エンゼルソードに花束を!

(3)シニガミ(四十二)とクノイチ(九十一)

「ばかやろう!伏せろ!」
 四十二部隊爆破専門の小田少尉の声と共に吹き飛ぶ訓練用フィールドの車。
 爆薬運びで鍛えた小田少尉の腕ががっちり俺を押さえ込む。
「何回!言わせりゃ!わかんだ!よ!爆風の!向きに!注意しろ!と!」
 俺に頭突きを食らわせながら小田少尉。そして爆風替わりの水蒸気の中から古参の森田少尉が突っ込んでくる。
「ざけんじゃねー!真田!実弾だったら俺の脚すっ飛んでたぞ!」
 兵士一人担いでの脱出訓練も相当厳しい。何人もの怪我した兵士が俺の肩の上で死んでいった。。
「やたら撃つんじゃねえ!少ないチャンスで的確に狙え!絞れ!」
「仲間殺しに来てんのかおめーはよ!可愛いねーちゃん担いでると思え!」
 俺の肩の上で酒瓶片手に怪我をした兵士役の先輩の谷口少尉が怒鳴る。
 
 日本に戻ってから一週間訓練漬けの後、ようやくの非番。俺は疲れた体で同部屋の綾瀬の荷物とか服を段ボールに詰め、車で街はずれの工場の二階の彼の部屋へ行く。
「あ、ありがとう真田」
 スリムなジーンズに可愛らしいTシャツ姿の綾瀬が、伸びたウェーブ髪に手を当て迎えてくれた。
 ガランとした部屋に、俺が運んだダンボール箱の横に開いたダンボールが五個。
「俺もたまにしか帰って来れないからさ、部屋の事なんにもしてないし。どうせ仮の住まいだし」
「お前普段着どうしてるんだよ。俺の部屋に置いたままだったろ」
「え、まあ…なんとか」
「着てるの女ものだろ?」
「あ、わかった?」
「まさかお前あの箱…」
「あ!だめそれ!」
 俺が立ち上がる前にそう叫んでダンボール箱の前に座って俺に両手でダメのポーズをする綾瀬。
「はーぁ…」
 俺は大きくため息を付いて床に座り込み、日焼けしてたくましくなった左手の袖をまくり綾瀬に見せる。
「お前なあ、俺毎日しごかれてこんなだぞ…」
「うわぁ」
 綾瀬が俺の左横にすっ飛んできて俺の二の腕を触る。
「うわ、硬い…」
「おめーはどうなんだよ?」
「え?あたしなんてさー、ほらこんな…」
 そう言って自分の白い腕を見せかけた綾瀬が思わず自分の口に手を当てる。
「おめー!今何て言った!あ・た・しだと?」
 しばし見詰め合って凍りつく二人。
「だ、だって、仕方ないじゃん!毎日女に囲まれてさあ」
「女に囲まれて、毎日何やってんだよ!」
 俺の言葉に口を尖らせる綾瀬が続ける。
「暗殺術とか、詠(えい)春(しゅん)拳(けん)とか、女の基本動作とか、ギャルトーク…とか」
 最後の方は口をもごもごさせる綾瀬。俺はもう綾瀬とは以前の対等な立場ではなく、むしろ男と女みたいな立場になったと確信した。
「だって…俺、もうすぐエンゼルに行くし…、それまでに女を覚えろって言われてるし」
「断れなかったのかよ!」
 俺は綾瀬の両肩を掴んでゆする。
「断っちまえ!そんな…ばかげた事」
「断れねーよ!」
 久しぶりに聞いた綾瀬の男らしい声だった。彼は続ける。
「辞令の時、周防准将の横に榛名中佐がいたんだ」
 両肩の俺の手をゆさぶる様に振りほどく綾瀬。
「エンゼルソードに入って、危険度の高い任務を女性の容姿でやってくれないかって」
 ちらっと俺の顔を見た後、うつむいて彼は続ける。
「エンゼルの隊員は極めて優秀だけど、所詮男と女では持って生まれたものが違う。土壇場の判断力はやはり男の方が鋭い。しかも女は自己犠牲の道を取りやすい。可愛そうだろ!自殺用の薬仕込まれてさ!汚くて辛くて危険な任務に失敗しても、名前も存在も消されるなんてさ!」
 そしてぼそっと呟く。
「榛名中佐が悪いんだよ…女の地位向上とか、女にしか出来ない任務とかさ。華麗に優雅にとか、訳わからんしさ、隊員の安全は二の次なんだよ。だからあれだけの組織になったんだと思うけど…」
 そして綾瀬はしっかりと俺の顔を見る。
「断ってもいいって言われたけど、俺は受けた。幸い俺、体は華奢だし、顔立ちも女っぽいらしいしさ。可愛そうな特殊の女の子達の為に!殉職した女の子達の為にさ!」
 綾瀬の言葉を聞いて、俺は心のわだかまりが解けすっとした思いだった。昔のままの綾瀬でいてほしいというのは、単なる俺のわがままだ。何も言わず、俺は綾瀬に右手を差し出す。
「わかったよ。おめーがそこまで言うなら。がんばれな」
「うん、ありがと!」
 二人握手する手に力が入る。

 サバイバル訓練なんてのもある。木桜大尉が部屋に貼ってる地図にナイフを投げて選んだ選定地は、事もあろうに昔、新日本帝国になる以前の某国と国境紛争の舞台となった無人島だった。
「無人島かぁ、久しぶりだあ」
 まるでバカンスにでも行く様なラフないでたちにサングラスの木桜大尉が、チャーターした漁船の舳先で大あくびをする。漁船の中では俺と鎌田少尉と大村少尉が落ち着かない様子で座り込んでいた。傷んだ魚の臭いの充満する揺れる船内では、大村少尉が少し船酔い気味になっている。
「いや、船だけは、ちょっと弱いんだ」
 目をつぶって何か独り言の様に歌っている鎌田少尉の横で、軽く咳をしながら眼鏡を外し、涙を拭き大あくびする秀才君。大丈夫かよお前。
 無人島の桟橋から浜辺の奥のテントに荷物を降ろして運んだ後、雲ひとつ無い空の下、大の字に寝そべって休憩していたのもつかの間、俺達三人は、波の先に見える小さな岩礁までの遠泳を命ぜられた。聞くと片道二キロらしい。

「サポートの船無しかよー」
 時刻は昼近くだろうか。少し暑くなってきた日差しの下、海パン一枚になってがっかりしてそう叫んだ俺達は、もう半ばヤケで無人島の砂浜から海に入った。
「おい、さっさと行って帰ってこようぜ」
 と、俺達の目には、桟橋に乗ってきた漁船とは異なる、白くて小さなクルーザーが横付けされているのに気がつく。
「エンゼルのクルーザーだ!誰だろ?」
 エンゼル追っかけの鎌田の言葉。と、クルーザーから白のあの制服の女性がひょいと顔を出す。
「あー、新兵君ね。がんばれよー。おーいヒゲブタ、沈むなよー」
 そういえば、訓練続きで女性に会ったのは何週間ぶりだろう。ちょっと年は食ってる感じだが気のよさそうなお姉さんという感じ。こんな人もエリートの一人なのか。と、
「なーんだ、浜のおばさんじゃないっすか」
「なんだよこのハゲブタ!今の言葉聞き捨てなんねーぞ!」
 そう言いつつ、手元に転がってた貝殻とかを鎌田少尉に投げつけ始める、浜というエンゼル少尉殿。どうやら鎌田少尉とは旧知の仲らしい。あ、浜って、そういえばフォッカーの件で結城曹長を迎えに来たエンゼルの中にいた…。
「そっかあ、おばさんが来てるのかあ。じゃあ今晩のメシは大丈夫だな」
 唯一民間からエンゼルに入った人。世界中の動植物と毒と食料品に詳しく、フェンシングの名手。確か綾瀬がそう言ってたな。
「知ってっか?あのおばさん三十路越えてんだぜ。秋元大尉より年上なんだぜ。まあエンゼルの中では気さくで話しやすい希少な人だけどな」
 そう言って、両手で海水をすくってざばっと体にかける鎌田少尉。そうか、道理で年配の鎌田少尉と話が合うわけだ。
 
 ようやく目的地の岩礁まで半分の所まで来た様だ。俺と大村大尉は、少し遅れがちの鎌田を待ち海面に浮きながら休憩。殆ど無風なのが幸いだった。しかし、
(やっぱり訓練なんだからサポートの船は付けてくれよ)
 そう思った瞬間、海面下、俺の足元近くで何か白い大きなものがすごいスピードで泳いで行くのに気づいた。
「お、おい、大村!今の」
「やっぱりそうか!お前も見たか!?」
「イルカ?」
「こんなとこにイルカなんかいねーよ」
「まさか、サメ??」
「変な事言うな!」
 ほどなく追いついた鎌田も、今俺達が目撃した物の話を聞くと、
「勘弁してくれーぇ!」
 とパニック状態。と、そこへ突然すぐ横の波間からひょこっと、全く瓜二つのおかっぱの座敷わらしみたいな少女の頭が二つ現れる。
「うわああああ!」
 俺達はあわてふためき、無人島の方向へ向きを変え、必死で海面をかく。
「あー、ヒゲブタだー」
「秋元のねーちゃんのパンツ見て怒らせた人だー」
 声まで同じの二人の少女の声に、俺は何がなんだかわからず溺れかけて海水が鼻に入って咳をした。なんだこいつら!?しかもヒゲブタだと?俺達の事知ってるのか!?海の妖怪か幽霊じゃなかったのか?
「も、もしや、エンゼルの、奄美姉妹?」
「うん、そーだよー」
「よく知ってるじゃーん」
「いや、その、お噂はかねがね…、でもお会いするのは初めてで…」
 波間に浮かびながら、二人の少女に鎌田少尉がぺこぺこしている。そういえばよく見ると海面下の二人の服装は確かに先ほどの浜少尉と同じエンゼルの制服。ただ、異なるのはブーツのかわりに大きな足ひれを付けていた事だ。俺と大村は向き合ってほっと安堵の表情をする。
「先行ってるねー」
「もう少しだからがんばりなー」
 そう言って再び波間に沈む二人。直後に猛スピードで海面下を島に向かって行く二つの白い物体が波間に見える。
「あの二人がいるなら、こんな訓練なんて屁でもねえ」
 そう言うと鎌田は見違える様な元気な動作で波をかき分け始める。
「あの二人って?」
 俺は鎌田少尉について行きながら質問。
「奄美まどか、ひみかの双子の少尉だ。元々は海女だったらしい。海域全般の軍事と海難・沈没事故救助とかのプロフェッショナルだよ」
「へーぇ」
 いつのまにか横に来た大村少尉も驚きの声と口笛を上げる。
「あの二人はテレパシーで通じてるのかと思う位息がぴったりだ。唯、多分ごらんの通りの天然性格の為だろうか、扱いが難しいから中尉の下には付かず、秋元大尉の直属らしいぜ」
「本当詳しいなあ、お前」
 泳ぎながら鎌田少尉の話に相槌を打つ俺。
「特に沈没事故では、ここ二年で百人以上救助してる」
「へえ、海猿なんて目じゃねーな」
 大村大尉の言葉に、ふと鎌田少尉が目的の岩礁を向いてぼそっと喋る。
「沈めた船も…、百隻以上だ…すげ!もう着いてやがる!」
 俺の目にもはるか先の岩礁に立つ白い二人の人影が見えた。
「おっかねぇー!」
 俺は驚きつつも、一安心して水をかく力を強めた。
 
「なんだありゃ!?」
 ようやく岩礁に泳ぎ着いて一息付けると思いきや、その先にはさほど遠くない所に黒っぽい船が浮いている。小型だが先端には機銃が一丁装備されていた。
「新日本(帝国)なら、明らかに領海侵犯だよな?」
「密漁の手助けかもしんねーな」
「どうすんだよこれ…」
 俺達は口々にそう言いつつ、岩礁に上がる事もままならず、岩陰に隠れ、じっとその様子を伺う。すぐ近くで二人の奄美少尉も岩礁の岩陰に隠れてかわるがわる顔を出していた。
「敵だよね?」
「うん、間違いなく敵」
「やっちゃう?」
「待って」
 その会話を聞いた俺達が驚きの表情で凝視するのを無視して、まどか、ひみかのどちらかが、なにやらインカムで話し始める。
「まどかでーす。…うん非番だけど、前に言ってた四十二の新兵訓練に付き合ってる。場所?ポイント二〇二八…。…そんな事木桜じいちゃんに言ってよ…。あ、あのね、領域侵犯の不審船がいるの。見える?」
 そう言って彼女は耳につけた小さなインカムの母機の角度を調整する。多分カメラが仕込んであるのだろう。
「やっちゃっていい?…あっそう、うん、わかった」
 相手は多分秋元大尉だろうが、なんという気の抜ける軍事機密通信だ。
「やっちゃえって」
「あっそ」
「沈めるだけだよ」
「おけ」
 短い会話を交わした二人は、腰のベルトの装備を軽く確認。すると、いつのまにかフィンからブーツになっていた両足は、瞬時にシルバーの布みたいなもので覆われ、下半身がまるで人魚の姿そのものになり、瞬く間に不審船の方向へ大きな水音を立てて飛び込んでいく。
 と、程なくその船では三人の兵士が慌てふためく姿が見えた。一人は機銃にとりつき、一人はなにやら悲鳴を上げ船の操縦席の屋根に登っている。
 機銃の音が一瞬したかと思うと、船は白い煙と鈍い音を立て、乗組員を振り落としながら船尾から瞬く間に沈んでいった。
「やべ、あいつらこっちへ来る」
 救命具らしきものに取り付いた不審船の三人の姿を見て、俺達はまだ疲れの残っている体にムチ打って、元の浜辺へと泳ぎ出した。

 元の浜辺へ戻ったのはもう夕方近く。疲れきって死んだように浜辺に寝転がる俺達。だが寒くなってきた気温が俺達をそうはさせなかった。震える体で浜辺の奥の森へ向かうと、そこには焚き火付きの野営地が出来上がっていた。これ幸いと服を着替え、自分の荷物から毛布を取り出し、体に巻く俺達。
 とにかく腹が減った。なんでもいい、早く食いたい。予定だと食料は現地から調達の予定だが…。とその時、
「はーい、おまちどうさまー、今日はおっきなムササビ蛾の幼虫がたくさん捕れましたよー」
 どこからか現れたエンゼルの浜少尉が、制服の上からエプロンを羽織り、大皿になにやら一杯載せて持ってきた。それを見た木桜隊員以下俺達含めて全員が悲鳴に似た声を上げる。
「な、なんだこりゃあああ!」
「何って、ムササビ蛾のー、幼虫のー、塩焼き…」
 木桜大尉の言葉に、不機嫌そうに答える浜少尉。
 大きなフランクフルト位ある茶褐色のイモムシが、まだ皿の上でジュージューと音を立てていた。俺もちょっとこれを口に入れるのは勘弁したい。
「おやっさん(木桜大尉)!今日は海の幸づくしのはずじゃなかったのかよ!?」
「おい、おばさん(浜少尉)!人魚の二人(奄美少尉)は、どうしたんだよ!」
「あの二人なら、予定変更でさっきの不審船の件でとっくに本土に報告に帰ったわよ」
 道理で桟橋からクルーザーが消えていた訳だ。木桜大尉と部下の隊員の文句に浜のおばさんも負けてはいない。
「大体あたしたちエンゼルを食事の調達と調理に使おうなんて魂胆が嫌らしいわよ!可愛そうにあの二人、非番なのに仕事してさ!逆にあんた達なによ!訓練とは名ばかりのバカンスの予定だったんでしょ!」
「あー、わかったわかった!」
 とうとう木桜大尉が折れたらしい。と、
「おい、ヒゲブタ、お前食ってみろ!」
「嫌っすよ!勘弁してくださいよ!」
 大尉殿に睨まれても必死で抵抗した鎌田少尉の顔近くの木に、すかさず木桜大尉のナイフがバィーンとささる。ナイフは昔周防准将にも手ほどきをした事があるらしい。
「俺、今気が立ってんだよぉ…」
「わかりましたよ!食いますよ!」
 と、鎌田少尉の目には、皮をまるでバナナの皮でも向く様にして口にほおばる浜少尉の姿が有った。少し安心したものの、
「アチチ…」
 と言いながら鎌田少尉はそれを指先で摘み、隊員全員の視線を気にしながら、しかめっ面で目をつぶりながらゆっくりそれを口に入れる。と、俺達の期待はいい意味で裏切られた。
 鎌田少尉の顔はしかめっ面から普通の顔に戻り、そして驚きの顔になる。
「…うまい…」
「なんだとー!?」
「いや、うまいっすよ、これ」
「ほんとかよ!?」
「騙すつもりじゃねーだろな?」
 皆の驚きの顔をぐるっと見渡し、口をもぐもぐさせながら、皿から二匹目を摘む鎌田少尉。
「いや、油っこいイベリコ豚の焼肉っすよ、これ」
 木桜大尉も首をかしげながら皿に手を伸ばした。
「あたり前じゃん。そいつら木の実とか果物とかどんぐりの類しか食べないんだから」
 木の枝にイモムシをさした物を手に、しれっと言う浜少尉。たちまち全員がその皿に手を伸ばす。俺もおっかなびっくりで摘んで口に入れたが、腹も減ってるせいか、その油っこさは体に心地よい。
「うん、悪かぁ、ねーな…」
「ソイ・ソースねーか?」
「俺は胡椒の方がいいな」
「まあ、油っこいソーセージと思えばな」
 たちまち場の空気が戻り始める。
 期待していた魚介類こそなかったが、食い物は酒と気味悪いけど美味い焼肉、非常食の乾燥肉とナッツ類だけ。それにアコーディオン、ハーモニカ、ギター、即席のパーカッション。戦闘時以外は皆陽気で歌好きの連中の声がどんどん大きくなる。
 疲れた体に酒が入った俺は、少し休もうと波音のする暗闇の砂浜に足を運ぶ。しかし、後から追ってきた浜少尉がそれを許してくれなかった。
「はあーい、新人君。ちょっといいかしら?」
 ウィスキーの瓶とグラスを手に、いくぶん酔った浜少尉が俺の横に座った。彼女は周囲を見渡し、誰もいないとわかると、いきなり体をぶつけてきた。
「聞いたわよぉー。真田クンてさ、綾瀬クンの彼氏なんだって?」
 いきなりの浜少尉の言葉に俺は思わず吹いた。
「誰が言ってるんですか!?それにあいつは男ですよ!」
「まあ、今はまだねー」
 本当顔はまだ若いのに、さすがおばさん根性丸出しの人だ。
「大丈夫。あれは可愛い女の子になるわ。木暮(こぐれ)中尉がつきっきりで女の事教えてるからね」
 エンゼルの木暮中尉って、鎌田少尉から名前だけは聞いた事有るが。グラスに残ったウィスキーをぐっとあおり、また並々と注ぎながら浜少尉が続ける。
「まあ、ちょっぴりおっぱいも出てきてるからさ、今度会った時触ってあげなよ」
「ちょっと、浜少尉!」
「あっはははは、冗談冗談、やっはははははっ」
 彼女はもはやグラスを手に俺の体をポンポン叩く、ただの酔っ払いのおばさんだった。しかし、エンゼルの隊員なんて皆高貴で気難しい女ばかりだと思ったけど、こういう人もいるんだ。これだったら、綾瀬を預けても、心配ないか。そう俺が思った時だった。
「おやっさん(木桜大尉)、捕虜三人捕まえましたぜ」
 野営地から、見張り当番の隊員の声が聞こえ、俺と浜少尉はふと我に返って振り返る。
「捕虜?例のあの船の奴らか」
「多分。けんど、どうも様子がおかしいんで…」
 ほぼ同時に俺と浜少尉は砂浜から野営地に向かって走り出した。

 捕虜となった敵国の兵士は、三人とも顔に脂汗をかき、腹をおさえてくの字に体を曲げて苦しんでいた。一人は始終わけのわからない事を喋っていた。
「あんたらー、一体何したの?」
 浜少尉が不思議そうに三人の横にしゃがみこむ。そこへ森の奥へ涼みに行っていた大村少尉も到着。敵国の方言とかもわかる彼が、うわごとみたいに何か喋る兵士達の言葉を聴いていたが、
「なんか、人魚の呪いだ、みたいな事言ってますよ」
 その言葉に何人かの隊員が吹き出したり失笑したり。そのうち、敵の兵士が苦しみながらも口にする単語を聞いていた大村少尉が立ち上がり、離れて座っていた木桜大尉に歩み寄って言う。
「どうやら俺達の真似をして、このイモムシ焼いて食ったらこうなった、らしいです」
 その時、
「あんりゃああーーー」
 しゃがんで苦しむ兵士を見ていた浜少尉が、そう言って顔をに手をあてた。
「焼く前に、牙と尻尾とワタ取らねーと、まーずいっしょ…毒なんだから…」
 大村少尉の前で、木桜大尉は、やっかいな物を…という顔でその光景を見ていた。
「おーい、おばさん(浜少尉)なんとかなんねーのかよーそいつら…」

「おーい、おばさん。まだできねーのかよぉ」
 万一の為に足を縛った、まだ苦しんでいる三人の兵士を前に、呆れた様子で木桜大尉が浜少尉に声をかける。
「うるさいなあ!せかさないでよ!」
「うるせーのはこいつらだよ!見てる俺まで気がめいっちまう!」
「なんであたしが敵国の兵士の為に解毒剤作ってやんなきゃいけないのよ!」
 そう言いつつ浜少尉は、捨てたイモムシの毒の部分の残骸と、鍋、ランプ、飯盒、水筒、ハンカチ、パイブ、木の枝等で作った変な装置で解毒剤らしきものを作っていた。
「あと、アルコール、アルコール…、酒でいいや」
 そう言って彼女は焚き火の横の酒瓶の入った箱から一本の酒を取り出した。
「おいこらっ、おばはん!そのウォッカは俺の宝物だ!」
「これが一番マシなの!ウオッカなんてまた買えばいいじゃん!」
 それにしても、こんな無人島で解毒剤まで作ってしまう浜少尉って、さすがはエンゼルの制服を羽織ってるだけある。俺は羨望の目で彼女を追っていた。
 そして、彼女がその奇妙な装置にウオッカ一瓶を流し込むと、たちまちあたりに甘酸っぱいすごい臭いが立ち込める。
「ぐえっ」
「なんだこれっ」
 数人の隊員がそれにむせ、えづき、その場から逃げ出した。
 ようやく出来たその異臭のする液体を、浜少尉は三等分してマグカップに入れる。
「出来たわよ。みんなで手分けして、それをなるべく残さずに口の中に流し込んで!」
 まだ残る青虫臭いにおいの中、隊員達がのそのそと捕虜のまわりに集まりだした。
「おい!おめーら!今回のバカンスは中止だ!土産(捕虜)は出来たが魚がねぇ。こんな島いても無駄だ。明日の朝づらかるぜ!」
 木桜大尉がそう締めくくった。

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