エンゼルソードに花束を!

(9)元相棒、再び男として

 兵士にとって爆薬というのは心強い味方だ。相手を恐怖に陥れる音、閃光、爆風。その後に開く新たなる道。
四十二部隊の桂木中尉殿は、日本国軍の中でも指折の爆薬専門家だ。その人と小田少尉を講師に今日は俺、大村、鎌田の新任少尉の他、木桜大尉以下四十二部隊有志も参加し、採石場跡での爆薬講座だ。
 爆破実験用の建物、橋、トーチカ等昼過ぎまでに俺達が壊した標的は二十を越えた。起爆装置のプログラミングも仕掛ける標的や大きさ、爆破後の形状ごとに異なる物が必要でなかなか楽しい。こうなってくると一番乗り気なのは、人間コンピュータの大村少尉だ。もういっぱしの爆破専門家気取りで桂木中尉殿に意見までしてやがる。
今日は三日間の爆破訓練の初日。面白くなってきたぜ!と思った時にあいつがやってきた。
 
 訓練の間の小休止、桂木中尉殿の失敗談などをネタに和やかに談笑していた俺達の元へ、砂埃を上げながら猛スピードで近づいて来るジープが一台。程なくそれは俺達の側で止まると、ドアが開き一人のサングラスをかけた金髪のエンゼルソードの制服を着た女性が降りてくる。
「うわお!パツキンだ!」
「エンゼルのパツキン姉ちゃんだぜ!」
 俺達の間からそんなひそひそ声が出る。黒のサングラスをかけていた木桜中尉も、サングラスを上げてその女性を凝視。
「なんだ、エンゼルのあばずれ中尉じゃねーか…何しにきやがった?」
 その女性と俺の目が合った途端、彼女は猛然と俺めがけてダッシュ!
「オラー真田!見ツケタデェー!」
 その気迫に俺は三角座りのまま数歩後ろへ後ずさりする。他の隊員達も俺とエンゼルを見つつ、あっけにとられた表情。
「おい、真田、お前綾瀬と付き合ってたんじゃないのか?まさかあいつと二股かけてたのがばれたとか?」
「バカ!そんなことしねーよ!」
 にやけながら言う大村少尉に俺は立ち上がりさまに怒鳴る。
「あ、丁度いいじゃん。俺、綾瀬とるから、お前あのパツキンにしとけよ」
「意味わかんねー!」
 ようやく立ち上がって逃げる体制を取りつつある俺に鎌田少尉が意地悪そうに言う。何がなんだかわからないまま言い返す俺。
 とうとう俺はパツキン中尉とやらにはがいじめにされてしまった。
「オラー、真田!ウチト一緒ニ来ルンヤ!」
 女とは思えないすごい怪力で俺はジープの方へずんずん引きづられていく。すごい香水の臭いとエンゼルスーツの硬いプロテクターに守られた彼女の大きな胸の感触はあまり気持ちの良い物ではない。
「おーい、真田!留美ちゃんは俺が幸せにしてやるからなー!」
 鎌田の野郎!俺を助けようともせずまだあんな事言ってやがる。と、とうとうしびれを切らしたのか、頭を振りながら木桜大尉が立ち上がる。
「おい!井上!アンジェラ!ここは俺の縄張りだ!あんまり勝手な事すると、いくらおめーでも容赦しねーぞ!」
 その言葉に俺を引きづる彼女の手が緩む。そうだ、こいつ、あの綾瀬の戴帽式の時に前にいた、聞いた事有る。フランス人のアンジェラ・井上って中尉だ。
「ア、セヤセヤ、コレ忘レテタワ…」
 そう言うとアンジェラ中尉は俺を引きずる手を離し、ジープに駆け寄り、何やら重そうな木箱を持って怒って彼女を睨みつける木桜大尉の足元へドヤ顔でドスンとそれを置いた。
なにやらいぶかしげにその中を覗き込む木桜大尉。そして四十二部隊の隊員の何人かもその箱に駆け寄る。中身はどうやら何本かのウィスキーの様だ。
 その中の一本を取り上げ、ヒューっと軽く口笛を吹き、葉巻を咥えてにかっとする木桜大尉。
「こいつぁすげぇ…キンクレイスじゃねーか。見るのは何年ぶりだぁーおい…」
 おもわず葉巻を手に戻し、口で封を開けそれを一口含み、くぁーっと唸る木桜大尉。
「本物だ!よく残ってたなあ…あの味は忘れられねーぜ!」
 そう言ってかっかっかと笑う木桜大尉の下で箱をあさり始める隊員達。
「モウ一箱アルデェ!」
 その言葉と共に開いた木箱の横にもう一箱ドスンと無造作に置くアンジェラ中尉。隊員達から歓声と口笛が上がる。
「すげ…ロスト・ディスティラリーズ…」
「ビンテージのボウモアだぜ…さすがにブラックじゃないか…」
 隊員達の声の中、博識の大村中尉も中を覗いて一本を手にする。
「これ…日本の奴ですけど、確か千本限定の…」
 そんな中木桜大尉が上機嫌でジープ横のアンジェラ中尉と俺の方を見る。
「わーった、いいぜ、そいつ好きに使っても。但し殺すなよ!がーっははは!」
「ちょっと、大尉殿!」
 木桜大尉の言葉に俺は思わず抵抗する。
「エエンカ!ソンナ見タ事無い酒バッカデ!ホナ、連レテクデ!」
「はあ!?」
 そう言って俺をジープに押し込むアンジェラ中尉を見て、思わず咥えた葉巻を落として呟く木桜大尉。
「やっぱりなあ…あの脳筋女にしてはすげー上出来だと思ったが、どうせ浜のおばさん(浜少尉)あたりのセレクトだろ…」
 やがて俺を助手席に乗せたジープのエンジンがかかる。
「どこへ連れて行くんですか?」
「ブラジルヤ!ブラジル!」
「ブラジルって…なんで!」
「ヤカーッシャ!オメー連レテ行カント、ウチノ面子ガタタンノヤ!」
「訳わかんねーし!!」
「よーし!続きは宿舎の俺の部屋だ!」
 木桜大尉の言葉に早々訓練を切り上げる四十二部隊を尻目に、俺とアンジェラ中尉を乗せたジープは砂煙を上げて元来た方向へ帰っていく。
 
 話は昨日の午後に戻る。日本国軍指令本部横の軍空港第九十一ハンガーに駐機中のセイレーンコール内のブリーフィングルームに、何人かのエンゼルの隊員達が集まっていた。
 白を基調とした小さな部屋に、細い小さな金縁の飾りの付いた真っ白なソファーとテーブルだけの質素な部屋だが、そこには異様な空気が立ち込めていた。
 何も音が無く静寂な部屋の中、長いソファーの中央で一人ペタン座りしながら引きつった様子でコーヒーをかき混ぜるアンジェラ井上中尉。
 そのまん前で足を組み、ぶすっとして彼女を睨みつける秋元大尉。その後ろで怒った様に腕を組み、ぷいっとあさっての方向を見ている栗原中尉。そして脇に立ち、そわそわした様子でその様子をみている綾瀬少尉と森井少尉。
 防音の効いた静寂な部屋に、アンジェラ中尉のコーヒーをかき混ぜる音だけが響いていた。
「イャア、ヤッパリココノコーヒーハ、美味シイワァ…」
 そう言って引きつった笑顔で秋元大尉の前でコーヒーをすするアンジェラ中尉。
「そりゃそうでしょうね。食にうるさい浜おばさん(浜少尉)のブレンドですから…」
 長い間ぶすっとしていた秋元大尉がようやく口を開いた。だが、再び部屋の中は、なにやら独り言を言ってたアンジェラ中尉の声とコーヒーをすする音だけになる。
「綾瀬留美チャン、アノ、オカワリチョウダイ…」
「でぇ!」
 アンジェラ中尉のコーヒーの催促の言葉をぶった切る様に叫んで、テーブルにこぶしをどんと叩きつける秋元大尉。
「ア、モウエエデスワ…ハイ…」
 ぺたん座りのまましおらしくなるアンジェラ中尉。その様子をみてあきれ返った様にソファーに深く座りなおす秋元大尉。
「あんたの話を整理すると、あたしが栗原中尉に任せた仕事にでしゃばって入って、首尾よくマフィアのボスを捕まえた。そんで、軍警察に内通者がいるとわかった。今後の裁判で超重要になるだろう。そこまではよしとしよう」
「イヤ、デシャバッタンヤナクテ、新人ノ綾瀬ニ花ヲ…」
「んで!その後ビール片手に地元の軍警察官と一緒に派手なカーチェイスまでやって、面白半分にそいつを追い掛け回して…」
「イヤ、面白半分テ…」
「地元の軍警察と女の入れない、治外法権の会員制スパ(温泉)クラブに逃げ込まれたと!?」
「イヤネ、マサカ警察署長ニ男色ノ趣味ガ有ルナンテ…」
「んでぇ、おめおめのこのこ帰ってきたと…」
「ソンナ、人聞キノ悪…」
「あんたの言葉で言うと、くぉの!あほんだらあああああ!!」
 ドスの効いた秋元大尉の怒鳴り声に、氷の美女の栗原中尉までも顔をしかめて一歩引く。
「なんて事してくれたのよ!あんたのおかげであたしと栗原の立ててた捕獲計画が台無しじゃないの!あんたバカなの?死ぬの?だいたいあんた、他から軍略家とか勝利の女神とか言われて舞い上がってるみたいだけどさ、あたしから見ればただのイケイケドンドンじゃないの!今までは単に運が良かっただけじゃないの!ちっとは頭使いなさいよ!日本刀振り回して浮かれてる場合じゃないよ!何ですって?地元の警官をデコピンしてからかった?それでこのザマなの?今頃ブラジルではエンゼルもたいした事無い、って絶対噂になってるわよ!エンゼル始まって以来の大失態じゃないの!それに…」
「ワーッタ、ワーッタ、皆マデ言ウナ!」
 息もつかず一息でまくしたてる秋元大尉に思わず両手を前にひらひらさせて制するアンジェラ中尉。
「人の案件に勝手に首突っ込んで勝手に失敗して勝手に帰ってきて!何考えとんじゃお前は!」
 そう言って、テーブルの上のメモ用紙をぐちゃぐちゃと丸めて思いっきりアンジェラ中尉に投げつける秋元大尉。暫くアンジェラ中尉と話しているうち、口調まで写ってしまったらしい。
「正直、エロウ、スマンカッタ、アヤマル!スンマヘン!」
 ソファーから降り、床に土下座してぺこぺこするアンジェラ中尉を見て、ようやく秋元大尉の口が止まる。
「大尉、あたしはこの件降ろさせてもらうわよ。これは別案件という事でいいでしょ?それにさ、絶対あの警察署長、裁判の証人としての口封じに消されると思うわ。行くなら早く行かないと…」
 栗原中尉がわざと大きなあくびをして秋元大尉に言う。
「それも有るけど、拉致ってマルセイユの都合の言い証言を含ませて解放するって事も…」
「ふーん…」
 秋元大尉の言葉に口を尖らせ、そして横目でアンジェラ中尉をじろっと見る栗原中尉。
「それでさー、何やらアンジェラ中尉に考えが有るみたいよ。さっきあたしに言った事、言えるものならみんなに言ってみたら?」
「ソウソウ、ソレヤネン、チャントウチラデ責任トルサカイ」
「うちらで?」
 片方の目をいぶかしげにしかめる秋元大尉。
「ミンナチョットコッチヘ来テクレヤ、大事ナ話ヤサカイ…」
 アンジェラ中尉が相変わらず引きつった笑顔で全員を自分の座ってるソファー近くに手招きで呼び寄せる
「別に小声で話さなくてもいいでしょ。どうせ誰も聞いてないし」
「エエカラ、エエカラ」
 別にひそひそ話する状況でもないのに、秋元大尉以下四名がわざわざアンジェラ中尉の元に集まり、頭を合わせながらひそひそ話をし始めた。そして暫く後、
「えええええ!僕が?」
 そう叫んで思わず立ち上がってあとずさりしたのは、綾瀬少尉だった。
「セヤネン、オ前、マダ、カロウジテ男デトオル!」
「嫌だよ僕そんなの!」
 そう言って部屋の壁にまであとずさりして、両手を振って抵抗する綾瀬。
「ね?ばっかばかしいでしょ?もうあきらめて(特殊)三十二部隊に頼んだら?あそこ南米に強いでしょ?」
 腕を組んだままじっと目を瞑りうな垂れている秋元大尉の横で訴える様に話す栗原中尉。
「無理無理無理無理!今更男に戻るなんてさ!しかも温泉施設なんて!裸になるんでしょ?」
「オ前、マダ胸モアレヘンシ、ケツモチイサイシ、マダ、アレ、ツイトルヤロ!」
「失礼ね!無くて付いてて悪かったわね!僕がどうなってもいいって言うの!?」
「トニカク、何トカシテ外に連レ出スダケデエエンヤ!」
 アンジェラ中尉に対して、もはや女の子らしく足を踏み鳴らしてぷいっとすねる様になってしまった綾瀬少尉。
「木暮中尉に…頼みなよ…、そういうの得意かも知れないじゃん」
 両手を胸元でいじいじさせる綾瀬少尉。
「だめだめ!いくらあの人でも、あんたのミスの尻拭いの為に、男に化けて温泉施設に行ってくれなんて、そんな事あの人に言ったら事故死にみせかけて寝首かかれるわよ!」
 栗原中尉をもってあの人呼ばわりされる木暮中尉。綾瀬にとっては女性化レッスンの良き先生ではあるのだが。
「木暮中尉は無理よ。今イスタンブールで榛名中佐の特命活動中…」
 目を瞑ったままぼそっと言う秋元大尉。そして続けた。
「三十二部隊に頼めって、それは周防准将に話を通せって事?それだけはやりたくない。この事はエンゼル内々で片付けたいの。榛名中佐はともかく、周防准将だけには知られたくない。元々あの人はエンゼルを縮小しようとしているし、この前の結城の件も含めて、今はあたし達の立場は弱い。これ以上のミスは知られたくない」
 そして彼女はすっくと顔を上げ、部屋の隅で怯えている綾瀬を見つめる。
「あたしたちは今まで誰もやった事の無い、危険な、そして嫌な仕事も引き受けた。それが今のあたし達の立場を築き上げたのよ。綾瀬少尉、この仕事は、多分あなたしか出来ない」
 皆がしんとして綾瀬少尉を見つめる中、ちらっと榛名中佐が栗原中尉の方を見た後続ける。
「いいわ、この仕事やってくれたら一つご褒美あげる」
 ご褒美なんて言葉、エンゼルに入るまでの綾瀬には興味無い言葉だったが、どういう訳か今の彼女?にはなんだか心わくわくする魔法の言葉に聞こえたのかもしれない。
「本当ですかぁ…」
「うん、約束する」
「…いえっさあぁぁぁ…」
「よし、キマリね」
 秋元大尉の言葉に綾瀬の気乗り無い返事。その時、
「…がんばってね…」
 さっきからずっと無言で皆のやりとりを聞いていた森井少尉が、綾瀬少尉のエンゼルスーツのスカートの裾を摘んで引きながら、哀れみを込めた声で言う。
 ようやく秋元大尉の顔に笑顔が浮かぶ。しかしすぐそれは消えた。
「アンジェラ中尉!まさかこの子一人で行かせるんじゃないでしょうね?」
 その時、一瞬こわばったものの、すぐに作り笑いを浮かべるアンジェラ中尉。
「ア、ソレハモウ、チャント人選シトルンデ…」
「誰を?」
「ア、アノ、ソリャモウ、留美チャンノ、彼シヲナ…チャントネ…」
「彼氏って、真田少尉を?」
 いつからあいつ僕の彼氏になったんだよって感じでぶすっとしてアンジェラ中尉を睨む綾瀬少尉。
「本当?いつ?」
「イヤモウ、コウナル事ハワカッテタンデ、木桜のジイサンニ…」
「本当に?」
 互いに信じられないという顔でアンジェラ中尉に問いかける秋元大尉と栗原中尉。
「真田君か…まあ、いいけど…よく許可したわね…あの爺さん人の訓練の邪魔するの好きだけど、邪魔されるの大嫌いのはずよ」
「イヤ、モウ、大丈夫ヤッテ!」
 何か怪しいと感じた秋元大尉が再びアンジェラを睨みつける。
「わかってるでしょうけど、日本国軍で将官クラス以外で、周防准将を呼び捨てに出来るのはあの爺さんだけだかんね。もし面倒な事になったら…」
「ワカッテマンガナ!大尉殿!」
 そう言うとそそくさと自分のバッグを手にそそくさと部屋を出る準備をするアンジェラ中尉。
「ホナ、ウチチョット用事アルンデ、詳シイ事はマタアトデ、ホナナー!」
「ちょっと!アンジェラ中尉!待ちなさい!」
 秋元大尉の言葉を無視する様にして部屋から出て行くアンジェラ中尉だった。
 
「…という様な事があったんだよ…」
 ネオ・ゴル航空のサンパウロ行き航空機のファーストクラスの二人用個室で、寝かした座席に寝そべり、安物ウィスキーのロック片手にふてくされてる俺。軍の定期便じゃなく、民間のファーストクラスでの移動は、昨日突然俺を拉致したアンジェラ中尉のせめてもの気遣いらしい。
 そんな俺の横で、なにやら昨日の事をペラペラと喋る綾瀬。今日の綾瀬は、久しぶりに見る男…、いや、もはや男装の女性という感じだった。
 長く伸びた髪をオールバックに固めたのはいいが、細く長くなった眉、ボリュームを増した睫毛。しみ一つ無いふっくらした頬に、整形で整えられた二重まぶたと目尻と唇。そして丸い眼鏡。
 ジーンズにTシャツGジャン姿だが、知らない人が見たらまずボーイッシュな女性に見られるだろう。
「お前、本当にそれで男のつもりか?」
「うん、そのつもりだよ」
「…なんかさ、インテリの女子大生って感じだな」
「いいじゃん、世の中可愛い男の子だっているんだし」
 ため息をついてグラスをあおる俺の横で女みたいに膝をそろえて寝そべり、いろいろ話し始める綾瀬。
「任務の事聞いた時すっごく嫌でさ、飛行機乗る前に木暮姉さんに電話でいろいろ相談したんだ。そしたら、なんか勇気出てきちゃった」
「木暮姉さんて、木暮中尉?真下少佐の言ってた、実は栗原中尉よりやばいって奴?」
「そんな人じゃないもん!」
「国一つ滅ぼしかねないって奴なんだろ?」
「違うって!」
 すねてぷいっと横を向く綾瀬。奴をこんな風にしたのは、そもそもその木暮って奴なんだろ?
「軍事機密事項だけどさ。千の顔を持つ人。老若男女誰にでも、時には動物にも変装出来る人。んで、周防准将直々に暗殺術学んでさ、更に女の全てを武器にして男を自由自在に操れる人」
「すげ…男の天敵みたいな奴じゃねーか」
 その時、ほんの一瞬何が起こったかわからないが、俺は綾瀬にのしかかられ、首に手を当てられていた。
「…こういう事も教えてくれるんだよ」
 そう言って綾瀬は俺の首に当てた手をナイフにでも見立てたのか、水平にゆっくり動かす。華奢になったはずなのに俺の上にのしかかった綾瀬に両足と左手で締められた俺は、いくら抵抗しても動けなかった。
 ゆっくりと俺の上から横の寝椅子に移りながら、奴は独り言みたいに話す。
「誰も姉さん(木暮中尉)の本当の顔知らないんだけど、次大尉に上がるのはあの人がいいなあ。いろいろアドバイスくれたんだよ。ホモとニューハーフは性質が違うとか、男が男を誘う方法とかさ」
 ふと俺の方を向き、いたずらっぽく笑って続ける綾瀬。
「聞いてたらさ、嫌だったはずなのに、なんかだんだん面白くなってきてさ、この僕が男の姿でどれくらい男を誘惑できるのかってさ」
 そしていつの間にか小悪魔みたいな雰囲気を身につけた綾瀬がにこっとする。どうやら、奴は女になるばかりか、最も危険な奴に見込まれ、怪しげな術を仕込まれちまったらしい。
「アテンションプリーズ、当機はまもなくハワイ上空に差し掛かります。高度一万二千メートル。この先若干の大気の乱れが…」
 やっと半分か、少し寝るか。要は警察署長一人確保してブラジルの軍警察に引き渡すだけだろ。場所はホモクラブと噂される、俺にはわからん場所だが、簡単な任務だ…。
 
 ブラジルの首都がサンパウロと正式に認められて久しい。昔は悪名高かった空港らしいが。近代化された今風の施設の中の、首都正式制定記念の壁一面の大きなレリーフの前が待ち合わせ場所らしい。
 朝早い到着で軽く食事を取った俺達は、九時の待ち合わせ時間きっかりにそこへ着いた。
 男で来ているはずの綾瀬は、大きなピンクと赤のトランクを何も言わずに俺に預け、レリーフの前で待っている軍警官らしき人間の元へすっ飛んで言った。その中の一人のイケメン風の男と何やらいろいろ会話している。やがてその男が綾瀬と共に俺の元へやってきた。
「州軍警察第四警察署、署長アルベルト・ブランコであります」
 イケメンの敬礼に俺も敬礼で答える。
「麻薬王逮捕の功績で署長に抜擢されたんだよね」
「あの時はご協力ありがとうございます。しかし、今日綾瀬少尉殿が、まさか男装で来られるとは…」
「ま、まあ、目的場所が場所だけにね」
「アンジェラ中尉殿は、お元気であられますか?」
「あ、先日こっぴどく怒られてました」
「いや、マルセイユとドミニクを逮捕出来ただけでも。ああ、中尉殿にビール代返してくれと言っておいてください」
 綾瀬と会話し、そう言って白い歯を見せて笑う署長さん。若いさわやかなブラジル人のイケメンに俺も好感を覚えた。
「さあ、詳しい事は車で」
 他の数人の警官がさっと俺と綾瀬の荷物を持ち、車に運び込む。

 車の中で聞いた事を整理すると、まず元警察署長、リカルド・クラークって奴らしいが、先だってアンジェラ中尉にさんざん追いかけまわされた後、会員であったリゾート高級クラブに逃げ込み、それ以来一歩も出てこないらしい。そのクラブは元イギリス領事館跡地で現在でもイギリス領で治外法権が認められており、地元警察は踏み込めず。軍警察の面々は全員クラブのガードマンに顔が割れてるので、入る事も出来ない
 しかも、女人禁制の紳士の社交場と位置づけられているが、影では金持の男色家の社交場としても有名らしい。
「リカルド元署長が男色家である事は、まあ秘密ではあったのですが…」
 そう言いつつ、アルベルト新署長は後部座席の横に座った綾瀬の姿をじっと見る。
「多分、メガネで理知的な綾瀬少尉殿の今のお姿は、その、好まれると思います」
「え、本当?やったー!」
 はしゃぐ綾瀬の足をぼんと蹴る俺。
「しかし、大丈夫でありますか?施設内には温泉もありますし…今のお姿、もう少し、その男、らしく…」
「大丈夫、僕達はこれでも特務の人間だもん」
「は、はあ、僕達でありますか」
 はははっと軽く笑う若い警察署長。
「ヒットマンは来てるのか?」
 俺の言葉に、アルベルト署長の顔が真顔になる。
「来てると思って間違いないでしょう。クラブ周囲を固めてますが、それらしき人物の出入りが何人か。唯、客で来てるだけかもしれません。客の名簿も入手出来ませんから」
「イギリス大使館は?」
「全く相手にしてくれません。証拠無しという事で。裏で残党が働いているかも知れませんが。元署長の行為を知るマルセイユとドミニクが自分の不利な事喋るはずはありませんから」
 ふーっとため息を付く俺。車はビル街を抜け、街並みを抜け間もなく車は綺麗な海沿いのリゾート地のクラブ近くに到着した。
「ここからは歩いて行って下さい。あとターゲットの元署長の写真と、これは今日明日期限の会員によるビジター紹介状。細工はばっちりです。あと…参考になるかわかりませんが、我々が映したヒットマンの可能性の有る人物の写真。紙でしかなく、写りも小さいですが」
 今日明日限りの紹介状、という事は明日までにけりつけなきゃいけないのか…
「ありがとう、もらっておくよ」
「とにかく何とかリカルド元署長をクラブから外に連れ出してください。後は私が。では、御武運を」
 
 すげー、まるで昔観たスパイ映画の金持ちの悪役でも住んでそうな建物だ。五階建ての本館の周りに連なる無数の椰子やソテツに囲まれた平屋の住居連。プール、海に面した裏にはヨットハーバー。まあ逆に言えば典型的なリゾート施設だが。
 広々としたロビーに入ると何人ものスタッフが出迎えてくれるが、壁際には警棒を持った屈強そうな男が何人かいる。
 何故か綾瀬は慣れた手順で受付に行き、英語で何やら喋り始める。俺もそこに付いていったが、紹介状を調べられたり、多分軍警官を含む要注意人物の写真集だろうか、奥ではそれと俺達の顔を見比べている奴がいる。
 意外にすんなり通ってしまった事に拍子抜けした俺。
「だって、僕達エンゼルはこういう所良く利用するもん」
「なんだよそれ、いい身分じゃねーか?」
「仕方ないじゃん。セキュリティ万全だし、僕の場合まだ男だってばれたらやばいし…」
 とりあえずルームキーも貰ったし一休みしたいところだが、そんな悠長な事はしていられない。かといってずっとキョロキョロしていたらここのガードマンに不審がられる。
「元署長のリカルドってかなり太ってたよな」
「百キロは有るらしいよ」
「なら朝は遅いかもな。昼飯時に食堂で張ってみるか、それまでにこのクラブの間取りを覚えよう」
「らじゃ」
 俺と綾瀬は荷物をとりあえずクロークにあずけ、クラブの間取り図を頭に叩き込むべく二手に分かれた。

 大広間のレストランはシンプルだが、流石に一流会員クラブの雰囲気が有った。掃除が行き届いた清潔なカーペット、真っ白なテーブルクロスのかかった席。ビュッフェタイプだが、多くの料理人が手の込んだ料理を客に無料サービスしていた。
一足先にパンとローストビーフと野菜ジュースとコーヒーを取り、奥の席に陣取り怪しい人物のチェックをしていた時、ようやく綾瀬が到着した。
「なんか僕いろんな人にじろじろ見られてさ」
 そりゃなんとなく理由はわかる。
「それにトイレ全部男だし…」
「あたりまえだろ、女子禁制なんだから」
「なんかその、落ち着かないというか、そわそわするというか…」
 綾瀬の言葉を無視し、人物チェックをする俺。さすがに昼食時は人も増えてきた。さすがに紳士風が多いが、それに混じり、あきらかにそうだと判る人もいる。
 チビT着たボディビルダーみたいな人、付け睫毛でもつけてる様な目の人、髭、刺青、パンク頭、金髪。人種もアメリカ、ヨーロッパ、アジア、アフリカ、中東。もう様々だ。だがそれ故判別しやすい。とその時、
「真田君!」
 俺をじっと見たまま、胸元で親指を出して握った手を前後に振る綾瀬。後ろのビュッフェでは新聞を手にした、まさに写真そっくりの巨漢で眼鏡の頭が丸くて髪の薄いリカルドがビーフシチューの給仕を受けていた。
「ちょっと行って来る」
 そういい残し、席を立つ綾瀬。ちょっと待てと言おうとしたが、
「あ、あいつ…もう…」
 そう言いながら俺は奴の後姿を見て顔に手を当てる。とんとんと小走りに走り、ビュッフェに並ぶと両手でそれぞれのGジャンの裾を握り、小躍りする様に動かし、かかとを曲げ伸ばしして背伸びしながらあちこちをキョロキョロ見る彼、
(もう、すっかり女の仕草じゃねーか…)
 と、綾瀬は横に並んだ、体格のいいボディービルダーの様なアメリカ人二人組と何やら会話している様子。更に、ビーフシチューを受け取ると、なんとあのリカルドの席に行き、そこでも何やら話している。
(まあ、エンゼルで何か社交術でも学んできたのか。任せよう…)
 やがて席に戻ってきた綾瀬に聞いてみた。アメリカ野郎二人がじっとこちらを見ている。
「リカルドに何話したんだ?」
「人違いをネタに話してきた。ここ初めてかって聞かれてさ、是非温泉に入れってさ。三時頃にわしも行くからって」
「よし!」
 接点が出来た!俺は綾瀬の手を思わず握るが、その柔らかさと冷たさにぎょっとする。
「聞いて聞いて!あのアメリカ人絶対そうだよ!僕の事可愛いねってさ。部屋どこ?遊びに行っていい?て聞かれたからさ、お友達が待ってまーすって言っといた」
 そう言って彼らに向かって手を振る綾瀬。
「おめー、襲われてもしらねーぞ」
「大丈夫、真田君が守ってくれるもーん。でもここさ、すごくいいとこだよね。男の人なんかみんな紳士でかっこよくてさ、すっごく久しぶりに男の臭い…」
 綾瀬!お前、今男に戻ってるんじゃないのか!
「綾瀬!任務!」
「わ、わかってるわ…よ…」
 一瞬出た女言葉を飲み込み、奴は俺の顔を見て小声で話す。
「真田クン、とりあえずリカルドをずっと見張ってて。僕他に調べる事があるからさ。三時前になったら温泉の受付前で」
「調べるって何を?」
「いいから」
「ちょっと、おい!」
 俺の制止を聞かず、綾瀬は込み始めたレストランの人ごみに消えていく。

 今の所はリカルドに変な動きは無い。後をつけて来る奴も無さそうだ。ゲームセンターに入ったかと思うとすぐに出て、昼間だと言うのにバーに入って暇そうにビールを飲んでいるだけ。そして奴の言うとおり、三時近くになると、バーを出て温泉施設の有る方向へ歩き出した。
 そ知らぬ顔をして奴の後ろを尾行していると、突然背中に冷たくて柔らかい指の感触。振り返るとそこには日本から持ってきた大きな赤のトランクケースを持った綾瀬が笑顔で立っていた…が…。
「そのケースは?」
「いろいろとこれから必要になりそうなもの」
「どこへ行ってたんだよ」
「何だよー、怪しい客のチェックしてたんだよ。いろいろここのお客さんと話したりしてさ…」
「頭のその花はなんだ!?」
 俺は綾瀬の髪に付いてる黄色の花の髪飾りを指差す。
「え、これ?僕の事可愛い子ねって言ってさ、ゲイっぽい男の人が…」
「すぐ外せ!目立つから!」
「わかったよぉ…」
 俺達も連れ立って、温泉施設の有る棟へ急ぐ。
 数人のガードマンらしき人物が警護する施設の受付で、偽の紹介状を見せると二人用の個室のキーが渡される。日本間で三畳位の小さなスペースにロッカー、鏡、テーブル、椅子、洗面用具が有り、ロッカーの中には何着かのサイズや色やタイプの異なる紳士用の海パンが有った。
「あ、これだ。さっきいろいろな人に聞いたローカルルールだと、この水色がお友達募集なんだって」
 そう言いながら、奴は水色のトランクスタイプの海パンを手にして服を着たまま鏡に向かって女みたいに腰に当てる。良かった、ビキニタイプなんか選んでたら一発ぶちかます所だった。
 鏡の中の綾瀬と一瞬目が会ったが、そのまま奴はのそのそと俺に背を向けて男物のGジャンとジーンズを脱ぎにかかる。一応下着は男物のトランクスだったのが幸いだった。
 俺も奴を気遣い、気にしない素振りで奴に背を向けて上着を脱いだが、その時、
「ねえ、真田君…」
 俺の背後で奴が声をかける。
「やっぱり、おかしいかな…」
「今更何がだよ」
 といいつつ俺が振り返ると、奴はトランクス一枚のまま両手に持った水色の海パンを胸に当てていた。
「見せてみろよ」
 その声に、俺をじっと見つめつつ、胸元に当てた海パンをゆっくり腰の位置に下げる綾瀬、その瞬間俺はしかめっ面をして片手で目のあたりを覆った。
 綾瀬の体は俺の想像以上に変貌していた。すっかり筋肉とでこぼこがなくなり、白く艶かしくなった体と肩の線。そして、以前見た奴の胸は、小さな突起がぴゅっと出ているだけだったはず。しかし、今の奴の胸は、白い体に映える苺色のバストトップに、小指の先程に肥大した突起。それが既にAカップ、いやそれ以上の二つの膨らみの上に出来上がっていた。
「ま、いっか、仕方ないよね」
「いいよもう、なるようにしかなんねーよ」
 俺の言葉に再び奴はくるんと背を向け、トランクスを脱ぐ。俺は目を瞑り、大きなため息を付く。普通の女みたいに大きくはないが、ふっくらとして丸く膨らんだヒップと、そこから伸びる、曲線で縁取られた柔らかい皮下脂肪の付き始めた太もも。丁度ローティーンの女の子の後姿みたいだった。
「真田君、先行ってるね」
 そう言うと奴はタオルの両端を両手で胸元に持って、個室の外へ出ようとする…って、それ女の風呂入る前の仕草だろ!
「おい、ちょっとまて!」
 俺はもうあきれ返って、本当女の子に接する様に個室から出て行こうとする奴の首を後ろから掴み、部屋の中に引っ張り込み、そして軽い冗談とつもりで奴の胸を軽く触った。がその瞬間俺の動きが止まる。
 暖かくて柔らかい奴の胸の感触、そして奴の体から香るシトラスの香りと、オールバックにしている奴の髪のシャンプーの香り。途端俺のトランクスの中のものが…。
「なにすんのよ…」
「お、お前、今男だろ?」
 俺は奴に一瞬でも女を感じたことを隠す様に強く言う。
「そのつもりだけど…」
「もう、変に隠すな、堂々としてろ。女性化乳房っての、俺も聞いた事あるからさ、その当事者だって事に」
「わかったわよ…」
 ようやく普通に部屋を出て行った綾瀬。とにかく奴が心配だ。自分の体がもうどこまで男離れしたのか気づいてないのか、あいつは!と俺が大急ぎでオレンジ色の海パンを大急ぎで腰にずりあげ、タオルを持って外に出て行こうとした時、再び綾瀬が部屋に飛び込んできた。
「やべ…チェック入っちゃった」
 独り言みていに言うと、奴は自分のポーチから、例のここへの偽の紹介状を手にして部屋を出て行く。同時に俺も外へ出ると、外ではマネージャーらしき恰幅の良い上品そうな黒服の男と、多分温泉施設内のガードマンらしい海パン姿の数人の男が綾瀬を待ちうけていた。
 黒服は綾瀬の書類を確認した後、なんと奴の海パンの中を確認していた。
(ここで一発釘さした方が今後やりやすいか?)
 そう思った俺はずかずかとそいつらに近寄る。
「おい、俺の連れに何失礼な事やってんだよ!」
 黒服のマネージャにそう言うと、奴は瞬時に態度を変えた。
「真に申し訳ございません。過去にも女性の方が男性として入り込まれた事がありまして。確認取れましたのでお入りください。あ、あとお詫びにこれを」
 そいつはバッグから封筒を取り出し、俺に手渡す。
「一日だけですが、当館の無料利用券です。私のサインが入っております。是非お使いくださいませ」
「もらっとくよ」
 俺はそう言ってそれを受け取り、個室に戻って荷物に忍ばせる。なかなか話のわかるとこじゃねーか。さすが英国元領事館。
 再び俺が個室を出て温泉施設の入り口へ向かうと、口笛と共に
「ヘイ!コージ」
「コージ!カモーン!」
 例の外人二人組みを含め何人かの声でちょっとした騒ぎになっていた。見ると綾瀬はローマ風呂の様な豪華な浴槽の縁の大理石の上で、例の二人組みに両脇を挟まれて座り、何やらしきりに愛想をふりまいていた。
「コージ、薬やってるのか?」
「だめだだめだ、お前にはもっと筋肉が必要だ。俺達が鍛えてやるぜ」
 とんかなんとか言われてるのを無視し、俺はその脇の岩風呂みたいな所へ行き、リカルドを探した。間もなく三時。まさかもう入ってるなんてこと無いよな。とその時、俺の横に人の気配。見ると恰幅の良い初老の中国系の男がにやにやしながらいつのまにか座っていた。
(こら!俺はそんな趣味ねーぞ!)
 そう思って睨みつけたが、そいつは相変わらずにやにやしながら、手に持ったセカンドバッグから小切手の様な物を取り出し、なにやら書いて俺に見せる。その額は高級車一台買える額。そして奴は後ろの方にいる綾瀬を指差し、そしてその指を自分に向ける。
(綾瀬を?お前に?売れと?)
 どうも公用語が話せない様子。俺が身振り手振りでその意思を確認すると、どうやら図星らしい。俺は手を振り拒否の仕草。と、奴はそれを破き、更に高額な金額を掲示してくる。そいつの執拗な誘いを跳ね除けているうちに俺の目は入り口から入ってくるリカルドを捉えていた。
 奴は俺と一瞬目が合ったものの何やらバカにした様な顔で笑って俺と中国人の横を通り過ぎ、アメリカ人となにやらいちゃいちゃしている綾瀬の方を見ながら歩いていく。そして近くの寝椅子に寝そべりながら何やら新聞を読み始めた。
(綾瀬!来たぞ)
 相変わらず変な中国人に何やら喋りかけられながら俺が綾瀬に目で合図を送ると、あいつもどうやら気づいたみたいだ。
(ひょっとするとカモフラージュ替わりになるかもしれん)
 そう思った俺は、訳もわからず変な中国人の片言の公用語に身振り手振りで適当に受け答えした。

 綾瀬の姿は確かに目立つ。少女の様にのっぺりとした顔、白くなった体にひときわ目立つ、苺色になり大きくなったバストトップ。奴の周りに一人また一人とアメリカ系やアラブ系のゲイらしき男達が集まって来ていた。そんな中で綾瀬の奴、可愛いとか言われてあいかわらずキャッキヤッとはしゃいでいる。
 俺の方は暫く相手をしてやっていた変な中国人が、
「俺の年収でも売らないのか?ふざけた野郎だ!」
 みたいな事をはき捨てて、東洋風の装飾をした温泉の方へ去っていったのを見てほっとし、再びリカルドの監視を続ける。何のことはない、奴は寝椅子に寝転がったまま相変わらず新聞を読んでいた。
 と、突然、
「やめてよー」
「ちょっと、あんまりさわんないで!」
 綾瀬の怒った様な声が温泉場に聞こえ、見ると最初のアメリカ人の一人が横に座る綾瀬の肩を背中に片手を回しがっしり掴み、顔にキスをしながらもう片方の手で太ももを触っていた。
その手は太ももからお腹へ、そしてとうとう滑らせる様にその手は綾瀬のふくらみ始めた胸に行く。
「ちょっと!そこはやめて!」
 その時、浴槽に入っていた二人のがっしりしたアラブ人が綾瀬の手を取り、綾瀬を独り占めしていたアメリカ人から引き離す様に浴槽に引っ張り込む。
「キャッ!」
 そう叫んでそのまま浴槽の中へ転げ落ちる綾瀬だったが、俺の目には何故かわざと落ちた様に見えた。とはいえ
(やべ、ちょっとまずいな)
 そう思った瞬間、ふと立ち止まる俺。何事かとさっき綾瀬の身体検査をしていた施設の係員の一人もどこからともなく飛び出してきた。
 大きな湯船から顔を上げて立ち上がる綾瀬の髪は、整髪剤が溶け、ウェーブかかったソバージュの黒髪に戻っていた。俺に横向きになった奴の姿は…。
 丸くなって二重にされた目にカールしたボリューム有る睫毛、ふっくらした頬、可愛くなった唇、白く真珠色になった体、曲線で縁取られた二の腕。そして小さいながらも完全に乳房になった胸が、奴がもう男でない事を俺にわからせてくれた。と、その時、
「やめんか!」
 野太い声が施設の中に木霊した。綾瀬を湯船に引き込んだアラブ人達と彼らと小競り合いしていたアメリカ人、そして俺と綾瀬も含め、温泉内にいた何人かが一斉に声の方を向く。そこには、寝椅子から上半身を起こしたリカルドの姿が有った。
今や犯罪者として追われる身になったとはいえ、さすがは腐っても元警官だ。
「おじさん、怖いの…」
 そう言った綾瀬は浴槽から出ると、そそくさとリカルドの元へ駆け寄る。と、その時綾瀬は一瞬俺に向かってウインク。そうか、奴はリカルドに近づく為、バカなアメリカ人達を利用して。
 やがて綾瀬はリカルドの寝ていた寝椅子の横に滑り込み、二人で何やら話し始める。さっきのバカな男達はその場から去り、遠巻きに二人を見つめていた。
「おじさま、ありがとう」
「いや、当然の事したまでだ。さっきのレストランの彼氏は?」
「う、うん、振られちゃった…」
「そうか、可愛そうに」
 そういいつつリカルドが差し出す腕枕に、嬉しそうな声を上げて頭を乗せる綾瀬。おぼえとけよ…。
「ねえ、僕ブラジルって始めてなんだ。美味しい店とか綺麗な場所とか無いの?」
「ああ、あることは有るんだが」
「本当?ねえ、連れてってよ!」
「いや、ちょっと事情が有ってな…。料理ならここの施設ので十分だろ?」
「やだ、イギリス料理とか、ありふれた物ばっかじゃん。地元の魚が食べたーい」
 綾瀬!お前どっからその声出してんだ!
「僕、おじさんみたいな人好き」
「なんだ、変わった子だな。フケ専か?デブ専なのか?」
「う、うん、どっちも好き」
 綾瀬のその姿に俺は目を覆った。少なくとも一年前までは俺とコンビを組み、重い軍服を着て銃を片手に軍事作戦に参加していたあいつが、敵地のジャングルに取り残されて銃をぶっ放しながら共に助け合い、なんとが脱出したあの日の事が。
 その時の綾瀬と今リカルドに女みたいにしなだれかかっている奴が、同一人物なんて、俺は絶対思いたくない。多分今の奴の一挙一動は全て木暮とかいうエンゼルの中尉に仕込まれたものだろう…。
 俺がそう思いつつ両手で顔を覆ったその時だった。、リカルドの方へ近づいて来る東洋系の三人の海パン姿の男。カンボジア州かフィリピン州にいそうな顔つきだ。
 途端綾瀬は両足をばたばたさせる。要注意人物が来たかも?という、事前に決めたサインだった。綾瀬がここに入る前にやってた非危険人物チェックにいなかった奴か?俺は何気ない素振りで浴槽の縁から立ち上がり、綾瀬のとリカルドのいる方向へゆっくり歩いていく。
「エクスキューズミー、ミスター?」
 二人を取り囲む様にしたその東洋系三人のリーダー格らしき男がリカルドに話しかけた。
「リカルド・クラークさんですね。ネオ・ジャパンのエージェントです。わが国へ亡命して頂きたい。命の保障はします。ここにサインを…」
「亡命だと?」
 大きな丸印の押された一枚の書類を受け取ったリカルドが呟く。
「また、何かに利用されるのか?」
「この国で生き恥を晒すよりはマシだと思いますが?」
 差し出されたペンを受け取らずに、リカルドはじっとその書類を眺めていたが、ふと綾瀬の方を向く。
「君、日本国の子らしいが、どうだい、一緒に新日本帝国へ行くか?」
 リカルドの言葉に一瞬綾瀬の顔が曇ったが、
「あ、行く、行きます!行きたーい!」
 わざとらしくリカルドに擦り寄る綾瀬。
「という事だ。了承してもらえるかね?」
 エージェントの三人が少し困った顔をして何やら相談を始める。
「レガシー・ジャパンのニューハーフらしいな…」
「何かに使えるかもな…」
 程なく、
「わかりました。ミスター・リカルドのご婦人という事にしてください。君には女性の服を着てもらうよ」
 ニューハーフの言葉に一瞬むっとした綾瀬の顔が笑顔になる。
「あ、それじゃこれ、僕のサインも書かなきゃいけないんだよね」
 そう言って綾瀬はリカルドの手から亡命許可書なるものを強引に手に取る。と、すかさずそれを握った奴が俺の所へ駆け寄ってくる。
「君!何をするんだ!」
 リカルドの声に振り返らず、綾瀬は俺の横を通り過ぎ温泉施設の入り口に走り出す。すかさずその後を追う俺。
そして俺の後ろからエージェントの三人とリカルドも追っかけてくる。
「亡命!?」
「あいつら、リカルドを新日本帝国へ亡命させるって!どういう事!?」
「ブラジルとの外交の何かのカードに使うんだろ?」
「リカルドを?」
「少なくともブラジルマフィアの重要証人だ。それなりの価値は有るさ!こりゃ相当上まで話が行ってるぜ!」
「これ、破いてもいい?」
「ばかやろ!無くすなよ!」
 走りながら話す俺達。やがて温泉施設の入り口付近で、騒ぎを聞いたガードマンに俺と綾瀬は取り囲まれ、数人の男達にがっしりと腕を固められてしまった。エージェント三人が追いつき、
「こいつらは大切な書類を盗んだ。返して頂きたい」
 と俺達を泥棒扱いしはじめる。そこへ、先程の黒服マネージャーがガードマンの間を割って現われた。
「どうなさいましたか?」
「泥棒が盗んだ書類を返して欲しいだけだ」
 再び東洋なまりの公用語で、エージェントのリーダーが言う。
「書類?どういった書類ですか?」
「君達には関係無い事だ」
 マネージャーの問いに、エージェントのリーダーがぶすっとして答え、エージェントの一人が綾瀬の元へ駆け寄り、手から書類をもぎ取ろうとしはじめる。
「いいのかよ?こいつら英国領土内で、新日本帝国への亡命斡旋やってんだぜ!」
「それは聞き捨てなりませんなあ…」
 俺の言葉に黒服のマネージャーは綾瀬の手から書類をを受け取り眺め始めると、
「到底許されぬ行為ですな。お引取りを」
 と言い、エージェントを睨みつけその書類をビリっと破く。
「お客様の安全の確保を…」
 マネージャーの声にガードマンの三人がリカルドの手を取り、かつ数人がリカルドとエージェントの間に割って入った途端、三人のエージェント達は警備員の間を強引に突破し、リカルドを引き寄せようとした。
 たちまちガードマンとエージェントの間で小競り合いが起きる。俺もガードマンに掴みかかっているエージェントの一人を強引に引き離すと、そいつは俺に向かって手刀攻撃を仕掛けてくる。やばい、かなりの手練だ、ここのへなちょこガードマンではたしてもつのか!?
「待ってくれ!俺は亡命したいんだ!」
「ここでは困りますな。施設の外で交渉してくださいませんか?」
「いや、外だと俺は逮捕されちまう!頼む、イギリスでもいい、亡命させてくれ!」
「話になりませんな。ここは一旦安全な場所へお連れ致します」
 黒服のマネージャはリカルドの抗議にも耳を貸さず、彼を抱え込み、廊下の奥の方へ強引に彼を引っ張りこもうとしていた。その時、
「おい!綾瀬!」
 一人綾瀬は俺達の使った個室の更衣室の方へ入って行く。施設の廊下や部屋から、お客達に緊急事態の為施設のロビーに非難する旨伝える放送が聞こえた。

 俺達の借りた個室の中で、綾瀬はしばし鏡に映った自分と睨みあっていた。もう自分が普通の男性として見られない事がわかった。それどころか逞しい男性に可愛いとちやほやされ、ほんのひと時でも舞い上がってしまった自分。でも、好きでもない男に触られ、瞬時にそれに嫌悪感を持った自分。
「やっぱり、もう僕には男は、無理…」
 独り言を呟いた綾瀬は、持ってきた赤のトランクケースを開ける。そこには万一の為に持ってきたエンゼルスーツ一式が入っている。
 手早くその中から短いシルバーのショートパンツを手に、水色のトランクスを脱ぎそれに履き替え、そして同じくシルバーのブラを手に取り、腕を通し背中のホックを止める。
 そして、白のエンゼルスーツをかぶる様にして身につけ、真下少佐に貰った真新しい白の銃といくつかのジュエリー型の特殊弾の付いたベルトを締めた。
 最後に予備の銃とナイフの仕込まれたシルバーのロングブーツを両足に履き、再び鏡に向かい、まだ濡れたソバージュの髪をバサっとかきあげた後、ベルトの小さなボタンを押す。
 専用のプロテクターも兼ねるブラとショーツ、そしてエンゼルスーツは瞬時に綾瀬の体を締め付ける。
 胸に出来た小さな膨らみと僅かな谷間。そしてショーツはもうただの突起になった綾瀬の股間の物を押しつぶし、ビーナスラインを作り、ヒップを丸く可愛く整えて行く。そしてスーツのウェストに空気みたいなものが入り、綾瀬のウェストを締め付け、ヒップラインを大きく丸く整え、か細いながらも綾瀬の体を女の容姿に纏め上げていく。
 そのまま個室を出ようとした綾瀬は、ふと足を止め、トランクの中から小物入れを取り出し、鏡に向かった。
「さよなら…綾瀬…浩二。もう、会う事無いよね…」
 綾瀬が手に持ったのはピンクのルージュ。それは綾瀬のふっくらし始めた唇をすっとピンクに変えていく。そして、
「Goodbye!Koji!」
 頭の中にまだ残る男の部分をまるで消すかの様にそう叫びつつ、特訓させられた可愛い女文字で鏡にそのルージュで殴り書きした後、それを鏡に投げつけ、ようやく綾瀬は個室を後にした。
 その時、綾瀬の耳にはここに持ち込み禁止のはずの銃声、そして
「綾瀬!何やってんだ!早く来い!」
 小さく聞こえる真田の声。かなり場所が移動してしまった様だ。一人のエンゼルになった綾瀬は身に付けたインカムのマイクに向かって喋り始める。
「アルベルト署長!中で撃ち合いが始まったの。外は何か変な気配は無い?」
 すこし間が開き、新署長のアルベルトの声がインカムから響く。
「先程遊覧飛行中のヘリがそちらの屋上に着陸しましたが、銃撃戦ですか!?申し訳ないですが、当方は踏み込めません!」
「ありがと!好きよ!アルベルト署長!」
 自然にそういうお礼の言葉が出てくる様になってしまった綾瀬。

 状況は最悪だった。いつの間にか二人のアラブ系の海パン姿の助っ人が加わったエージェント達、そいつらは温泉施設から遠く離れ、階段付近の影に隠れ銃を撃ち、真田を含む追っ手を阻んでいた。既にリカルドはエージェントの後ろにつき、階段を用心しながら上っている。
 応戦するこちら側で銃を持っているのは黒服のマネージャーのみ。俺と二人の警備員がなんとか相手と詰め寄ろうとしているが、さすがにこのままだと銃にやられるのは時間の問題だった。綾瀬が飛び込んできたのは丁度その時だった。
 女子禁制の場所に突然飛び込んできた白い軍服みたいなワンピとシルバーのブーツの女性。さすがに黒服のマネージャーの銃を撃つ手が止まる。
「お、お客様、その格好は!?」
「うるさーい!男がワンピ着て悪いか?」
 続けてエンゼルスーツの綾瀬は階段付近で陣取っていた一人を銃で攻撃。非殺傷のゴム弾だったが、相当の威力らしく、上半身裸のままそれを何発も食らった東洋系の男はの体に瞬時に真っ赤な点がつき、男は悲鳴を上げて転がり悶絶し始め、瞬時に大きな紫の花の様な内出血跡がそいつの胸、腹部と手に出来た。
「真田!奴は屋上のヘリで逃げるみたいよ!」
「またヘリかよ!」
「これ使って!」
 そう言って綾瀬はブーツから予備の銃を外し、俺に投げてよこした。そのまま階段の方向へ行こうとした綾瀬は何かを思ったのか、くるっと反転して黒服のマネージャの所に駆け寄り、腰のバックルを外し、カチッという音と同時に黒服マネージャに見せた。
「日本国軍特殊九十一部隊、エンゼルソードです。誘拐されたお客様の保護の任務を私達に委任される事をお勧め致します」
 小さなバックルはディスプレイになっており、そこには一枚の羽の紋章と、榛名中佐のサインが書かれている。黒服のマネージャはそれを見ると困った顔をした。
「ご存知の様にここはイギリス領です。先程イギリス大使館に連絡しました。十分後に海兵が到着します」
「一分後にはヘリに乗っちゃうっつーの!そうなったら確保も撃墜も出来ないでしょ!?」
「どうしたいのですか?」
 他人事の様なその黒服マネージャの言葉に綾瀬が、女声で声を荒げた。
「なんだよその言い方!あんたたちの問題だも有るんだろ?大事な客がこのままだと拉致られるんだよ」
「イギリス国の問題です。わが国だけでなんとか…」
「エンゼルと契約してください。指紋をこれに当てるだけでいいです。成功したらあなた方だけで解決したと公表して構いません。万一失敗した時とか任務遂行の際の損害は日本国軍が補償します」
「…本当ですか?先日は重要人物を取り逃がしたとの…」
「逃げてるのはその当事者です!うちの面子も有るんです!エンゼルを信じてください!早く!」
 しぶしぶ黒服マネージャは綾瀬の掲示するエンゼルの隊員証のディスプレイに人差し指を当てた。
「ご協力ありがとうございます!」
 そう言うと綾瀬はにこっとしてそれをベルトにしまい込む。見ると既に階段にはもう上がっていったのか人影が無い。近くの窓を確かめるが、頑丈な窓ガラスで開閉も負荷。
 咄嗟に綾瀬は腰からまた一つのジュエルを取り出し、中の柔らかいブラスチック爆弾をガラスに手早く塗り、起爆装置を付け、物陰からジュエルの殻に付いているスイッチを押すと、大音響と共にガラスは割れた。
 ガラスを抜け外に出た綾瀬は建物の屋上に有る石の手すりに向かって、更に一つのジュエルを手に持つ銃の専用銃口に差し込む。飛び出た小さな照準に、手すりの丈夫そうな部分をロックオンして打つと、二本のワイヤーが飛び出し、屋上の手すりに絡まった。
 先程の爆破音を聞いた野次馬連中が綾瀬のまわりに集まりだしてくる。そんな中、ワイヤーを絡めた銃を両手持ち、吊り下げられる様に屋上に上がる綾瀬。
 ショートパンツを履いているとはいえ、群がった野次馬の男共に自分のスカートの中を見られるのは、女の子に変身途中の綾瀬にとってかなり恥ずかしい事ではあったが…。
 屋上では遊覧飛行用のヘリがロータをまわしていつでも離陸可能な状態だった。
操縦士が手すりを乗り越えて走ってくる綾瀬に気づき、慌てた様子で銃を発砲してきたが、綾瀬にとってそいつを仕留めるのはたやすい事だった。服の上からでも相当な威力を持つ非殺戮用のゴム弾を何発も食らったそいつはうめき声を上げ、ヘリの操縦席から転げ落ちる。
 ロータを避け。そいつから銃を奪った綾瀬が見た物は、丁度その時屋上への入り口から外に出てきたリカルドだった。他の四人は綾瀬から借りたゴム弾の銃で俺が倒し、施設のガードマンが連行した為だ。
ゆっくりとリカルドに照準を合わせる綾瀬に驚いたリカルドは再び屋上の入り口へ戻るが、そこで俺と鉢合わせになった。
「手を上げなさい、非殺人のゴム弾だけど、当たると痛いだけでは済まないわよ。とくに裸のおじさまにはね」
 リカルドは綾瀬の声を聞くと、観念した様な顔を見せるが、まだ回っているヘリのローターを見ると、自殺でもするのかそこへ猛ダッシュで走り始めたが、百キロ以上有る奴に追いついて確保するのは簡単だった。
「君、ホワイトデビルの女の子だったのか…」
 俺に後ろ手に掴まれたリカルドから女の子と言われて、ちょっと嬉しいのか綾瀬の表情に少し笑顔が戻るが、
「さあ、どうかしらねぇ?」
 とうそぶく綾瀬。そして、腰のジユエルの一つを取り出してリカルドの手に当てると、そいつからくるくるっとワイヤーが出現し、リカルドの両手首を縛った。
「リカルドさん、あなたを逮捕します。あ、温泉内であたしを助けてくれたことは、情状酌量の余地有りと報告しておきます」
 ノーメイクにルージュの綾瀬がリカルドにそう言ってウインク。
 作戦は成功した。

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