No.139

槍ヶ岳トレッキング奇行(1日目)

2004. 9. 24掲載

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10月3日(金)一日目 新穂高〜双六小屋

さぁ、いよいよ槍ヶ岳へ向けて出発だ。
と言っても、今日は槍ヶ岳には行かない。ってゆーか、行けないのだ。一日で行ける
ルートもあるのだけど、ぱきらは出来るなら同じルートの往復をしたがらない。それで
今回は、槍ヶ岳へはぐるっと周り込む様な行程を組んだのだった。いつも地図を見な
いで行って痛い目に遭ってるワタシも、さすがに3泊4日の長旅となると、自分たちの
辿るルートくらいは地図で見せられてアタマに叩き込まれていたのだった。

とにかく槍ヶ岳頂上付近がコワイコワイで頭がいっぱいのワタシにとっては、そんな
一日目の今日はとっても気楽な始まりだった。ただ、散々見せられてきた地図を思
い浮かべると、今日はひたすら登リ続ける一日だった。その標高差は約1300mも
あるらしい。

今回は長丁場なので、巷で話題のアミノ酸。アミノバイタルなる粉末も持ってきた。
これが今回新しく持ち物リストに加わった代物だ。効くのか効かないのか分らないし、
結構高くて、ドラッグストアの売り場で長いこと動けないで悩んでみたけど、確か山
用品専門店にも置いてあったし、幸い軽いし。ということで、神頼みに近い気持ちで
買ってきたのだった。長丁場ってことで、前日のぱきらによる荷物検査は厳しかった。
あれもこれもと持って行きたいタチのワタシが揃えた食べ物は、ことごとく却下、また
は減量されたのだった。でも、アミノバイタルは合格だった。

駐車場からの歩き出しはすこぶる快調だった。
それもそのはず。森林の中の遊歩道になってて、ちょうどよいお散歩コースだった。
もはや名残になってしまった花を眺めながら、そんな道を1時間ちょっと歩くと、わさ
び平小屋に到着。

ここでは、たくさんの人達(主に年配の人)が休憩していた。ワタシ達もここでちょっと
休憩。最初に目に入ったのは、この寒い季節に(山では)水の
中でぷかぷか浮いて冷やされてるバナナやトマトだった。

お〜さむ。歩くのを止めた
途端に、あっという間に身体が冷えていくから、ワタシはどんどん服を着込んでるっ
ていうのに。小屋前にはたくさんのテーブルやイスがあったので、そこに腰掛けて、
ぱきらが淹れてくれたコーヒーを飲んだ。身体が冷え切らないうちにさっさとトイレを
借りて、先に発った団体さんの後を追った。

小屋前を発っても、まだしばらくは楽な道が続いた。こんなんでいいのだろうか・・・
一体いつから登山道が始まるのだろうか・・・と思い始めた頃、突然「道」がなくなっ
た。足元には漬物石大のちょっと角張った石がごろごろしていた。目の前が開けて、
見上げると、遥かな斜面が現れた。ここまでの”助走”は何の意味もないくらい急な
登りが待っていた。まるで、のろのろその辺を動き回って、ふと立ち止まったかと思
ったら突然離陸する飛行機みたいに、これからワタシは急激に心臓を酷使しなけれ
ばならないのだ。

太陽がさんさんと照り付けてきた。ちょうど天候がそうなったのか、開けたからそうな
のか。こ、この上を目指していくの〜?と、ちょっと気が遠くなった。遊歩道みたいな
道ばかりが続くのはつまらないけど、いよいよ登山が始まると思うと、いつも少しだ
けテンションが下がるワタシだった。小池新道とやらの始まりだった。小池さんて人
が作った(?)開いた(?)整備した(?)道なのかねぇ〜・・・と、水を得た魚のように
張り切って前を行くぱきらに話しかけてももうワタシの声なんて届かない。

いわゆる「登山道」に入ると、ワタシの歩みは急激にのろくなり、それでもすぐに汗が
噴出したので、長袖のシャツを脱いで半袖のTシャツになった。日差しが暑くて恨めし
かった。これまでと違い、ずんずんと標高が高くなっていくと、景色が変わってきた。

まず、右手前にずんぐりとまるっこい山が見えてきた。ぱきらが地図を開いてみると、
下丸山ではないかということだった。汗を掻くのでこまめに水分を補給する。なんと
よい天気になったのか。登りでこの天気はちょっとキツイ。でも、真夏ではないのだ。
真夏の35度を超えるフェーン現象の大日三山よりはマシだと言い聞かせる。

また少し行くと、またまた右手に、こちら側の木々の向こうに今度は、ものすごくかっ
こいい山並みが、ど迫力で雲の切れ間からでーん、と現れた。高い山の上はまだ雲
が掛かっていたのだ。この、雲の切れ間から垣間見える山ほど、かっこよくうれしい
ものはない。おぉ〜!なんだあれは〜!

おそろしくぎざぎざの山並み。なんだあれは。
またまたぱきらが地図を広げてみると、どうやら奥穂高のようだった。
前回夏に登った西穂高(奇行は書けていないけど)からこちら側に連なっている穂高
連峰。その西穂高岳からこちら側は、地図上では”難所”を示す点線表示となってい
る。おぉ・・・その”難所”があの、ぎざぎざなのかぁ〜。なるほどなぁ〜・・・切れ込み
方が鋭い。あれは見るからに難所だわ。そうして、その西穂高から奥穂高を経て、ワ
タシ達の行く手に向かってずぅ〜っと山が連なっている。すごいところだわ。

山が見えてくると、少しだけ元気になる。
山は歩くほど周りの景色がどんどん変わって行く。それが楽しみでもある。どんどん歩
ければ・・・の話だけど。

そのうち、ずぅ〜っと向こうの、今ワタシ達がいるところから、一番遠くに見えている、つ
くん、とした山が気になってきた。もしかしたら・・・もしかしたら、あれが槍ヶ岳なのでは
ないだろうか。後ろから来た人達にどんどん道を譲りながら、またぱきらと立ち止まって
地図を広げてみる。なんやろな〜。。。そのころ、ちょうど通りかかった山慣れしてそう
な若い目のカップルに訊いてみた。「あそこに見える、あの山はなんなんでしょうか。」

もしかしたら、その人ならスグに「あぁ、あれは○○ですよ。」って即答されるんじゃない
かって思ってたのだけど、その人は、タオルで汗をぬぐいながらも丁寧に地図を広げ、
方位磁石まで取り出して一緒に考えて(?)くださった。少し遅れて来たカノジョも汗を
ぬぐいながら、静かにカレを見守っていた。

「あれは・・・や・・・り・・・ですねぇ・・・。方向からするとやりじゃないですかねぇ。」
やっぱりやりなんや〜!すごいすごいーー!こんな遠くからあんなに小さい槍の穂先
を見ながら歩いて行けるんや〜!槍ヶ岳といえば、ワタシ達にとっての剣岳みたいな
存在で、見えるだけでカンゲキ♪なのだ。たとえ気が遠くなりそうな遠くからでも、目
標物が見えるということは励みになるものだ。ぱきらの選んだコースはやっぱりよかっ
たんだって思った。さっずが、ぱきら。望遠レンズで覗いてみると、それは、パラマウン
ト映画(?)か何かの始まりみたいだった。

ただ、それはいいとして、ぱきら、アナタも地図、持ってるんだよね。。。確か、方位磁
石だって持ってたはずだよね。。。大阪から来たというその親切なカップルにお礼を言
って、またちょっと元気を出して歩き始める。ここはそんなに苦しいところではなかった
が、ラクな道は長くは続かなかった。

後から来る人にどんどん道を譲りながら相変わらずのろのろ歩いていくと、前方にみん
ながそれぞれ腰を下ろしてごはんを食べているのが見えた。ここは秩父沢。とやら。
まだお昼には早いけど、早いうちにエネルギーは補給しといた方がいい。ワタシ達もこ
こで、重い荷物と腰を下ろしてお昼ご飯を食べることにした。さっき道を譲った人達もほ
とんどここで休憩されてるみたいだった。後から思うと、ゆっくり腰を下ろしてごはんを食
べれるところはそうそうなかった。ここでは、たくさんの人が休んでいたので、お互いに
遠くに見える槍ヶ岳をバックに写真をお願いしたりすることも出来た。

あんまりゆっくり休み過ぎると余計にカラダが重くなるので、よっこらしょとまた歩き出す。
今度は藪の中の石階段だった。もう槍ヶ岳も見えなくなった。周りは木だけで、はるか
前方の名も知らぬ山が少しずつ近づいてきて見えるだけだった。さっきごはんを食べた
ばかりでも、しんどいこともあって、しょっちゅう立ち止まって黒砂糖を口に入れたり水分
を摂ったりと休憩するのに忙しかった。

今回初のお供となる黒砂糖。これは、山用品専門店で買って来たナイロンジッパー入り
のポケットタイプのものだけど重宝した。黒砂糖はエネルギーだけじゃなくミネラルも補
給できるし、何よりあっさりしてて飴よりおいしかった。オットの荷物検査で減量されてし
まったけど、こんなに軽いもの、もっと持って来れば良かったとものすごく後悔し、オット
を責めた。

でも、どんなに黒砂糖を食べても、どんどん歩みののろくなる急坂が続いた。右、左、右
と歩くともうすぐに立ち止まってしまう。暑いし、苦しい・・・。これじゃあ、3歩進んで2歩
下がる、365歩のマーチみたいじゃないか。ワタシは山歩きをするといつもこの歌が思い
浮かんでくる。しばらく後発隊になってもらっていたぱきらに、やっぱり先に行ってもらう
とぱきらはこんな坂もスイスイスイ〜とあっという間に見えなくなってしまった。


えっこらえっこら、汗を拭き拭き、何度も立ち止まりながら、腰に手を当てて登っていくと、
視界が開け、上の方には、朝わさび平小屋で一緒だったと思われる団体さんやぱきら
が休んでいる(ってゆうかワタシを待ってるんだけど)のが見えた。この辺りはシシウド
ガ原。”原”って付くから木がなくて一応開けてはいるけど、残念ながら平らなところでは
ない。あともうちょっと。止まってるぱきらのところまであともうちょっと。

ようやくぱきらに追いつくと、ここでまたちょっと荷物を下ろして小休憩。
ワタシと入れ替わりに団体さんが出発された。残ったのは、ワタシ達と、ワタシ達の親
世代のご夫婦。さっき、お昼ごはんを食べたところでも一緒だった。ワタシののろのろ
ペースでは、どうしてもこういう年代の人と一緒になることが多い。そうして、またまた
山談義をすることになる。どこから来てどんなルートでどこへ行くのか、をお互いに聴き
あう。

お二人は、上の分岐から笠ケ岳に行かれるとのこと。槍ヶ岳にはもう登られたことがあ
るのだそうだ。こっ、このおっとりしてそうな奥様も槍ヶ岳に登られたんだ。とついつい尊
敬のまなざしで見てしまう。この期に及んでも、とにかく槍が怖くてしょうがないワタシ。
「どうでしたか〜」って恐る恐る訊いてみる。返って来た答えは、まぁまぁちょっとだけ怖
いけど、梯子とかシッカリしてるし、西穂高とかの方がよっぽど怖かったよ、ってなことだ
った。

この奥様の言葉は少しだけワタシを勇気付けてくれた。そうか、西穂高よりはましなの
か・・・。西穂高では頼りたい鎖すらなく、岩を掴んで、手に汗をびっしょりかいていたっけ
・・・。あれよりはましなのだ。でも・・・、槍といえば、あのテレビで見た、絶壁の長い梯
子が怖そうなんだよなぁ・・・。

小休憩を終え、また歩き出す。また、同じような道が続く。
ぱきらはとにかく、ゆっくりでもいいから休まず歩き続けた方がいいよ、と言う。ワタシも
出来ればそうしたいんだけど・・・。ゆっくり、ゆっくり、休まずに・・・なんて自分に言い聞
かせながら歩く。だって、歩かないといつまで経っても着かないんだもん。『たゆまぬ努
力』なんて言葉が浮かぶのもこんな時だ。

こんなにゆっくり歩いているワタシの後から、同じようにゆっくりゆっくり、両手を腰に当て
苦しそうに登ってくる男の人がいた。後から人の気配がすると気になってしょうがないワ
タシ。そんなにお年でもなさそうなのに、ゆっくりな人だなぁ・・・やっぱり男の人でもこー
ゆう人はいるんだ〜なんて思っていたのだけど、ゆっくりゆっくりでも、その人はワタシみ
たいに立ち止まらなかった。そうして、ゆっくりゆっくりワタシを追い抜いていった。うさぎ
とカメ。継続は力なり?

そうしてようやく、このルート一番のビューポイント、鏡平に到着。ふぅ〜しんどかった。
ほぅ〜・・・。しんどい思いしてたくさん歩いたおかげで、遥か向こうの方に見えていた山
が随分と近くなった。最初に槍ヶ岳が見えた時は、進行方法に向かって、長い長方形の
対角線上にようやく見えるようなカンジだったのが、ここでは、向かい側に見えてるような
感覚だった。

久しぶりに荷物を下ろす。なるほどビューポイントだけにちゃんと整備されている。広い
ウッドデッキが池にせり出してるみたな感じになってて、また再会出来るはずの槍ヶ岳
を心行くまで眺めたり、写真を撮ったりすることが出来るようになってはいる。うまく行け
ば、池に映った槍ヶ岳をレンズに収める事だって出来るのだ。こうゆう所に来るとがぜん
張り切るぱきら。ただ、ワタシ達が着いた時、槍の穂先は雲の中だった。

ワタシ達の他には、オジサン3人組み(別にいいんだけど)や、あの、地図と方位磁石を
出してまで正しく山の名前を教えて下さった若いカップルや、ゆっくりゆっくりワタシを追
い抜いていった男の人もいた。けれども皆、穂先が見えないことに残念!ってなカンジで、
あわよくば、せめて一瞬でもいいから、穂先がお目見えすることを誰もが願っていた。

幸い雲は流れていた。
「あ!出た出た!」と誰かが叫ぶとみんな「おぉ〜!」と、その一瞬を争って写真を撮ろう
とした。

あの人もその人も、そこにいた皆が同じような行動をとっていたのがおかしかった。
「早く早く〜!」「あぁ〜また隠れた〜」雲の流れは速く、カメラマンを交代する間にも、穂
先は出たり隠れたり忙しかった。だもんで、ワタシ達もそれに負けじとしつこく、カメラマン
交代をするのだった。ただ、たとえ忙しくとも、この場所で穂先が見れたことには変りはな
いのだ。たとえ、穂先と一緒にレンズに収まってはいなくても、自分の目では確かに見れ
たのだ。それはものすごくありがたいことなのだった。

ぱきらも気の済むまで写真を撮り、そこを下りていくと鏡平小屋があった。
少し下りたにも拘らず、ここもさっきと変らずよい眺めだった。お昼を食べたのが早かった
ため小腹が空いていたワタシ達は、たまには小屋でラーメンでも、っていうことになった。
ワタシ達は泊り客ではないし、この見晴らしの良い外で食べることにして、小屋のオジサ
ンにラーメンを注文すると、冷えないように上着を着込んでラーメンの出来上がるのを待っ
た。待ってる間も、小屋の様子なんかをこそっと覗き見したりしてうろうろしていたら、なん
となんと、小屋の扉のガラスに槍ヶ岳が写っているのを発見。すごいな〜すごい所だな〜。

さて、楽しみにしていたラーメンは・・・見るからにインスタントラーメン。。。
そうだよな、そうだよな。。。水がとっても貴重な所なのに(所によっては豊富な所もある)
麺を茹でる為には大量の水が要るもんね・・・。そうだよね。。。でも、見たトコ、このカンジ
では、すがきや本店の味に間違いない。一応、ワカメやコーンやメンマなどトッピングもし
てあるし、本店の味ならまぁいいか。みるみるカラダが冷えそうになって来てたので、何は
ともあれ、温かいものはおいしかった。二人で代わる代わるラーメン鉢を抱えて啜った。

さぁ、そろそろ2時前だし、時間的にはあともうちょっとで着く頃なんじゃないだろうか。
あとちょっとだ、がんばろう!と思い小屋前を出発。小屋の後ろに回りこんで行くと、またま
たいやぁ〜な登りが待っていた。しかも、この登りは思っていたより遥かに、長くしんどい登
りだった。おいおいまたかよ〜。。。ワタシはまた無口になっていった。そればかりか、最終
目的地である双六小屋さえ、どこにも見えなかった。うぅぅ・・・甘かった〜。ワタシがコース
時間通りで着けるなんて思ってはなかったけど。

どんどん高度が上がって行き、振り返ると、さっきの小屋は下方に小さくなり、視線を戻す
と槍ヶ岳に連なる山々がでーんとそびえたっていた。槍ヶ岳の上の方は岩場が多くグレー。
夏には緑色だっただろう少し下の方は枯れた色で、その景色は寂しく荒涼としたカンジさ
えした。ビックサンダーマウンテンみたいだった。

そして、もう少し手前に視線を移すと、明日ワタシ達が槍ヶ岳に向けて歩くルートが連なっ
ていた。な、長い。。。随分と近づいた様に思っていたけど、やっぱり遠いぞ、こりゃ。でも、
それでも今、自分が歩いている登りと比べると、稜線歩きは天国みたいに思える。明日は
今日よりはラクそうだ。それが、せめてもの救いではあった。穂先へ登ることを除けば。

ワタシ達の歩くこちら側ももちろん秋色。随分高度も上がって来てるので、そろそろ紅葉が
見られてもいい頃なのに、いくら歩いてもきれいな色は見られなかった。そのうち、これは、
紅葉がまだなんじゃなくて、枯れてしまっていることに気付いた。今年の夏は冷夏で秋の
来るのも早く、確か1週間程前には、ここでは雪が降るくらい寒かったはずだった。今頃は
とっくに色づいているはずのナナカマドは、ちりちりと黄色く枯れてしまっていたのだ。上か
ら下りて来る人にも訊いてみたけど、やっぱり今年の紅葉はダメだねってことだった。一気
に意気消沈するぱきら。ぱきらは紅葉の写真を撮ることに燃えていたっていうのに。ワタシ
は夏山の方が好きだけど。

えっこらえっこらストックを突きながらやる気なさそうに歩いていると、上から、ランニングシ
ャツ短パンという軽装で、サルのように軽々と下りて来た人が「あともう少しで稜線ですよ
〜」って声を掛けてくださった。うれしかった。目標の見えないことほどやる気の出ないこと
はない。そうして、結構な急坂を歩くこと1時間強でようやく稜線に出た。ここは弓折岳分岐。
双六岳に行く方と、笠が岳に行く方に分かれている。シシウドが原で一緒に休憩したご夫
婦は、もうとっくにここから笠が岳方向に向かわれているのだろうな。

稜線に出たのはよかったが、本日の最終目的地である山小屋らしきものはどこにも見えな
かった。もしかしたら、ここを登りきったら小屋が見えるんじゃないだろうか、という淡い期待
を抱いていたのが木っ端微塵に打ち砕かれてしまった。一体小屋はどこにあるんだ。もう夕
方だっていうのに、あとまだどれだけ歩かなければならないのだろう。

ここでまた、一段と近づいた槍をゆっくり眺めるためのベンチがいくつも用意されていたので、
荷物を下ろし、ベンチにお尻が冷たくならないようにクッションを敷き、腰も下ろして小休憩。
稜線は風が強く寒いので、またたくさん着込む。ぱきらは写真撮影。

この辺から見る槍ヶ岳は穂先が少し傾いていることが分る。どうしよ〜かな〜なんて、なん
か迷っているみたいでちょっと愛嬌のあるカンジがする。そして、その槍の向こうの山並み
も見えてきた。こんなに山が繋がっているんだ。すごいところだな〜。よく、なんとかの屋根
とか言われてるのが実感出来た。

あまり休むとカラダが冷え切ってしまう。日が沈む前に小屋にも着きたいし、早々に出発。
さすがに稜線歩きはラクだった。多少のアップダウンはあるけれど、登り続けたりするよりは
全然ラクチンだった。さっき休憩の時に来たフりースも着たままで歩けるくらいだった。

槍の向こうの山々もさらにたくさん見えてきた。ずっと向こうに、またおもしろい山が見えてき
た。なだらかな頂上付近が広範囲で白くなっているのは雪なんだろうか。雪?いくら平らな
ところでも、こんなに早く雪が積もっているだろうか・・・。ワタシは気になって仕方がなかった。
こんなに遅くに歩いている人は殆どなく、女の人の二人組に会っただけだった。

ようやく小屋が見えてきたのは、ほんとに最後の方、小屋まであと10分くらいの所ででだっ
た。やっとだ〜。ようやく、この歩きから開放されるんだ〜。小屋の手前にはテントがいくつ
か張られていた。ぱきらは速度を速めた。でも、もうラストスパートする余力などワタシには
なかった。早くおいでって手招きするぱきらとの距離はどんどん広がった。足元には、たぶ
ん朝の霜柱がまだ融けないで残っていた。踏みしめるとさくっと心地よかった。ぱきらはこの
霜柱に気付いたのだろうか。

そしてようやく、ほんとにようやく、本日の最終目的地、双六小屋に着いた。小屋の後ろの
丸く、逆光で黒くなった双六岳からは金色に染まったちぎれ雲が流れ出していた。「一体今
何時?」ワタシは山に腕時計は持ってこない。16時半だった。16時半〜?確か、朝歩き出
したのは7時過ぎではなかったろうか・・・。一体何時間歩いたのだろう・・・。9,9,9時間?
ぶっ倒れそうになる。そんな長い時間をワタシは歩いて来たのだ。まぁ、立ち止まっている時
間も長いんだけど。

受付は若い女のコだった。小屋に同姓の人がいるとちょっと安心する。そして、気になるのは
寝床。二段ベッドなのか大部屋なのか。何人部屋で何人寝るのか。今夜はさほど混んでない
らしく、大部屋でゆったりと眠れそうだった。

荷物を下ろし、とにかく温かいものが飲みたかった。少しだけ小屋前でうろうろして写真を撮っ
たりした。普通の行程でもっと早く着いていたなら、荷物を下ろして双六岳へ登るのだか、今
日はとてもとても。そんなことなど口にもしたくなかった。あとはゆっくりするのだ。あの親切な
若いカップルはテント組のようで、自炊の準備をしているみたいだった。テントは寒いのだろう
な。

目の前には鷲羽岳。やはり写真を撮ってたオジサンがいろいろ教えてくださった。あの気に
なってた山は燕岳のようだった。白いのは雪ではなく山肌なのだった。そういえば、テレビで
も見たことあったっけ。ちょっと変った山だ。ぱきらは興味ないみたいだけど、ワタシはいつか
登ってみたいな。

冷えてきたので、温かいものを飲みに自炊室へ行ったけど、下はコンクリートだし、ここは壁
と屋根があるっていうだけでストーブは付いてなく寒々としたところだった。誰もいないワケだ。
去年行った剱御前小屋の自炊室は暖かかったしよかったなぁ・・・。ワタシなんかは、まるで
外にいるみたいないでたちで、木のイスに正座して、ぶるぶる震えながらお湯が沸くのを待っ
た。でも、震えて待った甲斐あって、甘酒は美味しかった〜。当然、寒いので早々に引き揚げ
た。夜になると早寝する人もいるからゴソゴソ出来なくて、明日の準備や荷物整理は今のうち
にしておかなければいけない。それが終わるとようやく落ち着いて、小屋をうろうろ探索してか
ら談話室へ。

結局、ストーブの付いている部屋と言えば談話室だけになるから、みんなそこに集まってくる。
談話室があるだけでもありがたいのだけど。ごはん前やその後も、明日早立ちで早寝する人
以外はほとんどそこで山の本を読み漁ったりビデオ(当然山の)を見たり、うとうとごろごろした
りして過ごすのだった。いつもは、忙しくて山の本まで手が回らないワタシも、山小屋では山
の本を見て楽しんでいるのが、ぱきらにはおもしろいみたいだった。考えてみればものすごく
贅沢でありがた〜い時間の過ごし方だ。

ただ、お腹がふくれて暖かいところで落ち着いても、ワタシの中ではそわそわざわざわと落ち
着ききらない部分があった。ここに着いたということは、明日はいよいよ槍ヶ岳なのだ。このワ
タシがほんとうに、あの槍の穂先まで行けるのだろうか。。。この小屋にいる人のうち、どれく
らいの人が槍に行かれるのだろう。ワタシみたいな思いをしている人は他にはいないのだろう
か・・・ときょろきょろしてみたり。ここからは三俣蓮華方面に行かれる人も多く、このルートで
槍に向かう人は思ったより少ないみたいだった。

ぎりぎりまでそこにいて、さて、そろそろ消灯だし忘れずにアミノバイタルを飲んで寝床に入っ
た。暗くなったと思ったら、自宅から電話だと呼び出された。まさか。一番に考えられるのは
おばあちゃんのことだった。ぱきらはなかなか戻ってこなかった。おばあちゃんが高熱を出し
て救急車で運ばれたとのことだった。それだけでもタイヘンなのに、小屋への連絡先が間違
ってたらしく四苦八苦したようで、とったのことやら何やらでおかあさんも相当パニクっていて、
それで長い電話になったみたいだった。

とりあえず寝ようと言うけれど、どうするんだろう。明日下りるのだろうか。下りるにしても長い。
ぱきらはどうするつもりなんだろう。。。そんなことを思いながらも、耳栓をして暖かい毛布にく
るまるとすぐに眠りに落ちていった。。。
二日目へつづく

 

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