契約薬剤師の声

プロフィール:

 宇喜多 和美(薬剤師)
 2004年  明治薬科大学製薬学科卒業
 同年   薬剤師資格取得
 他の資格 漢方薬・生薬認定薬剤師



「薬剤師の声」は、宇喜多白川医療設計株式会社のHPにて引き続き連載掲示いたします。


漢方のすゝめ:清心蓮子飲(セイシンレンシイン)(2021年04月)

薬剤師 宇喜多 和美

清心蓮子飲


清心蓮子飲(セイシンレンシイン)とは。


保険適応の効能又は効果
A社B社
全身倦怠感があり、口や舌が乾き、尿が出しぶるものの次の諸症:残尿感、頻尿、排尿痛
C社
全身倦怠感があり、口や舌が渇き、尿が出しぶるものの次の諸症:残尿感、排尿痛


構成生薬
蓮肉(レンニク)、茯苓(ブクリョウ)、黄耆(オウギ)、人参(ニンジン)、甘草(カンゾウ)、麦門冬(バクモンドウ)、車前子(シャゼンシ)、地骨皮(ジコッピ)、黄芩(オウゴン)


構成生薬詳細
【蓮肉】
スイレン科蓮(ハス)の種子の仁を乾燥したもの。
収斂・鎮静・軽度の滋養作用がある。
精液・帯下・尿をもらさない。遺精・白濁尿・尿失禁・頻尿・労淋(過労や性交渉過多からくる排尿異常)・膏淋(尿がクリームや米のとぎ汁状に濁る)・白色無臭で慢性の帯下過多などに用いる。
精神を安定させる。煩躁・睡眠時不安・動悸・煩熱・口渇などの症状に用いる。清熱・鎮静の作用がある。
脾胃を補益(飲食物を消化吸収するところに足りない分を補うこと)して止瀉する。

【茯苓】
サルノコシカケ科茯苓菌の菌核を乾燥したもの。
利尿作用。
滋養作用。補益性があり健脾補中する。(飲食物を消化吸収するところに足りない分を補い、機能を改善させること)
鎮静・精神安定の効果。
血糖降下作用。
【黄耆】
マメ科黄耆(キバナオウギ)の根を乾燥したもの。
強壮。補気作用(元気、エネルギーを補うこと)。性ホルモン作用と中枢神経系の興奮作用に関連するものと考えられている。
利尿作用。
抗腎炎。とくにタンパク尿に対して効果がある。
血圧降下作用。血管を拡張することによる。
血管を拡張して皮膚の血液循環と栄養状態を改善する。
強心。
抗菌作用。
【人参】
ウコギ科人参(ニンジン)の根を乾燥したもの。
生津(体液を潤す)
神経系の興奮。神経反射の潜伏期を短縮し・神経の興奮伝導を早め・条件反射を強化し・分析能力を高める。これによって作業能力を増し・疲労を軽減する。
副腎皮質機能を興奮させて、外界からのストレス性刺激に対する生体の抵抗力を高める。これは人参の強壮作用に関連する。
性腺刺激ホルモン様作用。
強心配糖体類似の作用により心臓の収縮力を強める。
血糖の降下。
消化吸収・新陳代謝を高めて、食欲を増進し・タンパク合成を促進する。
抗利尿。アルドステロンの分泌を増加し、ナトリウムの貯留を促進して排尿量を減少する。
抗ヒスタミン作用。
【甘草】
マメ科甘草(ウラルカンゾウ)の根と根茎を乾燥させたもの。
解毒作用。
コルチコイド様作用。
平滑筋の活動を抑制し、腸管平滑筋に対して鎮痙作用がある。
胃酸分泌の抑制。
祛痰。
抗炎症・抗アナフィラキシー作用。

薬性を調和する。複方中に補助薬として用いると、薬物の猛烈な作用と刺激性を抑える。熱薬に配合すると熱性を穏やかにし、寒薬に配合すると寒性をおだやかにする。
健脾益気(飲食物を消化吸収するところの機能を改善し、元気・エネルギーを補うこと)には炙甘草(シャカンゾウ)を使用する。
抗炎症には生甘草を用いる。
【麦門冬】
ユリ科沿階草(ジャノヒゲ)の塊状根を乾燥したもの。
解熱・消炎・鎮咳・祛痰・利尿・強心・強壮
抗菌作用。

潤燥生津(体液を滋潤し潤す)
【車前子】
オオバコ科車前(オオバコ)の成熟種子を乾燥したもの。
利尿。
滋養。やや補益性がある。
鎮咳祛痰。呼吸中枢に作用して鎮咳し、気管の粘液分泌を増加して祛痰する。
抗菌。
降圧。
【地骨皮】
ナス科枸杞(クコ)の根皮を乾燥したもの。
解熱作用。潮熱(一定の時間になると出現する発熱のことで、午後に出ることが多い)をさます特徴がある。
降圧。直接血管を拡張することにより中等度の降圧作用をあらわす。
抗菌。
【黄芩】
シソ科黄芩(コガネバナ)の根を乾燥したもの。
解熱作用。
利尿作用。
抗菌作用。
抗ウイルス。
抗真菌。
鎮静・降圧。大脳皮質の抑制過程を強めることにより鎮静し、軽度に血管を拡張して降圧する。

主として肺熱をさます。清熱の方剤に広く応用する。


まとめ
補気健脾(飲食物を消化吸収するところの機能を改善し、元気・エネルギーを補うこと)を主体として生津(セイシン)・利水・安神・清熱を組み合わせた処方。

生津とは:津液(シンエキ)とは人の身体を構成する、色のついてない体液のこと。津液の働きは全身を潤すこと。この津液を作り出すことを生津という。

本方剤の主薬は蓮肉で、尿濁・帯下・遺精などの症状を治療する。

生津の人参・麦門冬で体液を滋潤し、茯苓・車前子・黄耆・黄芩で利水し、蓮肉・茯苓で安神し、地骨皮・黄芩・蓮肉で清熱する。

補気健脾の薬物(蓮肉・茯苓・黄耆・人参・甘草)は消化吸収を強め機能を高めて他薬の効能を補助する。

以上のように本方剤は、体液を補充して元気をつけ、尿を希釈して排尿する。

消炎症作用は強くないので尿路系の強い炎症には適さない。
慢性疾患や急性疾患の回復期で気陰両虚(エネルギー・体液が共に不足している状態)が生じ、排尿異常がみられる場合に使用する。

以上です。











漢方のすゝめ:猪苓湯(チョレイトウ)(2021年03月)

薬剤師 宇喜多 和美

猪苓湯


はじめに猪苓湯(チョレイトウ)の医療用医薬品としての効能効果を記します。

A社
尿量減少、小便難、口渇を訴えるものの次の諸症:
尿道炎、腎臓炎、腎石症、淋炎、排尿痛、血尿、腰以下の浮腫、残尿感、下痢

B社
尿量が減少し、尿が出にくく、排尿痛あるいは残尿感のあるもの

C社
咽頭がかわき、排尿痛あるいは排尿困難があり、尿の色は赤いか、または血液の混じるもの、あるいは腰や下肢に浮腫があるもの。
腎炎、ネフローゼ、膀胱カタル、尿道炎、腎臓・膀胱結石による排尿困難。

D社
膀胱炎、特に急性膀胱炎、腎炎、腎臓結石症又は尿道炎における口渇、尿意頻数、排尿痛の諸症に用いる

なるほど、主に泌尿器系の疾患に使用する薬であるらしい、という認識ができたところで構成生薬を以下に記します。

滑石(カッセキ)、沢瀉(タクシャ)、猪苓(チョレイ)、茯苓(ブクリョウ)、阿膠(アキョウ)

この5種のうち水の滞りを改善する生薬が4種、滑石、沢瀉、猪苓、茯苓です。
腸管の水が滞り組織への吸収が減少すれば下痢を呈し、尿量の減少や口渇などもみられるようになります。
消化管の水を組織に引き込むことで下痢を解消し、血中の水分を増加させることで腎臓での尿量増加も期待できます。

そして滑石、沢瀉は清熱に働きます。

阿膠は血を補い(補血)、身体を潤し(滋陰)、止血する作用があり、熱症状に伴う体液や血の消耗にも対応できます。

つまり水の滞りを改善させることに加えて清熱の滑石・沢瀉による消炎の効果と、阿膠による体液滋潤・止血の効能が加わります。

すなわち猪苓湯は、水の巡りが滞っていて、その原因が熱証(炎症)にあるものに使用します。
熱感・ほてりなどをともない、強い口渇を訴えて水分を欲する、脱水がやや強く、水分停滞は下部にあります。(胃内停水はない)

一般に、熱傷を伴う下痢・尿量減少・浮腫などの水の滞りには本方を用います。

炎天下での激しい運動などで脱水をきたし、口渇・乏尿(はなはだしければ血尿)を呈するときにも応用できます。

ちなみに阿膠とは、ロバの除毛した皮を煮詰めて作ったニカワ塊、であります。

最後に報告が確認できる副作用を記します。
過敏症として発疹、発赤、掻痒等
消化器症状として胃部不快感等

以上です。










漢方のすゝめ:甘草湯(カンゾウトウ)(2021年02月)

薬剤師 宇喜多 和美

甘草湯


咳や喉の症状に対してより敏感にならざる得ない状況にあります。

漢方薬の中にも咳に対して効果を示すものは多くありますが、その中のひとつに甘草湯(カンゾウトウ)があります。
甘草湯は構成生薬が甘草1種類のみです。
よって効果は甘草の効果がそのまま甘草湯の効能になります。

潤性があり、肺を潤し止咳します。薬性は緩和で温めたり冷ましたりする性質が中間なため、体質を問わず使用可能だが、特に乾咳が出て痰が出ないとき(燥咳)や痰が黄色で少なく、喀出しにくいとき(熱咳)に適します。

上記の甘草の効果により医療用医薬品としての効能効果も、激しい咳、咽頭痛の寛解となっています。

他にも甘草は薬理作用を持ち、以下に記します。
(1)解毒:細菌性トキシン、薬物、蛇毒、フグ毒、食中毒、代謝産物中毒などに対する解毒作用
(2)コルチコイド作用:水分とナトリウムを貯留し、血圧を増高しカリウム排出を増加するなどのコルチコイド様作用
(3)鎮痙:平滑筋の活動を抑制
(4)胃酸分泌の抑制
(5)祛痰:粘膜を刺激しない祛痰薬
(6)抗炎症・抗アレルギー作用

以上をふまえ、咳や咽頭の症状以外に
歯痛、痔疾、打撲痛、急性腹症の疼痛などに頓服的に使用して効果を得ることもあります。

いずれにせよ急迫症状で、局所的で、他部や全身的には変化のないものに使用します。
ただ一時的に急迫症状を除くだけなので、次の対策を講じなければいけません。

また甘草を含む漢方薬全てに該当することですが、副作用として偽アルドステロン症があるとう認識が必要です。
偽アルドステロン症は、低カリウム血症を伴う高血圧症を示すことから、低カリウム血性ミオパチーによると思われる四肢の脱力と、血圧上昇に伴う頭重感などが主な症状となります。
初期症状は、手足のしびれ、つっぱり感、こわばりなど様々であるが、 徐々に進行する四肢の脱力や筋肉痛が重要であります。
偽アルドステロン症の早期発見と早期対応のポイントとしては「手足のだるさ」、「しびれ」、「つっぱり感」、「こわばり」がみられ、これらに加えて、「力が抜ける感じ」、「こむら返り」、「筋肉痛」が現れて、徐々に悪化するような場合と把握しておきましょう。

以上になります。









漢方のすゝめ:桂枝加芍薬湯(ケイシカシャクヤクトウ)(2020年12月)

薬剤師 宇喜多 和美

桂枝加芍薬湯


お腹が痛い時に飲む漢方薬のひとつに桂枝加芍薬湯(ケイシカシャクヤクトウ)があります。

どのような腹痛状態の時に服用するのか、桂枝加芍薬湯の構成を詳しく見てみます。

桂枝加芍薬湯は、桂皮(ケイヒ)・生姜(ショウキョウ)・芍薬(シャクヤク)・大棗(タイソウ)・甘草(カンゾウ)以上5種類で構成されています。

お腹を温めて寒さを散らす桂皮・生姜と、鎮痙作用のある芍薬・大棗・甘草から成ります。

特に芍薬は含有量が多く、芍薬の鎮痙作用、止痛、止痢作用により、腹痛、筋肉痙攣や疼痛、腹痛下痢の効果が期待できます。
芍薬は甘草と共に芍薬甘草湯の方意も作り、つまり筋肉の緊張を緩和します。
芍薬の補血(血を補う)、補陰(潤いを補う)により、腸を潤します。

また、大棗、甘草は胃腸の状態を改善させます。

大棗は生姜と一緒に用いることによって生姜の刺激性を大棗で緩和して、大棗によって生じる腹部膨満感を生姜で減少させます。大棗と生姜を同時に用いると、食欲が増し、消化が良くなります。

以上により、本方剤は、冷えの傾向がある腹痛、腹が張って痛むもの、冷えのために腹が張って痛むもの、腹痛を伴う下痢、残便感のある下痢、便意を催すのに便が出ない、出ても少量しか出ない状態、つまりしぶり腹、便秘、といった症状に使用することができます。

注意点としては、本方は比較的穏やかな方剤ですが、方剤全体の薬性は温に偏るので、舌の赤みが顕著である・舌の苔が黄色・口渇があるなどといった熱性の腹痛には用いない方がよいです。

以下に医療用医薬品の効能効果を記します。
腹部膨満感のある次の諸症:しぶり腹、腹痛

さて、この桂枝加芍薬湯と構成生薬が全く同じ漢方薬があります。
桂枝湯(ケイシトウ)です。桂枝湯中の芍薬の量を倍にした方剤が桂枝加芍薬湯になります。
桂枝湯は体力が衰えたときの風邪の初期に使用する漢方薬で、桂枝加芍薬湯とは芍薬の配合量の違いだけであるのに、使用目的が異なります。
また、桂枝加芍薬湯に膠飴(コウイ)を加えた処方が小建中湯になり、こちらは腹痛にも使用しますが、使用目的の幅がもっと広がります。

漢方薬は一つの方剤に生薬が加味されて新たな方剤になることが多く、その点も漢方薬の面白さのひとつであると思っています。

以上です。








漢方のすゝめ:補中益気湯(ホチュウエッキトウ)(2020年11月)

薬剤師 宇喜多 和美

補中益気湯(ホチュウエッキトウ)は結論から言いますと、元気が無く気力が無く胃腸の働きが弱まっている状態の改善に有効な処方になります。それに派生した多くの症状に使用することがある漢方薬です。

構成生薬は人参(ニンジン)・黄耆(オウギ)・白朮(ビャクジュツ)・甘草(カンゾウ)・大棗(タイソウ)・陳皮(チンピ)・生姜(ショウキョウ)・柴胡(サイコ)・升麻(ショウマ)・当帰(トウキ)以上10種になります。

本方の主たる働きは2つあり、ひとつは消化機能の衰えを改善することによって元気、気力を補う補気薬(ホキヤク)として。
もうひとつは筋緊張の低下によっておこる症状、胃下垂や子宮下垂や脱肛などが起こった状態を改善させる昇提薬(ショウテイヤク)として。

補気する生薬は人参・黄耆・白朮・甘草であり、大棗と生姜は胃腸機能の調整をし、補気薬の作用を助けています。
陳皮は消化不良症による、腹が張って苦しい・食欲がない・嘔気・不消化物の嘔吐などの症状(脾胃気滞)の状態を改善します。

昇提する生薬は人参・黄耆・柴胡・升麻であり、脳の興奮性を高めて、平滑筋・骨格筋の緊張を増して、アトニー状態(筋肉の緊張が消失してる状態)を改善します。

当帰は補血薬であり、補気薬に少量の補血薬を加えると補気の効果が強くなる理由から、また、柴胡・升麻・陳皮・生姜などの乾燥の性質を緩和する目的で、さらに気虚によって起こりやすい血虚に対するものとして配合されています。

以上により結果として起こる多くの症状に対して本方は使用されますが、以下3点使用例を示します。

黄耆は脳の興奮性を高めると共に体表部の血流を改善させて、結果、汗腺の機能を正常化させて汗を止める固表(コヒョウ)の効果があります。白朮は組織間の水分を血中に引き込んで尿として除く利水(リスイ)の効果があり、間接的に止汗に働きます。黄耆も同様に利水に働きます。柴胡は体表部の血管を開いて黄耆を補助しますが、黄耆・白朮の効果を体表部に集中させる効果があります。黄耆・白朮には免疫増強作用があり、これによって感染の防止につながります。ゆえに汗かきで風邪症状を起こしやすい状態に補中益気湯は有効です。

また黄耆・当帰には肉芽形成を促進する効果があるので、慢性的に治癒傾向のない皮膚潰瘍や化膿傾向のない慢性の皮膚炎症などにも用います。

さらに、気虚の発熱の状態、つまり、気虚の症候とともに慢性的に反復する発熱を伴う状態で、虚弱者や子供によくみられ、熱の放散が不十分なために発生すると考えられている状態にも有効です。

注意点としましては、本方は温性であるため、陰虚火旺証(インキョカオウショウ)、つまり、体が極端に弱っている故に冷やす力(陰)が落ちて相対的に熱の状態が強くなった状態には用いません。

最後に以下に医療用医薬品の適応を記します。
メーカーA
消化機能が衰え、四肢倦怠感著しい虚弱体質者の次の諸症。
夏やせ、病後の体力増強、結核症、食欲不振、胃下垂、感冒、痔、脱肛、子宮下垂、陰萎、半身不随、多汗症。

メーカーB
元気がなく胃腸のはたらきが衰えて疲れやすいものの次の諸症。
虚弱体質、疲労けん怠、病後の衰弱、食欲不振、ねあせ。

メーカーC
胃腸機能減退し、疲労けん怠感があるもの、あるいは頭痛、悪寒、盗汗、弛緩性出血などを伴うもの。
結核性疾患および病後の体力増強、胃弱、貧血症、夏やせ、虚弱体質、低血圧、腺病質、痔疾、脱肛。

メーカーD
体力が乏しく貧血ぎみで、胃腸機能が減退し、疲労倦怠感や食欲不振あるいは盗汗などあるものの次の諸症。
病後・術後の衰弱、胸部疾患の体力増強、貧血症、低血圧症、夏やせ、胃弱、胃腸機能減退、多汗症。

以上になります。

追記いたしますと、コロナ渦の感染対策のひとつとして、本方も選択肢のひとつになり得るかもしれません。






漢方のすゝめ:茵蔯五苓散(インチンゴレイサン)(2020年10月)

薬剤師 宇喜多 和美

ついついお酒を飲みすぎて、次の日頭痛、吐き気、嘔吐、体のほてり、喉の渇きなどの症状で辛くなることはありませんか。そんな二日酔いに使う漢方薬のひとつに茵蔯五苓散(インチンゴレイサン)があります。

構成生薬は茵蔯高(インチンコウ)、沢瀉(タクシャ)、猪苓(チョレイ)、蒼朮(ソウジュツ)、茯苓(ブクリョウ)、桂皮(ケイヒ)です。
この内、沢瀉、猪苓、蒼朮、茯苓、桂皮は五苓散であるので、つまり茵蔯五苓散は五苓散に茵蔯高(インチンコウ)を加味した方剤です。

まず五苓散としては、沢瀉、猪苓、蒼朮、茯苓で水の巡りを良くして、桂皮を加えることによって血液循環を良くし利尿作用を増強させています。

沢瀉:顕著な利尿作用がある。利用力はこの中で最も強い。
猪苓:比較的強力な利尿作用がある。
茯苓:利尿力は猪苓より弱い。胃の湿を取り除いて機能を回復させる作用、また、胃の機能そのものを改善させる作用がある。
蒼朮:利尿作用は顕著ではない。胃の湿を取り除いて機能を回復させる。
桂皮:血管を拡張して血液循環を促進し、発汗作用もある。血流を促進するので、他薬の効果も強められる。また、胃液分泌を促進する健胃作用を有する。

以上が五苓散であり、これに茵蔯高が加わります。

茵蔯高:解熱作用、利湿(体の湿気を取り除く)作用がある。胆汁分泌を増加する。

飲酒後の、胃内にジャブジャブ水分があるにもかかわらず口渇があり、水を飲んでも腹が張るだけで口渇が改善しない。嘔吐し同時に水様下痢がみられ、乏尿を伴う。体に熱がこもっている。
このような状態に対して、茵蔯五苓散は、消化管内の水分を血中に吸収させて、嘔吐・下痢を改善させて尿量を増やします。こもった熱を冷まし、胆汁分泌を促して肝臓内でのアルコールの代謝を促進させます。

以下に医療用医薬品としての茵蔯五苓散の効能効果を記します。
のどが渇いて、尿量が少ないものの次の諸症:嘔吐、じんましん、二日酔いのむかつき、むくみ

副作用の報告としては以下の通りです。
頻度不明で過敏症として発疹、発赤、掻痒等

以上です。
二日酔いの症状を改善させるひとつの方法として茵蔯五苓散を使ってみてはいかがでしょうか。





漢方のすゝめ:柿蒂湯(シテイトウ)(2020年08月)

薬剤師 宇喜多 和美

突然ですが、シャックリが止まらなくて困ったことはありませんか。
今回取り上げる処方は一風変わったもので、
しゃっくりの特効薬「柿蒂湯(シテイトウ)」です。

シャックリは腹腔内の臓器に発生した刺激が、脳中枢に伝達され、反射的に横隔膜の痙攣を起こすためだといわれています。
中枢性と末梢性のものがあり、我々が日常で遭遇するものが末梢性で胃腸に起因するものが多い。

柿蒂湯の薬味は大変シンプルであり、柿蒂(シテイ)、丁子(チョウジ)、生姜(ショウキョウ)の3つの生薬で構成されています。

柿蒂とは、カキノキ科カキの果蒂、つまり柿のヘタです。
漢方用語ではシャックリのことを呃逆(アイギャク)と言い、本来上から下へ下がる気が逆に上がってしまっている状態ととらえます。柿蒂は呃逆を止める、止呃する漢方薬です。
他に悪心・嘔吐にも使用されます。

丁子とは、フトモモ科チョウジの花蕾を乾燥したものです。
薬性は温で、温めます。
冷えによる呃逆に対する主要薬です。
健胃、整腸の効果もあり、その他抗菌、抗ウィルス、抗真菌作用も持ち合わせます。

生姜はショウガ科ショウガの根茎です。
薬性は微温で、温めます。
胃液分泌を増加させて、胃腸の蠕動を高め、ガスを排出し、胃腸機能を調整することにより嘔吐を止めるという健胃効果があります。

柿蒂湯は体質にかかわらず、発病原因の熱寒にかかわらず使用することができますが、
柿蒂湯自体は温める方向に働くので、症状が冷えによって発生する場合により適します。
また、明らかに胃に熱を持っていることが起因であると思われる場合は、胃を冷ます処方との併用を検討します。

また構成薬味が少ない処方は効き目がシャープになるので、柿蒂湯は早く鋭い効果が期待できます。

本処方は医療用医薬品としては取り扱いが無く、一般用医薬品として手に入れることができます。

以上です。

シャックリに対して効く漢方薬があるということ、シャックリに困った際に思い出してみてはいかがでしょうか。





漢方のすゝめ:当帰芍薬散(トウキシャクヤクサン)(2020年07月)

薬剤師 宇喜多 和美

7月です。本格的な暑さはすぐそこ。
本格的じゃなくても暑いし蒸す日本の夏。
我が家もクーラーの使用をはじめています。
自分にとって全ての環境を適温にするというのは難しく、
この時期冷え性に悩む方も多いかと思われます。

湿気が多いから、ただでさえ水が滞りやすくなっている(水滞)(スイタイ)上に
身体は冷やされると、水を捌く力が衰えて、更に水滞が進みます。
水滞は冷えを招きます。
環境からの冷えと水滞による冷えで、相乗的に冷えに滑車がかかり、
更にその冷えにより血流も悪くなる傾向に。
また冷えによって胃の機能が落ち、つまり胃の水を捌く力が落ち、さらに血の巡りを良くする力が落ちます。
この「冷え性」に用いられる漢方薬に当帰芍薬散(トウキシャクヤクサン)があります。

当帰芍薬散は婦人科の薬であるというイメージがすごく強いと思います。
もちろんそうでもあるのですが、証が合えば性別関係なく使います。

当帰芍薬散の構成生薬を記します。
芍薬(シャクヤク)、当帰(トウキ)、川芎(センキュウ)、沢瀉(タクシャ)、蒼朮(ソウジュツ)、茯苓(ブクリョウ)
蒼朮ではなく、白朮(ビャクジュツ)を使うメーカーもあります。

蒼朮の白朮の違いを簡単に言いますと、蒼朮の方が湿気を取り除く力が強く、白朮の方が気(エネルギー)を補う力が強いのです。

沢瀉、蒼朮、茯苓で水の巡りを良くし、湿気を取り除きます。
蒼朮、茯苓は胃の機能を改善させるので、冷えて機能が低下した状態の改善を期待できます。
胃は(正確には脾(ヒ)といいます)水を捌く役目もあるので、機能改善は水滞改善につながります。
芍薬、当帰で血を補い、川芎で血流をよくし、総じて血行を良くします。
胃(脾)の機能改善によって、結果的に血の巡りも良くします。
また、薬自体の薬性(冷やすか温めるか)としては、やや温める方に働きます。

もちろん当帰芍薬散は冷え性にのみ使用する薬ではなく、
それこそ多岐にわたって使用される漢方薬です。

以下医療用医薬品の適応を、メーカーにより違いがあるので、併せて記します。

筋肉が一体で軟弱で疲労しやすく、腰脚の冷えやすいものの次の諸症:貧血、倦怠感、更年期障害(頭重、頭痛、肩こり、めまい、肩こり)、月経不順、月経困難、不妊症、動悸、慢性腎炎、妊娠中の諸病(浮腫、習慣性流産、痔、腹痛)、脚気、半身不随、心臓弁膜症

比較的体力が乏しく、冷え性で貧血の傾向があり疲労しやすく、時に下腹部痛、頭重、めまい、肩こり、耳鳴、動悸などを訴える次の諸症:月経不順、月経異常、月経痛、更年期障害、産前産後あるいは流産による障害(貧血、疲労倦怠、めまい、むくみ)、めまい、頭重、肩こり、腰痛、脚腰の冷え性、しもやけ、むくみ、しみ

また、副作用に関しても以下に記します。
過敏症:発疹、瘙痒等
肝臓:肝機能障害(AST(GOT)、ALT(GPT)等の上昇)
消化器:食欲不振、胃部不快感、悪心、嘔吐、腹痛、下痢等

特に消化器症状に関しては、本方を胃腸虚弱者が服用すると、胃腸障害を伴うことがあります。

以上当帰芍薬散は冷え性に効果が期待できる漢方薬であることを述べました。

また当帰芍薬散の冷え性改善以外の効果の検証も今後行いたいと思っています。





漢方のすゝめ:消風散(ショウフウサン)(2020年06月)

薬剤師 宇喜多 和美

汗ばむ季節になってきました。
汗の刺激で痒くてついつい掻いてしまい、更に赤く熱をもって掻きすぎて傷になってしまったり、皮膚の表面に凹凸が出てしまったり。そのような痒みが引っ込んでは又出ての繰り返し。
そんな皮膚の痒みはありませんか?

今月は消風散(ショウフウサン)を取り上げたいと思います。

結論から申し上げますと、消風散はジメッとしてジュクッとして熱を持った皮膚疾患の特に初期症状、赤く腫れ痒みを伴う蕁麻疹、湿疹などに功を奏します。

消風散の構成生薬を記します。
石膏(セッコウ)、知母(チモ)、苦参(クジン)、牛蒡子(ゴボウシ)、防風(ボウフウ)、荊芥(ケイガイ)、蝉退(センタイ)、木通(モクツウ)、蒼朮(ソウジュツ)、生地黄(ショウジオウ)、当帰(トウキ)、胡麻(ゴマ)、甘草(カンゾウ)
以上13種という多味で構成されています。

石膏・知母・苦参・牛蒡子・木通は熱を冷まして、熱感、皮膚の赤みを改善します。
牛蒡子・防風・荊芥・蝉退は痒みの原因になるとされる外部から来る要因のゆらぎのようなもの(風邪)(フウジャ)を取り除き、結果痒みを止めます。
苦参・木通・蒼朮は患部の湿気を取り除き滲出物などの分泌物を抑えます。
地黄・当帰・胡麻は潤す役割をし、患部が乾燥しすぎてしまうことを防ぎます。
さらに生地黄は血を補い体内にこもった熱を冷まし、
当帰は血行を良くすることにより、局部の腫れ、疼痛を改善します。

このように本方は熱を冷まし、痒みを止め、水はけを良くする生薬で主に構成されており、消炎・止痒・滲出の抑制に効果が期待できます。

以下医療用医薬品における消風散の効能効果を記します。
分泌物が多く、かゆみの強い慢性の皮膚病(湿疹、蕁麻疹、水虫、あせも、皮膚掻痒症)

また、薬効薬理としては、抗ヒスタミン作用、抗アレルギー作用、抗炎症作用があることがわかっています。

ところで、蝉退とはどのような生薬でしょうか。
名前に蝉とあるけれど、もしや、とお思いの方ビンゴです。(既知の方は今更ですよね。わたしは初めて知ったときはものすごくびっくりしました。)
蝉の抜け殻です。こんなものまで(失礼!)薬として効果を見出してしまうなんて、漢方の世界って改めてなんて面白いのだろうって思います。
皮膚への効果以外に眼科領域などにも期待できる効果がありそうなので、今後調べてみようと思います。

以上になります。




漢方のすゝめ:半夏厚朴湯(ハンゲコウボクトウ)(2020年05月)

薬剤師 宇喜多 和美

ストレスが溜まっていませんか。
ストレスにより引き起こされる咽頭症状のひとつにヒステリー球があります。咽喉頭異常感症(インコウトウイジョウカンショウ)、漢方用語としては、梅核気(バイカクキ)や咽中炙臠(インチュウシャレン)と言われることもあります。

ヒステリー球とは、器質的障害がないにも関わらず喉の奥に何かが当たっているような感覚のことです。実際に喉に詰まっているものがあるわけではないけれど、常に喉に何かが詰まっているような違和感です。
他にも、喉に何かがひっかかっている感じ、塊がある感じ、喉が塞がる感じ、喉の奥がはれている感じ、喉がイガイガする、胸がつかえる感じ、といった症状を訴える場合もあります。

上記の漢方用語の梅核気とは、吐こうとしても飲み込もうとしてもとれず、梅の種があるような感じに似ているところからこの名が付きました。
また、咽中炙臠の、炙臠とはあぶった肉片のことであり, それが咽につかえている感じを有するという意味を表します。

原因は、ストレスを受けたことで自律神経のバランスが乱れると交感神経の働きが強まり、それによって喉の筋肉が過剰に収縮して食道に違和感が生じるためと考えられています。

そのため、不安や疲労、緊張を強く感じたときに強い症状が出る傾向にあります。

このような症状に対して使用する漢方薬が、半夏厚朴湯(ハンゲコウボクトウ)です。

半夏厚朴湯の構成生薬は、半夏(ハンゲ)、厚朴(コウボク)、蘇葉(ソヨウ)、生姜(ショウキョウ)、茯苓(ブクリョウ)になります。

漢方理論としての梅核気の原因は、ストレスなどにより肝気が鬱結して気滞をひきおこし、「気滞ればすなわち痰結する」で、痰湿が生じ、気と入り雑じって咽頭に凝滞するためととらえます。
つまり、ストレスなどによって通常は体内を巡っているのが本来の状態の気(エネルギー)が滞った状態になり、それによって水の生成や対流が滞り、湿気、痰が生成され、咽頭に停滞するためととらえます。

改めて西洋学と東洋学のとらえ方の違いを見ると、漢方理論って面白いですよね。

それぞれの生薬の効果を見てみます。

半夏は化痰薬としてはたらき、湿気、痰を取り除きます。優れた制吐作用も有します。

厚朴は気の巡りを良くして、滞って上部に停滞している気を下に降ろし、胸部と腹部の気滞(キタイ)症状を改善します。湿気、痰も取り除きます。健胃作用も有します。

蘇葉は、理気作用(気の巡りを良くする)、健胃作用、気管支の分泌物を減少させる作用を有します。

生姜は、半夏の化痰作用を補佐しています。また半夏と同服することにより、単体で使用すると咽乾・舌のしびれなどの副作用を有する半夏を解毒する役割もしています。健胃作用も有します。

茯苓は、利尿により湿を除去し、健胃作用を有します。

つまり、半夏厚朴湯の作用としては、気(エネルギー)の巡りをよくして、湿気、痰を解消することにより、梅核気の症状を改善させます。

使用する上での注意事項としては、本剤は温め乾かす傾向のあるものであり、陰虚火旺(インキョカオウ)の症状(体を潤す物質が極端に減って体が熱を帯びている状態ゆえに起こる症状)(舌紅・苔少・口渇・のぼせなど)がみられる時は禁忌となります。

半夏厚朴湯はヒステリー球以外にも使用することはもちろんあります。
今回は詳しいことは割愛しますが、以下、医療用医薬品の効能効果を記します。

気分がふさいで、咽喉、食道部に異物感があり、ときに動悸、めまい、 嘔気などを伴う次の諸症: 不安神経症、神経性胃炎、つわり、せき、しわがれ声、神経性食道 狭窄症、不眠症

以上です。

ヒステリー球に半夏厚朴湯が適切に使われ、症状が改善する症例が1例でも増えることがあれば幸いです。




漢方のすゝめ:半夏白朮天麻湯(ハンゲビャクジュツテンマトウ)(2020年04月)

薬剤師 宇喜多 和美

4月になりました。春になると起こりやすい症状の一つに眩暈が挙げられます。
今回はその眩暈に効果が期待できる漢方薬、半夏白朮天麻湯(ハンゲビャクジュツテンマトウ)を紐解きたいと思います。

半夏白朮天麻湯は、天麻(テンマ)・半夏(ハンゲ)・生姜(ショウキョウ)・陳皮(チンピ)・人参(ニンジン)・黄耆(オウギ)・白朮(ビャクジュツ)・茯苓(ビクリョウ)・沢瀉(タクシャ)・麦芽(バクガ)・乾姜(カンキョウ)・黄柏(オウバク)
以上の12種類の生薬から成り立っています。

眩暈の原因は様々ですが、結論から言いますと、半夏白朮天麻湯が効果を示す眩暈は、内リンパ水腫によるメニエール病が該当します。
その原因は胃腸機能の低下により水分の吸収・排泄が障害され、水はけが悪くなり、過剰な水分が頭部に停滞するためであると考えられています。

この眩暈は、食欲不振、消化不良、悪心、下痢しやすい、元気がない、疲労感、食後に眠気がさす、手足が冷える、といった胃腸機能低下による気虚(エネルギーが足りない状態)、また胃内の水はけも悪くなりチャプチャプ音がするといった状態を伴うことが多くあります。
眩暈の感じ方としては、グランとする回転性のものであり、ふらつき、悪心、嘔吐、頭痛といった症状を呈することもあります。

各々の生薬の働きを確認します。
根本的原因の胃腸機能低下によるエネルギー不足を人参、黄耆、白朮、茯苓で改善して、水分の吸収・排泄を正常化します。
麦芽は含有する消化酵素によって消化を強めます。
乾姜は血行促進により腸管血流量を増加させて、腸管機能低下を改善させます。
黄柏は健胃薬であり、また清熱薬でもあり、他生薬による温性への行きすぎを防ぎます。
以上の効能により症状の根本原因にアプローチします。

また、天麻は眩暈の専門薬で、眩暈、ふらつきを緩解し、
半夏、生姜、陳皮で悪心・嘔吐を止めて、
白朮、茯苓、沢瀉が浮腫を取り除きます。
以上の効能により実際起こっている症状を改善させます。

このように半夏白朮天麻湯は原因を取り除き(本治)、原因に伴って実際起こっている症状を改善させる(標治)優れた方剤です。
注意点としては、全体の薬性が温性であり、身体に熱がこもって悪化する眩暈や頭痛(例えば高血圧など)に用いてはなりません。

半夏白朮天麻湯の医療用医薬品としての効能効果を以下に記します。
胃腸虚弱で下肢が冷え、めまい、頭痛などがある者。

副作用は過敏症として、発疹、蕁麻疹等の報告があります。

以上になります。
辛い眩暈の症状を改善させる選択肢のひとつになれば幸いです。



漢方のすゝめ:板藍根(バンランコン)(2020年03月)

薬剤師 宇喜多 和美

ウイルスの脅威によってまさに非常事態であります。

さて、生薬の中には抗ウイルス作用を有するものも少なくなく、そのうちのひとつが板藍根(バンランコン)であります。
板藍根とは、キツネノマゴ科のリュウキュウアイ、アブラナ科のホソバタイセイの根を乾燥したものです。

薬理作用としては抗菌、抗ウイルス作用を有します。
抗菌スペクトルは広く、多種のグラム陰性・陽性の細菌を抑制します。
多種のウイルス感染症に対し治療効果があり、in vitroで(試験管内で)インフルエンザウイルスを抑制します。
強力な清熱解毒作用を有し、顔面丹毒、耳下腺炎、咽頭炎、扁桃腺炎などの咽頭頭部疾患に多用されます。湿気や熱によって引き起こされた高熱・煩躁(不安焦燥のため自制がきかなくなること)・譫語・発斑・皮下出血などに使用され、また、皮膚化膿症・ウイルス性肺炎などにも用いられます。

又、リュウキュウアイ、ホソバタイセイの葉を乾燥したものを大青葉(タイセイヨウ)といい、板藍根と類似した薬効を示します。
比べると大青葉の方が解熱効果に優れ、板藍根の方が解毒力に優れるという差があります。

又、リュウキュウアイ、ホソバタイセイの葉や茎に含まれる色素粉末を青黛(セイタイ)といい、こちらも板藍根、大青葉と類似した作用を有します。
比べると青黛の方が血にこもった熱や、肺にこもった熱を冷まし、止血する効果に優れます。
それゆえ、咳嗽・粘稠痰・胸痛・喀血・吐血・鼻出血、小児の熱性痙攣などにも使用されます。

日本では板藍根は食品としての取り扱いになります。
あくまでも生活の知恵の一つとして日々の暮らしに役立ててみるのも良いかもしれません。



漢方のすゝめ:大建中湯(ダイケンチュウトウ)(2020年02月)

薬剤師 宇喜多 和美

寒さ厳しい2月です。お体は冷えていませんか。
今月のテーマは大建中湯(ダイケンチュウトウ)です。
大建中湯は調剤薬局でも多く調剤する漢方薬の一つです。医療用医薬品としては開腹手術後のイレウス(腸閉塞)の低減を目的に処方されることが多いかと思われます。
ではこの漢方薬はどういったものであるのか、紐解いてみたいと思います。

大建中湯は、乾姜(カンキョウ)、山椒(サンショウ)、人参(ニンジン)、膠飴(コウイ)の4種類の生薬から成り立っています。

お気づきでしょうか。全て普段の生活で口にする可能性のある食品から成り立っています。もちろん人参はいわゆるスーパーで手にする人参ではありませんが。
組み合わせの妙でしょうか。わたしは先人の知恵を感じずにはいられなく、漢方薬が面白い分野であると改めて思う次第です。

話がそれました。

これらの構成生薬はまず、全て温める効果のある生薬です。なので、冷えている状態の時に使用する漢方薬であることは絶対です。

特に乾姜、山椒は強く温める効果を有し、胃腸が温まることによって腸管血流が促進されます。更に乾姜は健胃・止嘔の効果を持ち、山椒は抗菌・止痛の効果を持ちます。

人参も温める効果を有し、胃の機能を回復させて体力を向上させます。

膠飴はいわゆる飴です。詳しくは、もち米粉・うるち米粉・小麦粉に麦芽を加えて加工製成した飴糖とのことで、主成分は麦芽糖と少量のタンパク質です。
膠飴も温める効果を有し、痛みを緩める効果、胃の機能を回復させる効果、体力を向上させる効果を有します。

これらの生薬が、腸管に働き、腸管運動が抑制された場合には促進的に作用し、過度に腸管運動が起き下痢のような症状を呈した場合には抑制的に働きます。
全体として正常な蠕動に改善させる作用を持ちます。

したがって本剤は冷えによる便秘にも下痢にも使うことがあり、先述したイレウスの予防や改善の目的にも使われます。
又寒冷刺激、食事不摂生などにより激しい消化管の疝痛発作、腸の蠕動低下により、放屁されずに、腸管にガスが停滞して腹痛が起こる場合にも効果を示します。

注意点としては、繰り返しになりますが、本剤は温める作用の強いものであり、熱を帯びた状態に対しては使いません。

さて、医療用医薬品としての本剤の効能効果は以下の通りです。
腹が冷えて痛み、腹部膨満感があるもの。

実際様々な研究データも出ている漢方薬であり、薬効薬理作用としては以下の通りです。
消化管運動促進作用・消化管過剰運動抑制作用・イレウス抑制作用・腸管血流量増加作用・消化管ホルモン分泌作用(モチリン濃度上昇、セロトニン濃度上昇、サブスタンスP濃度上昇)
モチリン:消化管粘膜から分泌されるペプチドホルモンで消化・吸収の終了した空腹時に血液中に放出され、先ず胃・上部十二指腸に一連の強収縮をひきおこし、これが順次下部消化管に伝わり、空腸・回腸に溜まった胃液・腸液を大腸の方に押しやる働きをする。

セロトニン:自然界の動植物に一般的に含まれている物質で、人体中には約10mg存在している。神経伝達物質の一つであり、精神の安定に大きく影響を与える働きをしているが、そのうち90%が小腸の粘膜に存在し、腸の蠕動運動を活発にする働きも有する。

サブスタンスP:11個のアミノ酸からなる神経ペプチド。平滑筋収縮の他、中枢神経系、知覚神経系、気道収縮、血管拡張などへ作用する。

以上大建中湯に関して記してまいりました。

一般用医薬品として手にとる場合は、冷えが強くてお腹が冷えて、腸の動きが活発になりすぎて下痢をする、腸の動きが悪いための便秘、膨満感、腹痛、といった症状の際に助けられる漢方薬です。
特に冬場、こういった症状が悪化するという方も多いと思われます。
薬の選択のひとつに考えてみてはいかがでしょうか。



漢方のすゝめ:麻黄湯(マオウトウ)(2019年12月)

薬剤師 宇喜多 和美

12月になりました。
またこの時期がやってきたと思わずにはいられない疾患と言えば、インフルエンザです。

今回は、そのインフルエンザに罹患した際にも使用できる、麻黄湯(マオウトウ)を取り上げたいと思います。

早速ですが、麻黄湯の構成生薬を見てみます。
麻黄(マオウ)、杏仁(キョウニン)、桂皮(ケイヒ)、甘草(カンゾウ)の4つの生薬から成り立っています。

まず、麻黄は一番メインの生薬ですが、辛温解表薬という類のものです。つまり、感染症の初期、身体の表面に外邪(外界の発病性因子)が付き、進行するにしたがって身体の内部に入り込むという考えをする上で、その体表部に付いた外邪を温めて取り除く(発散させる)もの、であります。
具体的には、麻黄には発汗、解熱させる作用があります。又、気管支平滑筋を弛緩させて、呼吸を調整して呼吸困難を改善します。利尿作用もあります。そして抗ウイルス作用を持ち、インフルエンザウイルスに対して抑制作用があります。

次に、桂皮も辛温解表薬です。発汗、解熱作用があり、その発汗作用は麻黄に配合することにより、より強い発汗作用を備えます。また、鎮痛効果もあります。桂皮もインフルエンザに対して強力な抑制作用を持ちます。

杏仁は鎮咳、去痰の作用があります。また、麻黄の補助薬として呼吸困難を改善します。

甘草は麻黄、桂皮による発散しすぎを緩和させます、つまり、発汗過多を抑制します。

本方は、感冒など(インフルエンザにも使用できる)熱性疾患の初期、悪寒、発熱、頭痛、汗が自然に出ない、関節痛、筋肉痛などを目標に使用します。

使用する上で注意点を何点か記します。

強い発汗作用があるので、余り長期に用いる処方ではなく、発汗でして初期症状が緩和されたならば服用は止めます。
汗の出が既に多い者、体質虚弱な者、産後など身体が弱っている状態の者には発汗過多で脱水症状が起こる可能性があるので使用しません。
同様の意味で老人が服用する場合も脱水に注意する必要があります。
とは言っても、本方を服用してしっかり発汗させる必要があるので、本方服用後は、布団を掛け、温かいものを摂り、発汗を促すようにします。
本方は時に胃部不快感を起こすことがあります。

医療用医薬品としての麻黄湯の適応を以下に記します。
(メーカーによって違いがある点もすべて含めて記します。)
悪寒、発熱、頭痛、腰痛、自然に汗が出ないものの次の諸症:感冒、インフルエンザ(初期のもの)、関節リウマチ、喘息、乳児の鼻閉感、哺乳困難
かぜのひきはじめで、寒気がして発熱、頭痛があり、身体のふしぶしが痛い場合の次の諸症:感冒、鼻かぜ

副作用も以下に記します。
偽アルドステロン症、ミオパチー、発疹・発赤・瘙痒等、不眠・発汗過多・頻脈・動悸・全身脱力感・精神興奮等、肝機能異常、食欲不振・胃部不快感・悪心・嘔吐等、排尿障害等

麻黄湯はインフルエンザにも効果が期待できる処方です。
インフルエンザの診断は医療機関を受診する必要があるので、
一般用医薬品を使用する場合は感冒初期に対してとなりますが、
適切に使用すれば、感冒を悪化させずに食い止めることが期待できます。

感冒初期に対して一般的によく使用される処方と言えば、葛根湯ですが、
私自身の葛根湯と麻黄湯の使い分けとして、首筋の凝りや肩凝りが顕著かどうかでまず判断しています。
首筋の凝りや肩凝りが強く感じられる場合、葛根湯を服用し、
そこまで強く感じず、寒気や節々の痛み、だるさが強い場合は麻黄湯を選んでいます。
いずれにせよ、この処方は感冒に使う場合特に、葛根湯と同じく、症状を感じたら直ちに服用する必要があるので、常に携帯しておくことが大事です。

以上になります。

麻黄湯が、感冒やインフルエンザになぜ効果を示すのかイメージすることもできたら幸いです。



漢方のすゝめ:当帰飲子(トウキインシ)(2019年11月)

薬剤師 宇喜多 和美

早いもので11月になりました。うだるように暑く湿度が高かった夏が嘘だったみたいに最近は朝晩の冷え込みと、何より乾燥が気になります。外気が乾燥していると、皮膚も乾燥します。この時期になると私は手の皮膚の乾燥が顕著になり、すぐ亀裂が入るので皮膚により季節を実感したりします。

さて、今月はその乾燥した皮膚に対して使用する処方「当帰飲子(トウキインシ)」を取り上げたいと思います。

当帰飲子は、地黄(ジオウ)、芍薬(シャクヤク)、当帰(トウキ)、川芎(センキュウ)、何首烏(カシュウ)、蒺藜子(シツリシ)、防風(ボウフウ)、荊芥(ケイガイ)、黄耆(オウギ)、甘草(カンゾウ)、以上の生薬から成り立っています。

この内の地黄、芍薬、当帰、川芎は四物湯になります。四物湯は先月の十全大補湯の回に詳しく載せてあるので参考にしていただきたいのですが、補血薬の代表処方です。さらに何首烏も補血をする生薬になります。皮膚が乾燥する原因の一つは血が足りないためであるので、補血薬は皮膚を潤す働きをします。具体的には血を補うことにより全身、皮膚に栄養を補い、皮脂腺の分泌を促し皮膚を正常化します。
さらに何首烏には解毒作用や、抗炎症作用もあると考えられています。

また、防風、荊芥、蒺藜子は皮膚血管を拡張して掻痒感を改善する効果があります。防風、荊芥は外部からの刺激による痒み(外風)(ゲフウ)に効果を示し、蒺藜子は内部が原因で起こる痒み(内風)(ナイフウ)に対して効果を示します。

補気薬(ホキヤク)である黄耆、甘草は元気を付けて機能を改善して、補血薬の吸収を促進し、皮膚の機能を高めて他薬の効果を補助します。
さらに黄耆には肉芽形成を促進する作用があり、皮膚の治癒をはかります。

以上により、当帰飲子は補血薬、補気薬、去風止痒薬(風とは、病気を引き起こす因子が6つあるという概念の内のひとつ。痒みなどを引き起こすもの)から成り、痒みの強い、カサカサした皮膚疾患、例えば、皮膚掻痒症、蕁麻疹、乾癬、角化症、慢性湿疹、アトピー性皮膚炎、などに用います。

注意点としては、温める方向に働く処方であるため、皮膚の熱感が強く、赤味がある時は不適当であることと、潤す作用があるため、患部に滲出物が多い場合は不適当です。

医療用医薬品の効能効果としては、冷え症のものの次の諸症、慢性湿疹(分泌物の少ないもの)、かゆみ、になります。
副作用も以下に記しておきます。
偽アルドステロン症、ミオパチー、過敏症(発疹、発赤、瘙痒、蕁麻疹等)、消化器症状(食欲不振、胃部不快感、悪心、嘔吐、下痢等)

以上になります。

この時期辛さが増してしまう傾向のある、皮膚の乾燥、痒みを伴う皮膚症状の治療の選択肢の一つとして当帰飲子を考えてみてはいかがでしょうか。



漢方のすゝめ:十全大補湯(ジュウゼンタイホトウ)(2019年10月)

薬剤師 宇喜多 和美

10月になりました。唐突ですが、疲れていませんか?
気温的にも過ごしやすく、食べるものも美味しく、行楽日和といったところで色々出かけたい時期ではありますが、いかんせん疲れている。暑かった夏の疲れと上半期を終えた疲労困憊、加えて気温差に対応しきれず風邪をひき、治ったはいいが、低下した体力が回復しない、等々。
今回のテーマは、そのような疲れに効果が期待できる、「十全大補湯」(ジュウゼンタイホトウ)です。
十全大補湯は気血双補剤、すなわち、気(エネルギー)と血を両方補う方剤です。
早速ですが構成生薬をみてみます。
黄耆(オウギ)、人参(ニンジン)、白朮(ビャクジュツ)、茯苓(ブクリョウ)、甘草(カンゾウ)、地黄(ジオウ)、芍薬(シャクヤク)、当帰(トウキ)、川芎(センキュウ)、桂皮(ケイヒ)の10種類の生薬から成り立っています。

メーカーによっては白朮ではなく蒼朮(ソウジュツ)を配合している場合もあります。白朮も蒼朮も水はけを良くする働きをしますが、蒼朮の方が体の湿気を取り除く力が強く、白朮の方が胃腸をサポートしてエネルギーを補う力が強いものになります。

これらの構成生薬の内、人参、白朮、茯苓、甘草が補気(エネルギーを補う)の代表処方である「四君子湯」(シクンシトウ)であり、地黄、白朮、当帰、川芎が補血(血を補う)の代表処方である「四物湯」(シモツトウ)であります。
即ち本方は「四君子湯」と「四物湯」を合方し、更に黄耆と桂皮を配合した処方になります。

処方構成を詳しく見ていきます。
まず四君子湯とは、気虚(エネルギー不足)を改善する基本方剤ですが、補気する人参、甘草、白朮(白朮を用いている場合を記す)と、健脾の(胃を元気にさせ調整する)茯苓から成ります。
また、白朮、茯苓には水はけを良くしたり湿気を取り除いたりする作用もあるため、湿気に弱い胃を元気にさせ、胃の働きを助けます。ただし、潤す方向に働く人参、甘草と、乾かす方向に働く白朮、茯苓を組み合わせて、潤すものと乾かすもののバランスのとれた内容になっています。
更に、十全大補湯には黄耆が入ることによってエネルギーを補う効果、水はけを良くする効果も更に加わります。

次に、四物湯とは補血(血を補う)の基本包剤であり、構成は補血薬と活血薬(血の流れを良くするもの)のみから成ります。
補血をする生薬は地黄・芍薬・当帰ですが、その内地黄と芍薬は陰血を補う。(体は陰陽のバランスで成り立っているという考え方で、どちらかが足りなくてもどちらかが過剰でも不調が起こる。陰とは体を潤し冷ますもの。)
特に地黄は腎(体を肝・心・脾・肺・腎の5つに分ける考え方(=五行説(ゴギョウセツ))をし、5つの場所それぞれが作用してバランスをとって良好な状態を保っているとしている。腎とは(腎臓という意味ではなく)生命エネルギーを蓄えておく場所である)にまで作用して補うことが出来ます。
芍薬は主に肝(五行説の中でストレスよって最初に負担がかかる場所)に関係する生薬で、ストレスにより生じた腹痛も止めます。
当帰は血を補い、血の流れを良くする作用を有する代表薬で、地黄と芍薬の補血作用を増強します。
川芎は優れた活血作用(血の流れを良くする作用)と理気作用(エネルギーの流れを良くする作用)を兼ね揃えていて、気滞血瘀(キタイケツオ)(エネルギーが滞って血の巡りが悪くなる状態)による疼痛も治療します。
循環促進に作用する活血の当帰・川芎は補血の効能を全身に広げています。
以上により四物湯は補血・活血の効能があり、血虚(ケッキョ)(血が足りない状態)と血瘀(ケツオ)(血の巡りが悪い状態)の双方を治療できます。
更に、十全大補湯には桂皮が入ることにより、温める効果を増し、血行を促進して、当帰・川芎の活血作用を助け、さらに消化を助ける効果もプラスされます。

では、エネルギーを補い、血を補う十全大補湯はどういった時に使用する薬でしょうか。
自らが判断して使用する場合、一番使用する頻度が高いと思われるのが、疲れです。ポイントは、精神的な疲れ(ストレスによる疲れ)という訳ではなく、肉体的な疲れが主の時に効果的だということです。(ストレスに対応する生薬が全く入っていないわけではないですが、実際ストレス症状に対して使用するにはその効果が弱い)
とにかく疲労困憊で元気がない、体調を崩してあと一歩のところで回復しない、治りはしたが、低下した体力が元に戻らない、こういった時に使うことができます。

その他にもポイントさえ抑えれば様々な体が弱っている時の症状に使うことが出来ます。
以下例を挙げます。
諸貧血症、諸出血の後、諸熱性疾患後の衰弱、産後、手術後の衰弱、皮膚の化膿性疾患の治癒促進、白血病・癌などの体力消耗時の補助。

その抑えるべきポイントとは、本方剤は体を温める方向に働く薬剤なので、熱症状がみられる場合には使用しない、という点です。
また、胃が虚弱状態の場合、構成生薬の地黄が胃に負担になる場合があります。その場合服用を避けるか、通常漢方薬は食前服用ですが、食後服用に変えるなど対応が必要になります。


漢方のすゝめ:紫雲膏(シウンコウ)(2019年08月)

薬剤師 宇喜多 和美

 梅雨がようやくあけて、連日唸るような暑さが続いています。
夏休みを満喫している人も多いでしょう。活動的になり、傷をつくったり、火傷をしたりすることも多い時期かもしれません。

今月の漢方薬は、外用薬の紫雲膏(シウンコウ)です。
紫雲膏はたいへんシンプルな構成であり、
紫根(シコン)、当帰(トウキ)、胡麻油(ゴマアブラ)、蜜蝋(ミツロウ)、豚脂(トンシ)、から成り立ちます。

外用で使う場合、紫根は消炎作用や、肉芽形成作用、抗菌作用、抗真菌作用があり、当帰は皮膚を潤す作用、鎮痛効果があります。
胡麻油、蜜蝋、豚脂は基剤として使われていますが、胡麻油は、皮膚の保護作用があります。

医療用医薬品の適応症状としては、火傷、痔核による疼痛、肛門裂傷、となっておりますが、実際は皮膚病、外傷、火傷にほとんど万能である漢方薬です。
特に火傷に対しては当帰の鎮痛効果と、紫根の抗炎症、抗菌効果が有効に働き、積極的に使いたい漢方薬と言えます。

ただ、注意点としては、患部が、化膿していないこと、創面が大きくないこと、分泌物が多くないこと、を確認する必要があります。

その注意点を確認した上で、以下の症状に対して応用できる可能性があります。
湿疹、乾癬、角皮症、水虫、うおのめ、たこ、とびひ(伝染性膿痂疹)、にきび、いぼ、ひび、あかぎれ、あせも、かぶれ、わきが、円形脱毛症、尋常性白斑、頭部白癬、外傷、凍瘡、褥瘡、火傷、虫さされ、潰瘍、痔、痔瘻、脱肛、瘭疸(ひょうそ)、糜爛(びらん)


傷が出来たり、火傷をしたりした際に何の薬を使ったらよいか迷い、しかしその薬の選択肢が意外に少ないように思います。
紫雲膏はまさに常備薬として常に手元に置いておき、必要な時にすぐ使えるようにしておくと大変便利な漢方薬であると思われます。

ただ、一点認識しなくてはいけないことは、紫雲膏の色が濃い紫色だということです。
つまり、服などに付着したら目立ちます。
紫雲膏を塗った上から軽くガーゼで覆ったりするなど、工夫が必要な場合があります。

この夏をアクティブに満喫して出来てしまった皮膚疾患に、紫雲膏を上手に使って、症状が早く回復することを願っています。


漢方のすゝめ:安中散(アンチュウサン)(2019年07月)

薬剤師 宇喜多 和美

 蒸し暑い日が続いています。こう暑いとついつい冷たいものを多く飲みがちではないでしょうか。氷で冷やされた麦茶に、キンキンに冷えたビール…。がぶがぶ飲んで、胃が痛くなってしまったことはありませんか?

今回は冷えによる胃痛に効果のある安中散(アンチュウサン)がテーマです。

安中散の構成生薬を見てみます。
桂皮(ケイヒ)、茴香(ウイキョウ)、良姜(リョウキョウ)、縮砂(シュクシャ)、延胡索(エンゴサク)、甘草(カンゾウ)、牡蠣(ボレイ)、の7種類の生薬から成り立っています。

この内の5種類(桂皮、茴香、良姜、延胡索、牡蠣)が温める働きを持つ生薬です。なので、安中散は温性の処方であることがわかります。

また、これらすべての生薬にある程度の止痛の効果を持ちます。
特に桂皮は温めて痛みを止める作用が強く、内臓を温め、胃のみならす、全身の痛みに対して効果があります。
また良姜も温める力が強く、良姜は胃の専門薬であり、胃を温めて、冷えによる胃痛を改善します。

桂皮、茴香、縮砂、良姜は芳香性を持ち、胃内食物の異常発酵を抑えて、胃痛や胃部不快感、呑酸(口内に酸っぱいものが込み上げると感じる状態)、胸やけの症状を改善します。

茴香、縮砂は理気作用(気の巡りを良くする作用)を持ち、本来気は上から下へ流れるはずのものが逆に流れてしまい(胃気上逆)酸っぱいものが込み上げる、悪心嘔吐、食欲不振などが起こるといった状態を改善します。

延胡索は活血作用(血の巡りを良くする作用)かつ理気作用を持ち、それにより気血の巡りを良くして胃痛を止める強い作用があります。(気は血を動かすエネルギーであるので、気が巡ることによって血も巡ります)

牡蠣は強い制酸作用を持つので胃酸過多に有効であり、又精神安定作用も持ち合わせます。


以上をまとめますと、安中散は、冷えにより、胃痛、胃部不快感、呑酸、胸やけ、悪心嘔吐、食欲不振、などが起こった状態を改善する効果があります。

注意点としましては、本方剤は、温めることによって症状を改善するものであるため、炎症が起こっていて熱がこもっているような状態には使用しません。

最後に、医療用医薬品としての安中散の効能効果、副作用に関して記載します。

効能効果として、やせ型で腹部筋肉が弛緩する傾向にあり、胃痛または腹痛があって、ときに胸やけ、げっぷ、食欲不振、吐き気などを伴う次の症状:神経性胃炎、慢性胃炎、胃アトニー

副作用として、偽アルドステロン症、ミオパチー、過敏症として発疹、発赤、瘙痒等


以上になります。

しかし、まずは暑いからといって冷たいものを飲みすぎないことが大切です。常温のもの、温かいものを飲む習慣を心掛け、安中散を飲む必要のない生活をお願いいたします。


漢方のすゝめ:防已黄耆湯(ボウイオウギトウ)(2019年06月)

薬剤師 宇喜多 和美

 6月になりました。雨が多くなり湿度が増す季節、梅雨が到来します。
湿気が多くなると、症状として増す傾向にあるのは、浮腫みです。今回は浮腫みの改善に使う漢方薬のひとつ、防已黄耆湯(ボウイオウギトウ)について記します。

まず、防已黄耆湯は、防已(ボウイ)、黄耆(オウギ)、生姜(ショウキョウ)、大棗(タイソウ)、甘草(カンゾウ)の6種類の生薬で構成されています。

防已黄耆湯は一言でいうと、体の水はけを良くして、エネルギーを補う包剤です。

まずは水はけの部分。
文字通り体の不要な水分を主に尿として体外に排出します。
防已黄耆湯の構成生薬の内、防已、黄耆、白朮、が主にその役割を担います。

次にエネルギーを補う部分。
そもそもエネルギーを補うとは、体の「気」を補うということであります(補気)。
逆に気が足りないとどのような状態になるのか。そもそも気とは何なのか。

気の働きには5つの作用があり、以下に示します。
① 推動(スイドウ)作用:身体のあらゆる生理活動、血液循環や新陳代謝などを促進する。
② 温煦(オンク)作用:身体を温め、体温を正常に保つ。
③ 防御(ボウギョ)作用:身体の体表面を守り、外部から邪気の侵入を防ぐ。
④ 気化(キカ)作用:血や水の生成と、水の代謝及び汗や尿への転化をコントロールする。
⑤ 固摂(コセツ)作用:血、汗、尿などが漏れるのを防ぐ。
(栄養作用:人体各部に栄養を与える、を加えて6つの作用とする場合もある。)

気が不足するということは、これらの作用がうまく働かなくなるということになります。
つまり、気が不足することによってそもそも水はけが悪くなり、体が冷え、風邪をひきやすくなり、尿量が減り、汗が必要以上に出る、というような状態になります。

防已黄耆湯の構成生薬の内、黄耆、白朮、甘草が補気する生薬にあたり、特に黄耆は体表面の気を補い汗がだらだら流れるのを防ぎます。
又、黄耆、白朮、甘草、大棗は、漢方の考え方で、体の生理機能を系統立てて捉える分類の内、「脾」というところを元気にする作用をもます。脾とは消化器系、水分代謝の一部、栄養代謝、末梢循環の機能をつかさどるところであり、脾は気を生み出すところのひとつでもあります。なので、脾を元気にさせることは補気するということに繋がります。

まとめますと、防已黄耆湯は体の水はけを良くし、体にエネルギーを補う包剤であり、以下のような状態を改善するものであります。
浮腫み、元気がなく疲れやすい、体が冷える、風邪をひきやすい、尿量が減る、汗かき。

注意点としては、本包剤は体を温める方向に働くので、熱症状がある場合は用いてはなりません。

もちろん防已黄耆湯は浮腫みのためだけに使う漢方ではありません。
以下に医療用防已黄耆湯エキス顆粒の効能又は効果を記します。
色白で筋肉軟らかく水ぶとりの体質で疲れやすく、汗が多く、小便不利で下肢に浮腫をきたし、ひざ関節の腫痛するものの以下の諸症:腎炎、ネフローゼ、妊娠腎、陰嚢水腫、肥満症、関節炎、癰、癤、筋炎、浮腫、皮膚病、多汗症、月経不順。

また、以下に副作用を記します。
間質性肺炎、偽アルドステロン症、ミオパチー、肝機能障害・黄疸、過敏症(発疹、発赤、掻痒等)。

これから迎える梅雨時期も、漢方薬をうまくつかって乗り切ることができたら幸いです。


漢方のすゝめ:酸棗仁湯(サンソウニントウ)(2019年05月)

薬剤師 宇喜多 和美

 5月になりました。今年はゴールデンウィークが最長で10連休になり、今お休みされている方も多いかと思います。
長いお休みによって日頃の疲労の蓄積も解消されて、休み明けはさぞかしパワーアップしてまた仕事や学業に打ち込めるはず、という訳にはいかない場合もありそうです。そう、ご存じ五月病です。
つまり、その5月の連休後、新しい環境に適応できないことに起因する「五月病」が起こることが懸念されます。五月病とは正式な病名ではなく、学校や会社に行きたくない、なんとなく調子が悪い、授業や仕事に集中できないというような状態の総称です。新1年生や、新入社員など4月に大きく環境が変わった人が、より五月病になりやすく、今年は特にゴールデンウィークが長いので更に本来の生活に戻りにくくなるとも言われています。
症状としては、やる気が出ない、食欲が落ちる、眠れなくなるなどといった状態が挙げられます。この症状の内のひとつ、「眠れなくなる」に関して効果が期待できる漢方薬を今回は挙げたいと思います。

酸棗仁湯(サンソウニントウ)は、不眠症に使われる漢方薬です。

配合生薬をみてみます。酸棗仁(サンソウニン)、茯苓(ブクリョウ)、知母(チモ)、川芎(センキュウ)、甘草(カンゾウ)の5種類の生薬から成り立っています。
この内、酸棗仁が主薬であり量も一番多く配合されています。酸棗仁は鎮静作用や催眠作用があります。茯苓も鎮静作用があり、精神安定の効果が期待できる生薬です。知母も鎮静作用があり、酸棗仁と合わせることにより、大脳の興奮性を低下して、煩躁・不眠に効果があります。また、解熱効果もあります。川芎は鎮静作用がある他、気や血のめぐりを改善して(理気活血作用)ストレスが起こると負担がかかりバランスが崩れるところを調整、改善します(肝の疏性機能の調節)。甘草はそれぞれの生薬を調和させています。

ゆえに、本方剤はストレスにより精神疲労をきたし陥った不眠に対して効果が期待できます。適応は睡眠不良ではありますが、眠りが浅い・よく目が覚める・夢をよく見るなどの症状に効果を示し、寝つきが悪いものに対してはあまり有効ではないという記述もあります。
また、知母が解熱作用を持つため、ほてり・のぼせなど身体に熱がこもっている状態に対してより積極的に使われます。

服用するにあたっての注意点としては、酸棗仁が胃腸障害を引き起こすことがあるということです。
以下報告されている副作用を記載します。偽アルドステロン症、ミオパチー、消化器症状(食欲不振、胃部不快感、悪心、腹痛、下痢等)。

酸棗仁湯の催眠効果は西洋薬のように切れ味があるというわけではないですが、眠剤としての選択肢の一つとしてとらえてみてはいかがでしょうか。

五月病が起こる可能性があることを知っていて、その対処法を少しでも知っているということが、症状の深刻化を少しでも防げるのではないかと思います。
更に、連休中の過ごし方として、生活リズムを乱さないこと、ストレスをため込まないことが五月病の予防につながるとのことです

まずはこの連休を是非楽しみたいですね。


漢方のすゝめ:荊芥連翹湯(ケイガイレンギョウトウ)(2019年04月)

薬剤師 宇喜多 和美

 4月になりました。新しい生活を始める方も多いかと思います。入学する方、入社する方、おめでとうございます。
この季節は緑が育ち、花が次々と咲く、芽吹く季節であります。この季節の悩みとして増えがちなのが、吹き出物・ニキビ等の皮膚疾患です。

吹き出物・ニキビに使用する漢方薬は多くありますが、そのうちのひとつ、荊芥連翹湯(ケイガイレンギョウトウ)に関して、見ていきたいと思います。

荊芥連翹湯は、薄荷(ハッカ)、柴胡(サイコ)連翹(レンギョウ)、黄連(オウレン)、黄芩(オウゴン)、黄柏(オウバク)、山梔子(サンシシ)、地黄(ジオウ)、当帰(トウキ)、芍薬(シャクヤク)、川芎(センキュウ)、桔梗(キキョウ)、甘草(カンゾウ)、荊芥(ケイガイ)、防風(ボウフウ)、白芷(ビャクシ)、枳実(キジツ)、以上の17種類の生薬で構成された漢方薬です。

この処方は、黄連・黄芩・黄柏・山梔子の「黄連解毒湯」と、地黄・当帰・芍薬・川芎の「四物湯」を基本として成り立っています。
黄連解毒湯は体内の熱を冷まし、不要な湿気を取り除く方剤です。四物湯は血を補う基本の方剤です。つまり、荊芥連翹湯は、体内に熱と湿気がこもり、血虚(おおまかにいうと、血が足りない状態)状態に使用する漢方薬であることがわかります。

他の生薬も見てみます。薄荷・荊芥・防風・白芷は去風・止痒薬です。去風とは、漢方の考え方で病気の原因ととらえるものの一つに風邪(フウジャ)があり、それを取り除くという意味です。風邪が皮膚に停滞した時の症状の特徴としては、発疹、痒み、その場所が急に発生して一定しない、移動・増減する、上半身に症状があらわれやすい、というものがあります。去風薬とはこれらの状態を改善する効果がある薬です。止痒薬はその名の通り、痒みを抑える効果がある薬です。
白芷・川芎・桔梗・枳実は排膿に働き、皮膚の化膿症状に効果があります。
また、連翹は清熱解毒薬であり、体の熱を冷まして、抗菌作用があります。
柴胡は上昇作用があり、諸薬の効能を頭面部に引き上げ、その症状を緩和させます。

荊芥連翹湯の皮膚症状への効果をまとめます。皮膚に熱や湿気がこもって化膿している状態。つまり、赤み・炎症があり、ジクジクして浸出物が多い状態、膿が出ている状態。痒みがあり、これらの症状が上半身に目立つ状態。これらの諸症状の改善です。
以上の症状は全部そろわなくても使用することはあり、また、吹き出物・ニキビ以外でも湿疹・蕁麻疹・アトピー性皮膚炎などに対しても使用します。体質改善を狙って用いることが多い処方であり、長期間使用する場合も多い薬です。
薬効薬理として、活性酸素産生抑制作用、抗アレルギー作用のあることが確認されています。

留意点としては、胃腸機能の弱い人には適しません。以下報告されている副作用を記します。間質性肺炎、偽アルドステロン症、ミオパチー、肝機能障害・黄疸、腸間膜静脈硬化症(サンシシ含有製剤の長期服用によるものです)、発疹・瘙痒等、食欲不振・胃部不快感・悪心・嘔吐・下痢等の消化器症状。

以上、荊芥連翹湯の皮膚症状に対しての効果を記しました。効果には個人差がありますが、治療の選択肢の一つとして知っていることが強い味方になる漢方薬のひとつであると思っています。この時期に増える皮膚症状を改善させて、気持ちよく春を満喫できることを願います。


漢方のすゝめ:小青竜湯(ショウセイリュウトウ)(2019年03月)

薬剤師 宇喜多 和美

 3月です。少しずつ暖かく感じる日も出てきましたね。厚着をしなくても過ごせる陽気はありがたいのですが、いよいよつらい季節がやってきたとお思いの方もいらっしゃるでしょう。そう、花粉が飛散する季節の突入です。
一般的には、花粉症の薬として、過剰に反応したアレルギー症状を抑えるための抗アレルギー薬を使用しますが、漢方薬にも花粉症に使われる薬があります。そのうちのひとつ、小青竜湯(ショウセイリュウトウ)に関して探ってみようと思います。

まず、小青竜湯の構成生薬を見てみます。麻黄(マオウ)、細辛(サイシン)、乾姜(カンキョウ)、桂皮(ケイヒ)、五味子(ゴミシ)、半夏(ハンゲ)、芍薬(シャクヤク)、甘草(カンゾウ)から成り立っています。

麻黄、桂皮、乾姜、細辛は体を温めます。更に麻黄、細辛は温めながら浮腫などを去る利水作用を持っています。麻黄、五味子、半夏、細辛は鎮咳作用があります。芍薬、甘草は温めすぎることによる発汗しすぎ(脱水症状)を予防します。五味子にも鼻汁、発汗を抑制する作用があります。半夏は痰を除去します。

以上の効能をもとに、花粉症の症状として、冷えることで症状が悪化し、痰も鼻汁もうすい水様な場合、また、咳を伴う場合、粘膜の浮腫によって鼻閉も起こっている場合にも対応できます。
つまり、白く透明なさらさらする鼻水がだらだら流れて、咳や水様な痰、鼻づまりも伴う場合にも対応できる漢方薬です。
反対に、熱がこもっているような症状、例えば、高熱や空咳、黄痰などの症状に対しては使用できません。

勿論小青竜湯は花粉症に対してのみ使う薬ではありません。
以下医療用医薬品としての小青竜湯の効能又は効果を示します。
下記疾患における水様の痰、水様鼻汁、鼻閉、くしゃみ、喘鳴、咳嗽、流涙:
気管支炎、気管支喘息、鼻炎、アレルギー性鼻炎、アレルギー性結膜炎、感冒

気管支炎、気管支喘息に関しては特に自己判断が難しいと思われるため、一般用医薬品で最初に対応するのではなく、まずは受診するべきです。

そして以下、副作用を記します。間質性肺炎、偽アルドステロン症、ミオパチー、肝機能障害・黄疸、発疹、発赤、掻痒等の過敏症、不眠、発汗過多、頻脈、動悸、全身脱力感、神経興奮等の自律神経系症状、食欲不振、胃部不快感、悪心、嘔吐、腹痛、下痢等の消化器系症状、排尿障害等の泌尿器系症状など。

副作用に関して、気になる症状が出た場合は医師、薬剤師に相談を。

以上、小青竜湯はこの花粉症の時期に、適した症状であれば効果を期待できる漢方薬です。抗アレルギー薬と併用して、又、抗アレルギー薬の主な副作用である眠気を回避したい場合に、眠気の起こる心配のない薬としても活躍することが期待できる漢方薬です。



漢方のすゝめ:麦門冬湯(バクモンドウトウ)(2019年02月)

薬剤師 宇喜多 和美

 2019年に入り、早くも2月になりました。今年も漢方薬に関して皆様と一緒に勉強してまいりたいと思います。どうぞよろしくお願い致します。
さて、冷たい風が吹き、寒く乾燥している日々が続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。この時期に増える症状のひとつに、咳があります。皆様の中にも咳が治まらず困っているという方が多いと思われますが、その咳に対応する方剤のひとつに麦門冬湯(バクモンドウトウ)があります。今回は麦門冬湯に関して探っていきたいと思います。
まず、麦門冬湯の構成生薬ですが、麦門冬(バクモンドウ)、人参(ニンジン)、甘草(カンゾウ)、大棗(タイソウ)、粳米(コウベイ)、半夏(ハンゲ)、の6味から成り立ちます。本方剤の主薬(主に効果を発揮するメインの生薬)は麦門冬であり、量も一番多く使用します。薬性としては微寒、つまり少し冷ます性質のある生薬です。肺や胃を潤し、熱を取り、渇きを止め、乾燥状態に対して効果を示します。肺の渇きによる、痰が無い乾咳または痰はあっても少なくて切れにくい咳に対して、又、胃の渇きによる口渇・多飲・腹部不快感に対して効果が期待できます。
また、人参、甘草、大棗、粳米は気(エネルギー)を補い、胃症状を改善させ、それによって肺症状を間接的に改善させます。
半夏は薬性としては温、つまり温める性質のある生薬です。乾かす性質があり、痰を取り除き、咳嗽を止めます。他の生薬により過度に潤してしまうことを抑制しています。さらに胃腸の蠕動を調整して悪心・嘔吐を止めます。
麦門冬の潤す性質と、半夏の乾かす性質の相反するものの組み合わせが、咳嗽、喘息などの治療効果を高めています。ただメインの生薬は麦門冬であり、全体としては麦門冬の効果が色濃く出ます。
以上構成生薬を確認しましたが、それでは具体的な麦門冬湯の効能を確認します。本方剤は冒頭でも示した通り、咳に対して効果を発揮します。しかし、どのような咳にも対応するわけではありません。本方剤の主薬である麦門冬の作用を確認した通り、潤す効果が強いため、それにより痰を生じやすく、痰の多く絡む咳に対しては不適当になります。又、麦門冬自体は少し冷ます性質がありますが、他5種の生薬は冷ます性質をもつものが無く、むしろ温める性質を持つものも含むため、全体を見ると冷ます力は弱い方剤になります。ですので、発熱や舌に黄色い苔が付着しているような熱の激しい状態には対応しません。加えて先ほどの潤す力が強いこともあり、外から来る邪を振り払うことが出来ない、という考え方をするのですが、そのため感染症により炎症が激しいものには対応しません。
対応する症状をまとめますと、痰はあまりなく、あっても少量で切れにくく、はげしい空咳に効果が期待出来ます。
また、それぞれの生薬が胃症状改善に対して有効に働く作用を持つので、胃の弱った状態でも服用可能です。そして、この方剤は妊娠時でも服用可能になります。
参考までに、医療用医薬品の効能効果としては、痰の切れにくい咳、気管支炎、気管支喘息、になります。
次に副作用に関して記します。以下の症状があらわれた場合は医師・薬剤師に相談してください。間質性肺炎(階段を上ったり、少し無理をしたりすると息切れがする・息苦しくなる、空咳、発熱等がみられ、これらが急にあらわれたり、持続したりする)、偽アルドステロン症、ミオパチー(手足のだるさ、しびれ、つっぱり感やこわばりに加えて、脱力感、筋肉痛があらわれ、徐々に強くなる)、肝機能障害(発熱、かゆみ、発疹、黄疸、褐色尿、全身のだるさ、食欲不振等があらわれる)、蕁麻疹等皮膚症状。
以上、麦門冬湯を紐解いてまいりました。麦門冬湯は、医療用医薬品としてのみならず、一般用医薬品として薬局でも取り扱いの比較的多い漢方薬のひとつになります。上手に利用して、咳症状をコントロールし、この冬を乗り越えたいですね。


漢方のすゝめ:大黄(ダイオウ)(2018年12月)

薬剤師 宇喜多 和美

 早速ですが、今回のテーマは大黄(ダイオウ)です。大黄は、前回のテーマであった潤腸湯の含有生薬でもあるように、他の生薬と組み合わせて使われる場合もありますし、大黄単独で使われる場合もある生薬です。
大黄はタデ科のダイオウ属植物に由来します。大半は海抜3000m以上の高山地帯に分布する野生株であり、高さ2~3mにも達する大型の多年生草本です。根茎と根は太く、大きく肉質で、断面は黄色です。長さ30㎝~50㎝もの大きな葉を付け、紫紅色又は黄白色の小花を付けます。生薬には乾燥させた根茎および根を用います。生息地は中国、日本などです。


では大黄は何に使われる薬でしょうか。主には便秘に対して使います。レインアンスロンという有効成分が大腸を刺激して蠕動を推進して排便を促進します。大黄は刺激性下剤の一種になります。
しかし、しばしばその大黄の排便促進効果には個人差があります。大黄には有効成分であるレインアンスロンの配糖体のセンノシドという物質で含有されており、センノシド自体には大腸を刺激する作用はありません。センノシドが大腸に達して腸内細菌の作用で分解されレインアンスロンになることによって初めて大腸の蠕動運動を活性化するのです。すなわちセンノシドはプロドラックであり、効果発現が患者の腸内常在菌に依存するため、センノシドを分解できない腸内常在菌が優勢の患者では薬効が得られないのです。このような理由で薬効に個人差が表れます。
これに対してセンノシドの分解に有用な菌株の研究もされており、経口投与したビフィズス菌LKM512が腸管内でセンノシドを分解するというデータが出ています。
また、大黄は薬性が「寒」つまり体を冷やす性質を持ち、清熱・消炎するため、大黄単独で便秘に使用する場合は熱のこもったものに対して使用するべきであります。又、大黄はタンニンを含有するので収斂の作用を持ち、大量に投与した場合、その作用により止瀉作用、便秘作用が現われることもあります。


大黄のその他の効能・適応としては、抗菌作用があるため急性腸炎、細菌性下痢など湿熱の下痢に用いること、利胆作用があるため湿熱による黄疸に用いること、活血祛瘀(血流の分布を調整する)効能があるので、打撲・捻挫に用いること、などが挙げられます。


次に使用上の注意を以下に記します。
・子宮収縮を促進するので出産前には用いない方がよく、また骨盤の充血を増強するので産後や月経期間中は用いない方がよい。また腸管から吸収されて血中に入り、乳汁に分泌されるので乳児に影響をあたえるため、授乳中の婦人には用いない。
・煎じ薬として使用する場合、長時間煎じると瀉下の効果が弱くなるので後下(あとで加える)すべきである。清熱・消炎を目的とするなら煎じる時間は長くてもよい。
・大黄を含むアントラキノン系緩下剤を長期服用することにより大腸メラノーシス(大腸黒皮症)が起こる可能性がある。大腸粘膜が黒ずみ腸の動きが悪くなることによって、便秘が悪化する可能性がある。可逆性の症状なので原因物質を中止すれば回復するが、回復まで半年から1年程度かかるといわれているため、安易な連用は避けるべきである。

最後に余談ですが、ルバーブという植物はご存じですか?よくスイーツ作りなどに利用される強めの酸味とほのかな苦みが特徴のきれいな赤色の野菜です。ルバーブの和名は「ショクヨウダイオウ(食用大黄)」であり実は大黄の一種です。可食部は葉柄の部分で、葉は有毒なので食べません。高濃度のシュウ酸及びシュウ酸塩、またアントラキノンが含まれているのが理由です。ルバーブは加熱すると溶けるため、またその酸味と砂糖との相性が良いため、ジャムやパイ作りなどに利用されます。意外な野菜が大黄とつながっていたとは驚きですね。


これで2018年の投稿は最後になります。お読みいただきまして有難うございました。
2019年は2月からスタートになります。来年もどうぞよろしくお願い致します。


皆様どうぞよいお年をお迎えくださいませ。


漢方のすゝめ:潤腸湯(ジュンチョウトウ)(2018年11月)

薬剤師 宇喜多 和美

 秋も深まり、空気が乾燥する季節の到来です。すると人間の身体も同様に乾いてくる季節です。皆様、最近便秘でお困りではないですか?
さて今回は潤腸湯(ジュンチョウトウ)に関して探ってみたいと思います。
潤腸湯の効能効果は便秘です。ではどういった便秘に使用するかということを確認するために、潤腸湯の構成生薬を見てみます。
潤腸湯は、地黄、当帰、黄芩、枳実、杏仁、厚朴、大黄、桃仁、甘草、麻子仁で構成されています。地黄・当帰で血を補い、麻子仁・桃仁・杏仁はいずれも脂肪質に富み腸を潤し乾燥している便を降下させて排便させる効果があります。特に麻子仁は補血補陰(血や潤いを補う)の補助として、桃仁は血の停滞の改善をはかり、杏仁は大腸の気(エネルギー)を降ろすということによっても効果を示します。枳実・厚朴は腸の緊張を和らげ、腸内のガスを廻らすことによってより瀉下作用が増強されます。又大黄自体も瀉下の効果を持ちます。陰血の不足(身体の潤いが足りない状態)は口渇、火照りなどの熱症状を生じることがあり、また、燥便の停滞によって腸管が熱化することも多くなります。それに対して黄芩の清熱作用、大黄の排熱作用が効奏します。
つまり潤腸湯はどのような便秘を目標に使用するかというと、弛緩性の便秘、痙攣性の便秘にかかわらず、体液が減少していて腸内も乾いていて粘滑性を失い、コロコロした兎糞状の便を排泄するものが目標になります。体力が中程度、あるいはやや低下したような老人や産後の婦人の便秘に適します。また、高血圧症の便秘に用いることも多くあります。(五臓という、肝・心・脾・肺・腎という概念で身体をとらえる考え方による、肝血を補う地黄・当帰、肝熱を清する黄芩・大黄の配合があるからという理由がひとつにあります。)
ただ、妊婦・産婦・授乳婦等の服用に関してですが、まず妊婦に関しては潤腸湯の含有生薬の大黄に子宮収縮作用及び骨盤内臓器の充血作用があるため、又桃仁による流早産の危険性があるため服用しないことが望ましいとされています。そして授乳中の婦人に関しては大黄の成分が母乳中に移行し乳児の下痢を起こす可能性があるため服用は慎重になるべき必要があります。
更に副作用に関して記しますと、間質性肺炎、偽アルドステロン症、ミオパチー、肝機能障害・黄疸、消化器症状といった報告がありますので、異変を感じた場合は医師・薬剤師に相談してください。
潤腸湯に関して記してまいりました。乾燥する季節に悪化する便秘に対して効果が期待できる処方のひとつになります。
しかし、そもそも根本的な話になりますが、できれば薬に頼らず良好な生活習慣によって健康を保ちたいものです。まずは食生活に今の時期有効な食材を取り入れてみてはいかがでしょうか。腸を潤して便通改善に期待できる食材を参考までに以下に記します。白ごま、くるみ、松の実、杏仁、さつまいも、さといも、豚肉、はちみつ、ごま油。皆様が美味しく快便に過ごせますように。


漢方のすゝめ:六君子湯(リックンシトウ)(2018年10月)

薬剤師 宇喜多 和美

 こんにちは、私は漢方薬好きの薬剤師です。
季節は秋。食欲の秋ですね。皆様胃腸の調子はいかがでしょうか。
さて今月は六君子湯(リックンシトウ)に関して探ってみたいと思います。
六君子湯とは、補気剤の一種であります。「気(キ)」というのは漢方独特の考え方ですが、
漢方では、体は「気」と「血(ケツ)」と「水(スイ)」とで出来ており、それぞれが充足していて滞りなく巡っている状態が健康な状態だという考え方をします。六君子湯はその「気」を補う処方であります。「気」というものは簡単に言ってしまうと元気や気力であり、人体を構成する目に見える物質(血・水)以外のものを指します。「気」は「血」と「水」を動かすエネルギーであるという考え方をするので、補気するということは、「血」や「水」を動かすということにつながります。その「血」や「水」の概念も通常の人体の組成としての血や水とは少し異なりますが、ほぼ等しいと考えて大きく外れてはいません。具体的に記しますと、補気剤とは、機能や代謝を促進して元気をつけ抵抗力を高める作用をもつものと言えます。
構成生薬を見てみます。人参、甘草、白朮、茯苓、生姜、大棗から成る四君子湯(シクンシトウ)という補気剤の基本方剤に、半夏と陳皮を加えた処方であります。四君子湯と、痰湿を取り除く基本処方である二陳湯(ニチントウ)との合方と考えることができます。補気剤というからには、気が足りない状態の時に使う処方ですが、気が足りない状態を「気虚(キキョ)」といいます。六君子湯は、気虚して胃腸の消化吸収能が低下し、貧血して体力衰弱したものを治します。さらに気虚では特に水分の吸収・排泄の能力が低下するので、(エネルギー不足によって「水」(水分)を動かすことが出来ないため)胃腸内の溜飲・泥状~水様便・浮腫などが生じやすくなります。それによって悪心・嘔吐・腹部膨満などの、「気」が滞る状態をいう、気滞(キタイ)の症候がみられます。さらに気管内の分泌過多による多痰・咳嗽なども発生します。それに対して半夏・生姜は胃内の溜飲を除き、悪心・嘔吐を止め、胃腸の蠕動を調整し、さらに鎮咳や痰の分泌抑制に働くので、水の巡りが滞っている状態をいう水滞(スイタイ)・気滞の除去に有効です。六君子湯の適応は非常に広範囲で、消化器系・呼吸器系の慢性疾患で気滞・水滞を呈するもののファーストチョイスと考えて良いと思われます。
漢方的な表現がどうしても多くなってしまう処方ですが、この処方は薬理作用に関してもかなり研究されていまして、後に記そうと思います。
さて、ではつまり具体的にはどういった時に使われるのか、効能・効果を見てみます。医療用医薬品の添付文書から抜粋しますと、胃腸の弱いもので、食欲がなく、みぞおちがつかえ、疲れやすく、貧血性で手足が冷えやすいものの次の諸症:胃炎、胃アトニ―、胃下垂、消化不良、食欲不振、胃痛、嘔吐、とあります。ただ、漢方薬は効能効果を見て処方を選ぶということは本来しないものなのです。しかしそれを言ってしまうと医療用医薬品を選ぶにあたって根本のシステムに物申すことになってしまうので触れないでおきます。(たとえば呼吸器系疾患に使うこともありますが、効能効果としての記載は無いですよね。)
さらに一言で六君子湯はどういう薬かをざっくり言ってしまうと、メインは胃腸薬です。主には、元気がなくて気力もなくて、胃腸の調子が悪くて胃がちゃぽちゃぽして気持ち悪い時もあるような状態を治す薬です。しかしこういった症状であっても、どのような人にも使えるというわけではありません。使うにあたって注意点を記しますと、この薬は体を温めます。なので、程度にもよりますが、基本的に体に熱がこもっている場合には使わず(しかし他に冷ます処方を併用する場合はこの限りではありませんが)冷えの傾向にある場合に使う薬です。熱がこもっているかどうかの判断は舌を診る「舌診(ゼッシン)」という方法があります。舌は本来、色は淡いピンク色が理想であり、うっすら苔があるのが通常の状態だとされています。ですが、舌の色が赤すぎたり、苔が黄色くべったりとついていたりする場合は体や胃に熱がこもっていると考えられるので、六君子湯の適応からは外れます。また、副作用に関して触れますと、甘草を含有しているため、偽アルドステロン症、ミオパチーの可能性があり(甘草の副作用に関しては8月掲載分にて詳しく記しています)、また肝機能障害・黄疸の可能性、発疹・蕁麻疹といった皮膚症状、悪心・腹部膨満感・下痢といった消化器症状の報告もあります。どの薬にも言えることですが、気になる症状が出ましたら自己判断せず医師・薬剤師に相談してください。
次に、後ほど述べると記した薬理作用に関して以下に記します。①食道クリアランス改善作用(逆流した胃酸を食道から胃内に押し戻す作用)②胃適応性弛緩に対する作用(胃貯留能を改善する)③胃排出能改善作用④胃粘膜血流改善作用⑤グレリン分泌促進作用(グレリンとは胃組織から発見されたペプチドで強力な摂食促進作用をもち、つまり食欲改善作用がある)以上五点の作用によっても消化管運動促進作用があることがわかります。これらの薬理作用が、比較的新しい疾患の概念である、機能性ディスペプシア、また食欲不振に対して六君子湯の効果が期待できることへの裏付けになっていると考えられています。機能性ディスペプシア(FD:Functional Dyspepsia)とは、胃もたれや胃の不快な症状が続いているにもかかわらず、内視鏡で見ても特に異常が見られない病気です。目に見える異常がない(器質的な変化がない)のに胃の働き(機能)に問題があるのが特徴です。具体的な症状としては、①食後の胃のもたれ②早期満腹感③みぞおちの痛み④みぞおちの焼ける感じ、このうち少なくとも1つ以上の症状があり、その症状が重いために生活に悪影響を及ぼしている。加えてその症状が6カ月以上前からあり、3カ月以上症状が継続している、というのが基準になりますが、もしこのような気になる症状があるようであれば専門医に相談をしてみてください。この根本の原因は明らかにはなっていませんが、精神的なストレスも原因の一つだと考えられており、ストレスにより自律神経のバランスが崩れることで症状を引き起こすとされています。となると漢方薬の選択肢としては六君子以外にも効果が期待できる処方が多くあるので、六君子湯のみが選択されるというわけではありません。いずれにせよ専門医に相談を。
最後にまとめますと、六君子湯は補気剤であり、主に胃腸疾患に関して使用する薬剤であること。温める薬であり、基本的には冷えの傾向にある人に使われる薬であること。薬理作用に関してもかなり研究されおり、つまりその治療効果がかなり期待されている漢方薬のひとつであるということがわかりました。皆様の六君子湯の理解に貢献できたら幸いです。
さあ胃腸の調子を改善させて、食欲の秋を大いに満喫しようではありませんか。


漢方のすゝめ:薏苡仁(ヨクイニン)(2018年9月)

薬剤師 宇喜多 和美

 こんにちは、私は漢方薬好きの薬剤師です。この場には漢方に関するテーマを通じて皆様と共有したいことを記してまいります。
さて、毎日暑い日が続きますね。夏も終わりの頃ですが、疲れはたまっていませんか?その疲れ、肌に出ていませんか?私は疲れて荒れた肌を復活させるべく、最近この漢方薬の服用を再開しました。今回のテーマは薏苡仁(ヨクイニン)です。
薏苡仁とはイネ科・薏苡(ハトムギ)の成熟種子を乾燥したもので、単味で漢方薬として使うこともありますし、漢方方剤の構成生薬の一つとして配合されることもあり、また、食品としても使用可能なものです。
早速ですが、薏苡仁にはどういった効果があるのでしょうか。まずは冒頭で記しました、肌への効果が期待できます。詳しく紐解いてみます。薏苡仁はエキス剤が医療用医薬品として存在し、その健康保険が適応される症状は青年性扁平疣贅、尋常性疣贅といずれも皮膚症状となっています。疣贅とはイボのことで上記はいずれもウイルス(ヒトパピローマウイルス)の感染によってできるものです。疣贅に対して何故効果を示すのかについては、薏苡仁の含有成分に抗ウイルス作用があるのではないかという説や体内のある種の免疫細胞を増やす効果があるようだという説もあり正しくはわかっていないようです。肌への効果は疣贅に限ったことではなく、肌の荒れた状態を改善させるということも期待できます。薏苡仁には肌の新陳代謝を高め、ターンオーバーを促進する作用があるからです。それゆえ疣贅にも効果を示すとも考えられます。また水分代謝を促し(利湿)、熱を冷まし、膿を排泄する作用(清熱排膿)もあるため、火照った肌を鎮静させ、水分バランスを調え、結果、肌を滑らかに整えます。また漢方用語でいう生肌(せいき)作用も有し、つまり排膿や傷口修復を促進して皮膚を生まれ変わらせて生き生きとした新しい状態にし、創傷や皮膚化膿症の治療を促進します。肌でお悩みの方、服用したくなってきませんか?
さて、薏苡仁の肌以外への効果をみてみます。まず利湿健脾(りしつけんぴ)、つまり水はけを良くし、脾(≒胃腸)の機能を高めます。それによって浮腫、下半身の重だるさ、下痢、食欲を増して消化を助けるので食欲不振に対して効果が期待できます。また利湿除痺(りしつじょひ)、つまり水はけを良くすると共に筋を弛め関節や筋肉痛を緩和します。そのため筋リウマチ、多発性神経炎などにも用い筋肉の痙攣による疼痛を緩和します。さらに薏苡仁にはいくつかの動物実験にて悪性腫瘍を抑制する効果があることがわかっていて、薏苡仁のcoixenolideという成分がガンなどの腫瘍に対して予防や効果がある可能性が報告されています。
薏苡仁の効果、作用を記してまいりました。
最後に注意事項をお伝えいたします。まず、薏苡仁の効力はおだやかであるため、大量に用いる方がよく、医薬品として服用する際はその用法用量に順じる必要がありますが、食品として使用する場合、目安として扁平疣贅に対しては薏苡仁30gを煎じて服用するか、60gを粥にして食べ、1か月間位食べ続けると効果があるとのことです。
つぎに、疣贅の改善が目的の際、薏苡仁を服用することにより皮疹脱落に先立って、発赤、掻痒等がしばしば一時的に発現することが報告されています。また、副作用として胃部不快感や下痢という報告もあります。また、薏苡仁を妊婦が服用することは控えた方が良いとされています。子宮に対して興奮作用があることや、塊を壊すという作用があるためと聞きます。妊婦の薏苡仁の服用は避けて下さい。加えて極端に身体の冷えている方に対しても服用をおすすめしません。漢方では四気分類という概念があり、それでいうと薏苡仁は微寒、つまり少し身体を冷やす性質があるからです。
さらに薏苡仁は生で用い、炒ったものは健脾(けんぴ)、つまり胃腸の機能を高め健やかにする目的だけに用います。なので、薏苡仁(ハトムギ)茶となりますと薏苡仁が炒られているため、効果は胃腸機能の改善にとどまると考えられます。ちなみに我々になじみのある麦茶の麦とは六条大麦のことであり、ハトムギとは別のものです。
更にもう一点、漢方方剤に薏苡仁湯という方剤がありますが、これは今まで述べた薏苡仁とは別の漢方薬です。薏苡仁湯には薏苡仁の他に蒼朮、当帰、芍薬、桂枝、麻黄、甘草が配合される漢方薬であり、特に皮膚疾患に対しては使用される可能性の低いものであるので、混同しないよう注意が必要です。
以上、薏苡仁に関してお伝えしてまいりました。みなさまの薏苡仁への理解、興味につながりましたら幸いです。
食品としても使用可能な薏苡仁がこのように多くの魅力的な効果が期待できるとは驚きますよね。薏苡仁の薬性をきちんと踏まえた上で、適切に生活に上手に取り入れてみてはいかがでしょうか。さて、では私は早速今晩ハトムギをお米と一緒に炊いて雑穀米としていただこうと思います。


漢方のすゝめ:芍薬甘草湯(2018年8月)

薬剤師 宇喜多 和美

 過酷な猛暑が続きましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
こんにちは、私は漢方薬好きの薬剤師です。この場では漢方に関するテーマを通じて皆様と共有したいことをお伝えしてまいります。
さて、今回取り上げる漢方薬ですが、68番という数字にピンとくる方は多いと思います。医療用漢方製剤では番号表記がされていますが、それでいう68番、芍薬甘草湯です。
早速ですが、芍薬甘草湯は何の薬でしょうか。骨格筋及び平滑筋の急激な痙攣性疼痛を使用目的としますが、尿路・胆道・消化管等の疝痛、過労性筋肉痛、急性腰痛、腓腹筋痙攣、坐骨神経痛、項部痛、捻挫など多くの症状に対応します。その中でも腓腹筋(ふくらはぎ)の痙攣による、いわゆる足が攣った場合に使われることが非常に多いでしょう。
発汗が多い夏場は特に体内のミネラルバランスが崩れることにより足が攣りやすくなる傾向にあります。ですから最近はこの薬の出番が多いという方は少なくないはずです。
(しかし治療が必要な疾患に伴う可能性もあるので、一般用医薬品で対応されている方は、症状が頻発するようなら必ず受診してください。)
では芍薬甘草湯の構成生薬を見てみましょう。芍薬と甘草の2種類の生薬から成り立っています。一般的な話になりますが、漢方薬を構成する生薬の種類が少ない程効き目が鋭く、構成数が多い程効き目がマイルドになる傾向があります。芍薬甘草湯は構成する生薬が2種類と少ないため鋭い効果が期待できる漢方薬です。芍薬甘草湯は基本的に頓服する薬ですが、実際服用することにより短時間で効果を発揮して、その効果発現時間は平均6分とも言われています。
構成生薬の芍薬と甘草ですが、正確には白芍と炙甘草を使用します。白芍の鎮痙、鎮痛、鎮静作用、炙甘草の鎮痙作用が配合されることにより有効成分は相乗効果をあらわし筋肉痙攣に対して効果を示します。(漢方薬により興味がある方に対して記しておきますと、生甘草は清熱解毒の力が強く、炙甘草は補中益気の効果が強いです。また、芍薬の根の外皮を除去し乾燥したものが白芍で、芍薬の根をそのまま乾燥したものは赤芍といい、赤芍は活血祛瘀の力が強く、白芍は鎮静鎮痛の力が強く補益の作用もあります。)
芍薬甘草湯に関して、更に認識しておかなければならないことがあります。副作用のことです。芍薬甘草湯中の甘草は医療用エキス製剤に関しては最大6g配合されており、甘草の摂取量が多いほど懸念される偽アルドステロン症の副作用が起こる可能性があります。今は廃止になっていますが、以前厚労省の通知では甘草の1日最大配合量は5g(甘草の成分グリチルリチン酸として200mg)という制限がありました。しかし甘草1g程度の量でも重症になる人がいるので、配合量にかかわらず甘草を含有する漢方薬の服用には注意が必要です。
偽アルドステロン症とは、血圧を上昇させるホルモン(アルドステロン)が増加していないにもかかわらず、アルドステロン症の症状を示す病態です。それにより、低カリウム血症、血圧上昇、ナトリウム・体液の貯留、浮腫、体重増加などがあらわれることがあります。また低カリウム血症の結果として、ミオパチー(神経障害の結果としてではなく、筋自体の障害のために症状をきたす一群の疾患)、横紋筋融解症があらわれることがあります。副作用の発現時期としては、使用開始後10日以内の早期に発症したものから、数年以上の使用の後に発症したものまであり、使用期間と発症との間に一定の傾向は認められません。ただし、3か月以内に発症したものが約40%を占めるという報告があります。
初期症状としては、手足のしびれ、つっぱり感、こわばりなど様々ですが、副作用発見の契機として最も多いのが、四肢脱力・筋力低下、高血圧であり、他の症状としては全身倦怠感、浮腫、四肢の筋肉痛・しびれ、頭痛、口喝、食欲不振なども報告されています。筋力低下の進行によって歩行困難、起立不能となり入院する例もあるので、初期症状に気づいたら遠慮せず速やかに医師、薬剤師に相談してください。また、低カリウム血症によるインスリン分泌不全により糖尿病が悪化することもあります。また、偽アルドステロン症は併用薬に甘草を含む他の漢方薬、グリチルリチン酸を含む薬剤、利尿剤(ループ系、チアジド系)のある場合は更に発症しやすくなる可能性があるので注意が必要です。
さて、効果の話に戻りますと、芍薬甘草湯は高プロラクチン血症、高テストステロン血症に効果があることもわかっています。含有成分のグリチルリチン酸がテストステロンの合成を阻害することや、プロラクチンの分泌を抑制すると示唆されています。具体例を挙げますと、高アンドロゲン血症性排卵障害(多嚢胞卵巣症候群)や乳汁漏出症、ニキビの治療などがありますが、この場合保険適応外の使用法になります。
長くなってしまいましたが、最後に、芍薬甘草湯は芍薬と甘草(白芍と炙甘草)のみで構成されているシンプルな漢方薬であり、比較的多くの方が手にしたことのある広く知られた漢方薬の一つではありますが、一言では語りつくせない、伝えるべきことがとてもたくさんある漢方薬です。この薬に限ったことではありませんが、日々服用している薬を何気なく飲むのではなく、内容をよく知ろうという気持ちが薬の適正使用につながり、症状改善に役立ち、QOLをより向上させると考えます。是非積極的に薬と関わっていきましょう。
芍薬甘草湯に関する皆様の理解に貢献できたら幸いです。


漢方薬に興味はありますか?:葛根湯(2018年7月)

薬剤師 宇喜多 和美

 はじめまして、私は漢方薬の魅力に惹きつけられている薬剤師です。
この場では毎回漢方に関するテーマを通じて漢方薬の魅力を共有、発信できたらと思っています。
今回のテーマは葛根湯です。おそらく誰もが一度は服用したことがあるであろう一番知られている漢方薬が葛根湯ではないでしょうか。しかし、すべての人に適正に使用されているかどうかは疑問です。正しく使えば非常に有効に健康に貢献できるとても身近な漢方薬です。
では葛根湯は何の薬でしょうか。一番多く使われる症状が風邪の初期症状に対してでしょう。実は風邪薬としてではなく乳腺炎、結膜炎などの炎症性疾患の初期や肩こり、場合によっては下痢や発疹の初期にも使われます。このように一つの処方が多くの症状に対して効果を示す可能性があるところも漢方薬の特徴の一つです。
葛根湯を構成する生薬を見てみます。葛根、麻黄、生姜、桂皮、芍薬、甘草の7種類から成り立っています。麻黄には交感神経興奮作用、気管支拡張作用、末梢毛細血管拡張作用、駆水作用があります。麻黄と桂皮を組み合わせることにより皮膚の緊張を緩和して毛孔を開いて発汗放熱します。葛根には筋肉の痙攣を弛める作用があり、くず湯としても用いられる澱粉質には整腸作用もあります。
このように種々の作用により多々効果が期待できますが、自分で判断して葛根湯を服用するケースは風邪(感冒)の場合が一番多いと思われます。しかし、風邪だからといってすべての状態に効果が期待できるというわけではありません。この場合の使用目標は、汗は出なく、悪寒がし、項背部のこわばり(首筋、背中のこり)があることです。
そして大切なのは服用のタイミングで、このような症状を感じたら直ちに服用することです。家に帰ってから飲もう、ましてや明日受診しよう、薬局に買いに行こうなどという悠長な心構えではもう時期を逸している場合もあり、日頃から葛根湯は常に持ち歩いて必要な時に直ぐ服用することが大切です。
なお胃腸症状が出ている場合は別の漢方薬の服用が望ましくなるので注意が必要です。
胃腸症状が出ていなくても日頃から胃腸虚弱な人は葛根湯を服用することにより胃腸に負担になる場合があります。その場合、漢方薬は基本的には空腹時服用になりますが、胃腸への負担を軽減させるため食後服用に変えて服用してみてください。
葛根湯を服用することにより、構成生薬である麻黄の作用により小便が近くなったり動悸がしたり不眠になる場合があるので、そのような症状が強く出すぎてしまう場合は服用を中止してください。
又ただ葛根湯を服用するだけではなく、症状改善のために体をとにかく温めて安静にすることは基本です。水分補給を冷水でするなどはご法度です。白湯が望ましいところです。
以上葛根湯に関してお伝えしてまいりました。長引くかもしれない風邪症状の進行を初期の段階で防ぐことができるなんて魅力的な薬だと思いませんか?
今後も多くの人が葛根湯の服用で体調を改善させることを期待します。