普段着のままで銃を手にした俺が倉庫の扉を開けた時、中では耳をつんざく銃声が木霊していた。。
すかさず俺の所にも弾が飛んでくる。咄嗟によけて飛び込んだ先には、榛名中佐と、あのTシャツと花柄のミニスカートにGジャンを羽織った綾瀬が既に応戦していた。
銃を構えつつ綾瀬と言葉を交わす俺。
「奴はどうする気なんだ?囲まれてるし、こんなことしても逃げ切れねーってわかってんのか?」
「中佐も言ってたの!訳わかんないって!とりあえず生け捕りにしろって上から。だからあたしたちが応戦してるの!」
すっかり女言葉になってる綾瀬。フォッカーは倉庫隅の積まれた航空機のタイヤの陰に陣取り、銃を乱射している。
「フォッカーの横にいるのは空港守備の兵士じゃねーか!」
「四人いる。相当の手練よ。いつのまにもぐりこんだのか」
「特殊で今いるのは?」
その時パパパパパ!と俺の横の木箱に相手の弾が当たる。
「榛名中佐の他に、二時の方向に秋元大尉、浜、リリー少尉。何部隊か大至急ここに向ってるけど、一番近い三十一部隊でも五時間…」
再び耳をつんざく音と共に俺の前の木箱が割れる。すかさず綾瀬の元に飛び移り、銃で応戦する俺。
「なんでこんな日にあいつが暴れ出すんだ?」
「フォッカーはぼけ老人のふりしてたらしいの。それに引っかかって…」
綾瀬はそう言ってスカートをひるがえし、前の工具入れの影に隠れ、俺も続いた。そして一息つくと残念そうに言う。
「見張りの結城曹長が、守りの手薄な今日の事をうっかり喋ったらしいの」
俺は黙って床をドンと叩く。
その時、俺の入ってきた扉から黒鉄にピンクの戦闘服を着たピクシーの女性兵士が一人、銃を持って部屋に駆け込み、俺と綾瀬の前のボイラーの影に向う。
「危ない!」
小銃の音と共にボイラーに弾の当たる音が鳴り響き、その子は短い悲鳴を上げてボイラーの影に転がり込む。
「結城!」
綾瀬がそう叫ぶと、結城はこちらを振り返る。
「あたしのせいなの!あたしが悪いの!」
「わかったから下がれ!お前にどうこう出来る相手じゃねーよ!」」
「結城曹長!あなたは謹慎中のはずでしょ!戻りなさい!」
結城に向って俺と榛名中佐が叫ぶ。と彼女が続ける。
「頑張って!栗原と森井が今到着したって!」
と、綾瀬が俺の方を向いてほっと一息つつく。
「栗原霞中尉と森井沙弥香少尉だ。なんとかなるといいけど…すごいな……二十人もう片付けて帰ってきてたんだ…」」
栗原中尉の名前は鎌田少尉から聞いた事有る。なんでもエンゼルで一番やばい奴らしい。が、この場合は頼れそうだ。綾瀬の言葉に俺はやっと一息入れる事が出来た。
程なく走ってくる二人の足音が聞こえ、二人のエンゼルが小銃を手にドアを蹴り開けて入ってくる。
(あれがそうか、どんな奴?熊かレスラーみたいな奴か?)
そう思って交戦中も興味津々でドアを見ていた俺。しかし、予想はすっかり外れていた。白の制服にシュシュでロングヘアを纏めた二人。一人はあどけなさを残す美少女、一人はメガネをかけたインテリ風。
「二人とも、状況はわかってる?」
「モニターしました!」
「プロテクターを!」
「いらない!五人でしょ!かえって邪魔よ!」
榛名と会話した二人のうち、すっと俺の横に来たのは、綾瀬によると森井沙弥香らしい。そのあどけない顔が、相手を見るなり笑みを浮かべ、目が獲物を狙う様に鋭くなる。
「大尉!リリー!夕日!援護お願い!」
イアリング型の通信機で秋元大尉達に応援を依頼すると、猛然とフォッカー達のいる場所へ突進する栗原中尉と森井少尉の二人。銃弾をかいくぐり、息もぴったりに交互に物陰に隠れては、飛び出し、障害物を乗り越え、転がり、跳ね避け、まるで敵の銃弾の球筋を読んでいる様。
戦闘ロボットの様な二人にフオッカーの横の一人の兵士が悲鳴を上げ、脅えた様に小銃を落とし、すかさず小銃で森井を撃つ。
「ひとおつ!」
「ふたあつ!」
弾が当たる度、森井が叫び、服が一瞬光るが彼女は止まらない。次で服のバリアは消える。
「さあ!撃ちなさあい!」
兵士が三発目を撃つと同時に、金属を仕込んだ森井のブーツの旋風脚が兵士の首筋に決まり、悲鳴も上げずにそいつは倒れた。
もう一人の兵士がそれを横で見てひるんだ途端、栗原がそいつに飛びかかる。瞬時に兵士の頭は百八十度後ろ向きになっていた。あの体のどこにそんな怪力が…。
秋元大尉達三人と撃ちあっていた他の二人がその様子を見てフォッカーの前に立ちふさがる様にした時、
「今だ!」
「オッケー!」
綾瀬の声に俺が答え、物陰から転がり出てクロスした後、同時に二人を攻撃、命中した所を後ろで構えていた秋元大尉の自動小銃が二人を蜂の巣にした。すかさず栗原中尉がフォッカーを確保し、長い髪でフォッカーの首を締め上げる。
「さーあ、元気なおじいちゃん。美女の髪で堕ちるってのはどぉ?」
細い眼鏡の奥で彼女の目が光った時、フォッカーは苦しそうな声で答えた。
「いいのかい、お嬢ちゃん。俺の心臓は核爆弾だぜ」
「な、なんですって!?」
栗原の手が緩む。
「たくさん人が集まったじゃねーか。俺ももう年だしいつでも死んでかまわねーよ。まあここで俺を殺したり、怒らせたりしたら、即ドカーンだぜ!」
全て終わったと思った一同は、栗原の手から逃れて非常口から外に出て行くフォッカーの姿を見て唖然とした。
「榛名中佐!奴は体に核爆弾持ってます!」
「全員避難させて!」
各部署にそう指示しつつ、フォッカーを追う俺達。
「油断したんだ。ろくな身体検査もせず…裸同然で運ばれた事や、見事なぼけ老人ぶりに…」
俺の横で綾瀬が悔しそうに言う。
建物の屋上に追い詰められたフォッカーは、空港警備用の対空レーザー砲に取り付いていた。
「こうすると手動になるんだぜ」
手早く何か操作していたフォッカーは、そういって銃口を俺達に向けた。
「よぉ、ミス・ハルナ。いるのはわかってるんだぜ。俺はフォッカーなんて名前じゃねえ。ドクター・ライゴウだ。名前に聞き覚えが有るだろ」
榛名中佐の顔色がみるみる変わっていく。
「あの、ブラックホール砲の…」
榛名中佐の声にライゴウが大笑いする。
「そうだ!お前達に全て奪われた後、俺は隠居させられちまったさ!」
再度大笑いの後、ライゴウは意地悪く榛名中佐に言う。
「さて、俺にヘリコプターを一台プレゼントして欲しいんだなあ。国境でヘリ空母が待ってるんだ。断ったり撃ったりしたら即ドカーンだぜ」
俺達は何も出来ず、ただ奴を睨むだけだった。
「早くしねーか!それともぶっ壊してーか、この空港!」
そう言うと、ライゴウはレーザー砲の向きを変え、屋上の施設に向けて二発ぶっ放すとレーダー設備と管制塔の一部が吹っ飛ぶ。
とその時、
「やめて!おじいちゃん!」
そう叫んだのはいつの間にかライゴウを取り囲む隊員の前に出てきた、ピクシーの結城曹長だった。
「結城曹長!下がりなさい!」
榛名中佐の声に怯まず、結城曹長があろうことにライゴウに近づいて行く。
「何やってんだ、あいつ!」
俺も屋上の柱の影に隠れ、結城の行動をひやひやしながら見守っていた。
「どうしちゃったの!?おじいちゃん!ねえ、戻ってきてよ!また宇宙と星の話してよ!みんな楽しみだったのにさ!」
結城は説得という皆の考えつかなかった行動に出た。
「よう、真弓ちゃん。クッキーと紅茶旨かったぜ!」
そう言うと、ライゴウは結城曹長にレーザー砲の照準を合わせた。
「嘘でしょ…」
それが結城が最後に発した言葉だった。
「結城!逃げて!」
秋元大尉の言葉も空しく、ビーム砲は結城の胸元に直撃。粘着性のビーム粒子は無言の結城を瞬時にして青白い人型に変える。
「キャアアアア!」
結城の同僚のピクシー隊員達は悲鳴と共に顔を手で覆い、物陰に隠れる。
それはのた打ち回る様に地面を転げまわり、着ていた戦闘服を蒸発させた後、動かなくなり、人型を失って赤黒い球体になり、ボンと音を立て粉々に破裂した。
声にならない皆の悲鳴が屋上に響く。
「あの、バカ野郎!」
俺はまだ一部赤くてブスブスと音を立てている灰になった結城を見て目を覆う。綾瀬も銃を持ったまま目を逸らした。
「なんて、奴…」
悔し涙を流しつつライゴウをじっと睨みつける榛名中佐。その時だった。
(榛名中佐、私を投げてください)
誰かが耳元で囁く声に彼女はどきっとする。
「中佐、聞こえました?」
「あなたも聞こえたの?」
驚いて見詰め合う榛名中佐と秋元大尉。
(次に銃口が光ったら、私を、指輪を投げて下さい)
その声は、ブラックホール砲を浴びてダイヤになった、相川由美の声。
「ま、まさか…」
「由美?由美なの?」
(早く!逃げられちゃう!)
半信半疑だった榛名中佐が指輪に手をかける。また、下部組織から殉死者を出した事で、自分にはもうこの先が無いと思った事は事実だった。いっそのこと、自分も結城と同じ様に…。
「撃ちなさいよ!」
「なんだと!」
「撃つなら撃ちなさいよ!撃ってみなさいよ!」
「気でも狂ったか!ババァ!」
レーザー砲の照準が向いた時、自分手から指輪を外し、思いっきりライゴウに投げつける榛名中佐。
ブラックホールはまだ微かに生きていた。同時にライゴウが放ったビームの熱で瞬時にダイヤの殻が外れたそれはライゴウの体とレーザー砲と熱線を瞬時に吸収し始める。
そしてライゴウの死と共に発生した核爆弾のエネルギーは直径数メートルの球形に閉じ込められ、青白く光った瞬間、次第に消滅し始める。
(大好きだったよ。お母さん、秋元…)
二人の耳に、相川の最後の声が聞こえた。
「お、お母さん…」
光が消えた後の屋上に出来た数メートルの丸い穴を見つめながら、榛名中佐が呆然と呟く。
「なんだ!?」
「た、助かったのか!?」
皆が予想外の結末にざわめき始める。そんな中、横にはペタン座りして、燃え尽きた結城の白い灰を呆然とした表情で指先で集める浜少尉と秋元大尉の姿が有った。
「結城、ごめん。助けてあげられなくて」
そう言って暫くその様子を眺めた榛名中佐は、秋元大尉の横に座る。
「秋元大尉、あたしね、お母さんになったらしいの」
「そうみたいね…」
屋上の全員の視線の先には、鼻をぐずらせながら一緒に結城の遺灰を集める榛名中佐の姿。そんな穏やかな顔の榛名中佐は誰も今まで観た事はなかった。
何事もなかったかの様な青空の下、屋上に静けさが戻る。