エンゼルソードに花束を!

(12)敵のアジトは難破船

 木暮中尉と愛原、矢吹両少尉と綾瀬と俺の五人は、防人岬付近にいる多分ユウの手下だと思われる奴らの警備網すれすれの反対側にある漁港の古い無人の灯台に潜り込んだ。俺は戦闘服、他の四人は既にエンゼルスーツに身を固めている。俺はともかく他の四人はよくあんな薄いスーツでこの冬の寒さに耐えられるもんだ。まあ、そういう仕様とは聞いているが。
窓の外からは防人岬に座礁している難破船が暗視ゴーグル越に見える。
「こうしてみると普通の難破した貨物船にしか見えないよねえ」
そう言いつつ、灯台の窓を少し開ける木暮中尉。とたんに冬の冷たい風と波風の音が灯台の中に飛び込んでくる。
「中尉殿、寒くないんですか?」
いきなり顔に当たる冷たい風を受けながら俺が言うけど、全く関知せず難破船の方を向いたままの木暮中尉。
「矢吹、監視衛星の以前と最近のここの写真見せて。何か変なのよ…」
「え?何がですか?」
返事する俺を無視する様に、携帯端末から二枚の画像を確認する木暮中尉。
「あ、そうですよね」
矢吹少尉が相槌をうつ。それは難破船を真上から観た昼間の画像だが、前の写真と違い、つい数日前に撮られた写真には、座礁した貨物船の海側になにやらシートが被せられた物体が無数に存在していた。
「これなんか明らかに機関砲じゃないですか?」
「それもそうだけど爆薬とか、ガソリンもあるみたいだね」
俺はぎょっとしてそう言う木暮中尉の顔を見て言う。
「なんでわかるんすか?」
「匂いだよ」
俺の驚いた顔を見ながら、黒人に変装した木暮中尉が初めて俺にうっすらと笑顔を浮かべてつづけた。
「あたしは元々はしがない美容師さ。だから匂いには敏感。火薬の匂いはすぐわかるし、漂ってくる揮発性の匂いは船から漏れてる重油じゃない。あきらかにガソリン。しかもジェット燃料に近い物さ。案外火炎放射器まであったりしてね」
そう言って彼女はエンゼルスーツのベルトから小型の通信機を取り上げ口に当てた。
「エマージェンシー!エンゼルコール!作戦変更!、霧雨、森井、連光寺は海上からの侵入をやめて空挺に切り替えポイント六九一三で待機!リリー!そこで三人をあのヘリで輸送し、難破船の真上で投下の事」
今回エンゼル総出かよと思いつつ、既に顔なじみの森井沙弥香以外の二人について聞いてみる俺。
連光寺少尉。まだ顔は合わせた事ないが、アンジェラ井上中尉とコンビ組んでるエンゼルらしい。アンジェラとは正反対で射撃の腕はエンゼル随一。連光寺の射撃の援護を受けながらアンジェラが日本刀を振り回すというとんでもない戦法だが、数々の武功を挙げたと綾瀬から聞いている。霧雨理恵少尉、やはりアンジェラ井上の部下だけど、なんとまだ続いている甲賀忍者の末裔らしい。なんでも二人とも上司の井上が今何故か行方不明なので、遊撃隊として待機していた所をこの作戦の助っ人として木暮中尉から応援の要請受けたらしい。
「森井って、栗原中尉の部下?」
ふと気になって木暮中尉に聞く俺。
「栗原は今動けないから、彼女も待機中さ。それに連光寺、霧雨、三人とも暗殺の名手。ツイてるわねぇ、よく揃って待機してくれたよ」
「俺達どうしますか?」
「もう少しで騒ぎが起きるから、それに乗じて陸路で向かうとすっか」
真下技術少佐は化け物扱いしていたが、比較的指揮官としてはまともな木暮中尉に、なんとなく好感を持ち始めた俺。


「私のスーツが何故今全く準備出来てないんですか!」
「仕方ねーだろ!お前さんが手荒に扱うから、こちとら修理に時間かかってんだよ!予備のスーツまでオシャカにしやがって」
その頃、以前より更に書類や試作品でごった返してる真下技術少佐の書斎兼研究所では、ジーパンにセーター姿の栗原中尉と真下技術少佐のどなり合う声が聞こえていた。
「それだけ命かけてんだよこっちは!いつ出来るんですか!」
「まあ、早くても明後日かな」
「間に合わないでしょ!今日の夜にも人質が連れていかれるのよ!あの…アンジェラ…も、また単独行動か何かで行方不明だし!」
「だからお前んとこの木暮中尉が指揮してんじゃねーか!」
今にもつかみかかろうとする栗原中尉に普段温厚な真下技術少佐も負けずに怒鳴り返す。
「前にも予備にもう一着作れって言ったじゃないですか!」
「そうはいかねえ」
「何故ですの!?」
「榛名中佐の命令だよ」
中佐の名前を出されて何か怒鳴ろうとした栗原中尉がぐっと唇をかみしめた。
「どうせ今だって秋元大尉か榛名中佐にねじ込んで断られたんだろ?」
何も言わずに唇をかみしめながら真下技術少佐の前の机を拳で叩く栗原中尉。どうやら図星だったらしい。
「これ以上お前さんに危ない事して欲しくない親心ってもんだよ。それにお前さん、闘いを楽しんでるだろ」
そう言いつつ机の引き出しを開けてなにやら探しながら真下技術少佐が続ける。
「今回は人質の命優先だ。お前さんとか井上が行ったらまた無茶やらかすんじゃないかと俺も心配してんだよ」
程なく封筒一通を引き出しから見つけて、それをポンと栗原中尉の前に投げ出す。「フィンランド州にいい温泉がある。それやるから数日温泉浸かって休養して、んで頭冷やしてこい」
「結構ですわ!」
そう言い捨て、ぷいっと少佐に背を向け、挨拶も敬礼も無しに部屋から出ていく栗原中尉。と、ドア付近で今入ろうとしていた俺の同期の大村少尉と鉢合わせ。
「おどきなさい!」
栗原中尉の言葉に思わず道をゆずり、すたすた歩いていく彼女の後姿をしばし眺める大村少尉だったが、
「やけに彼女荒れてますね?なんか有ったんすか?」
そう言う大村少尉を無言でにやにやしながら手招きする真下技術少佐。
大村は間違いなく幹部候補生だが、戦略戦術より技術向の可能性があるので、いま真下技術少佐の所で修行中らしい。
「お前さあ、栗原に惚れてるんだって?」
手招きして大切な話かと思ったらいきなりこの調子で大村少尉も少し面食らう。
「好きですねえそういう話、少佐殿」
この少佐殿はこれだから、あのエンゼルで一番世間話好きの世話焼きの浜夕日少尉と気が合うのかもしれない。ただ、大村は堅物で真っ正直な奴。
「自分が弱い男なので、ああいう強い女性に惚れているだけであります!」
きりっと直立姿勢を取り直してそう喋る大村少尉に大笑いする真下技術少佐。そして、
「自分を冷静に見つめるその姿勢は大切だ。だが、あの女だけはやめといた方がいいぞ」にやにやしながらそう言った後、席の後ろに無造作に積まれた大きなダンボール箱の一つを取り出し、大村少尉の前で開封。出てきたのは修理に数日かかると言っていた栗原少尉のエンゼルスーツの入った大きなジュラルミンのスーツケース。
「これ、栗原のだ。お前さんのとこで暫く隠しとけ?」
「あれ。まさか彼女、これを取りに来たんじゃ…」
「だめだめ、今あいつにこれ渡す訳にはいかない。人質全員救出が最優先のこの任務で、何しでかすかわからんからなあ、あいつは」
「あの、自分でいいんですか?彼女に渡しちまうかもしれませんよ」
「お前さんはそんな事しねーよ。彼女の身を案じてるんだろ?」
スーツケースを机脇からごろごろと転がして大村少尉に受け取らせながら、真下技術少佐が続ける。
「それに奴は一度ここに忍び込んだ事がわかってる。どっから入ったかしらねーけど、多分俺が作った試作品のあの火炎弾と濃硫酸弾がまだ残ってると思ったんだろうな。ははは、俺はそんなのこんな所に隠しておく間抜けじゃねーよ。ところでな」
ようやく本題に入る真下技術少佐。
「木暮中尉から連絡が入った。海からの侵入は困難らしい。助っ人頼んだ上で申しわけないが」
「あ、自分も法橋(ほうきょう)少尉から聞きました。やめましょう海は」
「いや、それなんだが…」
また新しいエンゼルのメンバーの名前が出てきた。法橋少尉、俺も話だけは聞いているが、エンゼルでのメカニック担当で、部隊母艦のセイレーン・コール号の整備兼サブパイロットだそうだ。業務上真下技術少佐の研究所にいる事が多い。
軍高官の娘で黒髪ショートヘアの東洋風の顔立ちで、とても特殊部隊には見えないが、手先の器用さを生かし、どこで覚えたか知らないが、そのおっとりした顔からは想像出来ないナイフの名手で、同じくナイフの名手の四十二部隊長木桜大尉や、更に特殊部隊隊長の周防准将のお気に入りらしい。
「既に応援要員が船舶用意して待機してるしなあ、お前さんは予定通り海上から…。少しは慣れただろ海は」
「え、ええ、まあ…」
そう、大村少尉は船が苦手である。と、そこへ、
「大村少尉さーん。作られた試作品、今回試してみてくださいなー」
二人のいる書斎兼研究・設計室の扉が開き、エンゼルスーツを着た小柄の女の子がガラガラと台車にいくつかの箱を乗せて入ってくる。先程話していたエンゼルの法橋少尉である。
「ここ置いときますのでー、大村少尉素晴らしいですねー、武器しか作ってないこの研究所で人命救助の装置研究して作るなんて」
「こら、法橋、それは俺に対する当てつけか」
おっとりしながらもすごい事を言う彼女に、笑いながら言う真下技術少佐。
「ここに置いておきますのでー、ちゃんと持って行ってくださいねー。失礼しまーす」
そう言ってお辞儀をして部屋から出ていく法橋少尉。
「全然特殊部隊の女には見えないんすけど」
彼女が消えたドアを見つつ、そう言ってくるっと向きを変え、
「では、応援に行って参ります!」
そう言って敬礼をして、栗原中尉のエンゼルスーツの入ったトランクを手に部屋から出ていく大村少尉。だが、
「おーい」
再び真下技術少佐がそう言って大村少尉を手招きして呼び止める。追加事項かと急いで真下技術少佐のデスクに駆け寄る彼。ところが、
「付き合うならさあ、ああいう女にしとけよ。家柄も性格も申し分無しだぞ」
「またその話ですか!」
真顔でそんな事を言う真下技術少佐に、あきれて思わず大声出す大村少尉。
「少佐殿!女の子達が新日本帝国に連れ去られようとしてるこの時に、何呑気にそんな事言ってるんですか!」
軽く机を叩いて抗議する大村少尉。
「だからって、今俺に何しろって言うんだよ」
そう切り替えされて言葉に詰まった大村少尉。と、
「行って参ります!」
「おう、気をつけて」
ようやく本当に応援の出撃の為に部屋から出ていく大村少尉。
「おーい、大村!本気にするなよな。わかってると思うが、エンゼルの女の子は結婚もしくは妊娠したら即除隊だからな!」
真下技術少佐が大村少尉の背中を見てそう言って笑う声が聞こえた。


先ほどいた漁港の灯台から地続きでなんとかあの難破船の所まで行こうと、俺達は二手にわかれ進入路を探した。暗視・熱感知ゴーグルを顔にセットして、俺は綾瀬と共に立入禁止と書かれた看板横の鉄条網をなんとか潜り抜ける事に成功。枯れたクマザサの中、斜面を登り下り腹ばいになって綾瀬に続く俺は、その途中で彼のエンゼルスーツのスカート部の中に、シルバーのショートパンツで包まれた彼のヒップを何度も見てしまう。女にしては小さいが、丸み帯びてむっちりしたヒップは、彼の体の女性化が大分進んでいる証拠だった。
「何見てるのよ!エッチ」
そう言いながらエンゼルスーツのスカート部をぐいっと片手で引き下げる彼。一年少し前まで俺と一緒に戦場を駆け巡り、喜怒哀楽も共にした相棒とはもう思えなかった。
「だめねぇ。木々が伐採されて平地になってる所に歩哨が何人もいる」
そう言ってため息をつく綾瀬。望遠の暗視ゴーグル越しに見る彼の顔は、明らかに以前見た時より可愛くなっていた。頬の膨らみが増したのも確かだけど、二重になり大きくぱっちりした目と、カールした長いまつ毛。目元はほぼ女のそれだった。さすがに敵の手下の一人の男を虜にしただけの事はある。…男の癖に…。
その時、綾瀬が自分のヘッドセットに聞き耳を立てる。と、突然、
「お姉さん!」
一言喋って暫く聞き耳を立てる綾瀬。やがて彼?は奴を見つめている俺の方を見てうれしそうな顔をして言う。
「浜少尉と鎌田少尉と、人魚の二人が今応援に来てくれるって。大村少尉も一緒らしいよ」
ちょっと待て、大村はともかく、鎌田の奴は他の三人と今頃ディズニーランドのホテルで家族気分でいるはずじゃねーのか?
「どうやってここに来るんだ?」
「船だってさ」
「おい、大村の奴船大丈夫なんか?」
応援に来てくれるのはなんとも嬉しいが、なんかすげーメンバーになってきた。まあ、結構大きな事件には間違いないけどよ。
木暮中尉達三人と再び合流し、先ほどの漁港の灯台の中で待つ事しばし。やがてポンポンポンと古代文明にも出てくる焼き鉄エンジンの音と共に一隻の古びた漁船が堤防に到着。
「おい、まさかあれじゃあるまいな?」
いぶかしがる俺を後目に他の四人は灯台の階段を降り始める。
「まじかよ…」
俺も続いて下に降りたが、程なくそのクラッシックな漁船はいつか新兵トレーニングで離島に行った時にちらっと見た、エンゼル仕様の潜水可能なボートに漁船の装飾と擬音を備えた物だと分かった。しかし、それにしても…。
「な、なんつー恰好してるんすか?」
ボートを覗いた俺は思わずそんな言葉を口にする。大村少尉を除いた四人はいで立ちからして、たった今までバカンスを楽しんでいた一家四人という感じ。太っちょの鎌田少尉はサスペンダーの吊りズボンにシャツに厚手のジャケット。手には何か骨董品みたいなマシンガンを手にしていた。
「んな事言われてもよ、急に行けって言われてもさ、俺に合う軍服なんてそこらに転がってねーよ!武器だってやっとこれが手に入ったんだぜ。元米軍のMP5。これだってひと昔は最新鋭だぜ」
浜少尉はグレーのオーバーコートだが下にはちゃっかりエンゼルスーツを着込んでいた。いやそんなのどうでもいい。あの奄美まどか・ひみかの双子の姉妹少尉は…。
「船だっていうから連れ戻された」
「むかつく」
双子の座敷童子みたいな相変わらずの二人がおもいっきりぶー垂れていた。なんと二人とも完璧なまでのゴスロリ衣装に大きなクマを模したリュックサック。二人を凝視してしばし言葉が出ない俺。
「でも女の子売り飛ばす奴許せない」
「ぶっ殺す!」
バカンスを台無しにされた恨みもあるのか、ゴスロリ服着た座敷童達の目が怒りでぎらぎらしているのがはっきりわかる。しかしそんな姿で応援て…。と、
「おーい、大村!エンゼルのボートの操縦覚えたか?簡単だろ。操船しながら戦わなきゃいけないんだから半分オートだし」
浜少尉の言葉に船の操縦席からよろよろと出てくる大村少尉。
「俺、だから船嫌なんだよ」
大村少尉の言葉を無視して、木暮中尉が話始める。
「役者揃ったよ。じゃあシナリオ話すね…」
「大村!こら根性見せろ!数百人の内の一人に選ばれたんでしょ!」
「わ、わかってますよ、おばさん…」
「おめーにおばさんよばわりされる筋合いねーっつーの!」
いくらか船酔いが良くなったかに見える大村少尉を浜少尉が容赦なく怒鳴りつける。
「オペレーション二分前。人質の女の子達の居場所がわかるまではくれぐれも実弾使わない様に。真田、大村、鎌田の三人、今エンゼルあんた達にもエンゼルの回線開くから。いいね!あたしの指示には絶対従ってよね」
俺のヘッドセットから木暮中尉の声が聞こえ、俺は彼女に指でOKのサインを出す。
「無茶はしないで!危うくなったらヘルプサインを!行けるかどうかわからないけどね」そういいつつ自分の暗視ゴーグルの中に映る時計に見入る彼女。そして、
「グッドラック、フォールンエンゼル、ゴー!」
木暮中尉の号令の元、俺達は灯台を後にする。大村と鎌田と奄美姉妹は漁船の張りぼてのついた船、俺と綾瀬のペア、そして木暮中尉と木暮組の愛原と矢吹両少尉は、陸路で先程行った奴らの縄張りの近くまで。浜少尉はあらかじめ木暮中尉が用意していた人質救出用の輸送車で待機すべく暗闇に消えて行った。

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