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『21世紀沖縄の自治と自立の構想』(沖縄大学2011)

  ●目次●
  はしがき
 本研究の目的と意義 島袋純
 第1章 研究会報告
  自立した地方政府の確立を目指して 増田寛也
  日本型地方財政システムと基地関係収入 川瀬光義
  地域主権改革〜出先機関改革を中心に〜 北川正恭
  北海道開発体制と道州制特区法の現状と課題 山崎幹根
  地域主権改革の課題と展望 逢坂誠二
  福祉国家の再編と地方財政改革 神野直彦
  自治通則法のねらいと概要 岡田博史
 第2章 研究会提案
  沖縄からの地域主権改革
  新しい提案
  ガバナンス改革




【第2章 研究会提案】
 沖縄からの地域主権改革

 はじめに
 1.これまでの分権改革と自治を支える原則
 2.民主党地域主権改革の取り組み
 3.改革の原則と具体的な権限配分
 結びに換えて〜沖縄からの地域主権改革

はじめに

 国の政治の仕組みを根拠づける哲学、権力を正統化する論理は、重要である。権力の源泉はどこにあるのか、どのような権限を持ちうるのか、権力の行使はどのようになされるべきなのか。権力は、何よって正統化されるのであろうか。幾多の議論や内戦、革命、独立戦争等を通して、人類の普遍的な成果として、立憲主義的な正統性にもとづいて近代主権国家が存立するのは、当然視されるようになってきた。戦後日本は、国民が憲法を制定して政府を創出し統制するという基本的なしくみによって国家の正統性を確保している。
 しかし、自治体の権力の基盤は、どこにあるのだろうか。どこまで自治体は、権力を取得でき、どのような仕組みと手続によって、その権力の行使が正統化されるのであろうか。国の政府との関係で、その権力は、どこまで認められるべきなのか、自治体と住民との関係、国全体の国民との関係はどうなるのか、1995年に地方分権改革委員会が設置され、分権議論が開始し、実際にさまざまな分権改革がしていく中で多様な議論が行われ、制度改革が進展してきた。
 その成果を、この研究講座において招聘し報告していただいた方々の報告を要約していく形で概括しつつ、最新の到達点をまとめるとともに、沖縄においてはどうそれを取り込み、沖縄の自治政府の新たな根拠とすることができるのか、その可能性を探求したい。


1.これまでの分権改革と自治を支える原則

 1995年に設立された地方分権推進委員会(第一次分権委)により、分権改革の理念や自治制度改革の方向性や原則が明らかにされ、50年に一度または100年に一度の大改革と言われる分権改革の時代に入ったとされる。第一次分権委は、2000年4月の地方分権一括法及び地方自治法改正を主要な成果としてもたらした。
 1995年から2007年まで、岩手県知事を務め、分権改革の成果を先取りしたさらに改革を実践した、いわゆる改革派首長の一人である増田寛也(野村総合研究所顧問)は、その後、2007年、安倍政権下で、地方分権改革推進委員会(第二次分権委)の委員、その後、分権改革担当の総務大臣となった。その意義を展望している。

@第一次分権改革のテーマ
 増田によると、地方分権改革のテーマは、まず、第一次地方分権改革は、中央地方関係の対等・協力関係のへの変革、であり、機関委任事務の撤廃によって、中央が後見的で、地方が従属的である縦の関係を廃する、ということにあったという。
 自治体は、中央政府の創造物、行政機関の一部という捉え方から、地方レベルの仕事をさせるために国民が創造した地方政府であり、全国レベルの仕事をさせるための中央政府とは仕事の中身が違うだけで、同じく国民からの信託によって成り立つ、相互に対等強力な関係という根本的な自治体を創設する理念及び原則の確立にあったということである。
 松下圭一は、『市民自治の憲法理論』以来、一貫して主権在民を起点として、自治体を「政府」として権力を有する人民の政府形成の権力によって作られたもっとも身近な政府とする視座を主張し続けてきたが、松下によると第一次分権改革の意義は、まさしくそれを自治の理念、自治体形成の原則として確立したことにあるという。
 対等・協力の関係になったとしても、どのレベルの政府が、どのような仕事を行うのか、その仕事を行うための資源やどうやって入手するのか、それを誰がどうやって決めて行くのかについての議論は、第一次分権委において頓挫し、同委が解散したことによってその後停滞した。引き続き検討され取り組まれるべき改革課題とされ、また、第一次分権委は、その最終報告で、住民自治を充実する自治の仕組みの実現を重要課題として提起していた。

A第二次地方分権改革のテーマ
 小泉政権下では、市町村合併の推進、三位一体の地方財政改革が展開され、また、地方分権改革検討会議が設立されたものの、第一次分権委が残した改革の課題について、直接取り組み、改革の成果について評価できる実績を残すことはなかった。
 正面からこの課題について取り組むのは、安倍政権下に設置された地方分権改革推進委員会(通称、第二次分権委)である。
 当初委員として、後に総務大臣として関わった増田によると、この委員会では、まず「市町村最優先の原則」が確認されたという。つまり、市町村住民にとって市町村自治体がやった方がいい仕事は市町村がやるべきであり、市町村がやる仕事については、市町村自治の大きな裁量のもとにやるべきで、そのために市町村にまず権限と財源をあたえるべき、さらに市町村住民の自治への参加を促進すべき、との理念であったという。その元で次の4点を分権改革の主要課題として明白化した。それが@国庫支出金の改革、A国の出先機関改革、B権限移譲、C義務づけ枠づけの緩和、である。
 増田の話を要約すると、自治体業務の「量」と「質」において市町村の自治を拡大する方向に改革していくと言うことである。量としてまず、国庫支出金改革の目的は、国庫支出金の総額を減らしてその財源である国税収入を削減し、代わりに地方税を拡充していくことである。財源を充実させるとともに権限の移譲を進め、特に県の事務権限の大幅な市町村への移譲をまず優先して取り組むことである。
 質とは、用途指定の統制についての緩和であり、特に国が自治体を厳格に拘束してきた準拠基準の見直しである。国庫支出金の縮小、権限移譲及び国による自治体への義務づけ枠づけの緩和が進めば、国の地方出先機関も業務を縮小させていくことになる。
 この改革がすすめば、自治体は裁量が大幅に拡大し、その拡大した裁量領域について住民自治の導入が不可欠とのものとなると期待していたという。


2.民主党地域主権改革の取り組み

 第二次分権委が主要課題とした4つの具体的なテーマは、その後、ほぼそのまま、09年民主党の衆議院選挙公約に引き継がれたが、より進んだ改革として民主党政権発足後、地域主権改革と名を変えて登場する。
 政権発足後、総務大臣となった原口一博(民主党衆議院議員)は、第二次分権委を事実上終結させるとともに、新たに地域主権戦略会議を設け、そこに地域主権改革のロードマップとして、「原口プラン」を発表した。

@「地域主権改革」の理念
 地域主権戦略会議が取り組む課題は、1)国庫支出金の一括交付金化、2)国の出先機関の廃止、3)権限移譲、4)義務付け枠づけの緩和、とされ、特に国庫支出金と出先機関については、よりラディカルな、一括交付金化、および廃止と踏み込んだテーマ設定となっている。
 増田元総務大臣は、基本的に第二次分権委の課題との継続性が高いとした上で、住民自治の充実、特に市町村の自治を住民自治の仕組みとして変えていく理念と具体的な取り組みが見あたらないことが問題になると言う見解を示した。
 しかし、民主党の地域主権改革担当であった逢坂誠二首相補佐官(民主党衆議院議員)は、「民主主義の主権者である国民が、地域の問題について自分たちの力によってちゃんと考えて決定できる、いわゆる主権者である国民の地域の問題に対する権限より強くするという意味合いで使っている」と述べ、「主権在民」の主権者が自らの地域に必要な権限を自ら勝ち取って地域を作っていくことこそ、民主党の改革の最も重要な理念であり、そのために「地域主権」という概念を用いていると説明している。
 逢坂によると、地域主権改革は、憲法上の国家主権を自治体に与えるという意味や、主権を共有する州を創設する連邦制度の導入を意味しているのではない。「分権」が、国が持っている権限を地方に分け与える、という意味があることに対して、もっと積極的に、地域が元来主体的に地域で自らやるべきことを自分たち自身で勝ち取っていく、地域にはそういう主体性がある、そういう権利があるという意味で「地域主権」を使っていると述べている。
 したがって、逢坂の主張によると、自分たちができる仕事、やれる仕事、どんどん権限移譲を要求していくのが第一で、将来的には、地方自治法の抜本的改正で、やれることを自由にやれる自治体、自分たちで組織、決定手続き、すべて自由に独自に決めることができるようにしていくべきであり、民主党の地域主権改革は、そこまで射程に入れているという。
 それゆえ、現在の一括交付金改革、出先廃止、権限移譲、義務づけ枠づけ緩和は、その長い道程の出発点であり、目的ではなく「手段」に過ぎないとされる。逢坂は、「『分権』という言葉には、国から自治体の方へ権限や財源を分け与えるというイメージがある。しかもその分け与える判断の基準はどこにあるかというと、地域のためにあるではなくて、国の側に分け与える判断の基準がある」と言う。
 しかし、そういう発想を逆転する。「地域の側から国に向かってこんな地域であらねばならないというようなことを地域の側から発信をしていくというようなことで、まさに地域の側に主権があるというイメージ」。「地域の違いに応じて地域自らが私たちの地域はこうなりたい、こうあるべきだというものを泉からわき出るように、地域の側から地域のことをある種のデザインをしていくというような意味で、地域のほうから発信をする形で権限を獲得し、あるいは地域の仕組みを国から場合によっては奪い取るというような形、そういう意味で我々は地域主権というものをとらえている」
 それゆえ、中央地方関係の改革及び自治制度改革の究極的な目標は、自治を実際に担っていく住民の力、自治体の力の向上ということになる。

A自治力拡充の現代的条件〜緑の分権改革と福祉国家再編〜
 地域の自治の力の充実を求める現代的な条件が、市場における財・サービスの集中生産、集中管理、すなわち集権的な供給方式から、分散生産、分散管理という分権型供給方式への大幅な転換がまず上げられる。
 「例えば、電気というものは大規模な電力会社によって中央集権型に分配されている。しかし、それぞれの地域で、それぞれの地域の特性に応じて発電することが考えられないか。幸い、今、再生可能エネルギー、風力、光、あるいは地熱のように発電を、なるべく広く地域に担うということにすれば、地域の電気店も工務店もそういう分野にかかわっていけるようになる。すなわち、地域の人や資源や金を地域の中で融合させて使うことができるようになる。」
 「また、住宅建設に関しても大手建設会社によって、東京で企画立案された同じものが全国の市場に出回るという方式から、住宅を建てるところから建て終わった後の維持管理、その家がなくなるまでを地域の中で、家のライフサイクル全体を考えたかかわりを考えていくことができないか。すなわち地域の資源を最大限に活用するような地域産業の連携、連関を考えていく」ということである。逢坂によると、それが、民主党が進める「緑の分権改革」である。
 もう一点、自治力の充実を必然とする現代的条件として、「福祉国家の再編」があげられる。民主党地域主権会議において、国庫支出金改革、一括交付金導入の主査として改革推進の一翼を担っている神野直彦(東京大学名誉教授)は、次のように主張してる。
 第一に、グローバル経済の限界が露呈しており、新自由主義は終焉せざるを得ない。先進産業諸国では、重厚長大型産業、労働集約型産業に代わり、必然的に知識集約型産業とならざるをえない。スウェーデンやフィンランドの取り組みが参考になるが、そこで現れるべきは、教育福祉を徹底して充実させたポスト新自由主義型の新しい福祉国家像である。
 第二に、福祉国家を支える倫理的な基盤が重要である。国家の存在理由は、苦しみの共有とその除去であり、「社会的連帯」の感覚がなければ実現できない。このような倫理感の社会的共有に基づく連帯は、国家を支える基盤である。それを日本は再生すべきである。
 第三に、人々の連帯を可能にするのは、教育福祉サービスであり、特に対人サービスの中心は、自治体にあり、自治体が力をつけなければ、そのような国家にはなり得ない。人間の尊厳とそれを支える社会的連帯に最大限に配慮する、ひとづくり中心の国家や社会であり、そのためには、徹底した地方自治の充実が要求される。
 そのため、分権改革はポスト新自由主義の時代に必然となり、中央地方の仕事と財源配分は、自治体の教育・福祉サービスの提供に十分なものでなければならないという。神野は、政府の仕事について中央政府と地方政府の役割分担の原則を明らかにしたが、福祉サービスにおいて、現金給付は国、中央政府、より大きなレベルの政府が担うべきであり、現物給付のサービスは自治体、より小さい政府がやるべきという分担原則が最も望ましいとしている。現在の日本の政府間の仕事の分担と財源の配分は、その原則に照らし合わせて改革されるべきであり、国庫支出金の一括交付金化という改革の内容もその原則に沿うべきものとなる。
 生活保護や子供手当等の現金給付の多くを自治体が負担している現状があり、一方現物給付については、逆に国の補助金と厳格なコントロールがある。このような現在の制度は、現金給付サービスは国が負担する事業とし、また、現物給付については自治体の裁量に基づく仕事とするように、抜本的に改められるべきものということになる。


3.改革の原則と具体的な権限配分

 逢坂や神野の主張が自治改革の中で、どのような具体的な改革案として登場してくるのか、あるいはどのような具体的な改革案として、自治体側が描きだしていくことに貢献できるのか、新しい自治の在り方を諦めずその設計図を提示できなければ、絵に描いた餅になってしまうが、自治体の権限や財源を徹底的に強化していくことなるこの設計図の提示は、非常に難しい。さらに、沖縄から提示するとすれば、全国的な分権改革の一環として提案する、あるいは先行的な一例として提案する、という場合はまだしも、沖縄だけの権限として提示することになるという場合、それは何を根拠に沖縄だけの権限として提案するのか、説得力をもつ議論を展開しなければならないであろう。

@スコットランドモデルの改革−一次立法権と一括交付金
 民主党の地域主権改革担当の政務官であった小川淳也は、英国のスコットランド政府の創設をモデルとし、民主党地域主権改革を先導するものとして、沖縄から自治制度を発案し、中央政府に提案してほしいと述べている。
 第一に、スコットランドモデルの肝要は、スコットランド議会が、第一次立法権を有していることであり、第一次立法権とは、国会が定める国の法律と同じレベルの効力を持つ立法の権能のことであり、歴史、文化、地理的な特性を持つ沖縄においては、沖縄の新しい議会がその権能を要求してもなんら不思議ではない。沖縄はそういうことを要求する立場にあるので要求してほしい。
 第二に、国庫支出金の一括交付金化については、将来的には交付税交付金的な存在になるべきであり、沖縄はそれについて、沖縄の海洋性、島嶼性を念頭に交付税に有利な基準を要求すべき。
 以上のような提案である。
 すべての立法権を中央が独占する単一制主権国家であった英国において、スコットランド政府及び議会が、中央の国会のもつ国法の制定権に等しい権限、第一次立法権を獲得した背景には、英国社会で広く普及し共有されている考え方がある。
 英国の現在の近代主権国家としての原型を決定づけたのは、名誉革命ということができ、その中で、もっとも重要なものは、議会の出した「権利章典」において、イングランドの人民が主権を有しそれに基づいて政府を創設するという「主権在民」が確立した点にあるとされる。共通の国王をいだく同君連合ではあったが、近代主権国家として別の国家形成をなしていたスコットランドにおいても、革命は波及し、同じく議会が出した「権利の要求」(Claim of Right, 1689)において、主権在民の基礎が確立したと言われている。
 1999年に成功したスコットランド分権(スコットランド議会と政府の確立)については、スコットランドの人々が主権を有しており、その権利に基づいて、自らの議会と政府を形成することができるという旨の宣言の採択から出発している。それがスコットランド権利の請求(The Claim of Right Act 1989)である。その議会と政府が持ちうる権限についても、スコットランドの人々の自己決定権(Right of Self-determination of Peoples)によって、裏付けられている。スコットランドが一次立法権を取得できた背景には、そのような権利、つまり、主権在民の主権者たる権利をスコットランドの人々が有しているという宣言から出発している。その宣言は、憲法制定会議を念頭に構成されたスコットランド憲政会議が担った。
 小川は、具体的な手続までは主張していないが、スコットランドモデルを沖縄に導入するという場合、当然ながらこのような正統性の根拠と手続が想定されるであろう。もう一点、小川の第二点の主張である、国庫支出金の交付税的な一括交付金化についてであるが、この点についても、スコットランドにおいて、分権以前のスコットランド省(沖縄開発庁のような地域担当省)の財源をそっくり一括交付金化した改革がモデルと考えらえる。沖縄の場合は、沖縄担当部局沖縄総合事務局が担う沖縄振興予算を一括交付金化して県庁にゆだねると提案になるであろう。
 今日の欧州では、現在の主要な国民国家において、近代主権国家の建設期に、国境や辺境のかろうじて独立を保っていたような小王国や従属的な地域を強制的に統合編入したようなところが少なからず存在し、そのような地域においては、近年軒並み主権回復の動きが見られ、バスク、カタロニア、スコットランドなど、一次立法権に相当する権利を獲得している事例も多い。それが欧州における自治州設立の重要な背景となっている。沖縄の人々についても、欧州の常識からすれば、当然ながら主権国家を形成しうる主体に相当する。近年、国連の人権委員会においても、沖縄の人々がそのような権利を有する主体=「人民」(People)であると、認定されている。
 権限移譲の中身、分権の成果だけではなく、正統性や手続についてスコットランドモデルを援用するとすれば、まず、県議会、もしくは沖縄の人々の代表として正統性をもつ州憲法制定会議(または州基本法制定会議)によって、主権が沖縄の人々にあるという宣言、権利章典を行うことを出発点にする必要がある。そこからこの会議において、具体的な権限の中身をその権利に基づいて取得するということで、詰めていき、新しい議会と政府の基本的な権限と仕組みを規定していくことになるであろう。

A自治通則法
 しかし、日本政府は、主権が沖縄の人々にあるという点を認めるところにはなく、また、全国メディアや世論において、そのような認識が共有されることもほとんどない。沖縄においてさえも十分とはいえない状況にある。代わって有力なのが、松下圭一によって唱えられ、2000年の分権一括法及び地方自治法の大改正の理論的な支柱の一つとなったといわれる、「市民自治の憲法論理」である。松下の議論もまた、源泉は、名誉革命の理論的根拠となった、ジョン・ロックの社会契約説であり、スコットランドの分権改革の論理と根源は同じである。
 2000年の地方自治法改正により、中央政府と自治体は、「対等」な関係であり、協力し合う関係とされた。その対等を導き出す原理は、松下によると、自治体が、地域社会を構成する主権者たる市民によって、地域社会を守り発展させるため市民から権限を信託された権力機構、すなわち「政府」として存立しているものであり、国、すなわち中央政府も、同じく主権者たる日本国民が、信託して創出した権力機構であり、その意味で、どちらも主権在民にもとづいて創出された対等な「政府」同志の相互の関係ということになる。
 さらに、協力関係とは、主権在民を徹底させるためには、政府の仕事には効果が地域的広がりに限界があるものが多く、なるべく主権者による権力の統制が届きやすい地域の政府に、まず、可能な限り権限を付与し、それが不可能な場合に、より広範な、あるいは国の政府の補完、あるいは支援が、市民による地方政府の統制を侵害しないようになされるべきであるという考え方である。
 松下は、このような考え方を根底におかない限り、新しい地方自治法は理解できないと主張したが、近年「自治通則法」の名の下で国の法令に対する自治体条例による上書き権を一般法として提案した岡田博史(京都市職員)によると、第一次地方分権委員会の議論や報告書その後の国の審議会の議論や報告の中にもこのような意見を確認できる。実質的な意味でも対等な関係となるためには、国の法令が、すべて上位に位置づけられるのではなく、自治体の権限とされる事項については、自治体の条例によって、自治体の実情に応じて国の法令を参考基準として書き換えていく権限を持つことが必要となる。
 2008年12月の地方分権改革推進委員会第二次勧告では、「『地方政府』の確立には、行政権の分権だけではなく、立法権の分権が不可欠である。このため、条例により法令の規定を『上書き』する範囲の拡大を含めた条例制定権の拡充の必要があり、法制的な観点から、地方自治体の自主性を強化し、政策や制度の問題を含めて自由度を拡大するとともに、自らの責任において行政を実施する仕組みを構築することが必要である」と明言されている。
 岡田によって提案された、「自治通則法」は、これを具体的に法制度化するものである。現在、自治体が行う許認可や政策実施の基準に関して、国の個々の法令によって(たとえば、環境基準や建設基準など)、個別の条例に対して基準設定を委任しているケースもある(個別方法)。それをすべての法令において、条例による上書き権を認める法令の特則として、通則的に規定する(通則的方法)ことによって、国の法令全般に対して効力をもつものとする考え方である。
 自治通則法により、自治体の法令上書き権が認められることになれば、条例によって、法律・政令・規則等を、自治体の実情に照らし合わせて、独自の基準で書き換えることが可能となる。
 しかし、自治体は、条例の根拠となる自治体の実情や新たな基準を設けた場合の効果など、立証する責任を負うことになる。それができない場合は、条例化することがままならず、現行の法令、規則等は、そのまま、自治体の基準として機能することになる。立法権限を勝ち取ったところで、立法能力、そのための実情の調査能力、政策形成能力がなければ、何もならない。そのため、自治体議会は、単に行政チェック機関として、自らを位置付けるだけでは足りず、復帰前の琉球立法院が果たしていたような、政策形成機関として、政策形成能力と立法能力を身につける必要がある。
 岡田は、国とすべての自治体との関係において、立法における実質的な対等関係を想定し、自治通則法の提案を行っている。したがって、現在の国の法令が上位、その下位に条例が位置付けられる、という政府(内閣法制局)の見解を改めなければ、地方自治通則法の法律化は難しい。政治主導による突破、マニフェストと議員立法による突破が可能性としては考えられるが、もう一点が、沖縄による主張であろう。その際の沖縄への通則法的な立法権の委譲を、全国の先導的なものとして位置づけるのか、あるいはスコットランド的な沖縄の人々の主権にもとづく権利として位置づけるのか、という二通りの根拠がありうる。
 いずれにせよ、1995年から1996年にかけての、沖縄県と国が争った機関委任事務(代理署名)訴訟が、結局は100年にわたり戦後の民主主義改革を切り抜けて存続した「機関委任事務」の廃止、地方自治法改正をもたらしたように、沖縄からの自治権のための強力な主張と戦いが、地方自治通則法、すなわち、対等な立法権の保障法をこの国にもたらす可能性はある。


結びに換えて〜沖縄からの地域主権改革

 現在(2010年2月時点)、すでに沖縄県知事は、沖縄振興予算の県庁への移管を公式に国に要求しており、その中には国庫支出金どころか、総合事務局の行う国の直轄事業まで含まれている。そのためまた、総合事務局の組織及び人員の沖縄県庁への移行も取り組むと国に表明している。同時に当然ながら、沖縄振興計画の策定主体も県になるべきとして、計画策定と事業予算化を含めた分野の国から県への権限移譲を要求している。つまり、国の進める分権改革、地域主権改革の、国庫支出金の一括交付金化、出先機関の廃止、権限移譲の大半はほぼすでにより強力な分権要求として提案しているのである。
 本研究を企画した段階では、次の図表(略)の島袋試案のように、国と歩調を合わせつつ、沖縄が率先して一歩先んじて地域主権改革に取り組むという図式を考案していたが、現在の県庁及び県知事は、それよりも先んじて分権の要求を行っていると評価できる。
 残された主要な分野は、主に三点あると考えられる。第一に、教育・福祉に関連する沖縄振興予算とは関連しない分野の一括交付金化であり、第二に、義務付け枠づけの緩和に関連する国の法令の条例による上書き権の獲得、もしくは、それよりもさらに強い、第一次立法権の取得となる。
 一括交付金化と上書き権は、実は密接に結びついている。自治体に国庫支出金を出す場合の国庫支出金の補助要綱は、「要項」という行政の内部規則にすぎないが、この要綱に定められた基準を守らない場合は、補助金適正化法による統制を受け、想定される最悪のケースとしては、補助金の返還命令が自治体に下る。一括交付金が実現したとしても、現行では補助要綱の適用を受け、厳格にその基準を守らなければならないことが想定される。しかし、通則法が実現し、自治体が自助努力によって、政策形成能力を身につけ、自治体独自の基準を条例として採択した場合、その条例の基準が優先されることになる。立法による裏付けと財源による裏付けの双方が密接不可分で、対等な中央地方の政府間関係は、構築できる。
 第三に、その政策形成能力にまた密接に関連するが、国からの権限や財源の移譲よりも重要な沖縄の自治体のガバナンスの再編は、もっとも大きな課題であり、これは国に対して要求するものというよりも自助努力により、自分たちで自己の統治構造や経営サイクルを再編成していく努力が要されることになる。これは現行体制により、本土自治体よりも遅れているとしか言いようがなく、非常に大きな課題である。
 現在の沖縄の統治の仕組みは、一般に沖縄振興(開発)体制といわれている仕組みであり、復帰前、沖縄、琉球政府からの要望書であった「屋良建議書」を無視し、北海道開発庁(北海道開発庁長官及び北海道開発局)をモデルとし、新全総型の拠点開発方式を念頭に公共事業に最大の投資を行うために構築されたものである。
 復帰後の沖縄県の振興は、国が責任をもつ、という名目のもとに、同義であるが実質的に沖縄振興について「権限」を、沖縄県や市町村ではなく国が持つ、という仕組みとなり、沖縄県全体の総合的な最上位の計画と法的に位置づけられる沖縄振興(開発)計画も、その策定及び実施の責任主体、すなわち権限をもつのは、国となっている。
 当然ながら、国が権限をもつ、ということは、沖縄振興であるとしても、県の意思、県民の意思が最優先されることはなく、国策が優先される仕組みとなっているということである。国と県の双方に相乗的な利益のある分野(社会基盤整備に関する公共事業分野)については、その最大化が追求できるが、基地問題など利益の相反する分野においては、ほぼ県民の意思は通らない、という最大の問題を抱えていた。
 1990年代後半の大田県政末期より、基地問題に対する県民の不満を解消する手段として、逆にこの公共事業部門の拡大を充てるという構図が強まり、基地を存続させるための見返り、という色彩をこの10数年は特に強めている。極めていびつな構造としか言いようのない、財政規律破壊型の補助の有り方となっている。
 沖縄振興計画の策定主体、実施主体が国であるがゆえに、沖縄振興計画策定・実施・評価・改善(PDCA)のマネジメント・プロセスの確立も、国が責任をもってやらざるを得ないが、ほとんどやられていない。それどころか、基地の新設や維持のためのいびつな補助の有り方を国が率先して構築し、財政規律もマネジメントもそれを破壊するようなありさまである。国が沖縄振興においてPDCAの経営マネジメントを自ら課すことは不可能であり、県民起点のPDCAマネジメントサイクル、県民主体のガバナンスの構築が不可能となっており、国、県、市町村で、ばらばらに、公共事業メニューの最大化を図るだけ振興体制になってしまっている。
 この問題を解決するには、沖縄振興計画あるいは沖縄県最上位の総合計画の策定・実施・評価・改善のマネジメントサイクルを県民起点により沖縄の人々とともに構築できる沖縄振興を含む沖縄に必要な権限をすべて持ち合わせた沖縄の自治政府が必要である。
 本論の次に続く章においては、そのため、現在、いかなる制度改革が有りうるのかを検討し、試案として提案する。さらに、沖縄のガバナンスのあり方について、今後の課題を含め検討し提起していく。

参考文献:
 沖縄自治研究会『沖縄自治州基本法試案』2005年
 沖縄道州制懇話会『特例型沖縄単独州報告』2009年
 原口プラン:総務省HP
 岡田博史「自治通則法(仮称)制定の提案」(一)『自治研究』第86巻第4号、(二)第86巻第5号 第一法規


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