の警護で晩餐会の会場にいた秋元大尉は、ディナーのテーブルの横に座り込んで木暮中尉の連絡を受けていた。
「まさか…そんな事が…」
「おかしいんです。私達が海上から攻める事とか、ジョーに近づけた綾瀬がエンゼルだって事がばれてたんです」
「ちょっと待って…」
何事かと思って横に近づいてきた政府要人に重要事項だからと軽く会釈をして秋元大尉が続ける。
「まさかとは思うけど、一人心当たりがあるの」
今度はその人物の名を聞いた木暮中尉が
「まさか!」
と大声で秋元大尉に返事。
「とにかく、その件榛名中佐に連絡する。実はその人物であたしも不審な事を聞いてるの。事実ならすぐに手を打たなきゃ!エンゼルコール!エマージェンシー!今後の通信は新しい暗号回線で!」
通信を終えた木暮中尉が今度は浜少尉に連絡するが、
「聞いたよ!あり得ない!絶対あり得ない!だってさ…」
エンゼルの通信網は全隊員に聞こえているせいか、早速新しいチャネルで浜少尉の第一声が聞こえる。
「おばさん!女の子救出用のトレーラー早く!お願い!」
「やってるよ!そこら中瓦礫とガラスだらけでさ!あんなにめちゃくちゃにしたのあんただろっつーの!」