2人の容疑者それぞれに「黙秘する」「自白する」という2つの選択肢があり、自分の選択だけでなく相手の選択によって結果が変わってしまいますから、この状況は2人の容疑者の間のゲーム的状況になっています。別々に取調べられていますから、もちろん相談することはできませんし相手がどのような行動をとったかも分かりません。
2人の容疑者はいずれも刑に服する期間をできるだけ短くしたいと考えていますから、利得は自分が刑に服する期間で、それをできるだけ短くすることが2人の容疑者の目指すところです。2人の容疑者をA、Bとしますと、利得行列は<例X>のよいに与えられます。
2人の容疑者にとって刑はできるだけ短いほうが好ましいですから、A、Bともに、「自白する」は「黙秘する」を支配します。したがって、2人の容疑者の合理的な行動はいずれも「自白する」で、合理的な行動の結果2人の刑期はともに10年になります。ともに黙秘していればお互いに2年の刑ですんだのにもかかわらず、それに比べてかなり長い期間刑に服することになってしまいます。
これが、囚人のジレンマのストーリーです。
(「ゲーム理論入門」から)
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<指揮者とチャイコフスキーのジレンマ>
同じ理論でも説明の仕方によってとても親しみやすくなることがある。それは「物語性」があるかどうか?という点にある。「囚人のジレンマ」もこのような話のもって行き方にすると、話が生き生きとして面白くなる。
スターリン時代、あるソ連のオーケストラ指揮者は演奏会場へ移動する電車の中で、その晩に指揮する曲の楽譜に目を通していた。2人のKGB職員がそれを見つけ、楽譜の中に何か秘密暗号があるのではないかと疑い、彼をスパイとして逮捕した。
彼は単なるチャイコフスキーのバイオリンコンチェルトだと抗議したが受け入れられなかった。監獄での2日目、取調官が入ってきて言った。「全部しゃべった方がいいぞ。あんたの友だちのチャイコフスキーも俺たちに捕まって、もう喋り始めているぜ」
こうして「囚人のジレンマ」という最も有名な戦略ゲームの話が始まる。論理的な結論まで話を進めてみよう。KGBは名前がチャイコフスキーというだけで逮捕した別の男に対し、指揮者に対するのと同様の尋問を別の部屋でおこなう。もし、この無実である2人ともが尋問に耐えたら、両者とも3年の投獄を命ぜられる
(注1)。もし指揮者が共犯者がいるという嘘の自白をし、チャイコフスキーはなんの自白をしなければ、指揮者は1年の刑(とKGBの感謝状)で済まされ、チャイコフスキーは反抗的であったとして25年の刑になる。反対に、指揮者が自白しないでチャイコフスキーが嘘の自白をすれば、投獄期間は逆になる。また、2人とも自白すれば、両者とも10年の刑となる
(注2)。
表Y 指揮者とチャイコフスキーのジレンマ
指揮者\チャイコフスキー |
黙 秘 |
自 白 |
黙 秘 |
3年,3年 |
25年,1年 |
自 白 |
1年,25年 |
10年,10年 |
(注1)ソ連の刑務所の笑い話。新しく刑務所入りした者が服役中の囚人から質問された。「お前の刑期は何年だ」「10年だ」と答えた。「何をやったんだ」「何もやってねえよ」「それじゃ、手違いがあったんだろうな。何もやってない場合は3年のはずだからな」
(注2)実際には3653日の禁固となる。「3日間の追加はうるう年のためだ」(ソルジェニーツィンの「イワン・デニソヴィッチの一日より」1962年)
さてここで指揮者はどう考えるか。チャイコフスキーは自白するか、しないかのどちらかである。彼が自白したことを前提とすると、自分は自白すれば10年、しなければ25年の刑になるから自分は自白した方がよいことになる。チャイコフスキーが自白していないことを前提とすれば、自分は自白すれば1年、しなければ3年の刑になるからやはり自白したほうがよい。したがって指揮者にとって自白することが最善の行動となるのは明らかである。
KGBのあるジェルジンスキー広場の別の部屋では、チャイコフスキーも同じことを考え、同じ結論に達した。要するに、両者とも自白したのである。後に彼らが収容所で出会い、お互いの話を比べてみたとき、自分たちの失敗に気がついた。2人とも自白しなければ、もっと短い投獄期間で済んだのだ。
もし尋問される前にお互いが会って話をする機会さえあれば、2人とも自白しないことを申し合わせることができたとも考えられる。しかしながら、早晩このような合意はあまりうまくいかないことがわかるだろう。いったん、彼らが別室に別れて尋問が始まると、相手を裏切って短い禁固で済まそうという自分勝手な考えが魅力を増してくる。彼らが再び収容所で会うとき、やはりお互いの裏切りをかみしめる結果となるだろう。果たして、お互いにとってより良い結果を生むような信頼というものを達成することはできるのだろうか。
多くの人々、会社、さらには国家までが囚人のジレンマに直面している。生死にかかわる問題である核兵器コントロールについて見てみよう。超大国はお互いに自国は有事に備え核を兵器庫に保持しつつ、相手国が核保有を放棄することが最も良い状態と考えている。相手国が保持して自国が放棄することが最悪の状況である。したがって相手国の出方がどうであれ、自国は核を保有するほうがよい。
しかしながら両国が共同して同時に核を放棄することができれば、両国が保有するばあいより良い状況だと考える点では一致している。問題は意思決定の相互作用であり、両国にとって最終的により良い結果を得るためには、それぞれの国は個別にはより劣る戦略を選択しなければならない。それぞれの国にとって協定を破り密かに核を保有するするのが魅力的である以上、共同してより良い結果を生むことは難しい。もっともこの問題は、最近、ソ連の考え方が核兵器放棄に向かいつつあることで解決の端緒が開かれつつある。
囚人のジレンマの話は、有用な一般的なポイントを含んでいる。それは大部分の経済的、政治的あるいは社会的なゲームはフットボールやポーカーのような、一方の得点は他方の失点となるゼロサムゲームとは違うといいうことだ。囚人のジレンマのようにともに自白するよりはともに自白しないほうがよいというケースでは、両者の利害が衝突する面と一致する面が同時に存在している。また、経営者と組合の交渉では、一方が低い給与水準を望み、他方が高い水準を望むという点では利害が衝突するが、交渉決裂によりストライキに入れば両者とも損害を被るという点では利害が一致する。
実際このような状況は特殊な状況ではなく、むしろ一般的である。ゲーム理論により、利害関係の衝突と一致のミックスを分析することもできる。ゲームの相手プレーヤーは「敵」と表現されるが、場合によっては敵が味方になることもある。
(「戦略的思考とは何か」から)
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<アインシュタインの比較優位>
経済学には経済学独特の語法があって、これに馴れていないと参考書を読むのが辛くなる。専門の語法ではなく、一般の言葉で書かれていると普通人でもすらすら読むことができる。経済学者は経済問題の宣教師であって欲しい。それには経済学語法ではなく、一般人語法で書かれた経済学専門書があって欲しい。同じ「囚人のジレンマ」を扱っていても、「指揮者とチャイコフスキー」は経済学語法ではないので分かりやすい。
少し前に扱った「比較優位」、これに関して分かりやすい文章があったので、ここに引用することにしよう。
いま、アインシュタインが彼の弟子といっしょに仕事をしていたとします。仕事は2種類の作業に分けることができ、ひとつは理論的な構造について考える創造的作業、もうひとつは論文をタイプしたり資料を整理したりする補助的作業であるとします。この2つのどちらの作業も、研究上欠かせないものとします。
いま、アインシュタインは、どちらの作業に関しても弟子よりも有能であったとします。たとえば、能力を仕事のスピードで測れるとして、アインシュタインは創造的作業に関しては弟子の5倍、補助的作業に関しては弟子の2倍のスピードで仕事を完了することができるとしましょう。この場合、アインシュタインは、作業を全部自分でやってしまって、弟子にはなにも任せないほうがよいのでしょうか。また、弟子はこんなに優秀なアインシュタインと一緒に作業するのでは、アインシュタインに搾取されるばかりなので、ひとりで別に研究したほうがよいのでしょうか。
もちろん、答えはは否です。アインシュタインも弟子も1日24時間という時間的制約に縛られています。したがって、この時間的制約のもとで最大限の成果をあでようと思ったら、両者が協力して分業したほうがよいのです。この場合、アインシュタインは創造的な仕事をさせれば、補助的な仕事の2.5倍の仕事をするのですから、アインシュタインは創造的な仕事に特化し、それを補うため弟子が保持的な仕事を行えばよいのです。
このような状況のとき、アインシュタインは創造的仕事に「比較優位」があり、弟子は補助的な仕事に比較優位があるといいます。国際貿易における比較優位とは、ここでの2人の人物を国に置き換え、2つの作業を産業に置き換えることでそのままあてはまります。
(「入門 経済学」から)
(^o^) (^o^) (^o^)
<主な参考文献・引用文献>
『ゲーム理論入門』 武藤滋夫 日本経済新聞社 2001. 1.19
『戦略的思考とは何か』アビナッシュ・ディキシット、バリー・ネイルバフ 菅野隆・嶋津祐一 TBSブリタニカ 1991.10. 4
『入門 経済学』 伊藤元重 日本評論社 1988. 1. 5
『囚人のジレンマ』フォン・ノイマンとゲームの理論 ウィリアム・パウンドストーン松浦俊輔 青土社 1995. 3.10
『はじめてのゲーム理論』 中山幹夫 有斐閣ブックス 1997. 10
『ゲームの理論入門』チェスから核戦略まで モートン・D・デービス 桐谷維、森克美訳 講談社 1973. 9.30
( 2004年5月24日 TANAKA1942b )
民主制度の限界
(5)アメリカ軍とパパラッチのジレンマ
<アメリカ軍とイラク情勢>
囚人のジレンマで使った行列式を今日的問題に当てはめて、少し遊んでみよう。世界の政治経済問題でもっとも大きな問題の一つ、イラク問題を考えてみることにする。
例Z |
治安安定 |
社会混乱 |
米軍撤退 |
+2 |
ー1 |
米軍駐屯 |
+1 |
ー2 |
この表は次のように読む。
◆ アメリカ軍が撤退してもイラク秩序が安定するのが一番いい。
◆ アメリカ軍が撤退して社会が混乱するのはー1。
◆ アメリカ軍駐屯して秩序が安定するのは+1。
◆ アメリカ軍が駐屯しても社会が混乱するのは最悪のー2。
◆ これはアメリカ、イラク、反米勢力などの関係者を除いた、一般的な見方。それぞれの当事者は違った見方をする。
<アメリカ軍とイラク国民のジレンマ>
アメリカ\イラク |
親米的 |
反米的 |
米軍撤退 |
ー1,ー1 |
ー2,+1 |
米軍駐屯 |
+2,+2 |
+1,ー2 |
この表は次のように読む。
◆ イラク国民が親米的であるときにアメリカ軍が撤退すると、イラク側の協力を生かせないのでアメリカはー1,イラク国民側もー1。