神話が生まれる背景と、新に生まれる神話
教科書の誤った「信用創造」の説明
<教科書が誤りをおかす原因、準備金の率とその扱い方> 現在日本の準備率は1.3%。しかしほとんどの教科書は10%として説明している。準備率が高いということは、銀行が貸出を多く実行するとそれに伴って準備金を多く積まなければならなくなる。 教科書の説明ではこうなる⇒貸出を増やすには、充分な準備金を用意しなければならないので、銀行は多くの預金を獲得したり、日銀からの借入に頼ることになる。
 1.3%ということは調べれば簡単に分かることだ。日銀のホームページ 準備預金制度における準備率▲ を見ればすぐ分かる。このような簡単なこともやらず手抜きして教科書を書いているのか、知ってはいるけれど率の高低は説明に影響なしと考えているのか、あるいは意図的に高い準備率で説明しているのか? どうしてこんな過ちをしているのかわからないが、ともかく多くの教科書がそろって10%として説明している。また、銀行貸出では、銀行が融資先企業に口座振り込みではなく、現金を手渡しするかのように書いている。では具体的にどのような説明なのか、いくつかの教科書の例を引用することにした。さらに、「ベースマネーの増減により、マネーサプライが増減する」という神話が経済学者業界で信じられている、その背景となる考え方、また、その神話から生まれる「新たな神話」についても取り上げてみることにした。
準備率が10%だったり、20%だったり 初めに取り上げるのは「準備率が10%だったり、20%だったり」という教科書。「仮に10%とすると」などという書き方をする必要はないと思う。 せいぜい「計算を簡単にするために、実際は1.3%だけど、ここでは1%として話を進めよう」なら、計算の苦手な学生のためになるかもしれないが……
 しかし、数字はキチンと正しいものを使った方が良い。教科書ならそうすべきだと思う。
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『新版 図解 金融を読む事典』 日本総合研究所編 東洋経済新報社  2003.8.14
 このようにハイパワード・マネーからマネー・サプライを創り出す金融機関の機能のことを信用創造機能といいますが、これは一体どのようなものなのでしょうか。 例えば、日本銀行が金融機関に1億円を供給したとします。この時、預金準備率が仮に10%だったとすると、金融機関は1000万円は準備預金として日銀預け金に残し、あとの9000万円を貸出に回すことができます。
T注  準備率は正しく表示しましょう。読者が迷いますよ。
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『事典 金融と経済のしくみがわかる』 芹澤数雄 中央経済社  1998.12.30
 以上のプロセスを、準備率が0.1、供給されるハイパワード・マネーが100億円であると想定して示すと、表のようになります。
<表 銀行行動のモデル> 
預金 100 90 81 ・・・
貸出 90 81 72.9・・・
現金準備 10  9 8.1・・・
 すなわち、供給されたハイパワード・マネー100億円が預金され、そのうち10億円が現金準備として保有され、残余の90億円が貸し出されるわけです。この貸し出された90億円が取引などに使われ、それが預金されます。この90億円のうち9億円が現金準備として保有され、残余の81億円が貸し出されます。
T注  日銀当預に預ける準備なのか、銀行が手元現金として保有すべき準備なのか?でも、そんな細かいことは問題にすべきでない、と言いたいのかもしれない、と思う。
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『金融のすべてがわかる事典』 三宅輝幸 日本実業出版社  2001.11.1
 銀行が預金を受け入れてそれを貸出する過程で、全銀行では預金も貸出も増えていきます。こうした銀行の機能を信用創造といいます。
 A銀行が100億円の預金を受け入れました。A銀行は、10億円を支払準備として残し、90億円をJ社に貸出しました。J社は90億円を仕入代金としてK社に支払い、K社はそれをB銀行に預金しました。B銀行は9億円を支払準備として、残り81億円をL社に貸出しました。 L社は81億円を仕入代金としてM社に支払い、M社はそれをC銀行に預金しました。そして、C銀行は8.1億円を支払準備として、残り72.9億円をN社に貸出しました。
 こうした取引がC、D、E銀行……とさらに続いていくと、関わったすべての銀行では預金総額が1000億円となり、当初受け入れた100億円の預金が900億円増額することになります。すなわち、この一連の取引で900億円の信用創造が行われたことになります。
T注  神話を要領よく説明している文章だ。常識と思われることについては、疑う姿勢は持たない。それが通せる、幸せな生き方だと思う。
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『入門 現代日本の金融』 玉木勝 シグマベイスキャピタル  2002.4.1
 銀行から企業に貸し出された際の資金は全額流出するわけではなく、貸出金の一部は預金として残ることになる。これは必ずしも当該貸出銀行だけを意味するのではなく、企業が他の銀行に預金することも含めている。 すなわち銀行システム全体としては貸出の何倍もの預金そして貸出が増えていくことになる。結局銀行システムメイリオ;全体としては預金者からの預金や中央銀行が市中銀行に貸出や手形・債券の買いオペにより供給した資金の10倍近い係数(これを信用乗数という)の貸出が可能であると言われる。このように銀行全体、つまり銀行システム全体として多額の信用(預金と貸出)が創造されていくことを銀行の信用創造という。
 銀行Aは預金者から1億円の預金(これを本源的預金という)を預かっている。この銀行Aは、すべての預金者が一斉に押しかけて預金全額を一度に引き出すことは起こり得ないこと、また、日々の支払に応じるには預金の10%程度を手許においておけば充分であることを、経験的に知っている。そこで銀行Aは、1億円の10%に相当する1000万円だけを銀行の金庫に残し、(これを現金準備という)、残りの9000万円を企業Pに貸し出す。 次ぎに9000万円の貸出を受けた企業Pは、その資金を企業Qに支払い、企業Qはその取引銀行である銀行Bに、9000万円を預金する。この瞬間に、もともと1億円しかなかった預金は1億9000万円に増えている。続いて銀行Bは、その10%の900万円を預金準備として残し、残りの8100万円を別の企業Rに貸し出す。企業Rはその資金を企業Sに支払い、企業Sは銀行Cに8100万円を預金する。(この時点で預金は2億7100万円にまで増えている) 銀行Cは、その10%の810万円を現金準備として残し、残りの7290万円を企業Tに貸し出す。
 このようにして預金と貸出の連鎖は無限に続き、最初の1億円の本源的預金から、最終的には総額10億円の預金と総額9億円の貸出が創造されたことになる。このような形で銀行の信用創造が行われている。
T注  準備とはそれぞれの銀行が手元に用意しておくもので、日銀当預は考えていない。
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『テキスト現代金融』 土田壽孝 ミネルヴァ書房  2004.1.30
 信用創造とは、銀行組織全体として当座勘定を通じる小切手による決済を媒介として行われる、預金通貨創出という貨幣供給機能のことです。
 銀行の預金通貨創出の根源となるのは、本源的預金といわれる現金通貨によって預け入れられる預金(現金準備)です。この本源的預金となりうる現金通貨のことを、ハイパワード・マネーとよんでいます。信用創造で生み出された預金通貨は、その名の通り預金として創出され保有されますが、この預金は派生的預金といわれます。
 初めに経済組織の中に市中銀行が1つだけあり、全ての取引決済が銀行内の当座預金口座振替で行われるという仮想敵な場合を想定しましょう。この場合にはこの銀行が保有する本源的預金は、中央銀行によって市中に提供された現金通貨の全部です。仮に100の本源的預金がこの銀行に預けられたとすると、その時点での銀行の貸借対照表は資本部分を無視して書くと、
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 資 産      │ 負 債
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現金準備 100  │本源的預金 100
────────────────┼───────────
資産合計 100  │負債合計  100   
となります。現代の預金準備制度は部分準備預金制度ですから、受け入れた預金の一定割合を預金引出しに対しての準備として残せばよいので、今仮にその預金準備率を10%としてみましょう。このことは銀行が受け入れた預金総額の10%の現金準備を持てばよいということですから、現に所有する本源的預金として受け入れた100の現金準備があるのですから、総額では1000の預金を受け入れられることになります。 つまり900は銀行が生み出した預金なのです。当然この生み出された預金は収益を稼ぐ貸出資産となるべく創出されたのです。このとき銀行の貸借対照表は、
────────────────┬───────────
 資 産      │ 負 債
────────────────┼───────────
現金準備  100 │本源的預金   100
貸 出   900 │派生(当座)預金100
────────────────┼───────────
資産合計 1000 │負債合計   1000   
となっています。現在の仮定の下では、銀行と資金取引のある人は全てこの銀行に当座預金口座を持っています。したがって、この900に相当する資金を借入た人は、その資金を何に使おうとしても支払いのためには全員がこの銀行の当座預金から資金を引き出す小切手を振り出すことになります。 その結果、誰かが支払のために振りだした小切手は、その小切手を受け取った人が再びこの銀行の受取人名義の当座預金口座に預け入れるわけですから、銀行内部では当事者の口座間の資金の振替だけで資金決済が完了します。 全員がこのように当座預金口座で小切手による決済を行う限り、銀行から現金準備の流出が発生しないので、銀行は900の預金通貨を発行し続けることができます。通常、当座預金には利息はつかないので、銀行は貸出からの収益を全部獲得できます。銀行から支払準備となるべき現金が流出するとそれに応じて預金通貨つまり銀行の貸出も縮小しなければならないことになります。
T注  銀行制度が出来始めた頃の話で、現代の金融制度の解説ではないようだ。
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『金融論』 {新版} 柴沼武・森映雄・藪下史郎・晝間文彦 有斐閣  2000.2.20 前の項では、ハイパワード・マネーに乗数倍された貨幣が供給されることが示されたが、これは銀行の非銀行部門への貸付という信用創造過程を通じて行われる。こでは、中央銀行が増加させたハイパワード・マネーが、銀行の信用供与を通じてどのように貨幣を増大されるかを見てみよう。 ただしここでは、銀行は預金総額の10%を準備として保有し残りの90%を非銀行部門に貸出し、また非銀行部門は現金を保有せず、借り入れた資金はすべて銀行に預金するとする。(中略)
 支払準備制度の下では、日本銀行はこれらの法定準備率を変更することができる。法定準備率の低下は、貨幣乗数を上昇させるため、マネーサプライを増加させ、金融緩和効果をもつ。逆に、法定準備率の上昇は貨幣供給量を減少させる。
 窓口指導は、日本銀行が長く採用してきた政策の1つであったが、これは日銀が銀行の貸出増加額に対して規制を行うことである(日本銀行は1991年に、窓口指導を今後行わないと発表した)。これは、法定準備率の変更のように、貨幣乗数を増減させる政策であるとみることができる。 たとえば、銀行の貸出額の制約が保有準備の増加を意味するとすると、貨幣乗数は小さくなり、金融引締的効果をもつ。しかし、それが銀行の証券投資などに結びつくときには、その効果を弱めることになり、有効な政策でなくなる。さらには、この政策は民間銀行による効果的な資金配分を阻害するものであると批判されてきた。(中略)
 貨幣は現金通貨と預金通貨とからなるが、現金通貨は中央銀行によって直接供給される。中央銀行は、ハイパワード・マネーの供給量を変化させ、コールレートなどのインターバンクマーケットの利子率に影響を与える。預金通貨は貨幣乗数の大きさに依存し、また貨幣乗数は銀行の資産・負債管理および家計などの民間非銀行部門の資産選択によって決定される。
T注  現在の準備率は1.3%で、1991年10月に改訂されたが、それ以前は2.5%。アメリカのそれに比べれば準備率変更の効果は少ない。 アメリカの準備率については、 法定準備金要額▲ を参照のこと。
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『マクロ経済学』 明石茂生 中央経済社  2003.9.20
 ある市中銀行Aに中央銀行から(手形割引や手形貸出による)貸付があって、銀行A自身が余分に1,000万円を貸出する余裕ができたとしましょう。 ある企業に貸付が行われたとすれば、その貸出金1,000万円はその企業の口座のある銀行Bに振り込まれるでしょう。そのうち、2割が現金化されて残り8割の800万円が預金として預けられるとします。預金準備率が1割であるとしますと、銀行Bにとって同じくそのうちの9割である800X0.9=720万円が貸出に可能な金額です。
T注  数字はキチンと正しいものを使った方が良い。教科書ならそうすべきだと思う。
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『金融経済論』 里麻克彦 税務経理協会  2001.1.15
 マネーサプライは物価動向に強い影響を与え、適切な管理に注意を払わなければ、増加がインフレの原因となる。また、実質成長とも密接な関係がある。ところが、定義によるマネーサプライは、日本銀行にとって直接には量をコントロールできないのである。 日本銀行は、現金通貨と準備金と呼ばれる日本銀行への民間金融機関からの預金通貨からの預金量だけ直接にコントロールできる。マネーサプライの構成要素である預金通貨や準通貨については、民間部門が保有を選好する際に日本銀行の強制力は及ばない。 それに対して、物価水準や経済成長に深い関係を持つのは、マネーサプライ全体なのである。金融政策として貨幣量の調整が難しいのは、一部の貨幣量を通して、マネーサプライ全体を調整するということによる。この直接に調整可能な現金通貨と準備金である日本銀行への預金は、マネタリー・ベースあるいはハイパワード・マネーと呼ばれる。
 日本銀行は、民間金融機関から持ち込まれた手形の割引率である公定歩合を変更して、預金、貯金金利の収益率に影響を及ぼし、マネーサプライ全体を調整しようとする。これは、貸出政策と呼ばれる金融政策であるが、マネーサプライへの影響は間接的である。マネタリー・ベースとは、日本銀行が直接に調整できる預金の総額である。 次節であきらかにされるように、その何倍かのマネーサプライを生み出すことから、ハイパワード・マネーとも呼ばれる。(中略)
 金融機関は、貸出利息と貸出額から計算される総収入から、預金利息と預金総額の費用を差し引いたものを利益とする。この利益を最大にするような貸出額を決めるのが、金融機関の最適行動である。 ところが現代の銀行システムでは、現金が預金として金融機関に預けられるとき、全額を貸出しに振り向けることはできない。金融政策の手段として、また預金者保護の目的で支払準備制度が設けられている。これは、債務としての金融機関の預金について、支払準備あるいは法定準備率として決められた一定割合を、無利子で日本銀に準備として預け入れることを義務づけられている。 この制度により、金融機関はすべてを貸出に振り向けられないのである。前述のように、預金の払い戻しが不可能となる債務不履行に備える協同の資金準備が目的であった。 しかし、日本銀行がこの割合を政策的に変更すると、金融機関の貸出を調節して利用可能な資金量を直接増減できる。与信活動に影響を与えることにより、マネーサプライの増減をコントロールす上限るのである。
 現金通貨の増加は、預金準備率の逆数倍の預金通貨を創り出す。このプロセスは信用創造と呼ばれ、預金準備率の逆数を貨幣乗数あるいは信用創造の乗数と言う。 準備率を10%として 、上限まで貸し出されていく過程を考慮する。(中略)
 貨幣乗数 現金通貨の増加が、最大値として預金準備率の逆数倍の預金通貨をもたらすプロセスは、信用創造と呼ばれる。このことから、預金準備率の逆数は信用創造の乗数とも呼ばれる。信用創造の大きさは、預金通貨創造の波及、すなわちメカニズムの機能がどのように伝播していくかに依存している。 波及効果がなく、伝播の速度が速く完全であれば、預金通貨の創造額は理論値と等しく乗数倍となる。このようなメカニズムのいろいろな場合を想定して、マネタリー・ベース増加と貨幣供給量の関係をあきらかにしよう。(中略)
 金融政策は、裁量かルールか? 小さな政府と市場原理への移行は、1990年代の世界経済のキーワードであった。大きな政府による大きな財政支出と市場規制は、財政赤字と国際競争力の喪失を招いた。1980年代以降のイギリス金融ビッグバン、アメリカの規制緩和とサプライサイダーの経済は、大きな政府からの訣別と市況経済への復帰であった。 国家の役割を徐々に減らし、市場の価格メカニズムにその役割を委嘱していったのである。現代の経済政策は、市場メカニズムを重視した古典派経済学に回帰しているのである。
T注  日銀当預は準備金と日銀ネットを通じた取引のための資金とがあり、ベースマネーの内訳も問題にすべきで、単純に準備率の逆数とは言えない。
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『入門マクロ経済学』 第2版 井堀利宏 新世社  2003.11.10
 貨幣供給の総需要を拡大させる効果は、「貨幣乗数」と呼ばれる。(中略)
 貨幣の供給メカニズムでは、中央銀行が直接コントロールできる貨幣であるハイパワード・マネー(あるいは、マネタリーベース)が重要な役割を演じている。ハイパワード・マネーとは、中央銀行の債務項目である現金通貨と預金通貨銀行(=市中銀行)による中央銀行への預け金とを加えたものである。 言い換えると、ハイパワード・マネーは中央銀行の債務の主要項目を形成し、その一部が民間によって直接現金通貨として保有され、残りは、預金通貨銀行の準備となる。
 ここで、貨幣の信用乗数を説明しておこう。一般に、銀行は預金に充てる現金を100%準備しておくことはない。現金で持っていても何の収益を生まないからである。それよりも、貸出に回して収益をあげようとする。中央銀行は、市中の銀行に対して、支払に準備のために現金を中央銀行への預け金の形で、保有するように求めている。 このとき、預金に対する中央銀行への預け金の比率を、預金準備という。現金通貨が、預金準備率の逆数倍の預金通貨をもたらすプロセスは、信用創造と呼ばれている。準備率の逆数は、信用創造の乗数と呼ばれている。(中略)
 いま、預金準備率が10%であるとして、信用創造のメカニズムを説明しよう。現金が10億円だけ増加したとする。これは、さしあたっては、どこかの銀行の預金の増加となるだろう。このとき、銀行は10X0.1=1億円を中央銀行への預け金に回し、残りを貸付に回すだろう。 なぜなら、銀行は貸し付けによって得られる利子率をそのまま収益源としているからである。貸し付けられたお金は、どこかの銀行の口座に振り込まれる。その銀行は、9億円のうち、9X0.1=0.9億円を中央銀行への預け金に回し、残りの8.1億円をさらに貸付に回す。
T注  数字はキチンと正しいものを使った方が良い。教科書ならそうすべきだと思う。
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『マクロ経済学』 新経済学ライブラリ=3 浅井和美・加納悟・倉澤資成 新世社  1993.2.25
 信用創造のメカニズムを理解するために、次の例を考えてみよう。説明を簡単にするために、法定準備率を10%とする。いま、新しく銀行Aに100億円預金されたとしよう。銀行Aは、預金の10%を支払準備として手元に保有し、残りの90億円を企業aへ貸出す。企業aはそれを企業bに対する支払に当て、企業bがこれを銀行Bに預金すると、銀行Bには新たに90億円の預金が増える。 銀行Bは10%の9億円を支払準備として手元に残し、残りの81億円を貸し出す。貸出を受けた企業cはそれを企業dに支払い、企業dは銀行Cに預金する。こうした連鎖を考えると、銀行B、銀行C、と次々に預金が派生し、増加する。(中略)
 総預金と本源的預金の比率(先の例では10)は信用乗数と呼ばれる。信用乗数は、預金準備率の逆数となることに注意しよう。一般に預金準備率をkとすると、信用乗数は1/kとなる。 日本における預金準備率は平均すると、およそ2%程度であり、これをもとに信用乗数を求めると1/0.02=50となる。 したがって、上で説明した信用創造メカニズムが理論通り機能するならば、100億円の本源的預金に対して、5000億円の総預金が創造されうる。(中略)
 単純な想定のモデルを前提にすると、マネーサプライは、ハイパワード・マネーと貨幣乗数の積に等しい。したがって、もし貨幣乗数が安定的であれば、ハイパワード・マネーのコントロールによって、マネーサプライの管理が可能になる。実際、金融政策の責任主体である中央銀行にとっては、マネーサプライの管理が主要な関心事の1つである。
 貨幣供給(とくに、ハイパワード・マネーの供給)が、通貨当局あるいは政府の収入を増加さっせる事実も見逃してはならない側面であろう。これはシーニョレッジと呼ばれた、シーニョレッジが得られるのは、中央銀行の負債が、実質上永久に返済する必要のない負債だからである。
T注  「日本における預金準備率は平均すると、およそ2%程度」ではない。
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『初級・マクロ経済学』 鴇田忠彦・足立英之・藪下史郎 有斐閣  1998.6.20
 日銀は金融機関から入札によって、たとえば1兆円の国債を購入するとしよう。すると1兆円の国債の代金、つまり日銀券が金融機関に支払われる。金融機関はこの1兆円を貸し出すことで利息を得ようとする。 仮に各金融機関は企業などに全額を貸し付けたとしよう。このとき一般的には各金融機関は、各企業の取引先の金融機関(自行を含む)に振り込むことになる。すると各金融機関は預金は1兆円増加したことになる。各金融機関は再びこの預金を貸し付けるのだが、このとき各金各融機関は増加した預金のうち、一定部分たとえば単純化のために10%を、日本銀行に準備預金として保有しなければならない。 この割合が法定準備率である。1兆円の預金増加のうち90%の9000億円だけが、各金融機関にとって貸出可能な金額である。そして再びこの金額を全額貸し付けたとしよう。前と同様に9000億円は各企業の口座に振り込まれ、各金融機関の預金が同額だけ増加する。各金融機関はやはり10%だけ日本銀行に準備預金し、残り8100億円は各企業への貸し付けにまわす。このようなプロセスは、際限なく続いていく。
T注  単純化するなら、「1%」でいい。このように実際よりも大きい数字を使うことによって、「高い準備率のために、貸出が制約される」との印象を与えることになる。
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『経済学 基礎から実戦へ』 中桐宏文 有斐閣  2000.4.10
 ところで、貨幣の供給のメカニズムはどのようになっているのだろうか。(中略)
 民間銀行(信用創造能力をもつ民間金融機関)が行う非金融企業への貸出には、銀行組織全体からみるとき、預金通貨を創り出す独特のメカニズムがある。当初の本源的預金の数倍の預金通貨を創り出すことができる。そのメカニズムは次ぎのようなものである。
 いまある人がP銀行に現金で100の預金(これを本源的預金という)をしたとする。P銀行は、支払準備として100のうち10(仮に支払準備を10%とする)を残し、90を貸出(または有価証券投資)に充てることができる。(中略)
 中央銀行(たとえば日銀)が直接コントロールすることができる貨幣量のことをハイパワード・マネーまたはマネタリー・ベースといい、通貨当局が発行する通貨と民間銀行が中央銀行に預ける預け金の合計がハイパワード・マネーとなる。
T注  数字はキチンと正しいものを使った方が良い。教科書ならそうすべきだと思う。
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『ベーシック/金融入門』 日本経済新聞社 日本経済新聞社  1989.4.10
 銀行の役割は大きく分けて3つあります。1番目は「金融仲介機能」(信用仲介機能ともいいます)。この機能は前節で説明した通り、最終的な借り手と最終的な貸し手を仲介する機能です。この機能を果たすために銀行は預金の受け入れと貸し出しという業務を営んでいます。
 2番目は「決済機能」です。私たちはモノやサービスの代価としておカネを支払います。支払いによって取引は終了するわけですが、この支払い行為が決済です。最も基本的な決済は現金ですが、現金では不便なことも少なくありません。遠隔地にいる人や企業との取引、巨額の取引などを想像して下さい。 大量の現金を持ち運ぶのは大変です。そこで同じ通貨でも第1節で説明した預金通貨が登場します。小切手・手形、クレジットカード、自動口座振替、振込などで決済する方式です。いずれも銀行の預金口座が決済の舞台になります。預金口座を扱っているのは銀行だけで、これが銀行の決済機能の源泉です。
 3番目は「信用創造機能」と呼ばれるものです。銀行は受け入れた預金のうち一定額を支払い準備として手元に置いたり、日銀に預けています。しかし預金すべてを支払い準備にしておく必要はありません。このため銀行は最初に受け入れた預金の何倍もの貸し付けをすることができます。
 まず100万円の預金を受け入れたとします。この預金を便宜上、本源的預金と呼びましょう。銀行はこのうち20万円を支払い準備にあて、80万円を貸し出します。貸し出された80万円はいずれ使われるのですが、とりあえず銀行に預金されます。 この80万円分の預金を派生的預金といいます。派生的預金についても銀行は一定の支払い準備をしたうえで、残りを貸し出します。ここでも借り手がいったん預金すれば、もうひとつ派生的預金ができ、銀行はまた支払い準備の残りを貸し出します。 これを繰り返していけば、銀行は本源的預金の何倍もの貸し出しができるわけです。これが銀行の「信用創造機能」です。もちろん信用創造は無限にできるわけではありませんが、銀行は預金をもとにおカネをつくり出すことができ、それによって経済が円滑に回っていくのです。
T注  数字はキチンと正しいものを使った方が良い。教科書ならそうすべきだと思う。これでは「法定準備率は20%だ」と誤解してしまう。
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<準備率が何パーセントかハッキリさせない教科書> 民間銀行は受け入れ預金額に対して準備金を日銀当座預金口座に積まなくてはならない。けれどもどの程度積まなければならないのか、具体的な数字を書かない教科書もある。 教科書の著者はその率を知らないのではないか?と心配になる。少なくとも、その教科書で学ぶ学生は知らないし、知ろうともしないかも知れない。金融経済学を学ぶ態度がそのようなものなら、「ベースマネーの増減により、マネーサプライが増減する」という神話を疑うこともないだろう。 そうして、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」と同じように、自分では善悪を確かめず、他人の動きに逆らわず、従って行くことになる。
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『金融』 小野善康 岩波書店  1996.1.22
 日本銀行による民間金融機関への貸出しや、民間金融機関の発行する手形の購入によって、日銀から民間金融機関に流れ出た資金は、民間金融機関から企業や家計に貸し出されるか、あるいは民間金融機関による国債、株式、債券などの購入によって、非金融機関に資金が流れていく。こうして非金融部門に流れ出た資金は、その大きな部分が金融機関の預金として再び金融機関に環流してくる。 こうして金融機関に環流した資金は、一定率の預金準備(預金者の預金引き出しに対する準備金)を残しながら、残りは再び貸出しや債券・証券類の購入に使われて非金融部門に戻っていく。こうした金融機関の信用創造プロセスを繰り返すことにより、日本銀行によって発行されたハイパワード・マネーは、その何倍もの貨幣(=現金通貨+預金通貨)として、民間非金融部門に保有されることになる。
 こうした信用創造の乗数を信用乗数と呼ぶが、これについては次項で詳しく論じることにする。なお、預金準備は通常、民間金融機関による日銀への無利子の当座預金(日銀預け金)として保有される。
T注  準備率は日銀のホームページでも、『金融経済統計月報』でも調べることができる。
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『マクロ経済学』 <やさしい経済学シリーズ> 浜田文雄 東洋経済新報社  2002.4.30
 日本銀行は、財政収支や貿易などの国際収支の変動によって、現金通貨が民間に供給される量が多すぎたり不足したりすることが起きないように絶えず調整する責任を負っている。そのために、日本銀行は民間の貨幣市場から余分な貨幣量を吸い上げたり供給を増やしたりする。 そのための手段として、日本銀行は民間が保有する政府発行の証券(政府短期証券や中・長期の国債など)を買い取ったり、短期の銀行間での資金取引をするコール市場への資金の供給を調節したりする。 日本銀行のこのような活動は、政府や民間の取引によって生じる現金通貨の貨幣市場への流出入を政策的に安定化させる役割を果たしている。
 日本銀行は、この他にも民間金融機関への貸出しをするという形での現金通貨供給も行っている。これは日本銀行の民間金融機関への信用供与という。したがって、現金通貨供給の要因は、政府の財政収支と民間の貿易などの国際収支、そして日本銀行の信用供与と貨幣供給総額の調整的な現金通貨の供給の合計であるということになる。 民間に供給された現金通貨の一部は銀行などの金融機関の内部と金融機関以外の民間に保有されることになる。この総額は、貨幣全体のもととなることから、ハイパワードマネーと呼ばれている。
 民間の銀行は、消費者や企業が貯蓄した現金が預金として入ってくると、その一部を預金支払い準備として、残りを貸し出す。こうして貸し出された資金の大半は、いろいろな支払を経てまた預金される。このような預金を銀行の派生的預金という。これに対して、貯蓄から行われた最初の預金は本源的預金という。 本源的預金は銀行貸出しを通じて次々に派生預金を生み出す。これらの預金はすべて現金通貨と同じように貨幣としての役割を果たせるから、これらの預金は預金通貨と呼ばれ、貨幣供給のなかでもかなり大きな割合を占めている。 貨幣供給総額は、現金通貨と預金通貨の合計である。ハイパワードマネーに対する貨幣供給総額の比率は、貨幣乗数と呼ばれている。信用乗数の最近の値は、約13弱である。1997年の貨幣供給残高は、年平均で約570兆円であり、これは同じ年の国内総生産507兆円の1.12倍である。
 日本銀行は、貨幣供給量つまり民間の現金通貨と預金通貨の合計がマクロ経済の規模と比較してちょうど適切な量になるように、民間の貨幣量を絶えず調整することを最重要の課題としている。もし、上に述べたような原因で日本銀行の貨幣供給量が増加すると、日本銀行は、金融市場を通じて手持ちの有価証券を売ったり、民間銀行への資金の貸しだしを抑制したりすることで、民間から現金通貨を引き上げる政策を実行する。 したがって、日本銀行は日本のマクロ経済に対する貨幣供給量を直接・間接に調整しているということができよう。
T注  準備率は日銀のホームページでも、『金融経済統計月報』でも調べることができる。
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『マクロ経済学のナビゲーター』 (第2版) 脇田成 日本評論社  2004.12.20
「銀行は預金を貸し出して、その利ざやで儲けるんだけど、預金を全部貸し出してはならないんだ。何%かは残しておいて、急な引き出しに備えなければならない。このパーセンテージを預金準備率と言うんだ。
 中央銀行は受け身の貨幣供給を行うと考えるのが銀行主義
 マネーサプライは中央銀行が制御できると考えるのが通過主義
 マネーサプライ論争
 「このような貨幣の相異なとらえ方を背景として、バブル期のマネーサプライ急増とその後の急減に対する日本銀行の金融調節方式を巡って岩田・翁の「マネーサプライ論争」が行われた。
 その中で
  岩田規久男教授らが通貨主義の立場で日本銀行のマネーサプライ調節の失敗を追求するのに対し
  日本銀行の翁邦雄は銀行主義的な弁明をとって、決済を円滑に進めるためには銀行の要請に基づき貨幣を受動的に供給するしかないと主張したんだ」
 ──受動的で決まるって言い方だと日本銀行にはもともと金融政策の遂行能力がない、と言っているようなものじゃないですか。
 「こう考えるとマネーサプライ論争とは端的に言って、金融調節を名目金利あるいは「価格」をターゲットにするか、貨幣供給量あるいは「数量」をターゲットにするかの論争であると言っても良いのかもしれない。
 実はこのような論争は過去にも繰り返されているのだけれど、ここで疑問なのは、たとえどのような調整メカニズムであったとしても、異常な資産価格の上昇は金融政策の失敗以外のなにものでもないはずなのに、なぜ同じような論争が繰り返されるのか、と言うことだね」(中略)
金融政策運営の「3段階アプローチ」
 政策手段  中央銀行貸出金利操作、準備率操作、市場操作
  ↓
 操作目標  ハイパワードマネー、準備量、短期金融市場金利
  ↓
 中間目標  マネー・サプライ、信用量、長期金利
  ↓
 最終目標  物価安定、経済成長と雇用増加
T注  準備率は日銀のホームページでも、『金融経済統計月報』でも調べることができる。 「なぜ同じような論争が繰り返されるのか」と言えば、経済学者業界の人たちが、日銀関係者の言うことを理解しようとしないから。
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<準備率以外のいろいろな問題点> 「景気対策、日銀にできること、できないこと」と題して日銀に関する問題を扱った。基本的な態度は「日銀に対するいわれなき批判と、多大な期待があるようなので基本的なことを押さえておこう。」 ということで書き始めた。インターネットの掲示板などで、日銀に対して多大な期待をしている意見が見受けられたからだ。「アマチュアだからしようがない」と思いながら書いたのだが、経済学者業界でも日銀に対して過大な期待を持っている人がいるようだ。 「日銀はベースマネーをコントロールし、それによってマネーサプライをコントロールする」との期待がある。期待していいのか、悪いのか、それにはマネーサプライが増加する仕組みを理解する必要がある。学生にその仕組みを説明せず、日銀に対する期待を書いている教科書もある。 そうした点も含めて、準備率以外に問題がある教科書を取り上げてみた。
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『はじめて学ぶ金融のしくみ』 家森信善 中央経済社  2004.12.10
 貨幣乗数の考え方に基づきますと、中央銀行の作り出したマネタリーベースに対して、乗数倍のマネーサプライが生み出されることになります。なお、貨幣乗数については8.1節で詳しく説明します。(中略)
 マネーサプライと経済活動の関係が弱まっている理由としては、@金融システム危機による金融機関の貸出能力の低下、Aゼロ金利によって他の金融資産とマネーとの代替性の高まりなどが指摘されています。
 このようにマネタリーベースの変化によって経済活動に影響を与えるという金融政策の有効性は、貨幣乗数の観点でも貨幣の流通速度の観点でも低下しているということになります。
 前節で見たように貨幣と経済活動の関係は近年弱まり、また不安定化しています。5.4節で金融政策の効果波及のメカニズムに対して、銀行の貸出を通じるルートを強調するクレジットビューという見方があります。
 クレジットビューの立場から見ると、金融政策の効果が弱まっているのは銀行の信用創造機能が低下しているからだと言うことになります。簡単に言えば、お金が余っていても銀行が貸出を行わないので、企業が投資を行えないというわけです。 実際、バブル崩壊後、銀行貸出は減少を続けています。
 また、銀行の信用創造機能(預金1からどれだけの貸出が生み出されているか)は1999年頃から急激に低下しています。こうした銀行の信用創造機能の低下が、金融政策の効果を大幅に低下させたために、資産担保証券の買入オペのような「非伝統的な」手法を日本銀行が採用せざるを得なくなったのです。
T注  「ベースマネーの増減により、マネーサプライが増減する」という神話を正当化しようとして、いろいろ新しい新しい理論を生み出そうとする。まるで、ウソをついて、それをごまかすために新たなウソをつくのに似ている。 「ベースマネーの増減により、マネーサプライが増減する」のではなくて、「マネーサプライの増減により、ベースマネーが増減する」と言えば、問題は解決するのに……
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『マクロ経済学入門講義』 田中宏 慶應義塾大学出版会  2002.2.1
 ではハイパワード・マネーの大きさを規定する要因はなにか。ハイパワード・マネーを発行するのは中央銀行のみであるから、このことは中央銀行がどのような事由によってハイパワード・マネーを発行するかということである。 それは、(a)外貨の買い入れ、(b)民間銀行への貸出の増加、(c)公開市場での債券・手形の買い操作である。ハイパワード・マネーを減少させるのはこの(a),(b),(c)の各項目が逆の動きをするときである。つまり(a)外貨の売り出し、(b)民間銀行への貸出の減少、(c)公開市場での債券・手形の売り操作である。これらはハイパワード・マネーの源泉 (sources) であり、いわばハイパワード・マネーの供給面を指している。 
T注  日銀がオペによりベースマネーを増減させるのは確かだけれど、各銀行は日銀借入を増減させたりして、ベースマネーを増減させることもできる。そうした民間銀行の動きを日銀が規制することはできない。
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『入門 金融』 (第3版) 黒田晃生 東洋経済新報社  2002.5.24
 一般に中央銀行の金融調節は、第4章で登場したハイパワード・マネーの需給を調節することによって、短期金融市場金利(略して短期金利)をコントロールすることと言い換えることができます。 ハイパワード・マネーは、民間金融機関が保有している中央銀行当座預金(および、手持ち現金通貨)と企業・家計などが保有する現金通貨の合計として定義されます。そして、そうしたハイパワード・マネーを供給できるのは、銀行券の独占的発行者であり、また中央銀行当座預金(準備預金を含みます)の提供者である中央銀行なのです。 以下では中央銀行の例をとって、ハイパワード・マネーの需給均衡によって、短期金利が決定されるメカニズムについて解説します。
T注  金融政策の基本姿勢として、@短期金利を操作する。Aマネーサプライを操作する。の2つがある。@は日銀の考えで、Aは経済学者業界の人たちの考えだ。ハイパワード・マネーという言葉を使うのは業界人で、短期金利を問題にするのは日銀当局。この説明は両者の考え方の違いを一緒くたにしている。
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『金融論』 増補改訂版 柴沼武 創成社  1999.3.31
 そもそも現実の日本銀行券の増減は、日本経済における所得、消費、投資等の動き、つまり経済実体面からの需要によって左右される面の方が強いのである。したがって、金融市場の動きをみる限り、国際収支の動き、財政収支の動き、民間からの日本銀行券の需要の動き、などを反映した日本銀行券への総需要の大きさが金融市場の外部から与えられ、 それに基づく金融市場での需給関係の過不足が、最終的な貸し手としての日本銀行の日本銀行券供給によって調整されるとみるほうが現実的であろう。
 そうであるならば、日本銀行の銀行券供給の自立性はまったくないのであろうか。そうとは言えないであろう。日本銀行は、金融政策を通じて国内の実体経済(とくに景気)を調整し、実体経済面から発生する資金需要を動かすことによって、間接的にタイム・ラグを伴う銀行券の発行量・供給量を調節することができるはずである。 金融政策の意義もまたここにあるのである。さらに日本銀行は、金融行政・金融政策を通じて、銀行貸出を中心に民間金融機関の行動を動かし、預金通貨も含めたマネーサプライ全体をコントロールすることもできよう。つまり、預金通貨量に引きずられがちな現金通貨量を、預金通貨量のコントロールを通じてある大きさに制限することができるのである。 このような点からみて、日本銀行は銀行券の増減について当然その責任が問われることになろう。
 現在では、中央銀行は銀行券の供給をほぼコントロールできるとする見方が通説となっている。
 また、より広義の貨幣としてのマネーサプライの発生の基礎となるものとして、ハイパワード・マネーあるいはマネタリー・ベースと呼ばれる概念が注目されるようになった。これは、現金通貨発行高に金融機関の中央銀行への預金を加えたものである。 中央銀行はこのハイパワード・マネーをコントロールできるかどうかについては、種々の議論もあるが、それはほぼ可能であるというのが多くの研究者の見方である。(中略)
 さて、マネーサプライは上述の貨幣乗数とハイパワード・マネー供給量の積に等しいわけだから、もし貨幣乗数が安定的で一定の係数であり、しかも中央銀行がハイパワード・マネーをコントロールできるとすれば、中央銀行はマネーサプライをコントロールすることができることになる。
 ハイパワード・マネーの供給に関しては、それは市場での需要動向に応じたものであるため、中央銀行は一方的に決定することはできないとする見方もあるが、現在ではすでに述べたように、金融政策等を通じて中央銀行はそれをほぼコントロールすることができるとする見方が有力となっている。
T注  大切なのは、赤信号でみんなが横断歩道を渡っているかどうか?ではなくて、交通ルールでは赤信号とはどういうことか?渡っていいのか、悪いのか?あなたはどのように考えますか?ということだ。
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『経済学入門』 21世紀型文明をどう築くか 正村公宏 筑摩書房  1999.5.25
 民間金融機関が保有する現金通貨と民間金融機関が中央銀行に預けている当座預金は、民間金融機関が顧客から受け入れている預金のために支払準備である。 民間金融機関は、支払準備の何倍かに預金残高と貸出残高をもつ。何らかの原因で中央銀行券の発行残高や民間金融機関が中央銀行にもっている当座預金の残高が増加すれば、支払準備が増加するから、民間金融機関の預金残高と貸出残高も増加する。 新しく貸し出された資金は、多くの場合、企業や個人の資金となり、預金通貨として使われる。 現金通貨と民間金融機関が中央銀行に預けている当座預金は、預金通貨の基礎であり、その増減は何倍かの預金通貨の増減を伴う。 そのため、「ベース・マネー」 (base money) または「ハイパワード・マネー」 (hight-powered money) と呼ばれている。
T注  経済学の入門書ではあるが、金融問題は大きなテーマではないので、簡単に書き流している。その程度なので、あまり突っ込むのは止めにしておこう。
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『現代マクロ経済学』 吉川洋 創文社  2000.8.15
 マネーサプライの90%以上は「預金」であり、マクロ的に預金量を変化させる主因は民間銀行による貸出しである。したがって、日本銀行はマネー・サプライを直接コントロールすることはできない。 しかしハイパワード・マネー(現金通貨プラス預金準備)の供給量をコントロールすることを通して、中・長期的にはマネー・サプライをコントロールすることができる。 これがスタンダードな考え方である。有名な「信用乗数」の公式はこうした考え方を要領よく表現したものである。
T注  「これがスタンダードな考えで、私は自分の意見を持たないので、スタンダードな考えを採用します」と言っている。
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『ベーシック マクロ経済学入門』 井上歳久 プレアデス出版  2005.2.28
 いま、ハイパワード・マネーとして1,000の通貨が市中に供給されたとする。これを受け取った人は、銀行に預ける。預けられた銀行は、利ザヤを稼ぐために一定の準備率(例えば預金の10%)を銀行に残して残部を他人に貸し出す。 貸し出された人はこれを自分の口座のある銀行に預け入れる。その銀行は、同様に一定の準備金(10%)を残して他を別の人に貸し出す。この連鎖が無限に繰り返される。
 ここで、銀行に残った現金と預金のそれぞれの計を計算してみよう。銀行に残った現金の計は1,000であり、ハイパワード・マネーと一致する。しかし、預金として創造された金額は10,000であり、ハイパワード・マネーの10倍の通貨が創造されている。これが銀行システムによる通貨創造である。(中略)
 日銀は、4章で述べた理論モデルとは異なり、ハイパワード・マネーを直接コントロールするのではなく、公開市場操作などにより「短期金利」を目標に誘導することによりマネーサプライを間接的にコントロールし、通貨価値の安定などの最終目標を達成しようとしている。 日銀に関する各種の著述から推定すると、日銀の金融政策に関するスタンスは以下である。
@) マネーサプライ(M2+CD)とは、預金通貨が主な要素であり、それは銀行の信用創造行動や企業・家計などの資産選択行動の結果として定まる。日銀は、それを間接的にコントロールしうるにすぎない。
A) ハイパワード・マネーを直接コントロールすることはできない。短期金利を変化させることによりマネーサプライを変化させて、最終的な目的を達成する。
B) 日銀の政策遂行の方法は、市場の自由取引を前提として、それに悪影響を与えないように、市場参加者の一員として市場に影響を与える方法で行われる。
 この日銀理論を、通常の貨幣乗数アプローチと対比してみよう。
 貨幣乗数アプローチ(理論モデル)では、操作手段は準備率操作などによる「ハイパワード・マネーの供給量」であり、これを変化させることによって市中にはハイパワード・マネーの乗数倍の通貨が供給され、利子率が下落して投資が促進されGDPの増加につながる。
 これに反して日銀理論では、短期市場金利であるコール手形レートを至近の操作目標とし、これと中間目標であるマネーサプライ、および最終目標としての物価安定やGDPの水準の間に安定した関係を仮定し、公開市場操作や公定歩合の変更などを通じて至近目標であるコール手形レートを操作し、金融政策の最終目的である物価安定や経済成長を実現させようとする。これは「金利政策」である。
 しかし、この金利政策も時代とともに変化している。1975年(s.50年)以降、日本では様々なオープン市場が発達し短期金融市場の規模が拡大した。これによってコール手形市場の占める比率が低下し(79%/1976年→40%/1997年)、至近目標であるコールレートが次第に周辺のオープン市場の金利の影響を受けやすくなり、日銀はコールレートを早期に特定の水準に誘導することが困難になった。 また、1980年代の後半には中間目標であるマネーサプライ(M2+CD)の予測値と実績値が大幅に乖離するようになり、日銀はマネーサプライを中間目標として政策を運営することが困難になった。このため、1980年代後半以降、日銀では様々な指標を見ながら政策の効果を総合的に判断する方式に移行したといわれる。
 その後、デフレ対策としてマネーサプライを増加させることを目的に、コール市場の翌日物金利をゼロに誘導するゼロ金利政策が採用された。さらに、日銀は金融政策の誘導目標をコールレートから、市中銀行が日銀に持つ当座預金の残高に変更する金利政策から量的緩和政策への転換である。 量的緩和政策の初期には銀行の当座残高が5兆円となるように調整が行われた。その後これは増額され2004年1月には当座残高の目標は30〜35兆円となっている。しかし、この量的緩和政策は、その効果や影響が未知の分野である。
T注  「(例えば預金の10%)」も問題だけど、通貨が増えることと、利子率が低下することは同時に起こることではないと思う。@ベースマネーが増えることによって利子率が低下する、と言う日銀の考えと、Aベースマネーが増えることによってマネーサプライが増え、それによってデフレを脱却できる、との「貨幣乗数アプローチ(理論モデル)」の考えがあるのだと思う。 両者の考えが混ざって書かれている、と思う。
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『現代金融論講義』 藤原賢哉・家森信善 中央経済社  1998.4.15
 まず、Aさんが手持ちの資産を中央銀行に売却して現金100万円を受け取り、それをB銀行に預金したとしよう。B銀行はその資金の一部を手元に残して、残りの90万円を企業Cに貸し付ける。 貸付を受けた企業Cは、この90万円を全部企業Dへの支払に充てる。90万円を受け取った企業Dは、銀行Eは、先の銀行Bと同様に、一部を手元に残して、残りの81万円を企業Fに貸し付ける。以下同じようなことが無限に続いていく。
 このプロセスを預金(マネーサプライの構成要素)の増加で整理してみると、まず、Aさんの100万円の預金があり、次に、企業Dの90万円の預金がある。以下、81万円、72.9万円、65.61万円……と無限に預金が行われることになる。 このように当初の100万円の預金(本源的預金と呼ぶ)が、結局いくらの預金を誘発しているかは、無限等比級数の和の公式を使って簡単に求めることができる。
 上記の例では、100万円の本源的預金は10倍の1000万円の預金(マネーサプライ)を生み出すことになる。このようにマネタリーベースの何倍ものp貨幣が創造されるので、このメカニズムを貨幣創造と呼んでいる。ちなみに、この倍数(ここの例では、10)を貨幣乗数と呼んでいる
T注  日本銀行は個人と直接取引はしない。
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『目からウロコの経済学』 山崎好裕 ミネルヴァ書房  2004.11.20
 法定準備率が1%、民間の現金預金保有比率が11%だったとしよう。マネタリーベースが69兆円であるとき、マネーサプライはいくらか。 
 中央銀行は、いろいろな方法でマネーサプライを調整することによって、お金の量を経済の大きさにふさわしいものにしたり、経済に制限を与えたりする仕事をしている。だが、この場合、民間の持ち物である預金に直接手をつけることはできないから、間接的な手段に頼らざるをえない。 中央銀行が比較的直接手を下せるのは自らが発行している現金通貨と、民間銀行の預金の一定の割合を中央銀行に預け入れることが法律で決まっている預金準備である。これら2つを合わせた呼び名がマネタリー・ベースだ。ベースマネーとかハイパワード・マネーともいったりするが、すべて同じものを指している。
 例の計算は、預金を基準にして考えるとわかりやすい。預金1に対して、預金準備は0.01、現金は0.11だから、マネタリーベースの割合は0.12にあたる。マネーサプライは同様に1.11になる。したがって、69を0.12で割って預金の合計金額が出て、これを1.11倍すればマネーサプライが求められる。マネーサプライは638兆2500億円である。(中略)
 日銀が買いオペでお金を提供すると、銀行間でお金を貸し借りする必要がなくなるのでコールレートが下がるということで影響がでる。しかし、近年日本では、日銀の度重なる金融緩和でコールレートがゼロまで下がって久しい。だから、すでに述べたように、日銀が現在、日銀当座の金額に直接目標を立てて、マネーサプライの増加をそれによって図ろうとしているのである。
T注  算数のクイズ問題としてはいいだろうが、ベースマネーとマネーサプライの関係はそれほど簡単ではない。
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『新しい日本経済講義』 新保生二 日本経済新聞社  2004.1.5
 量的緩和の効果を巡っては意見が大きく分かれているのが実情です。過去においてはマネタリーベース増加率とマネーサプライ増加率の関係は密接でした。ところが、バブル崩壊後この関係が乱れてきています。
 90年代に入ってからマネーサプライ増加率がマネタリーベース増加率を下回る傾向が見られます。言い換えれば、貨幣乗数(=マネーサプライ/マネタリーベース)の低下傾向が見られるということです。 とくに日銀は2001年春先から「量的緩和政策への転換」を表明し、現実にもマネタリーベースの増加率を大きく高めてきていますが、それに見合ってマネーサプライ増加率が高まっていません。
 まず、90年代に入ってから貨幣乗数の低下傾向が見られる理由を考えてみましょう。1つは、銀行貸出が過剰の状態にあるため、それを是正するために銀行貸出が傾向的に減らされていることが、貸出を伸びにくくし、貨幣乗数を引き下げているのかもしれません。もう1つは、不良債権問題が深刻でそのために貸出態度が慎重化し、やはり貨幣乗数を引き下げるように作用しているのかもしれません。
 このようにマネタリーベース増加率とマネーサプライ増加率の関係が変わってきたのは事実ですが、その程度をしっかり把握する必要があります。 というのは、関係が全くなくなったのであれば、マネタリーベースを増やす政策をやる必要はありません。しかし、関係が弱くなっただけであれば、マネタリーベースを強力に増やす政策をとる必要があるからです。
 ここからは、ややめんどうな式や計算が出てきますが、決して難しいわけではありません。189ページまでは、実際に貨幣乗数が低下していることを理論的・実証的に確かめる作業です。(中略)
 つまり、マネタリーベース増加がマネーを増やす効果が小さくなったというのは事実ですが、ゼロになったということではないということです。このことは重要です。効果がゼロになったのなら、量的緩和という政策は取る意味が有りません。しかし、その効果が小さくなったということであれば、全く話は別です。より思い切って量的緩和を進めるべきだという結論になるからです。(中略)
 金利がゼロに張り付いていても、日銀は貨幣を創出することはできます。その例として彼(ヘッツル)は次の2つの方法を挙げています。
 1つは、日銀が財務省の預金を増やす形でマネタリーベースを増やし、財務省はその預金で個人に小切手を郵送するという方法です。(中略)(T注 かつて公明党が主張して実施された「地域振興券」と同じ発想。関係者なのかな?)
 金利ゼロの状況で貨幣を創出するもう1つの方法は、日銀が国債、社債、株式などを買い入れることによりマネタリーベースを増やすことです。日銀が買い入れる資産が貨幣と完全に代替的でない限り、個人に対する小切手の送付の例と同じように、過剰なマネーサプライを創出することによりポートフォリオ・リバランシングを引き起こし、名目GDPを増やすことができます。
T注  「ベースマネーの増減により、マネーサプライが増減する」という神話を正しい理論として守り通したいのだろうが、これは宗教の問題ではない。目を見開いて、違った観点から神話を眺めてみましょう。
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<せっかく良いところに目を付けたのだから、もっと突っ込んで書いて欲しかった> せっかく、他の教科書の著者が取り上げない問題に目を付けているのだから、もっと突っ込んで書いて欲しかった教科書がある。そのような教科書を取り上げてみた。
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『金融政策の有効性と限界』 90年代日本の実正分析 細野馨・杉原茂・三平剛 東洋経済新報社  2001.3.20
 信用乗数はマネーサプライとマネタリーベースの比で表される。マネタリーベースは、中央銀行が他の経済主体に対して提供する決済手段であり、具体的には日銀が発行する現金と、銀行が日銀口座に保有する準備預金とからなる。
 これに対しマネーサプライは、日本銀行を含む銀行部門が民間非金融部門(企業・家計・地方公共団体)に提供する決済手段(もしくは容易に決済手段に転換し得るもの)である。 日本の代表的なマネーサプライ指数であるM2+CDには、現金のほかに、企業や家計が決済に用いる当座預金や普通預金、それらに容易に転換できる定期性預金が含まれている。
 中央銀行によるマネタリーベースの提供がマネーサプライに影響を与える過程は次の3段階に整理される。
 (1)金融調節:中央銀行がマネタリーベースを銀行部門に提供
 (2)信用供与:銀行が資金を貸出等により企業や家計に提供
 (3)貨幣需要:銀行から提供された資金を最終的に企業や家計が現預金として保有
 この場合、(3)のステップで資金が預金として銀行部門に環流すれば、銀行はそれを再び貸出等にまわす(2)の信用供与を繰り返せるから、マネーサプライはマネタリーベースの増加分以上に増大する。 これを信用創造といい、中央銀行がマネタリーベースの供給を増やしたときにマネーサプライが信用創造を通じて何倍増えるかを示すのが信用乗数である。
 マネーサプライをターゲットとする量的金融政策では、中央銀行が密接にコントロールできるマネタリーベースと、ターゲットとするマネーサプライとの間に安定的な関係が存在していること、すなわち信用乗数が安定していることが重要である。
 近年の信用乗数の同行を概観してみると、信用乗数は1992年ころから低下傾向にあり、特に95年後半から低下の度合が著しくなっている。97年末から98年にかけては、マネタリーベースは前年比10%近い高い伸びを示したにもかかわらず、マネーサプライは3〜4程度の伸びに留まっていた。 すなわち、日本銀行が積極的にマネタリーベースを供給しても、信用乗数の低下によって、それがマネーサプライの増加に結びついていなかった。98年末から99年初には、マネタリーベースの伸びは5%程度のまで鈍化する一方、マネーサプライは引き続き3〜4%程度の堅調な伸びを示し、信用乗数にも下げ止まりの様子がうかがえたが、ゼロ金利政策がとられた99年4〜6月期以降は再び信用乗数が低下を初めている。(中略)
 改めて「信用乗数の要因分解」を考えてみると、銀行部門の現金/預金比率要因の変動は比較的小幅なものにとどまっているのに対して、同じ銀行部門でも、準備/預金比率は時に信用乗数の大きな変動をもたらしている。1986年、1991年の預金準備率の改訂も、信用乗数の上昇に大きく寄与している。
 最近においては、法定準備を超えて準備の増しが行われるというきわめて異例な事態が発生しており、信用乗数のいっそうの低下をもたらしている。銀行が超過準備を積み増している背景には、先に見た金融システム不安定化の影響に加えて、ゼロ金利政策により準備保有の機会費用が著しく低下していることがあろう。
T注  「預金準備率の改訂によって信用乗数が変化する」という点に気づいたのだから、もう少し突っ込んで考えてみて欲しかった。 「何故、預金準備率が変わると信用乗数が変わるのか?」と疑問を持つと、「そうか、マネーサプライの増減が、預金準備率に従って、ベースマネーの増減になるのだ」と分かるはずだ。折角他の業界人の気づかない点に気づいたのだから、もっと考えて欲しかった。
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『マクロ経済学と金融』 石橋春男・関谷喜三郎 慶應義塾大学出版会  2002.6.20
 第4章で述べましたように、マネーサプライを変化させる最も重要な要因は民間金融機関の貸出ですが、この民間銀行貸出と金融政策によるハイパワード・マネーの調節を結びつけるのが、準備預金制度です。
 金融機関は預金、金融債、信託元本などの一定割合を日本銀行に当座預金として預けることを義務づけています。その割合を準備率といいます。準備率は、金融機関の種類、預金量、預金の種類によって異なります。たとえば、現在銀行の2.5兆円超の定期性預金に対する準備率は1.2%となっています。……………      現在の主要な金融機関の準備率は表1のようになっています。(T注 正しい準備率準備預金制度における準備率▲と同じなので、表は省略した。珍しく正しい数字を表示している教科書だ)
 金融機関は、1カ月単位で準備金を積み立てる必要があります。準備率の平均残高は月ごとの預金額の平均残高に準備率を掛けて計算されます。ただし、準備額を実際に積み立てる機関は、その月の16日から翌月の15日までとなっています。 つまり、準備預金の積み立て機関は準備額の計算対象機関から半月遅れています。
 金融機関は、準備額のすべてを日本銀行の当座預金として積み立てることを義務づけられており、金融機関の手持ちの現金通貨は準備額としては認められていません。積み立て期間中に準備額が不足した場合には、不足額に対して公定歩合プラス3.75%の過怠金が課されます。
 この日本銀行当座預金に積み立てられる準備金には利子が付きませんので、金融機関は利子の付かない準備率に見合うぎりぎりまで圧縮しています。ただし、金融機関の準備金には日々過不足が生じます。たとえば、家計や企業が銀行から預金を引き出しますと準備金は減少しますし、預金の預け入れがあると準備金は増加します。 また、公共投資の資金が政府から民間企業に支払われますと、企業はそのお金を銀行に預金しますので準備金が増えることになります。さらに、日常的に銀行間で手形交換尻の勝ちの金融機関は準備金がそれだけ増加しますが、負けの金融機関は減少します。そこで、準備が不足した銀行は、準備に余裕がある銀行から短期的に資金を借り入れることによって不足を調整していますし、準備率を上回る準備金がある銀行はそれを不足した銀行に貸すことによって金利を稼ぐことができます。 こうして、銀行間では準備金の過不足が調整されていきます。金融機関が相互に短期資金を融通し合うこの市場が、前章でみたコール市場です。ここで成立する金利をコール・レートといいます。これは短期金利の代表的なものであり、日本銀行が金融政策の目標としている重要な利子率です。(中略)
 これまで、金融政策として日銀の金融緩和による利子率の低下を中心にみてきました。それは、金融緩和政策によって利子率を低下させることができれば、それによって民間投資に影響を与え、それが総需要の増加を通じて国民所得を拡大させることになるというものでした。
 しかしながら、バブル崩壊後の日本経済のように、金利を低下させても民間投資がすぐには活発化せず、長期に渡って景気が低迷する場合もあります。ここにおける民間投資の低迷は、金利よりも不良債権を背景とした銀行の「貸し渋り」や資金の借りてである企業の「バランス・シートの悪化」に起因していると考えられます。 とくに、金融機関の貸出能力の低下は、企業の資金調達にとって大きな制約となり、ひいては実行できる投資規模を制約することになります。こうした面から、金融が実体経済に与える点を重視する見方を、クレジット・ビューといいます。
T注  1.2%は正しい。けれど、ここは銀行貸出を問題とするところだ、どうせなら、定期性預金ではなく、その他の預金(当座預金や普通預金)の1.3%を紹介して欲しかった。銀行貸出を受けた企業は定期預金には預けない。
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『金融』 {新版} 池尾和人・岩佐代市・黒田晁生・古川顕 有斐閣  1993.2.20
 銀行(預金取扱い金融機関)は、資金貸借の仲介機関であると同時に、貨幣の供給機関であるということから、信用創造と呼ばれる能力を持つことになる。すなわち、貯蓄の形成を先取りする形で前もって資金を貸し付ける能力を持つ、次ぎに、この信用創造という現象について取り上げよう。
 銀行が貸出を行う場合、貸出金は、その銀行に設けられた借り手の預金口座に振り込む形をとる。すなわち、銀行から見れば、貸出とは、直ちには貸出額に相当する数字を預金口座にに記入することにすぎない。したがって、この限りでは紙とインクさえあれば、銀行は、いくらでも貸出を実行できることになる。
 もちろん、借り手は、預金口座に記入された数字を楽しむために借り入れたのではないから、その預金は直ちに支払いに当てられるであろう。しかし、支払いが預金振替の形をとる限りは、預金口座の間の転記が生じるにすぎない。転記が異なった銀行間で行われた場合には、個々の銀行レベルでは資金過不足が発生することになるが、そうした資金過不足は、銀行相互間の貸借によって調整可能なものにすぎない。 それゆえ、まだこの段階では、少なくとも銀行部門全体としては、紙とインクさえあれば貸出を実行できるという事情に変わりはない。預金が払い戻され、実際に現金との交換が請求される段階になってはじめて、銀行は現金準備を必要とするのである。
 だが、通常その額は、当初の貸出金のごく一部でしかない。というのは、非銀行部門にとって、預金は決済手段であると同時に貯蓄手段であるために、銀行の貸出金の大部分は、現金への交換を求められることなく、いずれかの主体によって預金の形態のまま保有されることになるからである。 そのため、銀行は手持ちの現金準備の何倍もの貸出を行うことができる。これが、信用創造と呼ばれる事態にほかならない。(中略)
 再度確認すると、信用創造が可能であるのは、銀行の貸出金の大部分が直接・間接に預金の形態のままで保有されることになるからである。ただし、このとき預金を保有する主体は貯蓄を行っているのだという点は、忘れてはならない。先に信用創造について「貯蓄の形成を先取りする形で」と述べたのは、この点を示唆するためである。
 すなわち、信用創造は、無から有を生じるものではなく、貯蓄の先取りにすぎない。それゆえ、銀行部門の行う信用創造の大きさが、非銀行部門の意図する貯蓄額を上回るものであれば、いわゆる「貨幣の過剰、資金の不足」という事態に陥ることになり、銀行は予定以上の現金流出に見舞われるか、インフレによる強制貯蓄(消費の抑制)の発生が見られることになろう。
 逆に、銀行部門の行う信用創造が過小なものであれば、決済手段の不足から取引活動の円滑な遂行が困難になり、経済活動の収縮が帰結しよう。まさに銀行部門による信用創造は、非銀行部門の貯蓄形成意図を的確に反映するものでなければならないのである。 しかし、民間銀行の自主的な行動に委ねるだけで、信用創造は適切な範囲に収まるであろうか。
 この問題について詳しくは、第6章と第7章で学ぶことになる。しかし、金融政策の最も基本的な原理は、すでに見た信用創造の公式の中に示されている。すなわち、民間銀行の信用創造は、ハイパワードマネーの供給量によって制約されているということである。そして、ハイパワードマネーの量は、その独占的な供給者である中央銀行の行動によって変化する。
 営利(利潤の最大化)を目的とした企業体であるという点では、銀行(預金取扱い金融機関)は、非金融の事業法人と何ら変わるところはない。したがって、銀行の行動についても、標準的な経済学における企業行動の理論を採用して分析することができる。 すなわち、銀行行動は、制約付き利潤最大化問題の形に定型化できる。そこで、まず銀行の行動が従わなければならない制約条件について見ていくことにしよう。(中略)
 以上のように、銀行の貸出および預金吸収の決定は、インターバンク市場金利の水準によって大きく規定される。しかし、インターバンク市場金利の水準自体は、同市場における需給関係を反映するものであり、その需給関係は、銀行の貸出および預金吸収の決定と密接に連関している。(中略)
 先に見た信用創造の公式の背後には、こうしたインターバンク市場の金利機構を通じたハイパワードマネー供給と銀行行動の関連が存在している。すなわち、ハイパワードマネー供給の増加が貸出の増加につながるのは、前者が貸出の機会費用にあたるインターバンク市場金利を引き下げ、銀行にとって貸出増加を有利なものとすることを通じてに他ならない(逆は逆である)。
T注  現代では、銀行は多額の預金が預け入れられなくても、日銀からの資金提供がなくても「紙とインクさえあれば、銀行は、いくらでも貸出を実行できることになる」のです。銀行貸出を規制するのは、ハイパワード・マネーなどではなくて、「紙とインク」と「企業の借入意欲」なのです。それなのに「民間銀行の信用創造は、ハイパワードマネーの供給量によって制約されているということである」と言う。 他人の顔色は気にしないで、「紙とインクさえあれば、銀行は、いくらでも貸出を実行できることになる」との考えを主張してください。
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『マクロ経済学と日本経済』 松川周二 中央経済社  2001.4.1
 民間銀行は市民からの銀行券の預金を受け入れる。いまA氏が100ポンドをX銀行に預金したとする、X銀行は、預金された100ポンドのうち、引き出しに備えて、たとえば20%の20ポンドを現金準備として、残り80ポンドをB氏に貸し付ける。B氏は、この80ポンドをC氏への支払いにあてると、C氏はこの80ポンドを自分の口座のあるY銀行に預金する。 するとY銀行もX銀行と同じように、その20%である16ポンドを現金準備として、残りの64ポンドをD氏に貸し付ける。D氏も、この64ポンドをE氏への支払いにあて、E氏はZ銀行に64ポンドを預金する。
 このように、銀行組織が預金受け入れ額の一定割合を現金準備として引き出しに備え、残りを貸し付けていくと、貸付額と預金額は、減衰しながらも、無限級数的に増加していく。これが銀行組織による信用創造と呼ばれる預金通貨の創出である。
そこで一般的にある銀行への現金による預金(本源的預金)のC(ポンド)は、現金準備率をとすると、預金総額、貸付総額は、それぞれ、
  D=C+(1−r)C+(1−r)(1−r)C+………
  L=(1−r)C+(1−r)(1−r)C+………

 となり、それぞれの無限級数の和は、
  D=(1÷r)C、L={(1−r)÷r}C  (D=L+C)

となる。ここで(1÷r)を信用乗数といい、もしえが0.2ならば、本源的預金の5倍の預金が生じることになる。なお、銀行への預金が「預金通貨」とみなされるのは、普通預金や当座預金は、いつでも要求に応じてすぐに現金化し、支払い手段として用いることができるからである。
 以上が、信用創造のシンプルな説明であるが、現実はやや異なっている。というのも今日では、金額的には現金の使用はきわめて僅かであるために、銀行は預金額とほぼ同額の貸付が可能であり、 時として r≒0 となるため、貸付総額および預金総額は無限大となってしまう。
T注  現代日本では「貸付総額および預金総額は無限大となってしまう」ことがあるのです。ベースマネーの増減に関係なくマネーサプライが増減するのです。 しかし、銀行貸出が増えれば、預金総額が増え、準備率に従って、日銀当預を増やさなければならない。それによりベースマネーが増える。つまり、マネーサプライの増減によりベースマネーが増減するのです。 そうした正しい答えの直前まで来たのだから、もう一歩前に進んで欲しかった。
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『金融論』 堀内昭義 東京大学出版会  1990.4.25
 マネーサプライを中央銀行のコントロールという観点から定義する場合には、これまでに説明したよりももっと狭い範囲の定義が可能である。これはハイパワード・マネー、あるいはベース・マネーと呼ばれるものであり、中央銀行の貸借対照表における主要な負債項目によって構成される。表は単純化された日本銀行の貸借対照表であるが、以下の説明を理解するためには、この貸借対照表の構成を頭に入れておくことが必要である。
  表 日本銀行の単純化された貸借対照表(1987年末) 億円 
     資産               負債
 ───────────────────────────┬────────────────
  貸出金         65,668 │  銀行券     291,868
  国債         196,402 │  金融機関預金   30,002
  (うち政府短期証券  138,391)│  政府預金     3,153
  買入手形        47,993 │  
  その他         37,335 │  その他      22,375
 ───────────────────────────┼─────────────────
  合 計        347,398 │  合 計     347,398  
 ハイパワード・マネーは、民間部門(民間の金融仲介機関を含む)が保有する銀行券および補助貨幣と対象金融機関が保有する日銀への預け金(金融機関預金)の合計額で定義される。 ただし、日本銀行の調査統計局の公式統計のなかにはハイパワード・マネーという概念は存在しない。不思議に思われる読者も多いだろうが、日本銀行の関係者は従来から、ハイパワード・マネーという概念を重視してこなかったのである。
 しかし、それのもかかわらず、専門家の多くはこの集計量を重要だと考えている。その理由は、主として次の2つに求められる。(a)ハイパワード・マネーは、それ自体が決済手段であるばかりでなく、すでに紹介した各種の貨幣供給量を規定すると考えられること、(b)その供給量は、原理的には、中央銀行の裁量によってコントロールしうること。
T注  「専門家の多くはこの集計量を重要だと考えている」としても「私は違う考えを持っている」と主張して欲しい。百花繚乱、百家争鳴によって経済学者業界が活性化する。折角日銀の意見を聞いたのだから、それが正しいのか、間違っているのか、自分の頭で考えてください。
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『金融論』 晝間文彦 新世社  2000.12.10
 銀行の重要な機能に通貨の供給があることは第3章で触れたが、この機能について見ていこう。銀行の基本的機能のひとつは預金を受け入れ、貸出を行うという受信・与信業務であるが、預金通貨はこの業務を通じて創造される。 たとえば、銀行が貸出を行う場合、銀行は借り手に現金を渡すのではなく、借り手の(当座)預金口座に貸出金額を記入する。借り手は小切手を切るなどして、支払に当てる。支払を受けた企業や家計は、その小切手を自分の取引銀行の預金口座に振り込む。 こうして銀行間で預金の振替が起こるが、この限りでは、現金(ハイパワード・マネーの1構成要素)は必要とされない。しかし、その預金が引き出され、現金に交換される場合も当然あるので、銀行はそれに対処するためにある程度の現金を常時持っておく必要がある。これが(支払または預金)準備()である。
 しかし、その準備額は貸出額全額でなく、その一部であるのが普通である。なぜなら、預金は決済手段であると同時に貯蓄手段でもあり、銀行貸出の大部分は誰かの預金として現金化されず、預金として銀行にとどまると考えてよいからである。 こうして、銀行は全体として支払準備(ハイパワード・マネーの1構成要素)の何倍もの貸出(信用)を行うことができる。こうした銀行の信用創造プロセスを通して結果として預金通貨が創造されるわけである。
 支払準備については1957年に公布された「準備預金制度に関する法律」によって導入された制度がある。銀行は自分の預金残高の一定割合を預金引き出しに対する準備として、日本銀行にある自行の預金勘定に無利子で預金しなければならないことになっている。この預金は先に述べたように日本銀行預け金と呼ばれている。(中略)
 これまでの説明では、日本銀行(ハイパワード・マネー)を動かすことによって(いわばが原因で)、(マネーサプライ)が変化する(結果)という因果関係として説明された。これは標準理論と呼ばれる。 しかし、当の日本銀行の実務家は、実際の因果関係はむしろ逆であると主張する。 すなわち、日々の経済活動の結果生じるの変化が時間的に先行しており、日本銀行は最終的にはこのの変化(原因)に同調するようにを変化(結果)せざるを得ないと説明する。 これは日本銀行理論(日銀理論)と呼ばれている。日銀理論は、の変化に同調せずHを不変に保つことは技術的には可能であるが、そうした場合、短期金利の乱高下が生じ、金融市場が混乱に陥る危険性が極めて高くなると指摘している。
 日銀理論が主張するように、時間的に先行するのは銀行貸出(、すなわち)であるとしても、もし日本銀行が銀行貸出の変化に同調してハイパワード・マネーをいつも調節するわけではないことを銀行が事前に知っていれば、銀行は将来のハイパワード・マネーの供給に関する日本銀行の意図を前提にして貸出を調整する可能性がある。 その意味では、日本銀行によるハイパワード・マネーの供給がに影響を与えていると見ることもできるであろう。しかし、標準理論と日本銀行理論とのマネーサプライ論争はまだ決着を見ていない。
T注  多くの教科書は「1,100万円の札束があって、そのうち100万円の札束を日銀に輸送し、日銀当預に入金する。残りの、1,000万円の札束を企業に手渡しする」かのように読める表現がある。 それについては、この教科書は間違うことはない。
 「標準理論と日本銀行理論とのマネーサプライ論争はまだ決着を見ていない」のならば、自分で決着させたらどうでしょうか?
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『テキストブック 現代の金融』 (第2版) 古川顕 東洋経済新報社  2002.12.12
 日本の準備金制度のもとでは、この制度の対象となる個々の金融機関は、ある月の平均預金残高に対して一定の準備率を乗じて得られる所要準備額(法定準備率ともいう)を、その月の16日から翌月の15日までの1カ月間に日銀預け金(準備預金)の平均残高として積み立てるよう義務づけられている。
  表 所要準備額の算出例    (単位:億円、%)
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  預金の種類         │1カ月の預金残高積数(A) │準備率(B) │ 準備所要額(AXB)
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  円預金  │定期性預金   │       1,500,000 │   1.75 │      26,250
       │その他の預金  │       1,000,000 │   2.5  │      25,000
─────────────────────────────────────────────────────────
 外貨預金  │定期性預金   │        300,000 │   0.375 │       1,125
       │その他の預金  │        200,000 │   0.5   │      1,000
─────────────────────────────────────────────────────────
  合  計          │        300,000 │      │  
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 表はある金融機関に対して要求されるこの法定準備額算出の1つの仮説例を示している。表のA欄は、準備預金制度によって設定された預金の種類別に毎日の預金残高を分類し、その預金種類別の毎日の残高を当該月の月初から月末までの1カ月について合計した値を示している。 (A欄全体の合計は300兆円となっているが、これは平均預金残高10兆円規模の銀行に相当する)
 そこで、預金種類別の準備率がB欄のように与えられているとすると、A欄の金額に、それに対応するB欄の準備率を掛け合わせることによって、預金の種目ごとの月間所要準備額が求められ、それらを合計すると、その月に積み上げなければならない準備額、いわゆる「積み所要額」が確定することになる(この例では5兆3375億円)、こうして得られた「積み所要額」をこの金融機関は当該月の16日から翌月の15日までの1ヶ月間、いわゆる「積立て期間」中に、日本銀行当座預金として保有することを義務づけられている。 ただし、「積み所要額」は、あくまでも「積み立て期間」中の準備預金の積数(累積値)として充足すればよいことになっている。つまり、1カ月を30日として表のケースを説明すると、仮に最初の20日間の合計で1兆円の準備預金を積み立て、後の10日間で残り4兆3375億円を積み上げても差し支えない。 もっとも極端な場合、「積み立て期間」の最後の1日(いわゆる「積み最終日」)に、一挙に「積み所要額」の全額を積み上げるといったことも制度上は許される。
T注  準備制度については他の教科書よりも詳しく書いている。けれども「所要準備額の算出例」は1991年10月に改訂された、それ以前の数字。10年以上前の数字。その間著者は変更に気づかず、他の人も指摘しなかった。 学生は10年以上も昔の間違った数字で勉強していることになる。正しい数字、およびその計算方法は <初めに融資ありき、所要準備は半月後に用意すればいい><準備金の計算方法>▲ を参照のこと。
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<神話が「インフレ・ターゲット」という新たな神話を生み出す> 「ベースマネーの増減により、マネーサプライが増減する」という神話が経済学者業界で信じられている。日銀関係者や短期市場実務者などの意見は無視し、業界人すべてが「赤信号、みんなで渡れば怖くない」とばかり、神話を元に新たな神話を生み出している。 その代表的な神話が「インフレ・ターゲット」だ。多くの人が支持しているようだが、その内容はあまりハッキリ言っていない。そうした状況で短く、要領よくまとめた文章があったので、ここに引用することにした。インフレ・ターゲットは「ベースマネーの増減により、マネーサプライが増減する」と「日銀はベースマネーをコントロールできる」が正しければ日本経済にとって有効な金融政策と言える。 しかし、「ベースマネーの増減により、マネーサプライが増減する」は現代では通用しない「神話」であり、「日銀はベースマネーをコントロールできる」も状況によっては認められない。「マネーサプライの増加によって経済は活性化する」も基本的には正しいが、マネーサプライの内訳も検討する必要はある。 さらに、「インフレ・ターゲット」は市場経済において、どこまで市場のメカニズムに委ねるか?どこまで政府・日銀など経済の司令塔が統制すべきか?といった「自生的秩序」に任せるべきか?「設計主義」を貫くか?という問題にまで発展する可能性もある。
 そのような事も考えながら、「インフレ・ターゲット」を考えて下さい。
*               *                *
『平成大停滞と昭和恐慌』 田中秀臣・安達誠司 日本放送出版会  2003.8.30
 われわれの主張はもし不良債権処理を推し進めるならば、先行して金融行政の抜本的なレジーム転換をはかるべきだとするものである。従来の日銀当座預金残高をターゲットにした量的緩和政策と、金融システムの安定化のための日銀の資金提供などは旧来型のレジームであった。
 そうではなく、2〜4%の物価水準を目標としたターゲットに、日本銀行は積極的にコミットするべきである。この物価目標安定化政策が現実化するための具体的な担保は、長期国債の買い切りオペにまずはするべきである。現在、日本は毎年あらたに30兆円もの長期国債を発行しているので、いま日本銀行の行っている買いオペの量はあまりにも僅少である。 われわれは毎月5兆円を超える規模を行うべきだと考える。この額は、銀行や民間の経済主体が資産選択のスタンスを変更するインセンティブをもたらす最低限度の水準であると考える。
 もしこの長期国債買い切りオペが効果をはっきり示さないのであれば、それこそ外債や株・土地などのさまざまな資産を購入すればいいだろう。また為替介入や、政府通貨発行益にもとづく減税や社会保険の見通しなどもこの量的緩和政策に付随させれば、より確実なデフレ脱却の手法となるであろう。
T注  買いオペを進めると、将来国債が償還されるとき、税金が日銀の金庫に中に消えてしまう。例えば1年間に50兆円の税金が集められ、そのうちの10兆円が国債償還に伴い日銀の金庫に消えていくことになるかも知れない。 買いオペの副作用についても説明して欲しい。TANAKAの考えは「借金をするときは返済計画を立ててからにしましょう」という極めて常識的なものだ。毎年10兆円の国債償還があるなら「国債償還のために、消費税を5%アップして今後は10%とする」などの計画を発表すべきだ。 こうした考えは 「日本版財政赤字の政治経済学」▲ に書いたので、そちらを参照のこと。
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『経済論戦』 野口旭 日本評論社  2003.5.20
 インフレ目標を導入せよ つまり、バブル崩壊後の日本経済は、「経済対策」という名の財政政策の発動によって、かろうじて経済のスパイラル的な収縮を免れてきた。特に、金利がゼロに近付き、金融政策が無力化した90年代後半以降は、それがほぼ唯一の支えだったといってよい。
 とはいえ、政府財政への依存を永久に続けるわけにはいかない。直ちに現実化する可能性はないとはいえ、それはやがては、発展途上国などでよく見られるような破滅的な経済混乱に結びつく。だからといって、現状でやみくもに財政再建を進めるわけにもいかない。それは単に、緊縮財政によって景気を腰折れさせた橋本政権の失敗を繰り返すだけに終わる。
 この状況を打開するには、何が必要なのか。それは、金利がゼロ近傍に張り付いているという「流動性の罠」の状況から一刻も早く抜け出すことである。つまり、金利の調整によってマクロ経済の安定化を行うという、通常の金融政策が使える状況に復帰することである。
 そして、そのためには、デフレからの脱却が何よりも必要である。というのは、デフレ下の金利引き上げは、デフレ・ギャップを拡大させることで、単により一層のデフレをもたらすにすぎないからである。そのことは、2000年8月の日銀による「ゼロ金利解除」によって、見事に実証された。
 問題は、いかにしてデフレ・ギャップを縮小させるかである。1つの方法は、財政支出のより一層の拡大である。しかし、もし財政だけでデフレ阻止を実現させようと思えば、一時的にせよ、小渕政権時を上回るような巨額の座委細赤字を覚悟しなければならない。というのは、、小渕政権の「超拡張財政」をもってしても、デフレの克服はついに実現されなかったからである。
 そしてもう1つが、ゼロ金利下での「インフレ目標」の導入という、非伝統的な金融政策の採用である。
 ところで、日銀は2001年3月のゼロ金利復帰=「量的緩和」の導入において、「消費者物価の上昇率がゼロを上回るまでゼロ金利を維持する」という。「疑似インフレ目標」とでもいうべきコミットメント(約束)を行った。しかしこれは、以下の2つの点で、デフレ期待を払拭するというためには十分ではない。
 第1に、すでにインフレ目標を導入している多くの国がそうであるように、目標とするインフレ率はプラスの値(1〜3%前後)であるべきである。というのは、物価指数は一般に過大評価されがちであるし、また、いくつかの理由によって、経済調整が円滑に進ためには一定程度のインフレが必要だからである。フィリップス・カーブから確認したように、日本の場合にも、消費者物価上昇率が1%以下になると、失業率が急速に高まることが明らかとなっている。
 第2に、目標の達成時期と手段が明確化されるべきである。現状のように、ただ一定の日銀当座預金残高を維持しつつゼロ金利を漠然と続けても、デフレ期待の払拭およびデフレの阻止につながる可能性は低い。2001年3月以降の「消費者物価の上昇率がゼロを上回るまでゼロ金利を維持する」という日銀のコミットメントでは、仮にデフレがより一層深刻化したとしても、金利さえ引き上げばければ、日銀は何もしなくてもよいということになる。 あるいは、デフレがこれから先に何十年続いても、金利さえ引き上げなければコミットメントには抵触しないことになってしまう。そして、民間経済主体の側が実際に「デフレが何年続こうとも日銀は何もしそうにない」と考えるのであれば、デフレ期待の払拭などは望むべくもないのである。
 重要なのは、日銀が、量的緩和の「持続拡大」を、一定のインフレ率に到達するまで将来にわたって続けるという、決然としたコミットメントを行うことである。より具体的には、消費者物価指数(全国、除く生鮮食品)の対前年上昇率を1〜3%のレンジで安定化させることを目標とし、日銀はそれに達するまで、国債買い切り額および日銀当座預金残高を持続的に拡大させていく。
 このような「明確な強いコミットメント」のみが、現状の根強いデフレ期待を払拭させることができる。そして、デフレ期待が反転しさえすれば、予想実質金利は低下し、民間投資や民間消費が拡大し、デフレ・ギャップは縮小する。つまり、デフレ経済からの脱却が「自己実現化」するのである。
T注  インフレ・ターゲットは、@「ベースマネーの増減により、マネーサプライが増減する」、A「日銀はベースマネーをコントロールできる」、B「マネーサプライが増加することにより、デフレスパイラルから脱却できる」、を前提としている。 「ベースマネーの増減により、マネーサプライが増減する」が神話であることがハッキリすると、インフレ・ターゲットが「砂上の楼閣」となる。
(^_^)                (^_^)                 (^_^)
<このような教科書で学生は学んでいる> なぜこうまでに「ベースマネーの増加により、マネーサプライが増加する」という神話が信じられているのか?多くの教科書を調べてみて、その原因が分かったような気がした。1.3%の準備率を「仮に10%とすると」と表現する教科書、そのために銀行貸出には多額の資金が必要で、多額の預金か日銀からの資金提供、あるいは積極的な買いオペが必要だと思い込んでしまう。 こうした教科書で学んだ学生が卒業してエコノミストになると、「これほどまでにベースマネーが増えているのに、なぜマネーサプライは増えないのだろう?」と愚問を発することになる。そしてこの神話から「インフレターゲット」が生まれ、反論しない日銀は、妥協案として「量的緩和政策」を行なう。その副作用と、将来の国債償還時の増税については何も語らない。
 学生の間から疑問は起きなかったのだろうか?著者自身は全く神話を疑わなかったのだろうか?経済学者業界には臍曲がりは出ないのだろうか?これが、多くの教科書を調べてみての感想です。
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<主な参考文献・引用文献>
『新版 図解 金融を読む事典』    日本総合研究所編 東洋経済新報社    2003.8.14
『事典 金融と経済のしくみがわかる』     芹澤数雄 中央経済社      1998.12.30
『金融のすべてがわかる事典』         三宅輝幸 日本実業出版社    2001.11.1
『入門 現代日本の金融』            玉木勝 シグマベイスキャピタル2002.4.1
『テキスト現代金融』             土田壽孝 ミネルヴァ書房    2004.1.30
『金融論』{新版} 柴沼武・森映雄・藪下史郎・晝間文彦 有斐閣        2000.2.20
『マクロ経済学』               明石茂生 中央経済社      2003.9.20
『金融経済論』                里麻克彦 税務経理協会     2001.1.15
『入門マクロ経済学』第2版          井堀利宏 新世社        2003.11.10
『マクロ経済学』      浅井和美・加納悟・倉澤資成 新世社        1993.2.25
『初級・マクロ経済学』  鴇田忠彦・足立英之・藪下史郎 有斐閣        1998.6.20
『経済学 基礎から実戦へ』          中桐宏文 有斐閣        2000.4.10
『ベーシック/金融入門』        日本経済新聞社 日本経済新聞社    1989.4.10
『金融』                   小野善康 岩波書店       1996.1.22
『マクロ経済学』<やさしい経済学シリーズ>  浜田文雄 東洋経済新報社    2002.4.30
『マクロ経済学のナビゲーター』(第2版)    脇田成 日本評論社      2004.12.20
『はじめて学ぶ金融のしくみ』         家森信善 中央経済社      2004.12.10
『マクロ経済学入門講義』            田中宏 慶應義塾大学出版会  2002.2.1
『入門 金融』(第3版)           黒田晃生 東洋経済新報社    2002.5.24
『金融論』増補改訂版              柴沼武 創成社        1999.3.31
『経済学入門』21世紀型文明をどう築くか   正村公宏 筑摩書房       1999.5.25
『現代マクロ経済学』              吉川洋 創文社        2000.8.15
『ベーシック マクロ経済学入門』       井上歳久 プレアデス出版    2005.2.28
『現代金融論講義』         藤原賢哉・家森信善 中央経済社      1998.4.15
『目からウロコの経済学』           山崎好裕 ミネルヴァ書房    2004.11.20
『新しい日本経済講義』            新保生二 日本経済新聞社    2004.1.5
『金融政策の有効性と限界』   細野馨・杉原茂・三平剛 東洋経済新報社    2001.3.20
『マクロ経済学と金融』      石橋春男・関谷喜三郎 慶應義塾大学出版会  2002.6.20
『金融』{新版} 池尾和人・岩佐代市・黒田晁生・古川顕 有斐閣         1993.2.20
『マクロ経済学と日本経済』          松川周二 中央経済社      2001.4.1
『金融論』                  堀内昭義 東京大学出版会    1990.4.25
『金融論』                  晝間文彦 新世社        2000.12.10
『テキストブック 現代の金融』(第2版)    古川顕 東洋経済新報社    2002.12.12
『平成大停滞と昭和恐慌』      田中秀臣・安達誠司 日本放送出版会    2003.8.30
『経済論戦』                  野口旭 日本評論社      2003.5.20
( 2006年1月16日 TANAKA1942b )