No.142

槍ヶ岳トレッキング奇行(3日目)

2006. 9. 9掲載

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10月5日(日)三日目 槍ヶ岳〜大喰岳〜中岳〜天狗池〜槍沢ロッジ

「みなさ〜ん!眠っている場合ではないですよ〜!」
なんて、元気のいい、おばさんの声で目が覚めた。
たぶん同じ部屋で泊まっていた人なのだろう。ワタシ達は特に、消灯時間ぎりぎりになって部屋に
戻るから、例え同じ部屋で寝ていたとしても、顔が分らない人は多い。おまけに、2段ベッドで休む
場合は、同じ区切りで布団を並べて休んだ人以外は、分らない人の方が多い。

晴れてるのか?
そういえば、静かだ。
慌てて、窓の外に目をやると、夕べ、ひと晩中窓を叩いていた霰だか雪だか、と風がいつの間にや
ら止んでいて、代わりに、微かに明るくなりかけてる群青色と濃い赤色が見えた。何とも言えない、
ちょっと異様な色だった。どうやら朝焼けが始まっているらしかった。

そっか〜・・・晴れてるんだ。
じゃあ、今日は穂先に行かないといけないのかな〜。。。ワタシは、今日もいっそのこと荒天で、
このまま穂先に登らずに帰ってもいいとさえ思っていたのだった。

夜中は、隙間風が寒く、冷た〜いセンベイ布団も手伝って、もう寒くて寒くて、結局、ワタシはカサ
カサ音のするカッパ以外の全ての服を着込み、貼るカイロまで背中に貼り付けて、ようやく眠りに
就けたのだった。さすがのぱきらも寒かったららしいが、ワタシのカイロの話を聴くと、思いつかな
かった事を悔しがっていた。

いつもなら、朝焼け夕焼けの好きなぱきらのこと、日の出時間はしっかりチェックして、それに合わ
せて叩き起され、下手したら、まだ暗い中を、ヘッドランプを灯して、昨日登ってない槍の穂先なん
かへ連れて行かれたりしたかもしれないのだけど(絶対にいやだ!)、さすがに昨日の荒天では
全く期待などしてなくて、何の準備もしていなかったのだった。

槍の穂先へは、最低でも明るくなって、空いてから行くことになっていたので、とりあえずはご来
光だ。そっか、昨日は、槍や目の前の樅沢岳が邪魔でご来光が拝めなかったけど、ここから東
方向は開けていた。穂先に登らなくても拝めるらしいので、慌てて身支度を整えて、完全防備で
小屋の外に出た。

途端にワタシは絶句した。
なんとまぁこれは。。。

黒と濃い赤。
なんとも強烈なコントラスト。
とても、この世のものとは思えない景色だった。

まだ、辺りは暗い中、向こうの方は真っ赤に、文字通り火事みたいに燃えていた。
その手前には、連なる山々のシルエットがが黒く浮かび上がっていた。
ワタシは何故だか涙が出そうになるので、必死でそれを我慢していた。自分が震えているのが
わかった。

こんな朝焼けは初めてだった。
朝焼けは、ただ晴れていればいいというものではない。雲も大事なのだ。
お日様が登る方向の空に雲が広がっていて、その雲が、まだ上がる前のお日様に染められて
真っ赤になっていたのだ。昨日の荒天や気温や風・・・。何がどうしてどうなったのか分らないけ
ど、とにかく、そんな(どんな?)諸々の条件が絡み合って、こんなに素晴らしい景色に、たまた
ま、オットと共に巡り会うことが出来たのだ。

感動に胸が震える。なんて、そうそうあることではない。それが、山の上ではあるのだ。
言葉にできない・・・。なんて歌が昔あったけど、ほんとにそうなのだ。だから、ワタシは、しんど
くて怖くて、ぶーぶー言いながらでも、オットに付いて来てしまうのだろう。

そして、なんと、富士山が見えるらしかった。そう誰かが教えてくれた。
ほんとだ・・・。三角のきれいなシルエットが小さく見えた。

朝焼けだけでもこんなに感動しているって言うのに、おまけに富士山まで見せてくれるなんて。
うるうるうる。。。こんだけ、いいもの見せてもらったんだから、もう何も望まないよ。これで充分
だよ。だから、穂先へも行かなくてもいいから・・・。って言いながら、見上げた穂先には、これま
た物好きさんのヘッドランプの行列が小さく光って連なっていた。あなおそろしや。まだ、足元も
暗かろうに。凍ってもいるだろうに。。。そう、小屋前の、ワタシ達の足元でさえ、ところどころ雪
が積もって凍っているのだ。

そんな間にも、目の前の景色は刻一刻と、その姿をドラマチックに変えていった。
だんだんと濃い赤の部分が、夜明け直前の黒い空を押し上げて広がっていくと、黒い山々の手
前には、もこもこした白い雲が眠っているみたいに静かに、そこここに横たわっているのが見え
てきた。なんとも幻想的な景色だった。富士山も、そんな雲の上に、ぽっかりと姿を現してくれて
いるのだった。


そのうち、赤い雲の一部が小さく金色に輝き出した、と思ったら、みるみる金色の部分が大きく
なって行った。そして、その金色に照らされた雲の下の方から、線香花火の玉みたいな、ひとき
わ輝く丸い輪郭が見えた。ご来光だった。

刻一刻と・・・。ほんとうにそうだ。
こうして、お日様の登る様子を見ていると、時が着実に刻まれているのが分る。
一時も目が離せなかった。

お日様が姿を現すと、あとは速い。
ぐんぐんぐん・・・と、まるで劇中のお日様みたいに、誰かが動かしているみたいにみるみる登っ
ていく。それにつれて、黒かった山は青みを帯びた濃いグレーから、薄いグレーに変って行き、
上空の雲も、金色から淡いオレンジ色のグラデーションに変わって行った。ふと見ると、ワタシ達
のいる小屋側の何もかもが、げって思うくらい真っ赤に染まっていた。モルゲンロートだった。見え
る角度が違うからそれほどではなかったけど、槍の穂先もオレンジ色に染まっていた。


ワタシは、この日見た朝焼けを一生忘れることはないだろう。
って言うか、そうそう出会えるものではない。すごいものを見せてもらったな〜と思った。

本日は、幸か不幸か、どうやら晴天のようだった。
昨日の天気がウソのようだった。
穂先・・・のことを思うと、だんだんブルーになってくるのだった。

だって、何と言っても足元が悪そうだ。ただでさえ怖いのに、足元が凍っているなんて在り得なか
った。もっともっと、お日様が高くなって、凍っているところが完全になくなるまでは行きたくなかっ
た。ぱきらも、一応、ワタシのことも考えてくれて、ご来光を頂上で見る為に渋滞している様な状
態の時は避けてくれたのだった。ほんと言うと、人っ子ひとりいなくなるまで行きたくなかった。
だって、あんなにつくんとしたところで、上にも下にも人がいたとしたら、相当なプレッシャーだ。
どうしても頂上へ行くなら、ワタシ達二人だけの為に貸し切って欲しいくらいだった。

いつも、山に来ると本当に良く食べるぱきらを横目に(これで普通なのだろうけど)、あまり食欲も
ないが何とか食べ終え、のろのろと荷物を整える。まだ、ここからだって穂先は白く見え、心の
準備は出来そうにないので、荷物と共に談話室へ。もう、殆どの人は出発してしまったのだろう。
小屋の中は静かだったけど、談話室には年配のご夫婦が一組、ぽつんといた。まさか、ワタシみ
たいに駄々をこねているのではないだろうけど、仲間がいてちょっと嬉しかった。部屋はストーブが
点いていて暖かかった。

自然と、ストーブの周りに集まる形になり、会話を交わすことになる。
ワタシは自分の恐怖を訴えた。もしかしたら、仲間かもしれないと思って(笑)。
どうやら、だんなさんの方は、山岳写真クラブの人みたいだった。その人の写真も写真集に使われ
ているみたいなので、一応、プロといえばプロなのかな。奥さんの方は、だんなさんの付き合いな
ので今日は穂先へは行かないけど、行った事はあるらしかった。へぇ〜。。。ほんとにみんなすご
いなぁ。。。「そんな、思ったほどじゃないよ。」って、少しでもワタシの恐怖を和らげようとして下さる
のだけど、ワタシの心は頑なだった。

どれくらいそうしていただろう。長いこと、そこにそうして、ごねごねごねごねしていた。
いや、ワタシだけでもずっと居ようと、本気で思っていたのだけど。

いつになく気長に、やさしく待っていてくれたぱきらも遂に、しびれを切らしてきたようだった。

「行くぞ。」
「え゛〜〜〜。。。いやわ〜まだ凍っとるもん。。。」
「今日は、槍沢ロッジまで下りんとならんがやぞ。」
「だから、ひとりで穂先行ってこられよ〜。」

「ほら、行くぞ。」

「・・・・・・どうしても怖かったら、ほんとに途中で止めるからね〜。」

しぶしぶ立ち上がったワタシだった。

外はまだ寒い。
合羽を上下着込み、帽子も手袋も、襟元にはバンダナも。
大きな荷物は小屋に置かせてもらい、カメラとフリース、無事頂上に辿り着いた時のご褒美に、
上で食べるためのほんの少しのおやつを軽いナップサックに入れ、ぱきらが担いで歩き出した。
少しでもワタシに負荷を与える荷物は無い。でも、心はどろ〜ん。。。と重かった。

憎ったらしいほどの晴天の下、穂先のすぐ足元にある道標を前に、穂先と青空を入れてハイ、ポ
ーズ。こっちは記念撮影なんてしてる心境じゃないんだけど。。。。ってゆーか、記念撮影したし、
年賀状もこれでいけるし、登らなくてもいいよ〜。といつまで経っても往生際の悪いワタシだった。


そこでものろのろしてると、もう登り終え、ひと仕事終えて、晴れ晴れした顔の人が何人も下りて
来たり、これから登って行こうとしててる人がいた。何食わぬ顔で。みんな怖くないのかな。怖くな
んてないんだろうな〜。

「どうぞ、どうぞ、お先にどうぞ〜。」
とにかく、後から人が迫ってきて、焦らせられるのだけは避けたかった。

「さ、行くぞ。」

ぱきらに促されて、いやいや歩き出す。始まりは、まだまだ太くて道らしきものもあった。
まだ、普通に歩けた。

だけどすぐに、目の前に岩が立ちはだかった。
もう?
もう、こんなところから、岩登りめいたことやらなきゃいけないの?

目の前の、手や足を掛けないといけないところは、まださらさらした雪が残っている。
ここに?手を?足を?掛けたとして?滑ったら?どうなるの?
元々低いテンションがどん底に。
雪の存在がワタシの恐怖を倍にした。

その間にも後ろから来た人達に先を譲る。

「やっぱり無理だわ。」
早くも諦めモード。そう、諦めるのなら、早いに越したことはない。
中途半端にがんばって行って、どうしようもなくなっても、引き返すのにもまたエネルギーが要る。
それに危険だ。

だが、ぱきらは「そうだね。こわいね。じゃ、止めようか〜。」とは、やっぱり言ってくれなかった。
まるで聴こえてないみたいに、普通にワタシの後ろからアゴで先を促すのだった。

目の前の手がかりは狭かった。
どこにどう手を掛けて、その後の足をどこへ運ぶのか悩む・・・。
いきなりからこれでは先が思いやられた。こんな状態で、先へ進めるのか不安だった。
たとえ今は進めても、進み続けることが出来るなんてとても思えなかった。

しぶしぶ、初めの(ワタシにとっては)難関をよっこらしょと超えると、また少しだけ歩けた・・・よう
に思う。(もう忘れてしまったよ〜(^-^;A"当たり前だ〜。2年も前のことだもん〜。)
確か、いきなり難関が連続してはなかったと記憶している。でも、殆どが岩登り状態。

上りルートと下りルートは、途中から最後の大はしごの辺りまでは分けられている。
ルートは、時には穂先の裏側へまわったりしていて、当たり前だけど、目で見た通りの穂先を、
垂直に岩登りするわけではないので、万が一落下した場合の、着地予想地点までがさほどでは
ないことだけが、ワタシの恐怖心をまだ小さく保っていた。

少し離れた向こう側では、頂上への登頂を終え、スルスルと下ってくる人達が小さく見える。
あぁ〜怖い。下りのことなんて想像もしたくなかった。ましてや、下りの大はしごを下りてくる自分
なんて。

岩登り状態が続き、いよいよ、と言うか、遂に、と言うか・・・とにかく、大きい一枚岩が現れる。
その一枚板はするっと斜めに、滑り台みたいに傾斜があった。よく滑りそうだなぁ・・・。
思わず、その滑った先を見やる。どこで止まってくれるだろう・・・。う〜ん・・・。ちょっといやなカン
ジだ。久しぶりにワタシの足がぴたっと止まった。

その間にも、どんどん後ろから声が近づいて来る。「お先にどうぞ〜。」
あまり凹凸がなく、岩自体に手がかりがないので、岩にはところどころ、金属の杭が打ってある。
それを手がかりにして進んでいくしかない。でも、自慢じゃないけど、手足の短くないワタシでも、
その杭には手が届きそうになかった。はぁ〜。。。

なんで、もっと間隔を狭くして杭を打ってくれなかったのだろう・・・。ここでワタシみたいにため息を
ついた人はたくさんいただろうに・・・。いないか。岩自体の強度のため?
こんな危険なところに、ありがたい杭を打ってくださった人までも恨みたくなってしまう。

いつものように、ひょいひょいと難なくそこを抜け(彼は釣りのテトラポット渡りで鍛えられている)、
一枚岩の上方からワタシを待っているオットが、そろそろしびれを切らしているのが分かる。

「帰るわーーーーーー!」

そう、今度こそ引き返すのだ。
引き返すのは今しかない。
ここまでで上りルートの半分近く来ただろうか。まだまだ先には、あの大はしごも待ち構えている。

「もう帰るからーーーーーー!」

と、さらに言っても、ぱきらは帰らせてくれなかった。

参ったな〜。。。
と思いつつも、そこで本当に帰らない、帰れない?のが、今から思うとワタシのおかしなところだ。

「一体どこに手かけるんーーーー?!無理やわーーーー!」

「どっか、その辺から岩を蹴って勢い付けて、この杭まで手を思いっきり伸ばして飛びつくしかない
わーーー。」と、ぱきら。

へ?こんなとこで飛びつく?

まぁ、実際には、飛びつくカンジ、なんだけど。
でも、みんなそうやってここを超えて行っているのだ。老若男女。どっちかって言うと、老の人達の
方が多いって言うのに。。。みんな元気だなぁ〜。それなのにワタシにはなんで出来ないの?
あぁ〜・・・こんなことならまだ、ちゃんと等間隔で、飛びついたりしなくても手足を支えてくれる大は
しごの方がよっぽどマシかもしれない。早く大はしごまで行きたくさえなってきた。

やるしかなかった。
何といってもワタシには、両親からもらった長目の手足があるんだもん。

えいっ!って勢い付けて、足元の横っちょの岩を蹴り上げて、ぱきらに言われた通り飛びつくような
カンジで杭に手を伸ばした。ファイトーーー!いっぱぁーーーーつ!みたいに。

届いた〜。届いたよ〜。

その杭と一枚岩にしがみつくようにして呼吸を整えると、ようやくぱきらの顔が近くなった。
その後も、間隔の広い杭を、飛びつく程ではないけど、身体中えぃっと伸ばして進んだ。向こうには
大はしごが近く見えてきた。早くはしごに行きたい〜。はしごに行くんだ〜。ワタシはもう呪文のよう
に念じていた。こんな所よりは、ちゃんと捉まるところがある梯子の方がよっぽどマシなはずだ〜。
はしご〜。

そうしてようやく、ぱきらが長いこと立って待っていてくれた一枚岩の上にたどり着くことが出来た。
ほぅ〜っ。。。やっと2本足で、何にもつかまらずに立てた。普通に地面に立てることのありがたみ
を感じる。そんなワタシを見止めると、すぐにまたくるっと背を向けて、すたすたと先を急ぐツレナイ
ぱきらであった。

そんな普通歩きが出来ることをかみしめる間もなく、すぐに梯子のふもとまで来た。
おぉ〜いよいよ大はしごかぁ〜・・・。っと、見上げると、ほぼ垂直か・・・と思われるような梯子が
天にまっすぐ向かっていた。(実際には垂直ではありません)頭上は雲ひとつ無い晴天だった。
やっぱり長い梯子だなぁ〜。。。こんなに長い梯子は今まで体験したことがなかった。ほんとに天
国まで行けそうだった。

でも、とってもとっても頑丈そうだった。ガシっとしてて、ちょっとやそっとじゃびくともしなさそうな頑
固な頼もしい梯子だった。それがせめてもの救いだった。これまで歩いてきた山では、頼りなくて、
恐る恐る・・・っていう梯子はたくさんあった。ぱきらも「梯子や鎖に全体重をかけてはいけない。」って
よく言ってた。でも、さすがは槍ヶ岳の大梯子。ワタシはこの梯子に”梯子大賞”をあげたいくらいだっ
た。この梯子になら全てを任せられる・・・そう思えた。

思ったよりも怖くはなかった。その前が怖すぎたのだ。
スマスマの吾郎ちゃんみたいにはならなかった。あのテレビでは、梯子を上っているときに下を見た
らさぞかし恐ろしいだろうな・・・と思っていたのだけど、それほどでもなかった。そんなにキョロキョロ
はしなかったけど。ただ・・・、降りるのが怖そうだなぁ・・・と、またまた先のことを心配するワタシの
悪い癖が顔を出した。

とにかく、一歩一歩、一手一手を慎重に確実に上へ上へと移動させた。
ひとつでも長い大梯子を、そうやって2つやり過ごした。サルのぱきらの姿は頭上にはなかった。もう
とっくに”頂上の人”だった。分かりやすい。頂上が見えていても、そこまでのルートまでは見えないこ
とが多い。一体あとどれだけ行けば頂上なのだろう・・・と思わなくてもいい。この梯子さえ超えれば、
もうそこは頂上なのだ。

そして、着いた。やっと着いたぁ・・・。

思っていた通り頂上は広くはなかったので、梯子から降りたワタシは、何となく普通に立っていられな
くて、両手をついて這いつくばって周りを見回した。

雲ひとつない快晴。360度の景色。
ワタシ、槍の頂上に来れたんだぁ。。。

ぱきらは案の定、端っこへ行って、写真を撮りまくっていた。
あぁ・・・お願いだから、そんな端っこに行かないで。。。
その端っこに居る様子を見るだけで、お尻がもぞもぞしてしまう。

端っこへは行かなくても、ぱきらに近づきたくておろおろと立ち上がってみた。
でも、やはり何となく中腰ぎみになってしまう。そして、ぱきらに向かってよろよろ歩いていったら、
「おっとっとっとぉ〜!っと」足元のごろごろした石につまづいてしまって、欽ちゃん風によろけた。
実際、頂上はそんなに極端に恐ろしがるほど狭くはない。でも、そうなってしまうのだった。

ぱきらみたいに端っこへは行かないで、なるべく中心に近い位置から改めて回りを見回した。
何とも恵まれた日に来れたものだ。こんな日はそうそうないだろう。富士山や白山、立山までも・・・もう
あの山もこの山も・・・。。名前が分からなくて、また一緒にその場に居合わせた人に「あれが大天井さん
で・・・あれが○△で・・・」って教えてもらったけど、ほんとにたっくさんの山を見る事が出来てしあわせ
だった。燕岳はやっぱり分かりやすくていい。オルカの背中みたいで、明らかに他の山とは違って見える。
自分達が昨日から歩いてきた長い縦走路を見るのもまた感慨深いものがあった。


今朝の朝焼け&日の出に続いて、またまたすごいご褒美をいただいてしまった。

「来てよかったやろ〜。」
とぱきらが言う。
そりゃ、そうだ。

もしも、あのままリタイヤして途中下山していたら、ワタシは、槍の話題が出る度に、何とも言えない気持ち
に陥っただろう。人に言うときも、いちいち「穂先までは行ってなくてね・・・」って弁解しないといけなかった
だろう。でも、嫌々ながらも、ぱきらに促されて、無理やりにでも頂上に連れて来られてよかったぁ・・・。

祠の前で、ぱきらと記念写真。
他の人にシャッターをお願いした。


後から後からぼちぼちと上って来られたけど、何人かの人が、やはりワタシみたいに石に躓いて「おっとっ
とっとぉ〜!っと」お、やってるやってる。

こんなによいお天気で、最高の眺め。風もなく暑くも寒くもない。
下るのが嫌なこともあって、いつまでも、ずっとそこにいたかったけど残念ながらそういうワケにもいかない。
今日も結構歩かなくてはいけなかった。そろそろと、次のいやいやポイント到来。下らなければならなかった。

まずは、大はしごに後ろ向きになって足を下ろした。
ここは、とにかく手さえ離さなければ大丈夫だ。

あ、足も。
足も、うっかり踏み外したりしないよう、一歩一歩注意深く、確実に梯子に足を下ろし、一手一手(将棋みた
い)確実に手も移動させていった。

そうやって、手と足にものすごく集中していたせいか、後ろや下の景色を見て、くらくら〜っとなることもなか
った。意外と、梯子は大丈夫だった。

そこからは、いよいよ、岩場の下りだった。
さぁ、ここからは、もう頑丈な梯子はない。一歩一歩、自分で足を乗せるところを探しながら下りていくしかな
いのだ。

ぱきらは、って言うか、大抵の人の下りはみな、山側に顔を向けて後ろ向きに下りていく。それが正しい下り
方なのだけど、ワタシはなぜか、その体制が恐ろく感じられた。ワタシの”オレ流”は山側に背中を向ける体
制だった。階段が怖い子供みたいに、周りの岩に捉まりながら、お尻をすべらせ気味にお尻を付けながら下
りて行くのだ。そうすると、あまり恐怖感もなく、スルスルと下りて行けるのだった。

ここでも、それは通用した。
今少しこの体制で行ってみよう・・・っていうつもりが、あら不思議、スルスルスル・・・と行ってしまった。
登っているときに、「こんなに急な下りはいややなぁ・・・。どうやって下りて行こう・・・。」ってぞっとしていたの
が、ウソみたいに、スルスルスル・・・っと下りて行けた。
(本当は、こっちの方が危険なハズなので、良いコのみんなはマネしないように)

やったぁ〜〜〜!穂先行ってきたど〜〜〜〜〜〜!

往きと帰りとでは、こんなにも違うものなのか。
あっけなく下り終えると、小腹が空いてきたので、小屋の喫茶で約束どおりティータイム♪
山小屋でケーキセットなんて、なんて優雅なのだろう。遠くまで行く人は、朝の5時とか6時にもう小屋を出発
していってるっていうのに・・・。今回一番の難関を突破?出来たワタシはもう余裕だった。後は、稜線を下っ
て行くだけなんだもん〜。楽勝らくしょう〜余裕よゆう〜。

当然もう小屋に残っている人はなく、小屋のスタッフが掃除を始めていた。
「いい加減行くぞ〜。それでも今日だって、槍沢ロッジまで下りんとならんがやぞ〜」とぱきらに促されて、よ
うやく腰をあげた。もう10時近くにもなっていた。こんな時間まで小屋にいるなんて信じられない。

穂先へ行く時には置いていった重いリュックを担いでも、心は軽かった。
何と言っても、今日はお風呂に入れるのだ♪今日の宿泊予定地の槍沢ロッジではありがたいことに、お風呂
に入れるらしかった。

らんららんらら〜ん♪と、楽しい楽しいラクちんな下りが待っているだけだと思っていたのだけど、それは甘か
った。

稜線伝いに大喰岳へと向かうと、すぐに、ザラザラゴロゴロした黒い石が積み重なっていて、足をとられて歩き
にくくなった。さっきまでの遠足気分は、あっと言う間にどこかへふっとんでしまった。そのうち、鎖場まで現れた。

んもぅーーーーーーーーっ!聴いてないよーーーーー!

途端に機嫌が悪くなるわがままなワタシだった。
山(自然)に文句を言ってもしょうがないのだけど、怖がりなので、どうしようもないのだった。
稜線伝いとは言え、危険なところや鎖場がないとは言えないものなのだと思い知った。

むすっとキレ気味に歩く。
やはり、ぱきらはとっとと先へ行っていた。
ふと振り返ると、ついさっき登ってきた槍の穂先が傾いて見えた。

大喰岳から中岳へと、小さなアップダウンを繰り返し、槍ヶ岳を回り込んで、穂先はどんどん遠く小さくなってい
った。



 

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