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野栄町植木生産組合 組合概要 |
*創 立 昭和36年(1961年)
*組合員数 65名(平成15年1月現在)
*青年部員数 28名
*婦人部員数 26名
当組合の特色
1 後継者育成事業
組合の最大の目的と位置付け全ての事業に優先して行われる。
青年部への助成と組織の中心的活用
2 組合員相互の親睦
組合員間の意思の疎通をはかり情報の共有、生産及び販売の協力化の促進。
婦人部の創設など家族としての組合を実践
3 優良樹木産地化への取組み
良質樹木生産を通し日本一の植木産地を目指す。
各種研修会の開催 国内外の産地及び消費地視察
17年続くマツクイムシによる立ち枯れ松の町内一斉伐採
30年続く匝瑳農業共済組合との連携による病虫害防除作戦
年2回の植木生産量調査による植木在庫帳の発刊
平成10年 朝日農業賞受賞
下枠内は平成2年に刊行された野栄町植木生産組合創立30周年記念誌より抜粋したものです。
野栄町植木生産組合の沿革と変遷 野栄の植木の生い立ち 大正元年 大木明治良氏 東小笹の江波戸家より野手の太平治へ婿入りし、山林苗生産を始める とあり、その歴史はきわめて古い。戦前から八日市場と共に一部地域で山林苗生産が盛んとなり、戦後も荒れた国土緑化のため生産は盛んにおこなわていたが、昭和30年代半ば頃より需要の減少により衰退していったので、この生産技術を生かし、植木生産に移行する農家が増えてくる。 |
(植木組合組織図)
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下枠内は平成2年の30周年記念誌より抜粋した関係者の祝辞の一部です。
当組合がどのような特徴をもった組織なのかお分かり頂けるかと思います。
千葉県植木生産組合連合会長 鈴木 勝 千葉県植木産業トップクラスの野栄町植木生産組合が創立30周年を迎えた。誠におめでたい |
野栄町農業共同組合組合長理事 浅野辰之助 野栄町植木生産組合創立30周年を迎え、時恰も平成2年の輝かしい新春と共に寿ぎ、一言御 |
鈴木氏は東金市の出身で県植木連の会長を永く務められ、この業界のシンボル的存在で植木関係に
多大な貢献をされた方です。千葉県議会議員としても活躍され県議会議長まで務められた政治家でも
あります。その政治力、発言力は議員引退後も県政に大きな影響を与え、特に植木連に対する県行政
側の対応には特別なものがありました。また氏は詩人としても広く知られ、詩集著作集等上梓されて
いる文人でもあります。高い見識と洞察力、政治家としての実行力を活かし数多くの役職を兼務して社
会に奉仕していましたが、惜しくも先年天寿を全うされ鬼籍に入られました。
浅野氏は野栄町の出身で、現JAちばみどり農業協同組合の前身の野栄町農業協同組合の組合長を
永く務められた方です。謹厳実直な人柄で地域農業発展に尽くされた功績は特筆すべきものがあります。
植木組合の運営にも深い理解を示し組合の成長発展に実質的な支援と声援を欠かさぬ功労者でした。
当時、農薬の価格の高さに辟易していた我々に、何処でも良いから一番価格の安い店を探してきなさい
農協では更にその価格から10%値引きしましょう。と言って下された。狂喜した我々は近隣市町の薬局
や農資材店を回り価格を調べ上げそれを元に農協から廉価で農薬を買う事が出来た。その話が広がる
と今度は近隣の農薬販売の店も挙って値下げを始めたというエピソードも思い出される。
氏は又、野栄町議会議員としても地域発展に寄与され、多くの役職をこなし町の名士としての声望も高く
その人間性とも相俟って多くの人々に尊敬されている方です。
さて、ここまでで当組合の組織としての概要はご理解頂けたものと思います。次のページでは今日まで
大変な苦労をなされた先輩諸氏が組合初期の頃の思い出やエピソードを綴った回想文を幾つかご紹介
します。とても興味深いものですので是非ご覧になって下さい。歴史というものが、あるいは社会というも
のが一人々の人間の地道な努力の積重ねによって営々と築き上げられてゆくものであることが分かる
ような気がします。