平坦トーラス


2次元トーラスの形
 いわゆるドーナツや浮き輪のような形を、トポロジー(位相幾何学)では、トーラス(torus)(正確には2次元トーラス)と 呼んでいます。ご存知のように、ふつう我々が目にしているトーラス(ドーナツや浮き輪のような形)は、ぐにゃりと曲がって います。少し数学的に言うと、外側で正の曲率、内側で負の曲率、その境界でゼロの曲率になっています (図1参照)
 また、容易にわかることですが、2次元トーラスは、2次元空間の中では作れず、3次元(以上の)空間の中で作ることができます。

 ところで、すべての場所でゼロの曲率になっているトーラスのことを、平坦トーラス(flat torus)と呼んでいます。
 残念ながら、我々が生活している3次元空間の中では、ゼロの曲率を維持したトーラス(=2次元平坦トーラス)を作ることが できません。実は、2次元平坦トーラスは、4次元(以上の)空間の中でしか、実現できないのです。


2次元トーラスの展開図1  まず、2次元トーラスを作ってみましょう。図2に示した長方形において、

    4つの点“a”が、同一の点になるように、
    2つの線“x”が、同一の線になるように、
    2つの線“y”が、同一の線になるように、


折り曲げると、2次元トーラスができあがります。しかし、3次元空間の中で、このような折り曲げを行うと、 どうしても、面の伸縮をせざるを得ません。そして、面の伸縮を行った結果、図1のように、曲率がゼロでなくなってしまいます。
 面の伸縮なしで折り曲げられた曲率ゼロのトーラス、すなわち、2次元平坦トーラスは、3次元空間の中では実現できないことが わかるかと思います。

2次元トーラスの展開図2  では、4次元空間の中で、2次元平坦トーラスを作ってみましょう。
 図3は、前述の長方形(図2)と基本的には同じものですが、以下の説明のために、記号や色分けを変えたものです。
 まず、この長方形を、色分けされた領域で縦に4分割し、各領域の上辺と下辺を接合すると、4つの角柱状の筒型ができます。
 次に、これらの4つの角柱状の筒型を、4次元空間の中でつなぎ合わせてみましょう。なお、4次元空間(より正確に言うと、 4次元ユークリッド空間)を表す4つの座標軸を、x軸、y軸、z軸、w軸とします。

    図4−1は、図3の左端の領域から作った筒型を、w=w0 での x-y-z座標系に配置していることを示しています。
           なお、筒型の両端のy座標は、y=y0、y=y1 となっているとします。
    図4−2は、図3の左から2番目の領域から作った筒型を、y=y1 での x-z-w座標系に配置していることを示しています。
           なお、筒型の両端のy座標は、w=w0、w=w1 となっているとします。
    図4−3は、図3の左から3番目の領域から作った筒型を、w=w1 での x-y-z座標系に配置していることを示しています。
           なお、筒型の両端のy座標は、y=y0、y=y1 となっているとします。
    図4−4は、図3の左から4番目の領域から作った筒型を、y=y0 での x-z-w座標系に配置していることを示しています。
           なお、筒型の両端のy座標は、w=w0、w=w1 となっているとします。

2次元平坦トーラス(角柱状)
 図4−1〜図4−4を見比べると、4つの筒型の端は、順番につなぎ合わされていることがわかると思います。まず、図4−1の 筒型の右端(点e、f、g、hを結ぶ、灰色の閉曲線)では y=y1, w=w0 ですが、図4−2の筒型の下端でも y=y1, w=w0 なので、2つの端どうしの位置が一致しています。すなわち、この2つの端はつなぎ合わされて いることがわかります。そこで、図4−2の筒型の下端も、e、f、g、hを結ぶ、灰色の閉曲線として表しています。同様に、図4−2の 筒型の上端と図4−3の筒型の右端(i-j-k-l:紫色)も、ともに y=y1, w=w1 なので、この2つはつなぎ合わ されています。さらに、図4−3の筒型の左端と図4−4の筒型の上端(m-n-o-p:赤色)も、ともに y=y0, w=w1 なので、つなぎ合わされています。最後に、図4−4の筒型の下端と図4−1の筒型の左端(a-b-c-d:緑色)も、ともに y=y0, w=w0 なので、つなぎ合わされています。

 結局、図4の4つの筒型の端どうしは順番につなぎ合わせれているので、2次元トーラスを形成していることがわかります。しかも、 面の伸縮なしで実現されているので、2次元平坦トーラスとなっています。

 なお、図4−1〜図4−4の4つの筒型がどのように接続されているかと言うと、図4−1の筒型の外側の面が図4−2の筒型の内側の面 とつながり、図4−2の筒型の内側の面が図4−3の筒型の内側の面とつながり、図4−3の筒型の内側の面が図4−4の筒型の外側の面と つながり、図4−4の筒型の外側の面が図4−1の筒型の外側の面とつながっています。 すなわち、このようにして構成されたトーラスは、表と裏の区別のある閉曲面となっていることがわかります。

 したがって、図4−1の筒型の外側の面上のある点から筒型の長手方向に線を引いていくと、その線は、一回りの閉じた線となり、 図4−1と図4−4では筒型の外側の面上にあり、図4−2と図4−3では筒型の内側の面上にあります。

 このように、4次元空間内の2次元平坦トーラスは、図1のような3次元空間内の2次元トーラスと同様 に表と裏の区別のある閉曲面となりますが、外側の面と内側の面の区別がないと言う点では図1のような トーラスと異なります。

 ところで、4次元空間内の2次元トーラスについては、2次元トーラスに囲まれた3次元または4次元の領域は存在しません。例えば、 図4−1の筒型について、左側から筒型の内側の空間を通過して右側へ抜ける経路を考えてみましょう。その経路は、トーラスの内側の空間 を通過しますが、トーラスを横切りません。このように、4次元空間では、我々が生活している3次元空間では有り得ないことが起こります。

2次元平坦トーラス(円柱状)  今度は、円柱状の筒型を用いて、上述と同様の方法で、2次元平坦トーラスを作ってみましょう。

 図5では、図4のそれぞれの筒型を、角柱状から円柱状に変えただけです。4つの筒型のつなぎ合わせ方は、今回も同様です。 同じ色の端どうしを、図中の青い矢印の向きに合わせてつなげば、2次元平坦トーラスができあがります。

 また、図4と場合と同様、図5−1の筒型の外側の面が図5−2の筒型の内側の面とつながり、図5−2の筒型の内側の面が図5−3の 筒型の内側の面とつながり、図5−3の筒型の内側の面が図5−4の筒型の外側の面とつながり、図5−4の筒型の外側の面が図5−1の 筒型の外側の面とつながっていることがわかります。


 なお、参考までに、図4(図5)における4つの角柱(円柱)のつなぎ方を1箇所だけ変えると、平坦トーラスではなく 平坦なクラインの壺になります。



2次元平坦トーラスの直積での表現
 ところで、図4の2次元平坦トーラスは、図6−1のように、x-z座標系の平面での角型の輪(1次元)と、y-w座標系の平面での 角型の輪(1次元)の直積で表すことができます。また、図5の2次元平坦トーラスは、図6−2のように、x-z座標系の平面での 円型の輪(1次元)と、y-w座標系の平面での角型の輪(1次元)の直積で表すことができます。
 同様に考えると、図6−3のように、x-z座標系の平面での円型の輪(1次元)と、y-w座標系の平面での円型の輪(1次元)の直積も、 2次元平坦トーラスになることがわかります。この2次元平坦トーラスを図4や図5のような図で表すのは難しいので、数式で表すこと にすると、次式のようになります。

   x2+z22, y2+w22

 なお、図6−3を拡張することで、3次元平坦トーラスを表すことができます。

2次元平坦トーラスのアニメ
 図6−3の2次元平坦トーラスのGIFアニメーション(GIF animation)を作ってみました。右のアニメーションです。

 w軸を時間軸に置き換えて、アニメーションにしてみました。2次元平坦トーラスの形状をイメージするのに、少しは役に立つのでは、と思います。 なお、このアニメーションは、図6−3で y軸と z軸を入れ換えた場合に対応しています。軸の入れ換えを行っても、本質的には同じなので、特に 気にする必要はありません。

 では、このアニメーションについて、説明します。

 まず、アニメーションを構成している各々の図は、4次元空間内にある2次元平坦トーラスを、wをある値に固定した3次元空間で 切った断面です。普通、『断面』と言うと、面(2次元空間)を連想しますが、ここでの断面は、3次元空間です。 このアニメーションは、w を -1 から 1 まで変化させながら、各 w での断面(=3次元空間)を次々に示しています。そして、各断面での 赤い輪は、2次元平坦トーラスの各 w での断面です。この赤い輪は、いずれも、z がある値に固定された x-y平面の上にある、半径1の円です。

 アニメーションをご覧になるとわかる様に、例えば、w=-1 や w=1 での2次元平坦トーラスの断面は1つの輪で、z=0 での x-y平面の上に ある円です。また、w=0 での断面は2つの輪で、z=-1 での x-y平面の上にある円と、z=1 での x-y平面の上にある円です。 そして、w=a(-1<a<1)での断面は2つの輪で、z=-(1-a2)1/2 での x-y平面の上にある円と、 z=(1-a2)1/2 での x-y平面の上にある円です。 ここで、z と w の関係に注目すると、z2+w2=1 の関係を保ちながら、z と w は変化していることがわかります。 すなわち、z-w平面の上にある、半径1の円の上を動いていることになります。従って、2次元平坦トーラスは、x-y平面の上にある円が、z-w平面 の上にある円の上を動いた軌跡に他なりません。

 ところで、x軸の代りに z軸、y軸の代りに w軸、z軸の代りに x軸に、それぞれ置き換え、w軸ではなく y軸を時間軸とするアニメーションを 作った場合でも、右のアニメーションと全く同じ様に、赤い輪が動きます。すなわち、2次元平坦トーラスは、z-w平面の上にある円が、x-y平面の 上にある円の上を動いた軌跡にもなっているのです。

 なお、4次元空間内で、1辺がの正方形(図2の長方形で、辺 x と辺 y の長さをにした場合)を、伸縮することなく、かつ、ゼロの曲率を維持したまま、向かい合った辺どうしを接合すると、右のアニメーションが表す 2次元平坦トーラスになります。

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