エンゼルソードに花束を!

(6)エンゼルになった相棒

 昨日と同じ快晴の今日、年に一度の日本国軍特殊九十一部隊エンゼルソードの式典。この日のこの時間だけはエンゼルの隊員達は何が有っても一切の作戦行動は行わない決まりだ。
 第二東京シティの軍空港横のエンゼルソード本部内の聖堂の椅子には、十六人のエンゼルソード隊員と三十名の下部組織ピクシーアローの隊員が集まっていた。
 エンゼル士官は皆美人で可愛い。セイレーンコールのパイロットのリリー少尉以外にも外人らしき人物がいた。多分以前聞いたアンジェラ・井上中尉だろう。
 特別来賓で聖堂の中に入るのを許可された特殊少尉昇進の俺と大村、鎌田の三人は基礎訓練の後実戦配備された後、久しぶりの再会だったので、互いにしっかり握手をした。
 大村はめちゃくちゃになって誰も使おうとしない四十二部隊のコンピュータシステムの手直しに奮闘努力し、鎌田は何と敵対マフィア組織に潜り込み、一週間偽の支部長を演じたらしい。
「おかげでたんまり儲けさせてもらったぜ」
 髭達磨の鎌田少尉が笑いながら続ける。
「大村少尉殿、四十二部隊のコンピュータ直った?猿でも使えるシステムになった?」
「いや、猿しか使えないシステムにしときましたよ」
 大笑いする俺達。
「おう、さっき新人エンゼルって奴を見てきたぜ」
「え?どこで?」
「更衣室代わりの空き部屋」
 鎌田の言葉に俺と大村はほぼ同時に噴出す。
「ど、どうやって!?」
 大村の驚いた顔に鎌田少尉がドヤ顔を見せる。
「俺好みのすらっとしたボーイッシュな娘だけど、胸がまな板同然だったねぇ。もう少し大きければ付き合ってやってもいいんだけどなあ」
 そう言ってかっかっかと笑う鎌田。そして続けた。
「よう、大村。木桜大尉の為におめーが作った義眼連動の投影装置、大成功だぜ。エンゼルほぼ全員の裸が…」
「そんなくだらない事の為に俺に作らせたのか!?」
「何興奮してんだよ。テストだテスト。木桜の親父も喜んでたぜ、冥土へのいい土産だってよ」
 木桜大尉の名前を出された大村は何か言いたげなその口をぎゅっと結ぶ。
(綾瀬の裸見て何をこいつら…) 
 俺は横でただ笑いをこらえていた。 
「ところでさ、あのエンゼルの新任少尉って誰だよ?飯島も村瀬も落ちたろ?浜のおばさんみたいに又民間から拾って来たのか?」
 自称エンゼル追っかけの鎌田が首をかしげる。俺は何も知らない振り。その時、
「皆さん、今日のこの日、無事で集まって頂いた事を光栄に思います」
 壇上に榛名中佐が現れ、深くお辞儀。昨日あんな事が有ったにも関わらずに。
 そして榛名中佐の短い挨拶の後式典は始まった。
 最初に賛美歌の様な、綺麗な女性の三重奏の部隊歌が流れる。と、
「今度ばかりは周防准将も相当オカンムリだったらしいぜ。ピクシーから殉職者出しちまったからなあ。榛名中佐更迭、秋元大尉の少佐昇格も有ったんだぜ。まあライゴウの件で相殺になったみたいだけど」
「どこで聞いてくるんだよ、そんな情報…」
 ~我等エンゼル、気高きエンゼル~
 三重奏の部隊歌の中、俺と鎌田がヒソヒソ話している中式典は続いていく。
「続いて殉職者の慰霊式を行います」
 女性合唱団の賛美歌のBGMが流れ、奥の幕が上がると、金の額縁で飾られた七人の遺影が置かれたブルーの祭壇が現れる。
 皆若くて可愛い娘ばかりなのが痛々しい。秋元大尉がまず祭壇に歩み寄り花束を置き、エンゼル全員の手で各遺影の前にロウソクが灯された。
「秋元大尉も可愛そうだぜ。同期は全員殉職だからなあ…」
 いちいち鎌田少尉が俺と大村少尉に解説してくれる。
 任務から開放されたという事で、遺影は私服姿であったが、一人だけエンゼルの制服姿の娘。それは昨日殉職した、結城曹長改め結城中尉。彼女の憧れだったエンゼルの制服を合成した遺影だった。
 そしてエンゼル、ピクシー全員で歌うのは、フォスターの「主人は冷たい土の中に」
 最初は綺麗な歌声だったが、やがて何人かのぐずりだす声が混じり始める。そして一番の最後の「静かに眠れ」の直後、後ろのピクシーから一人、
「真弓!」
 の声と共に一人が泣きながら祭壇に向かい、結城中尉の遺影を抱きしめる。続いて数人がそれに続いて祭壇に登り、遺影を抱きしめた隊員の側に座り、そっと遺影に手を合わせた。
「真弓!似合ってるよ!」
「綺麗だよ!格好…いいよ…」
「熱かったよね…苦しかったよね…」
 口々に涙声で遺影に語りかけるその中には、仲良しだった浜少尉の姿も有った。
「あ、来た…」
「やべ…」
 俺の横で壇上の光景を見た鎌田と大村がそう言って鼻をぐずらせて目頭を押さえる。俺もあの作戦の後空港で別れた時の結城の笑顔を思い出し、そっと目に指を当てた。
「あの、馬鹿野郎が…」
 突然俺達の後ろに聞こえた唸る様な声に俺達は一斉に振り返る。いったいいつのまに来たのか、そこには腕組みをしたまま、じっと祭壇を見据える周防准将の姿が有った。
 慌てた俺達が立って敬礼する暇も与えず、彼は無言で出口のドアに向かい、ツカツカと足音を立て出て行く。
 祭壇上ではピクシー隊員達のその行動を何も言わずに見守り、秋元大尉と共に、相川大尉らしき人物の遺影に歩み寄り、そっと両手を合わせる榛名中佐の姿が有った。
 そして歌が終わると祭壇は幕で閉じられ、まだぐずる声も消えないまま全員が元通り着席した。
「続いて、新任少尉の戴帽式を行います。綾瀬浩二少尉、入りなさい」
「イェッサー!」
 俺達が座っている所の横の扉が空き、指で目頭を触りながら一人のエンゼルの制服姿の女の子が、靴音を響かせて部屋に入ってくる。
「なんだって?あ、綾瀬?」
「ま、まさか…」
 大村、鎌田の同期の二人が唖然としてその娘を目線で追う。ウェーブかかったショートヘア、小さく膨らんだ胸、背中にうっすらとついたブラの線。
 ウェストはまだ寸胴で、まだ小さいけど可愛い丸みを帯び始めたヒップ。目元パッチリメイクに、バラ色の頬、そしてピンクに染まった唇。首に巻いたに青色のスカーフ。
(可愛くなったな)
 そんな綾瀬を羨望の眼差しで見送る俺。
「綾瀬…って、あいつ女だったのか?」
「違う、女になったんだよ」
「んな、ばかな…」
 大村が椅子の背もたれにどっと背中を押し付け、鎌田も口をぽかんと開け、何やら口で呟いていた。
 やがて綾瀬は壇上の榛名中佐の前に行き敬礼。
「綾瀬浩二少尉、着任致しました」


 透き通る様な女声になった声で挨拶。中佐も敬礼の上、壇上のテーブルに用意していたブルーにシルバーの刺繍入りの小さな軍帽を両手に取る。
「大変な立場と任務を引き受けて頂いてありがとう」
「身に余る栄誉、光栄であります」
「名前は、あれでいいのね」
「はい、気に入っております」
 壇上で綾瀬と会話しつつ、とうとう中佐は軍帽を両手に持つ。
「もうしばらくしたら、男性に戻れない体になるけど、いいのね」
「はい…、覚悟出来てます」
 そして、全員の拍手の中、綾瀬の頭にエンゼルの軍帽が付けられた。中佐殿に敬礼の後、そのままくるっと皆の前に向き直り、再度敬礼。
「本日、綾瀬浩二の名を軍籍から抹消。綾瀬留美の名前を追記します。そして彼女の体内に卵巣と子宮機能の一部が確認できた為、今日より綾瀬少尉を女性として扱います。暫くは栗原中尉の指揮下に入ってください。アンジェラ井上中尉、木暮中尉も綾瀬少尉のサポートを願います」
 榛名中佐の声に、ちょっと照れくさそうに笑う、綾瀬留美になった綾瀬浩二。
「綾瀬、可愛いよ」
「留美せんぱーい!」
「今日から女の子だよー」
 壇上から降りてエンゼルの一番前の空いている席に座る、彼女になった彼に声援が飛ぶ。
「ありゃもう、女の目だなあ」
 鎌田少尉がぼそっと呟いた。
「綾瀬留美少尉の戴帽式を終わります。最後に連絡があります」
 壇上のスクリーンに何やら文字が写され、その瞬間会場がざわめいた。
「今日より、エンゼルとピクシーの心得を一つ増やします」
 スクリーンの文字は、一番上に赤で
「一.生還」
 と書かれ、以降黒で
「二.任務 三.正義 四.正確機敏」
 となっていた。
「以上、式典を終わります。全員敬礼!」
 俺達も起立し、彼女達に敬礼した。会場がざわつき、早々と出て行くエンゼル達もいる。
「各人任務に戻りなさい。それから秋元大尉、某国大統領のSPの依頼が有ります」
 すっと榛名中佐の前に来る秋元大尉。
「栗原中尉、特命があります。後で部屋に来てください。それから、綾瀬少尉」
 女性になった綾瀬を優しい眼差しで見る榛名中佐。
「麻薬カルテル捜査の依頼が有ります。今すぐブラジルへ行って下さい。初任務なので森井少尉が同行します」
 榛名中佐の声に、ミニスカートの制服を着たテレ隠しなんだろうか。トントンとおどけた足取りで森井少尉と共に彼女から指示書みたいな物を手渡され、しきりにスカートの裾やお尻に手をあて、そして森井少尉と共に部屋の出口へ向ってくる綾瀬。
 途中で何かペンらしきものを落とし、おもむろに膝を揃えてしゃがみ、それを拾う彼女?の股間にちらっと白い物が見えた。相当女を仕込まれたらしい。
「惚れた…」
 鎌田少尉がそれを見て。ぼそっと言う。
「惚れた!綾瀬留美は!俺の嫁!」
「バカ!あいつは元綾瀬浩二だぜ!」
「まだあれ付いてんだぜ!」
「かんけーねーよ!それになんでそんな事知ってるんだよ真田!」
 俺達ががやがややっている時、
「森井少尉!綾瀬少尉!」
 榛名中佐の声に立ち止まって振り向く二人。
「無事に、帰ってきて下さい」
 中佐のその言葉ににっこりして敬礼する二人。と、
「るーみちゃーーん!」
 立ち上がってまるでアイドルコンサートの掛け声みたいに綾瀬に声援を贈る鎌田少尉。
「ばかやろー!」
 鎌田の脚を交互に蹴飛ばす俺と大村。冗談じゃねーよ!こんな奴に留美を渡してたまるかって、何考えてるんだ俺…。
 聖堂の出口から出て行く時、俺達に胸元で手を振りウインクして行った綾瀬留美。そのスナップがシャッター音と共に俺の脳裏に焼きついた。

 その日の午後、俺と大村少尉は綾瀬少尉見送る為、軍港の整備工場横にいた。大村少尉には綾瀬のこれまでの事を話しておいたが、彼はまだ信じられないという顔を続けている。
 俺達のすぐ横では、整備の終わった真っ白な「セイレーンコール」が牽引車に引かれ、ゆっくりと格納庫から滑走路脇へ引かれていく。何気なくそれをを見ていると、やがて本部建物の玄関から、綾瀬少尉が栗原、森井、浜、リリーの隊員達と現れた。
「真田、見てよこのウィッグ。変装用につけさせられたんだけどさ、だっせーだろ?」
 ウィッグでロングヘアになった綾瀬が、自分のそれを指でいじくりながら、見送りに来ている俺達の横に来て立ち止まり、続いてリリーと浜も立ち止まる。
「よー、お久しぶり、元気してた?」
 綾瀬より先に浜少尉が俺達と軽く手をタッチ。
「オウ、コノヒトガ、ルミノイイヒト、デスカ」
 俺と大村を間違えたリリー少尉に皆が笑う。
「綾瀬少尉、遅刻は厳禁よ。わかってるわね」
 栗原中尉と森井少尉は俺達をちらっと見ただけで立ち止まらず、そのままセイレーンコールの下部の搭乗口へ歩いていった。
「ねえねえ、これ、女になった記念に榛名中佐からもらったの!かわいいでしょ」
 そう言って綾瀬はシルバーのチェーンの肩紐の付いた、可愛いピンクの小さなハンドバッグを俺の目の前でチラチラさせる。
「あーそう、よかったね」
 適当に相槌を打つ俺。と、その時、
「るみちゃーーーん!」
 ドスドスと音を立てて大きな花束を持った鎌田少尉がどっからともなく現れる。
「留美ちゃん、エンゼル就任おめでとう」
 そう言って花束を綾瀬少尉に手渡す鎌田少尉。
「お前、その、何か勘違いしてねーか?」
 大村少尉が呆れた様に言う。だが、鎌田少尉のその姿は不器用だけど、何か優しさが感じられた
(しまった。俺も何か用意しときゃ良かった)
 ちょっぴり後悔した俺。とその時、
「ひげぶたー」
「ひげだるまー」
 どこかで聞いた声と共に、瓜二つの二人の小柄なエンゼルが俺達の横をすごいスピードで走りぬけていく。
「なんだよあいつら!小学生のガキかよ!」
 鎌田少尉のその声に、奄美まどか、ひみかの両少尉が振り返って笑顔で俺達に手を振り、そしてセイレーンコールの下へ消えていく。
「鎌田少尉、ありがとう」
 横では受け取った花束の香りを楽しむ様にする綾瀬の姿。その仕草は男だった時の綾瀬からは想像も出来ない。
「綾瀬、お前本当に女になっちまったんだな…」
 俺のその言葉に綾瀬少尉は何も言わず、ただ笑うだけ。
「そろそろ時間。遅れると栗原中尉に怒られるから」
 セイレーンコールへ向かう、一人のエンゼルになった綾瀬浩二の後姿を俺達はただ見送った。と彼女はくるっと俺達の方を向く。
「綾瀬留美、勅命によりブラジルへ行って参ります!」
 そして花束を抱えながら俺達に靴を鳴らして旧ドイツ軍方式の敬礼。ただ昔と違ったのは肩をすぼめた女性式の敬礼だった事。すかさず俺達三人も揃って敬礼。
 そして綾瀬は笑顔を残し、セイレーンコールの搭乗口に消えて行った。

 サブエンジンの音が鳴り、そして程なく、
「ホォォォォォォォォ」
 女性のコーラスの様な垂直離着陸用のエンジン音と共にセイレーンコールが浮き上がる。気のせいか、前に聞いた時よりももの悲しい音に俺は感じた。そして大空に消えていくそいつをただ無言で見送る俺達だった

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