≪四国のみち≫ 【愛媛支4・四国カルストルート】
2015年11月7日
≪小田深山荘〜古味〜大野ヶ原休憩地〜ブナ原生林(28.8km)≫
≪Part1≫
このルートは通しで歩けば28.8kmで、古味からは高度差750mの登りの道路歩きである。それに国道を含め、殆んど(大野ヶ原休憩地まで)が舗装道路を歩く事となる。そして、最終目的地には、公共交通機関やタクシー会社などが無いばかりか宿泊施設(旅館や民宿)までも無い。では、どうすれば実行出来るのか?それで思いついたのが、古味までの間をあらかじめ“やっつける”ことだった。
昨日は『小田深山荘』へ宿泊した。勿論、我が家からは日帰りでも可能な行程だったが、前述の計画があって、一泊して、翌日に古味までの10.1kmを踏破することとしたのだった。昨晩というか朝方、屋根を叩く雨音で目覚めたと思ったが、雨でなくて木に付いた霧が屋根に落ちる音だったのかと、真相は不明だ。しかし、せせらぎの音だけはず〜っと聞こえていた。昨晩の宿泊は、我々の他は、松山市在住の町内会幹事の5名と、大学生のアルバイトの二名だけだった。朝、白み始めると小鳥たちのさえずりが心地よく響いてくる。朝食は7時半からだった。
相棒が支払いを済ませ、出発は8時過ぎだ。霧雨模様なので、上下とも合羽を羽織る。昨日の淵首からは、今日の目的地の旧柳谷村の西谷・古味までは県道52号線を辿るのだが、ず〜っと道の下を流れているのは『仁淀川水系・黒川』である。だが、この小田深山界隈では一般的には“小田深山”と呼んだ方が良く伝わるだろう。
すぐ先で伐採の作業の人が重機を動かしていた。この辺りはもう何年もに渡って、次々と伐採の手が入っている。8時40分、“ケイタイ可”の表示がある場所に着いた。山中の林道沿いなどにある表示は材木の搬出する運転手さんが付けている場合が多い。しかし、四国の山中では、特定の機種しか“ケータイ可”とはならない場合が多いので要注意だ。早速相棒がタブレットを繋いでいた。
9時、前方に橋が見えて来た。橋を渡るとぐるっと元の方向へと戻る(つまり、前述の“ケータイ可”の場所からは支流を遡り、橋を渡ると下流へと辿る)こととなる。やがて9時20分、ここからは久万高原町(旧柳谷村)へと入る。実は地図を見れば分かるのだが、先ほどの“ケータイ可”の場所からこの場所までは川へと降りて、丸太橋を渡る近道が以前はあったのだが、大水が出てその丸木橋が流出されてからは道も失ってしまっているのだ。上流の橋を経由するのと比し、30分は近くなるのである。
ここには四国電力の水力発電所がある。以前はこの下の広場に車が置いて釣りに行けたのだが、何年か前から通行できなくなってしまった。ここら辺りは最近は相棒の撮影に、それ以前は小生のあまご釣りへと通っている場所でもある。9時50分、西谷・菅行(スギョウ)集落の外れの菅行橋を渡る。ここまで、高知ナンバーの車が一台と、二台の工事関係者らしい車と出合っただけだ、土曜日の紅葉の季節というのにである。
やがて、道路時間通行制限の立て看板が建っていた。≪現在地からの距離 1.5km 現在地からの所要時間 3分≫と書かれていた。毎時50分から10分間だけ通行可と書かれていた。そして、今が9時50分だ。集落の中、沢を石で固めた場所に合う。コンクリートで固めたのとどう違うのか分からないが、山間で時々出合う風景だ。
10時5分、集会所の軒下を借りて小休止である。10分ほどの休憩後、再出発。例の工事個所は作業中だ。未だ通行可能時間は来ていないが、旗振りのオジサンが「通らしてあげるから」と、無線機でその旨を伝えていた。すぐ先に、監督の人たちだろう数名の作業着の人は丁寧に挨拶(ご迷惑をお掛けしています・・と)を交わしてくれた。現在日本の企業人の気質が窺える。こういう人ばかりだと、件の『偽装事件(杭は打っても悔いは残らない筈だが、悔いが残る仕事となった)』などは起こらないと思うのだけど・・。
工事現場のすぐ先、川を覗き込むと橋が架かっていたので旗振りのオジサンに尋ねると『あの橋は、点検の為で、通れない』と返って来た。10時半、中畑という集落を過ぎる。
11時、古味集落に着いた。予定より随分早い到着だった。下調べの通り、バスは12時12分の出発である。以前は、古味橋を渡った先の商店も開いていたが、もう閉まってから久しい。そして、先年まで開いていた橋の袂のタバコ屋さんまで閉まっているし、向かいの喫茶も休業してしまったようだ。この辺りで唯一のガソリンスタンドも4〜5年前に廃業してしまったのだ。
時間潰しは、秋葉神社でブラブラ・・。先刻の休憩時におやつを食べていたので、昼食は後回しだ。自動販売機だけになった元商店のベンチに腰を掛けて、缶コーヒ一で一休みだ。
『路線バス』と運転席の前に表示したワンボックスカーが来た。到着時間は12時8分で発車時間が12時12分なのだが、12時10分に到着したバスは、乗客は結局、我々二人だけだった。最終の落出までは28分で着いた。この十年の道路の整備は著しいものだが、この路線にある集落の人口の減少は加速度を増している。そんな話を運転手さんに振ると殆ど28分間喋りっぱなしだった。バス停に着くと「時間が来ると川向うに停まっているいるバスがここへ来ます」と云って、町営バスから乗用車に乗り換えて帰って行ったようだ。
松山行のバスは13時発なので、駅で待つこととした。小奇麗な待合所は隣に畳の部屋もあり『昔は泊まる人も居た』そうだが、バスに乗ったのは、我々と御三戸で一緒に降りたオバサンの三名だけだった。国道の幹線を通る松山行きのバス以外は国鉄からJRへと替わって、便数を減らして公営の代替バスとなり、旧柳谷村営バスから久万高原町営バスへと名を変え、今や便数も少なくなってしまったのだ。
バスは15分ほどで昨朝、愛車をデポした美川支所の最寄りのバス停である御三戸に着いた。帰路、道の駅で遅い昼食を取り寄り道をしながら帰宅した。
【四国のみち案内標識など】
【宿泊費 16500円】暖房費500円、ビール代含む
【久万町営バス(古味バス停〜落出バス停) \480×2人】
【JR四国バス(落出バス停〜御三戸バス停) \440×2人】
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