高山〜黒部渓谷の紅葉見物。  14,11,06

   黒部渓谷には何度も機会がありながら不思議に行きそびれ、いつかいつかと思いな
  がら今に至っている。黒部ダム建設に関する小説、吉村昭の「高熱墜道」、木本正次の
  「黒部の太陽」を読んでから、黒部の秘境の一端を自分の眼で確かめたい願望にから
  れて数十年がたってしまった。

   この所毎年秋にはどこかで紅葉見物を楽しんでいるが、今年は高山から黒部の紅葉
  を見たいと家内が提案し、ようやく黒部行きが実現した。「錦秋の飛騨高山・神通峡と
  黒部渓谷トロッコ電車で行く2日間の紅葉見物」と銘打ったバスツアー会社の企画だが、
  いつものように参加者の多くは熟年女性で、男子は数人というウーマンパワー全開の
  バスツアーである。

   長野新幹線の上田駅で降り、ツアーバスで上田〜松本〜野麦峠〜安房トンネル〜
  平湯〜高山と走った。この道は上高地や高山に行く道で、かって何回も走ったので熟
  知している。高山では古い街並みの上三之町を散歩して、地酒と赤カブを土産に買い
  久し振りに五平餅を食べながら高山陣屋にも立ち寄った。

   天気は上々だったが再びバスに乗り最初の紅葉名所の神通峡に着くころには小雨が
  降りだして、おまけに紅葉には少し早すぎたので早々に宿舎に向かった。宿舎は富山
  県砺波ロイヤルホテル。

   翌日7時半にホテルを出発し宇奈月温泉駅に向かった。ここからがこのツアー最大
  の目玉の黒部探訪。寒さに用心をと事前に注意されていたので、ダルマのように十分
  な厚着をしてトロッコ列車に乗り込んだ。いくつものトンネルをくぐって鐘釣〜終点欅平
  までほぼ1.5時間。絶景のV字峡を為す黒部川沿いの山々は今が盛りの紅葉だった。

   紅葉見物は早すぎても遅すぎてもダメで、丁度よい時期にめぐり合うかどうかは運次
  第だが、この日は運よく絶好のタイミングで、秘境という言葉がぴったりの黒部の山々
  は、全山黄色が主体で所々朱色と茶色の見事な紅葉で覆われていた。トロッコ列車は
  窓がないのでかなり寒かったが、我を忘れて紅葉に見惚れた1.5時間だった。

   ここ欅平には第3発電所があり、この発電所建設には想像を絶する苦闘の歴史がある。
  それは吉村昭の「高熱墜道」に詳しく書かれていて必見の書だが、私のHP書評にも載
  せてあるのでご一読願いたい。欅平で1時間以上散策の時間があり、30分かけて名勝
  といわれる猿飛峡までアップダウンのきつい岩場の坂道を歩いた。日頃の鍛錬がもの
  を言って少しもバテルことはなかった。

   案内してくれたボランティアガイドの
Yさんは、環境土木が専門の自然観察員で植物
  に造詣が深く、欅平から猿飛峡までの散策の道々で、落葉を拾っては紅葉の解説をし
  てくれた。

   何気なく紅葉と一口に言うが、紅葉(こうよう)と紅葉(もみじ)は違う。紅葉(こうよう)と
  は落葉広葉樹が落葉の前に葉の色が変わる現象の事だし、紅葉(もみじ)とは紅葉
  (こうよう)のなかでひときわ紅色の目立つカエデの仲間を総称していい、学術的には
  紅葉(もみじ)という種類はないのだそうだ。
  
   そのカエデの種類は世界で約200種、日本には約25種あり、名前の由来は蛙の手
  に似ていることから 「カエルテ→カエデ」となったとする学説が有力との事だった。

   道すがら拾って教えてくれた落葉を押し花にしておいたが、走り書きして確認のため
  後で調べたら、ミネカエデ、ハウチワカエデ、イロハモミジ、ヤマモミジ、ケヤキ、ブナの
  葉だった。

   カエデの種類の見分け方は、全体の形と色、葉の数(すべて奇数で3,5,7,9,11)、
  それに鋸歯(葉っぱのギザギザ)の形で、説明されると成る程と納得がいく。
   又、ケヤキは葉の鋸歯が曲線的に葉先に向かっていて鋸歯の先端が尖っているが、
  ブナは鋸歯というより葉脈のところで少しくぼんでいる。 

   軽い気持ちで「紅葉狩り」とか「紅葉見物」などといってきたが、その道に詳しい人に
  聞くとなんとも奥が深い植物談義になる。いい勉強になった。
  拾って貼り付けた黒部の紅葉類を下記に示す。

           


   トロッコ列車の終点欅平からは仙人谷ダムを経て黒四ダムまで「水平歩道」と呼ば
  れる長さ13キロの登山ルートがある。道幅が70センチの危険極まりない断崖絶壁
  の歩道で、素人には通れない。その昔ダム建設の建築素材を人夫達が命がけで担い
  で運んだルートで、誤って転落死した人夫は数知れない。そしてこの工事の最大難所
  がトンネル工事の高熱墜道と泡雪崩(ホーなだれ)だったことが吉村昭の「高熱墜道」
  に詳しく記載されている。

   欅平から帰路同じトロッコ列車で宇奈月駅に戻り、一路バスで北陸自動車道〜上信
  越自動車道を走り、長野県の上田駅に到着。上田からは新幹線で東京経由で我が家
  に帰宅した。

   移動した県は、神奈川〜東京〜長野〜新潟〜岐阜〜富山の6県。ふたつの小説の
  粗筋を思い出しながらの念願の旅だったが、今回は黒四ダムには行けなかったので、
  機会があれば大町か立山からのルートで黒四ダムに行ってみたい。

   できれば春先に、立山から室堂を通り、木本正次の小説や裕次郎・三船敏郎の映
  画「黒部の太陽」で描写された立山トンネル(大町ルート)の大破砕帯の凄さを実体験
  し、黒四ダム〜信濃大町に至る立山・黒部アルペンルートを訪ねてみたいが、なかな
  か実現は難しかろう。寂しい事だ。

       参考    @  木本正次 著; 「黒部の太陽」

              A  吉村 昭 著;  「高熱墜道」

              B  
拙稿  ; 「ミミズの戯言11」